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2008年10月 9日 (木)

路 ~ロード~ 最終話

最終話

「牧野、心配かけてゴメン」
「ううん、あたしにも責任があるから」
「何で牧野が。・・・俺が自分の身体を大切にしなかっただけだから
 牧野が責任を感じることなんてないよ」
静けさが戻った病室でつくしはベッドの横にある椅子に座っていた。
総二郎とあきらが出て行った今、2人きりの病室はとても広く感じる。


「身体の方は大丈夫?横になってなくていいの?」
「うん、牧野の顔見たら元気になった」
優しく微笑む類につくしの目頭が熱くなる。
一度失いかけた大切な人のその笑顔はいつも見慣れたものなのに、今はとても愛おしくて、なぜか懐かしいような感覚に陥る。


「牧野、なんで泣くの?」
「前に聞いたよね
 〝牧野の前から俺がいなくなったら、寂しい?悲しい?〟って
 そのことばかりが頭から離れなくて、・・・ずっと不安だったの」
「言っただろ、牧野を独りにして遠くに行ったりしないって」
「だって、花沢類が死んじゃう夢は見るし、・・・病室には入れないし
 やっと花沢類に会えたと思ったら、・・・・・・死んでるんだもん
 揺さぶっても起きないし
 本当に死んだんだそう思ったら怖くなって・・・」
「やっぱ牧野って、一つの事に集中すると周りが見えなくなるね
 くくくっ…」
「何がおかしいのよ?もう、人がどれだけ心配して」
つくしは言うのを止めた。
少し前まで絶望や憂慮したことが嘘のように類の笑顔で消され、つられるように笑いだした。


「久しぶりに笑った気がする、それに牧野の笑った顔も
 うさぎみたいな真っ赤な目より、やっぱ牧野には笑顔が似合う」
「うさぎ?」
「そう、うさぎ。・・・・・・ところでさぁ牧野、俺に何したの?
 それに家族じゃないとか、簡単に裏切らないとか言ってたけど」
当の本人ですらその事をすっかり忘れていたのに、類はしっかりと覚えていた。自分の取った行動を思い出して赤面するつくしを、類は面白がって覗き込む。


「そ、それは、・・・家族以外の人は入れないって言われたんだけど
 あたしがあまりにもしつこいもんだから、観念したんじゃないの
 ロボットみたいなSPでも、人の子だったってことよね
 あはははぁ…。・・・・・・そういえば、西門さんったら
 何言ってんのかな?あたしにはさっぱりだよ」
「ふ~ん」
「な、何よ、ふ~んって
 あっ!その目付き、・・・完全に疑ってる目してる」
「バレバレだって、自分でも分かってるんでしょ?観念しなよ」
優しい瞳の奥に意地悪さを含んでいることが気に入らない反面、全ての事を見透かしているような言い方に、嘘やその場しのぎの言葉など通用しないのだと悟る。


「えっと、・・・婚約者か、恋人だと入ることができるって言われて
 だってあの時は花沢類に会いたい一心で、必死だったから」
総二郎とあきらの謀略と解った今でさえ思い出すと胸が苦しくなる。
「やっとの思いで入れたのに、それなのに
 既に花沢類は死んでる設定だし
 何も知らないあたしは、・・・もう二度と花沢類には会えないんだ
 そう思ったら花沢類を、・・・抱きしめてて、・・・気付いた時には」
あの時は恥かしいとか躊躇いなどは一切なかった。自分が取った行動に後悔はしていない。だが今の状況はあの時とは違う。
それを本人に面と向かって口にしなければならないのと、それに加えて2人に見られていたという事実も手伝って余計に羞恥心が募り、どうしても最後の一言がでない。


「抱きしめて、それで?」
容赦なく追求してくる類の瞳は楽しげで、まるで確信犯のようにも思える。
「キ、…キスしてた。ああぁ!もう!あいつ等全部見てたなんて」
つくしはやけっぱちで言うと頭を掻き毟り、慙愧を隠すようにベッドに顔を埋める。
「牧野って意外と大胆なんだね
 それに寝込み襲う趣味もあったなんて」
「はい?そんな趣味あるわけないでしょ!……最期だと思ったから」
語尾が寂しげに聞こえたのは、その時に受けた悲しみが蘇ったからなのだろう。


「牧野、ありがとう」
「・・・えっ?」
「いつもの牧野でいてくれたから
 それと、目が覚めたのは牧野のおかげだから」
「だから、そ、それは・・・」
「分かってる、最期の別れだったてこと、それでも嬉しかった
 たとえ最期だったとしても俺を男として見てくれたから…でしょ」
「うっ」
「ぷっ!牧野には言葉なんていらないね」
「・・・・・・。」
「牧野の表情見てると分かる、否定してないって」
「はははぁぁ…。マイッタなぁ~、花沢類は何でも分かるんだね」
「誰よりも牧野の一番の良き理解者だと思ってるつもりだけど
 でも…、俺にだって分からないこともあるよ」
類が何を言いたいのかつくしには痛いほど分かっていた。
表情や行動である程度の予測はできたとしても、心に秘めた真意は言葉として伝えなければ、真実が分からないということを。


「花沢類に言わなければならないことがあるの」
神妙な面持ちで切り出したつくしに一瞬戸惑ったが、類もまたつくしと同様に何を言おうとしているのかを察した。
あの非常階段で突発的に告白したその返事だと。
「あたしは、・・・花沢類が好き
 どうしようもないくらい花沢類が好きなの
 もっと早くに言うつもりだったのに・・・」
他の人のことを想って泣いたり悩んだりしたことも、微笑む先が自分でなくても、苦しさや寂しさを隠して傍でずっと見守ってきた類にとって、今やっとそのつらい時期に終止符が打たれ、2人の心が一つになった瞬間だ。


一番欲しかった言葉にも関わらず、類は大きく目を見開き不安そうに瞳を揺らすつくしから視線を外すことなく固まっていたが、やっとの思いで口を開いた。
「まきの」
「花沢類といると、あたしがあたしらしく生きられるの」
そう言ってつくしは類の胸に飛び込んだ。
今のつくしには恥かしさなどない。かけがえのない人が生きていてくれたことへの感謝と、伝えられなかった想いを伝えることができた喜びに満ち溢れていた。


「俺も牧野がいるから、自分を見失うことなく前向きに
 生きられるんだ。・・・ありがとう、牧野」
この温もりが愛おしい。類はつくしをきつく抱きしめ返した。
生まれて初めて心の奥底から感じた喜び、そして幸福はそれ以上の言葉にすることはできなかった。


「もうこんなふうに病院に呼ばれるのはイヤ
 ・・・心臓が幾つあっても足りないよ」
悲しみの淵と幸せの絶頂の両極端を一度に経験したつくしの瞳から溢れる涙は、密着している類の温かな身体に吸い込まれていく。


つくしの笑顔を見た時、何も無い類の心に一欠けらの幸せが舞い込んできた。笑顔を見る度にパズルが完成していくように幸せが増幅していった。
しかし、つくしの悲しむ顔や泣き顔を見るとその幸せは一瞬にして消え、類の心を深い悲しみの谷底へと引きずり込まれるような感覚に陥る。
「ゴメンな。もう二度と悲しませるようなことはしないから」


「〝牧野が望む恋、俺としてみない?〟って言ったこと覚えてる?」
「覚えてるよ」
「花沢類、本当にあたしでいいんだよね?」
「うん、牧野でなきゃだめなんだ
 牧野でなきゃ俺は幸せにはなれない
 だから、俺の傍にいて、俺を幸せにしてくれる?」
「えっ?普通、男の人が幸せにするからって言うじゃないの?」
「普通はね」
「普通はね…って・・・」
「牧野は人に幸せにしてもらおうなんて思ってないでしょ?
 だから俺が牧野に幸せにしてもらうの、一生ね
 牧野が傍にいないと、いつまた入院する破目になるか
 分からないしね」
まだ何も始まってもいないのにプロポーズともとれる言葉に、つくしは真っ赤な顔で見上げた。そこには幸福に満ちた笑顔があり、その笑顔は心を温め幸せをも運んでくる。


「ズルイよ、そんな顔されたら」
「俺がズルイんじゃなくて、牧野がそうさせてるんだよ
 今の状況が特にね」
感情のままに類の胸に飛び込んだものの未だにその腕の中にいたことに、つくしはハッとして体を離そうとした。だが、類はそれを許さなかった。
「やっと幸せを実感してるのに。俺から離れたら、怒るよ」
苦しいくらいかけがえのない人を抱きしめながら、幸福に酔いしれる。


「その笑顔が一生見られるんだったら
 あたしが花沢類を幸せにしてあげる
 その代わり、返品はできないからね
 イヤだって言ってもくっついて放れないから、覚悟してよ」
「返品?くくくっ…。大丈夫、俺は一生もんだと思ってるから
 牧野こそ覚悟しなよ
 俺はもう我慢なんてしないから、すべてを受け止めてよ」
映し出す瞳も、欲しい言葉をかける口も、包み込む腕も、笑顔も、何もかもがつくしのためだけに存在する。この世に生を受けた時からそれは決まっていたかのように、素直になれる感情と表情はすべてつくしのためだけに存在する。

真意を伝えなければ、きっといつまでも平行線のままで交わることはなかっただろう。
真意を伝えれば、平行線のままの方が良かったと後悔したかもしれない。

このことで迷いや苦しんだりもしたが、類は気付いた。

君が目の前にいながら、僕の愛に気付かないことではなく
愛していながら、愛してないフリをすることのつらさを――


そして、つくしも気付いた。

いつも私の傍にいながら、あなたの愛に気付かないことより
いつも傍にいたあなたが、私の傍にいないことの寂しさを――

類に恋心を抱きながらも、静の元に背中を押した時期もあった。
つくしに恋心を抱きながらも、親友のために身を引いた時期もあった。
お互いに相手を想う時期があったにも関わらず、その時期がかみ合わないがために回り道となってしまったが、その回り道があったからこそ、その人が大切な存在なのだと気付く。

納得することも後悔することも、それらの出来事に無意味などない。
多くの真実を学ぶために用意された路なのだ。

~ Fin ~


(2007/5/20に掲載した作品です)

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2008年10月 8日 (水)

路 ~ロード~ 第5話


第5話

「花沢類が危ないってことも
 2人で泣いてたこともウソだったんだね」
「危ないって言ったのは嘘じゃねえよ、・・・意味は違うけど」
「どうゆうこと?」
「寝不足の反動で、類は3日間も目を覚まさなかったんだから
 ヤバイだろ?・・・眠れない次は寝過ぎだし
 類のことだ、いつ目が覚めるか分からないからな
 だから牧野に来てもらったんだよ
 類は牧野に敏感に反応するからさ」
「だからって・・・、あんな言い方しなくても・・・」
「するだろ〝大切なものを失った時に本音が出るのか?〟が
 テーマなんだからさ」


一つ一つの話は実際に類の身に起きたことで嘘ではないが、その事を利用して人を失意のどん底まで突き落とし、心を弄ぶ2人のやり方につくしの堪忍袋の緒は切れる寸前まできていた。
そんなつくしの心情をはぐらかすかのようにあきらは問いかける。
「ところで牧野、よく病室に入って来れたよな」
「えっ?・・・どうして?」
「言ってなかったか、家族以外は入れられないって
 牧野はいつから類の家族になったんだ?」
「家族?そんなわけないでしょ!
 ・・・あっ!・・・そういえば、あの人たちは?」
「あきらんとこのSP、リアルさを出すための演出だったって訳よ
 まぁそれだけじゃねぇけど…。牧野は家族じゃないのに
 どうして入ることができたんだろうな、あきら?」
「そうだな、絶対服従のSPが雇い主をそう簡単に裏切るとは
 どうやらあいつ等は失業したいらしいな」
2人の思惑通り役者に徹したSPをあきらはわざと追い詰めるような言い方をして、つくしに思い出させようと誘導する。


「あっ!」
「思い出したみたいだな
 お兄さんは嬉しいよ、お前が決心してくれて」
「妹よ、お兄さんの役目はここまでだ
 あとはお前がどれだけ素直になれるかだ
 くれぐれもお兄さんの期待を裏切るではないぞ」
厚い壁となって立ちはだかったSPはリアルさを出す為の単なる演出に過ぎず、極限まで追い詰めるやり方で決心させようとした。
次から次へと明らかになっていく驚愕の真相に、つくしは怨敵を見るように総二郎とあきらを凝視する。
類に会いたい一心でもがき苦しんだあの時を思い出すだけでもやり切れないのに、目の前の2人はしてやったりというふうな表情で自分を見ている。


「お兄さん、お兄さんって、うるさいわね!
 あんた達は最初からあたしを騙すつもりで・・・
 西門さんの電話を、あたしはどんな思いで聴いてたか
 どんな思いでここに来たかなんて、・・・あんた達には・・・」
わなわなと震わせる肩、硬く握り締める拳、ナイフのように鋭い目つきで威圧感を与え、怒りのオーラは身体全体から発せられ殺気立っている。


「まっ、牧野、そんなに怖い顔すんなよ」
「視線で人を殺せんるんなら、間違いなく俺は殺されたな」
「ああ。…なんて言ってる場合じゃないみたいだぞ
 マジで殺気だってるぜ。総二郎、この辺が潮時じゃねぇ」
肩を竦めて冗談を言ってみせる余裕のある態度の総二郎に反し、あきらの頭の中ではつくしの鉄拳や飛び蹴りがチラつき身震いするのだった。


「あきら大丈夫だって
 牧野が類に何をしたのか、俺たちはこの目でしっかりと…」
総二郎は不敵な笑みでつくしを一瞥すると、あきらと視線を交わした。
あきらは総二郎の目力で何を言いたいのかを察する。
今まではつくしがどんな反応を示すのか予測し、全て予定通りに事は運んでいた。ただ、つくしが類にしたことは想定外で驚かされたが、逆にこの事が彼らを更に有利に導き、つくしの怒りの矛先を変える手助けとなる。


「類、牧野はなぁ、あぁ見えて実は・・・」
「えっ?ちょ、ちょっと待って!」
総二郎は口角を上げると類の耳元に顔を近づけていく。そんな総二郎につくしは慌てて駆け寄ると、腕を引っ張って類から引き離した。
「みんなして何なの?・・・牧野、何でそんなに慌ててんのさ?」
類は怪訝そうな表情を浮かべた。


「べべ、別に慌ててなんか・・・いないわよ」
「くくくっ…、じゃあ、何で総二郎の口塞いでんのさ?」
2人にさえ手を焼く現状なのに、一番触れてほしくない話に加わって興味津々なのが、よりによって一番聞かれたくない類であることがつくしの頭を悩ませる。
「あれ?いつの間に?・・・あはははっ…」
つくしは塞いでいた総二郎の口元から手を離すと、場に応じた対処ができずに乾いた笑いで誤魔化そうとした。


「ったく、俺を窒息死させる気か?そんな度胸があるんだったら
 類にしたことぐらいどってことねえじゃん」
「ちょ、ちょっと待ってよ!何で?・・・あの時は確かに後ろを」
「向いてたよ、でも牧野は気付かなかったんだよ
 俺たちが向いた先が窓で
 鏡のようにハッキリと映っていたことを」
「しょうがないっしょ
 牧野は気が動転してたんだし、そんな余裕も・・・」
「…へっ?」
一部始終を見られていた、そう思うと恥かしさで顔が一気に赤くなる。


2人には予想外の事ですらそれを巧みに操り有利な展開へと運ぶ。
だがそれも彼らの計算の内なのだと知ったつくしは、今まで何度も抑えていた怒りはマグマのように一気に爆発する。
「今回という今回は、ぜっ!たい!許さない!」
相当ヤバイ状況に立たされたと察した2人は、つくしの鉄拳を逃れるように扉に向かった。
「命の恩人であり、お前たちのキューピット役でもある俺らを
 感謝されても怒られる覚えはねえぞ」
「類、俺らはこれで退散するけど、妹のこと頼んだぞ
 逆恨み、なんてことねぇようにしっかりフォロー頼んだからな」
どんな状況であろうと捨てセリフを忘れないところが余計に憎たらしい。


「まだ話は終わってないッ!
 何が妹よ!・・・逃げるんじゃない!・・・こらっ!」
「ありゃ相当きてるな」
「あれだけ俺らのシナリオどおり動くコマは
 牧野以外考えられないっしょ
 司の時で懲りてるはずなのによ、2度も騙されるなんて
 単純なのかバカなのか、・・・まったく教訓が生きてないと言うか」
総二郎とあきらは病室から避難して、つくしの怒鳴り声を廊下で聞いていた。


「鼓動する死体がどこにあんだよ。顔は埋めるは、抱きしめるは
 挙句の果てにはキスときた、あんだけすりゃ普通気付くだろうに」
「おお!類が目を覚ます前に気付かれるんじゃなかって
 あん時はヒヤヒヤもんだったぜ。けどそこはさすが牧野だもんな」
「そんな牧野でも大胆なことするんだな、自分からキスなんてよ
 青天の霹靂って言葉あるけど
 あん時は思わず振り返りそうになったもんな」
「俺が思うに、あれは牧野の武器とみた」
「・・・ブキ?」
「ああ。前に一度司から聞いたことがある
 何の前置きもなく突然してきたらしい
 あの司がキスされたぐらいで上機嫌も上機嫌で
 メロメロだったからな
 普段滅多にしない意外な行動を取ると
 効果覿面ってことなんだろ」


エレベーターを降りた2人は診察を待つ患者や付き人などで賑わうロビーへ向かった。一面ガラス張りの壁からは秋晴れの爽やかな日差しが差し込む。
「じゃあ、あの牧野が猫みたいに甘えたらどうなるんだ?」
つくしが自分の膝の辺りにグイグイと身体を摺り寄せながら、瞳を滲ませて甘えた声で〝にゃお~〟と鳴く、アニメチックでちょっぴりエロチックな映像が総二郎の頭の上にモヤ~ッと浮かんで消えた。


「普段の牧野を知ってるだけに、俺はヤバイかもな
 きっと何でも許してしまいそうだ
 今の牧野からはどう考えても想像つかねぇけど
 類の前ではどうだか」
あきらにとってもつくしは単に友達の彼女だっていう認識ではなかった。まして妹だなんて本気で思っているはずもなく、兄貴になりたい訳でもない。ただつくしに惚れるのが司や類より少し遅かっただけのこと。


病院から出ると、鈍った身体を解すかのように背伸びをしながら清々しい空気を口いっぱいに吸い込む。医薬品の匂いがする病院と狭い病室に籠もりきりだった身体には、降り注ぐ陽光と清々しい空気がやけに新鮮に感じる。
類の退院も時間の問題となった今、2人は病院に来る必要がなくなった開放感と、謀略が上手くいったことに達成感のようなものを感じていた。


「病院で夜を明かすのって、どうも気分イイもんじゃねぇな」
「そうだな」
あきらは振り返り類の病室がある棟を見上げる。総二郎もつられるように見上げた。

――類、俺らにできることはここまでだ
   あとは自分でケリをつけるんだな
   どの路を行こうが後悔だけはするなよ

――牧野、お前にとって今が一期一会なんだぞ
   分かってんだろうな
類とつくしにエールを送ると、2人は駐車場に向かって再び歩き出した。


類が入院したと連絡を受けた時、総二郎とあきらは心の底から心配した。
ケガで入院するのなら時間が解決してくれるだろうが、心の病となるとそう簡単にはいかない。幼少期の類を知っているだけに余計に心配だったのだ。


身体の方は数日間の静養で退院ができると主治医から聞き、一安心した2人は類の心のケアは自分たちで何とかしようと考えた末、今が千載一遇のチャンスとばかりにこの計画を立てた。
つくしには愚計とも思われたようだが、2人は類とつくしの幸せの一歩に繋がればときっかけを与えたかったのだ。
この策略によりつくしは一時的に多大の悲しみを受けた。しかし、その一方で、大切な恋の路しるべとなったのも事実だった。


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2008年10月 7日 (火)

路 ~ロード~ 第4話


第4話

白いシーツはつくしの悲しみの涙を吸い染みの幅を広げていく。
「花沢…類…、ううぅぅ…。どうして待っててくれなかったのよ
 待つのは慣れてるんじゃなかったの?ズルイよ、花沢類はズルイよ
 泣かせたりしないって言っておきながら、ううぅ…
 花沢類が一番悲しみを…」
次の瞬間つくしの身体がビクッと硬直し、その後の言葉が出ない。
いや、出せなくなった。


やがて思考が戻ると恐怖感に襲われ、その場から逃れようとして後ずさった足が椅子に引っかかり、尻餅をつく体勢になった。
「大丈夫か牧野?ケガしなかったか?」
あきらが駆け寄りつくしの身体を起こすと、倒れた椅子を立て直して座らせた。
「なんだったの?」
そう呟いてつくしは隣にいるあきらを見上げる。
「ちょ、ちょっと、今の見たでしょう?」
「お前どうしたんだよ?」
「牧野、なに慌ててるんだ?」
2人にはつくしの言動が理解できない。


「はっ、花沢類の、・・・頭が・・・」
つくしにはハッキリと分かった。
涙でぼやける視界にも関わらず、類の頭が傾き自分の方を向いたことを。
「ああ?・・・頭?・・・そんなわけねえだろ」
死んだはずの人間が動くなんてあり得ない、そう思いながらもあきらには心当たりがあった。
「もしかして、・・・それって死後硬直ってやつじゃねえのか?」
「・・・死後・・・こうちょく?」


死後硬直とは、死後時間の経過とともに骨格筋が次第に硬くなり、関節を動かすのに抵抗が生ずることである。
死後硬直の進展は環境温度等の影響を受けるが、通常死後2~3時間後に顎関節から始まり、大関節、抹消間接へと進み半日程度で全身に及ぶ。
つまり目の前に横たわる類は死人であって、同じ空間で同じ時間を共有しながらも、この世にいないという現実をつきつけられた。


「悲しいけど夢じゃないんだね…、今起きていることは
 ・・・現実なんだね」
椅子から立ち上がったつくしは、類の存在を自分の身体に記憶させるように包み込む。
「あの時、こうしてあげればよかった
 ゴメンね、何もしてやれなくて
 もう泣いたりしないから、安心して眠っていいよ。・・・るぃ」
現実を直視したつくしは、死にたくなるほど絶望を感じながらも
〝後悔しない人生を1日でも多く生きるから〟そう類に誓い身体を離した。


「牧野、もういいのか?」
「・・・う、うん」
「俺たちに遠慮することはないから、もう少し類の傍にいてやれ」
「じゃあ、ちょっと後ろ向いててくれる、すぐ済むから」
「「ああ」」
つくしは2人が完全に後ろ向きになったのを確認すると、前かがみになって類の顔を見つめる。サラサラの髪、長い睫毛、筋の通った鼻を瞳に焼き付けると、更に顔を近づけた。伝えられなかった自分の想いを唇に託し、類の唇に重ねる。
「花沢類、今までありがとう」
類の穏やかな表情を見ていると〝牧野のありがとうは聞き飽きたよ〟そう言って優しく見つめ返してくれそうな錯覚に陥る。


笑顔が見られなくても、声が聞けなくても、今目の前には類が居る。
たとえそれが死人であっても。
顔を背けた瞬間から、もう二度と類を見ることはできなくなる。それでもつくしは名残惜しさをぐっと堪えて反転し足を踏み出した、その瞬間だった。
「びええぇぇぇ!!」
つくしの奇声は外の廊下の端まで響いた。


「・・・きの」
怯えるつくしに追い討ちをかけるように、小さな声は直ぐ後ろから聞こえた。
総二郎とあきらは少しベッドから離れた窓際に立って居て、つくしはベッドを挟んで手前に居た。それならば一体誰が。
今何が起きたのかを確認する為、つくしは声のする方へ必死の思いで振り向いた。
自分の手首に触れているのはシーツからはみ出た死んだはずの類の手であり、そして、閉じられていたはずの瞼は開かれ、琥珀色の瞳がしっかりと自分を捕らえているように思えた。


「ここ、これも・・・死後・・・硬直なの?」
「やっと復活したようだな」
「一時はどうなるかと思ったけど、間に合ってよかったぜ」
「ったく、お前は白雪姫かよ」
「…えっ?」
未だに身動きできずにいるつくしを他所に、総二郎とあきらは顔を見合わせて笑いを堪えているようだった。
彼らの瞳は妙に輝いている。
それは決して涙で輝いているのではなかったのだと、つくしはこの後知ることになる。


「類、気分はどうだ?」
「うーん、少し頭がボーッとする・・・って、ここどこ?」
「なな、なんでしゃべってるの?」
「牧野どうしたの?俺が言うとおかしい?」
類は頭を左右に振る。寝起きにするいつもの動作だ。
「だ、だって、・・・花沢類は、・・・死んだんじゃ・・・」
「俺が?・・・死んだ?・・・じゃあ、俺は幽霊なんだ」
「本当に花沢類は幽霊じゃないの?・・・・・・生きてるのね?」
「死んだ覚えないけど」
一度失った大切な人は、以前と変わりない瞳でボケたセリフが返ってくる。


目の前にいるのは確かに自分が記憶している類だ、本当に生きている。
「何で泣いてんの?」
「だって、・・・だって、・・・花沢類が生きててくれたから」
「そっか、俺が牧野を泣かせちゃったんだね。・・・ゴメンな」
類は無防備に流すつくしの涙を優しく拭い、安心させるように頭を撫でる。
つくしの涙が止まったを見とどけた類は、総二郎とあきらに視線を向けた。
「で、俺が死ななきゃいけない理由は?」
類もまた自分が今置かれている状況を理解できてはいなかったが、つくしの言葉と涙を流したその態度により、総二郎とあきらは何らかの関係があるのではないかと察した。


「そ、それはだな」
類の冷たい視線が突き刺さり、2人はそれ以上の言葉を口にできない。
「もしかして全部ウソだったの?
 事故に遭ったことも、危険な状態だってことも」
訳が分からず冷静さを失ったつくしは真っ赤な目で総二郎とあきらを交互に見つめる。
「事故じゃねえけど、事故のようなもんだろうな
 本当に類は倒れたんだから
 飯も食わねぇし、眠ることもしねぇし、それで倒れちまったんだ
 寝ることが誰よりも好きで
 特技みたいな類が眠れなかったんだからな
 ・・・類、心当たりあんだろ?」


急に真顔を向けて核心をついてくる総二郎の言葉に、類の脳裏に非常階段での出来事が過ぎった。
いつものようにからかいながらそのやり取りの中で、つくしの気持ちを探るつもりだった。しかし、自分の想いを冗談だと笑い飛ばされ上、自分の存在が空気のようなものに感じられたことに不安を抱き、気付いた時には心のリミッターを解除していた。
告白は想定外だったが、いずれはケジメをつけなければと考えていたため、後悔はしないつもりだった。だが、一歩踏み出したばかりにつくしを苦しめてしまったのではないだろうか。また、これまでの関係が一瞬にして崩壊してしまうのではないだろうかと、日を追うごとに増していく不安が後悔を生み、苦悩の日々を送っていたのだった。


「角田さんが気付いてくれたからよかったものを
 ・・・ったく、心配させやがって」
類が入院を余儀なくされたのは自分に原因があるのではないかと、つくしは心を痛める。
「そっか…。ありがとう、総二郎、あきら
 でも、俺が死ななきゃいけない理由にはなってないけど」


2人は都合悪そうに視線を交わすと、何やら考え込んでいるつくしを一瞥した。
「それは、・・・あれだよ、司の時をまんま再現ってやつよ」
「司の・・・再現?」
類は総二郎を怪訝そうに見ている。
「順平っていうモデルが、牧野を利用して司に復習しようとした
 事件があっただろ、弱っちい奴等に司はボコボコにされて
 入院する羽目になったあの時の再現だよ」
類はあきらの補足によって当時の出来事を思い出した。自分も今の総二郎とあきらの同じ立場にいたのだ。
またつくしも、自分を助ける為に怪我を負って意識を失い、一夜明けての再会は死んだふりをした司だったことを思い出していた。


「正確に言えば、司が死んだと思い込んだ牧野が
 どのような反応をみせるのか
 それを類バージョンで試してみたってことだ」
「・・・はっ?」
つくしは2人の策略にまんまと引っかかり、完全にペースにハマってしまった自分に呆れてしまう。
「よく言うだろ、死人を目の前にすると本音が出るって」
総二郎とあきらは悪びるどころか楽しんでいて、類は妙に納得したように頷いている。
つくしは2人に鉄拳でもお見舞いしたい気持ちをグッと堪えて、病室に来てから今に至るまでの言動の記憶を手繰り寄せていた。

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2008年10月 6日 (月)

路 ~ロード~ 第3話


第3話

――花沢類…、大丈夫だよね?大したことないよね?
どのような状況で事故に遭ったのか、怪我の程度はどうなのか、総二郎からは何も聞かされていない。ただ病院名と直ぐに来いとの内容だけだった。


「運転手さん、もう少し速く走ってくれませんか」
「そう言われましてもね、規則ですから」
気ばかり焦るつくしはタクシーの走る速度がやけに遅く感じる。
――花沢類・・・
やがてタクシーは病院の車寄せに滑り込み、つくしは予め準備していたお金を渡すと慌しく車から出た。


救急センターの窓口に行くと類は特別室に居ることが分かった。
エレベーターを待つ間も、病室がある階まで上るほんの僅かな時間さえもどかしく苛立つ。
「B室、B室は」
角を曲がってすぐにその病室はあった。


「花沢類…さんはこちらですか?」
何故か病室の前には黒いスーツ姿の男性が2人立っていた。
「はい」
やっと会える、そう安堵して扉に向かおうとするつくしを男性は制した。
「申し訳ありませんが、ご家族以外の方は中には入れません」
「・・・えっ?」
たった今安堵したことが嘘のように緊張が走った。


「そ、そんなに悪いんですか?
 顔を見るだけでいいですから、会わせてください」
「ご家族の方以外は入れないようにと
 社長からきつく言われておりますので」
「・・・社長?・・・花沢類のお父さんが?・・・お願いします
 顔を見たら直ぐに帰りますから、一目だけでも」
「そう言われましても、社長のご命令ですので。お引取りください」
何度お願いをしても返ってくる返事は同じ。
扉の先には類が居ると分かっていても会えないもどかしさと、無表情で目の前に立ちはだかり入室を拒絶する男性に怒りは倍増する。


暫く押し問答が続いた後、つくしは病室の前から来た廊下をゆっくりと戻って行った。
「花沢類・・・、もしかして人に見せられないほどのケガを?
 だから・・・、どうしよう、花沢類に何かあったら、・・・どうしよう」
怪我の状態が全く分からないことに思考は悪い方へと傾き、平常心を失いかける。


自分が何所をどう歩いて来たのかさえ分からない。気付いた時には待合室の椅子に座っていて夜が明けていた。そこは皮肉にも以前司が港で刺され〝どんなことがあっても生きていてほしい〟と心願したあの席だった。
「もっと早くに言うべきだった、なんてあたしはバカなんだろう」


人生には二つの後悔がつきまとう。
ああすれば良かったという後悔。
どうしてあんな事をしてしまったのかという後悔。


『もし、牧野の前から俺が居なくなったら、寂しい?…悲しい?』
類の言葉が浮かび、つくしはそれを振り払うかのうに頭を横に振った。
「あたしを独りにしないって言ったもん、絶対にそんなことはない」
うなだれて目を閉じたつくしの頭の中で、優しく微笑む類の顔が浮かんでは消えてゆく。


ポケットから振動が伝わり電話がきたのだと気付く。
「はい」
「牧野、今何所にいるんだ?類が危ない、早く病室に来てくれ」
周りの雑音は一瞬にして消えた。
頭の中が真っ白になり、身体は金縛りにあったように動かせなくなってしまった。


――花沢類、死んじゃやだよ、どんなことがあっても生きて
我に返ったつくしは、そう何度も何度も心願しながら病室に向かった。
そんなつくしを待っていたのは、昨夜と同様に扉の前に立つスーツ姿の2人の男性だった。
つくしは類に会いたい一心で男性を無視して扉に向かった。しかしその男性は目の前に立ちはだかり入室を拒む。


「お願いします!花沢類に会わせてください!」
「昨夜も申し上げましたが
 ご家族以外の方を中に入れるわけにはいきません」
「友人から連絡を頂いて、とても危険な状態だと。・・・お願いします!
 ここで花沢類に会わないで帰ったら、あたしは一生後悔します
 一目だけでも、・・・お願いします、会わせてください」
つくしは泣きじゃくりながら男性の両腕の上着を固く握り締め、何度も何度も会わせてほしいと願い出た。だが、その男性は表情一つ変えることなく無言で立っている。
「せめて状況だけでも、・・・花沢類は生きてるんですよね?
 どうなんですか?」
男性からは何の返答もない。


2人の男性は厚い壁となって境界線を敷く。
「花沢類・・・」
つくしは力なく身体を床に崩した。
さまざまな不安が押し寄せ、絶望や悔恨の念に駆られる。


「あなたが類さまの婚約者、もしくは恋人という立場でしたら
 中に入れることもできますが」
暫くしてもう一人の男性が言ってきた。
「・・・えっ?・・・・・・花沢類の、婚約者?・・・恋人?」
「そうです。類さまの婚約者か恋人なら・・・」
ゆっくりと立ち上がったつくしは2人の男性の間を割って病室に入った。


一般病室と違い特別室は広く、扉から患者が居るベッドは見えなかった。つくしは恐る恐る足を前進させてカーテンで遮られたベッドを目指す。
「えっ?」
すすり泣く音が微かに聞こえ、全身に悪寒が走り不安が更に広がる。
「花沢…るぃ」
つくしはカーテンに手を伸ばすとゆっくりと引いた。


「ウ、ソ…」
「牧野、遅かったな。類が・・・、類が・・・」
「牧野、類に会ってやってくれ」
すすり泣く声は総二郎とあきらだった。
2人はハンカチで目頭を押さえ親友の最期を惜しんでいた。


「ウ、ウソでしょ?なんかのイタズラだよね?」
類は皺一つない真っ白なシーツに覆われ、顔には白い布がかけられている。
生前によく耳にした声や癒された笑顔は、もう二度と聞くことも見ることもできない。
「これが悪戯だったらどんなにいいか・・・
 牧野・・・、でもそうじゃないんだ」
「ウソだ、花沢類が死ぬなんて、・・・死ぬなんてあり得ない」
類の胸元で崩れるように泣き出すつくし、それにつられるかのように2人も涙を抑えられない。


「花沢類、起きて、起きてよ
 あたしまだ花沢類にちゃんと言ってないよ
 何一つ言いたいこと言ってない
 あたしをこのまま一生後悔させる気?」
「類の魂はまだこの部屋にあるはずだ、今からでも遅くはない
 後悔しないだけの牧野の気持ちを言ってやれよ」
「俺からも頼む
 類が安心して逝けるように、牧野の想いを伝えてやってくれ」


「ううぅ…、花沢類…、ううっ…
 何があってもあたしを独りにしないって言ったじゃない
 あたしを置いて遠くなんかに行ったりしないって
 ・・・ウソつき、花沢類のウソつき」
つくしはシーツごと類の両腕を掴むと揺すった。
類の腕からはまだ温かさを感じる。
これがどうして死んだなんて言えるのか、つくしには受け入れられない。


「ねぇ起きて、花沢類起きてよ
 あたしの好きな人はそう簡単に死んだりしない
 ちゃんと言いたかったのに
 好きだって花沢類に言いたかったのに…
 もう、それさえも聞いてくれないんだね
 ・・・・・・失ってから伝えるなんて…」
つくしはベッドに顔を埋めて泣き続けた。
大切な人を失ってしまった悲しみと、自分の気持ちに気付いていながら想いを伝えられなかったことへの後悔が、シーツをきつく握り締める拳に込められていた。


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2008年10月 5日 (日)

路 ~ロード~ 第2話

第2話

つくしは暗がりの中でかろうじて見える廊下を歩いていた。ここが何所なのか、どうして自分がここに居るのか分からない。引き返すにも後ろを見ると何所までも続いている廊下があるだけで、出口らしきものは見えない。
心細く泣きたくなる気持ちをぐっと堪えてまた前に進んだ。


暫くして何所からともなく声が聞こえてくる。
「電気も点けねえで何やってんだ?」
「誰?・・・この声は、・・・西門さん?」


「お前、何する気だ?」
「るっ、類ッ!お前正気か?」
「えっ?何なの?・・・今の声は、・・・確か美作さんの・・・」
普段は穏やかで特別なことがない限り聞くことがない総二郎とあきらの荒げた声に、つくしは言い知れぬ不安が押し寄せる。


「花沢類がどうしたの?・・・・・・どこに居るの?」
辺りを見渡すが人気も扉らしきものもない。
「花沢類!・・・西門さん!・・・美作さん!」
つくしは立ち止まって叫んだ。
きっと自分の声を聞きつけて返事が返ってくるか、もしくはひょっこり姿を現すか、そのどちらかと考えていた。
しかし、暫く経ってもつくしの期待通りには事は運ばなかった。
その間にも総二郎とあきらの声は類に向けられている。
「何で・・・、声はちゃんと聞こえるのに
 ・・・あたしの声が届いてないってこと?」


「類、止めろ!生きているからこそ女も幸せにできるんだぞ
 お前は逃げてるだけだ、またそうやって諦めるつもりなのかッ!」
聞き捨てならない総二郎の言葉につくしの鼓動は速まった。
「えっ?・・・花沢類が・・・」
命に関わる危機感を察したつくしは覚束ない足取りで走った。


どのくらい走ったのか前方に扉らしきものが見え、つくしは僅かに開いたその扉を迷わずに開けた。
「花沢類ッ!」
勢いよく入ったつくしの瞳に突き刺すような眩しい光が差し、反射的に顔を背けて右手の甲で覆った。


「お前は、今自分を見失っているだけだ」
「冷静になって考えるんだ
 こんなことしても何の解決にもならないって分かるはずだ」
また総二郎とあきらの声が聞こえてきて、つくしは覆っていた右手を下ろすと声のする方へと目を凝らした。少ししてベッドに座る類を見下ろす総二郎とあきらが見えた。そして類の首の辺りで何かが光っていることも。
「あれ、何?何が光ってるの?・・・・・・えっ?」
つくしは目の前の信じられない光景に愕然とし、身体が震える。


類が手にした鋭利な刃物はトップライトから差し込む月明かりに反射して眩しいくらいの光を放ち、今まさに首を突きさんばかりだったからだ。
「はっ、花沢類!」
つくしは両手で口元を覆った。
月明かりを浴びて浮かび上がる類の悲壮な姿。
魂が抜け死人のような瞳には、必死に説得する彼らの姿さえ映ってはいない。


「花沢類、どうしてこんなことするの?」
つくしは半べそ状態で類の傍に駆け寄った。
類はつくしの声にも何の反応も示さず、首に突きつけているナイフに力を込める。
「花沢類ッ!止めてッ!お願いだから、・・・止めてッ!」
つくしの目からは止めどなく涙が流れる。
「お願いだから、・・・花沢…類…」


つくしの存在によって喜怒哀楽の表情や心の動きを取り戻した類にとって、目の前で涙するつくしに平常心ではいられないはず。それなのに類は涙を拭ってやることも安心するように腕の中に収めることもしない。
まるでつくしはそこに存在していないように。


「牧野の傍にいたのはいつも俺だったのに
 あいつには…、空気みたいに俺の存在はないんだ
 どんなに好きでも存在がないんだっら、生きててもしょうがない
 失って初めて気付くんだ、俺の存在を・・・」
誰に言うでもなく独り言のように呟いた類は寂しそうにフッと笑った。
そして、静かに目を閉じた。
「まきの」
愛おしそうに呼んだ類は何の躊躇いもなく首にナイフを突き刺した。


「いやあぁ!!」
つくしは大きな悲鳴とともに勢いよく上半身を起こし、激しく息をした。
額や首筋には嫌な汗が流れる。
「へ?・・・・・・夢?・・・・・・何でこんな夢を」
あまりにもリアルな夢。
悪夢のような夢から覚めても、類の最期の表情と声が鮮明に脳裏に焼きついている。


『もし、牧野の前から俺がいなくなったら、寂しい?・・・悲しい?』
非常階段での類が浮かぶ。
あれ以来2週間、類とは会っていない、姿も見ていないことに急に不安に駆られる。
「花沢類がいなくなる?」


「ま~きの、今からご出勤か?」
学園の正門を出た所で総二郎に声をかけられた。
「なんかそのご出勤って言い方、妖しいバイトに聞こえるんだけど」
「そうか?牧野が勝手にその方向に思考がいくからだろ
 少しは男の免疫でもつけた方がよくね?
 秋はロマンチックでいいぞ」
「…はい?」
総二郎はつくしの肩をポンポンと叩くと笑顔を向けた。


「何その男の免疫って?意味分かんないし
 そ、それに、・・・西門さん、そんなに顔を近づけないでよ」
「へえ~、ドキドキしてるんだぁ」
「してない!」
「そうか?・・・じゃあ類はどうだ?」
「・・・えっ?花沢類?」
「分かってんだろ、類の気持ち
 牧野に少しでも気持ちがあるんだったら
 それなりのリアクション見せてもイイんじゃないの」
「どうしてそれ・・・」


「今更聞くなよな、そんこと
 一番傍にいるお前がなんで気付かねえかなぁ
 鈍感にも程があるぜ、って・・・
 もしかして牧野、・・・フリしてたのか?」
つくしはドキリとした。
「牧野知ってるか?類が与えられた路を壊そうと
 あれやこれやと模索していることを
 先の見えない路を自分の手で創ろうとしている
 俺らのような家柄ではそう簡単にはできることじゃない
 けど、類はそれをやろうとしている」
「・・・・・・。」
「牧野、司から類に、じゃなくてよ
 司は司、類は類でいいんじゃねえの
 今が一期一会だと思うぞ。・・・牧野、後悔だけはするなよ」


総二郎の表情は相変らずのポーカーフェイスでいつもと何ら変わらなかったが、類を親友と思うのと同等につくしのことも親身になって思ってくれる。
「男をあんまし待たせると悪い方にばっか考えるから
 ほどほどにしておけよ」
総二郎は目線を下げ考え込むつくしの頭をくしゃりと撫でると、手をヒラヒラ振りながら待機している車の後部座席に乗り込んだ。
「逃げていてもしょうがいないか
 西門さんはわざわざこの事を言いに・・・」


数日後のある夜、バイトを終えで帰宅したつくしは電気を点けるなり携帯電話を手にした。一呼吸して通話ボタンを押す寸前で着信音が鳴った。
「もしもし」
「牧野か?」
発信元は総二郎だった。


「ビックリするじゃない、どうしたのこんな時間に」
「いいか牧野、落ち着いて聞けよ」
「・・・えっ、何?」
「類が、・・・類が事故に遭った」
つくしは自分の胸の内を伝えようと決心をした矢先の知らせだった。


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2008年10月 4日 (土)

路 ~ロード~ 第1話

第1話

非常階段に佇むつくしは絡み合った糸を解くように遠き日の足取りを振り返る。
『お前を幸せにするって言っておきながら
 悪りぃなこんな結果になってよ
 お前を幸せにできるのは俺だけだ、その想いは今もかわらねぇ
 ・・・けど、うちの社員とその家族の未来は、俺にかかっているんだ
 ・・・牧野、俺を憎んでもいい、だがそこに留まることだけはするな』
『道明寺を憎む?冗談でしょ!
 少しはマシな人間になったって感心してるのに・・・
 道明寺とちゃんと向き合って、普通の付き合いはできなかったけど
 忘れられないたくさんの思い出ができたから
 道明寺、ありがとう、あたしを好きになってくれて、ありがとう』
『・・・ま…きの・・・』
『天下の道明寺がそんな弱っちい声出しちゃって
 一生の別れじゃないんだから、今度会った時には笑顔で会おうね』
『・・・ああ。・・・牧野、ありがとうな
 お前に出会えて、ホントよかったよ』
素直になれなくて些細なことで喧嘩して、誤解を招くことも多かった司とつくしのやり取りとは思えないほど、2人は受話器を通して想いを伝えあっていた。


「あれから4ヶ月かぁ」
つくしと司が別れたのは司がニューヨークに旅立って半年もしない頃だった。
どちらが悪い訳ではない、環境がそうさせたのだ。
社員とその家族15万人の安定した生活を守るべきか、また、人生をかけてまでも幸せにしたい愛するつくしを選ぶべきか、司は過酷な選択を強いられた。

天秤に乗せられた、道明寺グループの未来と牧野つくしとの未来。
社員の顔を見ればその器は重くなり、つくしを想えばこちらの器が重くなる。日に何度もその天秤は上下動した。
答えを出せないまま3ヶ月が経つその間にも株価は右肩下がりの一途をたどり、司は身を切る思いで決断をした。

つくしは司から別れを告げられたとき一瞬頭が真っ白になったが、すぐに落ち着きを取り戻していた。ニューヨークで偶然に遇った楓の普段からは想像もできない必死な表情が脳裏にあり、考えたくはないが、またいつか司も苦境に立たされる時期がやってくるのではないかと思っていたからだ。


「夢だったのか、現実だったのか・・・、なんか不思議」
司と笑いあったり怒鳴りあったりしていた数ヶ月前までは、それがいつもの日常だった。別れた今でもそんな過去があったのかさえ分からなくなるほど、周りの環境は何一つ変わっていない。
記憶も忘却も生きていく為の術ではあるが、心に痛く感じたこと事ですら月日の流れとともに風化していくようだ。司を愛した記憶以外は――


つくしの耳に笑い声が聞こえてくる。
下を覗き込むとベンチに寄り添うように座る男女の姿があった。時折見つめ合い、じゃれ合うように肩を叩き、そして笑い合う。
「あたしもあんな風に、普通に付き合いたかったなぁ」
「こんな感じ?」
「・・・へっ?」
つくしは驚いた。
いつの間にか自分の隣に類が立っていて、しかも顔の距離は30センチと離れていなかったからだ。

「はっ、花沢類!・・・いつからそこに」
「牧野って、一つの事に集中すると周りが見えなくなるもんね」
「いや、そんなことはないと思うけど」
また下から楽しそうな笑い声が聞こえてきて、つくしは類から2人に視線を向ける。微笑ましくも羨ましくもとれるつくしの横顔を、類は見つめた。

「牧野って、あぁゆう感じがいいんだ」
「なんか、高校生らしいっていうか、穏やかでいいよね」
司との恋は、時折見せる子供のような笑顔と優しさで安堵を与えてくれたりもしたが、その一方で吹き荒れる嵐のようにつくしやその周りの環境を急変させ、何かと緊張が絶えない事のほうが多かった。

「牧野はさぁ、俺とこうしていて、どう?」
「どうって?」
「イヤ?」
「嫌じゃないよ。でもどうして急に…」
壁に凭れていた類はいつもの定位置に腰を下ろした。またつくしも類の動作に誘われるかのように向かい合わせに座った。

「牧野が望む恋、俺としてみない?」
「・・・えっ?また花沢類ったら…、からかって遊ぶ気でしょう」
一瞬戸惑ったつくしだったが、いつもの類のことだと笑い飛ばした。
「冗談に聞こえたみたいだけど…、今言ったこと、本気だから」
「・・・えっ?」
真顔を向ける類につくしは困惑した。
「またまた、そうやって。・・・じょ、冗談だよね?」
苦笑いするつくしに類は目を閉じ溜息をつく。

「牧野から見た俺ってどう映ってるのか、あんたの中に入って見てみたい」
「・・・はい?」
「大学に行っても非常階段には行くよって言ったのは
 唯一寛げる場所だからなんだけど、でも本当の理由は
 あんたに会う為にあんたに会いたくて来てるんだ
 ・・・・・・牧野が好きだから
 ・・・・・・牧野は一度も俺を男として見たことない?
 俺は単なる司の親友に過ぎない?」
類の真剣な眼差しと予想だにしないセリフに、つくしの鼓動が速まる。
類がここに居ることは自分に会いに来ているのだと認識は全くなく、高等部からの延長に過ぎないのだと思っていた。


高等部を卒業すれば隣接する大学に進む自分とは違い、つくしは他の大学もしくは家族のことを考えて就職することもあり得る。目の届かない場所に行き、会いたくても会えない状態になることは明白。それがあと数ヶ月でやってくることに類は不安を抱え焦っていた。
もはや理性では感情を抑えられない。

「もし、牧野の前から俺が居なくなったら、寂しい?・・・悲しい?」
「そりゃ寂しいし、悲しいよ。どうしたの?
 いつもの花沢類じゃないみたいだよ。どっか身体の調子でも悪い?
 ・・・それとも、・・・どこか遠くに行くの?」
「牧野を独り置いて俺は遠くなんて行ったりしない!」
つくしは類の怖い顔と怒ったような口調に呆気にとられる。
普段はもっと穏やかで共有する時間は心地いいと感じるのに、昨日まではそうだったのに、なのにどうして今日はこんなにも心苦しさを感じるのか。

沈黙が続く。


長い沈黙は類に絡んだ過去の記憶の糸をひもとくように、遠き日の足取りを振り返らせた。
〝13年間一緒だった司を裏切れない〟自分が言ったことが悔やまれる。
人生は一度きり、過去を忘却できてもやり直すことはできない。
相手が司だったからこそただ静かに見守ってきたが、2人の恋が破局した今、類は二度と後悔をしないよう今まで秘めていた心のリミッターを解除した。

「花沢類、あたしね、その・・・」
「牧野・・・、牧野の気持ちも大切にしたいから
 今無理して答えなくてもいいから。ただこれだけは覚えておいて
 何があってもあんたを独りにしたり、俺の家の事情で
 つらい選択だけは絶対にさせないってことを。牧野を
 幸せにしたいって想ってたのは、司だけじゃなかったってことを」
類はそう言い残して階段を下りて行った。
残されたつくしはただただ俯くばかり。

突然の類の告白は、草花が日々葉の色を変化させるようにつくしの心も変化が始まりつつあった。

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