Sweet one day 後編
後編
翌日、つくしと滋はそれぞれのパートナーと予定通りデートをしていた。久しぶりに会う恋人たちは会えなかった時間を取り戻そうとするかのように微笑み合い、寄り添い、握った手のぬくもりを確かめ合う。
さんざん遊び歩いた一日の終わり、類はつくしをアパートに送って行く車の中で、一番聞きたいと思っていたここ2週間のつくしの行動について質問をする。
「牧野、大河原と一緒だったんでしょ?何やってたの?」
「それは・・・、実は滋さんと自家製チョコレートを作ってたの」
「・・・自家製、・・・チョコレート?」
「そう、・・・今日の日のために」
「・・・今日?」
今日は2月14日、男女が愛を告白して贈り物をしたり、特に女性から男性に愛を告白する唯一の日とされるようになった日でもあり、恋人たちの日でもある。
この大イベントにも関わらず、類は今日がバレンタインデーだということに気付いていなかった。
「2週間も?」
「う~ん。・・・でも、実際は1週間くらいかなぁ~」
「あとの1週間は?」
「ガーナに・・・、行ったから・・・
本当は全然行く予定じゃなかったんだけど
滋さんが強引で・・・、それに既に予定が組まれてて、断れなかった」
「・・・ガーナ?」
「ふふふっ・・・、現地でカカオの実を見た時はビックリだよ
花沢類、知ってた、カカオの実が木の幹に生ってるって
あたし枝に生えてるもんだとばかり思ってたからさぁ
その実を小さな子供たちが採ってるんだよ
滋さんなんかその子供たちに競うように木に登って・・・」
予定外とはいえガーナでの貴重な体験と楽しい思い出に笑みを浮かべ、ひとり自分の世界に浸るつくしには不機嫌になっていく類に全く気付かない。
暫く沈黙が続く中、類はふと昨日の総二郎とあきらの談笑を思い出す。
「2人ともデートかよ、つまんねぇの」
「あれれ、総二郎ともあろうお方が
バレンタインデーはアポ無しか?」
「〝なし〟じゃなくて、わざと入れねぇんだよ
そこんとこ勘違いしてもらっちゃ困るねぇ」
「なんでだよ」
「分かっちゃいねぇな
そもそもバレンタインやクリスマスなんかに特定の女と
過ごしてみろ、後々面倒くせぇことになるだろ
日本一チャランポランの男を目指してる俺にとっちゃ
愛の告白だの、恋人たちの日なんてもんは
今の俺にはいらねえんだよ」
――今日がその日なんだ
「作ったチョコは?」
「・・・・・・へ?」
「俺のために作ったんでしょ」
「あっ、うん」
鞄から小さな箱を取り出すと類の前に差し出す。
「はい、これ」
指輪を収めるくらいの小さな箱にかかった金色のリボンを解きふたを開けてみると、そこには丸くて可愛らしいトリュフチョコレートが1つ入っている。
――これのために俺は2週間も・・・
「これがガーナまで行って作ったもの、・・・これだけ?」
「だって・・・、花沢類は甘いもの好きじゃないんでしょ、だから・・・」
「俺そんなこと言った?」
「前に花沢類と西門さんがバイト先に来た時に
西門さんが、花沢類は甘いものは食べないって・・・
でもあの時、なんか可愛いって和菓子1個買っていったよね」
「そうだっけ?」
「だから1個ぐらいなら食べてくれるかと思って
・・・もしかして、嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ、だけど牧野が作ってくれたのは、別だよ」
――この1個のために・・・、連絡ぐらいできただろうに
僕がどれだけ心配していたのかアンタはまるで分かってない
「牧野、ありがとう」
心で思ったこととは裏腹に出てきた言葉は、つくしへの感謝の言葉
そして笑顔。
世界でたった1つ、愛する人の手で作られたトリュフチョコレートを口に含み、ゆっくりと味わう。
「美味しい、これだったらもっと食べられるかも」
「ホント?よかったぁ~」
類にとって甘さをひかえたこととココアパウダーが気に入ったようだ。
数ある種類の中から選んだトリュフチョコレートは大正解だったようで、つくしはホッと肩を撫で下ろすと、材料や場所を提供してくれた滋に心の中で感謝するのだった。
同じ頃、滋はあきらの部屋にいた。
「はい、滋ちゃんからのプレゼントだよ」
そう言って滋は四角い箱をあきらの前に差し出した。
「プレゼント?・・・もしかして・・・」
今日は何の日なのかを知っているだけに、箱の中身は察しがつく。
――チョコレートだよな
対面に座っていた滋はあきらの隣に移動すると、早く開けるようにと小突く。
「いや、今日は遠慮しておくわ」
「なんでよ?わざわざガーナまで行って現地調達して
カカオ豆から作り上げた滋ちゃんお手製チョコレートなんだよ」
「はあーッ!ガーナってアフリカのガーナか?」
「そうだよ、この日のためにつくしと一緒に作ったんだから」
「牧野もガーナに行ったのか?」
「つくしだって類くんにあげるんだもん、当たり前でしょ」
「お前なぁ~、・・・そんなオチかよ。・・・どこ探してもいねぇわけだ
行くんなら行くで一言言ってくれればいいだろ
・・・ったく、心配させやがって」
「ねえねえ、早く食べてみてよ、絶対美味しいから」
あきらが甘い物は苦手だと知りながら〝新作だよ〟と言って甘いケーキばかり持ってきては強引に試食させられることが、正式に付き合い始めてからずっと悩みの種になっていた。
その悩みの種である滋と箱を交互に見る。
――俺のために・・・、1つぐらいだったら・・・
今日がバレンタインという特別な日であるということと、自分のために作ってくれた嬉しさも手伝ってか、あきら自らチョコレートを口にする。
「うわッ!・・・な、なんだこれ?」
「どう?美味しいでしょ」
宝石のように輝く瞳を向けて自信満々といった表情を見せる滋に、あきらは苦笑いし口に含んだチョコレートを飲み込むかどうか迷うのだった。
あきらが口にしたウイスキーボンボンは滋が酔っ払ってから作られたもので、砂糖の分量は通常の3倍、中身のお酒はチェリーのリキュ-ル、見た目は立派なチョコレートだが実体は砂糖の塊そのものだ。
2個目のチョコを手で摘まんで自分の口元に近づけてくる滋に、あきらはギョッとした目で見る。あきらにとってそのチョコはもはや食べ物には見えず、舌や胃を突き刺す凶器に見えた。
「し、滋、俺を殺す気か」
「なんでよ?つくしだって美味しいって食べてくれたよ」
「お前らの味覚おかしくねぇか、正常とは思えね」
滋は自分が酔っ払ってから作ったチョコは試食していないため、あきらが嫌そうな顔をしてチョコを遠ざける言動が理解できなかった。
因みに、つくしが最高傑作と絶賛したチョコは、試食として既に滋とつくしの胃袋におさまっていた。あきらはハズレを掴まされたことになる。
2人を乗せた車はつくしのアパートに到着した。
つくしは類に少し待つように伝えると急ぎ足で部屋に続く階段を駆け上り、メインであるもう1つの顔チョコを取りに行く。
壊れ物を扱うように顔チョコを持ってゆっくりと階段を降りると、類は車の扉に凭れ掛かって待っていた。
「お待たせ。これが今日、花沢類にプレゼントしたかった
バレンタインチョコなの」
A3サイズのフォトフレームにはラッピングもリボンなく、ハンカチがかぶせてあるだけだ。
類の手に渡ったフォトフレームをつくしがゆっくりとそのハンカチを捲る。そこにはステレス板にぎこちない線で描いた、微笑む類と寄り添うつくしがいた。
「花沢類?」
まるで新しいオモチャを与えられた幼い子のように瞬きをすることも忘れ、食い入るように眺める類。
「花沢類?」
何の反応も示さない類につくしは不安になる。
「花沢類・・やっぱ変だよね。あたし絵描くの上手じゃない・・・」
話の途中で類はつくしを抱き寄せる。
「変じゃないよ、感動して言葉が出なかった
・・・・・・牧野、ありがとう。こんなに感動したの
牧野が俺との付き合いを了解してくれた時以来だ」
耳元で今の心境を囁いた類はつくしから離れると、腕を掴んで車内に押し込んだ。
「は、花沢類、・・・どこに行くの?」
「ん、俺んち
こんな感動をくれた牧野をこのまま帰すわけにはいかない」
車はゆっくりと走り出す。
花沢邸に到着するまで2人の手はしっかりと握られ、それは類の部屋に入っても離れることはなかった。
類の左手には大切そうにフォトフレームを持ち、右手には恋人の手が握られている。そのままの状態でベッドとテレビしかない部屋を歩き回る。
「花沢類、手・・・なんだけど、・・・それにさっきから何してんの?」
「う~ん、これをどこに飾ろうかと思って」
暫くしてそのフォトフレームはベッドの横の壁に飾り終え、類は改めてマジマジと眺める。
「花沢類、そんなマジな顔で観られると恥ずかしいよ」
絵チョコを手で隠そうとするつくしを胸に引き寄せる。
描かれた線の端々につくしの緊張感や必死さが伝わり、可愛い、愛しい、そんな思いがこみ上げてきた類は抱きしめずにいられなかった。
「は、花沢る・・・」
言葉を遮るようにKissをする類の唇は柔らかく、ゆっくりと摘むようにKissを繰り返す度に甘い香りが漂い、久々に触れる愛しい人の唇に2人は暫し恍惚とする。
「今日は帰さないから」
――か、かえさない・・・って・・・
鈍感なつくしでも今の類の言葉が理解でき、真っ赤な顔を隠すように俯いた。
「プッ、クククッ・・・、牧野って可愛いね。理解してくれたんだ」
「・・・え?あッうん。・・・じゃなくて・・・、あッ!そうそう
実はまだ花沢類にプレゼントがあるの
気に入ってもらえるか心配なんだけど」
思いっきり動揺したつくしは、ぎこちない動作で鞄からリボンのかかった細長い箱を差し出す。
受け取った類はベッドに座り、つくしにもベッドに座るように促した後、嬉しそうにリボンを引きゆっくりと蓋を開けた。
――ネクタイ?・・・俺って、・・・もしかして牧野に縛られてる?
いつもはジーンズにトレーナーといったラフなスタイルだが、花沢物産の後継者として勉強を兼ねて仕事を始めてからはスーツ姿を見ることも少なくない。
チョコレートの他に何か身に着けるモノを贈りたいと考えたつくしは、仕事の合間でも時々は自分のことを思い出して欲しいとネクタイを選んだのだった。
しかし、そんなつくしの思いとは裏腹に類の考えは違っていた。
「このネクタイも記念に飾っておいてもいい」
予想もしない類の反応につくしはまた慌ててしまう。
「あ、いやその・・・
ネクタイは飾るものじゃなくて身につけるもので・・・、その・・・」
そんなつくしの慌てぶりに類は笑い出した。
「プッ、クククッ・・・。ホントに飾ると思った?ハハハ・・・」
つくしにとって類の言い放つ本気と冗談の境界線は区別しがたいものがある。
「まったくもう、笑わないでよ!
花沢類が変なこと言うから焦ったじゃない」
――でも、花沢類のことだから
本気だった可能性も捨てきれないけど・・・
「このネクタイって
牧野が俺を縛って離れることを許さないっていう意味?」
「・・・え?そ、そんな・・・」
「心配しなくていいよ、俺アンタから離れる気も離す気もないから
どうせなら言葉で言ってほしいな」
「な、何を?」
「牧野から俺への愛の告白
だって今日は特別な日で恋人たちの日、なんでしょ?」
意地悪そうな瞳を向けてじりじりとつくしの顔に近づく類。つくしは目を泳がせながら距離を取ろうとエビ反るが、力尽きた体はベッドにコテッと倒れてしまい類は覆いかぶさる状態となる。
「牧野、言って
この2週間、俺がどれだけ寂しい思いをしてたか分かる?
俺はいつだって牧野に会いたいし
いつだって触れられる距離にいたい
振り向いたらいつも牧野の笑顔がそこにあってほしいんだ」
「・・・花沢類、ゴメン、・・・ゴメンね」
つくしは自分を見つめる類の真剣な瞳の奥にどれだけ自分のことを想い、どれだけ心配していたのか気付かされる。
「分かってくれたんだね
でも言ってほしい言葉はそれじゃないよ」
「・・・花沢類、・・・す、好き」
「もう一度」
「・・・花沢・・・類、好き。・・・・・・類、・・・・・・愛してる」
〝類、愛してる〟この一言で類の心にかかっていた靄は一瞬にして消え、身体全体に痺れるような感覚が走ると共に熱くなる。
「牧野、最高のプレゼントをありがとう」
見つめ合う2人の間には、もう言葉など必要ない。
月も星たちも、そしてフォトフレームに飾られた微笑ましい顔チョコも、溶けて流れ出しそうなくらい2人の熱く甘~い夜を迎えようとしていた。
~Fin~
2006/2/14に掲載した作品です
注) チョコレートの製法や輸入に関する法律において
事実に反する事柄があるかもしれませんがご了承下さいませ。

