約束は未来のはじまり
つくし視点
「こんなに高かったんだぁ~」
電車に揺られること30分、上り坂を歩くこと30分、ようやく目的地に到着した私は小高い丘から街並みを見下ろす。ここは以前、夜景と花火を眺めた場所。
街の明かりが広がり、漆黒の空には大輪の華を咲かせて色鮮やかな光りが輝き、私と彼の眼を釘付けにした、忘れられない胸に残る2人だけの思い出の場所だ。
ふと時計に視線を向けると針は6時を回ろうとしていた。
夏の6時はまだまだ明るい。
「まだ大丈夫だよね」
休むことなく針は回り続け、刻々と時を刻む。
時計を見る度に胸の高鳴りを覚え、ときめきと不安が交錯する。
心地よい静寂と澄んだ空気のなか、私の心は落ち着かない。
そうさせる原因は4年前にある。
一本の光りが差し込んで目を覚ました。
隣にいるはずの彼の姿はなく、寝ていたその場所に手を当ててみるが温もりなど感じられなかった。
もしかすと最初から私独りだったのではないか、2人で過ごした昨夜のことは全て夢だったのではないか、と不安が押し寄せてくる。だが落ち着いて辺りを見渡して見るとサイドテーブルの上に手紙が置いてあり、夢ではないのだと認識する。
牧野へ
〝4年後 必ず迎えに行きます〟
この言葉には嘘、偽りのカケラもない俺の約束だ
軽く考えんなよ!
ババァに負けねぇくらいの力を付けて
牧野に相応しい男になって帰って来る
絶対に帰ってくるからな!
だから俺を信じて待ってろ
俺様がいなくて寂しいからって
フラフラと類なんかに心を奪われるんじゃねーぞ!
2人で見た夜景と花火、綺麗だったよな
4年後 同じものを俺たちの瞳に映そうぜ!
ラストには俺様のサプライズ花火を見せてやる
ぜってェー遅れんなよ!
忘れんなよ!
道明寺 司
「ふふふっ・・・、何度読み返しても笑えるね
あんたのその強気なとこ、文字まで表現しなくてもいいのに」
過去に浸っているうちに辺りが少しずつ暗くなってくる。町並みには電灯やネオンが灯され、路上のライトが行き交う車を照らす。
心地いいと感じられた静寂もときめきも、暗さを増すごとに胸は高鳴り不安にすり替わってゆく。
時計の針は7時を回る。
こんなに気になるんだったら、時計なんてしてこなければよかった。
ふとそんなことを考える私って・・・。
「アイツを信じてないってことなのかなぁ~?」
いや、違う。信じているからこそここに来たんだ。
私はずっと待っていた、この日を。
彼に会える日を信じて4年間待っていたんだ。
あの日すべてを捧げることはできなかったけど、彼の温もりを肌で感じ、思いやりや愛情・真心を感じた楽園みたいな水上コテージ。2人きりで過ごした一夜は彼との最後の日となったけれど、彼の真心と手紙を信じて今宵を迎えたのだから。
「まったく、レディを待たせるなんて・・・」
ブツブツと小言を呟いていると、遠くの方から車が近づいて来る。
自然と鼓動が高鳴る。
「道明寺・・・」
近づく車に眼は釘付けとなり、息をすることも忘れて集中する。彼であってほしいと願いながら目を凝らす。
「はあー、アイツじゃないんだぁ」
車は静かに目の前を通り過ぎて行った。張り詰めた緊張が一気に虚脱へと変わり、大きな溜息が漏れる。
その後、何台か車は通ったけれど、どの車も私が心願する待ち人を乗せてはいなかった。
「8時になっちゃうよ、道明寺・・・、何してんのよ?」
どんなに信じていても、待ち人を待つ心境は強い意志をも不安にさせる。そして、そんな気持ちに追い討ちをかけるように、ドーン!と大きな音とともに夜空に次々と光りの輪が広がった。
歓喜の声や満足そうなざわめきが周りから聞こえてくるなか、虚しさだけが去来した。
「道明寺と2人で観るはずだった花火が・・・」
夜空を彩った大輪の花火をじっと眺めながら、彼のいない寂しさを惜しんでいた。
大花火や連続打ち上げもクライマックスを迎え、彼との約束と共に私の夏は終わった。
「あたし何やってんだろう」
先ほどまで観客で賑わっていたこの場所も、今ではひっそりとしている。独りその場から動くこともできずに、ただ呆然と漆黒の空を見上げて佇む。
「俺様に会いに来たんだろ?」
忘れることのできない懐かしい声が背後から聞こえてきた。
――まさか・・・
逢いたさのあまり幻聴、そう思いながら恐る恐る振り返ると、そこには一番会いたいと心願した彼が立っていた。
「化け物でも見たようなツラしやがって」
期待に胸を膨らませてこの地を訪れた数時間前の想いと、諦めかけた今の想いとは喜びも感動も雲泥の差があり、頬を伝う涙を拭うことも忘れて広い胸に飛び込んだ。
「バカ!来ないかと思った」
「約束しただろ?迎えに行くって。・・・ちと遅れちまったけどよ」
「何がちとよ、花火終わっちゃったじゃない」
「終わってねぇよ」
「・・・えっ?だってさっき・・・」
「俺様の花火はこれからだからな、観に行くぞ!」
「これからって・・・、どこに、どこに行くのよ」
やっと愛しい人に会えたと喜びに浸っているのに、彼の胸から引き離され強引に手を引っ張られて車に押し込められる。
彼が現れた時、私の歩んで来た人生の中で一番の感動を覚えた瞬間だった。だからもう少しあの場所で彼の腕の中にいたかった、再会の喜びを噛み締めたかったのに、そんな時間さえ与えてくれない強引なところは変わっていないのね。
目的地に到着したのか車は静かに停車し、差し伸べられた彼の手を取って車から降りる。
「ここも眺めいいだろ?」
そう言って彼は携帯電話を取り出すと「頼む」と、一言いって電話を切った。
「ねェ、なんなの?・・・ここって・・・」
「〝同じものを俺達の瞳に映そうぜ〟って手紙に書いておいただろ
今から俺様の花火が上がるからよ
だから約束の時間はまだ有効ってことだ」
「あんなに人を不安にさせておきながら
遅れて来たことに悪びれることもなく、アンタって人は・・・
大体にしてあんたの指示で花火が上がるんだったら
いつになっても約束の時間は有効じゃないのよ」
「それって、いつまでも俺を待ってるってことだよな?」
「・・・えっ?」
「2人で花火を観るまでは有効なんだろ?」
肩を並べて立つ私の肩に彼の腕がそっと回されたことと、墓穴を掘った発言に気恥ずかしくなって俯いた。だけど、数秒後に俯いた顔を上げることとなる。
ドーン!!と大きな音とともに漆黒の空に大輪の花火が色鮮やかに光り輝いたからだ。
「ぅわああー、すごーい!きれー」
色鮮やかな大花火が建ち並ぶビルを背景に幻想的な雰囲気を醸し出し、私はただただ見入った。愛する人の傍にいるという安心感からなのか先程まで抱いていた不安は消え去り、心から俺様の花火を楽しんでいた。
司視点
喜びを顔いっぱいに表現する彼女を横目に、俺は過去を振り返る。
18年間という年月を過ごしてきた時間(とき)の中で、一度も味わったことのない、一度も感じたことのない感情が胸の奥底からふつふつと湧き上がった。それは誰からも与えて貰えなかった感情で、俺の脳や心の中には決して存在しないものだった。
俺はそう思っていた、牧野つくしという少女に会うまでは。
英徳学園という小さな上流社会の中で、生徒はもちろん先生や学園長など俺たちF4の存在は絶対的な勢力があり、F4にたてつく命知らずの奴は誰であろうとねじ伏せてきた。親の庇護の下だということも認識できずに、俺は傲慢で冷酷な姿勢で自由奔放に日々を過ごしていた。
そんなある日、彼女と出会った。
ハイ・ソサエティーばかりが通う学園に、親の見栄で入学したという彼女は超ボンビーで、おまけに俺たちF4相手に宣戦布告をしてきた。
命知らずの彼女に俺たちは、いや俺は学園から追放しようと躍起になった。度重なる嫌がらせにめげるどころか凛とした瞳を向けてくるその姿勢に、俺は媚びたり何事にも屈しない女もいるのだと知り、それまでの生活にはなかった小さな励みができた。その小さな励みがいつの間にか小さな楽しみに変わり、そして恋というものに変化していった。
俺様が恋、汚点とも思われた恋がやがて彼女を手放すことができないほどに愛し、全てをひとり占めしたいと心の底から感じるようになった。
超鈍感女に自分の想いを上手く表現や伝えることが出来ない俺は、苛立ちや苦労が常に付きまとったが、1年という時間の中でやっと彼女と想いがひとつになり、同じ未来を歩みたいと将来のことを考えるようになっていた。
彼女だけだ、俺をこんな思いにさせたのは。
「牧野、二度と不安な気持ちにはさせねえ
俺にはお前が必要で、お前には俺しかいない」
「俺しかいないって・・・、ずいぶん自信たっぷりに言ってくるね
逢えなかった4年間、あたしがわき見しなかったとでも・・・」
「ふん、それはありえねぇな」
「なっ!」
「4年経っても、俺の目の前にはお前が
お前の目の前には俺がいる
つまり俺たちは離れることはできない
ここに抱く気持ちが一緒だからな」
俺は胸を指す。
「相変らず強引で強気は健在なんだね」
「お前は相変らず素直じゃねぇな
こんなイイ男を目の前にしてもその態度かよ」
「見た目はイイ男だけど、中身までは分からない
アンタが言うほど
本当にイイ男になったかどうか確かめてみないと」
「おお、上等だ!好きなだけ確かめてみるといいさ
時間はたんまりとあるからな
但し、お前が納得次第ハワイだからな」
「・・・へ?なんでハワイなのよ?」
「お前言っただろ、新婚旅行はハワイがいいって
それに〝イイ男になったらあたしが幸せにしてあげる〟とも
俺はこれ以上お前と離れて暮らすのはゴメンだかな
まさかお前、忘れたなんて言うんじゃねぇだろうな」
「お、覚えてるわよ!」
「なぁ牧野、花火ってイイな」
「なに急に・・・」
「こうして花火観てると、なんか幸せだな
一度だってそんな気持ちになったことはなかったのによ
俺、初めて知ったわ
やっぱ牧野が傍にいて、牧野の笑顔が見られるからだな」
「・・・道明寺・・・。あたしも・・・
こうして一緒にいるから安心できるし
気持ちに余裕があるからだよ」
縁は無理に掴もうとしても手に入るものじゃない。
掴んだとしても手の中に残る保障もない。
男女の関係は頭で割り切れるものではない。
この事は高等部の時にイヤってほど身に沁みて分かっている。
意のままにできないのが人の心であり、男女の縁だということを。
だけど、俺には彼女しか望むものはない。
彼女だけ。
俺の幸福も不幸も彼女次第で決まる。
17歳までの俺だったらこんな考えさえしなかっただろう。
俺はひと時でも幸福を知ってしまったから。
牧野不足はもうたくさんだ!
「俺の傍にずっと居ろ、いつも笑ってろ」
類を好きだった彼女の心は俺にある。
やっと掴んだ彼女の心を二度と手放さないように、死ぬ気で守るから。
世界一幸せにするから。
ここに来たことを絶対に後悔させないから。
だから・・・
「牧野、俺を幸せにしろ」
「言われなくったってするわよ、対等でありたいからね」
「おお、上等だ!」
満面の笑顔に微笑で返す。
夜景の美しさも花火の綺麗さも、彼女の笑顔には敵わない。
いつまでも俺の傍でそうやって笑ってろ
~Fin~
2004/8/26に掲載した作品

