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2008年10月25日 (土)

Bride of saintly ~聖夜の花嫁~後編

後編

<あんたたちの根性、あたしがたたき直してあげる。宣戦布告よッ!>
学園生活を平穏無事にやり過ごそうと自分に何度も言い聞かせていたが、司の度が過ぎた行動が友達に向けられたことで、つくしは本来の姿を取り戻した瞬間だ。

つくしの一撃を食らった頭の痛みに、司は唖然としながらも懐かしさを覚える。
このつくしの取った行動によって、2人は道なき道の扉を開くこととなった。


<4年後、迎えにいきます>
マス・メディアによって全世界に告知した、嘘偽りのない司の言葉。

愛情を知らずに育った司はつくしと出会い、怒鳴り散らしや言い合いの連続の中で、人に対する思いやりや愛情を見出し心を成長させていった。
愛はどちらか一方が与えるのではなく、分かち合い、怒ったり笑ったりする公平な立場を保つ関係によって成り立ち、お互いの心は一つになる。


<いい男になって戻ってきたら
 あたしがあんたを幸せにしてあげてもいいよ!>
強い意志を感じさせる瞳を向け、司に精一杯の想いをぶつけたつくし。


<宣戦布告だな、やってもらおうじゃん>
つくしは笑顔で返す司の広い胸に飛び込み、強く抱きしめ合ったプロムの夜。

2人の想いが一つになり、これからたくさんの思い出を作る楽しい時期に、司の留学によって2人に残された時間はほんの僅かなものとなってしまった。
片手で数える程度の楽しい思い出。
幾つ手が必要なのか、数え切れないほどの辛苦な思い出。
傍にいる時間より離れている時間の方が多く、それでも相手を想い、相手を信じ、相手を励みに愛する人に再び逢えるその日を夢みて自分の心と戦ってきた。

祭壇の前に立つ司も、扉の前に立つつくしも、その脳裏にはこれまでの出来事が走馬灯のように蘇っていた。

つくしの夢だったハワイでの挙式、その夢をクリスマスという聖なる日に叶えてやろうとする司。今その夢は現実のものになろうと動き出した。
パイプオルガンの荘厳な響きは優雅に聖堂を包み、式の始まりを知らせると同時に緊張感が高まる。


重圧な扉がゆっくりと開くと、真っ青なヴァージンロードに眩しい陽光が射し込み2人のシルエットを浮かび上がらせる。
ヴァージンロードに沿ってゆっくりと動き出す花嫁。


――ああ?・・・何でアイツが・・・
極度の緊張と喜びで舞いあがっていた司だったが、二つのシルエットに怪訝そうに眉を潜める。総二郎とあきらも司と同様に眉を潜めるが、直ぐにその意味が解ると口元を上げた。
「類もやるじゃん」
「ああ、司の母ちゃんも意地悪だよな」
花嫁の控え室から出てきた楓は、父親の代わりに類を付添い人として依頼していた。あえて類を選抜したのも、F3や司、つくしに冷たい視線を向けたのも、勝手な行動を取ったことにちょっとした報復心からであって、決して妨害しに来たわけではなかった。
楓は既に2人を認めていたのだから。


「にしても類のヤツ、ずいぶんと嬉しそうじゃねえか?」
「新郎は相当イカれてっけどな」
新婦にうっとりとしたかと思えば、類を見て瞬時に目を吊り上げ睨みつける司を見て、総二郎とあきらは何事もなく無事に式が終わることを祈った。

「汝孤独なるは悪しきこと、伴侶を与えん……」
神父が聖書の一説を読み上げ、会場内は厳粛な雰囲気に包まれていく。


「汝は牧野つくしを妻とし、病める時も共に歩み、死が2人を分か
 つまで愛を誓い、妻を想い、誇りとする事を神聖なる婚姻の契約
 の下に誓いますか?」

君を意識した時から 君を想い続けた
どんなに引き離されようが
どんなに冷たい瞳を向けられようが
片時も君を想う気持ちは離れたことはない
君の生き方に惚れ 君の笑顔に心が解放され
君のすべてが僕の人生
幸福も不幸も君が傍にいてこそ得られるもの
もう僕らを隔てるものは何もない
君が一生僕の傍にいてくれる
この幸せを永遠にするだけ

「はい、誓います」

「汝は道明寺司を夫とし、病める時も共に歩み、死が2人を分かつ
 まで愛を誓い、夫を想い、誇りとする事を神聖なる婚姻の契約の
 下に誓いますか?」

あなたを想い続けた
傍にいる時も 遠く海の彼方にいる時も
片時も忘れず あなたを想い続けた
あなたの勇気と愛情に支えられ
私は今日という日を迎えることができた
もう私たちを隔てるものは何もない
あなたと共に目覚め
あなたと共に眠りに就くだけ
片時も離れず
あなたを想い続けるだけ

「はい、誓います」


2人の誓いは指輪に込められ、お互いの薬指に通される。
そして、誓いのキスを交わす。
たった今、2人は晴れて夫婦となった。
神父の退場とともに厳粛な雰囲気から和やかな雰囲気へと変わり、新郎新婦を取り囲んだ彼らから祝福の言葉が相次ぐ。
艱難を乗り越えてやっと掴んだ今のこの幸せは、ハッピーエンドではない。ハッピースタートである。

重圧の扉が開かれ、友人らに囲まれて出てきた司とつくし。

「社長もご出席なさりたかったのでは?」
教会から少し離れた場所に車を停車させた楓は、祝福ムード一色の渦に飲み込まれ、もみくちゃにされながらも慶びに満ち溢れた満面の笑顔の息子夫婦を、車の窓越しに眺めていた。
「西田、道明寺家の跡取りの結婚式が
 こんなママごとみたいなもので済むとでも」
言葉とは裏腹に、息子を見つめる視線は社長の立場ではなく母親としての視線だと、西田は感じ取っていた。

~ Fin ~

おまけ


「道明寺!どうしてあんたはいつもそう寝起きが悪のよ!」
「いってーなッ!蹴ることねぇだろう」
「道明寺が起きないからでしょ!少しはあたしの身にもなってよ
 毎朝、声張り上げて、体力使って、みんな道明寺のせいなんだから」
「何だよ道明寺って?お前も道明寺だろうが」
「だから何よ?起きないのと道明寺とどう関係あんのよ?」
「はぁ~。なんで朝になると呼び名が変わるんだよ、・・・ったく・・・」
「やれやれ」
呆れたように呟くタマ。
つくしの怒鳴り声は道明寺邸の厚い壁や扉をも通してしまうようだ。


「いつまで経っても成長しない2人だこと」
「タ、タマ、勝手に入ってくんじゃねぇ!
 あ、あの最中だったらどうすんだよ?」
「ほぉ、寝起きの悪い坊ちゃんが朝からねぇ~」
「なっ、なんだよタマ?俺だって自力で目覚めるときぐれぇあんだよ」
「タマの耳には、毎朝つくしの怒鳴り声が聞こえますけどねぇ
 空耳だった……」
「ああ!!面倒くせえなッ!だからここに住むのはイヤだったんだよ
 口うるせえのはいるし、アイツらは勝手に入って来るし
 プライベートも何もあったもんじゃねぇな!」
「司、そんな目くじらたてて怒ることじゃないでしょ
 家族みんなで住んで、楽しいことで笑い合って、足りない部分は
 補い合って、嬉しいことがあったらみんなで分かち合って、そう
 やってひとつ屋根の下で暮らすのが幸せなんじゃないの?
 ・・・ワガママ言うんじゃない」
「朝から騒々しいわね」
「お母様、おはようございます」
「つくしさん、司さんはいいから朝食にしましょ」
「ええそうですね、お母様」


「おい!なんで俺を置いてくんだよッ!・・・つくし!!」
「坊ちゃん、つくしは坊ちゃんだけのつくしではないようですな」
司とつくしが結婚してからの楓は、家族といる時間を大事にしたいと思うようになり、自然と日本に滞在する機会が多くなった。


仕事一筋だった以前の楓では考えられないほど、母親としての役割を楽しんでいるかのように、タマの目には映っていた。
――やっとこの家も普通の家庭の温かさを持つことができたようだ


「司さんも席に着いたことですし、さぁ食事にしましょう」
長いテーブルの端と端に座って食事をしていたのは過去の話、今は片方の端に楓、つくし、司の3人がかたまって食事をする風景が日常のものとなっていた。

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2008年10月24日 (金)

Bride of saintly ~聖夜の花嫁~ 中編

中編

「「「つかさ~」」」
F3は控え室に入った楓を確認すると司の元に駆け寄った。
「おっ、お前ら・・・何でここに・・・」
正装したF3に驚いた表情を見せたのも束の間、その表情は怒りを通り越して凄みのある顔つきと変わり、自分たちの存在をさらしてしまった事を後悔しながらもF3は何とか司を宥めようとする。
「つ、つかさ・・・、キレるなよ」
「俺らは・・・だな、・・・親友の幸せを祝福に来ただけだ」
「司、ここで暴れたら牧野が心配するよ
 そうでなくても、今は目の前にある不安でいっぱいだろうし」
「そ、そうだぞ司。俺らのことより牧野が心配だぜ」
突然現れた楓の言動に怒り、密かについて来たF3に更に怒りが上乗せされたが、つくしを気遣うような言葉に司の怒りは逆に不安へとすりかわっていく。


「司、覚悟を決めてのことなんでしょ?」
「・・・ああ」
「だったら司のシナリオ通りに実行したら?
 俺、牧野のドレス姿見たいし、・・・写真も撮りたい」
「・・・ああ?・・・類、お前何言って・・・」
「まあまあ、類はただ純粋な気持ちで・・・、だよな、類」
「司だけ、なんてズルイじゃん。俺の牧野でもあ・・・」
あるのに、と言葉を続けようとした類の口を塞いだのは、もめ事を嫌うあきらだった。
「類のことは気にするな。俺らも協力するから、司諦めんなよ」
「そもそも司の考えは甘いんだよ
 こんな面倒くせえことしねぇで、籍入れちまえばいいのによ
 やっぱここは俺らの頭脳を総動員してだな、司と牧野を・・・」
楓の出現によってちょっぴり弱気になっていた司にとって、こうして心配してくれる親友が近くにいてくれることは心強く思えた。しかし、自分の立場も忘れて上滑りな態度を取る総二郎に、司の怒りは再び呼び戻される。


「ああ?誰が諦めるって言ったんだよ?
 それに何だよ、俺の考えが甘いって」
ヤバッ!そう察した時には既に遅く、司の長い腕は総二郎の首に回されてヘッドロックを見舞われていた。
「ぅえぇ。・・・つ、つかさ、・・・落ち着け」
「総二郎、お前なぁ」
あきらは呆れ顔で溜息混じりに呟くと、仕方なしに仲裁に入った。
「司、今こんなことしてる場合じゃねえだろ」
「ぅるせ!」
「司、敵は俺らじゃなくお袋さんだろ?それに牧野の身にもなって
 みろよ。今までいろんな手段で妨害してきたお袋さんだぞ、今牧野
 はどんな契約を突きつけられていることか、心配じゃねぇのか」
司のばか力に歯が立たないあきらは、一番弱い部分を責めることで何とか総二郎を解放することに成功した。


「・・・まきの・・・」
「司、感情的になっても何の解決にもならないよ。相手が司のお袋
 さんなら尚更、ここは冷静に行動するべきじゃないの」
司は類のセリフで少し冷静さを取り戻すと、控え室の扉に視線を移した。

突然現れた楓につくしはどれほど驚いたことだろう。
結婚という人生の大きな節目となる今日という日に、絶対にあってはならない事が起きてしまい、どれほど戸惑い恐怖に怯えていることだろう。
いったい何を、どんな事を言われているのか、楓の心ない言動が間違いなくつくしを悲しみのどん底に突き落とすだろうと思うと、今直ぐにでも扉を破ってつくしの傍に行きたい衝動に駆られる。
しかし、何をするか分からないと言ったあの楓の言葉には、嘘も誇張もないことを重々承知している司だけに、その脚は一歩も踏み出すことはなかった。

「俺、神父のとこに行ってくるわ」
内密に計画を立てていた司を、楓はわざと黙認していたに違いないと踏んでいた総二郎は、これから行われる式で何か画策されているのではないかと確認を取りに行くのだった。

七色に輝く豪華な噴水の周りには、地元の子供らが水遊びや駆けっこをしたりと陽だまりに包まれて楽しそうに過ごしている。
つくしはそんな和やかな景色を眺めているとノックの音がし、間もなく始まる式の知らせと同時に司が迎えに来たのだと察する。
「はーい、どうぞ」
軽やかな返事を返したものの、いつもと違う自分の姿に気恥ずかしさが先立って直ぐに振り向くことができずにいた。すると背後から忘れることのできない氷のような冷たい声が聞こえてくる。
「牧野さん、お久しぶりね」
ぎこちなく振り返ったつくしは言葉を失った。
なぜ司ではなく楓が目の前にいるのか、頭の中は混乱し不安の波が押し寄せる。
このような状況を迎えることを避けるために努力してきた事が、楓のこの一言によってすべて水泡に帰してしまうような予感がした。


「牧野さんとこのような形でお会いするのは、とても残念だわ」
楓に背く行動を取ったことに後悔などしていない。そう思っていたにも関わらず〝残念だわ〟この言葉が頭の中で木霊し、司への想いを遂げることも、もしかしたらもう二度と司には会えなくなるのでは、という不安が大きく膨らみ始めていた。
「わ、私は・・・」
「少しは見込みがあるかと期待しましたが、わたくしの判断が間違っ
 ていたようね。牧野さん、あなたにはがっかりだわ」
できることならば、認めてもらい2人で胸を張って楓の前に立ちだかった。これまで必死に頑張ってきたことが、ガラスの破片のように粉々に砕けていく。


自分の心の弱さに情けなさを感じ、返す言葉も見つからない。しかし、司を想う気持ちは誰よりも勝る、その想いだけは何としてでも楓に伝えようとしていた。
「私は、・・・了解も得ずにこのような行動をとってしまったことは、申
 し訳ないと思っています。でも、中途半端な気持ちで今この場にい
 るわけではありません。道明寺を心の底から愛しています。お互い
 に必要な存在なんです」
「愛ね~、愛があればどんな艱難も乗り越えられるなんて、まさか本
 気で思っている訳ではないでしょうね。現実はそれほど甘くなくてよ」
「道明寺を誰よりも愛していること以外に、私には何もありません
 もし私が道明寺と同じような環境に育ち、何もかも与えることがで
 きたのなら、何も苦労しなくてもよかったのかもしれないけど・・・
 でも、たとえそんな環境に私がいたとしても道明寺はそんなことは
 望んでない。自分の手で、自分の力で築き上げようと努力するだろ
 うし、現にしてきたはずです。愛なんてあやふやな感情って言うか
 もしれないけど、愛は無限の力と可能性を引き出してくれるモノです」
「わたくしにその愛とやらを信じろとでも?」
「信じてください、とは言いません。ただ見守っていてほしいんです」
つくしは威圧感や恐怖感を覚えながらもなんとか気を静め、真っ直ぐな瞳を向け精一杯の思いを伝えると、楓に背を向けまた噴水に視線を移した。


視線の先には嬉々として遊ぶ子供らがいて、その子供らの溢れんばかりの笑顔につくしの心は感傷的になっていく。
――今あなたはどこにいるの?道明寺・・・会いたい、道明寺に会いたい
現地で落ち合う約束をした司とつくしは、同じ建物内にいながらも未だ顔を合わせることも声を聞くことすらもできていない。
瞳に投影された景色は徐々に薄れて、無邪気に笑う司の笑顔が浮かび上がる。


「こうして落ち着いて景色を観るのもいいわね」
いつの間にか窓際まで来ていた楓は、つくしと同じように外の景色を眺めていた。穏やかな表情で無邪気に遊ぶ子供らを眺めるその姿に、つくしは驚きとともに違和感を覚える。

「出会いには・・・」
「・・・えっ?」
楓のポツリと呟いた言葉をつくしは理解ができず、答えを求めるかのように楓の横顔を見つめた。楓はその視線に気付きながらもつくしに視線を向けることなくまたポツリと呟く。
「人の出会いは皆平等であり、そこから生まれた縁を断ち切ること
 など、・・・誰にもできないことなのね」
それはつくしに言ったことなのか、単に呟きに過ぎなかったのかは定かではない。つくしが聞き返そうかと考えている間に、楓は背を向けて歩き出していた。扉の前で足を止めて振り返った楓は、威圧感を漂わせるいつもの表情に戻っていた。
「あなたに忠告しておくわ。道明寺の人間になろうとする人がいつ
 までも苗字で呼ぶのはどうかしら?つくしさん、敢えてつくしさん
 と呼ばせてもらうわ、あなたもご自分の立場を考えることね」

控え室は防音仕様なのか、楓とつくしの声は廊下に漏れ聞こえることはなく、誰も居ないのではないかと錯覚するほど静かで、今どのような状況なのか全く掴かめないことに、3人の心中は苛々と不安ばかりが募って身動きできずにいた。
「牧野、大丈夫かな。あのお袋さんの様子だと、今頃・・・」
「やばいかもね」
眉間のシワは深まる一方、そして溜息ばかりが漏れる。


「おーい、司」
神父に事情を訊きに行った総二郎が戻って来た。
「どうだった、何か分かったか?」
「う~ん、何も変わった様子はないみたいだ。予定通りに進行さらる
 ようだぞ」
「じゃあ、お袋さんは何しにここまで来たんだ?」
首を傾げるF4。
その時目の前のドアが開き、楓だけが出てくる。
司は楓の前に立ちはだかるように詰め寄った。
「てめー!牧野に何を話したんだ!
 事と次第によっちゃただじゃおかねえぞ」
「あら、司さんまだこんな所に居たの?」
「ああ?誰のせいでこんなとこにいると思ってんだ!
 牧野に会わせろッ!」
「ここで合わせる訳にはいかないわ」
「なんだとぉーッ!」
「いつまでここに居るつもり?目障りだから私の前から消えてちょう
 だい。悪いようにはしないから、あなた方は司さんを連れて行って
 くださるかしら」
頭に血が上った司とは対象的に、冷静な3人は楓の意味深な言葉に従うのが得策と考え、今にも楓に掴みかかろうとする司を両脇から抱えてその場から引き離すと、そのままわめき散らす司を引きずるように歩き出した。


「花沢さん、ちょっとよろしいかしら?」
楓はその後に続こうとする類を呼び止めると、司たちの後姿が見えなくなるのを待って口を開いた。怪訝そうな表情を浮かべた類は楓の言葉に耳を傾ける。
「花沢さん、あなたに頼みたいことがあるの。それは・・・・・・」

結婚はゴールではない、新たなスタートである。
待ち受ける多くの試練、その度に悩み、苦しむ時間も多くなるだろう。
違う世界に身をおくことは気苦労も多く、決して楽な道とはいえない。
それは同じ世界に身をおく者も少なからず経験するだろう。
ひとりで乗り越えられないことも、ふたりならば乗り越えられる。
愛は無限の力と可能性を引き出してくるのだから。


「行かなきゃ、道明寺のとこに行きなきゃ」
司ではなく楓が現れた今、これ以上この部屋に居ても何の意味もない。自分の知らないところで何が起きているのか確かめなくてはならない。そこから一歩が始まる。
つくしは大きく息を吐き心気を入れ替えると、未知なる世界へと続く扉を開けた。そこでつくしが目にしたのは、天使のように微笑む類だった。

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Bride of saintly ~聖夜の花嫁~前編

前編

タンタラスの丘のふもとの森の中に佇む小さな教会。
その外壁は1万4千個の珊瑚で造られ、内装は優雅でロマンチック。
手入れの行き届いた中庭には噴水があり、ヨーロッパの流麗な庭園を思わせる。噴水から噴出す豪快な水は七色に輝き、ダイヤモンドにも匹敵するほど美しく、時間(とき)が経つことさえ忘れさせ心は至福に満たされる。

「憧れのハワイかぁ~
 今日、この日が私たちにとって忘れられない日になるんだね
 これで良かったんだよね、・・・これで・・・」
教会と隣接した建物の2階から、穏やかな表情で庭園を眺めるつくしがいた。純白のウエディングドレスに身を包み、大きな窓の傍に立ったつくしを柔らかな日差しが照らし、一段と輝いて見える。


――アイツ準備ができたのか?・・・こういう場合どうしたらいいんだ?
控え室の扉の前にはタキシードに身を包んだ司が立っていた。


「おい、アイツ何やってんだ?」
「さぁ~な。司のことだから、愛しの彼女のドレス姿でも
 想像してんじゃねぇの」
「笑ってみたり、難しい顔してみたり・・・、気味悪りぃぜ」
「くくくっ・・・、司でも緊張するんだね」
「おい類、笑うなよ、司に気づかれるだろ」
「おッ!今度はひざまずいて、・・・・・・ん?立ち上がった・・・って
 まさかアイツ・・・」
「たぶんな」
「シミュレーション。くくくっ・・・」
「なんか顔を赤くしてやがる」
「やらしいヤツ」
「まったく何考えてんだか、・・・読めねぇ」

「今度は深呼吸してんぞ」
「ストレッチし始めるし」
「くくくっ・・・」
「だから、類笑うなって」
「いてッ!誰か足踏んでるぞ」
総二郎とあきらと類は廊下の角で身を潜め、折り重なるようにして事の成り行きを見守っていた。いや、正確には盗み見をしていた。
「総二郎、押すなよ」
「俺じゃねえ、類が・・・」
「くくくっ・・・」
「ああ?類、いい加減笑うの止めろ、マジでばれるぞ」
「しょうがないじゃん、司のあんな姿見て笑うなっていう方が
 無理でしょ」
「まぁそうだけどよ。何だよ司、入るんならさっさと入っちまえよ」
「ったく、じれったい奴だなぁ」


「総二郎・・・、あきら・・・」
「何だよ類、今イイ所なんだよ。おお~・・・司が・・・」
総二郎とあきらは瞬きすることさえ忘れて司の行動にくぎ付けになっていて、傍で笑っていた類が瞬時にして凍りつき、緊張の渦の中にいるなど知る由もなかった。
「そ、総二郎・・・、あきら」
類は練り出すように2人の名を呼びながら、総二郎の上着の裾をぎこちなく引っ張る。
「さっきからうるせーな、何だよ類?」
「うしろ」
「・・・ああ?後ろがどうしたって。・・・しょうがねえな」
総二郎とあきらは仕方なしに司から視線を外すと、後ろを振り返った。
2人の瞳に飛び込んできた人物に言葉を失い、驚きの表情で瞬時に凍りついた。そこには仁王立ちで腕を組み、鋭い眼光を向ける楓の姿があった。


「あなた方はそこで何をしているのです」
「う゛っ・・・」
「・・・ぇっ?」
「・・・。」
驚きのあまり言葉にならない声をあげて絶句する。
「質問に答えてもらいましょう
 あなた方はここで何をしているのですか?」
「いや、その・・・、別に・・・」
「訳もなく、ただこそこそと誰かの様子を窺っているとでも?」
「「「・・・・・・!」」」
ヘビに睨まれたカエルのように身動きひとつできず、呼吸が止まるほどの緊張感に包まれ、いつもの表情を取り戻すことも、いつもの軽やかで達者な口からも何も返す言葉は出てこない。


「いいわ、あなた方が言わないのであれば、本人に聞くまでです」
返す言葉が無い3人は、司の方に歩き出した楓の後姿をただ見送るしかなかった。
「ヤベー、司の母ちゃんがここに来たということは・・・」
「式は、おじゃんだよな」
「これも想定内のことなのか?」
「どうだか、司の頭脳だぜ。あのお袋さんが相手じゃ
 どんな策略だろうと一筋縄じゃいかねぇだろうよ」
「って言うか、司の詰めが甘いんだよ
 俺らでさえ知ってたんだ、あのお袋さんなら朝飯前だろ」
「そうだな。・・・もう少しで式が始まるってえのによ
 最悪のタイミングだぜ」
楓の鋭い視線から解放された途端に、総二郎とあきらは凍りついた思考も達者な口も解凍され、いつもの調子が戻ってきた。


司は会えないつらさを胸に抱きながらも、厳しい楓の教育に文句も言わずに頑張ってきた。そこまで劇的な変化を遂げた司の活力の源は、愛するつくしと未来を歩くため、将来を守るため、これが全てであった。その想いは司だけではなく日本に留まったつくしも同様で、2人の未来を夢見て頑張ってきた。
完全無欠とまではいかないが、語学や礼儀作法、経営学や経済学も平行して学び、6年間で習得し自分の物としていた。その成果は企業間や経済誌や雑誌に2人の名が出る機会が増えていた事で証明されていた。
しかし、努力の末、社会的に成長した2人の現在の力を認めることも、その関係を認めることもしない楓に業を煮やした司はある事を決意した。それは、2人だけで挙式を挙げることだった。


司は誰にも悟られないように、今日という日を内密にそして慎重に計画してきた。そこまで慎重に事を進めてきて今日という日を迎え、目の前にある幸せにどっぷりと浸りきった司は、不安そうな瞳を向けるF3や、眼光を鋭くした楓が自分と同じ空間に居ることに全く気付いていなかった。
「ここにいてもしゃあねえよな」
つくしのウエディングドレス姿を一目見ようと司は意を決して扉に手をかけようとした、その時だった。
「司さん、何をしているのです?」
その声は昨夜遅くまで聞いていた、楓の低く冷たい声だった。
柔らかく笑みを浮かべていた司の表情は一瞬にして険しい形相へと変わる。
「バッ!ババァ!何しに来た、俺達の邪魔しに来たのか?」
「・・・。」
「フッン!・・・そうゆうことか」
凝視するばかりで何も言わない楓に司の怒りは増幅する。
どんなに内密に行動をとろうと、所詮、楓の手の平の上で遊ばされていたのかと思うと、司の怒りは激しく渦巻き始める。


「今まで大人しく頑張ってきたのは、全部牧野と一緒になるためだ
 道明寺家とか、跡取りとか、そんなもんのために頑張ってきたん
 じゃねえ」
「少しは見込みがあると思っていましたが、どうやらわたくしの判断
が間違っていたようね。こんな勝手な行動をとるなんて、まだまた跡
 取りの自覚が足りないようね」
「跡取りの自覚って何だよ?てめえの思い通りに動くロボットになれ
 ば満足なのかよ?俺がこの7年間してきたように。・・・けど、それも
 今日で終わりだ。アイツがいねぇ人生なんて、くそっくらえだッ!」


期間を決めそれに向けて頑張ることは容易いことではないが、その先に待つ愛する人との将来があるからこそどんな困難にも立ち向かえるのだ。しかし、その期間も過ぎ、季節がひとつ、またひとつと過ぎる度に逢いたい気持ちは増幅され、我慢の限界を迎える。
楓に認めてもらい祝福されて結ばれることを願って頑張ってきた2人だったが、結果的には楓の期待に背く形となってしまったことに、司もつくしも後悔などしていなかった。
いくらお互いが信じ合い深い絆で結ばれているとしても、逢いたい時に逢えない、聞きたい時に声が聞けないつらさは精神的にどうすることもできない。


「ぶち壊しに来たんだろうが、俺はこのまま牧野と結婚する」
「そう。今のあなたに何を言っても無駄のようね」
楓はきびすを反すと控え室のインターフォンのボタンを押した。
「はーい、どうぞ」
つくしの軽やかな返事が返ってきた。
司は控え室に入れまいと咄嗟に楓の前に立ちはだかった。
「牧野に会って何するつもりだ?」
怨敵を見るような司に表情ひとつ変えない楓。
そんな親子をF3は少し離れた場所で緊張した面持ちで見守っていた。


「牧野さんはあなたと違って物分かりがいい方ですからね
 わたくしやあなたの立場を理解してくださるでしょう」
一瞬見せた不敵な笑みに、司は身体も心も凍りついた。
「ババァ!」
「中に入ろうなどと思わないことね
 わたくし何をするか分からなくてよ」


少し前までは幸福感に包まれていた司。一転して今は、恐喝にも似た楓の言動に言い知れぬ不安に肩を震わせる。
「クソッ!」


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