路 ~ロード~ 最終話
最終話
「牧野、心配かけてゴメン」
「ううん、あたしにも責任があるから」
「何で牧野が。・・・俺が自分の身体を大切にしなかっただけだから
牧野が責任を感じることなんてないよ」
静けさが戻った病室でつくしはベッドの横にある椅子に座っていた。
総二郎とあきらが出て行った今、2人きりの病室はとても広く感じる。
「身体の方は大丈夫?横になってなくていいの?」
「うん、牧野の顔見たら元気になった」
優しく微笑む類につくしの目頭が熱くなる。
一度失いかけた大切な人のその笑顔はいつも見慣れたものなのに、今はとても愛おしくて、なぜか懐かしいような感覚に陥る。
「牧野、なんで泣くの?」
「前に聞いたよね
〝牧野の前から俺がいなくなったら、寂しい?悲しい?〟って
そのことばかりが頭から離れなくて、・・・ずっと不安だったの」
「言っただろ、牧野を独りにして遠くに行ったりしないって」
「だって、花沢類が死んじゃう夢は見るし、・・・病室には入れないし
やっと花沢類に会えたと思ったら、・・・・・・死んでるんだもん
揺さぶっても起きないし
本当に死んだんだそう思ったら怖くなって・・・」
「やっぱ牧野って、一つの事に集中すると周りが見えなくなるね
くくくっ…」
「何がおかしいのよ?もう、人がどれだけ心配して」
つくしは言うのを止めた。
少し前まで絶望や憂慮したことが嘘のように類の笑顔で消され、つられるように笑いだした。
「久しぶりに笑った気がする、それに牧野の笑った顔も
うさぎみたいな真っ赤な目より、やっぱ牧野には笑顔が似合う」
「うさぎ?」
「そう、うさぎ。・・・・・・ところでさぁ牧野、俺に何したの?
それに家族じゃないとか、簡単に裏切らないとか言ってたけど」
当の本人ですらその事をすっかり忘れていたのに、類はしっかりと覚えていた。自分の取った行動を思い出して赤面するつくしを、類は面白がって覗き込む。
「そ、それは、・・・家族以外の人は入れないって言われたんだけど
あたしがあまりにもしつこいもんだから、観念したんじゃないの
ロボットみたいなSPでも、人の子だったってことよね
あはははぁ…。・・・・・・そういえば、西門さんったら
何言ってんのかな?あたしにはさっぱりだよ」
「ふ~ん」
「な、何よ、ふ~んって
あっ!その目付き、・・・完全に疑ってる目してる」
「バレバレだって、自分でも分かってるんでしょ?観念しなよ」
優しい瞳の奥に意地悪さを含んでいることが気に入らない反面、全ての事を見透かしているような言い方に、嘘やその場しのぎの言葉など通用しないのだと悟る。
「えっと、・・・婚約者か、恋人だと入ることができるって言われて
だってあの時は花沢類に会いたい一心で、必死だったから」
総二郎とあきらの謀略と解った今でさえ思い出すと胸が苦しくなる。
「やっとの思いで入れたのに、それなのに
既に花沢類は死んでる設定だし
何も知らないあたしは、・・・もう二度と花沢類には会えないんだ
そう思ったら花沢類を、・・・抱きしめてて、・・・気付いた時には」
あの時は恥かしいとか躊躇いなどは一切なかった。自分が取った行動に後悔はしていない。だが今の状況はあの時とは違う。
それを本人に面と向かって口にしなければならないのと、それに加えて2人に見られていたという事実も手伝って余計に羞恥心が募り、どうしても最後の一言がでない。
「抱きしめて、それで?」
容赦なく追求してくる類の瞳は楽しげで、まるで確信犯のようにも思える。
「キ、…キスしてた。ああぁ!もう!あいつ等全部見てたなんて」
つくしはやけっぱちで言うと頭を掻き毟り、慙愧を隠すようにベッドに顔を埋める。
「牧野って意外と大胆なんだね
それに寝込み襲う趣味もあったなんて」
「はい?そんな趣味あるわけないでしょ!……最期だと思ったから」
語尾が寂しげに聞こえたのは、その時に受けた悲しみが蘇ったからなのだろう。
「牧野、ありがとう」
「・・・えっ?」
「いつもの牧野でいてくれたから
それと、目が覚めたのは牧野のおかげだから」
「だから、そ、それは・・・」
「分かってる、最期の別れだったてこと、それでも嬉しかった
たとえ最期だったとしても俺を男として見てくれたから…でしょ」
「うっ」
「ぷっ!牧野には言葉なんていらないね」
「・・・・・・。」
「牧野の表情見てると分かる、否定してないって」
「はははぁぁ…。マイッタなぁ~、花沢類は何でも分かるんだね」
「誰よりも牧野の一番の良き理解者だと思ってるつもりだけど
でも…、俺にだって分からないこともあるよ」
類が何を言いたいのかつくしには痛いほど分かっていた。
表情や行動である程度の予測はできたとしても、心に秘めた真意は言葉として伝えなければ、真実が分からないということを。
「花沢類に言わなければならないことがあるの」
神妙な面持ちで切り出したつくしに一瞬戸惑ったが、類もまたつくしと同様に何を言おうとしているのかを察した。
あの非常階段で突発的に告白したその返事だと。
「あたしは、・・・花沢類が好き
どうしようもないくらい花沢類が好きなの
もっと早くに言うつもりだったのに・・・」
他の人のことを想って泣いたり悩んだりしたことも、微笑む先が自分でなくても、苦しさや寂しさを隠して傍でずっと見守ってきた類にとって、今やっとそのつらい時期に終止符が打たれ、2人の心が一つになった瞬間だ。
一番欲しかった言葉にも関わらず、類は大きく目を見開き不安そうに瞳を揺らすつくしから視線を外すことなく固まっていたが、やっとの思いで口を開いた。
「まきの」
「花沢類といると、あたしがあたしらしく生きられるの」
そう言ってつくしは類の胸に飛び込んだ。
今のつくしには恥かしさなどない。かけがえのない人が生きていてくれたことへの感謝と、伝えられなかった想いを伝えることができた喜びに満ち溢れていた。
「俺も牧野がいるから、自分を見失うことなく前向きに
生きられるんだ。・・・ありがとう、牧野」
この温もりが愛おしい。類はつくしをきつく抱きしめ返した。
生まれて初めて心の奥底から感じた喜び、そして幸福はそれ以上の言葉にすることはできなかった。
「もうこんなふうに病院に呼ばれるのはイヤ
・・・心臓が幾つあっても足りないよ」
悲しみの淵と幸せの絶頂の両極端を一度に経験したつくしの瞳から溢れる涙は、密着している類の温かな身体に吸い込まれていく。
つくしの笑顔を見た時、何も無い類の心に一欠けらの幸せが舞い込んできた。笑顔を見る度にパズルが完成していくように幸せが増幅していった。
しかし、つくしの悲しむ顔や泣き顔を見るとその幸せは一瞬にして消え、類の心を深い悲しみの谷底へと引きずり込まれるような感覚に陥る。
「ゴメンな。もう二度と悲しませるようなことはしないから」
「〝牧野が望む恋、俺としてみない?〟って言ったこと覚えてる?」
「覚えてるよ」
「花沢類、本当にあたしでいいんだよね?」
「うん、牧野でなきゃだめなんだ
牧野でなきゃ俺は幸せにはなれない
だから、俺の傍にいて、俺を幸せにしてくれる?」
「えっ?普通、男の人が幸せにするからって言うじゃないの?」
「普通はね」
「普通はね…って・・・」
「牧野は人に幸せにしてもらおうなんて思ってないでしょ?
だから俺が牧野に幸せにしてもらうの、一生ね
牧野が傍にいないと、いつまた入院する破目になるか
分からないしね」
まだ何も始まってもいないのにプロポーズともとれる言葉に、つくしは真っ赤な顔で見上げた。そこには幸福に満ちた笑顔があり、その笑顔は心を温め幸せをも運んでくる。
「ズルイよ、そんな顔されたら」
「俺がズルイんじゃなくて、牧野がそうさせてるんだよ
今の状況が特にね」
感情のままに類の胸に飛び込んだものの未だにその腕の中にいたことに、つくしはハッとして体を離そうとした。だが、類はそれを許さなかった。
「やっと幸せを実感してるのに。俺から離れたら、怒るよ」
苦しいくらいかけがえのない人を抱きしめながら、幸福に酔いしれる。
「その笑顔が一生見られるんだったら
あたしが花沢類を幸せにしてあげる
その代わり、返品はできないからね
イヤだって言ってもくっついて放れないから、覚悟してよ」
「返品?くくくっ…。大丈夫、俺は一生もんだと思ってるから
牧野こそ覚悟しなよ
俺はもう我慢なんてしないから、すべてを受け止めてよ」
映し出す瞳も、欲しい言葉をかける口も、包み込む腕も、笑顔も、何もかもがつくしのためだけに存在する。この世に生を受けた時からそれは決まっていたかのように、素直になれる感情と表情はすべてつくしのためだけに存在する。
真意を伝えなければ、きっといつまでも平行線のままで交わることはなかっただろう。
真意を伝えれば、平行線のままの方が良かったと後悔したかもしれない。
このことで迷いや苦しんだりもしたが、類は気付いた。
君が目の前にいながら、僕の愛に気付かないことではなく
愛していながら、愛してないフリをすることのつらさを――
そして、つくしも気付いた。
いつも私の傍にいながら、あなたの愛に気付かないことより
いつも傍にいたあなたが、私の傍にいないことの寂しさを――
類に恋心を抱きながらも、静の元に背中を押した時期もあった。
つくしに恋心を抱きながらも、親友のために身を引いた時期もあった。
お互いに相手を想う時期があったにも関わらず、その時期がかみ合わないがために回り道となってしまったが、その回り道があったからこそ、その人が大切な存在なのだと気付く。
納得することも後悔することも、それらの出来事に無意味などない。
多くの真実を学ぶために用意された路なのだ。
~ Fin ~
(2007/5/20に掲載した作品です)

