カテゴリー「PURE ANGEL[第2章]全16話」の投稿

2008年10月11日 (土)

PURE ANGEL[第2章]最終話

最終話

パリに旅立つ当日なって進から頼まれていた品物を揃えていなことを思い出したつくしは、空港に向かう途中で買い物をすることにした。
進から商品名などを詳しく書き込まれたメモを手にして僅かな時間で買い揃えたつくしは、ほっとした表情で待機している車に向かって歩いた。


「つくし?」
その様子は偶然にも道の反対側にいた類の目に留まった。
類はつくしを見失わないように目で追いながら慌てて横断する。


つくしは待機していた車の運転手に荷物を預けて車に乗り込む寸前、誰かに右腕を掴まれた。つくしは驚いて小さな悲鳴を上げて振り返ると、そこには息を切らした類の姿があった。
まさかの出来事にSPは次の瞬間には類の腕を捻り上げつくしを類の手から解放し、もう1人のSPがつくしを守るように立ちはだかる。
つくしはSPと共に行動をしたり、少し離れた所から見守られる、といったことにはだいぶ慣れてきていたものの、緊迫した状況に置かれたのは初めてだったのと、類がこの場にいたこととの二重の驚きに恐怖さえ感じていた。


「つくし」
類の声でつくしは我に返った。
「るっ…類…。……内田、放しなさい」
2人のSPはつくしの背後に身を引いた。
SPならば元婚約者である類の顔を知らないはずがない。例え新人のSPであっても情報や教育は受けている。それなのに自分を不審者扱いするこの状況を、類は悲しく思った。


「つくし痩せたね、…体の方は大丈夫なの?」
「うん、心配しないで、大丈夫だから」
「つくし、ちゃんと顔を見せて」
つくしはまともに類の顔を見ることができなかった。
ビー玉のような澄んだ瞳を見てしまうと、辛い思いを封じ込めて決心したことが揺らぎそうになるからだ。また、類に一言の相談もなく自分の事情で勝手に婚約を解消することを本人に直接会って話すべきだったのに、手紙という手段を取ったことにも負い目を感じていた。そして何よりも類を傷つけてしまったからだ。


「つくしと話がしたい」
つくしは俯き返事に困っていると、内田が割って入った。
「お嬢様、お時間がありませんが」
類は内田を一瞥して直ぐにつくしに視線を戻す。
「これから何処かに行くの?」
類は嫌な胸騒ぎを覚える。
たくさんの人が類とつくしの脇を通り過ぎて行く都会の喧噪の中、2人の間だけは静寂が漂う。


「類、あたしね…」
つくしが言い掛けた時また内田が口を挟む。
「お嬢様、奥様が空港にお着きになられました」
内田はドアを開けて車に乗るよう促す。
「あたしパリに行くの。…類、ごめんなさい」
ドアは静かに閉じられ、車は動き出す。


「パリに…」
類はつくしを乗せた車を呆然と見送った。
あまりにあっけないつくしとの再会だった。
非常階段で会っていた頃より、道行く人よりずっと遠い存在になってしまったことに、類は言い知れぬ虚脱感と寂しさに包まれた。
つくしは黒崎の人間で、自分はもはやただの知人になってしまったのかという思いがよぎる。
言いたいことも聞きたいこともたくさんあったのに、何も聞けず何も言えぬまま、天使は手の届かない場所に飛びたとうとしている。


――数日は良かった
   進の友達や学校の話や出来事を聞いてふざけあって
   いろんな所を見て、美味しいものもたくさん満喫して
   でもなんか違う…、何かが違う
   そう思い始めたのは1週間が過ぎた頃だ、…無理してるって
   あたしの中から類を追い出そう、追い払おうとしても
   あたしに微笑みかける類の顔が浮かんで離れない
   切り離すことの出来ない存在
   何処に逃げてもこの記憶は消せないことを
   知らないふりして、でも本当は最初から知ってたんだよね


「姉ちゃん、日本に帰ったら」
パリの黒崎の屋敷の一室でボーッとしているつくしに進が声を掛けた。
「今の姉ちゃん見てたら誰だって帰れって言うよ
 〝心ここにあらず〟って感じで・・・
 逃げたってなんの解決にもなんないんだよ
 自分が一番分かってるんでしょ?……今、何をすべきか」
「進!何よその言い方!まるであたしがいると邪魔みたいじゃないの」
――ホント人のことよく見てるね
   ……あたしがすべきことは、分かってる
   自分と…、類と…、向き合うことだ


「つくしさん、わたくしも進くんの言う通りだと思うわよ
 2人でじっくり話し合いなさい。どんな結果を出したとしても
 それは2人が決めたこと、自分達の将来のことですもの誰も文句
 は言わないわよ。前にも進めない、後にも戻れないじゃつらいで
 しょ?……わたくし達はどんなことがあっても、つくしさんの味
 方だということを忘れないでね」
そう言って茜は微笑み、つくしの手に航空券を握らせた。
茜と進の温かさに胸が熱くなり、張り詰めていた思いが一気に溢れ出す。
――ありがとう
   あたしは独りじゃない、見守ってくれる家族がいる


つくしがよく中庭に出て散策していたように、類も中庭に出てみた。つくしが散歩コースにしていた道を辿るようにゆっくりと足を進めると、パリに発つ前日に持ってきた子宝草に目が留まる。
――こんなに大きくなったんだぁ
類は子宝草の前にしゃがみ込み、当時のことを振り返る。

――枯らさないようにって気にして、…枯らしてしまったら
   つくしが俺の元に帰って来ないような気がして…
   あの頃は必死だった
   皮肉だな、……お前はいっぱい子の葉を増やしていくのに
   つくしは…


「類さま、……類さま」
類は角田の声で現実に戻される。
「類さま、旦那様と奥様がお戻りになられました」
類は立ち上がると大きく深呼吸をして空を見上げた後、両親がいる部屋に向かった。

「つくしに会う前に、お父さんとお母さんには僕の意思を知って
 おいてもらいたくて伺いました」
硬い表情をする両親を類は見据える。
「お前の意思?」
「僕にとって何が一番大切なのか、失ってより一層確信しました
 僕にとって牧野つくしはすべてで、生きる糧です
 彼女が傍にいてこそ僕の人生が、未来があるのです」
「それは、つくしさんを選ぶということかね?」
「はい。このままつくしを失ってしまったら、僕は生きていく意味
 がありませんから」
なんの迷いもない強い眼差しと力強い言葉に、薫と葵は並々ならぬ決意を感じ取っていた。


「お前の人生の中には花沢もあるんだぞ
 お前がつくしさんを選ぶということは、花沢の跡取りが途絶える
 ことになるんだぞ、それを認識しての事なのか?私達は孫の顔を
 見ることはできないんだな?」
「僕はつくし以外の人と結婚なんて考えていません
 もしつくしと結婚することができないのであれば、僕は一生独身で
 通すつもりですから、どちらにして孫は期待できないと思います」
「なっ!私を脅すつもりかね?」
「脅す?くくくっ…、とんでもない
 僕は自分の手で自分の子供を殺したんですから、自業自得ですよ
 ……つくしには申し訳ないと思っていますが…」
血迷ったように笑う息子を見て薫と葵に戦慄が走る。そしてつくしから事情を聞いていた内容との食い違いに焦る。


「類ッ!こ、殺したとはどいうことだ?」
「僕がつくしの腕を振り払ったせいで階段から落ちた、そのせいで
 つくしは流産した。……僕は一番大切な人を傷つけてしまった
 …そして子供までも……殺した」
薫は目を伏せ、葵は類の傍に寄りそっと肩を抱く。
「類くんのせいじゃないわ、事故だったのよ。そんなに自分を追い詰
 めないで。そんな類くんの姿を見たらつくしさんだって悲しむわよ」
薫は沈痛な思いで息子を見つめる。
――お前の気持ちは十分に分かっている
「このままでは道義的に筋が通らない。つくしさんとじっくり話し
 合ってきなさい。この話はその後に聞こう」
薫は硬い表情で心とは裏腹な態度で部屋を出て行った。


「茜さんから連絡があって、つくしさんね一昨日パリから戻られた
 そうよ。つくしさん、類くんのことばかり考えていたって茜さん
 が笑って話していたわ」
「つくし、帰って来たの?」
「ええ、そうよ。あの大きなお屋敷につくしさん独りでいるんです
 って。使用人はいても話し相手がいないのは寂しいものよ
 類くんなら分かるでしょ」
「つくしの部屋で偶然母子手帳を見つけた時、俺すごく嬉しくて…
 暫く眺めていた。……これから成長記録が記入されていくはずだ
 ったのに。……つくしが苦しんでいる時に俺は何も知らずに喜ん
 でいたんだ」

――俺を受け入れてくれるだろうか?
黒崎邸を訪れた類は客間に通され、不安な気持ちを抱えてつくしの入室を待っていた。高鳴る鼓動を静めようとソファには座らず、窓際で外の景色を眺める。
綺麗にカットされた芝生、幾つもの薔薇のアーチに陽光が照りつけ、自然が織り成す風情は誰もが心を和ませものだが、極度に張り詰めた今の類にはただの切り取られた景色が並んで見えているだけだった。


暫くするとカチャッと音がして、類は扉の方に振り向き視線を集中させた。ゆっくりと扉が開くとそこには愛してやまないつくしの姿があり、堪えていた想いが一気に溢れた出た類はつくしの元に歩み寄ると抱きしめる。
この瞬間をどれだけ待ち望んでいたことか。
――つくしが俺の腕の中にいる、これは夢の中じゃない
   悪夢の中に何度も登場しては虚しく消えていった
   あのつくしじゃあないんだ

  
少しして類の胸から離れてテラスの方へ歩き出したつくしを、類は目で追った。
「つくし、今日会いに来たのは、これからのことをはっきりさせた
 くて来た。前なら何の意味もない人生でもそれが俺の進む道だと
 諦めていたけど、今は違う。つくしに出会ってしまったから…
 俺の人生からつくしをとったら何も残らない、だから牧野つくし
 をお嫁さんにする。嬉しい事や悲しい事をふたりで分かち合って
 生きていく、そう決めた」
――類…、どうしてあなたはそうなの
類の話に憮然とするつくしは目を伏せため息をつく。


少ししてつくしは硬い表情で類に向き直った。
「なに言ってんの、なに言ってんのよッ!
 あたしを選んだら類はどうなるの!?…花沢はどうなるのよ!?
 ホント自分勝手なんだから、そう簡単なことじゃないんだよ」
声を荒げるつくしの鋭い瞳と類の澄んだ瞳が絡み合う。
「俺は、今まで同様にこれからもずっとつくしと一緒にいたい
 そう思ってるんだから簡単なことでしょ。子供が全てじゃないよ」
――どんな状況になっても変わらず愛してくれる
   類の気持ちが嬉しい、とても嬉しい、…けど…
「一時の感情で決めないで!人生は長いんだよ
 きっと、…後悔する時がくる」
類はクスッと笑い背けたつくしの顔を覗き込む。


「俺の精子に問題があって〝子供をつくることができない〟
 って言われたら、つくしはどうする?」
「……えっ?る、類が…」
目を丸くして驚くつくしに類は頷く。
――そんな事あるわけないでしょ
   身に覚えがあるハズなのにそんなに驚いて
「俺と別れる?」
つくしは頭を横に振って否定した。
「どうして?」
「…だって…類は類だもん、そんことで別れたりしないよ」
「つくしに捨てられたらどうしようかと思ったけど、それ聞いて
 安心した」
「なっ、あたしが類を捨てる?なんであたしが?」
「くくくっ…。これでも俺は一度アンタに捨てられたけど
 深い深い谷底にね」
類が言っている意味がいまいち理解できないつくしは眉間にしわを寄せて首を傾げる。


「子供をつくることができなくても別れないって言ったつくしと同じ
 ように、俺もそうだよ。だからつくしをお嫁さんにするって言った
 俺の気持ち、つくしにだって分かるよね?」
類のペースにまんまとハメられたようだ。
「でも…、類とあたしじゃ話は別だよ」
ここまできてもまだ強情を張るつくしに類は軽く溜息をつくと、真顔になる。
「牧野つくしは花沢類のことを愛していますか?」
「なっ、何いきなり」
「いいから答えて」
類はつくしのどんな表情も逃すまいと凝視する。


つくしは類の真剣な眼差しに怯みそうになりながらも真っ直ぐ見つめ、その瞳に問いかける。
――今でも愛してるよ、そう言ってもいいの?
   一度口にしたら抑えていた想いが溢れちゃうよ
   類、それでもいいの?
「つくし?正直に生きるって言ったよね?」
「あたしは…、あたしは類を…」
〝愛してる〟そう言えたらどんなに楽か、でもその一言を口にする勇気がない。つくしは類からさり気なく視線を外し、俯く。


「つくし、自分を偽って生きる方が後悔するんじゃないの?
 臆病者として生きる人生に価値なんてないんだ
 俺はこの人生を受け入れるって決めた、つくしと共に歩む人生を」
類の固い意志が伝わり、つくしの目には溢れんばかりの涙が今にも零れそうになる。
「…るぃ」
類はつくしの手を取り意地悪そうな瞳を向ける。
「〝あなただけが救いなの〟〝あたしの気持ち覚悟してね〟
 そう言ったよね?あれはウソだったの?」
つくしは俯いたまま無言で頭を左右に振った。
「正直に生きたら、類や類の両親を苦しめることになる、それでも
 いいの?自分の子供を見ることも見せることもできないんだよ
 それでもいいの?」
類はプッと噴き出すとつくしの涙を指で拭いながら優しい瞳を向ける。


「苦しむかどうかは本人が思うことで、つくしが思うことじゃない
 でしょ。少なくとも俺や両親は思ってないよ」
類には後取りやら孫の顔がだのときつい事も言った薫も、本心は類とつくしには幸せになって欲しいと願っていたのだった。そして、会社の将来や花沢家の将来の事よりも息子の幸せを優先する事を選択したのだった。
「…えっ?」
目を丸くさせるつくしに類は柔らかく微笑み、そして頷いた。
「もう両親には言ってある、だから何も心配することはないだよ」


類はつくしの肩を掴むと真剣な眼差しを向ける。
「つくしの手紙、全て白紙にって書いたこと、白紙にしていいよね?」
つくしはコクンと頷く。
「つくし、俺と結婚してくれるよね?」
「はい!」
「つくし、ありがとう」
類はつくしを抱きしめ、つくしも素直に類を抱きしめ返す。
力強い返事に、類の心によどんでいた黒い霧は牧野つくしという風に流され青空の広がりをみせ、色褪せた未来に輝きを取り戻す。
類のかわらぬ想いに、つくしの心に孤独と負い目の暗い影は花沢類という風に流され、二度と戻らない所へと飛んで行った。


今の2人の心はなんの曇りもなく澄みきっている。
今あるのは溢れるほどの互いを想う気持ちだけ。そして、互いの温もりを感じる、これが現実であるということ。
人間はどんな艱難に遭おうとも、腹を決め前向きに生きていかなければ心身ともに健全な自分がない。ここに辿り着くまでには、山あり谷あり波乱に満ちた人生ならぬ、青春だったからこそ身をもって学んだことだ。

好いた同士は泣いても連れる


婚約パーティーから3ヶ月後
類とつくしは平成20年10月10日に挙式。
同日に入籍。

類の念願だった〝安心という保険〟が手に入った。
つくしにとっても辛く悲しい時期を乗り越えた分、有り余るくらいの愛を手に入れた。

| | コメント (0)

2008年10月 7日 (火)

PURE ANGEL[第2章]第15話


第15話

つくしがパリから帰国して以来、2人は一度も離れたことはなかった。お互いどんなに忙しくても朝食だけは一緒に摂るように心がけ、短い時間でもお互いの顔を見てひと時の幸福と一日の始まりを感じていた。
しかし、道明寺邸での一件以来つくしの行方が分からなくなった今、類の不安とイライラはもはや限界に達していた。

そんなある日、類の元に手紙が届いた。

     類へ
   連絡もせず家を空けてごめんなさい
   あれから体調を崩して黒崎で身体を休めています
   夏風邪のようで思ったより治りが遅いようです
   でも心配しないで下さい
   類にうつすといけないのでしばらくこちらにいます
   ですから見舞いは遠慮して下さい
   体調が良くなったらこちらから連絡します
           つくし


両親、茜、葵には真実を記し、類には内容を変えて記した手紙を出していた。
婚約も無事終えて次は結婚式と考えていた矢先だけに、つくしが綴った文面に戦慄の衝撃を受ける。
愛し合う2人を結ばせたい、葵は心からそうしてあげたいと思っている。そう強く願っていただけに理想的で幸せな家庭の構築にかげりが出てきた現状に置かれた今、最善の答えをだせない自分に苛立つ。

< どんなに想っても、ただ見守ることしかできないこの想いを…
   司、お前に分かるか >
司は類の言葉を思い出していた。

――類、今なら分かるよ、お前が言った言葉が
   どんなにつらくて苦しいかってことを
   あの時のお前と今の俺は同じなんだな
司は皮肉な運命を感じていた。


類はいつも通り講義を受け、いつも通り仕事をこなしていた。あくまでも表面上はいつも通りだが、あれ以来何の連絡もない事に内心は不安と心配で精神状態は不安定になっていた。
我慢の限界に達した類は、黒崎に出向く決意を固めて出かけようとした矢先、つくしから2通目の手紙が届いた。

     花沢類様へ
   心配かけてごめんなさい
   体の方はお陰様で回復しました
   これから私が書くことは一方的な我が侭です
   何も言わず一生の我が侭だと思って受け入れて下さい
   婚約解消をお願いします
   将来を誓いあったことも
   すべて白紙に戻して下さい
   類に出会えたこと
   心から感謝しています
        牧野つくし


――なっ!なに言ってんだ
「なに言ってんだよ!いきなりこんな手紙読まされて…、一生の我
 が侭?…納得するわけないだろ。何がどうしたって言うんだよ
 …俺には分かんないよ。つくし、この間まで笑ってただろ、それ
 なのにどうして…」
――つくし、どうしてなんだ?
「つくしがいないと息をするのも苦しくて…、夜も眠れなくて
 こんなにつくしを必要として愛しているのに、つくしは平気なの?
 …普通に息して、普通に眠れるの?」


どう考えても納得できない類は手紙を握り締め頭を抱え込んだ。
「俺を独りにしないって言っただろ」
類はつくしの帰りを待ち望んでいた。つくしに会いたい、話したい、抱きしめたい、そんなささやかな願いさえ拒絶する手紙の内容に愕然とする。
なぜ、どうしてこんなことが書けるのか全く理解できない。また、つくしの本心が一体何処にあるのか全くつかめない。


つくしは体力の回復に8日を費やし、通院を条件にドクターから退院の許可を貰ってやっと黒崎邸に帰って来た。
――手紙読んだかな…、類ゴメンね
   あたしのせいで貴方を苦しめることはできない
   できないんだよ、…愛してるから…こそ
   人は大事なものを失って初めて悲しみを知るっていうけど
   ホントだね。…いつまでも類のこと忘れられないだろうな
   そして、いつまでもあの子の歳を数えるんだろうな
   男の子だったのか女の子だったのか…
   名前も付けてあげられない
つくしは愛する人の子供を失うばかりか、愛する人までも失った。深い悲しみを心に秘め、暗涙しながらも前向きに生きようとしていた。


つくしの面影を探して類は、つくしがほんの短い期間使っていた部屋に入る。いつも座って本を読んでいたデスクに腰掛け、暫くの間考え込んでいた。
「誰か教えてくれ、一体何故こうなったのかを…」
そう呟いて何気にデスクの上に置いてあった本を手に取った。すると何かが落ちたことに気付き拾いあげると、薄い小冊子のようだった。類の視線はその表紙に記された六文字に釘付けとなり、瞬時に凍りついた。


母子健康手帳  平成20年7月25日交付
母の氏名  牧野つくし


類は震える手で母子手帳を拾うと、ゆっくりとページを捲る。
期待、希望、絶望、さまざまな思いが交錯し目頭が熱くなる。
今までよりも悪くなる退歩なのか、めでたい不思議な前兆の奇瑞なのか、類は部屋を勢いよく飛び出すとつくしがいるであろう黒崎邸に向かった。

普段ならば車で移動するのだが、この時の類はもういても立ってもいられないほどつくしに会いたい一身で家を飛び出し、ひたすら走り続けた。
「どこ見てんだよッ!!」
夢中で走っていると車にぶつかそうになり、急ブレーキをかけた運転手がもの凄い剣幕で怒鳴ってきた。
類は無視してそのまま走っていると運転していた若者が再び怒鳴る。
「おいッ!聞いてんのかッ!」
類は仕方なしに足を止めて振り向いた。
「るっ、るいっ!」
「つ、…つか…さ」
互いの顔を見て驚いた2人は無意識に相手の名を呼んでいた。


「お前そんなに慌てて何処に行くんだ?」
汗を流し息を上げて走る姿、慌てる姿、こんな類の姿を司は3オン3以来見たことがなかった。
「つくしのとこ」
司はハァーハァーと大きく肩で息をしながら答える類の手元を一瞥する。
――牧野が類に…
「お前…、牧野に呼ばれたのか?」
「呼ばれてはないけど、どうしても会いたいんだ、会って聞きたい
 ことが…」
「子供のことか?」
「どうして司が…」
「手に持ってんだろ、手帳」
類は思わず力強く握り締めた手帳を見る。
「家に帰るとこだから乗れよ」
「いや、いい」
「いいから乗れって!」
躊躇する類を司は強引に車に乗せると道明寺邸に車を走らせる。
「司、俺つくしの所の行くんだけど…、なんなの?」
「お前に話がある、会いに行くのはそれからでも遅くねぇよ」


類はつくしに会いたい逸る気持ちを抑えて、しぶしぶ司の部屋に入った。
「類、牧野に会ってどうするんだ?」
司は上着を脱ぎ、ネクタイを解きながら話を切り出した。
「つくしのお腹に子供がいるんだ。司とここで会った日、つくしは
 それを言おうとしたんだと思う。…だから…」
「じゃあ、なんで牧野は言わねぇんだ。なぁ類、アイツが苦しんで
 悩んで出した結果だ、そっとしておいたらどうだ?」


――なぜ司がそんなことを言うの
   苦しんで悩んでって…、つくしに会ったの?
「司は何か知ってるの?知ってるからそんなこと言うんだよね」
「類、牧野を信用してねぇのか?」
司はソファに座ると類を見据える。
「俺見たんだ。公園で…、カフェで…、そして、…ここで
 …信じてるけど、……信じてるけど、……相手が司だから…」
フンッと鼻で笑い余裕の態度を見せる司に、類は言い知れぬ不安に駆られる。


「俺だからか、お前は俺に拘ってるんだなぁ。まぁその気持ちも分
 かるけど。……昔は俺も類に拘ってたからな。誤解のないように
 言っとくけど、牧野に対する気持ちに決別するためにアイツを抱
 き締めたんだ。お前らを心から祝福できるように俺の中でケジメ
 をつけただけだ。……アイツは、牧野は俺なんか眼中にねぇよ
 …悔しいくらいによ」
つくしと類の婚約が報じられる前までは、気の趣くままに感情を剥き出しにしていた。総てを捨てても、謀略を企ててでもつくしを手に入れようとした。記憶を戻した司なら尚更、これまで以上に熱い情熱を向けてつくしを奪うものだと思っていた類は、予想もしていなかった司の乱暴だが真実味のある言葉に自分が恥ずかしくなる。


「それで牧野をどうするつもりなんだ?連れ戻すのか?」
「どうしてこうなったのか、…会って話したい
 …どんなことがあっても俺の気持ちは変らないことを伝えたい」
「アイツは何も言わねぇよ。アイツの性格分かってんだろ?…牧野
 に口止めされてっけど、類だけが知らねえのもなんだから言うけど」
聞き捨てならないセリフに類は口を挟んだ。
「俺だけってどう言うこと?」


「類のお袋さんも知ってる、知ってるけど言えないんだよ
 ……あの日、類が帰った後、お前らが気になって追い掛けた
 玄関に出るとうずくまって意識のない牧野がいて、慌てて病院に
 駆け込んだが、……手遅れだった」
――つくしは何かを言いたげに俺の顔をじっと見ていた
   でも俺は手を払い除けお前の言葉を拒んだ
   聞く勇気も余裕もなくて…、ただその場を去りたかった
   ……意識がない?…手遅れ?……風邪じゃあ…
「司、手遅れってなんだよッ!?」
鋭い目つきで声を荒げる類に、司は心痛な思いで小さく呟く。
「子供は助からなかった」
そう言って司は目を伏せる。類は一瞬体を硬直させたあと目を閉じて俯き、両手で額を覆った。


――助からなかった?……俺があの時つくしの体を…
   俺が自分の手で自分の子供を殺したのか?
   この手で…、この手で俺が…
目の前に両手を広げじっと見つめる類を司は直視できない。それでも言葉を繋げる。
「牧野はなんで白紙に戻そうとしたか」
類の顔がゆっくりと上がり、司に向く。


「牧野は、……もう子供が産めないかも知れない身体だからだよ」
類は閉じていた目を再び大きく見開き、衝撃的な発言をした司の顔をしばし見つめていたが、その偽りのない目の力に事実であることを悟ると、拳を強く握り締める。徐々に悲しみと苦しみの入り混じった表情に変わっていく。
「体調が悪いのも重なり、経過はよくなかった。心臓も弱っていた
 らしく、激しい動悸で普通に呼吸ができなくなって、眩暈を起こ
 すんだ。公園で会った時は倒れる寸前だった。…いや、倒れたの
 かもしんねぇな、いきなり俺に寄りかかってきたからな
 ……お前らは婚約が報じられて世間では超有名人だからな、人込
 みの中電話をかけに行けなかったんだよ」
つくしが司に抱きついたように見えた公園での光景が類の脳裏に浮かぶ。


つくしは常日頃から身体だけは丈夫だからと口癖のように言っていたことを鵜呑みにし、体調不良に気づいてあげられなかった。そして最近のつくしと司の行動に疑問や不安が頭の中を渦巻いていたことで感情をコントロールできなかったこと。全てが自分のせいなのだと気付いた。


「医者の告知を牧野はどんな思いで受け止めたのか…
 毎日病院に行ったけど、たった一度だけだった、アイツが涙を見
 せたのは。…人ってショックがでかいと涙も出ねえんだな
 ……牧野は類を苦しめたくないからこそ、帰るのを断念したんだ
 類のお袋さんだって複雑な思いだろ、答えを出すことができねえ
 んだから」
心身に大きなダメージを抱えた上に、心細い入院生活と黒崎邸で独り苦悩するつくしの傍に自分がいてやれなかったことが悔やまれる。


「会いたい」
類から苦しげな声が漏れる。
類の頭の中はつくしのことでいっぱいで、今すぐにでも会いたい気持ちを抑えきれずに立ち上がった。
「行かなきゃ」
司は部屋を出て行こうとする類を慌てて制止して「今日はやめておけ」と静かに言った。しかし、類は制する司の手を振り払って出て行こうとする。
「今の類の顔を見たら牧野はどう思う、心配するだろ!」
司は類の両肩をガッチリと掴んで壁に押し当て、声を荒げた。
「感情だけで会ってどうするんだよ!アイツが苦しむだけだ」
「あい…たぃ」
類は顔を歪め、声にならない声で止められぬ思いを漏らす。


司は掴んでいる手に力を込めると、額をつき合わせるぐらいまで顔を近づけて見据える。
「だったら類も覚悟を決めるんだなッ!どんな未来が待っていよう
 が、アイツを受け止めてやれる覚悟ができたら牧野に面と向かっ
 て言ってやれよ、後悔しないだけの想いをぶつけてやれよッ!」
司は類に正気を取り戻させるかのように何度も肩を揺さ振り、怒声で言い放つ。
「類!中途半端な気持ちで牧野に会ってみろ、俺ぜってーに許さね
 えからなッ!アイツを…、牧野を苦しめるのは俺だけで十分だッ!
 分かったな!類ッ!」
司は複雑な思いを抱きながらもそう言い放つと類の肩から手を離した。司の手から解放された類は虚脱し、壁伝いにズルズルと体が落ちていく。


「進くんの様子も気がかりですし、週末にはパリに戻る予定にして
 いるのだけれど、気分転換につくしさんもご一緒にどうかしら?」
「進かぁ…、喝を入れに行くのもイイかもね。……そう言えばあたし
 パリにいても一度も観光なんてしてなかったような…」
「答えは出たようね」
二人の会話にタイミングを見計らったかのようなノックの音が響く。
「奥さま…」
使用人がつくしと茜に類が尋ねてきたことを告げた。
つくしの顔が瞬時に強張っていく。
「つくしさん、類くんとお話してみたらどうかしら?」
「今類に会ったら…、きっと冷静でいられない
 ……もう少しだけ時間を…」
そう言ってつくしはその場を逃げるように自室に急いだ。


「つくしさんに会わせてください」
「今はまだお会いできないと申しております」
「ドア越しでもいい、話がしたい」
廊下を歩いていると微かに類の声が聞こえる。
――何日ぶりに聞くんだろう
愛しい人の声がつくしの心を温かくも切なくもさせる。


つくしは部屋の窓から去って行く類の後ろ姿を食い入るように見つめていた。
――今会ったら、きっとあなたは私を抱き締めてくれる…はず
   私もあなたを離さないように力いっぱい抱き返してしまう
   そうしたら類は困るでしょう?
   だから…もう少し時間をちょうだい
   …類…、あたしパリに行ってくるよ
「今はあなたの傍にいない方がいい」

| | コメント (0)

2008年9月30日 (火)

PURE ANGEL[第2章]第14話


第14話

つくしは約3年ぶりに道明寺邸の門を潜った。
使用人に案内されて部屋に入ると、ソファに座る司と視線が合う。
司に座るよう促されつくしはソファに腰掛けると辺りを見渡した。
「この部屋全然変わってないね。…なんか懐かしい~。前に来た時
 は確か、……十和田湖の帰りだったなぁ。…道明寺と会って…」
「ああ、そうだな」
司は外の景色を見ながらポツリと呟くと、今度はつくしを真っ直ぐ見つめた。
「お前、類と婚約したんだよな?………今、…幸せか?」
「うん!!幸せだよ。愛する人と一緒にいられるんだもん」
照れくさそうに笑ったつくしは誰の目にも幸福そのものだった。

「記憶をなくさなければ、今でも俺の隣にお前はいたんだろうか?
 ……人の運命は決まってるって言うけど、こうなるための記憶喪
 失だったのか、…皮肉だな。……俺、諦められるかな、……お前
 の顔見たら…」
司は悄然したように遠くを見つめる。

「この間、あんたのお母さんが珍しい行動したんだよ。あたしに
 〝今までごめんなさい〟って頭を下げて、類に〝つくしさんを幸
 せにしてあげて〟って微笑んだんだよ。道明寺のお母さんがだよ
 信じられる?」
「あのババァが…マジで?……あのババァがな、信じられねぇ
 ……けど、そう言わせたのは、牧野お前だろ。お前のおかげだよ
 ババァも俺も、他の奴らもお前に感謝してる。……大切なモノい
 っぱい知ったよ、ニューヨークで暮らしたとき心からそう思った」
「あたしのおかげ?フフフッ…。それは違うよ、みんなは自分の意
 思で決断したことなんだから、それがその結果だよ。それにあん
 たのお母さんだってあれだけ変わったんだから、道明寺だって大
 丈夫だよ。今の道明寺はすっごくカッコイイよ!」
つくしは笑顔で力強くそう言った。

霧がかかったような晴れない司の心にごく僅かな光が射し、穏やかな心気になっていく。
「お前、ホント幸せなんだなぁ」
何年ぶりに見るのか、司の笑顔が嬉しくも懐かしくも感じるつくしは満面の笑顔で頷いた。

望めばなんでも手に入る何不自由のない生活、その生活を手放しても手にしたかった、切に願った、牧野つくし。

司はふとあきらが言った言葉を思い出す。
< 惚れた女を見守るのも立派な愛し方だ >

――それしか俺にはできねえんだよな
   この笑顔を守ることだけしか…
   俺に向ける笑顔は、友情
   類に向ける笑顔は、愛情…か
司はつくしの笑顔を見て悟り、勇気を出して諦めると決心した瞬間だった。

つくしが司に会いに行くと部屋を出てから30分が過ぎた。今頃2人は何をしているのか、何を話しているのか気になって仕事に集中できない。
もやもやとした気持ちのままただ時間だけが過ぎていくのを待つのに堪えきれなくなった類は、記憶の戻った今の司に自分の気持ちをはっきりと伝えたようと道明寺邸の門を潜る。


「牧野と話して良かったよ。お前に対する気持ちを今すぐに切り離
 すことは出来ないけど、…類と幸せになってくれ。俺にとっても
 お前は〝ピュア・エンジェル〟だからな。……最後に-----------」
そう言って司はつくしに近づき、腕の中に収める。
その時、静かに部屋の扉が開いた。

扉の向こうから飛び込んできた衝撃的な光景に、目を見開き呆然と立ち尽くす類。

司は高校時代にタイムスリップしたかのように感じていた。
自分の腕の中に愛しい人を抱きしめる悦びと、こうして触れることができるのも今日で最後なのだと、自然と腕に力が入りきつく抱きしめる。
――これが最後だ
   これからはよき友人として、脇役として
   愛しい人を見守ろう
司の想いが溢れ、最後のひと時の幸福感に浸る。


類は無意識のうちに足が一歩、また一歩と後ずさりする。身体はその場から離れようとしているのに、視線は外すことができない。
「つくし…」
苦しげに発した類の声は微かにつくしの耳に届く。

背を向けて廊下に出ようとしている類の姿をつくしは目端に捉えた。
「るぃ?……待って。………類!待って!」
長い脚ですたすたと廊下を歩いて行く類の後ろ姿に、つくしは声を掛けながら追った。
「類!待って!…類!」
類の足は止まるどころかますます速まる。つくしは必死に追いかける。
「類!!」
類は一気に階段を降りると玄関に向かった。
つくしは息を切らしながら走り、玄関に出た所で類の腕を掴んだ。
「待って…、…類、…聞いて」
肩で大きく息をするつくしを類は悲しげな瞳で見つめた後、つくしの手を払い除けて車に乗り込むとものすごい勢いで走り去った。


つくしは手を払い除けられた反動でバランスを崩して転倒する。
全力で走ったことによって心臓に過度の負担がかかり、激しい動悸がつくしを襲い思うように立ち上がれない。それでも必死に類を追おうと手すりに手をかけ立ち上がりかけた時、手を滑らせ階段から転げ落ちてしまった。幸い数段の階段だったことで頭を打つようなことはなかったが、動くことはできなかった。

「いたっ」
動悸が治まってきたのを見計らって再び立ち上がろうとするつくしの身体に異変が起きた。

――類の奴、勘違いしたみたいだな
司は気になって2人の後を追った。
玄関に出るとお腹を抱え込んで横たわるつくしを発見し、慌てて傍に駆け寄り上半身を抱きかかえるようにして声を掛ける。
「おい牧野!どうしたんだ?…どうしたんだよ牧野!」
「……る…」
「牧野、しっかりしろ。……牧野?」
微かに聞こえる司の声を耳にしてつくしの意識は飛んだ。

道明寺邸から自室に戻った類はベッドに座って、先ほど目にした光景を思い出していた。そして過去の司を…。
公園での出来事を目撃して以来ずっと気になっていた、司とつくし。
いくら否定しようとしても、いくら振り払おうとしても深く根付いた司の情熱と行動力を考えると、心を静めることができない。
幾度となく困難を乗り越え、その都度自分の愚かさに気付かされてきたにも関わらず、愛するが故に疑念を持つもう一人の自分と葛藤していた。


人生は後悔の連続
行動を起こして後悔するのか
行動を起こさず後悔するのか
心の痛みはどっちが重いのだろう


「牧野…、牧野」
司が声を掛けるとつくしの瞼が微かに動きを見せる。
「牧野…」
意識が戻ったつくしは声のする方へとゆっくり視線を送る。すると不安そうに見つめる司がいた。
「ここは…」
「病院だ」
つくしは司から視線を外し辺りを見渡す。
左手は点滴、右手は司の温かい大きな手で包まれている。
司は意識のないつくしを病院に運び、何時間も傍で手を握り締めて見守っていた。
意識を戻したつくしに一先ず安堵するが、つらい現実を伝えなければならないことを考えると、司の心は切なくなり胸が張り裂けそうになる。

つくしはボーッと天井を眺め記憶を辿る。
――類を見て追い掛けたけど…、けど類は…
   胸が苦しくなって…、あっ!あの時…急にお腹が…
見る見るうちに顔が蒼ざめていく。つくしは真相を確かめるかのように慌てて司の方を向いた。

つくしの心中を察した司は、握り締めていた手に力を込めると心痛な表情で話し始める。
「子供は助からなかった。牧野、…俺のせいだ
 お前を呼んだせいでこんなことに…、…すまない」
司は神妙な顔つきで何度も「すまない」と繰り返し、頭を下げた。
つくしは司から顔を背けると固く目を閉じる。

暫らくしてゆっくりと瞼を開けるとうっすらと潤んだ瞳を司に向けた。
「道明寺のせいじゃないよ。…確かに道明寺に呼ばれたけど、行く
 って決めたのはあたし自身なの、だから絶対に自分を責めたりし
 ないで」
輝きを失った瞳と惨憺な姿に司は胸をえぐられる思いで見つめる。数時間前までは〝幸せだよ〟そう言ってとびっきりの笑顔を見せたつくしの顔が脳裏を過ぎる。

「道明寺の家に行く前に類に話そうと思ったの、妊娠していることを
 でもなんか言いづらくて、帰って来たら話すからって…
 ……今思えば、…こうなる運命だったのかなぁ」
つくしと類にとってとても重大な出来事だったにも関わらず、運命という簡単な言葉で片づけようとする。
沈痛な面持ちで自分を心配する司にこれ以上負い目を感じてほしくなかった。実際、流産したのは司のせいではない、唯一子を守ることができる自分の責任なのだから。

じっと口を結んだままだったつくしの口が開く。
「子供のこと、病院にいること、…誰にも言わないでほしいの」
「なんでだよ?類が心配するだろ」
「お願い、…道明寺」
司は愛する人が目の前で苦しんでいるのに、どうすることもできない自分の無力さに怒りを覚える。それでも今自分に出来ることは、つくしに従うことと傍で見守ることだけだと自らを諭し、やり場のない怒りを静める。
「分かった約束する、だからゆっくり休めよ」
つくしは素直に頷くとゆっくりと目を閉じる。


一睡も出来ずにずっとベッドに座って朝を迎えた類は、つくしの顔を一目見ようとダイニングに向かうその途中で角田に話し掛けられる。
「類さま、つくし様は昨夜お戻りになられませんでしたが、何か…」
角田の話を最後まで聞かずに類は踵を返すとつくしの部屋に向かった。
つくしの部屋の前まで来た類はいつも自然としているノックが、何故か躊躇してしまう。

――本当に帰ってないのか
   もし居たらどんな顔で何て言えば…
頭で考えていても埒が明かないと、おもいきってノックした。中から返事は返ってこない。類は徐にドアノブに手をかけ部屋に入った。
温もりを感じた部屋は、今はただ冷たい空気とつくしの匂いを漂わせる。類はつくしのベッドに座りフォトスタンドを手に取り、つくしを愛おしむようにじっと見つめ、ガラス越しにつくしの頬を撫でる。
――つくし…。あれからどうしたんだ?まさか司の家に…
「俺、何考えてんだ。……お前は待っててって言ったのに…。俺は
 ただ司にはっきり言いたかったんだ、つくしを幸せにするから心
 配するなって。……話があるって言ったよな、ちゃんと聞くから
 早く帰っておいで。つくしのいない時間を過ごすの、寂しいしつ
 らいよ。……つくし…」


つくしは午後の診察を終えて、担当医から経過の報告を受けていた。
「回復の兆しは見えますが抵抗力をつけるためにも、まだもう少し
 様子を診る必要がありますね」
「それは、…このまま入院ってことですか?」
「そうなりますね。取り敢えず4、5日様子を診て、経過が順調であ
 ればばもちろん退院も早まりますが…。あと…、話しておかなけ
 ればならないことがあります」
担当医は急に深刻な表情になり、つくしは不安になった。

「話とは…なんでしょうか」
「実は今回の件で-----------」
流産したことさえまだ受け入れられないでいるつくしに、医師は追い討ちをかけるように衝撃的な話をする。つくしは受け入れがたいその話の内容に呼吸が乱れる。
「大丈夫ですか?…ゆっくり息を吸って、…ゆっくり息を吐いて
 そう、もう一度ゆっくり息を吸って、…ゆっくり吐いて」
つくしは医師の言う通りに呼吸を繰り返してどうにか落ち着きを取り戻した。

「心臓専門の医師を紹介しますので…。激しい運動、アルコール類
 ストレスなどには十分気をつけてください。適度な運動は、体力
 づくりと心臓の強化にも繋がりますので、無理なさらない程度に
 毎日続けると良いでしょう。穏やかな生活をしてストレスを溜め
 ないことです」
つくしが軽いパニックに陥っている間に医師の話は二つ目に移っていた。
「あの、……今のお話を花沢や黒崎の人に口外しないでいただきた
 いのですが、…お願いできますか?」
ここの病院の院長は花沢の主治医であり、道明寺とも深く繋がりがあった。
「分かりました。道明寺様からもお願いされておりますので」

その夜、仕事を終えた司は両手にたくさんの紙袋を持って病室に現れた。
初めて見るレアな司の姿につくしは思わず噴出してしまう。そんなつくしを見て司は青筋を立てる。
「おい牧野!笑うな!俺様が荷物持ちとは…、ったく…。いろいろ
 と必要なもんがあるんじゃねえかと思ってよ、秘書に用意させた
 なんか足りねえもんあったら言えよ、遠慮すんなよ」
「ありがとう。道明寺って口は悪いけど本当は優しいんだよね
 表現の仕方は間違ってるけど、あったかくて優しくて真っ直ぐで」
司は少し驚いた顔をしたが直ぐに照れくさそうに笑った。
「お前、今頃言ってんじゃねえぞ。俺様は昔も今も優しいんだよ
 口が悪りぃはよけいだ」

――相変わらず俺様なんだから
悲しい出来事があった後の思考は負(マイナス)思考に行き着くことが多い。つくしも例外ではない。それでも普通に接してくれる司の存在が今のつくしにとって精神安定剤のような大きな役目を果たしてくれている。

「飯は食ったのか?」
「うん」
「お前痩せすぎなんだよ、とりガラみてぇな身体して。病院食じゃ
 栄養もなんもあったもんじゃねえだろ。もっと栄養のあるもんを
 明日から届けさせるから、それ食ってバンバン太れ」
「なっ!…あのね、病院の食事は栄養のバランスが…。まぁあんた
 に説明しても無駄だろうし…。とにかく、あたしは病院食でいい
 から何も持ってこないでよ、顰蹙(ひんしゅく)買うのあたしなん
 だから」
「ああ?シンシュク?」
――相変わらず日本語不自由だし…、強引なんだから

「そうだ!甘い物…スイーツがいい」
「おお、了解」
「但し!あたしが食べきれる分だけでいいからね」
「分かってるよ、そんなおっかねえ顔しなくても。せっかく綺麗に
 なったのに表情一つでブスまっしぐらだぞ」
「なっ!」
司と付き合っていた頃は今のように穏やかに会話することは少なかった。また、子供のように笑う表情を見るのも数えるほどだ。自分が病人で悲しみを抱えてる状態がこの状況を作ったのだろうが、会えば何かと喧嘩ばかりだった司が今こうしてさり気なく自分を気遣ってくれることが嬉しかったし、癒されてる気がした。


「体はどうなんだ?どっか痛いとこねえのか?」
気遣う司の言葉にふと医師の言葉が脳裏を過ぎり、つくしの表情は徐々に曇り始める。
「牧野」
つくしは上半身を起こすと、無理して元気に振る舞おうとする。
「入院長引きそうだから連絡しないとね
 …電話かけに行くのやばそうだし…、手紙でも書こうと思うんだ」
――お前はいつもそうだよな、なんでも自分の中に押し込もうとする
   独りで抱え込んで…、俺には何もできないのか

「無理すんな、俺の前で無理すんなよ」
司の言葉によってつくしの張り詰めていた思いが一気に溢れ、瞳が滲む。
小さな身体が一段と小さく見える。このまま何所かに消えてしまうのではないかと、司は思わずつくしを抱き締めた。
「無理するな」
司の胸でつくしは担当医に言われた事を話す。そして、誰にも話していない自分の決意も。

――そんなのありかよ
   俺の傍にいなくても…、あの決意はどうなるんだ
   俺はやっとの思いで決断したんだぞ
   牧野、これじゃあ諦められねえよ
   なんでお前なんだ?……なんでこんなことに…
司の心は、惑乱し悲痛な叫びをあげる。

「まだ決まったわけじゃないんだろ?断言されたじゃねえんだから
 希望はあるだろ?……お前らしくねえよ。諦めんな、諦めんなよ
 なぁ牧野、思うようにならないのが人生だろ?それをどう生きる
 かお前次第なんだぜ。簡単に諦めんな、お前を受け止める器ぐら
 いあいつは持ってるよ」
「将来を考えたらそう簡単にはいかないんだよ
 ……いくら愛していても…」

なんで、なんで、なんでつくしばかりが…、と司の心では何度も繰り返す。
幸福だった生活が一晩にして不幸へと落とされる、その深さは計り知れない。今自分がつくしにしてやれることは希望を失わせないこと、諦めさせないこと。

司はやるせない思いを抱え家路に着く。
独りになったつくしは手紙を書き始める。


| | コメント (0)

2008年9月27日 (土)

PURE ANGEL[第2章]第13話

第13話

帰国してからのつくしはコンサルタントの勉強をしながら穏やかな生活を送っていたのだが、それも束の間、大企業同士の婚約という大スクープに連日のように報道陣の影が付きまとう。また、猛暑続きとあってつくしは体調を崩してしまう。

寝ていたつくしは人の気配で目が覚める。
「つくし大丈夫?」
類は生けた花をサイドテーブルに置くとベッドに座り、つくしの額に手を乗せた。
「まだ熱あるみたいだね」
「でも少し楽になってきた。…類がその花を」
「うん。トルコキキョウはね、暑い夏を上品な美しい姿で、長い時
 間咲き続けるんだよ。7月の誕生花で、花言葉は優美…つくしに
 ピッタリでしょ。色もたくさんあって、紫、白、黄色、みず色…
 で、つくしにはこの色かなぁ~って、ピンクを選んだんだ
 早く元気になってね」
類はニコッと笑うとつくしの頭を優しく撫でる。
「とってもキレイ、ありがとう。類の顔見たら元気になった」
「どういたしまして。あんまし無理すんなよ、ゆっくり休みな」

蘇った過去と現実の狭間で、司は何か思いつめたように塞ぎ込む姿がよくみられるようになった。
――なんで待っててくれなかったんだ、俺なら何年だって…
自分なら何年でも待つときっぱりと言い切れる自信があった。しかし戻った過去の記憶はその自信を根本から揺るがしていく。

――俺が唯一、女と認めた牧野…、牧野つくしに俺は…
何があろうとつくしを守ろうと誓った自分が、よりによって大切に想うつくしに罵声や難詰する行動を取ったのが、他でもない自身であることは消し去る事のできない事実で、逃れられない自責の念に駆られる。

――俺はなんてことを…。……最低だよな
「牧野…」
自分のことしか考えなかったことの愚かさに、自分がこの先生きて行く意味はあるのかと疑問を感じるようになっていた。


裏口からこっそりと出て気晴らしに花沢邸の近所を散策していたつくしは、突然激しい動悸に襲われた。身体を落ち着かせようと目に留まった公園に向けて、胸を押さえてゆっくりと歩いていく。

「おっ、お前、何やってるんだ?具合悪いのか?」
公園に入っていくつくしを認めた司はその後を追って声を掛けた。
つくしは声の主が司だと直ぐに分かったが、顔を上げることも声を出すこともできずに胸部を押さえたままじっとしていた。

つくしの呼吸は徐々に浅いものと変わっていき、司はベンチに座らせようと手を伸ばしたその時、自分の胸に寄り掛かるように倒れるつくしの体を抱きとめる。胸にすっぽりと嵌る身体と温もりは、司に懐かしさの記憶を呼び起こす。
「お、お前…」


つくしの後を追いかけてきた類の目に飛び込んできたその瞬間だけの映像は、つくしの意思で司に抱きついたように見えて呆然と立ち尽くす。


「大丈夫か?まだ顔色わりいみたいだけど。なんだったら病院に連
 れてってやるぞ」
「ありがとう、でも大丈夫だから…心配しないで。……なんか変だ
 ね、道明寺が優しいなんて」
「なっ、……本当に大丈夫か?」
「…うん」
「大丈夫ならいいんだ。……俺、お前に話があって来たんだけど
 …お前の都合に合わせるから、連絡くれないか」
司は自分の携帯番号をメモした紙をつくしに渡すと去って行った。


つくしはそのままベンチに座ったまま、鼓動が正常に戻るのを待ちながら過去を振り返る。
――パリで一度診察を受けた。あの時は確か…不整脈と
   動悸以外にも、吐き気や眩暈が…
   疲れや暑さだけじゃない…感じがする
   一体あたしの身体に何が起きているの?


その夜、息を吸うもの苦しかった胸の痛みも治まったつくしは、余計な心配をかけたくないと今日起きた事は類に話さなかった。
類は公園で目にした出来事については何も聞かなかった。つくしに何か事情があってのことだろうと無理に自分を納得させる。その傍らで、何故つくしは何も言ってくれないのかと思考する。

「自分で言っておきながら遅刻するなんて…、ゴメン」
顔の前で両手を合わせて都合悪そうに謝ると席に着く。
つくしは〝日曜日の午後3時に青山のオープンカフェで〟と司に伝えていた。
「いや、俺も今来たとこだ」
「あたしに話って?」
「お前達の婚約パーティーの日、過去と現実が全て繋がったんだ
 ……お前に出会って過ごした時間、すべてを…」
目を見開き口元を両手で覆ったつくしは、時が止まったかのように微動だにしない。

早く自分を思い出してほしい、自分の存在を無かったことにしないで。そう心の中で叫び続け、司の記憶が戻ることを祈っていた。だが、時の流れによってそれぞれの未来は変わってしまった。
思い出してくれたことに手放しでは喜べない、複雑な心境に言葉が出ない。

「どんなに謝っても済む事じゃねえけど、……あの時は悪かった」
頭を下げる司につくしは再び驚く。
「驚いたあ。記憶が戻ったこともだけど、また道明寺が謝るなんて
 前にも言ったけど、気にしてないよ、だから道明寺も気にしない
 で。もう過去の事だし、傷ついた時間はあたしの中で時効になっ
 てるから。……道明寺の記憶が戻って良かったのかどうかはあた
 しには分からないけど、過去に拘らず前に進もうよ。昔が何もか
 も懐かしいって笑えるようにさぁ」
つくしは心からの笑顔を向けた。

目の前にある大好きだった笑顔を、司は誰でもない自らから手放してしまったことを悔やんでも悔やみきれない。
――これが現実なんだ
司は拳を強く握り締める。
「お前はいつだってそうだよな、何されても相手を許す。最後はい
 つもそうやって笑顔を見せて…。お前のあったかさに惹かれてみ
 んなの心が動くんだな」


一方、休日なのにつくしと過ごせない類は時間を持てあまして独り散策していた。ほどよい脚の疲れに、お茶にしようと店を探す。すると楽しそうに笑い合う2人が視界に入る。
――なんで司と…、あんな顔の司見たのいつだっけ?
   ……確か…、つくしと…
類は一気に蒼ざめる。
2人が付き合っていた高校時代とこの間の公園での出来事が、フラッシュバックのように鮮明に蘇る。

その夜、類は仕事があるからと言ってつくしを寄せ付けなかった。つくしは純粋な気持ちで気遣い、類の部屋に行くことはなかった。

動悸、眩暈、吐き気といつた症状が日を増すごとに回数が増え、つくしの中で深刻な問題となっていた。
症状が回復しないので解決策として病院を訪れたつくしは、診察の結果を聞き、驚きつつも納得する。
――類に言ったらどんな顔するかなぁ
   なんて言ってくれるんだろう?

数日後、つくしの携帯に司からメールが届く。
  俺の〝過去への決別〟のためにもう一度だけ会ってほしい
  俺が前に進めるように…。自宅で待ってる


つくしは司と会うことを類に言うべきか迷いながら、類の部屋の前に立つ。暫く考えた後ノックした。
「類、入るよ」
中に入ると類はデスクに座って仕事をしていた。
「話があるって道明寺から連絡がきたの」
つくしは入り口で立ったまま話を切り出した。
キーを打つ類の手がピタリと止まる。
「……司から?」
「う、うん。道明寺ねぇ、記憶が戻ったんだって。類に言わなかっ
 たけど、前に会った時にそう言ってた。もう一度だけ会いたいっ
 て。……だから…」
後ろめたさは何もないのに類が気になる、何故だろう。やはり相手が司だからなのだろうか。
つくしは類の様子を窺おうとするが、顎を両手の上に乗せて目を伏せたままじっとしていたため読み取ることはできない。

一方の類は、冷静でいられないくらい心は悲鳴を上げていた。
――司に会わせたくない…記憶が戻ったんなら尚更…
   行くな、そう言えたら…
「司のとこ、行くの?」
類の小さな声がする。
「…えっ?」
「行くんだね」
類はつくしと逆方向に顔を背け苦しげに呟く。

「道明寺とちゃんとけじめつけたいから行って来る。心配しないで
 あたし達の明日の一歩のために…。類、待ってて
 ……類、………あたしね、…あたしのおなか…の、……帰って来
 たらゆっくり話すから、絶対に待っててね」
目を合わせようとしない類に、つくしは自分が不安にさせているのだと察してあえて明るく振る舞った。
類は視線を逸らしたまま「分かった」と一言返した。

部屋を出て行くつくしの後ろ姿を類は顔を歪めて見送る。
――お前は笑顔で言うけど、俺の中では違うんだ
   勇気とは恐れぬことではなく
   恐れを克服しようと決心することだって分かっていても
   どうしてもお前に聞く勇気がない
「司、…見守ることなんて…お前にできるのか?」

| | コメント (0)

2008年9月23日 (火)

PURE ANGEL[第2章]第12話


第12話

「類、起きて!遅れちゃうよ!」
類の長い睫毛は微かな動きを見せたが起きる気配はない。
婚約が報じられてからのつくしは花沢邸での生活をしていた。角田の代わりに毎朝類を起こすのがつくしの日課であり一日の始まりだった。

「類!起きてッ!」
体を揺さぶられた類は渋い目を何度かパチパチさせると、つくしの腕を掴み自分の方に引き寄せる。つくしを腕の中に収め抱き枕状態にしてまた寝息をたてる。
「まったく…、類ってばッ!」
毎朝のことでつくしは呆れ顔で類の頬に朝の挨拶をする。
類にとってこのひと時の安らぎが好きだった。睡眠を邪魔するつくしの怒鳴り声でさえも幸福のベルが鳴る音に聞こえた。


婚約パーティー前日
「類、いよいよ明日だね、大丈夫かなぁ」
「プッ!つくし、もしかして緊張してんの?」
「だぁって~大勢の人の前に出るのって、…恥ずかしいし
 慣れないんだよね」
おどけたつくしの仕草が可愛くて、類は思わずギュッと抱き締める。
「こんなに綺麗で可愛くって、みんなに見せるのイヤだな
 誰かに取られないか心配で気が気じゃない
 ……つくし、まだ俺のモノになってないモノってなーんだ?」
類は片手をつくしの腰に回し、片手はうなじに添え、悪戯っぽい瞳で見つめる。
つくしは視線を泳がしながら考える。
「解んないみたいだね。それは…、法律上、俺の妻になってない
 ってこと。だから早く籍入れよう。ねえ~つくし~
 〝安心という保険〟が欲しい~」
――この甘えた声、弱いんだよねェ~
   妻だって、恥ずかしぃ
   なんでこの人は赤面する言葉を平気で言えるかね
   子供なのか大人なのか…、きわどいかも
「こうゆう家柄はきちんと段階踏まないとね。類とこうしていつ
 までも一緒にいるから、保険はもう少し待ってて…ね」
拗ねたように見つめる類に、つくしはつま先を立て宥めのキスをひとつ。


婚約パーティー当日
会場は茜の希望でメープルホテルとなった。
タキシードに身を包んだ青年やロマンスグレーの紳士達、華やかなドレスを身にまとった娘達や貴賓漂う淑女がぞくぞくと会場入りする。


その一方で、類とつくしは別室で写真撮影をしていた。
「つくし、これで4枚目だよ。俺が前に言ったこと覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。あと2枚分あるんだよね?」
「うん。……つくし、とっても綺麗だよ。羽があったら天使み
 たい…違うな、こうして夢のような幸せな世界に導いてくれ
 るんだから、つくしは俺にとってまさしく天使だ」
「じゃあ、あたしにとって類は、アメコミのヒーローだね
 あたしが危機一髪の時には何処からともなく旋風のように現れ
 て助けてくれるし、安心できる場所に連れてってくれるから」
「くくくっ…、ヒーローねえ~」
部屋をノックする音が2人にその時が来たことを告げた。

会場では挨拶が終わり、ちょうど2人の入場を待っていたところだった。
一点にスポットライトとカメラ、そして視線が集中する。招待客の前に立った類とつくしは、誰の目から見ても幸せなオーラが滲み出ていて、会場内は歓喜の声と拍手で一気に賑わいをみせた。
豪華なシャンデリアの灯りが招待客達の持つシャンパングラスに反射して輝く。煌びやかな衣装とタキシード姿の招待客の前で乾杯のセレモニーが終わるとパーティーが始まった。


茜の元にひとりの女性が挨拶に来た。
「茜さん、お久しぶりでございます。本日はご婚約おめでとう
 ございます」
そう言って一礼したのは楓だった。
「楓さん、お久しぶりね。孫のためにお越し頂いてありがとう」
「茜さんには大変お世話になりまして、返すお礼の言葉も御座
 いません」
楓の話の途中で茜が口を挟んだ。

茜は先程まで見せていた笑みが消え、鋭い目付きで楓を見据える。
「楓さん、つくしがわたくしの孫ということが最初から分かっ
 ていたら、貴方はつくしと司くんにどのような態度をお取り
 になりましたか?」
何事にも動じない鉄の仮面とレッテルをはられた楓であったが、茜の前には苦しげに顔を歪める姿があった。
「わたくしの考えは違っていたでしょうね」
「貴方は変わったわね。…以前はもっと人を受け入れ、人の痛
 みを理解できる方でしたのに」


今でこそ楓の一声で物事を思い通りに動かすことができる立場だが、それは黒崎の力を借りる事ができたからであり、様々な面で窮地を救ってもらった恩義があるのだ。

楓が道明寺家に嫁いで数年後のこと。
ホテルを任され軌道に乗るまでの間、幾度もの困難があった。
経営難に陥り資金ぐりに悪戦苦闘した楓は、思いあたる所を全て回るがよい返事は得られず途方にくれた。いくら道明寺財閥とはいえ、他から来た若輩者と金を貸す者はいない。

歯を食いしばって頭を下げる楓の話をまともに聞いてくれる企業はほんの一握り。たとえ話を聞いてくれたとしても〝財産目当てが〟〝いい身分だな〟〝苦労せずともホテルを手放したらどうかね〟などと放言を吐く輩がほとんどだ。また、この期にとばかりに浮説を称える輩もいた。

楓の実家は由緒ある名家ではあったが、資金を提供できるほど余裕はなかった。頼る実家も知人もなく、取引企業にも見放され、焦りと屈辱が無駄で空虚な時間を浪費させていく日々。
そんな時に出会ったのが黒崎茜だった。

茜は内情を知り誰にも相手にされない楓に援助の手を差し伸べた。その後資金繰りにめどが付いたメープルホテルは、楓の必死の努力も功を奏して何とか危機を脱することができた。それを期に茜には資金面以外にも経営面や私生活などの相談に乗ってもらうようになるなど、楓にとって茜は第二の母とも言うべき存在になっていた。
それなのに、知らなかったとはいえ楓は恩を仇で返すような事をしてきた。

「茜さんは全てご存知でしたのね、わたくしがつくしさんにし
 てきた事を…。どんなに謝罪をしても許される事だとは思っ
 てはいません。……つくしさんから多くのことを学びました
 人の心はお金では買えないこと、お金には限りがあること
 そして、忘れていた愛情や人の温かさを。人の痛みを知りな
 がらどんなに愚かなことをしてきたのかと、この歳になって
 分かるなんて、…情けないわね」
心痛な表情で語る楓、今まさに鉄の仮面が剥がれ落ちた瞬間だ。

そんな楓に茜は微笑む。
「楓さん、今でも貴方を娘のように思っていますよ
 また道に逸れるような事があれば、いつでもそっと手を伸ば
 して導いて上げます」
茜の穏やかな声はまるで天から降り注ぐ神の声のようであり、楓を素直な気持ちにさせていく。
楓は感謝の気持ちを込め頭を深く下げた。


そこにちょうど挨拶回りをしていた類とつくしがやって来た。
「つくしさん、花沢さん、ご婚約おめでとうございます」
楓は柔らかな表情で軽く頭を下げる。
「「ありがとうございます」」
類とつくしは躊躇することもなく深々とお辞儀をした。
「つくしさん、今まで貴方にしてきたこと、本当に申し訳ない
 と心から反省しているわ。ごめんなさいね
 花沢さん、つくしさんを幸せにしてあげてください。わたく
 しがお願いするのは筋違いでしょうが…、司は諦めないでし
 ょうから。………つくしさんは茜さんの血を引いているのね
 これでやっと自分の中で答えがでたわ。どうしてこれほどま
 でに貴方に惹きつけられるのかが」
胸に痞えていた物が無くなったかのように晴れ晴れと笑みをみせた楓に、類とつくしは戸惑いを覚えた。この会場にいる人達でさえ楓の劇的な変化に驚きと惑いを感じている者も少なくない。

「楓さんも母として、ひとりの人間として成長したのよ。これ
 もつくしさんのおかげかしら?わたくしもちょっぴり叱って
 あげましたけどね」
茶目っ気たっぷりに言った茜に類とつくしは微笑み、安心した面持ちで次に待ち構える招待客の方へとまた足を進めた。


その頃、司はホテルの一室のベッドで横になっていた。
つくしと類がスポットライトやフラッシュライトを浴びる場面が瞼の奥の部分でフラッシュバックし始め、司の脳は一気に高校3年の冬へと時間がグルグルと逆回転し始めていた。

自分の気持ちにウソがつけなくて、全てを捨てても愛する人の傍にいると心に決めた滋の島での一コマは、未来に期待を膨らませ幸せの中にいた。
最後の晩餐となった鍋を食べるつくしのアパートでの一コマは、愛する人の表情を切ない思いで瞳にやきつけた。

失われた記憶は自分の意思を無視してどんどん過去へと進んでいき、印象に残る幾つものシーンが次から次へと鮮明に流れてゆく。

自分を追って迎えに来てくれたニューヨークでの一コマは、楓との約束を鵜呑みにして愛する人を冷たく追い払い、深く後悔の念に駆られた。
浴衣パーティーで美作邸を訪れた一コマは、親友の前で自分と付き合っているとつくしの口から交際宣言をしてくれたことが嬉しく、幸せの絶頂にいた。
つくしに精一杯の愛情を注いだ道明寺家が所有する南の島での一コマは、浜辺でつくしが親友の類とキスする場面に遭遇して深く傷つき、類に怒りを覚える。また、つくしをこんなにも好きになっていた自分に気付いた瞬間でもあった。


そして今、ラストシーンを迎える。

初めてデートらしいデートをした日の一コマは、突然ネクタイを引っ張られると唇に柔らかく温かな感触が伝わる、つくしからの初めてのキスに舞い上がり、生まれて初めて幸せを実感した。その数時間後、どしゃ降りの雨の中で突然つくしから別れを告げられ、天国から一気に地獄に突き落とされる。

愛する人が背中を向けて去っていく。その先に待っているのは、類と微笑み合うふたりの姿。そこは不安などひとつもない幸福のオーラに包まれ、輝かしい未来が広がっていた。

過去と現実を知る。

司が目覚めた時、脳は現実を受け入れることが出来るのだろうか。
また、脳はどう対処するのだろうか。

数時間に及ぶ婚約パーティーは幕を下ろし、つくしと類は楓の計らいでスイートルームで身体を休めていた。
2人は昨日よりも一歩近い存在となったことを実感する。
自分たちの未来に確実に進んでいくふたり。


翌日のメディアでは、類とつくしの婚約発表のことが大きく取り上げられた。

ピュア・エンジェル現る
平成のプリンス・プリンセス
若者の憧れの的・ビジョン
財界・政界・世界の著名人集結

一度にこれほど多くの大物が一同に会するのを見ることは未だかつてなかっただけに、テレビでは朝から晩まで放送されていた。

| | コメント (0)

2008年9月20日 (土)

PURE ANGEL[第2章]第11話


第11話

ルームサービスを頼み二人は夕食を摂っていた。
「つくしがここにいる理由、説明してくれるんでしょ?」
つくしは紅茶を一口飲むと話し始める。
「黒崎はママの旧姓なの。パパとの結婚を反対されて家を出たん
 だって。だからママには何もして上げられなかった分、孫である
 あたしと進の力になりたいって」
「ふ~ん、つくしのお袋さんがお嬢?だったんだ」
疑問の一つだった資金提供者は誰なのか、ここにきてようやく明らかになった。
――道明寺は関わってなかったんだ
   黒崎財閥が相手なら俺らの力でも…、そういうことか
   じゃあ、つくしが拒んだのは…


「俺、つくしに会いたくて留学も考えたんだよ、父さんに却下さ
 れたけど。俺ずっと不思議に思ってたんだ、どうして俺に会わ
 せないのか、………なんで俺を拒否するのかって」
類は少し寂しそうに言った後、困った顔をするつくしに安心させるように笑みを見せた。
自分の我が侭で類に辛い思いをさせてしまったことに心が痛む。だが類の笑顔に救われ心気が軽くなる。
「あたしも戸惑ったんだよね。いきなり黒崎に連れて行かれて突
 然いろんなこと聞かされてさ。…でも、あの頃の状況が状況だっ
 ただけに…、アハハハッ…。即答に近いくらいの返事しちゃった
 けど。……だって進路も決めなきゃいけなかったし、それに、道
 明寺に言われたこともちょっと悔しかったんだよね」
類は頬杖をついて黙って聞いている。


「上流階級に必要な習い事いっぱいしたなぁ~。フランス語は勿論
 だけど、英語にピアノ、ひとりで着物も着られるようになったし
 服装や話し方や魅力づくりとかさぁ、あたしには到底縁が無いと
 思っていた事ばかり。車での移動やSPにも慣れたし
 フフフッ…、信じられないよね
 時間に追われる生活ですごく辛かったけど、リサやマリー、進が
 一緒だったし…、それに何よりも類との電話や手紙が嬉しかった
 類の声聞いて元気出て、勇気が出て、よしっ!頑張ろうって…
 進は黒崎の跡取として今もパリで頑張っているんだよ」
つくしは少しぬるくなった紅茶を飲むとまた話を続けた。


「それで、どうしてこうなったかって言うと…、すべての発端は
 茜さんが…、あっ!茜さんってママの母親ね、あたしのお婆さん
 その茜さんが言った一言から始まったの」
「なんて言ったの?」
「それは……〝誰にも文句言わせないくらい、内外ともに変身して
 皆さんを驚かせましょ〟って、だから言えなかったの
 …類、ゴメンね」
「そうだったんだぁ、それで会えなかったんだね」
突然の留学騒動から資金提供者疑惑、そしてつくしが拒んだ理由が茜の一言から始まった計画だったとナゾが解け、一先ず一件落着した。
茜の計画はつくしを変身させ回りを驚かせること、つくしの言葉のままに類はそう単純に受け止めていた。しかし、茜の計画はそれだけではなかったことを類は数時間後に知ることになる。


「最初見た時、本当につくしなのか目を疑ったよ、すごく綺麗にな
 って、魅力的になって…、俺マジでビックリした。……前に司が
 〝見違えるほど綺麗で牧野だって気がつかなかった〟って言って
 たんだ。今のつくしを見たら誰もが振り向くだろうな」
類は恍惚した眼差しで見つめる。
「俺、心配になってきた」
甘えるような拗ねるような言い方をして、つくしの手を取って指を絡ませる。
「る、るい…、何言ってんの?」
つくしは類の熱い眼差しと恥かしいセリフ、そして絡み合う指から伝わる温もりと刺激に赤面し、目のやり場に困る。
「アンタほんと分かってないね、自分がどれだけ綺麗になったのか」
「あたしは変わらないよ」
類はつくしの鈍感さに呆れ深い溜息をついた。
類の意中も知らずブツブツと独り言を呟くつくしを見て、思わず噴き出してしまう。目の前にいるつくしは美しく洗礼された女性と変わったものの、本質は自分の記憶にあるものと変わらないことに安心する。

類はここに来る前にある店に寄ってきた。
明日つくしに会ったら渡そうと思っていたモノを上着のポケットから取り出し握り締める。手の中にすっぽり収まった小さなモノに、願掛けするように更に強く握り締めると、類は真顔でつくしと向き合った。
「また俺の所に戻って来てくれるか、この2年間つくしに会えなく
 てすごく不安だった。だめになるんじゃないかって何回も思った
 つくしがいないと心を正常に保てない自分がいることに気付かさ
 れた。つくしとずっと寄り添っていたい
 ……俺が初めて愛した人。……俺の永遠の天使になってほしい
 ……つくし、俺と結婚してください」
真っ赤な顔で驚くつくしを、類は真剣な眼差しで見つめる。
つくしはなんて言うのか、内心では不安でたまらない。


類だけを見つめる
類でいっぱいだから
同じ未来を歩いている
類の元に必ず帰って来る
類でなきゃだめなの
類、愛してる
つくしからたくさんの言葉をもらった
でもそれは、パリに旅立つ前に、1年前に、数ヶ月前に

今の気持ちは?

通過点じゃなく、終点がほしい
愛の証がほしい

類は自分の人生につくしが必要であるように、つくしにとっても自分が必要であってほしいと、期待と不安が交錯する中、固唾をのんで返事を待つ。


「あたしも類に会えないことが一番辛かった。もうこんな思いし
 たくない、類を独りにさせないから
 あたしが初めて幸せを分かち合いたいと思った人
 ……類、結婚をお受け致します」
長い時を経てやっとふたりの想いが今ひとつになり、改めて心の底から幸せや慶びを実感した瞬間だ。


類はずっと握り締めていたリングが収められてある箱をつくしの目の前に差し出す。つくしを想いながらデザインした世界にたった一つのリング。
「これ、受け取ってくれるよね?」
笑顔で頷くつくしの左手をそっと掴むと薬指にリングを通す。
世界中の時計の針が、この一瞬動くのを忘れていた。

つくしと類はホテルから花沢邸に向かった。
2人が客間に入ると、薫(類の父)葵(類の母)茜(つくしの祖母)が待っていた。つくしは少し照れくさそうに、類は緊張した面持ちで正座する。そんな2人を3人は微笑んで見ている。
薫はつくしの手を一瞥して類に視線を向けた。
「類、見合いはどうだったかな?楽しんでもらえたかな?
 まぁ、聞くまでもなさそうだが、報告をしてくれないか」
――楽しんで…?
薫のセリフに違和感を覚えたが、今は将来を左右する大事な話を承諾させることが最優先。余計なことは考えずそれだけに集中し、姿勢を正すと真剣な眼差しで薫を見据えた。


「僕は彼女に結婚を申し込みました、彼女は承諾してくれました
 黒崎さん、お父さん、お母さん、僕たちの結婚を認めてください」
類は最初に茜に頭を下げ、次に薫に頭を下げた。
一時はどうなるかと気が気じゃない時期もあったが、3人は類の力強い言葉に安堵して微笑を交わした。
「ふむ。その言葉を聞いて安心したよ
 但し、見合い相手がつくしさんだということは絶対に口外しては
 ならない、たとえ総二郎君たちでさえもだ。いずれマスメディア
 によって知れ渡ってしまうことになるが…
 まあ~1週間の辛抱っていったところだろう」
「……へっ?」
返す言葉が決まっていたかのようにあっさりと承諾したことに驚く。
また、薫の意図が掴めないことに類はうかつにも間抜けな声を出してしまった。


隣でクスッと笑うつくしに葵が声を掛ける。
「つくしさん、ありがとう。本当に嬉しいわ」
葵はつくしの手を取り心の奥底から喜びを噛み締めている。
「薫さん、葵さん、婚約パーティーは7月で宜しいかしら?」
茜が尋ねた。
薫と葵はスケジュールの確認をしながら今後のことについて会話している。


類はそんな3人を暫く呆然と眺めた後、首を傾げた。
――なんだ、この段取りの良さは…
   やっぱりおかしい
腑に落ちないっといった顔で類は薫を凝視する。
「怖い顔をしてどうした?」
「こうなることを予測していたみたいに思えるのですが…」
「ハハハ…。ようやく気付いたか」
類は目を丸くした。
物心がついた時から父親は厳しく声を荒げることが少なくない人だった。優しく微笑みかけることもなかっただけに、目の前で笑っていることが信じられなかった。


「つくしさんに会いたい一心で留学と聞かされた時は思わず笑っ
 てしまったよ、お前の行動が分かっていたからね
 意地悪して2年と言ったが、これも全てお前とつくしさんの将
 来の為だよ。知らなかったのは、類、お前だけだったな
 つくしさんに会わせないようにしたのは、すべて……」
薫の話を遮るように茜が話に割って入って引き継いだ。
「そう、みんな私達が考えたシナリオだったのよ。類くん、ごめ
 んなさいね。あなた達の気持ちを確認するためにワザと仕組ん
 だお見合いだったの。ですからつくしさんの帰国予定日を1日
 ずらして報告したのよ」


「俺、だけ…」
薫と茜の説明を聞けば聞くほど頭が混乱していく。
――見合いを仕組んだ?……知らなかったのは俺だけ
   相手がつくしだと分かっていて、父さんはワザと俺に
   つくしは全て知っていたのか?……俺だけが…
類は下げていた視線を目の前の3人に向けた後、隣にいるつくしに視線を移す。薫や茜の話を裏付けるかのように、つくしはバツが悪そうに顔の前で手を合わせていた。

一週間後
超ド級婚約成立!
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等
マス・メディアによって大々的に報じられた。
フランス国内に本社を置き、世界中にネットワークを広げ日本でも屈指の大企業である、花沢物産の御曹司。
ヨーロッパを拠点にアジアへも進出し大成功を収め、いまや世界に名だたる巨大企業である、黒崎グループの直系の孫。

花沢物産の唯一の御子息 花沢類(21歳)
黒崎グループ会長の直系の孫 牧野つくし(20歳)

類さんは英徳大学4回生
花沢物産の後継者として重役ポストで活躍中
つくしさんはパリの留学を終えて3ヶ月前に帰国
2人は英徳学園で知り合い、3年間の交際で愛を育みついに婚約

結婚も秒読みか?

婚約パーティーの日時・会場は既に決定済みとの情報も…
このパーティーには各国の大企業や著名人が多数出席するもよう
出席する上流階級の顔ぶれに注目を浴びるとともに
お2人の今後に注目をしていきたい

寄り添って微笑む類とつくしの写真が大きく紙面を飾る。
〝美男・美女〟と褒め称え、経歴・家柄に羨む

一部の記事には過去に噂された人物が記載
代議士の御子息 天草清之介(21歳)
道明寺グル-プの御子息 道明寺司(21歳)

突然の婚約報道は日本に留まらず世界各国を震撼させた。
ニューヨークで知らせを聞いた楓は、牧野つくしの家系が黒崎グループと聞き絶句。
総二郎とあきらは見合い相手がつくしだったのかと妙に納得したものの、自分たちと同じ世界の人間だったことに驚きを隠せず、いつものようなポーカーフェイスは崩れ去る。
司は騙されたようで納得がいかず唇を噛みしめる。そして頭の中を何者かにぐるぐるとかき混ぜられたような気分に陥った。〝つくしは俺が守る〟そう意気込んでいただけにダメージは相当大きかった。

つくしを知る者すべての人が黒崎グループの孫だったことに驚きを隠せない。また、あどけない少女から洗礼された女性に変貌を遂げたことに加え、その美しさにも目を奪われ溜息がとまらない。

婚約成立!と報じられてから3日後、関係者の元に婚約パーティーの招待状が届く。封筒を手にして、また、開封して現実を実感した者も少なくない。

| | コメント (0)

2008年9月17日 (水)

PURE ANGEL[第2章]第10話

第10話

大学のカフェテリア
「やっと帰って来るな」
「ああ」
「やっぱ2年って長いよな。……総二郎、空港に行かなくてイイの
 かなぁ?」
「見送りの時もそうだったろ、つくしがイイって言ってるんだから
 いいんじゃねえの。俺それより昨日の見合いの方が気になるんだ
 けど…。知らない相手と口聞かないのに、なんで類が見合いでき
 るんだ?想像しただけでおかしくて…。だってよ考えてみろ、相
 手が話し好きだったら一方通行だろ?相手が類みたいだったら
 お通夜だぜ!………ったく、類のヤツ、おっせーなッ!」
総二郎は早く状況を知りたくて気ばかり焦り、苛々が増す。

そこへ講義を終えた学生が一人、また一人と入って来てテーブルに
座っていくがいつものようにF3のテーブル近くには誰一人寄って
は来ない。総二郎とあきらは類が来るのを今か今かと出入り口に視
線を集中させる。
総二郎の視界に類が入った途端、大袈裟に手招きしながら大声で類
を呼んだ。

「クククッ…。大声出して、総二郎にしちゃ珍しいね
 …どうしたの?」
ついこの間まで部屋に籠もり超不機嫌だった類が、今は瞳は澄んで
輝き、笑みを見せるほどにご機嫌良好だ。
「お前、つくしを迎えに行かなくていいのか?」
心配そうに言うあきらに、類はもったいぶったかのように間を置い
て頷く。

「類、昨日どうだったんだよ?二人きりの甘いデートはよ
 1から10まで報告しなさい」
総二郎は声を弾ませ興味津々といった顔を向ける。
――やっぱりそのことか
想定内だけに類は自然と頬が緩む。
「甘いデートって、お見合いでしょ」
「お嬢は綺麗だったか?お前少しは話したんだろうな?」
「そんなに気になる?」
二人は身を乗り出し「いいから早く話せよ」と急かす。


類は瞼の裏に昨日の出来事を映し出すと自然に表情が柔らかくなっ
ていく。
「驚くほど綺麗だったよ、いろんな意味で。こんなに感動したのは
 生まれて初めてかなぁ。俺にとって昨日は、奇跡の一日だった」
二人は微笑んでウンウンと頷きながら聞いていたが、自分たちの予
想と反したセリフと表情に怪訝な表情へと変わっていく。
「綺麗なのは分かったけど、その感動と奇跡ってなんだよ?
 それに、その嬉しそうな顔はなんなんだ?」
「まさかお前、……やっちまったのか?」
類はプッと噴出す。

「総二郎は相変わらず直球だね。でも好きな相手に触れたいって思
 うの当然でしょ。それを受け入れてくれたんだからこんなに嬉し
 いことないよ」
否定しない類に二人は、はあーッ!?と大声で叫んだ後、顔を見合
わせた。冗談のつもりで言ったのに、予想外の言葉が返ってきたこ
とに驚きを隠せない。
「つくしが帰って来るのになんで今なんだよ?
 後腐れがないように、ちゃんと話し合った上なんだろうな」
類は少し考えて「そうなのかなぁ」と呟く。

「さっき、好きな相手って言ったよな?」
「言ったけど」
総二郎とあきらは理解に苦しむ。
――お前が好きなのはつくしじゃねえのか?…それなのに…
「昨日会って好きになったってことなのか?」
「まぁ~そうとも言えるね。それに〝けじめ〟かなぁ~」
険しい表情を向ける二人に類は頬を緩め楽しげに話す。
「けじめって、…まさかお前、……結婚なんて言うんじゃねえだろ
 うな!?」
類の心に秘めた意図と真意が分からない総二郎は声を荒げた。
学生達は総二郎が類に対して怒る姿に驚きと興味の視線を向ける。

「さすが総二郎だね」
「類!お前…」
類の返事を察した二人は険相な表情で睨む。
「俺するよ、結婚する」
「はあ?」
あきらは椅子から立ち上がると類の前に歩み寄り、今までにみたこ
とのない鋭い目付きで見下す。
「類!何言ってんだよッ!悩んで苦しんでこの2年間頑張ってきて
 やっとつくしに会えるんだろ、お前の全てだっていう愛しいつく
 しによ!それなのに、たった一回会った相手といとも簡単に決め
 やがって。……つくしを迎えに行かない理由はそれなのか?」

カフェテリア内にヤバイ空気が漂い始め、逃げるように出て行く学
生もチラホラといた。
類は座ったまま無言で聞いている。
総二郎も堪えていた怒りを吐き出すかのように類の前に立った。
「お前も司と同じ事するのか!つくしを悲しませて平気なのか!
 そう簡単に諦められるのか?類!答えろよッ!」
冗談だよって笑ってくれれば許さない事もないが、それ以外の返事
が返ってきたら…。


二人の願いは届かなかった。
「俺は決めたんだ、結婚するって」
類は二人を見据えはっきりと言い放った。
「はあ?」
つくしを一途に愛し、どんな困難にも負けずこの二年間という歳月
を乗り越えてきた。
――酒に溺れるほど自分を見失っても
   それでも頑張ってきただろ
   会えない辛さも、不安も…、今日で終わりなんだぞ
   類、分かってんのか、つくしは今日帰って来るんだぞ
会いたくて、会いたくて留学まで考えた類が、一日足らずで別の女
性と未来を歩もうしていることが理解できない。また、つくしを平
気で裏切る行為が許せない。

総二郎は怒りを剥き出しにし類の胸倉を掴んだ。
「本気で言ってんのかッ!?………あいつは…
 あいつはどんな思いでお前を…」
言葉を詰まらせた総二郎は固く握り締めた拳を類に解き放った。
鈍い音とともに女子学生の小さな悲鳴が飛ぶ。
勢い良く背後に飛ばされ床に尻餅を着く形となった類は唇を手の平
で拭うと立ち上がり、総二郎とあきらの前に歩み出た。

「誰がなんて言おうが俺は決めたんだ」
「お前が政略結婚とはな!思ってもみなかったぜッ!」
「類!少し頭冷やせよ」
類に冷ややかな視線を向けると二人はカフェを出て行った。
学生たちは〝政略結婚〟と聞き物々しい雰囲気になり、残された類
に視線が集中した。
つくしを大切に思う二人の気持ちは痛いほどに伝わってくる。
――総二郎、あきら…、仕方がないんだ…こうするしか…
類は複雑な思いでカフェを後にする。

花沢邸
「類、結婚するって本当なのか?」
大学のカフェでの一件はあっという間に広まり、司の耳に届くまで
時間はかからなかった。
「ああ」
面倒くさそうに肯定の返事を返した類に対し、司は怪しげに口角を
上げた。
「類がな、信じられねえよ」
「俺は別に不思議でもなんでもないけど、周りが勝手に騒いでるだ
 けでしょ」
「ふ~ん、そうなのか?俺はてっきり皆が勘違いしてるんだと思っ
 たぜ。でも類がそう言うんだから、そうんなんだろうな」
「司、そんなこと言いに来たんじゃないんでしょ?」
「ああ、分かっているなら話は早い
 類!何があっても牧野は俺が守る!言いたいのはそれだけだ」
司はそれだけ言うと帰って行った。

類は事実を告げられないことにやり切れない思いで胸が苦しくなる。
昨日の見合いに出席するまでのストレスとは全く別のストレスが身
体に溜っていくのを類は感じていた。


見合い当日、某ホテル
類は一人の男性に案内され最上階のスイートルームに向かった。
「失礼します。花沢様をお連れ致しました」
男性は一礼するとその場を去って行く。
類は面倒くさそうに溜息交じりで部屋に入ると、一人の女性の後ろ
姿が視界に入る。柔らかな日差しが差し込む窓際に立ったその女性
のシルエットをぼんやりと眺めていると、その女性の体はゆっくり
と類の方に振り返る。

類と女性との距離は8メートル。
8メートル先には満面の笑顔で類を見つめる女性。
類の目は大きく見開き身体は硬直し、呆然と立ち尽くす。
「お久しぶり」
「………。」
類は声を出すことも身体を動かすことも出来ずに、女性に魅入って
しまう。
「顔色が良くないみたいけど…」

――見合い…のはず、なんで?……え?どうなってるんだ?
類は目の前の笑顔に混乱する。
どう考えても答えがでない、辻褄が合わない。
「大丈夫?」
「………。」
――俺、夢を見ているのか?

「るい?」
不安げに呼ぶ女性。
突然、自分の名を呼ばれた類は、また目を大きく見開いた。
「類」
今度は微笑んで類の名を呼ぶ。
懐かしさと恋しさと愛しさが渦まく。
ふたりの距離は5メートルとなった。
「類…」
大きな漆黒の瞳を滲ませ、セピア色の瞳を見つめる。

類は高鳴る鼓動を感じながら確かめるように口を開く。
「つくし」
笑顔で返すつくしを見た途端、類はなりふり構わず5メートルの距
離を一気に縮め、壊れてしまうくらいに腕に力を込めて抱き締める。
「会いたかった。…ずっとずっと会いたかった
 …こうして何度抱き締めたいと思ったことか…」
類の想いが込み上げてくる。

「つくし…」
体を離すと類はつくしの顔を愛おしむように見つめ、頬にそっと滑
らかな指先を滑らせる。つくしも類の頬に細い指先を滑らせた。
会えなかった時間を埋めるかのようにふたりは見つめ合い、どちら
からともなく重ねる唇。お互いの存在を確かめるように何度も口付
けを交わし、そして再び抱き締め合った。
類の耳元で「ただいま」と囁き「お帰り」とつくしの耳元で返す。
「本当につくしなんだね?」
自分の腕の中につくしを収めても未だに信じられないでいる。


2年前に類の頭の中に焼き付けられたあのあどけなさを残したつく
しではない。
透き通るような白い肌、すらりと伸びた手足、薄化粧をし、誰もが
惹きつけられる大きな漆黒の瞳、女性らしい仕草を身につけた完全
無欠の洗練された女性へ変貌を遂げたつくしが目の前にいる。

「つくし…」
嗅ぎなれないシャンプーの匂いがする。でも指の隙間から滑らかな
黒髪がすり抜ける心地いい感触は手が記憶している。艶のある黒髪
は腰近くまで伸び、2年という歳月を感じさせていた。


感動の再会に浸り少し落ち着きを取り戻した類は、今更ながらふと
あることに気付く。
――今日は見合いのはず…なのに…、なんでいるの?
「つくし、どうしてここにいるの?」
類は体を離し不思議そうな顔をする。
「類はどうしてここに来たの?」
つくしは意地悪そうな瞳を向け、質問を質問で返す。
「見合いしろって、俺イヤだって言ったんだ。…けど…、父さんが
 今回だけだからって」
腑に落ちない表情の類をつくしは意地悪そうな瞳で覗き込む。
「フフフッ…、会ってどうだった?」
「……?」
驚きのあまり類はまた言葉を失った。
「見合い相手があたしじゃあ、不服?」
口をパカッと開けて驚く類の顔を、つくしはクスクス笑いながら覗
き込む。


無邪気に笑うつくしを見て軽い怒りを覚えた類は、つくしを抱き上
げたまま歩き出した。
「ちょ、ちょっと類」
「俺がどんな気持ちでここに来たのか、あんたは全然分かってない」
つくしは足をバタバタとさせ降りようとするが、類の力には勝てな
い。広いスィートルームの扉を次々と開けてたどり着いたのはベッ
ドルーム。
「ゴメン、ちゃんと説明するから」
「その説明長いんでしょ?イヤだ!
 俺がどれだけつくしを想っているか、…つくし、覚悟してね!」

類はつくしをそっとベッドに横たわせると頬に優しく触れる。
「るい」
愛しそうに見つめる視線が絡み合う。
「つくし」
類の視線はつくしの瞳から額に移り、自分の唇を寄せる。
額から鼻頭に唇を移し、そして唇に落とす。
何度も角度を変えて唇を重ね、つくしの服に手をかけ少しずつ柔肌
を露にしていく。
艶のある黒髪に指を絡め、額、目じり、頬、唇と何度も唇を落とす。
期待と緊張で高鳴る胸に温かく幸せな気持ちが広がる。

「つくしを待ってた」
「類…、あたしも…」
耳元で甘く囁く互いの声が愛しくも懐かしくも感じる。
壊れ物を扱うように胸へと冷たい手を滑らせ、つくしの全身をなぞ
っていく。
会うことを許されなかったふたりには、愛しい人に触れられる悦び、
愛しい人に触れる悦びが狂おしいほどに熱く燃え上がらせる。
息が乱れ、鼓動が速まり、身体が火照る。
白い柔肌には愛の痕跡が刻まれ、唇は下腹部へと進んでゆく。
「あっ、るい…」
「覚悟してって言ったでしょ」
柔らかな茂みをぬけ、固く閉じられた足の付け根あたりで類の動き
が止まった。類の手は腰の辺りからスルスルと伸びていき膝まで進
むと、少し持ち上げて横に傾けつくしの身体を横にした。
無防備になったその場所へ再び類の唇が近づき彷徨い始めると、つ
くしの身体は一瞬ピクッと反応をみせる。身体の緊張が解け類を迎
え入れる準備ができつつあった。

| | コメント (0)

2008年9月13日 (土)

PURE ANGEL[第2章] 第9話


第9話

類の衝撃的な言葉が頭の中をグルグルと巡り、どう振り払っても切
り離すことが出来ずにいた。〝気付くの遅すぎ〟と言って笑った類
の声がはっきりと脳裏に焼き付き、10日経った今でも忘れられない。
「どんな思いで笑ったの?……悲しみ、憎しみ…それとも…
 道明寺のこと気にして…、類は過去のものにできないの
 あたしだけが過去なの。……あたしはイヤだよ
 涙と悲しみの日々なんて、あなただけが救いなんだよ
 類、あたしも苦しいよ、胸が締めつけられるほどに」
類は総二郎とあきらによって真実を知ることが出来たが、つくしは
司が謀略したなど知る由もなく、独り心を痛めていた。


類は自分の気持ちを伝えようとつくしに何度か連絡を取ってみたが、
話すことはできなかった。大切な話だけにどうしても電話で伝えた
かったが、これ以上先延ばしにはではないと手紙を書くことにした。
その手紙がつくしの手元に届いたのは、世間がクリスマス一色にな
った頃だった。


      つくしへ

    つくし、ごめん
    本当にごめん
    どんなに謝罪しても
    つくしを傷つけた事実は消しようがないけど
    つくしを信じてやれなかった自分が
    恥ずかしくて情けない

    つくしが泣いていると思うと
    俺は苦しくて前に進めない
    つくしが笑っていてくれないと
    俺はいつまでも過去を振り返ってしまう

    つくしを自分のモノだと思っていたのかも知れない
    嫉妬して放言吐いて
    つくしがどんな気持ちで受け止めていたのか
    俺って放恣だな
    つくづく嫌気がさすよ

    つくし、これだけは憶えていて
    つくしを愛している
    つくしは俺のすべてだということを
    つくしと〝同じ未来〟を歩んでいるのだと願っている

    ちょっと早いけど
    つくし‘メリークリスマス’

           類


類の手紙によって真意が確認できたつくしはようやく悲しみから解
放され瞳から涙(安堵の涙・嬉し涙)が零れる。
「類、あたしも愛してるよ」
それから1ヵ月後、つくしは最終アチーブメント・テストを受けた。

類はつくしに相応しい男になろうと仕事に精進する。その一心が手
がけているプロジェクトを成功に導き、重役ポストに就いた。
就寝時間が遅くなる忙しい日々の生活に疲れ苛々もしていたが、つく
しの帰国予定日を聞いてからの類はとても穏やかで充実していた。


そんなある日

類は帰宅して自室に向かう途中の廊下で父(薫)に遇う。
「類、ちょうどいい所で遇った。話があるから私と一緒に来なさい」
類は返事もせず無表情で薫の後に続いた。
――帰って早々なんだ?俺何かしたか?
類は仕事で何かトラブルやミスをしたのかと思考を巡らす。


「ここに座りなさい」
類は緊張していることを悟られないように平静を装い腰を下ろす。
10畳の和室に座卓を挟んで目の前には腕を組んで硬い表情の薫。
こうして2人で面と向かい合うのは幼少期以来だ。その時も今の
ような顔をして冷やかな声をしていた。
一度だって薫を父親だと感じたことがない類にとって、2人きりの
この空間は居心地が悪く息苦しささえ感じる。


「お話とはなんですか?」
「お前に見合いの話がある」
薫は類を見据えはっきりと言った。


類の瞳は大きく見開き、頭の中が真っ白になる。
見合い、政略結婚といった単語は、類の辞書からは当の昔に削除さ
れていた言葉だ。見合いという言葉の意味を思いだすのに類の脳が
フル回転しても数秒必要だったほど唐突な話で混乱した。

――なんて、……なんて言った、……みあい?……俺に見合い

「相手の方は、黒崎財閥のお孫さんだ」
自分の置かれた環境や立場上、いずれは嫌でも親が決めた相手と結
婚をしなければならない。これも敷かれたレール上の一つの行事の
なようなものだ。つくしと付き合う前までは少なくともそういう結
婚を自分がすることに異議を唱えることなど無いのだと思っていた。
しかし、今は違う。心から伴侶にしたい愛する女性がいる。


「ちょ、ちょっと待ってください!お父さん。僕にはお付き合いし
 ている方がいます、ですからお見合いをする気はありません」
類は厳しい表情で薫を見据えはっきりと意思を伝える。
「そんな事は分かっている、牧野つくしさんのことは葵から聞いて
 いるからな。だがそれとこれとは話が別、花沢家の後取りとして
 分かっているはずだ
 それとも類は牧野さんと将来の約束でもしたのかね?」


――やく…そく…。俺は…。つくしは絶対に俺の元に帰ってくる
   そのために頑張ってきたんだ
「……いいえ、約束はしていません
 でも僕にとっては彼女が総てなんです。彼女以外は考えていませ
 ん。あと1ヶ月もすれば留学から帰って来ます
 その時、…その時僕は彼女に結婚を申し込むつもりです」
類は真意と固い決意を薫にぶつける。
鼓動の速さも息苦しさも忘れ、自分達の幸せのために必死に渇望した。


「類の気持ちは分かった。だが、先方との付き合いもあることだし
 花沢家としての面子もある、絶対に見合いはしてもらうぞ
 いいな!類」
薫はきっぱりと宣告した。


――そんなのどうだっていい、どうして分かってくれないんだ
   俺の気持ちは…、俺はつくし以外いらない
苦しげに歪む類の顔を薫は腕組みをしじっと見つめる。
「お父さん、僕は彼女以外考えられません」


類の必死の抵抗にも、薫は少し声を荒げて即答で答える。
「見合いはしてもらうと言ったはずだ!」
「ですが、お父さん…」
類の言葉を遮るかのように薫はまた即答する。
「他に何か問題でもあるのかね?」
冷たい態度の薫の問いに類は答えることが出来ず部屋を後にする。

総二郎とあきらは花沢邸の玄関にいた。出迎えた角田と挨拶を交わ
した後、類の様子を窺う。
「最近の類、なんか様子が変なんだけど、何かあったの?」
角田は一瞬顔を曇らせたがいつものように振る舞う。
その一瞬を逃さない総二郎は真意を探ろうとする。
「何かあったんだな?」


角田は薫に言われたことを思い出す。
「角田さん、総二郎くん達が来たらさり気なく類の見合い話を言っ
 てもらえるかな」
「旦那様、お決まりになったのですか?」
「まぁ、先方が断らない限りは大丈夫だろう」
「そうですか。おめでとうございます。私共も嬉しい限りですわ
 それでしたら私にお任せください。類様はご自分のことは言わな
 い方ですからね」
「角田さんが言ってくれると助かるよ、類の性格上こういう事は周
 りを巻き込んだほうが上手くいくと思うから…」


角田は頬が緩みそうになるのを必死に堪え、愁眉の面持ちを取り繕
い渋々口を開く。
「ええ、旦那様が類様にお見合いをなさるようにと…。類様はお食
 事もあまり召し上がりませんし…、また依然のようにお部屋に籠
 りっきりで…、類様のお身体が心配です」
「そうゆうことか」
状況を飲み込めた総二郎とあきらは顔を見合わせると目で合図を送
った。
「取り敢えず行ってみようぜ」
類の部屋に向かう二人の後ろ姿を角田は微かに笑みを浮かべ見送った。

「ああ~イライラする」
類は数日前に言われた薫の言葉を思い出して、持っていた書類を造
作にデスクに置いた。
「なんで俺が見合いなんか…」
「類!入るぞ!」
類は二人を一瞥すると何事もなかったかのように書類を手にする。

二人はベッドに腰を下ろし楽な体制をとって総二郎が話を切り出す。
「で、今回の落ち込みは見合いって訳か?」
「相変わらず情報早いね。また心配して来たの?」
「当たり前だろ!前回の事があるからな。…ったく、手のかかる弟
 だぜ!」
不機嫌そうに言った類に、少し怒った口調で呆れ顔をみせる総二郎。
「俺には兄弟なんていない」
「これだけ思いやってくれる他人なんていないぜ。血縁がなくとも
 親よりずっと近い存在なんだよ、俺達は。
 類君、そんなにカリカリしねぇで、もっと穏やかにいこうぜ」

類は冗談混じりに言う総二郎とあきらの気遣いや思いやりは痛いほど
よく分かっていた。
最も親しい、親友
心から理解し合える、心友
今のこの3人は深い絆で結ばれていたことを――

「類、見合いどうする気なんだ?つくしは知ってるのか?」
類は手を休めると軽く息を吐き、鬱憤を晴らすかのように語り始める。
「見合いね、どうするも何も俺の意見なんか関係ないんだ。久々に会
 ったと思えばくだらない事ばかり言って。……家のためにするよ
 見合いだろうがなんだろうが。……でも、俺の心だけは自由にな
 らない、あの人は分かってない。……つくしには話してないけど
 隠すつもりはないよ」
総二郎とあきらは少し驚いた表情で視線を交わす。
まさかすんなりと見合いを受けるとは思っていなかったからだ。

「お前やけになってないか?」
類にとって多難続き、あきらは心配で気が気じゃない。
類とつくしの愛の深さを知っているが故に、総二郎はあきらと対象
的な態度をとる。
「あきら、類にやられたぜ!未経験の俺達を差し置いて見合いかよ
 …まぁ他のお嬢の顔を見んのもよ、たまにはいいんじゃねえの
 なぁあきら」
「ああ、そうだな。静とつくしだけだもんな。……で、どこのお嬢
 なんだよ?」
先程まで憂慮していたあきらだっが、総二郎の言葉に心気は一気に
影を無くす。

「黒崎財閥の孫だって。歳はいっこ下。心配してるって、二人とも
 楽しんでるんでしょう?」
「つくし一筋って分かってっから安心してるんだよ。つくしだって
 もう少ししたら帰って来るだろ?待ちに待った天使様がよ」

心から愛する人に出会う確率は――
心から愛する人と永遠に結ばれる確率は――
この者たちにとって政略結婚という大きな壁が隔て、自分たちが選
んだ相手と結ばれる確率は何パーセントなのだろうか。
見合い話は一つ歳を重ねる度に身近に確実に迫ってくる。

「そのお嬢といつ会うんだ?」
「………確か、つくしが帰って来る前の日…だったと思う」
ニタニタと嫌な笑みを向ける彼らに類は素早く反応する。
「教えない」
先手を打たれた二人は不満たっぷりに「なんでだよ?」と言い返す。
「だって見に来るんでしょ?」
類は意地悪そうに言うと二人はバツが悪そうにして「「まさか」」と
同時に否定する。
「あっそ!違うんだ」
「でもここはやはりお兄さん達が見守ってあげないと、類くんは
 女の子に慣れてない訳だし、…何かと困るだろ?
 お兄さんがいないと」
「俺に兄貴はいない!場所も時間も教える気はない!」
類はやれやれこいつらは、と呆れながらきっぱりと宣告した。
二人はガックリと肩を落とすと同時に深い溜息をつく。
「やっぱ…ダメか」
その後二人は何度か怪しげな視線を向けるのだが、類は応じるこ
とはなかった。それでも諦められない二人は帰り際に捨てゼリフ
ともとれる言葉で締めくくった。
「見合いの報告書、書いておけよ、今後の俺達の為に。いいな類!」


| | コメント (0)

2008年9月12日 (金)

PURE ANGEL[第2章] 第8話

第8話

総二郎とあきらが花沢邸を訪れたのは、類に2、3日冷却期間
が必要だと話し合った日から1週間後のことだった。
玄関に入ると角田が二人を出迎え類の様子を耳打ちしてきた。
「ったく類のヤツときたら…、どうしようもねえな」
どうやら類にとって冷却期間の日数は関係なかったようだ。

長い廊下を進み類の部屋に着くと角田がドア越しに声を掛ける。
「類様、西門様と美作様がお見えですが、お部屋にお通しして
 も宜しいですか?」
「………。」
類はベッドの上で膝を抱えるようにして座っていた。
「類様、お部屋にお通ししても宜しいですか?」
角田は何度も声を掛けたが類からの返事は返ってこなかった。

「類!入るぞ!」
痺れを切らした総二郎は類の返事を待たずに扉を開け、足を踏
み入れた。その後にあきらも続いたが、二人はすぐに部屋から
飛び出た。
「る、類!なんだ、この匂いは?」
総二郎は上着の袖で鼻と口元を押さえ、あきらはハンカチで鼻
と口元を覆うと、気合いを入れて再び部屋に入った。
酒の空き瓶が何本も床に散乱し、アルコールの匂いが部屋中に
充満している。とても人が生活できる場所ではない。

「一滴も飲んでねぇのに酔いそうだ」
「よくこんな部屋にいられるな」
角田に掃除の指示をした後、二人は類の部屋から廊下に逃げる
ように出て窓から新鮮な空気を吸う。
「話は聞いてたけど、あの類が酒に溺れるとは…」
「それだけコントロールができなくなったんだろ」


二十分後、部屋はまだアルコールの匂いはするものの綺麗に片
付いた。総二郎とあきらは角田に頼んでいた椅子をベッドの前
に置いて座り、コーヒーを飲んでいた。
類は無言のままずっとベッドの上で微動だにしない。正気なの
か、酔っているのか、顔の表情からは読み取ることは出来ない。
「類、お前どうする気なんだ?どうしたいんだ?
 こんな生活してたら、お前ダメになるぞ」
「………。」
類は胸と立て膝の間にクッションを挟み顔を埋める。どうやら
総二郎の声は類の耳に届いているようだ。

「ダメになるのはお前だけじゃねえぞ!つくしだって…
 お前分かってんのか?つくしだってダメになるんだぞ
 ……お前ってよ、よく人のこと見てたよな、俺たちが慌てる
 時でも、お前は冷静に物事を見て鋭いとこ突いてきて、ある
 意味感心してたんだぞ。………類、司に遠慮してねえか?」
総二郎の言葉に反応したのはあきらだった。
「司に遠慮ってなんだよ?高校の時とは違うんだぜ」
総二郎はあきらを無視して類にたたみ掛ける。
「司の家で言ったよな、司を許せない気持ち、つくしへの想い
 自分がどれだけ我慢してきたのかみんなの前ではっきり言っ
 たろ、おまけに胸倉掴んで殴ってよ。全部つくしへの気持ち
 だろ?それがなんだよ、司が言ってきたからって真に受けや
 がって、また昔みたいに戻るとでも思ったのか?つくしがそ
 んな軽い気持ちでお前と付き合ってると思ってんのか?
 分かってんだろ?…信じきれなかった自分に腹立てて
 それであんなこと言ったんじゃねえのか?
 嫉妬して、……違うか?」
確信を突いてくる総二郎に類の顔が苦しげに歪む。

――そうだよ、総二郎の言う通りだよ
「つくしに会いたくて、会いに行くって言ったら拒否されるし
 会えないんなら少しでも近くにいたいって…留学を…
 父さんは許してくれた、俺うれしかった。これで少しはつく
 しに近づけるって、同じ四季を感じることが出来るって
 ……けど、2年って聞いた時は一気に地獄に落とされた気分
 だった。……いろいろ考えたけど、俺にはどうすることもで
 きなかった、…何もできなかった」
「類……、お前…」

愛する人に拒絶されることがどんなに悲しく寂しいことなのか。
会いたいだなのに。
近くにいたいだけなのに。
それさえも叶わない、許されない。
それなのに恋人でもない司は――

「俺が会えなくて苦しんでいる時に、司は…、司はいとも簡単
 に会うし、決して触れることのできない俺が…、司は抱き締
 めて、……キスして…。自分の存在がなくなりそうで、この
 まま忘れられるんじゃないかって、すべてが空回りで何一つ
 上手くいかない事に苛々してたんだ
 ……今までだって何度も嫉妬した。けど、つくしが自分のモ
 ノだ、という安心感と支配力で嫉妬心が違うということを思
 い知らされた。俺ってほんと勝手だよな、つくしが一番苦し
 むの分かっていながら」
「お前だって十分苦しんだろ、こんなに酒飲んでよ」
あきらの表情が柔らかいのに対して総二郎の表情は硬い。双方
の差は、宥め励ます側と渇を入れる側の違いのようだ。

「類、司が言ったこと信じてるのか?本当にキスしたと思って
 るのか?……お前の本心を聞きたい、どうなんだ?」
総二郎の荒げた声と質問の内容に、類は額に手を当て目を伏せる。
司が話したこととつくしが言ったことに誤差がある。どちらかが、
または両方が嘘をついていることになる。
司は幼少時からの大切な親友。つくしは身体の一部で心の底から
愛し合っている無二の人。

――つくしを信じたい
類は重い口を開いた。
「俺は……、司が言ったことはある意味、本当だと思う
 けど…、キスは……、つくしの言葉を信じたい」
「そうか。…類!よーく聴けよ!真実はこうだ」

総二郎はつくしから聞いたリサのバースデーパーティーでの
話を語る。
司はつくしの腕を強引に掴むと人気のない場所に連れ出した。
「ちょっと何すんのよ?人をこんな所に連れて来て
 いい加減手離してよ!」
不機嫌そうに言ったつくしにも関わらず司は優しい眼差しで見
つめる。
「…で、話って何?」
司はつくしの腕を掴んでいる手に力を込め自分の胸に引き寄せ
抱き締めようとする。が、つくしは直ぐに司の胸を突き体を離す。


そこまで聞いた類はハッとして総二郎を見る。
「総二郎、それって…」
「ああ、知らないのをいいことに、類は司にやられたんだよ
 この次の話、覚えてるか?つくしへの告白。これは本当だ
 けど、つくしの返事はすべてウソに近いぜ
 つくしの返事はな-------------」


「道明寺の気持ちには応えられない。あたしは類と付き合って
 るし、類を愛してるから。これ以上の理由なんていらないで
 しょ。あたしの望むこと叶えてくれるんだったら、……何も
 しないで…、そっとしておいてほしい」
つくしは強い意思のこもった瞳で力強く答えた。
司は切なそうに目を細める。
「そこまで類が好きか?そこまで惚れてんのか?けど…
 俺は諦めねぇよ!俺だっていい加減な気持ちで言ってんじゃ
 ねえんだ、マジでお前に惚れているからな
 何回でもお前の前に立って告白するよ」

類はつくしの真っ直ぐに自分に向ける純然な想いを再確認する。
そして自分の愚かさを知る。また、つくしに対する司の想いが
重く圧し掛かる。
「類、これが本当の真実なんだよ
 分かったらくだらない考えはやめることだ」
そう言って総二郎は天井を見上げながらソファの背もたれへ倒れ
こんだ。
「類君、とことん愛されているじゃねえか。一時はどうなるかと
 思ったけど、まさかこんな事実だっとはなぁ。司は諦める気配
 はなさそうだから、おまえらにしたらまだまだ多難ってことだ
 ろうけど。……類くん、お兄さんからの忠告、司が何を言って
 きても真に受けない、動じないこと。お前らは直ぐに人を信用
 するからな。…まぁ~そこがいいんだけどね」

「総二郎、あきら、心配かけて悪かったな。俺ずっと感謝してたよ
 どんなに勇気付けられたか、…どんなに励まされたか…」
〝大切な親友だからな〟そう言って彼らは微笑んだ。
親友の温かさが身に沁みる。
「大切な何かがある時、人の心理は複雑になっていくって知った
 それに、怖いから恐ろしいことをするってことも
 〝自分のすべてだ〟って自覚した時から自分が自分でなくなる
 んだ。生きてる実感を覚えたり、明日を迎える喜びを感じたり
 心が躍ったり…。でもその反面、すべての時間を奪いたくなる
 ほど〝嫉妬と束縛の支配〟にかられる。不思議なくらい喜怒哀楽
 がでるんだ。嬉しいことや悲しいことや、…心に抱くのが感情
 なんだって…。そして甘えることと憎しむことも覚えた
 その結果がこれだよ」
成長の過程で感じたり覚えたりする感情を、類はつくしと出会っ
てからの短期間で、また、恋をしたことによって生まれるそれま
で感じたことのない喜怒哀楽を知った。そのことにより戸惑い、
考えることや受け止める時間が短すぎた。

「俺はつくしに…、前につくしに言ったんだ
 『記憶のない司を怒っても仕方ないって分かっていても許せない
 たったひとつの大切な宝物を壊そうとしたから』って、あの時の
 司と同じことを俺はつくしにしたんだ。たとえ心と裏腹であって
 も、俺の脳が考え、判断し、決断し俺の口から伝えた言葉なんだ
 ……つくしがどんな思いで聴いていたか…」
類は頭を抱えた。


まったりと寛いでいた彼らから深い溜息がでた。
――類ってこんなに聞き分けなかったか?
   …ったく、後向きじゃねえかよ
「じゃあ、やめるのか!?つくしを諦めるのか!?
 類の気持ちも分かるよ。だがな、あいつは類を信じて頑張ってる
 んだぞ。友達がいるにしろ、異国の地でたった一人で…、分かっ
 てんのか?言ってしまったことは仕方がないだろ、それぐらいつ
 くしだって理解してるよ、本心じゃないって。なぁ、もっと単純
 でいいんじゃねえの?」
総二郎は少し声を荒げた。

「単純?」と怪訝に呟いた類にあきらが答える。
「俺もそう思うぜ。司といい、類といい、ややこしいんだよ。今の
 自分の気持ちをつくしにぶつけて早く誤解を解くことだ。お互い
 が信頼し合っていたら何があったって大丈夫だろ。あと4ヶ月
 だぜ!猪突猛進で進んでみたらどうだ、悪くないと思うけど
 …あっ!司にはくれぐれも気をつけろよ、謀略するからな!」
あきらに賛同するように総二郎は頷く。
二人は目的を果たしたかのように晴れやかだ。


一方の類はまだ浮かない表情をして考え込んでいる。
――それはいいんだ……つくしならきっと分かってくれる
   俺が知りたいのは…
司の件は真実を知って問題は解決した。
しかし、それはいくつかある中の一つに過ぎない。
「まだ問題でもあんの?」

何故つくしは所在を知らせないのか、何故つくしは類を拒むのか
類はもちろん、メンバー全員がずっと疑問に思っていたことだ。
ナゾに包まれたベール
そのベールに一体何が隠されているのか

――自分が何気なく発した言葉が現実のものとなったら
   俺はその時どうなってしまうのか
   それでも知りたい
   自分の心が壊れたとしても真実を…

「どうしてここまで俺を寄せ付けないのか、否定するのか
 〝司のお袋さんが絡んでいるから?〟って気がついたらつくし
 に言ってた。その時は無心だったけど…、どう考えても納得い
 かない。………最初は良かったんだ、つくしが遠く海の向こう
 にいようと、多少余裕があったし意地もあった。それにつくし
 やみんなに安心させられていたしね。だけど、……聞き慣れた
 司の名前だったのに、いつしか平常心でいられなくなる自分に
 気付いた。どんな時でも堂々としていられる司みたいになれた
 らどんなに良いかって…
 〝留学はあたしの夢でもあるの〟って言われて、…俺はずっと
 聞き分けのイイ子を演じて肝心な所には蓋をして、……遠慮し
 てたのかなぁ」
類の苦悩ぶりをうかがわせた。


つくしが留学することに彼らは納得いかなかった。それはなんの
前振りもなく、なんの相談もなく決定事項として伝えられた事と、
つくしと関わった生活を送りたいと思っていたからだ。それでも
夢に向かって進もうとするつくしに、彼らは文句や命令など言え
るわけもなく硬い表情で受け止めた。
お金があり、時間がある彼らの環境だからこその発想で〝会いた
くなったら会いに行けばいい〟日本とフランスと言っても半日も
すればつくしに会えるのだからと、まるで電車やタクシーにでも
乗るノリで――
ところが簡単に会えると思っていたことが、つくしが拒むことで
会えなくなってしまった。強引に押しかけるにも、住んでいる住
所や通っている大学の所在は分からない。彼らの力を持ってして
も分からないのだ。
これらの事からつくしに対して疑念・疑惑を抱いてもおかしくは
ない。

「類、俺達もずっと気になってたよ。このあいだ総二郎と話した
 んだ。そうしたら総二郎の奴なんて言ったと思う?〝英徳みた
 いな金持ちお嬢学校〟って言ったんだぜ。俺笑うの我慢してた
 けど、あながち冗談じゃねぇと思うぜ」
総二郎はあきらを一瞬睨みつけると額に手を当てため息をつく。
「お前、冗談だと思っていたのか?俺はマジで言ったんだぞ
 司の母ちゃんだろうが誰だろうが、金さえあれば何処にでも
 通えるだろ。………ああ?…ちと待てよ」
そこまで言うと総二郎はパタリと口を噤み、遠くに視線を飛ばし
て考え込んだ。あきらは怪訝そうに総二郎を見る。類はクッショ
ンに頬を乗せつくしのことを考える。


暫らくして、じっと口を結んだままだった総二郎の口が開いた。
「1年半は分かるよ、けどよ、その後リストラされて。…一時は
 スーパーで働いてたけど…、おかしくねえか?つくしの父ちゃ
 んはほとんど定職に就いてないのによく卒業できたよな
 英徳の授業料半端じゃねえだろ?それに生活費と弟の学費と
 俺としちゃこの辺りから怪しいぞ。それにフランス語を勉強す
 るってバイト辞めてよ、収入はゼロで出費はかさむ、おまけに
 留学ときた。…一体どうなってるんだ?」

これまでのつくしの話からすると、大学は英徳並みか、もしくは
それ以上と想定される。お金の面だけをズームすれば、英徳大学
の授業料と同等、もしくはそれ以上。また、チャーム・スクール
と生活費は別にかかる。
今までのつくしの、いや、今までの牧野家の生活事情を知ってい
る彼らにすれば、支払いできるほどの能力も財力もないことは一
目瞭然。

「考えられるのは、……宝くじが当たったとか?まさか誰かの
 援助ってこと…、……類のお袋さんはどうなんだよ?
 類、何か聞いてないのか?」
「母さんじゃないよ」
――母さんだったらどんなに良かったことか

つくしのことを毛嫌いし泥鼠と詰った楓は、今では息子の嫁にと
考えている。目先の損得ばかりの政略より、司の原動力である愛
する人を傍に、と親心なのかは定かではないが、つくしを快く迎
えよとしていることだけは事実だ。
楓の変化に彼らは資金提供者の一人として疑っている。

総二郎とあきらは資金の出所について対話していると、類がポツ
リと呟く。
「なんで会っちゃいけないのかな」
いくつかある疑問の一つだ。
単純な質問だが、彼らには類を安心させる言葉は持っていない。

つくしと再会できるその日まで類の精神が壊れないかと懸念。


| | コメント (0)

2008年9月 8日 (月)

PURE ANGEL[第2章] 第7話


第7話

「ここんとこ類見てねぇけど、大学来てんのか?」
仕事が忙しくても最低限の講義を受けに毎日来ていた類の姿がな
い。人一倍心配性のあきらは類に何かあったのではないかと心配
になり総二郎に声を掛けた。
総二郎は硬い表情になる。
「前に司の件、類に話したろ?」
「ああ」
「あの時はどうにか丸く収まったけど…
 今回は……ヤバイかもしんねえ、類のヤツ」
〝やばい〟の言葉に異常に反応したあきらは身を乗り出し、総二
郎の話を最後まで聞かずに食ってかかる。
「おい!総二郎!やばいってどうゆうことだよッ!?
 類になんかあったのか?お前何知ってんだよッ!?」
総二郎は怒鳴るあきらに驚きつつも落ち着かせようとする。
「おい、あきら、そんなに怒んなよ。俺の情報網で調べた結果を
 今から教えるから最後まで人の話を聞けって
 怒るのはその後だ。いいな、あきら」
「…ああ、悪いな。…それで」


総二郎は冷静さを取り戻したあきらを確認して話を切り出す。
「角田さんの話によれば、類は飯もろくに食わねぇで毎晩酒を浴
 びるほど飲んでるそうだ。昔みたいに部屋から一歩も出ず籠も
 りきりで、誰が声を掛けても返事もしないんだと
 あのお袋さんにさえ返事もしないんだとよ」
「類が…さけ…?」
「ああ。4日前に…、司が来た日からずっとそうらしい
 部屋に食事を持って行った角田さんがちらっと類を見たら
 思い詰めたようなとても悲しい顔をしてたって」


そこまで言うと総二郎は軽く息を吐き、今度は真っ直ぐあきらに
視線を向ける。
「俺、気になってつくしに電話したんだわ。そうしたらリサのパ
 ーティーで司と会って告白されたって…。おまけに司の母ちゃ
 んにも言われたんだと、もう一度司とやり直す気はないかって」
あきらは最後の言葉に絶句する。
「なんでそうなるんだよ、なんで今になってそんなこと言うんだよ
 散々引き裂いておいて、……あんまりじゃねぇかよ
 そうだろ総二郎?………で、つくしは?」
あきらはやり切れない思いで声を震わせた。
「それが…、昨日つくしが類に電話したんだけど…
 類が------------」

総二郎はつくしから聞いた類との電話のやり取りを話し始めた。

『もしもし、類?…暫く連絡しなくてごめんね。試験が多くてさ
 それとニューヨークに行ってたの。類のお母さんに会ったから
 頼んだんだけど、プレゼント受け取った?』
「ああ、受け取ったよ。………つくし、司に会ったんでしょ?」
――俺は何を聞きたい、何を言おうとしているんだ
   お前は誰を選ぶ?俺か、司か…、お前の気持ちが知りたい
   ただお前の本当の気持ちが…
類は久々に聞くつくしの声に嬉しく思う反面、予想外のことを言
われるのではないかと恐怖心に駆られる。


『知ってたの?会ったよ、道明寺のお母さんにも
 それでね……、つ、つき合ってほしいって言われて……』
「つくしは抱き締めたんだろ?」
類はつくしの先の言葉が怖くてつい会話の途中で口を挟んでし
まう。
『類、確かに抱き締められたけど、あれは突然のことで、でも直
 ぐに道明寺を…』
「司をどうしたの?昔の想いが込み上げてきた?好きで好きでた
 まらなかったあの頃に…。お母さんも認めてくれたしね」
嫉妬と不安に支配された心は惑溺し、大切な人を追い詰めている
ことに気付かない。


『どうしたの?いつもの類じゃないよ。…道明寺は関係ないよ
 お母さんだって関係ない。何かあったの?』
「俺には関係あるんだ、大ありだよ
 まだ司のことが好き?諦められないの?どうして…」
――類が苦しんでる、どうしてなの?
   どうしてそんなに悲しい声で言うの?ねぇ教えてよ
『道明寺と会ったことで類を不安にさせたとしたら、ごめんなさい
 でも、それは偶然のことで、予定していた事じゃないの
 ねぇ類、どうしたの?おかしいよ』


「ああ、おかしいかも…、つくしのことでいっぱいで、頭がおかし
 くなりそうだ。寝ても覚めても切り離すことのできないつくし
 の笑顔が……笑顔がまた司に向くと思うと俺は正気でいられな
 いんだ。嫉妬で狂いそうだよ。……もう…狂ってる…のかも」
『類!聞いて!道明寺とは…』
「つくし、……しばらく電話も手紙もいいよ。…いいよ」
――つくし、今はダメだ……これ以上話したら…


『ちょ、ちょっと類!電話切らないでよ!
 大切なのは信じる心でしょ!何があったか知らないけど
 あたしは類を愛してる、これだけは絶対に今も変わらない!
 これからも…』
「じゃあ、つくしはどうして司とキスしたの?」
『……えっ?……キ、ス?』
「そう、キスしたんでしょ?俺はつくしと会えなくてどんなに
 辛くて寂しいかったか…。でもつくしは司と何回か会ったん
 でしょ?楽しかった?」
――会えない瞬間から会いたくてたまんない気持ち
   つくしに分かる?
   どう抑えても、どう自分を偽っても
   奥底から湧き起こる想いには勝てないんだ


『類、何言ってるの?』
「もしかして、居場所教えないのって、司と関係あるの?ああ~
 俺、気付くの遅すぎ。留学は司のお母さんの配慮ってことか
 これだったらいくら調べても分かんないよね、道明寺財閥には
 敵わないからね。ほんと気付くの遅すぎ。クククッ…」
『何言ってるの?ねえ何言ってるのよ?さっき、正気でいられな
 いって言ったよね?だから思ってもいないこと言うんだよね?
 本心じゃないんでしょ?』
「……分からない、…本心かも。そうじゃないって思っても…
 ……俺は、…俺は…」
『類のバカッ!!どして信じてくれないの?どうして…どうして
 …あたしキスなんかしてない!絶対してないッ!!
 同じ未来を歩んでいると思っていたのに、どうして…』
つくしは悲しみで声が震え途中で電話を切ってしまった。

類の本心じゃないと頭では分かっていても心がついていけない。
ショックが大きすぎた。
悲傷は涙となりポタリと手に落ちる。類と交際して初めて流す辛
苦の涙だ。

信じるどころか愛する人を難詰した。どうしてこんな仕打ちをし
てしまったのか、類は自分の気持ちと裏腹な言葉に呆然となる。
会えない寂しさと不安、そして愛するが故に相手を支配したいと
いう傲慢さが、嫉妬で本心を見失う。内に秘める想いが強ければ
強いほど万感が乱れる。

一本の電話によって二人の間に固く結ばれた糸が解れようとして
いた。

つくしと類のやり取りを聞たていたあきらの背筋に悪寒が走った。
類の口から出たとは思えない言葉にショックを受けた。と同時に
類の精神がもはや限界にきていることを悟る。
また、総二郎もつくしからその事を聞かされた時は唖然として言
葉を失った。あの類がまさか、そんなハズない、何度も否定する
言葉ばかりが頭中を掛けめぐりその夜は一睡も出来なかった。


心痛な思いで語った総二郎の表情が真顔に一変する。
「あきら、電話のやり取り聞いてなんか思わねぇか?」
あきらは総二郎から何かを探ろうと凝視する。
「つくしも類もお互いしか見てねぇはずだ。確かに昔の司とつく
 しは絆の深さってすげーって思っていたけど…。類とつくしの
 場合はまた違うんだよな。…なんて言うか、…石垣みたいにそ
 の石でなきゃ合わない無二の存在?…それが類でありつくしだ
 と思うんだ、特に類はな
 ……つくしが抱き締めてキス?おくてのつくしがするってこと
 は相当の覚悟がいるぜ。…だろ?」


「ああ、つくしは器用じゃない。あいつは純粋で真っ直ぐな心を持
 っている。類もそうだ、つくしに似てきたのか、お人好しで優し
 くて…。類は人一倍心が繊細で、…そこに付け込んだんだ、司は」
「もしかして、…ハメラレタ?」
「そういうこと」
一時はどうなるかと憂慮もしたが、司の計略だと事情が分かり肩を
なで下ろす。


「だったら類のとこ行こうぜ」
後は類に事の真相を教えれば問題は解決するのではないかとあきら
は席を立つ。総二郎は浮かない顔をみせる。
「今はやめた方がいい。昨日の今日じゃまだ会ってくれないだろう
 携帯も電源切ってたし、2、3日様子を見てからにしようぜ」
あきらは眉を顰める。
――携帯の電源切ってるなんていつものことだろ
   類だってこの事を知ればきっと、……待てよ…
あきらは総二郎の考えに否定的だったが冷却期間も必要なのだろう
と納得する。
「そうだな」

話は一段落したかのように思えたがまだ問題は他にもあった。
「あっそうだ、つくしは?類はいいとして、つくしはどうする?
 あんなこと言われたんだ、きっと悲しんでるぜ」
「つくしかぁ…」
総二郎は腕を組み少し考え込んで溜息をついた。
「俺たちではダメだろう。いくら司がって言っても、結果的には
 類が告げた言葉だ。つくしには悪いが少しの間我慢してもらおう
 類さえ正気に戻ってくれりゃつくしに連絡するだろうし…
 それまで待とうぜ」


「あいつらどうなるんだろ?…きっと司は黙ってないぜ。俺に
ハッキリ言ったんだからな、牧野の為だったらなんでもするって」
あきらはこの先何かが起こりそうで不安だった。
「わざわざニューヨークから来るんだから、司もやるよな。面と
 向かって堂々と大ぼら吹いて類の弱い部分に付け込むなんて…
 言葉の暴力だよな。……司の母ちゃんすげーって思ってたけど
 …やっぱ親子なんだな」
総二郎に賛同するようにあきらは頷いた。
――司のお袋さんかぁ。……あれ?…確か類が…
あきらはふと類とつくしの電話のやり取りを思い出し、類の言っ
たセリフが気になった。
「総二郎、俺たちずっと不思議に思っていたよな、つくしの留学
 と居場所。類が言ったこと、まんざらってことねぇよな。もし
 も、もしもだぜ、まんざらでなかったらすっげー役者だぞ
 俺たちにだってそれなりの力はあるだろ、それでも分からない
 ってことは…」
「ああ、誰もが疑問に思っていたことだ。俺が思うには、司も知
 らないんじゃないのか?俺が疑問に思うのは司でなくて、つく
 しだよ。なんでつくしは教えないのか?百歩譲って俺らに教え
 ないとしても、好きな相手には言うだろ。ましてや類の性格を
 知っていたら尚更じゃねぇ。時間がない、缶詰状態だからって
 類が会いに行くんだったら何も問題はないはずだ
 それを拒む理由は」
総二郎はそこまで言うと軽く息を吐きコーヒーを口にする。


あきらも冷えたコーヒーを慌てて飲み言葉を待った。それなのに
一向に総二郎の口は開こうとしない。
――なに肝心なとこで勿体つけてんだよ
「総二郎、その理由はなんだよ?」
「それは、会えないからだろ、会っちゃいけないんだろ」
固唾をのんで待っていたあきらはガックリと肩を落とす。
もっと重大な秘密が隠されていると期待していたからだ。
「なんだそれ?」
呟くあきらに総二郎は「そのまんまだよ」と答える。
「あきら、もうちょい頭を捻って考えてみろよ、単純な答えだが
 内容は濃いと思うぜ。今分かっていることは、学園長は知って
 いるが教えない、推薦ではない、奨学金制度ではない、バイト
 はしていない。チャーム・スクールにも通っているらしい
 何故か友達は金持ちが多い。二年間の留学で年明けからパリ
 に行った」


――学費は?生活費は?…どうなってるんだ
   金持ちが多いって…
「まるで英徳みたいだな」
総二郎は呟いたあきらの肩をポンと叩きニヤリと笑った。
「あきら君、冴えてきたね~。そうだよ、その通りだよ」
「…ああ?…何が?」
総二郎は落胆した。
その姿を見てあきらは余計に訳が分からなくなる。
「お前まだ分かんねえのか?つくしは金持ち学校に通ってるんだ
 よ。英徳みたいな学校は内部からの情報は漏れない。ましてや
 外国だ、世界各国から金持ちお嬢が集まるとなりゃ内密事項も
 多いだろう。たとえ道明寺財閥とはいえ世界を相手にした時
 立場はどうかな、力を持ってる奴なんてごまんといるからな
 情報を自由に操るなんてお手のもんだろ
 ……これは、つくしがお嬢の設定、もしくは足長おじさんがい
 る設定での話だが…」
あきらは総二郎の話を心躍らせ一心に聴いていたが、最後の言
葉に落胆する。
「総二郎の推理、楽しませて貰ったよ。そろそろ帰らねぇか?」
「そうか、楽しんでくれたか。途中まではバッチリだろ?」
「…何がバッチリなんだか…」
――俺が聞きたいこと何も言ってねえじゃん

| | コメント (0)

2008年9月 4日 (木)

PURE ANGEL[第2章] 第6話

第6話

「つくしさん、最近なんだか落ち着かないようですが、どうかい
 たしましたの?」
「あたし、誕生日に呼ばれているのですが、それが…」
「リサさん、でしょう?私達もご招待されていますのよ。潤さん
 はお仕事の都合で出席できませんが、マリーさんもご一緒に
 三人でどうかしら?」
「知ってたんですか?あたし行って良いんですか?
 リサの家って……、万が一会ったりしたら…」
「先方もご招待されていますので間違いなくお会いすることにな
 るでしょうね。つくしさん、私達の関係はごく一部の人間しか
 知らないことよ。あなたのお友達でしたら大丈夫、それよりつ
 くしさんの方が心配だわ」
「あ、あたしは大丈夫ですよ!ただ、あの人の眼を見ると…」
「フフフッ…。あら、ごめんなさい。つくしさんは散々な思いし
 てきましたものね仕方ありませんわ。あの方は…、昔はつくし
 さんが描いているような人ではなかったのよ、……寂しいもの
 ね。……あっ!そうそう、葵さんも出席するそうよ
 類くんのこと、気になるでしょ」


「そうだったの。なんかさぁ~急につくしが元気になったからお
 かしいなぁって思ってたんだ。でも良かった、正直言うと、あ
 たしニューヨークに行ったことなくて心細かったんだ。茜さん
 も一緒だったら安心だね」
「うん。…マリー、明後日だったら時間取れそうだから、プレゼ
 ント一緒に買いに行かない?類にも何かあげたいし…
 選ぶの手伝ってくれるでしょ?」
「OK!つくしのその笑顔には叶わないんだよね」
それから1週間後、茜とつくしとマリーはリサのバースデーパー
ティー会場であるニューヨークへと旅立った。

司はニューヨークに行って以来、初の帰国をしていた。
それはただひとり類に会うために――

花沢邸

「類様、司様がお越しになりましたが、お通しして宜しいでしょ
 うか?」
使用人の口から懐かしい名前を聞き、類は胸のざわつきを感じる。
「ここに通して」
直ぐに司は部屋にやって来た。
「よう類。仕事中だったのか?突然で悪かったな」
ベッドとテレビしかなかった部屋につくしが持ってきた鉢が一つ
増え、仕事をするようになってデスクとイスとパソコンが新たに
増えた。
司は辺りを見渡すとベッドに越を下ろす。
未だに来客用の椅子はない。

類はデスクに向かって座っていた椅子を回転させると司の方に向
きをかえる。
「司はいつも突然でしょ。…で、今日はどうしたの?」
「お前、機嫌悪そうだな。まっ、しゃあねえか」
司は類のぶっきらぼうな言い方に薄く笑うと直ぐに真顔になる。
「類、率直に言う。牧野を諦めてくれ、それを言いに来た」
司の瞳は草食動物を狙う獣のような迫力があり、何の迷いもなく
言ったセリフと同様に類を圧倒させた。
類は直ぐに司から視線を外し溜息をつく。

「おい!類!聞いてんのか?」
「あぁ、聞いてるよ。なんで司に言われなきゃいけないのさ
 司には関係ないでしょ」

司は類から視線を外すと遠くの方を見つめ、今までのことを語り
始める。
「パリで一目惚れしたんだ。その女が牧野だって気付いた時には
 姿を見失ってどこ捜しても見つけることが出来なかったけど…
 一週間くらい前にバースデーパーティーに出席しろってババァ
 に言われて仕方なしに行ったら、そこにいたんだよ、牧野が
 パリで見た時も綺麗だったけど、より一層綺麗になってて見違
 えるほどだったぜ」
つくしとの再会の光景を思い出し自然と口元が緩む司を、類は無
表情で凝視する。心は嵐のように吹き荒れる。

「あいつに対しての記憶といえば、見舞いに来た時と退院祝いの
 日くらいしかねえのに、あんなにイヤがっていたはずなのに…
 時間が経つにつれて脳が否定するんだよ、もっと微笑んだ顔が
 見たい、話がしたい、一緒にいたい、触れてみたいって…
 どんどんエスカレートしていく自分に気付いた
 ………誰にも渡したくねえって」
――たとえ親友の類であってもだ

類は司の真意を語るにつれ視線が下がっていく。
司の気持ちも重かったが、自分の知らないつくしのことを聞かさ
れることが何より胸を苦しく締めつけられる。

「司がつくしのことをどう思おうが構わない。……けど
 つくしを傷つけることだけは絶対に許さない」

――つくしを傷つける?…俺がか…
「なんで俺がアイツを傷つけなきゃなんねえんだ?」
「つくしを散々苦しめておいて…」
「類、それは過去のことで今の俺は違う」
「何が違うのさ」
「人の心は変わるんだよ
 静を好きだったお前が牧野を好きになったようにな」
――類、これから話すことを聞いても、冷静でいられるのかな


司は不敵な笑みを浮かべると、ニューヨークでつくしと再会した
日のことを話し始める。


リサのバースデーパーティー
「「リサ!誕生日おめでとう!」」
「ありがとう」
二十歳という節目もあってか招待客は四百人を越す人数で、リサ
の自宅で盛大に行われた。
パーティーの為に一足先にニューヨークに来たリサはつくしとマ
リーに数日間会えなかった時間を楽しむ。

パーティー会場入りした司は人の数に溜息が出る。
招待客が多ければ多いほど挨拶する人数が増えるからだ。
「だりぃ」
今すぐにでも帰りたい衝動に駆られるが楓と一緒に来た手前そう
もいかず、短い挨拶を交わしながら主催者のいる方へと足を進め
る。何人かと挨拶を交わした司はシャンパンでも飲もうかとボー
イを探す。するとつくしに似た人物が視界に入る。

――ああ?……ま、まさかなぁ…
   会いたい想いが幻覚を見せているのか?
パリなら会う可能性もあるが、ここはニューヨークで可能性も偶
然もゼロに等しい。だが司はどうしても気になり本人どうか確か
めることにした。


「まきの?」
司はつくし本人であることに驚き、ドレスアップしたつくしの美
しさに魅了される。つくしは振り向いた先に二年ぶりに見る司が
いて一瞬驚くが平然を装う。
「道明寺も来てたんだ」
「ねぇつくし、誰この人?」
「高校の時一緒だった道明寺司・・・さん。歳はひとつ上だけどね
 本日主役のリサで、こさらがマリー」
お互いを紹介していると突然リサが叫んだ。
「ああーッ!この人が…、初めて見た。確か四件先の家だよね?
 なんで今まで会ったことなかったんだろ、不思議」
「俺、去年の三月にこっちに来たし、隣に誰が住んでいるかなん
 て興味ねぇし」
「あっそっかぁ。あんたが来た時あたしはパリってことか
 会うわけないよね」
「俺こいつに話があるんだわ、ちょっと悪いが借りて行くぜ」

司はつくしの腕を掴み人気の少ない場所に連れ出す。
「ちょっと何すんのよ、人をこんな所へ連れて来て
 いい加減手離してくれない。……話って何?」
司は掴んでいる手に力を込めると自分の胸につくしを引き寄せ
抱き締める。
「会いたかった、どんなに会いたかったことか…」
司に応えるようにつくしもそっと腕を回す。
お互いがこの光景を望んでいたかのように抱き締め合う。
時の歳月を埋めるかのように、自分の想いを伝えるかのように、
お互いの温もりを感じ合う。


暫くして二人は体を離し、司は自分の想いを伝える。
「すごく綺麗になったな。俺はもうお前しか眼に入らない
 お前のことでいっぱいだ、俺と正式に付き合ってくれないか?」
つくしは司の瞳が優しくて吸い込まれるように見つめてしまう。
――あたしが大好きだった道明寺の瞳だ

「ババァが許した、牧野だったら良いって認めてくれたんだよ
 あのババァが認めたのは、たったひとり、牧野、お前だけだ
 そして俺が愛した人もたったひとり、牧野、お前だけだ
 お前のためだったらどんな事でもする、お前の望む事ならど
 んな事でも。………俺達のこと、真剣に考えてほしい」
「あたしも道明寺に会えて嬉しい。こんなに思っていてくれてた
 なんて…。でも…、あたしは類と付き合ってるし…、返事って
 言われても…」
「俺たちの想いを知ったら類だって分かってくれるだろ
 俺の記憶があった時に戻るだけで、……いやそれどころか、な
 んの障害もないんだぜ、これ以上のことあんのか?
 牧野、人のことより自分のことを大切にしてくれ」
「本当に認めてくれたんだぁ。……うん!真剣に考えてみるよ」

どのような状況になろうと寄り添うのは自分であり、つくしに対
する愛は誰よりも勝るものはないと想いを語る司と、司を愛して
いた高校時代に一気に引き戻され、心がゆれるつくし。

「つくしさん、捜していたのよ」
司と別れて賑やかなパーティー会場に戻って来たつくしに声を
掛けてきたのは類の母、葵だった。
「お母様、ご無沙汰しております」
「会わないうちにすごくお綺麗になったわね、類くんの喜ぶ
 顔を早く見たいわ。あの子どんな顔するかしら?フフフッ…
 その表情を見られないのが断念だわ」
嬉しそうに微笑む葵と類のことを思い出し頬を染めながら顔を
ほころばせるつくし。
「類は元気ですか?」
「総二郎くんやあきらくん達に宥めてもらっているようですけ
 れど…、…類くん限界にきているみたいなの」
「そうですか…。極力連絡するようにしますので類をお願いし
 ます。あと、これ類に渡して頂きたいのですが、頼んでも宜
 しいですか?」
「類くんにプレゼント?一週間先の帰国になりますが、それで
 も宜しいかしら?」
「はい!宜しくお願いします」
それから暫くの間つくしと葵は類のことで他愛のない話をして
いた。微笑み合ったり、時にはヒソヒソと顔を寄せ合ったりと、
周囲から見るととても仲の良い親子に見えたに違いない。


その光景に眼を奪われ凝視する人物がいた。
その人物は葵が去るのを待ってつくしの傍に行く。
「牧野さん、お久しぶりね。見違えるほど綺麗になられて、身
 のこなしや口の聞き方は、司さんのパーティーの時を思い出
 しますと、まるで別人ですわね」

――相変わらずこの人は…、ムカツク
「ご無沙汰しております。先ほど司さんにお会い致しました
 元気そうで、仕事も順調だそうで何よりです」
つくしは楓の前にして始めて心に余裕を持って言えたと実感
する。
「ええ、お陰様で全て順調ですわ。これもすべて牧野さんの
 おかげかしら?あの子には貴方が必要みたいですわ
 牧野さんはどうなのかしら?」
「…えっ?」
「あなたにとって司さんは過去の人なのか聞いているのよ」
「……それは…」
「今のお付き合いに少しでも迷いがあるのでしたら、司さんの
 こと、もう一度考えみてはどうかしら、…将来を含めて
 あなたの返事次第ではどんな協力も惜しみませんよ」

楓が最後に言った〝どんな協力も惜しみませんよ〟をつくしは、
過去のような妨害はしない、自分を認めてくれたと受け取った。
しかし楓の意図は違った。つくしの解釈は無論含まれているが
〝諦めの悪い類を排除してさしあげる〟という意味だった。

「牧野は俺のことを真剣に考えるって言ったんだぜ、俺を抱き
 締めてよ。なぁ類、分かるだろ、俺達はどんなに離れていて
 も、どんなに遠回りしても巡り合う運命なんだってことを」

――本当に司を抱き締めたのか?つくし、ウソだろ?
冷静さを失った類はテデスクの上に肘を立て頭を抱えた。

司はそんな類の姿を見て薄笑いを浮かべ、更に言葉を続ける。
「お前にしちゃ良く待ったよな。でも限界じゃねえのか?
 牧野は予定通り帰って来ないぜ、それでも待てるのか?」
「司の言う通り、俺は限界だよ。今までの俺を考えたら信じら
 れないほど我慢強くなった。でも俺は待つ、つくしが待って
 てって言ったんだ、俺はあいつを信じていつまでも待つよ」

類の切ないほどの想いを聞いても尚も司は言葉を続ける。
「お前をこれ以上傷つけたくねえけど、いずればれっから言っ
 ておく。あいつとキスした、これがどうゆう意味か分かるか?
 類!もう一度言う。牧野を諦めてくれ!」
司は類の顔を真っ直ぐ見据え力強く言い切った。


――司とつくしが・・・キス?
小さな光を見つけてはそれに縋る思いで歩んで来た類にとって、
司の言葉は残酷で凶器だ。
何を信じればいいのか、絶望が広がる。

「司がなんて言おうが
 俺は…、俺は絶対に諦めないって決めたんだ」
類は顔を歪め惑乱しながらも自分の意思を伝える。


類の言葉を無視しているかのように司は言葉を楽しむ。
「あいつが帰国する前に返事もらうことになってっから。場合に
 よっては日本じゃなくアメリカだったりしてな、帰国先が…
 アハハハ…。まぁ、今後どうするか考えておいてくれ、時間は
 まだあるからよ」
司はベッドから立ち上がり部屋を出ようとドアノブに手をかけ、
また口を開く。
「類の答えが出るまでに、俺、つくしと何回デートできるかな」
類への最後のトドめだ。

類はニヤリと笑った司を見て全身に悪寒が走った。
パタッと扉が閉じた部屋に静寂さが訪れると同時に孤独感に襲わ
れる。

司は車の中で考え事をしていた。
――類にはちとダメージが大きかったかな、悪りぃな類
  まぁ~これでだいぶ考え直すだろう、……問題は牧野だな
  牧野をどうするかなぁ…、取り敢えず戻ってからにするか

類は幼少時からの付き合いで親友だ。考え方や行動は手に取る
ように分かる司はそれを利用した。
これを言ったら類はどうなるか、予測した上で。


ニューヨークから帰国した葵が類の部屋に入って来た。
「類くん、これつくしさんから預かってきたものなの
 類くんにプレゼントだそうよ」
廊下ですれ違った司と元気のない類を見て何かを感じ取った葵は
直ぐに部屋を出た。


「つくしから…、なんで母さんが…」
包みを開けた途端に一枚のカードがヒラヒラと床に落ちる。
二つ折りのカードを拾い開く。


     類へ
  外国の人って自分の家族や恋人の写真を
  肌身離さず持ち歩いてるんだよ
  傍にいなくても
  その人を想う気持ちには変わりはない
  いちばん身近に感じる方法なのかな
  類、あたし達は出会う運命だったんだよ
  その答えは、箱の中に
  類の笑顔が
         つくし


箱を開けると黒い二つ折りの財布が入っていた。
財布を開けると、お札入れ、小銭入れ、カード入れ、そしてもう
一つ写真を収める透明ケースが三枚分あり、既に一枚収められて
いる。
類はその一枚の写真を食い入るように眺める。
そこに写っていたのは、広大な土地に薔薇の花が咲き誇る景色を
バックに、幼い二人が手を繋いで微笑んでいる。

――これは俺が小さい頃の…、なぜ笑ってるんだ?
   誰、この子?……もしか…して…

類は額に手をあてると大きな溜息を漏らし、カードを握り締めた。
「いつも夢の中で微笑む顔さえ幻なのか
 明日が見えない…、俺に明日があるのか、つくし教えてくれ
 会えない、ただそれだけのことがこんなに不安に…
 こんなにも苦しいなんて…
 つくし、信じるって簡単なようで難しいんだね

自分の意思をしっかりと持っていても、言葉ひとつで心は容易く
ぐらつき乱れてしまう。

「司を抱きしめたのか?司とキスしたのか?…つくしどうなんだ?」
写真の中のつくしは無邪気に笑っている。

この夜、類は浴びるほど酒を飲み、意識を無くすることによって
自分の心を解放する。たとえそれが偽りだと分かっていても追い
詰められたやり場のない気持ちを、物にあたることも人にぶつけ
ることもできず自分の身体を痛めつける。

司が残した言葉の凶器は類の心奥深くに刺さり自分を見失ってゆく。
この日を境に類は酒で自分を殺す日々が続く。

| | コメント (0)

2008年9月 3日 (水)

PURE ANGEL[第2章] 第5話


第5話

花沢邸
「類様、つくし様からお手紙が届いて…」
類は角田の話を最後まで聞かずに手紙を奪い取ると自室に向う。
早く読みたい、少しでもつくしを感じたい、その思いが足の速
度を速める


類はベッドに腰を下ろしネクタイを緩めると、手紙を広げる。

        類へ
     類、元気にしてる
     あたしは相変わらず雑草パワー全開で頑張ってるよ
     電話での類はいつも明るくからかった言い方するけど
     前はさぁよく甘えてくれたよね
     正直いってすごく嬉しかったんだよ
     あたしだけに見せる類の姿がとても愛おしくて
     あたしだけのもので
     あたしを困らせる、苦しませる、悩ませる
     こんなこと考えないでね
     そっと手をのばして導いてやりたいけど
     類を力いっぱい抱き締めてあげたいけど
     あたしを想う気持ちを
     愛する力を勇気にかえてほしい
     あたしは類だけの天使だよ
     ずっとずっと、いつまでも
               つくし


類は何度も読み直すとつくしの写真を眺めフッと自暴気味に笑った。
「お見通しってわけか…。俺は無理してたよずっと無理してたんだ」
 お前はどんどん歩いていく、俺はお前のようには歩けない
 俺の傍にいないお前は…。司が怖くてたまんないよ
 俺からお前を奪っていくんじゃないかって、不安でたまんない
 幾つもの季節が過ぎるんだったら、お前の傍で季節を感じたい
 そう思うのって、俺のワガママなの?
つくし、俺迷ってるんだ、……親父に言ってもいいかな?
 これ以上…」
類はつくしの手紙によってある選択をする。


あきらは仕事でニューヨークに行くことになり、司と会う約束をし
ていた。
仕事を終えたあきらは司がいるメープルホテルを訪れる。
「司、久しぶりだなぁ」
あきらは懐かしさのあまり笑顔になる。
会うのは司の退院祝いの日以来だ。

「あぁ。…あん時は悪かったな。…今更かもしんねぇけど」
都合悪そうにさり気なく視線を逸らす司にあきらは一瞬目を丸くする。
――ああ?…司が謝る?
「お前が謝るとはな、季節外れの雪でも降るんじゃねぇだろうな」
司は穏やかな目で嫌味っぽく言ったあきらをギリリと睨むがそれは
一瞬のことだった。

「がむしゃらに仕事してるって?さっき秘書の西田さんが言ってた
 ぜ。なんかあったのか?お前らしいんだか、らしくねえんだか分
 かんねぇけどさ」
「俺は変わりてぇんだよ、今までの俺じゃなく…
 俺の知ってるお前らって…、お前ら変わったよな」
「俺たちは変わったよ、みんな変わった。つくしが教えてくれたん
 だよ、本来あるべき姿を…。まあ一部司にも感謝しねえとな
 あんな事がなければ…、気付かなかったことや、思いを…」


「あきら、牧野のこと聞きたいんだろ?」
「それもある。その前に、司…、記憶は?」
「戻ってねえよ」
「そうか」
「あの時、俺は平気でアイツの心を踏みにじって……、アイツに謝
 ったんだ。アイツ、怒りもせず笑顔で接してくれて。……空港で
 アイツの笑顔を見た時、正直動くことができなかった。俺の中に
 アイツがいる、牧野がいるって。それなのに…、気付かないふり
 して海といた、海は気付いてたみてぇだけど」

「おい!ちょっと待て。…お前つくしといつ会ったんだよ?」
「一昨年の秋だったな。類と別れ際を偶然見かけて、どうしてもア
 イツと話したくて声掛けた。それと去年の冬、ホテルの視察でパ
 リに行った時だった。アイツに似た女がいて…、仕草がなんとも
 言えねぇんだ、可愛くて…。名前聞くまで俺その女が牧野だって
 気が付かなかったんだぜ、それぐらいアイツは変わっていた。
 あのガキくせー顔からは想像もつかねぇほどに。……アイツに会
 いたくて追い掛けたが、…アイツの姿はなかった」

「そんなに変わってたのか?
 ……なぁ司、つくしの居場所調べたんだろ?」
「ああ、道明寺財閥に分かんねえことねえからな。…けどよ、道明
 寺をもってしても何も分かんねえんだよ」
「そうか。……本人に聞いてもあやふやなことしか言わないし、だ
 から俺たちも調べたが…。……司、つくしのことどう思ってんだ
 よ?正直な気持ちが知りたい。俺たちに聞く権利あるだろ」

「俺は、……牧野つくしに…。俺がガキの頃、爺ちゃんに言われた
 『好きな子ができたら、どんな事があっても自分の手で守れ、途
 中で諦めることなく自分が納得いくまで頑張れ、決して後悔だけ
 はするなよ』ってよ。記憶がないとはいえ、俺は一度手放してし
 まった。…たとえ類と付き合っていようが後悔だけはしたくねぇ
 手に入るんだったらなんだってする。………諦めねえ」
――俺は絶対に諦めねえ

「おい!司!それって、分捕るってことか!?
 あの時、つくしがどんな思いで時間を過ごしたか、お前は知らな
 だろうが…。俺たちは見ていられなかったよ、惨憺な姿で。でも
 類はずっと傍で見守ってきたんだ
 島に行った時、類がつくしにちょっかい出して俺たちは難詰した
 けど、今思えば、類はつくしと出会った時から好きだったんだと
 思う。………類がどんな気持ちで過ごしてきたのか、お前だって
 分かるだろ?お前の家で類が言ったこと、覚えてんだろ?類の想
 いを。つくしは自分で類を選んだんだ、今更、司に戻るとは考え
 られない。類は……、類は精神的に参っている。これ以上二人を
 苦しませるようなことはやめてくれ
 なぁ司、惚れた相手を見守るのも立派な愛し方だと思うぜ」

「あきら、それじゃあ意味ねえんだよ。自分の傍に居るからいいん
 じゃねえか。俺はあいつしか目に入らない」
――誰も俺を止められないんだ
「つか、さ…」
あきらは寂しそうに呟き部屋を出て行った。


西田は司とあきらの会話をドア越しで聞いていた一部始終を楓に報
告する。
「そう、司がそんなことを…。全ては牧野つくしのため…」

「お前が電話をくれるなんて珍しいな」
〝珍しいな〟とは言ったが、薫(類の父)と類の電話のやり取りはこ
れが初めてだ。
「お父さん、僕を一年だけパリに留学させて下さい」
薫の一言で〝つくしに近づける、同じ季節を感じることが出来る〟
自分の望みが叶う。期待が膨らむ。
薫の言葉を心耳してじっと待つ数秒の沈黙は緊張を与える。

そんな類とは裏腹に薫は口元を上げ笑みを漏らしている。
「ほお、留学かぁ、構わんよ。…………その代わり二年だ」
類はホッと肩をなで下ろしたのも束の間、一気に顔を強張らせる。
「お父さん、僕は一年だけでいいです。一年間だけパリで勉強させ
 てください」
「類、一年だけ通ってどうするんだ?二年だったらそれなりに勉強
 も出来るし今の仕事も任せられる、私の入れ代えでこちらに来て
 もらおうか」
「僕は…、僕は一年だけで…」
言葉を詰まらせる類に薫が口を挟む。
「類、中途半端なことをするんだったら、最初からしない方がいい
 今日の話は聞かなかったことにしておくよ」

電話を切った後、類は思い通りに行かないことに苛立つ。
「二年?それじゃ意味がないんだよ、どうして上手くいかないんだ
 何処で歯車が狂ったんだ。お前の傍にいられないなら少しでも近
 くにいたい、それさえ許されないことなのか」

「つくし、どうして教えてくれないんだ
 お前が言ってくれた言葉が薄れていきそうで、…怖いんだ」


つくしがパリに旅立ってから二度目の夏が過ぎようとしていた。
つくしは大学の他にチャーム・スクール(美容・服装・話し方・魅
力づくりなど)にも通っていた為、相変わらず時間に追われる生活
を送っていた。
類は仕事の量がかなり増え帰宅する時間が遅くなった。その所為か、
余計な事を考えずにすみ精神的に少し落ち着いてきていた。

お互いの忙しさと時差の都合により、手紙のやり取りが多くなった。
ある日、類から6通目の手紙がつくしの手元に届く。

     つくしへ
  元気で過ごしているみたいだね、さすが雑草のつくし
  つくしが慌しく動き回っている姿が想像できるよ
  この間、総二郎たちと飲んだんだ
  あいつら俺に気使ってずっと話し掛けてくれて
  みんなが俺のことを思ってくれて
  あぁ俺は独りじゃないんだって、今更気付くなんてね
  つくしがどんなに心細い思いをしていたのか
  自分のことしか見えなくて、俺ってかっこ悪いな
  1、2ヶ月帰国が延びても我慢するから
  無理するなよ、お前が笑っていないと俺は前に進めない
  つくし、ゆっくりでいいから俺のところに戻っておいで
            類

類の心使いや優しさが明日への勇気にかえてくれる。また、友人ら
の思いやりが心を温かく穏やかにしてくれた。
「みんな類のこと気にしてくれて、ありがとう
 類、仲間がいるってイイよね。……って、あれ?
 早く帰って来いって…、確か前の手紙では…」
前回の手紙の内容を思い出して笑みがこぼれる。


大学のカフェテリア
いつもの総二郎とあきらならソファにゆったりと身を預け長い脚を
組んで優雅に座っているが、今の二人は身を寄せ合うようにして顔
を近づけ、何やら小言で会話している。
二人を認めた類は怪訝な顔をして自分の指定席に向かう。
「司が空港でつくしを見ていたようだ」
「ようだって…、司が見送りに行ったってことなのか?」
「ああ。ねえちゃんが言ってた〝司が恋してる〟って話、マジだ」
総二郎とあきらは話に夢中になり近づいてくる人物に気づかない。

「司から聞いてきたんだろ?」
「…ああ。それが司のヤツ…」
暫くヒソヒソ話は続き、喉の渇きを感じたあきらは財布を取り出そ
うと横を向いたその時、初めて人の気配に気付いた。
――ま、まさか…
あきらは恐る恐る振り向く。
「る、るい」
「なっ!」
あきらの声に総二郎も振り返り目を丸くする。
「お前…、いつからそこに…」
慌てる二人を他所に類は冷静なふりをして椅子に腰掛けた。

「絶対に諦めない、って言ったところからかな。ニューヨークに行
 った時司に会ったんでしょ?司の気持ち知りたい。あきら、教え
 てくれるよね」
「類、お前聞いたら……、せっかく自分を取り戻せたのに、大丈夫
 なのか?」
「本当は聞きたくない、聞かなくても想像がつくから…、でもそれ
 じゃダメなんだって、だから全部聞くよ。あきら、司が言ったこ
 と、隠さず全部話してよ」
あきらは話すべきかどうか迷ったが、類は司の真意を知らなければ
ならないのだと話し始める。
類は時おり瞼を閉じたりして無言で耳を傾けている。
脇で総二郎はそんな類を凝視して見守っていた。


暫くして類は苦しげな顔で語り始める。
「本当に惚れちゃったんだ。…何があっても司はつくしなんだね
 〝地位や名誉、カードやお金、すべて捨ててもつくしが傍にいれ
 ばいい〟って言った司の気持ち、今なら分かる。俺もつくし以外
 何もいらない。……司が望むんだったらなんでも呉れてやるよ
 俺のたったひとつの大切な宝物以外はなんでも…」

――でも…、つくしだけはダメだ、もう二度と譲れない
  俺は悦びを知った、幸せを知ってしまった
  手放せないんじゃない、俺が離れられないんだ

「司は俺から奪おうとする。……その時、俺は…」
類は頭を抱え口を噤む。


「類!なに弱気になってんだよ、つくしがいないとダメなんだろ?
 お前の心が壊れるんだろ?お前の全てなんだろ?
 その気持ちをつくしと司にぶつけたらいいじゃねえか
 司がなんて言おうが類とつくしの気持ちだろ?なぁ違うか?」
総二郎の真剣な眼差しが痛い。

――総二郎、頭では分かってるんだ

「つくしは類を好きで選んだ、お互いが惚れ合って、お互いでなき
 ゃダメだって言ってんだからさぁ。当人同士がOKで両家もOK
 これ以上何があるんだよ?お前らの間には誰も入れないよ、たと
 え司でも。俺が保証書発行してやっても良いぜ!」

司の問題を省けば、類とつくしの間には何の障害もない。
だが精神的な面で乗り越えなければならない障害はいくつかある。
その障害は周りが感じたり思うよりも複雑で厄介なものだ。

――俺の気持ちなんてずっと前から決まっている、この先も…
  つくしはどうだろう?信じてないわけじゃない、信じてる
  けど…、最初は俺を好きだった、次に司で…、俺…
  また司に、ってことはないだろうか?今の司なら…

信じていると言いながらバカな考えを起こす自分に嫌気がさし溜息
が出る。そうさせる原因は会えない辛さと自分の弱さ。


「類、あと半年もすれば天使さまが帰って来るんだぜ
 そんなしけた顔すんなって」
「きっと今頃、天使さまも類のこと考えてんじゃないのか」
「おお、あの得意の百面相してるかもな」


――あと半年…

あと半年さえ我慢すれば不安に思うことからも解放される。
つくしに会えるその日を心待ちにする類、そして総二郎とあきら。

明るい兆しが見え始めたのも束の間、類を更に精神的不安定にさせ
る事態が待っていた。総二郎とあきらは親友を支えようと解決策を
模索する。


| | コメント (0)

2008年9月 2日 (火)

PURE ANGEL[第2章」 第4話


第4話

ニューヨーク・メープルホテル社長室
「社長、なんでしょうか?」
「あるホテルの視察をお願いします。表面上は何も変わった様子は
 ありませんが、業績は目を見張るものがあります、今後の影響が
 ないとも限りません。詳しい内容は西田に聞きなさい」
「分かりました」
司は軽く一礼すると部屋を後にした。


「社長、なぜ司様は急に前向きになられたのでしょう?」
「わたくしにも分からないわ。ただ椿さんのお話ですと----------」
「正直申し上げますと、私も人を変える力を持っている方だと----」


司はここ数ヶ月の間に大きく変わった。
仕事に没頭し、必要以上の勉強に勤しむ。我が侭な心に打ち勝ち礼
節ある生活に立ちかえる。今までの司からは到底想像もつかない姿
に変えた背景には、類への対抗意識と自分の成長した姿を見せたい、
ただひとりの女性のためであった。


パリ
プレヂデントホテルの協力の下で、毎年恒例(2泊3日)のマナーテ
ストが行われる。テストは食事・挨拶・手紙・電報・冠婚葬祭に関
するマナーなど、たくさんある項目の中から一日一項目を受ける。
但し、どの項目なのか詳細は生徒に一切知らされていない。

初日の今日は、日本料理は栄養バランスがよく、盛り付けも美しく
ダイエット食としても世界から注目視されている、和食のテーブル
マナーだった。


「リサ、マリー、お帰り。……だ、大丈夫だった?」
つくしは勢いよく部屋に飛び込んで来たマリーとリサに恐る恐る声
をかけた。
つくしの通う生徒は英徳のようにハイ・ソサエティーの子が多い。
リサとマリーもそうだ。幼い頃から教育を受け生活の一部のように
慣れ親しんでいる二人とは対象的に、つくしは短時間で身につけた
インスタントのようなもの。
そのインスタントも課題に恵まれた。日本人だからせめて和食のマ
ナーだけは、と変なプライトが高じて完璧に習得していた。


「冗談じゃなすわよ!何、あの魚?骨付きだよ!スペアリブでもあ
 るまいし…。それに器の持ち方って…、皿なんて持って食べない
 し、分かるわけないじゃん!」
「やっぱさぁ、和が一番キツイね。魚も器もそうだけど、なんと言
 っても箸が曲者よね。モノ掴むだけでもやっとなのに、何が美し
 い持ち方、置き方よ!…ったく、やってらんない!」
マリーとリサは目を吊り上げて不服を並べる。どうやらテストの結
果は思わしくなかったようだ。つくしはベッドに勢いよくダイブす
る二人を横目に、どう宥めようか思考をめぐらせる。


「たくさんあるのに何で和食なのよッ!?」
「マナーは完璧だったのに…、なんで苦手な和食かね…。最悪」
リサは和食以外のマナーは習得済みだ。運が悪いとしか云いようが
ない。
「あれ?ところでつくしはどうだったのよ?」
「…えっ?…う~ん…どうだろう…」
突然マリーに声をかけられたつくしは返事に困った。結果は聞かな
くても自信はあったが、この状況で言えるわけがない。


西洋と東洋、さらに国が違えばテーブルマナーの細部は違ってくる。
しかし、礼節を重んじ他者に不快な思いをさせないという基本は万
国共通の最低限のマナーだ。


「つくし、マリー、今から調理室に行こうよ、今日の復習しないと」
「そうだね、行こう!あのデザートも食べたいし、ネ」
「…デザート?それイイねぇ、いこいこ」
「あんた達は…、まっいっか、明日は午後からだし…」

2日目のテストは、大勢の人との交流を深めながら料理を楽しむ、
ビュッフェでの応対マナーだ。
ビュッフェは交流や親睦を深める目的で利用され、またパーティで
も多く利用される。参加している人への配慮を忘れないことが必要。

大きな溜息をつきながら部屋に入って来たつくしに、リサが恐る恐
る話しかける。昨日の逆バージョンだ。
「もしかして……つくし、も…」
リサとマリーは憮然するつくしの顔を覗き込む。
「……え?今、つくしも、って言った?」
「あたしはなんとか…、マリーが…ね…」
料理を取る順番(時計回りに前菜から順番に盛り付けられている形
をなるべく崩さないよう取る)料理の盛り付け方、一度使ったお皿
の置き場所、話しかけられたらお皿はサイドテーブルに置き、飲
み物のグラスのみを胸の高さあたりに持つ、といったビュッフェ
のマナーの基本は、つくしとマリーは美しい身のこなしだった。
しかし、応対マナーの出来が悪かった。

パーティには若い人から年配の人まで年齢層に幅が広く初対面が
多い。挨拶や他愛もない会話でスムーズに応対するには場数を踏
むのも一つ。また、言葉遣い(敬語)・身構え(表情)・社会の情勢
(国内外)・雑学などの知識を予め得ておくことで自信が持て機転
を利かせた応対ができる。

マリーは幼少からの英才教育で知識も豊富で社会情勢にも詳しか
った。だが極度の緊張から舞い上がりその知識を実践で活かせな
かった。一方のつくしは知識不足から受け答えがスムーズにいか
ないことで、身構えや言葉遣いに影響がでた。

その頃、司はあるホテルの視察に来ていた。
――外見は変わった様子もねえし…、かといって目立ったサービス
  もねえし。料理は美味かったけど、…まさかデザートか?参っ
  たな、どうすっかなぁ…。なんで女の客ばっかこんなにいんだよ
「吉田、お前甘いもん食えるか?」
「はい、大丈夫でございます」
「そうかそうか。ここのホテルのデザート全部食わしてやっから
 後で感想聞かせてくれ」
「はっ!?全部でございますか?司様は?」
「俺が食えねえから言ってんだろ。レストラン、ラウンジ、バー
 甘いもん以外は俺も付き合うからよ」
「よろしくお願いします。では私は夕方までに関係者の方にお話を
 伺っておきますので」

「明日、合格できないと居残りなんだってよ
 テストの度に居残ってどーよ。でもこのホテルに泊まれるんだっ
 たら、悪くないかも」
「マリーもそう思う?いろんなホテルに行くけど、ここのホテルっ
 て結構イイよね。あたし気に入っちゃった」
「あんた達ね、遊びに来たんじゃないんだから…。あたしはなんと
 してでも明日帰るからね!予定がぎっしり詰まってるんだから」
「予定?ああー!もしかして類君が会いに来るの?やだぁ、それな
 らそうと早く言ってよね。リサ、あたし達も帰るわよ。勉強、勉
 強っと!」
「マリー違うの、明日はね…」
「いいってことよ、ここはみんなで力を合わせて頑張ろう」
「よーし、類君のために頑張るぞ!」

――違うって、人の話し聞けっつ-の。あたしは必死なのに、この
  人たちは楽しんでる?……類かぁ…、どうしてるかなぁ?日本
  は夜中だし類は寝てるよね、あたしの夢なんて見ることあるの
  かなぁ~
得意の百面相をしているとマリーに指摘され、つくしは慌てて本に
向かった。


三人は苦手な分野をカバーし合い真剣に学習していた。何時間経っ
たのか、ふと窓を見るとすっかり暗くなっていた。
「お腹すかない?ねえ~なんか食べに行こう」
「そうだね、レストランに行こう!デザート食べ放題!」
「あっ!ちょっと待って!」


三人はレストランのテーブルに着き何を食べようかとメニューを見
ていると、突然ヒョイっとメニューを奪われる。呆気に取られてい
ると一席空いた席に講師が座った。
「あなた方には和食をご用意しました。箸は苦手でしょうがこれも
 慣れるとホークより使いやすいモノですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか?」
「全て明日のためです。本番だと思って召し上がってくださいね」
「そんな…」
「えっと、あたしは…」
「つくしさんもご一緒に。……あっそうそう、マリーさん、天ぷら
 は手前からですよ」
3人は暫し呆然とした後、顔見合わせ虚脱する。

マリーとリサは作法を思い出しながら、時にはつくしの美しい身の
こなしを盗み見し料理を口に運ぶ。事務的な動作に二人は日本料理
の美しさも美味しさも感じる余裕はない。つくしだけが満喫する。
1時間後ようやくOKを貰い三人は解放された。
マリーとリサはカンニングをして合格点を貰ったようなもの、ここ
は素直に喜ぶべきなのだろうがどうも釈然としない。その鬱憤を晴
らすかのように大好きなデザートに走る。

「吉田、デザートはどうだ、美味しいか?」
「はい、すごく美味しいのですが、司様これで5品目でございます
 今日はこれくらいに致しませんか」
「5品目って、まだ5皿だろ」
「ですが…」
奥の方からキャーキャー騒ぐ声がして対話は中断する。司は無粋の
表情で一瞥する。
「あいつらうるせえな、デザートごときでよ、ったく」

奥の方でケーキを絶賛し益々盛り上がりを見せる客を司は「静かに
食えねえのか」と呟きながら視線を送る。
――ん?……………アイツ…、まさか、だよな。アイツはもっと
  ガキくせい顔してたし、こっちは大人っぽい女性って感じだ
  もんな、…他人の空似ってか?
「司様…、そろそろ…」
――あいつも美味そうに食うな、顔が似てると表情も似るのか
  ああ…あの仕草、ちと可愛いじゃねぇか
司は吉田の声も耳に届かずうざい客に釘付けになっている。おまけ
に顔がほころんでいることにも気付かない。
吉田はそんな司と騒ぐ客を不思議そうに交互に見ていた。

暫くして奥の客一人が席を立ち出口に向かって歩き出した。残され
た客は追うようにして立ち上がり声をかける。
「ちょっと待ってよ!」
もう一人も声をかける。
「待って!待ってよつくしーっ!」


一瞬時が止まる。
――つくし?…………アイツ、なのか?……俺が求めていた…
大声で叫んだ声に反応したのは、司だった。
リサとマリーの声に振り向くことなくつくしはスタスタと歩き出口
に消えて行く。


――アイツが…、俺の目の前に…、こんな近く…
司は慌てて追い掛ける。
つくしの足跡を辿るように、ただ夢中で追い掛けた。

司はネクタイを緩めながら眼下に広がるライトアップされたプール
サイドを眺め、思考は数十分前の現実をリプレイする。
「確かにアイツだった、よな?……なんでここにいるんだ?」
――あぁ、留学してっから居てもおかしくねえか
  あの女が牧野だっとはな…
  考えてみりゃ、アイツの顔何回見たっけ
  あんなに綺麗になってたら余計に分かんねぇよな
  無邪気に笑う顔、仕草、今でもハッキリ覚えている
  俺の瞳が覚えている
「俺マジで惚れてんだな、今ハッキリ分かったぜ
 類が本気で愛した女、牧野つくし。類わりぃな、譲れねぇ」

| | コメント (0)

2008年9月 1日 (月)

PURE ANGEL[第2章] 第3話


第3話

「花沢さんですよね?」
「………?」
類は街を散策していると女の子に声を掛けられた。
その女の子を一瞥すると何事もなかったかのように足を進める。
「やっぱり花沢さんだ。あたしちょっと話があるんですけど付
 き合ってもらえませんか?」
「……俺に、はなし?」
類は不機嫌そうに女の子を見る。
「花沢さん、あそこに入りましょうよ」
女の子はカフェを指差す。
「あんた確か、……司の病院に…」
「覚えてたんだぁ、中島海です」
「俺、あんたと話すことないから歩きながらでいいよ」
類は嬉しいそうに微笑む海に面倒くさそうに答えて歩き出す。
相手の歩くペースなど全く気にしない類に、海は置いていかれ
なように急ぎ足でついて行く。


「花沢さんはつくしちゃんと付き合っているんですよね?」
「あんたに関係ないと思うけど」
「あたし別れさせられたんです。ニューヨークを離れる時
 司のお母さんに〝牧野つくしさんを選んでも中島さんは選ば
 ない〟と言われました。花沢さん、これがどういう意味か分
 かりますか?」
「司の立場考えたら、アンタだってそれぐらい分かるだろ」
「お母さんがつくしちゃんを選んだこと
 そしてきっと司も選ぶわよ、つくしちゃんのこと」
海の意味深な発言に類は足を止めると冷たい瞳で睨む。
「何が言いたいの?」


「去年の夏休み、司と島に行ったんだけど、その時からかなぁ
 司がつくしちゃんのこと考えるようになったの。あたしが言いた
 いのは、司の記憶が戻らなくても、アリエルってこと。花沢さん
 あの親子につくしちゃんを奪われないように気をつけることね」
数秒なのか、数十秒なのか、自分の腕に何かが当たって初めて呆然
としていたことに気付く。

類は再び歩き出し海の話を思い返す。
――記憶がなくてもありえる、……ありえる?ってなんだ?
  母親がつくしを選んだことはあいつに対してのいい訳だろ
  司がつくしのこと?去年の夏から?……司、何考えてんだよ?
  どうゆうことだよ司…、記憶が戻ったのか?


自分の知らないところで何かが起きている。
不安を募らせる何かが。
類はこの日を境に俯く時間が多くなっていく。


ニューヨーク道明寺邸

「アンタ、大学と仕事、真面目に行ってるんですって
 ようやく人並みになったってことね」
「人並みってなんだそりゃ」
「タマさんから聞きたけど、あの子と別れてからいろんな女性と
 お付き合いしてるそうね」
「ああ、悪りぃかよ。……そう言えばこの間ババァが--------」


『司さん、いつまで遊んでいるつもりですか
 そんなに交際したいのであれば見合いをしなさい
 あなたに相応しい女性を紹介します』
『……見合い?冗談じゃねぇ!誰がするかよ!』
『でしたら牧野さんはどうなの?』


「ってババァが言ったんだよ」
「お母様がそんなことを…。司、今でもつくしちゃんのこと
 〝うざい〟って思ってるの?正直な気持ち教えて」
乱暴で口煩く気の強い姉だが、誰よりも気に留めてくれる優しく心
強い姉。そんな姉に胸の内を明かしてみようかと、珍しく真剣な眼
差しを向けてくる椿を暫し見つめる。

「司…」
「去年の秋に偶然あいつを見かけて…。どうでもいい、うぜぇって
 思ってた俺なのに、あいつと話したくて、今逃したらもう会えね
 えんじゃねぇかって、気付いたらあいつの前にいて声をかけてた
 あいつに酷い態度とったのに、あいつは怒りもしねぇで明るく話
 すんだよ。おまけに、早く総二郎たちと仲直りしろとか、大切な
 親友だろ、とか言って俺の心配しやがって。あいつが類と付き合
 ってること、留学することを聞いた時、……俺の中で何かが崩れ
 ていくようだった。俺はずっと気になってたんだよ、アイツを」

「司!つくしちゃんのこと何か思い出したの?」
「いや、思い出してねぇけど…、あいつの笑った顔見るとホッと
 するってゆうか、懐かしいってゆうか…」
「気になるってことは恋をしたってことよね?
 そう、そうなの…。さすが私の弟だわ」
「はあー!…こ、い?なんでそうなるんだよ」
「あんたってバカね!恋の始まりは、気になる、話したい、会いた
 いって思うものなの。あんたは気付いてないようだけど、立派に
 つくしちゃんに恋しちゃってるわよ。そうと決まったらつくしち
 ゃんにアタックしなくちゃネ」
「姉ちゃん、なんだよその笑い?気持ちわりぃな」
「嬉しいのよ!
 記憶がなくてもまたつくしちゃんを選んだんですもの」

瞳を滲ませる椿に視線を向けながらその先でタマや友人らを思う。
「姉ちゃんもタマもあいつのこと好きなんだなぁ。退院祝いの日
 あいつらみんなが牧野のこと大切に思っててさ。……俺にはま
 だあいつの良さが分かんねぇけど、取りあえずあいつに会えるよ
 うにしてくれよ」
「司とつくしちゃんのためですもの、お姉様に任せなさい!」


「もしもし、つくし?……つくし?」
『ゴメン類!2週間合宿で…今ちょうど昼休み時間なの!うるさ
 くてゴメンね!』
「にぎやかで楽しそうだね」
『類!楽しいのは昼休み時間だけ、授業はすごくハードで覚える
 こといっぱいだし、最後にアチーブメント・テストっていって
 学習効果の試験があるの。これにパスできないと4日間居残り
 になっちゃうんだから』
「プッ!居残り?…それじゃ必死だね。つくしに負担かけたくな
 いから、その合宿が終わるまで電話ひかえよ。そのかわり、き
 っちり2週間で終わらせてね、それ以上は待てないから
 つくし、浮気しちゃダメだよ、俺だけの天使なんだから、ね!」

『う、うわき?……ヤダ、またからかって…。大丈夫、類でいっぱ
 いだから心配しないで。…類は夏休みどっか行かないの?』
「つくしがいないから何処にも行かない。それに夏休みって言っ
 ても会社に行かないといけないし、自由な時間は減ったよ」
『ゴメンね、類に寂しい思いさせて』
「つくし、そんな意味で言ったんじゃないよ」
『あっ!ゴメン類。休み時間終わりそう。2週間で終わらせるから
 類も頑張ってね』
「うん、つくしもね。あんまし無理するなよ」


電話をきった後、類はつくしの写真を手に取り眺める。
――そんな意味じゃないって言ったけど…
  本当は…、寂しくて寂しくてたまんないよ
  そう言ったらお前困るだろ

「つくし…」


愛しい人の声は活力や困難を切り抜ける路を与えてくれるはずなの
に、今の類の心は空しく寒い。そう感じる原因は相手ではなく自身
が抱える不安や恐怖の所為だ。
負担や心配をかけまいとつくしを思う余りに、聞くことも話すこと
もできない。また、不安が現実になるのではないかと親友にも話せ
ずにいる。


パリ

「奥様、先方は諦めるどころか手を緩めない姿勢で…。お嬢様の
 椿様にも動きがありますが、どう致しましょうか?」
「予定通りの行動ね。楓さんはすごく気になっていることでしょう
 何があっても情報が漏れることがあってはなりません。両親の方
 もガードしておきなさい。これからもっと増えますよ、あちらの
 お友達関係もそれなりの力を持っていますから」
「椿様が動かれたということは…やはり司様が決断された、という
 ことでしょうか?」
「そうねぇ…。嶋田、葵さんに電話つないでちょうだい」


「葵さん、お久しぶりね」
『茜さん、ご無沙汰しております』
「報告と致しまして、どうやら司さんは決断なったようですわ
 楓さんはもう少し時間がかかる、っといったところからしら
 まぁ~予定していた通りですわね。フフフッ…
 でも類くんが心配だわ。葵さん、類くんの様子はどうかしら?」
「1ヶ月くらい前から塞ぎ込むようになって…、どうやら不安に
 なるような原因を提供した方がいるようですわ」
「葵さん、ごめんなさいね辛い思いをさせて。この先、類くん大丈
 夫かしら?」
『今まで何かを望むことなんて一度もなかったあの子ですもの
 そう簡単には諦めませんわ。…そう信じてますの』

類は胸に残る温かい場所、非常階段に来ていた。

――司のこと言ったら、お前は俺になんて言ってくれるんだろう
  つくしもここでいっぱい考え、悩み、苦しんだ
  でも…、この場所を卒業した、俺もできると思っていたのに…
  なんでお前は俺を独りにしたんだ

「なんで傍にいてほしい時にいないんだ」

――どんなに想っていても、どんなに声を聴いてもダメなんだ
  会いたい、……抱き締めてほしい
  つくし、寒くてしょうがないよ
  締めつける胸の苦しさから、不安から解放されるように
  お前の腕で包んで…、二度と俺の傍から離れないって…

見上げた真っ青な空は今の孤独な類には眩しすぎる。
一度不安になると気にならないことまでが不安に思えてくる。
不安が不安を呼び増幅させていく。

「なぁ総二郎、最近の類変じゃねぇか?」
あきらは類の様子が気になり西門邸を訪れていた。
「俺、気になることがあるんだわ」
「気になることって?」
「二ヶ月くらい前、優紀ちゃんと青山通り歩いてたらあの子を見
 かけたんだよ、海ちゃんを」
「…海ちゃん?…海ちゃんってニューヨークに行っただろ?
 もしかして司と一緒に帰って来たのか?」
「いや、司と別れさせられて一人で帰って来たらしい。まぁ、司
 の母ちゃんのことだからいずれこうなるのは分かってたけど
 それで、気になるって言うのはだな〝司はつくしちゃんのこと
 好きみたい〟って言ったあの子の言葉だよ」
「はあ?ちょっと待て、司が言ったのか?記憶が戻ったのか?
 …いや違うな、どうせあの子のハッタリだろ」
「もしこの話を類が知っていたら…、もしあの子と類が会ってい
 たら、……今の類になってもおかしくねえだろうな」


「この葉っぱすごいな、どんどん子どもが増えるんだろ?
 類が水をねえ~、……誰も想像できねぇだろうな」
「あきら、何か用があって来たんじゃないの?」
あきらと総二郎は事実を確かめるために花沢邸に来ていた。
あきらはベッドに座っている類の正面を陣取り椅子に座る。
「なぁ類、何か悩みでもあるんじゃねえのか?俺たちに話せよ」
F4の中で一番何を考えいるのか分からないのが類だ。言葉少なく表
に出さないだけに、あきらは表情一つ見逃すまいと目を凝らす。

「………。」
類は視線を下げたまま何も言わない。
「お前、誰かに何か言われたんじゃないのか?」
窓際に立っていた総二郎は類の隣に腰掛け横顔を見つめる。
「………。」
「返事がないってことは何か言われたんだな?そうなんだな類!?」
「………。」
司ほどではないが気が短く感情的になりやすい総二郎では、貝のよ
うに閉ざす類の口を開かせるには不向きだ。そう判断したあきらは
自分の役目とばかりに口を開こうとしたその時、タイミング悪く携
帯電話が鳴る。

「わりぃ。……もしもし」
『あきら?今つくしちゃん何処にいるの?あきら達だったら知っ
 ているわよね』
「そんなこと聞いてどうするんだよ?」
タイミングの悪さは電話だけではなく、電話の相手も内容もそう
だった。

『そんなことじゃないわよ!妹になるかも知れない大切つくしちゃ
 んのことなのよ!あきら連絡先教えてちょうだい』
「姉ちゃん、妹ってどうゆうことだよ!?まさか司のヤツ…」
携帯電話からもれる椿の声は内容を理解するには十分な大きさで、
総二郎と類に緊張を与える。興奮気味に声が徐々に大きくなってい
くあきらに二人は視線を外せなくなる。


『隠しても仕方がないからハッキリ言うけど、司ったらつくしちゃ
 んに恋しているのよ。だから会わせてあげたいの』
「…恋してる?司の口から聞いたのか?…もしかして司の記憶が…」
思いもよらぬ椿の言葉にあきらは二人の顔色を窺うように見る。
「あきら、それは--------------あなた達だったら分かるでしょ」


電話を切った後のあきらは呆然としている。類は頭を抱え込む。
総二郎だけは冷静で何かを考えていた。


暫く沈黙が続いた後、総二郎が口を開く。
「姉ちゃんの声でけえから大体のことは分かったけど…、あきら
 最後に姉ちゃんはなんて言ったんだ」
「司の記憶は戻ってないそうだ。結局、記憶が有っても無くても司
 はつくしを好きになったってことだよ。姉ちゃんはなんとしてで
 も司とつくしをくっつけさせようと必死だ」
「類、お前何も言わねぇけど、知ってたんだな」


類はここにきてようやく閉ざしていた口を開ける。
「俺ずっと考えていた、つくしと一緒にいる時も、独りになってから
 も、司の記憶が戻った時のことを」
苦しげに話す類を二人は愁眉な面持ちで見つめる。
「まさか記憶が戻らなくてもつくしを、なんて考えてもみなかった
 だってそうだろ、司は平気で罵声を浴びせて心を壊そうとしたんだ
 よ。あいつがどれだけ俯き、どれだけ涙を流して辛い思いしたか…
 俺はつくしの傍でずっと見てきたんだ」

司が記憶を無くしたことでつくしがどんなに辛い思いをしてきたか、
傍で類はそれをどんな思いで見守ってきたか、総二郎とあきらはその
頃を振り返り胸が苦しくなる。

「俺、言われたんだ〝司の記憶が戻らなくてもアリエル〟って〝あの
 親子につくしを奪われないように気をつけろ〟って…。これでよう
 やく分かったよ、あの子が何を言いたかったのか」

総二郎とあきらは慰撫する言葉も掛けられない。
愛し合うふたりをどうして見守ってやれないのか、椿の立場を理解
していても怒りを覚える。


| | コメント (0)

2008年8月28日 (木)

PURE ANGEL[第2章] 第2話

第2話

「司の様子は?」
「はい、この2ヶ月間、大学は真面目に通っております。語学も率
 先して学んでいますので問題はありませんが、…ただ、毎日のよ
 うにマンションに通われ、時には外泊なさることも…」
「もういいわ。西田、明日から司に-------------」
「はい、かしこまりました」

講義を終えた司はいつものようにマンションに向かう。駐車場に車
を止めエレベーターに乗り込もうとしたその時、数名の男性に襲わ
れる。
「てめえら!俺を誰だと思ってんだッ!
 こんな真似してただで済むと思ってんのかッ!?」
司は必死に抵抗するが特殊訓練を受けているSPと人数には敵わず、
自宅に強制連行された。

「社長、司様は2時間ほど暴れておりましたが、今はおとなしくし
 ております。それと先程タマさんが到着されたそうです」
「当分の間は使用人をつけず、出入りはタマさんだけにしなさい
 必要以外の人間は何があっても司に会わせないように
 あと、牧野つくしの報告を」
「はい、かしこまりました」

「坊ちゃんも若い頃に英語の勉強なさっていれば、今こうして苦
 労することもなかったろうに…。あの家庭教師も大変ですなぁ
 相手が坊ちゃんじゃねぇ、…貧乏くじ引いたんですなぁ」
「タマ、それどういう意味だよ?それに俺はまだ19だぜ
 タマ、とうとうボケが始まったか?こりゃ大変だな」
監禁される2週間の間、司はタマを相手にしていたせいなのか落
ち着きを取り戻していた。

「大変なのは坊ちゃんの方ですよ、明日から経済学も増えるんで
 すからね。坊ちゃんも忙しくなることですし、タマとこうして
 お茶を楽しむ暇もなくなりますな。坊ちゃん、寂しいなんて言
 わないで下さいましよ」
「誰がそんのことゆうかッ!
 それにしても…経済?……あのくそババァー!俺を殺す気か?」
怒りを剥き出しにして握り拳を作る司をタマは目の端に捉えて口端
を上げる。

「坊ちゃんほどの方が何をおっしゃいますか」
タマは独り言のように呟き部屋を出て行こうとした。扉まであと数歩
の所で足を止め、杖を横に移動して振り返る。
「おっと肝心な話を…、毎日充実した生活を送ってなさるよ」
「はあ?なんの話しだよ?」
「あの子ですよ、山だか川だかの名前、坊ちゃんはもうお忘れにな
 ったんですかい。…薄情な子に育っちまって、タマは…」
「アハハハッ…。タマ、それ言うなら海だろ」
「タマの好みは今も昔もつくしだけです!
 坊ちゃんもタマと同じだと思ってましたが…」

ニューヨーク・メープルホテル社長室

「今日来て頂いたのは、司さんと別れてほしいからです」
「……え?どうしてですか?
 もしかして司が別れたいからマンションに来ないのですか?」
「そうね、それもあるわ
 大きな問題は司さんに貴方は相応しくない、ってことかしら
 これから多くのことを学び、道明寺を背負って立つ人間です
 それぐらい貴方にもお判りになりますでしょ?」
「でも司はあたしを選んでくれました
 つくしちゃんではなく、…あたしを…」

「あなたは何か勘違いなさっているようだわ
 司はただ寂しさを埋めるためにあなたの傍にいただけなのよ
 司さんの記憶が戻った時のことを考えたことがありますか?
 あの子はきっと牧野さんの所に行くでしょうね、間違いなく
 いくら妨害してもあの子は牧野つくしを選んだのよ」
「でもつくしちゃんは付き合ってるいる人が、……花沢さんが…
 あたし頑張りますから、なんでもしますから」
「司もわたくしも牧野さんを選んだとしても、あなた、中島さん
 は選ばないってこと。それに中島さん、司ではなく道明寺を選
 ぶ人間はいらないってことです。これを持って日本にお帰りな
 さい。二度と関わらないように、宜しいですね」

渡されたチケットとあるモノを持って海は飛行機に乗った。

その5日後、司の手元に手紙が届く。


「ババァ!海をどうしたんだッ!」
司は手紙を握り締め、険しい目付きで楓を睨む。
「司さん、いきなりなんですか?」
「海をどうしたって聞いてんだよッ!」
楓はより一層険相の表情で怒鳴る司に眉一つ動かすことなく冷静
な態度をとる。いつもの鉄の女の姿だ。
「中島さんなら日本にお帰りになりましたよ。それが何か?」
「あいつの手紙に金って書いてあったけど、どうゆうことか説
 明しろよ」


      司へ
    司、今までありがとう
    司のこと本当に好きだったよ
    でも司とは未来がないって分かっていたから
    この生活に慣れて、贅沢になっちゃって
    だからお金を受け取ることにしたの
    司、ごめんね
            中島海


「司さんがお世話になったお礼のつもりです
 中島さんはなんの迷いもなく受け取ったのよ
 それがどう意味なのかお分かりになるでしょ」
「アイツが迷わなかっただと、……嘘だ!てめぇはアイツに
 アイツに何したんだよッ!?またきたねえ手使って…」
「司!いい加減にしなさい!
 この一年、あの子がどれだけ浪費したか…、まるで寄生虫だわ
 あの子に〝帰りなさい〟と言っただけで何もしていませんよ
 帰ることお金を受け取ることは、中島さん本人が決めたことです」


――俺はどこかでこうなることに気付いていたはずだ
  海じゃダメだって、海じゃねえって…


「司さん、牧野さんから大切なものたくさん学んだのに
 それさえ忘れてしまったのね」
楓の言葉は悄然する司の耳には届かない。

司と入れ代わりに西田が入って来る。
「社長、牧野つくしの件ですが
 パリに行かれたのは間違いありませんが、それ以上のことは」
「西田そんな簡単なことも分からないようでは話になりませんね」
「ですが社長、調査して分かったことが…、牧野つくしに関する
 情報が妨害もしくは抹消されている可能性があります」
「なんですって、それは確かなことなの?」
「はい」
「裏で手を引いている人間がいる?……牧野さんは一般の…
 そこまでする理由は…。西田、どんな手を使っても構いません
 早急に調べなさい」
「かしこまりました」

独りになった楓はセントラルパークの夜景を眺める。

――牧野つくしに何があるというの
  誰がなんのために
  あの子はちょっと変わった子だったわね
  金欲も物欲もなく
  外見は決して誉められたものじゃないけれど
  真っ直ぐな心を持ち
  意志の強そうな瞳を持って人を惹きつける

成長すると全てに反抗するようになる
両親が苦労して作り上げた世界を蹴る
家族への反抗は成長の一部だけど
反抗の理由はその他にも――
親も本当は世界を分かっていないと知るから――
親は全能じゃない
子供にずっとウソをついてきたのかも――
大人になると忘れてしまうのだろうか
純粋な心を――


| | コメント (0)

2008年8月27日 (水)

PURE ANGEL[第2章] 第1話


第1話

「司!いつまであの子と一緒にいるつもり?
 ニューヨークの件、お母様から聞いてるわよね?」
椿は司の部屋の扉を乱暴に開けると同時に怒鳴るような声を出す。
司はそんな椿に驚くわけでもなく一瞥するわけでもなく、ただソ
ファに座って外の景色に視線を飛ばしていた。

「ああ、ババァから電話きた」
「それであの子はどうするつもりなの?
 まさかアンタ、一緒になんて考えてないでしょうね?」
「海も連れて行く」
「なんですって!お母様が許すわけないでしょ
 あの子はつくしちゃんの代わりじゃないのよ
 分かっているんでしょ?司!
 まあ~あの子じゃつくしちゃんの代わりにもなれないわね
 少しは見る目があると思ったけど、ほんとアンタってバカね」
「うっせーな!用がねえんだったら出てけよ」
「お姉様に向かってその口の聞き方は…」
椿は司の頭に拳骨のお見舞いをして部屋を後にした。


椿は別室のソファに腰を下ろすと大きな溜息と同時に肩を落とす。
「タマさん聞いて、司ったらあの子を連れて行くんですって」
「あの子は坊ちゃんのためになりません
 ………つくしがいてくれたら、……どうしてこんなことに…」
タマは寂しそうに遠くを見つめる。
司とつくしのケンカのようなじゃれ合いが今でもはっきりと脳裏
に焼きついている。耳を澄ませば笑い合う声さえも聞こえてきそ
うだ。

「つくしちゃんは類と?タマさん!あきらに連絡取って!」

「あきらは良いよな、何も障害がなくてよ」
「まぁそうだけどさ…、お袋に双子に滋、結構キツイぜ
 総二郎は優紀ちゃんのこと親に話したのか?」
「うちは特別だろ、茶の世界は女の方がきついらしいから
 少しでも勉強してからって優紀ちゃんが…
 それに司の時みたいになるの嫌だからよ、話す段階じゃない」
伝統や格式を重んじる両親のことを思えば、頭痛や眩暈さえ覚える。
一筋縄ではいかない。

――話せる段階なんてくるのか?
〝内弟子として迎えたら…〟なんて思考を巡らせているとあきらの
携帯電話が着信を知らせる。

「もしもし…、姉ちゃん!」
『あきら?今つくしちゃんと類はどうなってるの?』
「どうなってるって…、上手くいってるけど…」
〝遠時差恋だけど〟(遠距離恋愛プラス時差を略し)と付言した
あきらに椿は眉を潜める。
『なにそれ?』
「つくしは今フランスにいるんだよ」
『フランス?…フランスってどうゆうことよ!?』
「留学ってことだよ、2年したら帰って来る」
『……ふ~ん。……ところで明日、司をニューヨークに連れて
 行くんだけど、あの子も一緒にってあのバカ言ったのよ!』
「司も海ちゃんと仲良くやってんだぁ、姉ちゃんも喜んでやれよ」
『冗談でしょ!あんな子なんて。……そう、今は離れ離れなのね
 チャンスがあるってことよね。フフフッ…』
椿の意味深な笑いで電話は切れた。

「総二郎、姉ちゃんの話…」
あきらの言葉を遮るかのように口を挟む。
「相変わらずでけー声、まる聞こえだっつうの。司とうとう行く
 んだなぁ。…それにしてもチャンスってどうゆうことだ?」
「さぁ…。姉ちゃんはつくしを諦めてないってことじゃねえのか?
 ま、まさか…司の記憶が…」
「まさかそれはないだろ。記憶が戻ったら本人が電話なり会いに
 来るんじゃねえ。思考より行動の司だぜ」

翌日、司は海を連れてニューヨークに旅立った。


「司さん、道明寺財閥を継ぐという自覚をもって頂かないと困ります
 いつまでもあんな女と一緒にいて、遊んでいる暇はないのですよ
 早くあの子を日本に帰しなさい、宜しいですね」
「海は帰さねぇよ」
「この一年間見てきましたが、なんの役にも立たない、問題外です
 あの子は道明寺だから司さんといるのですよ、それぐらい…」
「人のツラ見りゃ言いやがって!うぜえんだよッ!
 俺がイイって言ってんだろッ!」
司は勢いよく扉を開け部屋を出て行く。
ニューヨークに来て3週間、楓と顔を合わす度に小言でうんざりし
ていた。

司は廊下を歩きながら海のことを思う。
――そろそろ限界だな、海にはマンションに暮らしてもらうとす
  るか。ババァのことだから早いうちに手打たねぇと…
  ああ?……前にも…こんなことあったような…
違和感を覚える。その違和感がなんなのか簡単に答えはでなくて
軽く頭を振ると、楓の妨害対策に思考をめぐらせた。

数日後、司は契約を交わし海をマンションに移動させる。


日本の花沢邸では、類は定期的に連絡をよこすつくしと電話中
だった。
『あたしに友達ができたんだよ!ニューヨークから来たリサと
 ロンドンから来たマリーなの。これがさぁ~フランス語ペラペラ
 で圧倒されちゃってさぁ…。この2人って滋さんに似てるんだ
 よね、気さくで明るくて元気で…。甘い物に目がないところな
 んて特に滋さんとダブっちゃうよ』
「クククッ…。ずいぶん声が弾んでるね、元気なつくしの声を聞
 くと俺も元気が出てくる。友達できて良かったね、おめでと」
『ありがとう。あたしばっかり…、類は何か変わった事あった?』
「三日前に総二郎とあきらが部屋に来て-------------」

3日前の出来事

「なぁあきら、今日のディナーは類のとこでご馳走になろうぜ」
総二郎はあるモノに指差す。
あきらは指差す先を見て総二郎の意図を理解する。
「類、角田さん呼んでくれよ」
類は二人の様子から何かを企んでいることは察したが、その時は
深く考えずに連絡を取った。
「類様、何かご用ですか?」
あきらは直ぐに部屋に来た角田(使用人頭)の耳元でごにょごにょと
何かを伝えると、類の大切なサフランを断りもなく手渡す。その様
子を見て類は思わず「あっ」と声を漏らし目をまるくする。

当初のサフランはつくしのいない現実を叩きつける愛しい人の身代
わりのようで、心を沈める存在で意識して見ないようにしていた。
が、4、5日に一度水を与える子宝草を見ているうちに、全く水を必
要としないサフランに類の心に変化が表れる。
本当に水を与えなくても死なないだろうか?枯れて無くなってしま
わないだろうか?と、心配や不安から意識的に観察するようになり、
何時しかサフランの生命力に惹かれ、素直に成長を楽しむようにな
ていた。
そんなサフランをこの二人はどうしようというのだろうか。

類が座っているベッドに総二郎とあきらは左右に座り、それぞれが
類の肩に手を置く。
「類くん、今日は美味しいシーフードが食べれそうだよ」
「きっと色も綺麗だろうな」
二人の言っている意味が分からない類は左右に首を振り意地悪そう
な瞳を探る。

2時間後、角田から連絡を受けた三人はダイニングテーブルに着く。
総二郎とあきらは目の前の料理を見て満足そうな顔をする。
「どうだ類、魚介類たっぷりのパエリアだぜ」
「類、この色はな、あのサフランなんだぞ」
サフランの一部は食欲をそそる鮮やかなパエリアになり、三人の
胃袋を満たした。


『ふ~ん、サフランも役に立って良かったよ
 あたしも食べたかったなぁ』
「クククッ…。すごく美味しかったよ。あの球根、半分はうちの
 庭に植えて半分はあきらが気に入ったって持って帰った」
『そっか。類の嬉しそうな声聞けてよかった』
定期的にとる連絡はお互いの近況が把握でき、会えない寂しさを
軽減させていた。


「司、そろそろお母さん帰って来るんじゃない、大丈夫なの?」
「海、心配するな。このマンションは誰も知らねぇからよ
 それよりお前、なんかしたいことないのか?
 大学行きたいんだったら手続きしてやるぞ」
「もう少し考えさせて。それよりこのカード使ってもいいの?」
「お前のためのカードだ、欲しいもんあったら遠慮しねぇで使えよ」
「うん!司、ありがとう!海とっても嬉しい」
司は海の満面の笑顔に動けなくなった。

――海・・じゃねぇのか?…海じゃ…。アイツ、なのか?
  俺はアイツを…、アイツを求めていたのか…
海の笑顔につくしの笑顔が重なる。

「海、わりぃ。…俺帰るわ」


| | コメント (0)