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Sweet one day 後編


後編


翌日、つくしと滋はそれぞれのパートナーと予定通りデートをしていた。久しぶりに会う恋人たちは会えなかった時間を取り戻そうとするかのように微笑み合い、寄り添い、握った手のぬくもりを確かめ合う。

さんざん遊び歩いた一日の終わり、類はつくしをアパートに送って行く車の中で、一番聞きたいと思っていたここ2週間のつくしの行動について質問をする。
「牧野、大河原と一緒だったんでしょ?何やってたの?」
「それは・・・、実は滋さんと自家製チョコレートを作ってたの」
「・・・自家製、・・・チョコレート?」
「そう、・・・今日の日のために」
「・・・今日?」

今日は2月14日、男女が愛を告白して贈り物をしたり、特に女性から男性に愛を告白する唯一の日とされるようになった日でもあり、恋人たちの日でもある。
この大イベントにも関わらず、類は今日がバレンタインデーだということに気付いていなかった。


「2週間も?」
「う~ん。・・・でも、実際は1週間くらいかなぁ~」
「あとの1週間は?」
「ガーナに・・・、行ったから・・・
 本当は全然行く予定じゃなかったんだけど
 滋さんが強引で・・・、それに既に予定が組まれてて、断れなかった」
「・・・ガーナ?」

「ふふふっ・・・、現地でカカオの実を見た時はビックリだよ
 花沢類、知ってた、カカオの実が木の幹に生ってるって
 あたし枝に生えてるもんだとばかり思ってたからさぁ
 その実を小さな子供たちが採ってるんだよ
 滋さんなんかその子供たちに競うように木に登って・・・」
予定外とはいえガーナでの貴重な体験と楽しい思い出に笑みを浮かべ、ひとり自分の世界に浸るつくしには不機嫌になっていく類に全く気付かない。


暫く沈黙が続く中、類はふと昨日の総二郎とあきらの談笑を思い出す。

「2人ともデートかよ、つまんねぇの」
「あれれ、総二郎ともあろうお方が
 バレンタインデーはアポ無しか?」
「〝なし〟じゃなくて、わざと入れねぇんだよ
 そこんとこ勘違いしてもらっちゃ困るねぇ」
「なんでだよ」
「分かっちゃいねぇな
 そもそもバレンタインやクリスマスなんかに特定の女と
 過ごしてみろ、後々面倒くせぇことになるだろ
 日本一チャランポランの男を目指してる俺にとっちゃ
 愛の告白だの、恋人たちの日なんてもんは
 今の俺にはいらねえんだよ」

――今日がその日なんだ


「作ったチョコは?」
「・・・・・・へ?」
「俺のために作ったんでしょ」
「あっ、うん」
鞄から小さな箱を取り出すと類の前に差し出す。
「はい、これ」

指輪を収めるくらいの小さな箱にかかった金色のリボンを解きふたを開けてみると、そこには丸くて可愛らしいトリュフチョコレートが1つ入っている。

――これのために俺は2週間も・・・

「これがガーナまで行って作ったもの、・・・これだけ?」
「だって・・・、花沢類は甘いもの好きじゃないんでしょ、だから・・・」
「俺そんなこと言った?」
「前に花沢類と西門さんがバイト先に来た時に
 西門さんが、花沢類は甘いものは食べないって・・・
 でもあの時、なんか可愛いって和菓子1個買っていったよね」
「そうだっけ?」
「だから1個ぐらいなら食べてくれるかと思って
 ・・・もしかして、嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ、だけど牧野が作ってくれたのは、別だよ」

――この1個のために・・・、連絡ぐらいできただろうに
   僕がどれだけ心配していたのかアンタはまるで分かってない


「牧野、ありがとう」
心で思ったこととは裏腹に出てきた言葉は、つくしへの感謝の言葉
そして笑顔。

世界でたった1つ、愛する人の手で作られたトリュフチョコレートを口に含み、ゆっくりと味わう。
「美味しい、これだったらもっと食べられるかも」
「ホント?よかったぁ~」

類にとって甘さをひかえたこととココアパウダーが気に入ったようだ。
数ある種類の中から選んだトリュフチョコレートは大正解だったようで、つくしはホッと肩を撫で下ろすと、材料や場所を提供してくれた滋に心の中で感謝するのだった。


同じ頃、滋はあきらの部屋にいた。

「はい、滋ちゃんからのプレゼントだよ」
そう言って滋は四角い箱をあきらの前に差し出した。
「プレゼント?・・・もしかして・・・」
今日は何の日なのかを知っているだけに、箱の中身は察しがつく。

――チョコレートだよな


対面に座っていた滋はあきらの隣に移動すると、早く開けるようにと小突く。
「いや、今日は遠慮しておくわ」
「なんでよ?わざわざガーナまで行って現地調達して
 カカオ豆から作り上げた滋ちゃんお手製チョコレートなんだよ」
「はあーッ!ガーナってアフリカのガーナか?」
「そうだよ、この日のためにつくしと一緒に作ったんだから」
「牧野もガーナに行ったのか?」
「つくしだって類くんにあげるんだもん、当たり前でしょ」
「お前なぁ~、・・・そんなオチかよ。・・・どこ探してもいねぇわけだ
 行くんなら行くで一言言ってくれればいいだろ
 ・・・ったく、心配させやがって」


「ねえねえ、早く食べてみてよ、絶対美味しいから」

あきらが甘い物は苦手だと知りながら〝新作だよ〟と言って甘いケーキばかり持ってきては強引に試食させられることが、正式に付き合い始めてからずっと悩みの種になっていた。
その悩みの種である滋と箱を交互に見る。

――俺のために・・・、1つぐらいだったら・・・

今日がバレンタインという特別な日であるということと、自分のために作ってくれた嬉しさも手伝ってか、あきら自らチョコレートを口にする。

「うわッ!・・・な、なんだこれ?」

「どう?美味しいでしょ」
宝石のように輝く瞳を向けて自信満々といった表情を見せる滋に、あきらは苦笑いし口に含んだチョコレートを飲み込むかどうか迷うのだった。

あきらが口にしたウイスキーボンボンは滋が酔っ払ってから作られたもので、砂糖の分量は通常の3倍、中身のお酒はチェリーのリキュ-ル、見た目は立派なチョコレートだが実体は砂糖の塊そのものだ。

2個目のチョコを手で摘まんで自分の口元に近づけてくる滋に、あきらはギョッとした目で見る。あきらにとってそのチョコはもはや食べ物には見えず、舌や胃を突き刺す凶器に見えた。

「し、滋、俺を殺す気か」
「なんでよ?つくしだって美味しいって食べてくれたよ」
「お前らの味覚おかしくねぇか、正常とは思えね」
滋は自分が酔っ払ってから作ったチョコは試食していないため、あきらが嫌そうな顔をしてチョコを遠ざける言動が理解できなかった。
因みに、つくしが最高傑作と絶賛したチョコは、試食として既に滋とつくしの胃袋におさまっていた。あきらはハズレを掴まされたことになる。


2人を乗せた車はつくしのアパートに到着した。
つくしは類に少し待つように伝えると急ぎ足で部屋に続く階段を駆け上り、メインであるもう1つの顔チョコを取りに行く。
壊れ物を扱うように顔チョコを持ってゆっくりと階段を降りると、類は車の扉に凭れ掛かって待っていた。

「お待たせ。これが今日、花沢類にプレゼントしたかった
 バレンタインチョコなの」
A3サイズのフォトフレームにはラッピングもリボンなく、ハンカチがかぶせてあるだけだ。

類の手に渡ったフォトフレームをつくしがゆっくりとそのハンカチを捲る。そこにはステレス板にぎこちない線で描いた、微笑む類と寄り添うつくしがいた。

「花沢類?」
まるで新しいオモチャを与えられた幼い子のように瞬きをすることも忘れ、食い入るように眺める類。

「花沢類?」
何の反応も示さない類につくしは不安になる。
「花沢類・・やっぱ変だよね。あたし絵描くの上手じゃない・・・」
話の途中で類はつくしを抱き寄せる。

「変じゃないよ、感動して言葉が出なかった
 ・・・・・・牧野、ありがとう。こんなに感動したの
 牧野が俺との付き合いを了解してくれた時以来だ」
耳元で今の心境を囁いた類はつくしから離れると、腕を掴んで車内に押し込んだ。
「は、花沢類、・・・どこに行くの?」
「ん、俺んち
 こんな感動をくれた牧野をこのまま帰すわけにはいかない」

車はゆっくりと走り出す。


花沢邸に到着するまで2人の手はしっかりと握られ、それは類の部屋に入っても離れることはなかった。
類の左手には大切そうにフォトフレームを持ち、右手には恋人の手が握られている。そのままの状態でベッドとテレビしかない部屋を歩き回る。

「花沢類、手・・・なんだけど、・・・それにさっきから何してんの?」
「う~ん、これをどこに飾ろうかと思って」

暫くしてそのフォトフレームはベッドの横の壁に飾り終え、類は改めてマジマジと眺める。
「花沢類、そんなマジな顔で観られると恥ずかしいよ」
絵チョコを手で隠そうとするつくしを胸に引き寄せる。
描かれた線の端々につくしの緊張感や必死さが伝わり、可愛い、愛しい、そんな思いがこみ上げてきた類は抱きしめずにいられなかった。

「は、花沢る・・・」
言葉を遮るようにKissをする類の唇は柔らかく、ゆっくりと摘むようにKissを繰り返す度に甘い香りが漂い、久々に触れる愛しい人の唇に2人は暫し恍惚とする。

「今日は帰さないから」

――か、かえさない・・・って・・・

鈍感なつくしでも今の類の言葉が理解でき、真っ赤な顔を隠すように俯いた。
「プッ、クククッ・・・、牧野って可愛いね。理解してくれたんだ」
「・・・え?あッうん。・・・じゃなくて・・・、あッ!そうそう
 実はまだ花沢類にプレゼントがあるの
 気に入ってもらえるか心配なんだけど」
思いっきり動揺したつくしは、ぎこちない動作で鞄からリボンのかかった細長い箱を差し出す。

受け取った類はベッドに座り、つくしにもベッドに座るように促した後、嬉しそうにリボンを引きゆっくりと蓋を開けた。

――ネクタイ?・・・俺って、・・・もしかして牧野に縛られてる?

いつもはジーンズにトレーナーといったラフなスタイルだが、花沢物産の後継者として勉強を兼ねて仕事を始めてからはスーツ姿を見ることも少なくない。
チョコレートの他に何か身に着けるモノを贈りたいと考えたつくしは、仕事の合間でも時々は自分のことを思い出して欲しいとネクタイを選んだのだった。

しかし、そんなつくしの思いとは裏腹に類の考えは違っていた。
「このネクタイも記念に飾っておいてもいい」
予想もしない類の反応につくしはまた慌ててしまう。
「あ、いやその・・・
 ネクタイは飾るものじゃなくて身につけるもので・・・、その・・・」
そんなつくしの慌てぶりに類は笑い出した。
「プッ、クククッ・・・。ホントに飾ると思った?ハハハ・・・」
つくしにとって類の言い放つ本気と冗談の境界線は区別しがたいものがある。
「まったくもう、笑わないでよ!
 花沢類が変なこと言うから焦ったじゃない」

――でも、花沢類のことだから
   本気だった可能性も捨てきれないけど・・・


「このネクタイって
 牧野が俺を縛って離れることを許さないっていう意味?」
「・・・え?そ、そんな・・・」
「心配しなくていいよ、俺アンタから離れる気も離す気もないから
 どうせなら言葉で言ってほしいな」
「な、何を?」
「牧野から俺への愛の告白
 だって今日は特別な日で恋人たちの日、なんでしょ?」
意地悪そうな瞳を向けてじりじりとつくしの顔に近づく類。つくしは目を泳がせながら距離を取ろうとエビ反るが、力尽きた体はベッドにコテッと倒れてしまい類は覆いかぶさる状態となる。

「牧野、言って
 この2週間、俺がどれだけ寂しい思いをしてたか分かる?
 俺はいつだって牧野に会いたいし
 いつだって触れられる距離にいたい
 振り向いたらいつも牧野の笑顔がそこにあってほしいんだ」

「・・・花沢類、ゴメン、・・・ゴメンね」
つくしは自分を見つめる類の真剣な瞳の奥にどれだけ自分のことを想い、どれだけ心配していたのか気付かされる。

「分かってくれたんだね
 でも言ってほしい言葉はそれじゃないよ」
「・・・花沢類、・・・す、好き」
「もう一度」
「・・・花沢・・・類、好き。・・・・・・類、・・・・・・愛してる」
〝類、愛してる〟この一言で類の心にかかっていた靄は一瞬にして消え、身体全体に痺れるような感覚が走ると共に熱くなる。
「牧野、最高のプレゼントをありがとう」

見つめ合う2人の間には、もう言葉など必要ない。

月も星たちも、そしてフォトフレームに飾られた微笑ましい顔チョコも、溶けて流れ出しそうなくらい2人の熱く甘~い夜を迎えようとしていた。


~Fin~


2006/2/14に掲載した作品です


注) チョコレートの製法や輸入に関する法律において
事実に反する事柄があるかもしれませんがご了承下さいませ。


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Sweet one day 中編

中編


「電話ぐらいできるだろうに・・・、まったくもう許さないからね」

突然つくしの姿が見えなくなって1週間が経った。
講義を受けているのは知っていたが、会いに行くとなぜかすれ違い。バイト先を訪ねてもシフトが変わっていたり、すれ違いで会えなかったりと偶然が重なって顔を見かけることさえない。
おまけに電話をすれば決まって〝電波の届かない・・・〟同じセリフが返ってくるばかりで一向に連絡が取れない状態に、類の苛々は最高潮に達していた。

「俺がどんな思いで一日一日を過ごしてるのか・・・
 絶対に許さない」


類の想いをよそに、つくしはわき目も振らず一心不乱にチョコレート作りに没頭していた。

「アチチッ。よーし!ロースト終了!冷めたら砕いていくわよ」
「フードプロセッサーの準備OK
 あッ!あとすり鉢も準備しなくちゃ」
「・・・すり鉢?
 つくし、そんなの使わなくたって専用粉砕器があるじゃない」
「そうだけど、あたしは使い慣れたすり鉢のほうがいいの」

つくしはカカオ豆の皮などを丁寧に取り除いた後フードプロセッサーで粉砕し、さらに粒子を細かくする為にただひたすらすり鉢で砕いていくと、徐々にチョコレートらしくなってきた。

「ココアバターと砂糖と粉ミルクを投入しま~す」
ちょっと舐めてみて味を確認しながら更に滑らかになるまで擦っていく。
「ん?イイ感じじゃない?」
「うん、いいかも」
目を合わせると自然に笑顔がこぼれる。
2人の間には共同作業するうちに妙な一体感が生まれていた。

「よ~し、これでいこう」
「けっこうハードな仕事だったね」
「なに言ってんの、ここからが本番じゃないの」
「そうだった、ここからが腕の見せ所よね」
溶けた状態のチョコレートを均等に分け合った2人は、バレンタインチョコ作成の最終段階に入っていく。


「もしもし、花沢類?・・・あたし・・・」
「あたし、って誰?」
「ま、牧野・・・つくし、です」
「牧野?・・・そう言えばそんな人いたなぁ
 しばらく会ってないから忘れちゃったよ」
「・・・ごめん」

つくしの声が聞けて嬉しい反面、連絡すらなかった事が腹立たしくてわざとそんな言い方をしてしまう。
つくしもそのことは類の言葉の端々に感じ取っていたが、チョコレートのことはその日まで内緒にしておきたかった為、ただ謝ることしかできなかった。

「花沢類、ごめんね」
「許さない。・・・けど、今すぐ俺のとこに来てくれたら許す」
「ゴメン花沢類、今ちょっと手が離せないの、大事なところだから」
「大事なところって、何やってんの?どこに居るの?」

――まだ言うわけにはいかない
   花沢類ゴメンね、あともう少しだから

「牧野・・・、俺より・・・」

「つくし~ッ!早くやろうよ」
携帯電話の電波が届かない地下室から出て電話をしているつくしを、滋が呼びに来た。

「あッ!うん、分かった
 ゴメン花沢類、滋さんが呼んでるからまた後で電話するね」
「えッ、あッ、牧野ッ!」
電話は切れてしまった。


類は急いでつくしに電話をかけてみるが、イヤっていうほど聞き飽きたアナウンスが聞こえてくる。

――さっきまで通じていたのに、どうして?

類の心は複雑だった。
電話の向こうから聞こえた声が滋の声であったことと、何よりも聞きたいと思っていたつくしの声が聞けて安心したのと、聞きたいことも聞けないまま電話を切られてしまった事への怒りとが心の中に同居していた。

「大河原と一緒なんだ、・・・一体アイツら何やってるんだ?
 牧野・・・、1日だって会わずにはいられないのに・・・」
類は大きな溜息をつくと、ベッドに横になってクッションを抱え込んだ。
「牧野不足、・・・限界」


滋とつくしはそれぞれに思いを込めたチョコの製作に取りかかる。
つくしは冷凍庫に入れて冷やしておいた何枚かのステンレス板のうち1枚を取り出すと、細い口金をつけた搾り出し器を手に真剣な眼差しでチョコレートを乗せてゆく。
つくしが愛を込めて類に贈るバレンタインチョコレートは、類の成人式の時に撮った数少ない2人が写った写真をお手本に、自家製のチョコレートで描く思い出の顔チョコだった。
それは繊細な線で描く類とつくしの微笑ましい姿になる予定だが・・・。

一方、滋の作るバレンタインチョコレートは、ウイスキーボンボン。
もちろんチョコの中に入れるものはウイスキーだけではない。ワインや焼酎、オレンジやチェリーのリキュールも入れたものも作る予定だ。
濃い砂糖液に各種のお酒を少量混ぜたものを次々と準備していく。この溶液を固めた後でチョコを掛けていくだけだが、なんだか滋の様子がおかしくなってくる。


ちょうどその頃、類の家にはあきらが来ていた。

「類、牧野と連絡取れた?」
「うん、電話があった」
「で、なんか言ってたか?」
「また後でって言ってた」
「・・・は?・・・それだけ?」
「そう。なんか忙しいみたいで
 あっそうそう、大河原も一緒に居るみたいだった」
「滋が?・・・そうか一緒に居るんだ。ふ~ん」
滋がつくしと一緒に居ると聞いて、一見クールに振る舞っているように見えるあきらでも内心ホッとしていた。

「あいつ等いったいどこで何してんだろ?イイ男をほっといてよ」
「まったく同感」


「目が、また目が違う。あ~あ~、やり直しだよ」

チョコで絵を描くのは思っていたより難しく、置いたチョコ同士がくっついてしまったり、かすれてしまったりしてもそこだけ修正するのは極めて難しい。また、慎重にしすぎているとチョコレートが固くなってきて口金からスムーズに出てこなくなったりと、ある程度の手際のよさも要求される。

それでも何度か失敗しているうちに徐々に慣れて、あともう少しの所まできていた。ところがめげずにチャレンジしていたつくしに、滋がちょっかいを出しはじめる。

「どれどれつくし君、私にちょっと見せてみなさい」
脇から覗き込んでくる滋。
「・・・え?・・・あたしのはいいから、滋さんは自分のをやって」
「私の?私のはもう出来たよ。完璧!パーフェクトよ!
 それよりつくし君、君の作品を見せなさい」

なぜかしつこい滋。呼び方も変だ。そして酒くさい。

「滋さん!あんた酔ってるでしょ!なに飲んだの?」
「何って、全部試してみたよ。・・・・・・味見よッ!味見」
「まったく味見ぐらいでそんなに酔うわけないでしょ!
 おおかたお酒の味見ばかりしてたんでしょう」
「う~~ん。ピンポンピンポン」
「おいおい。・・・滋さんは出来たからいいんだろうけどさぁ~
 あたしはまだなの、だから邪魔しないでちょうだい」

「つくし、そんなビビッて描いてたらダメよ。度胸よ!・・・どれ」
「あッ!ちょ、ちょっと滋さん!」
「気にしない、気にしない」
つくしの手から搾り出し器を強引に奪い取った滋は、呆気に取られたつくしを尻目に勢いよく描き始める。
「ギャーッ!何すんの。もう少しで出来上がるところだったのに!」

滋を突き飛ばして急いで絵を見ると、そこにはこれ以上ないくらい理想通りの目をした類がいた。
「ウソ・・・。ぅわあぁ~~、ししし、滋さん、ス、スゴイ
 ありがとう、滋さん。・・・・・・滋さん?」

滋の才能なのか偶然なのかは定かではないが、つくしはお礼を言わずにはいられなかった。が、振り向いたそこに滋の姿はなく、更に奥に目を移すと寛ぎスペースのソファに飲んだくれオヤジのようにあられもない姿で寝ていた。

「滋さん、その格好はマズイでしょう
 美作さんが見たら、百年の恋も冷めてしまうわよ」

「つくし君、度胸よ・・・、むにゃむにゃ・・・」


つくしは滋に上着を掛けると、完璧と豪語していた滋のチョコをそっと開けてみる。チョコは箱の中に綺麗に並べられ、後はラッピングを待つばかりになっていた。
「やることはやってたのね、さすが滋さん
 ただの酔っぱらいじゃなかったのね
 さぁ、あたしも最後の仕上げといきますか」

つくしは用意してあったフォトフレームに、ステンレス板の上に出来上がったチョコレートをそのまま板ごとピタリと収めると再び冷蔵庫にしまいこむ。次にココアパウダーを用意してもう一品に取りかかった。
「花沢類って甘いのが苦手だったよね
 やっぱ砂糖はひかえめに、だよね」

ほどなくして出来上がったトリュフチョコ一つを可愛い小さな箱に収め、金色のリボンを結んで暫くの間その小さな箱を満足そうに眺めた。


カフェテリアのいつもの席で寛いでいた類の所にあきらがやって来た。

「ようやく滋と連絡が取れたんだぜ、まったく心配させやがって」
「クククッ・・・、やっぱ心配してたんだ」
「そりゃあ2週間も音沙汰がねぇと、するだろうよ
 で、類の方はどうなんだよ、牧野と会ったのか?」
「会ってないけど、牧野からデートの誘いがあった」
「へえ、牧野からなんて珍しいんじゃねぇ」
「渡したいモノがあるからって、・・・機嫌とりかも」
「そう言えば滋もそんな事言ってたな
 ・・・ってことは滋も機嫌とりか?
 いや、あいつの場合は自分を基準にしてっから、それはねぇな」
「まぁ~とにかく明日会ってみればナゾが解けるってことじゃない」
「そう願いたいもんだ」


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Sweet one day 前編

前編


ピンポン!ピンポン!
アパートの一室にけたたましい呼鈴が鳴り響く。
「つくし!!」
早朝から何事かとそう思った次には自分の名前を呼ぶ大きな声がする。

「滋さんどうしたの?そんなに慌てて」
突然つくしのアパートに押しかけてきた滋。
「つくし準備できてる?」
「準備って・・・、なんの?」
「えーッ!まだ準備できてないの?」
「準備も何も・・・、だって何も聞いてないよ。・・・なんの準備なの?」
「今からチョコの材料を調達しに行くんだよ
 一昨日カフェテリアで約束したじゃない」

――カフェテリアで?・・・・・・材料調達?

つくしは2日前の記憶を手繰り寄せる。


「つくし、何か気に入った物あった?」
「う~ん、あんまりあり過ぎて分かんない」
英徳大学のカフェテリアで滋とつくしはテーブルの上に何冊も積まれた雑誌を読みあさっていた。

「市販のものなんてどれも同じよね」
「どれも美味しそうだよ
 これなんて・・・たかッ!こんなにするんだぁ~」
「えッ、どれが美味しそうだって?」
「これなんだけど・・・。あッ!こっちも美味しそう」

バレンタイン企画と称してチョコレート商品が掲載されたページを次から次と捲っていくが、その種類の多さと価格は天晴でその中から一つを選ぶことができない。さすが高級だけあってどの商品も美味しそうで目を引くものばかりだ。

そもそもバレンタインデーという言葉も行事にも無縁の生活を送ってきたつくしには、イマイチ実感とかワクワク感というもが欠けていた。そんなつくしとは逆に滋は、好きな人とロマンチックで甘いひと時をすごす楽しいイベントに胸を躍らせていた。


「こっちに載ってるこのチョコも美味しそう
 何かあたし自分が食べたい物ばっかりに目がいっちゃう」
つくしが指差した商品をじっと眺める滋の頭の中にあることがひらめく。
「だったらさぁ~、手作りにしようよ
 手作りだったらいろんなもん作れるし
 世界に一つしかないチョコだよ、素敵だと思わない?
 それにあたし達も試食できるじゃない、ねえ」

――こんな小さいチョコでも4千円もするんだもんね
   手作りかぁ~、それいいかも
   板チョコ買って、溶かして型に流し込めば・・・
   金銭的にも負担にならないよね

親の見栄で英徳学園に入学したつくしは、またまた親の見栄で英徳大学に進学した。家族の団結でどうにか授業料を納めることはできていたものの、つくし独りアパート生活や団子屋のアルバイトで生活費を捻出しなければならないことは、2回生になった今も続いていた。生活苦は高校生の時よりもはるかに厳しくなっている。
そんな状況を理解している滋だけにこの案を提示したのだった。


「滋さん、それいいかも。手作りにしよう!」
「じゃあ決まりだね」
「うん」
「そうと決まれば、まずは材料調達しなきゃいけないわよね
 世界でたった一つのチョコを作るんだから、最高級の食材を・・・
 どんな物がいいかあたし調べてくるね
 明後日つくしのアパートに行くから」


「あっ!今日・・・、そうだった」
「思い出したみたいだね。時間がないから準備はまぁいっか!
 着替えはあたしの着ればいいし・・・。つくし行くよ」
つくしの腕を掴み階段まで出た所で滋はあることに気付く。
「あッ!つくしパスポート、パスポート持った?」
「・・・へ?・・・パスポート?・・・パスポートって・・・」
「ああ~やっぱり持ってきてなかったのね
 よかった、気がついて」
「滋さん、どうゆうこと?
 それにどこに行くの?買い物に行くんじゃないの?」
「必要でしょ、アフリカに行くんだから」
「へ?・・・アフリカぁぁぁ~?・・・・・・な、な、なんでアフリカまで」
「なんでって、あの時2人でそう決めたでしょう!
 女の子の一大イベントに向けて厳選素材を調達しに行くって」

――材料調達は分かるよ、それがないと作れないもん
   だからってアフリカはないでしょ!

「本当はさぁ、コートジボワールに行きたかったんだけど
 現地を案内してくれる人がみつからなくてさぁ~
 だから急遽ガーナになっちゃった」
「なっちゃったって・・・、そこまで行かなくても・・・
 板チョコでいいじゃん」

100円の板チョコ数枚を溶かして好きな形にすればいい、自分の想いが伝われば値段なんて関係ないと考えていたつくしだったが、どうやら滋の考えは違ったようだ。材料は自らの目で選び、一切の妥協を許さず手間を惜しまない。素材にこだわり作業工程においても手を抜かない。一つの作品を完成させようとする芸術家のような迫力があった。

考え方は大きく異なる2人だが目指すものは同じだ。
愛する人に喜んでもらいたい、ただそれだけ。


――それにしてもガーナまで行くかよッ!

「ガーナまで行ってどうするの?目的は?
 輸入チョコなら探せば国内でもあるんじゃないの?」
諦め顔で問いかけると、滋は鼻息荒く得意満面で応える。
「もちろん最高のカカオ豆を手に入れるためよ」

――えっ、豆から?
   金持ちの考えは分からん、もう好きにしてって感じ

瞳はらんらんと輝き気分は既にアフリカに飛んでいる滋に、つくしはもはやツッコミを入れることさえ面倒くさくなってしまっていた。

「良しッ!パスポートも持ったことだし、行くわよ」
「・・・はいはい」

1時間後、2人はカカオの実を求めてガーナへ向う機上の人となっていた。


類は成人式を迎えたその春から家業の勉強や仕事を始めていたため、以前のように自由な時間が限られていた。それでも大学で会ったり、遠巻きから姿を見たり、またバイト先の団子屋に迎えに行ったりと、どんなに忙しい日でも一日一度はつくしの顔を見ていた。だが、ここ4日間どこにもつくしの姿はなく、また携帯もつながらないことに心配とイライラが募り、仕事にも影響が出始めようとしていた。


「牧野見なかった?」
類は英徳大学のカフェテリアのいつものテーブルに総二郎とあきらをみかけた。
「いや見てねぇけど。・・・そう言えばここ2、3日見かけねぇな」
「試験も終わったことだし、バイト三昧なんじゃねえの
 あッ!もしかして合コン三昧だったりして」
「・・・合コン?」
「ここんとこ滋とばっかつるんでたし
 何か2人で良からぬことでも企んでたりしてよ
 滋ならあり得るな」

「大河原はともかく、牧野は器用じゃないよ」
「類、滋はともかくってどういう意味だよ?
 あぁ見えても純粋なんだぜ」
「あれでか?俺にはどう見ても純粋なんて言葉は出てこねぇな」
「総二郎には分かんねぇだろうよ
 二股も三股もかけてりぁ見えるもんも見えねぇだろう」
「言ってくれるね、あきら君よ。正確には8だけど
 ・・・・・・そう言えば、牧野と滋を見掛けたような・・・」
「いつだよ?」
総二郎の言葉に素早く反応したのは、意外にもあきらだった。
「3日・・・、いや4日前だったかな
 確か・・・、ここで2人して雑誌を読みあさっていたな
 ・・・で、なんであきらが聞くんだよ?」
あきらも滋の姿が見当たらないことを心配していた。
大学や美作邸に押しかけてくる滋を時にはウザイなんて思った時もあったりしたが、さすがに4日間も顔を見ないと寂しい気持ちにもなっていた。

アフリカまで行ってカカオの実を採っているなど、F3は予想もしていない。いや、普通の思考ならば想像すらしないだろう。


2人が現地調達をしている間に大河原家の地下室では、必要十分以上のキッチンスペースが造られ、チョコレートを作るのに必要なありとあらゆる器具と食材が運び込まれた。また、寛ぎのスペースも造られソファやオーディオ機器もセッティングされ、後は2人と現地調達した食材を待つばかりとなっていた。


チョコレートの原料となるラグビーボールのようなカカオの実(ポッドと呼ばれる)の中にあるカカオ豆を取り出すためには醗酵させることが必要で、さらに取り出した後、豆を乾燥させなければならない。そこまで時間的に余裕のない2人は、カカオの中でも貴重な品種で、香りが高く苦味と甘みが強く、酸味がないクリオロ種の豆を手に入れて帰国の途に着いた。


「さぁ始めるよ!つくし、準備はいい?」
「バッチリOKよ、滋さん」
チョコレート作りのためだけに設けられた地下室に、エプロン姿の滋とつくしがいた。

「まずはローストからよね」
「よぉ~し!専用ロースターは温まってる?」
「125度、いつでもどうぞ」

テンポのよいミュージックをバックに気合い十分、やる気満々といった2人の掛け声で、いよいよチョコレート作りがスタートした。


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