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Heart always in you 最終話


最終話

夜が白々と明け、やがて爽やかな陽光が差し込む清々しい朝を迎えたつくしは、まどろみの中で不思議な感覚を覚えた。それは、自分しか居ないハズの部屋なのに誰かが居るような、誰かが寝ているような、そんな気配を感じたのだった。
よ~く耳を澄ませば、微かに聞こえてくる寝息のような音。その音の出所を確かめるためにベッドから足を下ろしたその時、何か得体の知れぬ柔らかいモノを踏んづけその拍子にバランスを崩して床に倒れこんだ。
「な、なに?・・・今の」
身体を起こしてその場所を見るが躓くようなモノは見当たらない。しかし、確かに柔らかいモノを踏んだ感触は足に残っていて、微かに温もりさえ感じた。決して寝ぼけていたとか思い込みなどではないと、首を傾げた。
「おかしいな、確かに何か踏んだんだけど」


何かがある、それを裏付けるかのようにこの後つくしの目の前では信じられない現象が起きようとしていた。
徐々に浮かび上がる得体の知れない細長いシルエットに、偶然にも差し込んだ陽光がスポットライトのように照らし出す。それはまるで地球上に初めて生命が誕生した瞬間のように神秘的に映る。つくしはこの現実離れした光景を目の当たりにして、言葉も悲鳴も失いただ凍りついた。
やがてシルエットは鮮明に人の身体を浮き彫りにし、見慣れた天使の寝顔を露にした。
「どど、どうして・・・花沢類が・・・ここに・・・」
つくしは目の前の物体が類だと分かると少しは安心したものの、鼓動の高鳴りは静まらない。どうしてここに居るのか、先ほどの光景は何だったのか、あれこれと思考を巡らすが、結論を導き出すに至らない。

2人が仲直りしたあの日、夕日に向けてかざした天女の涙は一瞬妖しく輝き、類にあることを決意させた。
司が約束通り日本に帰って来た以上、これまで通りにつくしの傍に居る訳にはいかない。何かにつけて時間を共有することも許されないし、何と言っても司がそれを許すはずがない。だから類は最後の小石を使ってつくしの傍に居ようと、昨夜のうちにアパートを訪れたのだった。


幸せそうな表情で眠るつくしを透明になった類が見つめる。
――司とうまくいってよかったね
   笑顔もこの寝顔も・・・、司が居てこそ、か
穏やかさの中に少し寂しさを含んだ笑みが漏れる。
――アンタが絡むと、俺が俺でなくなるんだ
   他人なんてどうでもよかった俺なのに
   牧野、誰かを好きになるって悪くないね
   俺の一方通行だったけど・・・
出会った頃から今日までの出来事を振り返り、その時々に抱いた感情や行動に驚きつつ、懐かしむ。


――目や鼻と同じように、そこにあるのが当たり前で
   身体の一部と感じていた。・・・けど・・・
   それもこれからは意識しなければ傍には居られなくなった
   牧野・・・、幸せになれよ

つくしに寄せていた一方通行の想いを直ぐに断ち切ることはできないと分かっていても、愛する人の傍に居過ぎると自分が辛くなると分かっていても、気兼ねなく傍にいられるのは今だけ。

――もう少し居たら帰ろう。・・・もう少しだけ
そんな想いでつくしの寝顔に見入っていた類は不覚にも睡魔に襲われ、いつの間にか寝入ってしまった。そして天女の涙を口に含んだまま朝を迎えてしまった。ベッドから降りたつくしにお腹を踏みつけられたその拍子に石が口元から零れ落ち、透明だった身体が元に戻る瞬間を見られたのだった。


「花沢類!起きて!・・・ねえ、起きて花沢類!」
悶々とした頭を解消するには当の本人に問い質すのが一番だと声をかけるが、そう簡単に起きてくれる相手ではない。
大きな声で何度も必死に呼びかけるが類の耳には届かず、その代わりに、つくしの大きな声と連呼される類という名に強く反応した意外な人物の耳に届いた。
普段はめっぽう寝起きが悪いにも関わらず一気に覚醒した人物とは・・・。
「ど、どうした牧野ッ!」
「・・・へ?」
目の前にいる類が目覚めて発した声ではない。しかも聞きなれたその声は司の声に間違いない。だけど司の姿は無いしあるハズもないこの異常事態に更に混乱したつくしは、覚束ない足取りでキッチンの方へと後ずさりし、シンクに縋るように身を小さく寄せた。
――い、今のな・・・なんなの?


「あッ!る、類ッ!・・・お前何でここに居るんだッ!」
「ぎゃあー!!」
何も無い空間から発せられた怒鳴り声は、混乱するつくしに恐怖をも与えた。
「ウッ・・・ゲホッ、ゲホッ・・・」
大きな悲鳴に驚いて誤って天女の涙を飲み込みそうになって慌てて吐き出すと、身をかがめて怯えるつくしの腕を掴んで声をかけた。
「牧野、なんかされたのか?大丈夫か?」
間近かで声がし、そして掴まれた腕には温もりを感じる。しかし、目の前には誰も居ない。
「だ、だれ?・・・・・・なんなの?・・・いやああぁー!」
つくしは前屈みになって両手で耳を塞ぎ、目を硬く瞑った。


「牧野、俺だ、道明寺だ」
つくしは恐る恐る顔を上げた。すると、先程までは何も無かった目の前には失った身体の色を取り戻した司が現れ、心配そうな瞳でつくしを見つめていた。
「どど、どうして道明寺が・・・。・・・・・・え?」
「大丈夫か?おまえ、顔蒼いぞ」
「道明寺まで、・・・どうして?一体どうなってるの?
 もしかして、これって夢?・・・夢見てるの、あたし」
ベッドの脇には突然現れてスヤスヤと眠る類が居て、そして目の前にも突如現れた司が居るこの現実を受け入れることができない。つくしは夢の中の一コマなんだと傍観者のように司と類を交互に眺めて逃避していた。
「悪い夢を見てるんだわ。だって、こんなことあり得ないもん
 うん、あり得ない。・・・夢よ、夢」


「おい、しっかりしろ」
つくしは司に肩を揺さぶられて我に返った。これは夢などではなく現実なのだと。そうなると必然的に思うことはただ一つ、なぜ司までもがここに居るのか。そして先程の目を疑いたくなるような現象は何だったのか。
「一体どうなってるの?なんで花沢類やアンタまでここに」
つくしの質問に今度は司がハッとした。
つくしの大きな悲鳴と類が寝ていたことに気を取られ、改めて自分の状況を確認することとなった。
――俺としたことが、・・・寝ちまったのかよ
   これじゃ類と同じじゃねえか!
「ねえ、どうなってるのよ?ちゃんと説明してよ」
そう言われても司は何て説明をすればいいのか困惑した。


見ず知らずの爺様から、周りの風景と同化するという天女の涙を貰った。類との関係を怪しんで目の前で仲睦ましくする2人に嫉妬し、半信半疑だった天女の涙を使って2人の会話を盗み聞きしたり尾行をすることで、自分が誤解していたのだと気付いた。なんてことは言えない。
つくしへの自分の気持ちは分かってもらえたとしても、天女の涙に関してはどう説明したところで理解はしてもらえないだろう。
つくしとの関係が修復された今、最後の一粒は透明になる楽しさを味わう為に使ってしまったのだから、手元に残った空の小ビンを前にその力をつくしの目の前で立証することはもうできない。
――何て説明すりゃあいいんだよ。目、完全に据わってんじゃねぇか


「ちょっと、早く言いなさいよ!」
――ったく、なんで俺だけが責められんだ、類はいいのかよ
「道明寺!」
「分かったよ、言やぁいいんだろ」
2人は台所の前で胡坐を掻く形で向かい合った。つくしは眉間にシワを寄せて凝視し、司は眉間にシワを寄せるものの視線はつくしから逸らしている。
「お前が見たアレはだな、・・・その・・・、信じねえかもしんねえけど
 天女の涙っていう不思議な石があって
 その石を口に含むと透明人間になれんだよ
 お前がこんなセキユリティーのねえボロアパートに住んでっから
 俺様が守護霊役してたって訳よ。・・・有難く思え」
「天女の涙?はあ?・・・アンタ何言ってんの?
 ・・・もしかして、まだ寝ぼけてるとか」
「類でもあるまいし
 おまえが説明しろって言うからご丁寧に解説してんのに」
「全!然!わかんない
 その天女の涙っていうのを出してみなさいよ!」
「・・・いや、もう無いんだ、このビンに入ってたんだけど」
司はポケットから空になった小ビンを取り出してつくしに差し出す。
――ん?・・・これは、確か・・・
つくしは受け取ったその小ビンの形や大きさに見覚えがあった。


つくしはその場から離れて洋服タンスを開けると、奥の方に掛けてあった上着のポケットから全く同じ形の小さなビンを取り出して見比べてみた。
「そ、それは・・・」
司は大きく目を見開いてつくしが手にしたその小ビンを見つめ、それ以上の言葉が出ない。それは正しく司が持っていたあの天女の涙と同じものだった。
「ウ~ン、見たところ、どうやらこれと同じものらしいわね」
「ま、牧野ッ!お、お前それをどこで手に入れたんだ?」
「これはだいぶ前に占いのオジイサンにもらったんだけど
 すっかり忘れてて・・・、このビンを見て思い出したのよ
 何か見覚えがあるなぁって」
「それだよそれ、それが天女の涙なんだ
 俺はそれを使って透明になってたんだ」
「ふ~ん、でも私が聞いた説明とはちょっと違うんだけど」
「えっ?違うって何が?」
「確かあの時の説明では、このビンの中身の名前は、えぇ~っと・・・」
「天女の涙、だろ?」
「違う、・・・何とかの声、・・・天女の・・・
 そう思い出したッ!・・・天女の声よッ!」
「天女の・・・声?涙じゃねぇのか?・・・それでどうなるんだ?」
「それは、とても信じられない話だったから
 だからこのビンのこと忘れてたんだけど
 アンタ達の不思議な現象がこのビンの中身のせいだとしたら
 私も試してみる価値がありそうね」
つくしは司の問い掛けには答えず、小瓶から小石を一つ取り出すと口に含んでニンマリと微笑んだ。


――占いのオジイサンの話が本当なら、これを口に含んでいる間は
   相手の話がウソだったら、マンガのフキダシのように顔の横に
   真実の言葉が見えるはずよ
   そうなれば、真実が全てお見通しになるはずだわ
   さぁどうぞ
   もう一度最初から言い訳を聞いてあげるわよ、道明寺!
小石を口に含んでも姿が消えるわけでもなく、不敵な笑みを浮かべるつくしに司は背筋が凍るようなイヤ~な予感がしたのだった。

FIN


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Heart always in you 第4話

第4話

「わかった、すぐに行く」
連絡を受けて司は青山の高級ブティックへ車を向かわせた。
「あいつらは?」
「あの店に入りました」
セレブ御用達のその店の奥に2人の姿を確認した司は運転手に待機するように命じると素早く車から降り、例の小瓶を手に人ごみの中へと消えて行った。


「牧野、これなんかどう?かなりイイ線いってると思うけど」
「う~ん、いいけどちょっと地味くない?もうちょい明るめの方が・・・
 あッ!・・・そう、こういうのなんかどうかなぁ」
淡いブルーのワンピースを手に取って自分の身体にあてると、おどけたようにくるっと一周して見せる。弾けんばかりの笑顔と初々しさに、類は目を細めて見つめる。
「ちょっと若すぎ、そんなフリルのヒラヒラはまずいでしょう」
「ハハハァ…、冗談。美作さんのお母さんの領域って雰囲気よね」
「そうかも。クククッ…」

――今日もまた随分と楽しそうにしてんじゃねぇかよ
   牧野、お前いったい何考えてんだ?
   こんな傍に俺がいるっつーのによ


「決めた、これにする」
シックな色使いのスーツを手に、類の笑顔がはじける。
「うん、いい選択だと思う」

――な~にがいい選択だッ!いい加減にしろってんだッ!

「・・・・?」
「花沢類どうしたの、キョロキョロして。・・・何か探し物?」
突然に落ち着かない様子を見せた類をつくしは不思議そうに見つめた。
「ん、いや何でもない。それよりここを出てバッグも見に行こうよ」
「えッ?決めたんじゃなかったの?」
「ちょっと気になることがあって、確かめたいんだ
 店はこのすぐ近くだから、行こう」

――おい!類!いい加減にしろよ、俺の我慢にも限界があんだからな!
   なっ!・・・手・・・握ったな!あんにゃろう、ぶっ殺す!!

店を出て2人並んで歩く後ろにピタッと張り付くようについて行く司の怒りゲージはどんどん上昇していく。
さり気なくつくしの手を握る類が憎らしい。また、一度は手を引いたものの、恥かしそうにして類に応じるつくしの態度も腹立たしい。


一向に離す気配のない2人の手を凝視していた司は、目の前に小さな男の子が割り込んで来たのをいいことに、繋がれた2人の手を目掛けて手を切った。
「「痛っ!痛いっ」」
繋いだ手と手の間に何かが割り込んできて、2人とも痛みを感じて手を離さざるを得ない状態となった。
「イテテ・・・、今の子がぶつかってきたの?」
つくしはそう言いながらも、確かに何かが当たったのに間違いないけど、その子の動きに関係ないタイミングで手を切り離されたような感じがしていた。
「何か当たった、よね?・・・花沢類、何だったんだろう、今の」
類も目に映る映像と身体に感じる感触との間に時間のズレが生じたように感じていたが、何か思いついたのか、一通り辺りを見渡した後、目を閉じ腕組みして考え込んでいた。
「どうしたの、花沢類」
「・・・ん?あっ、いやなんでもない。・・・行こうか」
不思議な感覚にとらわれて少しの間立ち止まっていた2人だったが、その事以外に変わったこともなく、再び並んで歩き始めた。

――そうそう、初めっからそうしてればいいんだよ
   手を繋ぐなんて俺様が許さねえっつーの


歩きながら暫く考え込んでいた類が口を開く。
「ところで牧野、司とはうまくいってるの?」
「・・・ん・・・ううん、・・・なんか最近、喧嘩ばかりしてる」
「どうして?」
「あたしと花沢類のことを疑ってるみたいなの
 ヤキモチ妬いているんだと思う」
「そうなんだ。・・・じゃあ、俺達がこんなふうに並んで歩いてる所を
 見たら、きっと殴りかかってくるかもね」
――類、分かってんじゃねぇか、俺は今モーレツに怒ってるぜ!
   ・・・っていうか、既にお前は俺の中では2回死んでんだよ
「・・・そうかもね。花沢類と違って、感情の浮き沈みが激しいから」


「司が嫌いになった?」
――ああ?・・・類てめぇ、嬉しそうに訊いてんじゃねぇぞッ!
「きらい・・・じゃない。・・・たぶん・・・」
「たぶん?」
――たぶん?・・・たぶん何だよ、牧野、何を言う気だ。・・・お前まさか
「そう、たぶん、・・・・・・スキ
 今はお互いに素直になれないでいるだけなんだと思う
 あたしも反省しなきゃいけないって思ってるし・・・」
――牧野。・・・にしてたぶんって何だよ、俺なら即答すんのによ
「じゃあ司にも反省してもらわなきゃならないね」
「道明寺は別にいいの
 アイツがあたしを思う気持ちは痛いほど分かってるから」
「いや、司にも悪いところがあるはずだよ
 アイツもそれは分かってるはず」

――ま、まさか・・・、あり得ねぇ
司は心臓が止まるかと思った。
それは類の言葉が胸に刺さっただけでなく、類の目が見えていないはずの自分の目と合ったような気がしたからだ。


「ここだよ、ちょっと見てみよう」
中に入ると間接照明を使い落ち着いた感じの店内は、高級バッグがセンス良くディスプレイされ、お客達もいかにもセレブ的な雰囲気を醸し出していた。
類はショルダーバッグを手に取るとつくしに持たせてみる。
「これなんか良さそうだな」
「うん、デザインも良いし使いやすそうね」
「うん、これも買おう。さっきのスーツにも合いそうだし」
――類、テメェ~プレゼント攻撃で牧野を落とそうって魂胆だな!
   もう我慢できねぇ!
司は足音を消すのも忘れてツカツカと近づいていく。その時類は一瞬ニヤリと笑みを浮かべ、サッと身体を翻すとレジへと進んだ。今にも掴みかかろうとしていた司は勢い余ってつくしにぶつかりそうになり、蒼ざめる。
――ヤベッ、牧野に気付かれたらヤブヘビだ
   にしても類のヤツ、よけたのか?
   それとも・・・、ただ運がいいだけなのか?
ようやくプレゼントの品が決まった2人は肩の荷が降りたかのように安堵の溜息を漏らし、店を出た。
――俺様からのプレゼントは受け取らねえのに
   何で類だとイイんだよ。・・・許さねぇぞ、牧野
   あんな笑顔にさせてんのが類だなんて・・・、ぜってー許さねえ


「よかったね花沢類、これで一安心だね。お母様も喜ぶと思うよ」
「うん、牧野がいてくれて助かったよ、ありがとう
 ここで食事に誘いたいとこだけど、それはまたの機会にするよ」
「そんな気遣いしなくていいよ、あたしも楽しかったしさ」
「そう、ならよかった。家まで送ってくね」
類とつくしを乗せた車が走り出すと、その後を司が乗った車がつかず離れずついて行く。
――はぁ~っ。類のカアちゃんへのプレゼントだったのか・・・
   でもまだ油断できねぇぞ、何たってあの類のことだからな


アパートの前で車から降りて部屋に向かうつくしの後を、見えない司が追っていた。部屋の鍵を開けて中に入るつくしの脇をすり抜け、部屋に侵入した司。
――これって犯罪行為だよな
   でも見えてねぇんだから捕まるわけねぇか
つくしは部屋に入るなり電話をかけ始める。
「牧野です、恐れ入りますが司さんに取り次いで頂きたいのですが
 ・・・・・・はい?そうですか、分かりました。携帯にかけ直してみます」

――ヤベッ!
司は電話をかけ直すつくしを見て慌ててポケットの中にある携帯電話を握り締め、まるでコソ泥が逃げ出すように息を殺し、音を立てないように気をつけながらアパートの外へ転がり出た。そして、携帯の着信音が鳴るか鳴らないかの素早さでつくしからの電話にでる。
「あっ道明寺?あたし、牧野だけど」
「よう牧野、久しぶりだな」
「あたし、道明寺に謝ろうと思って」
「あ、謝る?俺に謝んなきゃなんねぇことでもしたのか?」
「ゴメン、あたし道明寺がどう思っているかなんて考えもしないで
 やっと逢えたのに・・・」
「牧野・・・、・・・俺も・・・」
「えっ?」
「俺も悪かった。・・・変に類とのことを勘ぐったりしてよ」
心が通じ合う瞬間、2人にはそれ以上の言葉は必要なかった。
つくしが携帯の通話を切ると、直ぐに階段を駆け上ってくる音がする。


――ふ~む、どうやら丸くおさまったみたいだね
   でも、なんかちょっと残念なような気もするけど・・・
類はつくしをアパートまで送ったあと車だけを帰して、司とつくしの様子を間近で見ていた。
――もうここには居られないな、退散しよう
こっそりとアパートの外へ出た類は口から小石を手の平に吐き出した。
「俺にも付け入るスキはあったんだけどなぁ
 まぁそれができるんだったらとっくにしてるんだけどね」
司とつくしの突然の再会から2人だけの甘い時間が訪れようとしたひと時、あの時、横槍をいれた無機質な電話の電子音、それは類のささやかな抵抗とイジワルだった。
「牧野の傍には俺がいたのに、牧野の心には司しかいないんだもん
 しょうがないさ」


一部を茜色に染めた空から数本の光が射し、神秘的な現象を見せる。類はポケットに忍ばせておいた小ビンを手にして、その夕焼けに向けて小ビンをかざしてみた。一粒残った天女の涙は一瞬妖しく輝き、何かを誘っているように思えた。
「今夜は無理だけど、明日にでも行ってみようかな
 見返りじゃないけど、これぐらいご褒美があってもいいよね、牧野」
類は夕日に向けて足を進めながら、未知なる興奮を思い浮かべていた。


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Heart always in you 第3話

第3話

「司様、動きがありました」
秘書の高原から連絡が入ったのは翌日の夕方だった。
「どこだ」
「はい、2人はいま六本木の宝石店グラッツィアーニに入りました」
「なに?あの高級ブランドの?…分かった俺が行くまで目を離すなよ」
――あいつら今日はいったい何だってんだ


現場に着いた司はグラッツィアーニのショーウインドー越しに2人の姿を認めると、高原を帰して様子を観察し始める。
店の中では2人並んで頬を寄せ合うようにショーケースを覗き込んでいた。店員がケースからネックレスを取り出すと、類が手にとって見ている。
――あいつら何を話してるんだ、笑顔で和気あいあいとしてやがる
司のイライラはどんどん高まってくる。
「聞きてぇ。・・・・・・あッ、牧野そんなに類の傍に寄るんじゃねぇ
 そんな上目遣いで類を見るんじゃねぇ・・・ったく・・・」
ふと気づくとズボンのポケットの中で何かを強く握り締めていた。
――なんだ?


ポケットから手を抜いて握った手を開いてみると、あの時の小さなビンだった。
「これは・・・、あのジジィが置いてった石ころじゃねぇか
 そう言えばこの石ころ、口にふくめばどうとかって・・・
 本音が聞けるとか・・・なんとか・・・」
司はその小ビンのコルク栓を抜き、手の平に一粒転がしてみた。
――そう、思い出したぞ
   透明人間になれるって言ってたな、試してみろって
今度は手の上の石をつまんでみる。
――飲むって言ったか?・・・いや、口に含むって言ったような・・・
   そうだ、ふくむんだ。飲んだら二度と元の姿に戻れねえって
   言ってたからな・・・たしか


しばらく考え込んでいた司は、やがて意を決してその一粒を口に放り込んだ。すると、ショーウインドーのガラスに映っていた司の身体は徐々に薄れてゆき、数秒後には完全に姿はガラスに映らなくなった。老人が言ったように、司は完璧なる透明人間になったのだった。
「おおおぉぉ・・・、すっげー!マジかよ、何も映ってねぇ」
ガラスに映るはずの位置から外れてみたり、近寄って覗き込んだりしてみる。ガラスに触ってみれば確かな感触があり、間違いなく自分はここにいるのだと何度も確認をする。半信半疑だった司はその効果に驚き、そして感動していた。


「周りの奴らにも俺の姿が見えねぇんだよな。・・・だったら・・・」
道行く人の帽子を後ろから掴んでのけぞらせたり、信号待ちの人たちに膝カックンしてみたり、奇麗な女性の耳に息を吹きかけて反応を楽しんだり、人の後ろについて靴の踵を踏んでみたり、はたまたメールしながら歩いている女子高生の携帯を覗いてみたりと、幼稚な悪戯でその効果を思う存分楽しんだ。
「面白れぇ!」
そう叫んだ瞬間、ちょうど傍を通りかかったオバサンがビックリして立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡した。周りには誰もいない。さかんに首を捻って立ち去るオバサンが遠ざかっていくのを見て、司は止めていた息を大きく吐き出した。
――あぶねぇ、身体は見えなくても声は聞こえてるのか
   注意しねぇとヤベェな。でもこれを使えば俺様に怖いもの
   なんかねぇぞ。・・・これなら・・・イケル


司が類とつくしがいる宝石店の前に来ると、自動ドアが静かに開いた。
「いらっしゃい・・・ませ?」
声をかけた先に人の姿は見えず、店の者は首をかしげる。司はそんなことに構わずツカツカと店内を進み、類とつくしの真後ろに立った。
「こちらのネックレスはいかがでしょう
 よろしければ着けて差し上げては?」
類は渡された真珠のネックレスの止め具を外すと、つくしの正面から首に回して後ろで止めようとした。その格好がまるでつくしを抱きしめるような形になったので、司は怒りで透明な顔は真っ赤に染まる。


「これ、いいんじゃない?」
「うん、いいと思う。・・・でも他のも見てからにしようよ
 洋服とかバッグとか・・・。初めてのプレゼントだからもっと慎重
 に選んだ方がいいと思うよ」
「そうだね。じゃあ牧野、その時もまた付き合ってくれる?」
「うん、いいわよ」
――ま、き、のぉ~
   何でそんなほのぼのとしたムードに浸ってんだよ!
   類も類だッ!牧野にそんなに馴れ馴れしくすんじゃねぇ!
「なにか言った?」
「いや、・・・牧野も聞こえたの?なんか変な音がしたよね?」
司の歯ぎしりの音が何もない空間から発せられ、2人は不思議そうに辺りを見回した。
――ヤベッ!
司は思わず身を隠そうとした。
――あぶねぇあぶねぇ、俺がここに居るのが知れたらマズイって
   あっそうか、俺なにやってんだ、姿は見えてねぇんだったよな

店を出た2人が待たせておいた花沢家の車に乗り込むのを見て、司も待たせておいた車に慌てて乗り込む。
「あの車を尾けてくれ、見失うなよ。・・・おいッ!聞いてんのかッ!」
運転手は身体を小さく折り曲げ、青い顔で怖いものを見るような目で後ろを振り返った。
いきなり後席のドアが開いて人が乗った気配はしたものの、ルームミラーに映る人影はなく、聞き覚えのある声だけがするのだからそうなるのも無理はない。
――ん、何だ?・・・あッ!しまった
急いで石を吐き出すと、石は足元でサラサラと砂のように崩れて跡形もなく消えた。
「早く出してくれ、見失うぞッ!」
今にもドアを開けて逃げ出しそうな運転手が再び恐る恐るルームミラーを覗くと、そこには司の姿があった。目をゴシゴシと擦り、2度3度と司の姿を確認した運転手はようやく安心して車を走らせた。


「じゃあね、あとで電話するから」
「うん、バイバイ」
類はつくしに別れを告げ、車は走り去った。
「ったく、牧野も俺様というものがありながら、何だあの態度は
 それに類のあの態度も許せねぇ。・・・彼氏は俺様なんだぞ」
つくしのアパートから少し離れたところに車を止めさせた司は車から降り、後部座席のドアに凭れかかりながら内ポケットから携帯電話を取り出した。


部屋に戻ったつくしが着替えを終えて一息ついた頃、テーブルの上で携帯電話が着メロを奏でた。
「よう牧野、俺だ」
――相変らず口の利き方を知らないヤツ
「あら、どちら様かしら?電話をしてきて名前を名乗らない方は
 わたくしの知り合いにはおりませんことよ」
――ムッ!癪にさわる言い方しやがって
「道明寺だッ!」
「分かってるわよもう、怒鳴らなくたって聞こえてますッ!
 何よ、何の用?」
「お、おうよ、お前今日は何してたんだよ」
「・・・今日?えっと今日は、・・・花沢類の買い物に付き合ってたけど
 それがどうかした?」
――ああ?・・・買い物に付き合っただけって雰囲気じゃなかったぜ
「ふ、ふ~ん、それで類の買い物は済んだのか?」
「まだよ、なかなかイイのがなくって
 だから今度は別の店に行ってみることにしたの」
「今度って・・・、また宝石探しか?」
「・・・ん?あれ、またって・・・なんで知ってるの、花沢類に聞いた?」
「いや、そ、そんなことよりまた類か・・・。俺とはいつ会えるんだ?」
「ごめん道明寺、時間がないから先に買うものを決めないと・・・」
「それはつまり、・・・俺より類の買い物の方が大事だって事なんだな?」
「な、なによその言い方。・・・はは~ん、さては妬いてるの?」
「・・・妬いてる?ジョーダンじゃねぇ!
 なんで俺が妬かなきゃなんねぇんだッ!」
「何よッ!そんな怒鳴らなくたっていいじゃない
 本当のこと言われて悔しいんでしょ」
「もういい、勝手にしろッ!」
痛いところを突かれた司は携帯の電源を切った。
「アイツは・・・、牧野の心はもう俺から離れてしまったのか?
 何で普通に会話できねぇんだよ。・・・・・・クッソー!」
司の口をついて出た嘆きの声は夜空に虚しく響いた。
「いっつも怒鳴ってばっかりだ。何よッ!勝手に切るなっつーのッ!」
つくしは携帯電話に向けて口を尖らせた。


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Heart always in you 第2話

第2話

つくしのアパ-トから飛び出した司は、あてもなく街をさ迷う。
夏の終わりを告げる乾いた秋風が司の頬を掠めていく。
「ったく…、俺様がどんな思いで今日を迎えたと思ってんだよ」
カーテンの隙間からもれる灯りに安堵し、アパートの階段を一気に駆け上りたい衝動を抑えて辿り着いた扉の前に立ち、期待を抱いてノックしたあの時を思い出す。
2人の時間が始まる扉が開き、つくしの顔を見た瞬間、これまでの苦労が一瞬にして吹き飛び、心が愛で満たされていくのを感じた司だったが、今は・・・。
あんなに毎日逢いたいと願い、そして再会を果たした今、本当なら喜びに浸っているはずだったのに、逢えなかった時よりも数倍寂しく虚しさを感じる。


「牧野も牧野なら類も類だ!
 俺が居ねえことをいいことに、・・・類のヤツ・・・」
イライラはエスカレートするばかりで、収まりのつかない感情は類にも向けられていくのだった。
「冗談じゃねえ!類なんかに横取りされてたまるかよ
 何のために今まで我慢してきたと思ってるんだ
 俺様の4年間を返しやがれ」


「何か悩み事かね?」
知らず知らずのうちに独り言を呟いていた司に声をかけてきたのは、ビルとビルの間の薄暗く狭い隙間に机を置き、その向こう側で椅子に座った老人のようだった。
「ああ?誰だ?」
神経がピリピリしていた司は素早くその声に反応し、ゆっくりと近づいた。
「ヌシの悩みを話してみい、悪いようにはせん」
薄暗いその隙間から見つめる鋭く光る目と力のある声に、司は一瞬たじろいだ。
「お、大きなお世話だ、お前に何が分かるってんだッ!冗談じゃねぇ」
そう言って立ち去ろうとする司だが、足が金縛りになったように動けなくなっていた。


「まずはそこに座りなさい
 わしに話せば楽になり、そして未来が開けるはずじゃ」
――何言ってんだこのジジィ
そう思ったのとは裏腹に、何故か身体は吸い寄せられるように椅子へと向かう。手前の椅子に腰かけ、薄暗さに目が慣れてくると老人の姿形がはっきりしてくる。
顔中を白いひげが覆い、あごひげは20センチほどもある。髪も眉毛も真っ白で目だけが黒く光り、黒い着物に黒い布で額の辺りを巻いたその老人を、司は怪訝そうに凝視した。


「ヌシの悩みをゆうてみい」
「やだね、言いたかねぇし言う必要もねぇ」
「ふむ、まあよい。・・・ヌシの事はすべてお見通しじゃて」
――はあ?何がお見通しじゃだ・・・不気味なジジィだぜ
「俺の何が分かるってんだ?言ってみろよ」
「そんなに慌てるではない〝急いては事を仕損じる〟じゃ」
「・・・?〝性とは古都のしその汁?〟・・・なんだそりゃ」
「つまりじゃな、焦っていては上手く行くものもいかなくなる
 という事じゃ。ヌシには思い当たるフシがあるじゃろう」
「べ、べつにそんなものねぇよ」
「まぁ、いつの世も女の事は分からぬことばかりじゃて、違うか?」
司は沈黙した。
――確かに…、牧野が何を考えているのか俺にはさっぱり分からねぇ


「女が何を考えているのかを知りたければ、これを使ってみるがよい」
手の平の中にすっぼりと隠れてしまうほど小さなガラスのビンを懐から取り出すと、爺様は机の上に差し出した。
その小さなビンが一瞬妖しげな光を放ったような気がした司は、ゆっくりと顔を近づけてまじまじと見つめる。何事も起きないのを確認すると、今度は恐る恐る手を伸ばしてつまみ上げ、そして中身を色々な角度から更にじっくりと眺めた。
――今、何か光ったような・・・、でもただの石ころにしか見えねぇ
見た目にはその辺で拾ってきたような小粒の石が入っているだけ。


「そのビンの中には不思議な石が入っておる
 その石は、遥か遠くの空から落ちてくる〝天女の涙〟が何万年も
 かけて成長して〝透かし岩〟となり、それを砕いて小さくしたも
 のじゃ。それをお前にやろう」
「・・・天女の涙?・・・透かし岩?・・・何だそれ、聞いたこともねぇ」
「女が何を考え、何を求めているか、本音と言うものは独りで居る
 時に表れることが多いのじゃ、その石を使って女の傍に居れば
 自分の知りたかったことが見えてくるじゃろう」
「この石を使って?・・・寝ぼけたこと言ってんじょねぇぞッ!ジジィ!」
ここまできてさすがの司も話が変だと感じ、キレかかっていた。


「口にふくむのじゃ、さすればヌシの身体は色を失い
 誰一人としてその存在に気付くものはいなくなるのじゃ」
「・・・透明人間・・・になるってことか?」
「正確には、周りの風景と同化するということじゃが
 まぁ似たようなものじゃ」
「おいジジィッ!いい加減にしろッ!
 誰に頼まれた、あきらか?総二郎か?
 ドッキリとかサプライズとか言って俺をハメようとしてんだろッ!
 そうはいくかよッ、俺様を騙そうなんぞ百万年はえ-んだよッ!」
完全にキレた司は立ち上がってジジィを睨みつけた。


しかし爺様は落ち着き払って告げた。
「しからば試してみるがよかろう。但し、その効果が続くのは口に
 ふくんでいる時だけじゃ、口から出た途端に効果は消え、石も粉と
 なり消えてしまう。そして、もしも飲み込んでしまったら・・・」
「・・・飲み込んだら?」
非現実的であり得ない爺様の言葉をマジに受け止めてはいないはずの司だったが、何故かその先が気になって、ひげに覆われた爺様の口元を見つめ、固唾を呑んで返事を待っていた。


「大変なことになる、らしい」
「・・・らしいって・・・、知らねぇのかよッ!」
「冗談じゃ。くくくっ・・・」
「なっ!ジジイ!人をおちょくってんじゃねえぞ!」
「フッ、二度と元の姿には戻れなくなるだけじゃ」
「なっに、・・・二度と・・・戻れない」
「まぁとにかく試してみるのじゃ、全てを知りたければな」


「お~い、つかさ~」
不意に後ろから呼ばれたような気がして司は振り向いた。
しかし、視線の先には人影はない。
――気のせいか?・・・変なジジィのせいで幻聴まで聞こえたってか
「おいジジィ!テメェ・・・・・・?」
向き直った司の前にはあの爺様はいなかった。そればかりか、椅子も机もない。さっきまで自分が座っていた椅子のあった所には薄汚れた木の箱があり、机のあった所には逆さまになったゴミバケツがあるだけだ。
司は狐につままれたように呆然とする。


「何だ?一体どうなってんだ?・・・・・・夢?・・・じゃあねぇよな」
ついさっきまでの出来事が夢ではないことは、ハッキリしていた。何故なら、目の前のゴミバケツの上には、小豆大の石が7粒入っているあの小さなビンが置かれているのだから。
司はそのビンを手に取るとその場を後にし、再び歩き始めた。
――この石ころで姿を消せるって?
   飲み込んだら、二度と元の姿には戻れないだと・・・
   こんなモノが本当に、・・・んな訳ねぇよな
薄笑いしながらズボンのポケットにその小さなビンをねじ込んだ。


「ごめん花沢類、遅くなっちゃった」
淡い秋色に葉を染め始めた木々に囲まれ、心癒される公園が見渡せるそのカフェの窓に近い席が類のお気に入りの場所だった。
「俺も今来たばかりだから大丈夫」
――いつも笑顔で応えてくれる花沢類
   でも目の前のコーヒーカップは空っぽだよ
   いつも優しい花沢類、アイツとは大違いだ
   少しは見習えっつーの
「立ってないで座れば」
「あっ、うん」
――やだ・・・、あたし花沢類の笑顔に見惚れてた?


「はいコレ、頼まれてた本」
「ありがとう花沢類。助かったぁ~これでなんとかレポートを書き
 上げられるわ。図書館に行ってもいつも貸し出し中だし・・・
 かといって買えるような代物でもないし・・・、ほんと困ってたの」
「その本、俺のだから返すのはいつでもいいから」
つくしは分厚い本をパラパラと捲っていた手を止め、目をいっぱいに見開いて類を見る。
「俺の・・・って、わざわざ買ったの?」
「うん、お取り寄せ」
つくしはあいた口がふさがらない。
「プッ!どうしたの?固まってるよ」
「ど、どうしたもこうしたもないでしょう
 あたしてっきり大学の図書室で借りたのかと思ったから・・・」
「俺も読んでみたかったからね、それに本を借りるなんてめんどく
 さいし、大学の図書室なんて見たことも入ったこともないよ」
――こんな本を読みたいって?しかも買うか普通
   あたしのためにそこまで?どうしてこの人はこんなに優しいの
「プッ、また固まったよ、電池が切れたの?クククッ…」
「・・・電池って・・・、オイオイ、あたしはロボットじゃないっつーの」
「プッ!クククッ、ハハハハ…」
「アハハハハ…」


「ところで牧野、明日時間取れる?」
「・・・う、うん」
窓の外では公園の針葉樹の緑に混じり、銀杏やポプラや紅葉の木の葉が時おり吹く風にカサカサと乾いた音を立て、本格的な秋の近づきを予感させた。
楽しそうに会話をする2人。
誰の目から見ても恋人同士のように見える。


そんな2人の様子を車の中からじっと見つめる目があった。
『じゃあ明日・・・』
――類からの電話で牧野がそう言っていたな、・・・嬉しそうな顔で
喧嘩した昨日のことが気になっていた司は、秘書の高原に命じてつくしの動きを報告させていた。
――ずいぶん楽しそうにしてんじゃねぇかよ
ギリギリと奥歯をかみ締め鋭い視線を向ける司。
「しばらくの間監視を続けてくれ
 2人が会っている時は必ず報告しろよ」
やがて車はゆっくりと走り出し、その場を去っていった。


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Heart always in you 第1話

第1話

つくしは真っ青な空に白く浮かび上がる司からのメッセージを見上げていた。
その時、司は独り機内にいた。
言葉は通じない、心を許せる友はいないアメリカへ向け、司の孤独な時間が動き出した。
会いたいと思った時にはいつでも会えたこれまでとは違い、これから暫くは会うことは勿論、声でさえ聞くことができなくなるかもしれない。
今まで生きてきた人生の中で一番つらい試練が4年間も続く。そう思うと、途方もなく寂しさや喪失感といったものに襲われる。でも、それを選択したのは誰でもない、司自身だ。


<守られるだけじゃイヤなの、対等でいたいの>
――まったく可愛げのねえ女だぜ!
   でもアイツが言った言葉は理解できる
   今の俺の現状も同じようなもの
親の庇護の下で道明寺という名前に守られていなければ、司には何の力もない。
さまざまなしがらみを取っ払い、道明寺司というひとりの人間として認めさせること。自分自身が成長することによってつくしとの未来が開き、希望が叶う。全ては自分たちの未来のため、確かな未来をこの手に掴み取るために2人の時間は動き出したんだ。
そう心に言い聞かせると、どんどん小さくなっていく東京のビル群と共に司の中にある不安も薄れてゆき、新たな希望がみなぎってくる。


「牧野、俺様のメッセ-ジ見たか
 アイツ今頃、感動して・・・、泣いてんだろうな」
目をウルウルと滲ませ、今にも大粒の涙がおっこちそうな愛しい人の顔を思い浮かべていた頃、地上でその愛しい人はこんなことを口走っていた。


Love Tsukoshi

「つ、こ、し?・・・・・・つこしって何よ、スペルが違うんだよ!
 アホか!・・・ったく、恥かしいったらありゃしない」
感動して涙が出るどころか、嘆きの溜息が出ていた。


~心はいつもあなたの中に~

あれから4年半という月日が流れ、司はやっと住み慣れた日本に帰って来た。そして、夢にまで見たつくしの傍に・・・。
「牧野・・・」
「道・・・明・・・寺・・・」
大きく見開いた目と優しく見つめる目が交差する。
何の連絡もなく突然現れた司の姿につくしは嬉しさより驚きが大きく、玄関先で身体が硬直したまま呆然と立ち尽くす。
「牧野、俺いつまで立ってりゃいいんだよ」
司の声で我に返ったつくしは、目の前の出来事が夢ではなく現実のものだと知る。予想通りの表情をするつくしに、司は嬉しくて仕方がないとばかりに口元が緩む。
「・・・あぁ、ごめん。あまりに突然だったから・・・」
司に入るように促すと、つくしはぎこちなく不自然な動作でお茶の準備を始めた。


「さっき俺に見惚れてただろ?
 まっ、しゃあねぇよな、イイ男になって帰ってきたんだからな」
司はつくしの背後から両腕を回し、4年半前に記憶したつくしの温もりを確かめるようにきつく抱きしめる。
自分の身体にすっぽりと嵌るつくしの身体、そして温もりは自分の記憶とシンクロし、懐かしさや愛おしさが込み上げてくる。
その思いはつくしも同じで、背中に感じる身体や鼻をくすぐる懐かしいコロンの香りが愛おしくてたまらない。回された司の両腕に無意識に自分の腕を重ねる。


「牧野、こっち向けよ、俺に顔を見せてくれ」
耳元で囁く司の声に、この温もりは夢ではないのだと再確認する。
回していた両腕が解かれたのを合図に、つくしはゆっくと司の方に振り向いた。
「道明寺・・・、本当に道明寺なんだね」
「・・・ああ。これからはお前の傍にずっといる」
瞳を潤ませて見上げるつくしの頬に司は指を滑らせ、いま目の前にある幸せを噛みしめる。
「バカ!どうして連絡してくれなかったのよ?
 いつも一人で決めて、・・・勝手なん・・・」
嬉しいけれど、会えると分かっていてそれを楽しんでいる司と違い、会いたくても会えない寂しさにどっぷりと浸かっていたつくしにとっては、素直に喜んで司を調子づかせるのも癪にさわる。だが、悪態の一つでもつこうとするつくしの口は、いとも簡単に司の唇で塞がれてしまった。
何度も重ねる唇に、最初は躊躇いがちだったつくしの唇もいつしか司を求めるように、司に応えるように唇を重ねる。
愛しい人の温もりで安心感を得、唇に触れることで愛の確信を得、会えなかった歳月を埋めるかのように求め合う2人には、KISSから先の行為へと進むのに時間はかからなかった。


しかし、電話の無機質な電子音が2人の甘い世界に横槍をいれる。
「あっ、あたし出る」
「そんなのほっとけよ」
「ダメよ出なきゃ、大事なことかも知れないんだから」
――俺よりも電話の方が大事なのかよ
司は続きを望んだがあっさりとつくしに却下され、ベッドに不貞寝をする。


「もしもし」
『牧野が探してたやつ、やっと見つかったんだ』
「えっ?本当?ありがとう、花沢類
 これでやっとレポ-トを仕上げることができる
 花沢類にお礼しなきゃね」
『くくくっ・・・、あんたのその声を聞けただけで十分だよ
 じゃあ、明日いつもの場所でね』
「うん、分かった。明日いつ・・・」
弾む声、笑顔、そんなつくしにさせているのが類だと知った司は、ピキピキと青筋を数本浮かべながら勢いよくベッドから身体を起こすと、強引に携帯電話を奪うなり電池を抜き取った。


「ちょっと!まだ話終わってないのになんてことすんのよッ!」
「お前、類からの電話だって知ってたんだろ?」
「なっ、なに?何怒ってんの?」
「お前ら、あれからずっと連絡取り合ったり会ってたりしてたのか?」
「お前らって・・・、なんかその言い方ってスッゴイ感じ悪いんだけど」
「答えになってねぇ。・・・で、どうなんだよ?」


つくしは英徳大学には進まず都内の国立大学に進学した。つくし自身の努力の賜物だが、その陰には総二郎やあきら、類といった協力者のおかげで困難とされた大学も無事に入ることができた。
その大学生活もあと半年で卒業を迎える時期となり、期日が迫った論文を仕上げるのに必死になっていただけに類からの朗報につい嬉しさを隠し切れなかった。


「はい?アンタ、もしかして、花沢類とあたしのこと疑ってんの?」
「誰もそんなこと言ってねえよ。・・・ただ・・・、なんでもねぇ」
――お前の笑顔が見たかっただけなのに・・・。ちくしょう!
小さなテーブルを挟んで何かを言おうとして口を噤み、どっかりと畳に座り込んだ司につくしは鋭い視線を向ける。
「何よ、言いたいことがあるんなら言いなさいよ
 あたしと花沢類の間には何一つ疚しいことなんてないんだから」
「けどなんかずいぶん楽しそうじゃねぇか」
「ええ、楽しいですとも
 どこかの誰かさんと違って花沢類は優しいからね!」
「そうかよッ!4年ぶりに会った俺より類の方がいいって言うんだな
 なんだよ、類!類!類!ってよ
 俺は類の話を聞きに来たんじゃねえ」
「誰もそんなこと言ってないわよ
 花沢類のことになると直ぐにむきになるんだから」
「お前にとっちゃそんなことかもしんねえけど
 今の俺にしてみりゃコクなんだよ」
「何が酷なのよ?意味分かんない。・・・大体にして、帰って来るんなら
 帰って来るで連絡のひとつもあっていいんじゃないの」
「俺に会いたくなかったってことかよ?」
「誰もそんなこと言ってない」
「じゃあ何だよ?類の電話には嬉しそうな顔しやがって
 俺の前では膨れっ面、このギャップは何なんだよ?」
素直になれない2人の会話はすれ違いの繰り返し。
会いたい時に会えないつらさを乗り越えて感動の再会を果たしたにも関わらず、結局最後は感情をぶつけ合うばかりの最悪の再会となった。


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