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愛は神より強し 最終話


最終話 すべては心の中に

「う~ん・・・」
つくしの頬にかかる髪を脇に寄せたせいか、俺の腕の中で寝返りを打ち密着していた肌と肌の間に隙間ができた。小さな白い肩を胸に引き寄せて、また俺の腕の中に収める。
「う~ん・・・なんかあつーい」
「つくし、おはよ」
透き通るような白い柔肌に唇を落とし、同じ空間で朝を迎えて挨拶が出来たことに、俺は嬉しさを隠すことができない。
「おはよう、類」
つくしは微笑をたたえて答え、俺の裸の胸に顔をうずめる。
お互いの肌が密着し昨夜のことが思い起こされると、つくしの頬は赤みを帯びる。
「暑いの?それとも何か思い出した?」
「類のイジワル」
すべてを曝け出して愛し合った昨夜。
一生忘れることのない大切な思い出を刻んだ夜。
そして、同じ空間で目覚めた朝。


「あたしシャワー浴びてくる。・・・えっと、・・・Tシャツは・・・」
胸を隠して体を起こし、Tシャツを取り上げて着たつくしは違和感を覚えた。
「あれ?・・・・・・神様は?」
「ん?あっ、いない」
「これって類のシャツじゃないよね?」
目障りで溜息の根源だった神様、カエルは跡形もなく消えていた。


そう言えば昨夜つくしが寝た後、アイツ俺のとこに来て話したんだった。
「おい、おまえ!俺様を無視しやがって
 この後どうなっても知らねえぞ」
「そんなこともう関係ないよ、俺たちの未来は俺たちで創る」
「ふんっ!いっちょ前のセリフ吐きやがって
 ・・・まっ!しょうがないって言うか、予定通りって事だな」
「予定通りって、何それ?」
「俺様のミッション遂行が成功したってこと」
「はあ?」


「俺様がなんのためにここに居たと思うんだ?」
「アンタの力とやらで恋を成就させるため、でしょ?」
「う~ん、残念。俺様はそんなことはできないのだ」
「えっ?じゃぁあの話はウソ?」
「まぁ全てが嘘とも限らねぇが、俺様に出来る事はすべてやったぜ」
「アンタのしたことと言えば
 俺をつくしに触れるのを阻止しただけじゃん
 短い手で突っ張ってさ、くくくっ・・・」
「ムッ、まぁそれもある」
「あと何かしたっけ?」
「何かって、もう結果が出たろうに」
「結果って俺たちの今の状況のこと?」
「そう、お前たちは将来を約束したんだろ?
 そう仕向けたのは俺だってことだ」
「・・・・・・?」


「お前の嫉妬深さと独占欲を利用して
 拍車を掛けるように仕向けたんだ
 それに対してお前自身がどう受け止めるか
 どのような行動を起こすのか、それとも俺様の力に頼り
 ただじっと何もせ時を迎えるだけなのかの違いなんだよ
 すべては心の中にある
 想いや願いを現実に叶えるためのタイミングを
 俺様が与えたって訳だ
 だから俺様には不思議な力など最初から存在しないんだよ」
「ふ~ん、不思議な力なんてなかったんだ
 その割りには偉そうだったよね」
「フン、これでも神様だからな、人の心を見抜く力はあるんだ
 まぁこれで結婚まで成就出来そうだし
 俺様は次の野郎の所にでも行くぜ」
そう言ってアイツは暗闇の中に消えて行った。

――ってことは・・・、次の野郎のとこってことか?

「ねえ類!・・・類!聞いてる?」
「・・・・・・ああ、・・・それでつくしの話って」
「神様が消えたの」
俺は昨夜神様と話したことをつくしに伝えた。
「ふ~ん、そういう事だったの
 じゃあ、もう私たちには何も起きないのね?」
「いや、これから起きるよ」
「えっ?ウソ!・・・だって何も起きないハズじゃあ・・・」
「つくし、こっちにおいで」
俺はつくしをベッドに誘った。


その日の昼過ぎに来客があった。
「類ッ!あのTシャツのカエルに何したんだよ!?」
総二郎が血相変えて飛び込んで来た。
「どうしたって、どうもしないよ
 でも、俺とつくしはうまくいったのは確かだけど」
「つくしって・・・、そうか良かったな。って良くねえ!見ろッ!」
そう言ってシャツのボタンをはずしてみせた総二郎の胸の辺りに、見慣れたマーク、いや、アイツがすました顔して収まっていた。
「今日、昼前まで寝てたら
 〝若い美人のお客様が会いに来ましたよ〟って呼ばれた気がして
 慌てて昨日脱いだシャツを着たら、・・・・・・カエルが・・・
 あのカエルがへばりついていたんだぞッ!」
俺たちは唖然としてカエルを見る。
――次の野郎って、総二郎だったんだぁ
あまりのおかしさに思わず噴き出しそうになったけど、マジな総二郎を見て俺は口元に手を当てて笑いをかみ殺した。何気に隣を見ると、つくしも俺と同じ様な動作をしていることが、笑いに拍車を掛ける。


「それに客なんかいなかったし
 今にして思えば、コイツが俺を呼んでハメやがったんだ!
 類・・・、俺はどうしたらいいんだ?
 お前らうまくいったんだろ?・・・助けてくれ
 俺はまだ恋を成就させるつもりはないんだ、情事ならともかく・・・」
頭を抱え込んで背を丸める総二郎って、司がらみ以外で見た事あるだろうか。それにしてもこんな状況になっても、情事は頭から切り離すことは出来ないんだ。
「総二郎、もうどうにもならないよ
 諦めて覚悟を決めるしかないね
 約束を破ると酷い目に遭うのは間違いないからね」
「そうだよ、西門さんもいつまでも遊んでないで
 もっと自分を大切しなよ。刺されてからじゃ遅いんだから
 優紀を悲しませたら承知さないからね!」
「なっ!」


「あたしが知らないとでも思ってるの?」
「お前・・・何を・・・」
「お生憎様、西門さんの所にそのカエルが来たってことは
 そうゆうことでしょ?誤魔化してもダメだよ」
「へえ~、総二郎が・・・そうなんだ。俺知らなかった」
「うっ。・・・牧野・・・、お前鈍感女じゃなかったのかよ」
「つくしは総二郎のことよく見てるんだね
 俺以外の男のことを気にしてたなんて・・・
 なんか俺ちょっと複雑な気分
 つくし、これからは俺だけをその瞳に映して」
はにかんだつくしの頬を両手で包み、滲んだ瞳に映る自分を見つめる。うっすらと開いた唇が俺を誘惑しているようで、その衝動に素直に応じるようにキスをする。


――人前で牧野がキス?・・・大胆な行動もコイツの所為なのか?
「お前らな・・・、俺の存在忘れてねえか。・・・ったく
 ここに来た俺がバカだったのか・・・にしてもこれからどうするんだ」
頭を抱える総二郎に類とつくしからのアドバイスの言葉がかけられた。
「西門さん、何も悩む事なんてないんだよ」
「そう、自分にとって何が一番大切で、いつもそばに居てほしい人が
 誰なのかを素直に行動に表すだけでいいんだよ総二郎」
「あのTシャツはそのきっかけを作ってくれるだけで
 恐れずに挑戦してみなよ、弱気な西門さんなんて似合わないよ」
「似合う似合わないの問題じゃねえだろうが・・・」
「もしも総二郎にまだ結婚する気がないんなら
 そんなTシャツ脱いでしまえばいいんだし」
つくしは一瞬、おやっ?と思ったが、類のウィンクを見て理解した。
――同じ目に遭わせたい?・・・じゃあなくて
   優紀にも幸せになって欲しいと思ってのことよね
「えっ?でもそんなことしたら大変なことが起きるって・・・」
「心配いらないよ、つくしも一度着てすぐ脱いでしまったけど
 ほら、なんともないでしょ」
「そうよ、あたし全然大丈夫だし」
「そうなのか?・・・でもなぁ・・・」
ブツブツと独り言を言いながら部屋を出ようとした総二郎の胸の辺りで、アイツはニヤリと不敵な笑みを浮かべてウインクをしたのを、俺は見逃さなかった。

~Fin~

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愛は神より強し 第5話

第5話 タイムリミット

俺は眩しい日差しと暑さで目が覚めた。
重い瞼を開けると俺の腕は愛しい人を包み込んでいて、どうしてこんなに身体が熱いのか理解するのに時間は掛からなかった。
愛する人を抱きしめながら眠る心地良さは、独りで眠る心地良さとは比べものにならないほど幸福だ。世の中は何ら変わらないのに、ここには薔薇色に煌く別世界が広がり俺たちの未来を祝福してくれている。
俺の胸をくすぐる愛する人の髪にそっと手を伸ばし、艶やかな黒髪を指に絡めながら俺は昨日の事を振り返る。

午前中は良かった、他愛のない話しをして笑い合ったり、ヴァイオリンを弾いたりして過ごしたからか意識せずにいられたのかも知れない。
昼食を終えて部屋に戻って来ると、もう一つあったベッドは片付けられていた。2泊3日の予定だから当然といえば当然なんだけど、なんか急に寂しさが込み上げてきた。その寂しさに拍車をかけるように牧野は帰り支度を始め、忙しく部屋中を動き回り身の回りの私物を鞄に詰め込んでいった。
2本並んでいたハブラシが1本になり、フェイスタオルやバスタオルも俺の分だけになり、ただ元通りの生活空間になっただけなのに、そう頭で理解していても心は沈み込む。


デートの帰り牧野のアパートの前で〝おやすみ〟合言葉のように言って別れるけど、この状況がいつまで続くんだろうって、家路に向かう車中でいつも考えていた。帰る先が一緒なら良いのに、そしたら〝おやすみ〟って微笑んで言い返せるのに。俺はそんなこと、ずっと思ってたんだ。
総二郎のTシャツのおかげでそれも叶ったけど、今夜からはまた元の生活に戻ってしまう。
70時間が過ぎ、焦りと不安が俺の周りに纏わりつく。
刻々とタイムリミットが近づいてくるにつれて、気持ちは大きく乱高下を繰り返し、じっとしていてはダメだと心に言い聞かせる。アイツはそんな俺の心の内を知ってか知らずか、ニヤついた顔で俺をじっと見ていた。
――俺の人生をアイツなんかに決めさせていいのだろうか?


俺を見つめていたのはアイツだけではなかった。
「類、どうしたの?
 さっきから黙ったままで…、何回も声をかけたんだよ」
不安そうに顔を覗き込む牧野を俺は黙ってベッドに座らせると、いま一度自分の気持ちを確認してみる。
俺の人生に牧野が寄り添ってくれたら、これ以上の幸せはない。
牧野の弾けるような笑顔を見て、俺の表情が豊かになる。
牧野の張りのある声を聞いて、俺の感情が溢れ出す。
牧野の一つ一つの心の動きが俺の心を揺さぶり、色鮮やかにもセピア色にも変化する。
今の幸せも大切だが、俺は永遠の幸せが欲しいんだ。
2人で過ごした時間やアイツが与えてくれた時間を無駄にしない為にも、俺は心に秘めた決意を実行しよう、俺の未来に前進するためにも。


「類・・・」
「牧野、話を聴いてほしいんだ」
「う、うん」
俺は戸惑いがちな牧野の淡黒の瞳を真っ直ぐに見つめると、心に秘める想いを口にした。
「一度しかない人生を牧野と一緒に生きていきたい
 牧野の傍で生涯を過ごしたいんだ
 牧野の傍で喜びの中に生きられたら
 俺にとってこれ以上の幸せはない
 牧野がいるからこそ、感動の日常があり、感激の日常があるんだ
 生きてる喜びがあるんだ
 だから、俺との将来を考えてほしい」
牧野の瞳が一瞬揺れて、俺の鼓動は速まる。
でも視線を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返してくる牧野を見て、俺の不安の大きさは少し減少したが、愛しい人の口先からどんな言葉が返ってくるのか、息を呑んで待つ心境は心臓破りに等しく、俺の人生を掛けた勝負には相応しい緊張が襲ってくる。


「類・・・、あたしも生きる喜びを抱き締めていけたら
 これ以上の幸せはないよ
 それが類なら・・・、類なら断る理由なんてない」
牧野の大きな瞳から頬を伝う涙と嬉しい言葉に、俺の胸は熱くなっていった。
「牧野・・・、それって・・・」
「うん、あたしを類の人生の中に置いてください」
「まきの」
俺が願い求める言葉を直ぐにもらえた喜びと、2人寄り添って未来に向かっていける約束された道へのキップを手にし、俺はアイツが突っ張って阻止しようとすることにもお構いなしに牧野をギュッと抱き締めた。
「アッ、おい!お前約束違反だぞ
 おい!聞いてんのか!・・・俺様を無視するつもりだな」
アイツは必死に声を張り上げていたが、今の俺にはそんなことなどうでもよかった。今の幸せと、この先にも幸せの道の掛け橋が出来た喜びが勝り、数日ぶりに愛する人の唇に触れたことに無我夢中となった。


「ちょ、ちょっと類、今何時なの?」
慌てて俺の胸から離れた牧野は時計を探し始めた。
〝自分の人生は自分で決める〟そう固く心に誓った時からアイツの不思議な力に頼ろうなんて思っていなかった。でも今はアイツに感謝している。臆病な俺の心を動かしたのはアイツのおかげかも知れない、そう思っているから。
「やだぁー、類!後15分で終わりを向かえるんだったのに…」
ベッドに座る俺の頭上から張りのある牧野の声が降ってきた。
「くくくっ・・・」
「何がおかしいのよ?後15分だったんだよ」
ベッドのサイドテーブルの引き出しから携帯電話を取り出して時間をチェックする。
19時03分
「そうみたいだったね」
「何暢気なこと言ってんのよ?」
「お前ら、どうなっても知らんぞ!」
さっきまで不安と緊張の渦の中にいて、ようやく幸福という空間に脱出したかと思うと、今度は仁王立ちする牧野に怒鳴られた。けど、心に生まれた余裕からか焦る気持ちは生まれなかった。


「つくし、ここに座って」
「つつ、つくし?」
「あんたの名前でしょ、そんなに驚くことないじゃん」
「だ、だっていきなり呼ぶんだもん、・・・それに初めてだし・・・」
「そっか、これからはつくしが照れないように何回でも呼んであげる」
照れくさそうに頬を赤く染めるつくしの首筋に手を添え、口づけを交わす。
「つくし」
触れる程度のキスを何度も繰り返しながら、愛する人の名を呼ぶ。
「つくし」
頬や耳たぶや首筋に摘むように唇を寄せ、耳元で何度も呼び掛ける。
「つくし」
「るい」
「つくしを抱きたい」
「ああぁー!見てらんねェ!俺様に見せ付けんじゃねえよ!
 ・・・ったく、・・・俺様から見えねえとこでやってくれ」
超不機嫌そうに言ったアイツの体は真っ赤になっていた。
「るい」
「つくしを感じたい」
耳元で囁きながら、俺はつくしのTシャツに手をかけた。Tシャツは裏返しになってアイツの姿は隠れ、音も消え、2人だけの時間が訪れた。

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愛は神より強し 第4話


第4話 静かなる決意

俺は煎れたてのコーヒーの香りで目覚めた。
「類、おはよう。今日は私のほうが早く起きたね」
「ん、おはよ。コーヒー煎れてくれたんだね、ありがとう」
「俺のはないのかよ!・・・ったくお前らときたら・・・」
「あっ?ごめん、今すぐ煎れるから」
「いらねえよ、飲めねぇんだから」
「だったら何で〝俺のは〟なんて言うのよ」
「いいか、こういうのは気持ちの問題なんだよ
 たとえ飲まなくても用意しといて
 〝どうぞ〟って言うのがあってもええんとちゃうんか?」
――アンタ一体どこの人さ・・・って、人じゃなかったね
溜息とともに今日の一日が始まった。


「ねえ類、すごい良い天気だよ、お弁当持ってどっかに行こうよ」
清々しい笑顔の牧野に頬は緩む。けど、胸元のアイツの不機嫌な顔でげんなりだ。
俺が朝起きられるのも、夜眠れないのも牧野が傍に居るからで、睡眠不足は解消されない上、アイツが精神的にも肉体的にも苛々を倍化させてくれるおかげ。この狭い空間にいると、どうしてもアイツに神経がいってしまう。
――気晴らしに外の空気を吸うのもいいか
「そうだね」
「よしっ!そうと決まればお弁当作りといきますか!」
ガッツポーズを決めてはりきる牧野と口を横に開くアイツ。
――それって笑顔のつもり?
   アイツも牧野の意見に賛同してるってこと?
1時間後、牧野は嬉しそうにお弁当を胸に抱えて部屋に戻って来た。
「類、準備が出来たから行こう」


波打ち際を楽しそうに走り回る牧野を眺めていると、自然と心が穏やかになり顔がほころんでくる。まぁ~いまさらだよね、俺の笑顔は牧野の笑顔で作られてるようんもんなんだしさ。
牧野と出会う前までは、誰かを見つめていたいなんて目で追うような感情は無かったし、人に対して全く興味は無かった。不思議だね、あんたがいるだけで今までの俺が俺でなくなるんだからさ。


「ちょっ、ちょっと!どうしたの?引っ張らないでよ!」
波打ち際を歩いていた牧野はTシャツに、いや、アイツに引っ張られてフラフラし始めた。
「前から来たあの犬っコロのヤツ
 どうやら俺様の匂いを嗅ぎつけたらしいな」
「へっ?神様って犬が怖いとか?」
「ギクッ!冗談じゃあねぇ
 犬っコロが怖くて神様が務まるかっつーの」
そうゆうアイツの顔は心なしか青ざめているようだ。
「変な奴、・・・だったらこれは?」
牧野はおもむろに口笛を吹いて犬を呼んだ。
「おいで、ワンちゃんおいでー!」
「オイッ!やめろ、そんなことしたら天罰を与えるぞ!」
――間違いない、怖いんだ。・・・笑える
犬が近づいて来ると、アイツはTシャツもちぎれんばかりに牧野の体ごと飛び跳ねるように逃げ回った。
俺は持って来たディレクターチェアに座ったまま、ぼんやりと遠ざかる牧野を眺めていた。
「なんか楽しそうだな、あんなに子供みたいにはしゃぎ回って
 やっぱここに来て良かったみたいだね」


ひとしきり遊んで家に戻った俺たちとアイツは、寛ぎの時を終えて一日の終わりを迎えようとしている。
昨日の夜と同じ光景が暗闇の部屋に広がる。
またアイツと目が合ってしまった。アイツは不敵な笑みを浮かべこちらを見ている。
〝お前はそれでいいのか?〟とでも言いたそうに。
俺はアイツの視線から逸らすように見慣れた天井に顔を向ける。
浜辺での牧野のはちきれんばかりの笑顔が脳裏を掠めると同時に、この家に一緒に帰宅して、隣を見ると牧野の寝顔があって、いつもそうしていたかのようにあって。でも、明日からは帰る場所も寝る場所も別々で、そう考えると急に不安に駆られた。
このまま時が過ぎて、俺と牧野の関係が以前と何も変わらなかったら。何も言わないまま元に戻ったら。
アイツの力がどんなものであれ、俺は牧野に言わなければ、態度で示さなければ後悔する。他力本願で待っているだけでは何も変わらないんだ。
俺はある決意を心に秘め、実行の時を待つことにした。

最終日の朝がやってきた。
「類、おはよう」
「おはよ」
「・・・」
アイツは確かにそこにいる。
この2日間と同じように牧野の胸の辺りにデーンと居座っているのだが、慣れとは恐ろしいもので違和感が薄れてきている。
「お腹空いた?」
「うん、空いた、ペコペコ」
「じゃあ何か頼もうか?何にする?」
俺は内線電話の受話器に手をかけようとしたら、牧野がそれを制した。
「あたしが作ってあげる、類はトーストとコーヒーでいい?
 あっ!フルーツグラタン好きだったよね?・・・それにしよっか?」
「えっ?そんなことしなくても頼めばいいのに」
「あっ!そっか、ここは類の家だったね
 あたしったら自分のアパートの感覚で・・・つい・・・」
今の牧野の言葉が気になる。
――それって単なる慣れってことじゃないよね?
もし、このままずっと一緒にこの部屋で過ごしたら、牧野にはそれが普通で当り前で、俺にとってもごく普通の日常になるってこと?
――そうなって欲しいと願うのは俺だけじゃないよね?


アイツは不気味なほど沈黙を守っている。
泣いても笑っても今日の19時15分には総てが終わる。
そして俺たちはどうなる。
その時間が過ぎても俺たちは笑っていられるだろうか。


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愛は神より強し 第3話

第3話 傍にいる大切さ

「やだぁ、なんでコイツが赤くなってんのよ?」
――もしかして俺の言葉に赤面したとか
真っ赤な顔をする牧野は可愛いけど、コイツのは不気味で頂けない。
――まったく色まで変わるとは。・・・もしかしてコイツ・・・
「牧野、耳貸して」
俺はアイツに視線を向けながら牧野の耳元である事を伝える。
そんな俺たちをアイツは上目使いで探るように見ている。気にしているってことは姿、形は違っても、コイツは人並みの感情と表情を持っているようだ。


俺は牧野の耳元から顔を離すと、互いに正面を向き合った。
互いの瞳には愛する人を映す。
俺は牧野の首筋の後ろから手をまわして軽く引き寄せ、ゆっくりと顔を近づけた。あともう少しで牧野の唇に触れようかという時、アイツは懸命に俺の胸に手足を突っ張ってそれ以上の接近を阻んだ。
アイツは俺を睨んで「チッチッチッ、そいつは無理ってモンだぜ」と、のたまった。
「「ぷっあははははぁっ…」」
そのセリフと行動のアンバランスさに俺と牧野は思わず噴出してしまった。
やっぱりアイツは俺たちのことを妬いているんだ。神様もどうもない、嫉妬して人の恋路を邪魔するひねくれ者だ。
取り敢えずは牧野に危害を与えるような真似は無さそうだ。そうと分かればこっちも黙ってはいない、俺にだって我慢の限界がある。
オマエが牧野の肌に密着していること自体許せない。
――そう思う俺も・・・オマエと同じか・・・嫉妬してる
とにかく、この非常事態をなんとか切り抜けて、牧野を力いっぱい抱きしめたい。キスだってしたい。


「コイツってさ、牧野のボディガードみたいだね。くくくっ…」
「・・・・・・?」
アイツは俺の言葉を理解しているのか、短い腕を偉そうに前で組んだ。
「3日と言わず、ずっと着ていてもらおうかなぁ~」
「えーなんで?」
「虫除け」
「・・・むし・・・虫除け?」
「牧野って相変わらず鈍感だね」
「またそうゆうこと言うし・・・」
呆れたように見るけどさ、俺がどれだけ心配しているか分かってるの。

制服着てノーメイクだった高等部から、大学に入って私服に薄化粧をするようになり、日増しに綺麗になっていく牧野に嬉しく思いながら、その一方で、誰かに盗られてしまのではないかと不安が常に付き纏った。
元々人を惹きつける何かを持っていたからか、外部から入ってきた学生らに特に人気があって、言い寄ってくる奴らは後を絶たなかった。それなのに自分がどれだけ綺麗になって、どれだけモテているのか牧野は全く分かっていないし自覚がない。全部冗談としか思っていない鈍感さが俺にとって救いだったけど、他の奴らにしたらたまんないだろうな。


届けられたガムテープをアイツの口に貼り付けようとすると、それを阻止しようと手や足を使って抵抗する。それでも牧野は諦めずに何度も試みる。
牧野とアイツの激しい攻防戦は何分続いたのか、お互い息を荒げて牧野はぐったりとソファに凭れかかった。どうやら牧野は断念したようだ。アイツはホッしたような表情で俺を見ている。
「なんか今日はもう疲れたから寝ようか」
「う、うん、そうだね」
牧野はそう言ったかと思うとベッドにうつ伏せになった。
「おいッ!そんな寝方じゃ・・・息が、息ができねぇだろうがッ!」
牧野の下敷きになったアイツの声が聞こえてきたが、既に寝息を立てている牧野の耳には届かないようだ。アイツは仕方なく俺にやったように必死に手足を突っ張って、牧野の体勢を変えさせることに成功した。
――どんだけ力があんのさ
「アンタも大変だね」
俺は笑いをかみ殺しながら呟く。


「触んなよ」
アイツは息を切らしながら俺を睨み付けてそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
愛しい人を目の前にしてそう言われると余計に触れたくなる。おやすみのキスをしたくなる。
アイツの目を盗んでそっと牧野に唇を寄せてみると、アイツはやっぱり手足を突っ張ってきて思いを遂げる事ができなかった。
――まったく・・・オマエってヘビの生殺しより残酷だよな
牧野の胸で気持ちよさそうに眠るアイツを羨ましく思いながら、俺は苦笑いした。

窓から射し込む眩しい日差しに包まれ、俺は眠りから目覚めた。
ベッドから上半身を起こし、眠い目を擦りながら牧野が寝ているベッドに視線を向ける。牧野はまだ深い眠りの中にいた。こんな寝顔を見るのはいつ以来だろう。誰かに微笑むような寝顔。まるで天使のような寝顔を一生見続けることができたら、同じ空間で朝を迎えて「おはよう」って言い合えたら、どんなに幸せなんだろう。
今、この瞬間が日常の毎朝であってほしい。独占したい。バカッ面して寝ているアイツさえいなければ、この瞬間だけでも俺だけのモノになったのに、そう思うとアイツを睨まずにいられない。


俺はモーニングコーヒーを煎れて部屋に戻ると、牧野はベッドの上で体を起こした所だった。
「おはよ、もしかして起こしちゃった?」
「おはよう、普通に起きた」
「テメーがゴソゴソうるせぇから起きちまったぜ、・・・ったく」
アイツも起きていた、その第一声にげんなりする。
長い一日になりそうだな、そう思いながら気付かれないように溜息を漏らす。
牧野と一緒にいられるのはいいが、触れることはできない。でも考えて見ればそんなに悪い状況でもなさそうだ。ただ、アイツの出方しだいではどうなるものか…。


牧野とコーヒーを飲み、遅い朝食を摂って他愛もない会話をしていて気が付いた。アイツは俺が牧野に触れようとしない限り、茶々を入れてくることはしないし、会話に割り込む事も殆どしない。だったら変に気を使わないでいつものようにしていればいいんだ。
俺はアイツに聞こえないように、胸を押されながらも牧野の耳元でこの事を伝えると、返事のかわりにニッコリと微笑んだ。それだけで俺の機嫌は上昇する。

庭にあるハクウンボクの巨木の下で俺はヴァイオリンを弾き、牧野はうっとりとした眼差しで耳を傾けている。微かな風で木漏れ日が差し込み、スポットライトのように俺たちを照らし出す。
ハクウンボクが枝を広げ、白い花を重そうに茂らせ、清々しい風が頬を掠める度に、一つ、また一つと白い花が芝生の上に舞い落ちてきては、ジュウタンを敷き詰めたかのように降り積もっていく。
そんな美しい自然の時の流れに身を置くと、心が和み、そして目の前にいる牧野の笑顔で一気に幸せな気持ちが心の底から溢れてくる。

――俺はまた一つ、オアシスをみつけたよ
   牧野はどう思う?
   同じ空間で同じ景色を瞳に映して
   そのきらめく瞳の奥で何を思う?何を感じている?

前に言ったよね〝カナダに珍しい温泉があるから行こう〟って、そうしたら牧野〝そんなに遠くまで行かなくても、類と一緒なら何処でも構わないよ〟って。でも俺はどうしても洞窟の温泉に入りたくて食い下がったけど、結局、俺ん家の風呂に一緒に入ってそれっきりだったよね。
今なら分かるよ、傍に居たいって思う愛しい人と一緒なら、場所なんて関係ないんだって。その場所は単なる演出効果であって、総ては自分の心の中にあるんだよね。現に牧野とこうして一緒にいると、普段見慣れた場所も格別に映って見えたり、特別な場所に変わっていくんだからさ。


今日はアイツとのトラブルもなく無事に過ぎ、夜がやって来た。
ベッドは別でも同じ部屋の中で眠っている牧野、顔を傾けると牧野の寝顔を見られる距離で過ごす夜は、正直つらいものがある。
牧野にはまだ自分の気持ちを伝えていないけど、俺は牧野を心から愛している。隣で軽く寝息を立てている牧野は俺たちの将来のことをどう考えているのか、眠れない時間が流れ、ふと気が付くとアイツがそんな俺を見ていた。
不敵な笑みを浮かべて俺を見ていたアイツは、牧野の寝返りとともに俺の視界から消えた。

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愛は神より強し 第2話

第2話 俺は神様だ


一度袖を通したら脱ぐことは許されない現状で、風呂のない牧野のアパートでは銭湯にも行けないということで、72時間の間、俺の家で過ごすことになった。
俺的には72時間と言わず、その先もずっと居てほしいんだけどね。まぁ~今はそんなことより〝何が起きるのか分からない〟と言った総二郎の言葉が引っかかる。不思議なパワーを得るのも大切だが、無事に3日間をやり過ごす方がもっと大切だから。


「ああ、お腹いっぱーい」
牧野は満足そうにお腹を擦りながらソファに座る俺の隣に腰を下ろした。
「くくくっ…、すごい食欲だったけど、お腹大丈夫なの?」
「平気平気!
 あんな豪華な料理を目の前にして食欲が出ない方がおかしいわよ」
いつも静寂な部屋に独りでいるのが当たり前で、それを好む自分は嫌じゃない。だけど、生き生きと瞳を輝かせた牧野を見ていると、静寂な部屋に戻った時、独りでいることに耐えられないんじゃないかと不安になる。
そう、一度幸せを知ってしまうと、普通だと思っていた日常が色褪せ、時間が過ぎていくとともに環境や心に変化が現れる。その動きに俺はついていけるのだろうか。
――牧野、アンタはどう思う?
   あのアパートに独りで暮らして、俺が傍にいたらって思う?
   ここで3日間過ごして
   その先も俺とずっと一緒にいたいって、そんな気持ちになる?


「類、もしかしてあたしの顔になんかついてる?」
愛おしむ心が増幅されて、俺はしばらく牧野の顔を見ていたようだ。
「なんか瞼についてたような、・・・ちょっと目をつぶってみて」
「・・・・・・。」
俺の策略にハマった牧野は両目を静かに閉じた。
牧野の顔にそぉーっと近づくと無防備な唇を狙って、狙って。俺の唇はあと数センチで温かいものに触れるはずなのに、何故か届かない。
――どうして?
俺と牧野の距離は縮まっているのに触れることが出来ない。
「類ったら、何してんのよ?・・・もう目を開けちゃうからね」
――確かに類の顔が近づいて来た気配を感じて期待して待ってたのに
   何もしないの?
   瞼に何かついてるなんて見え見えの嘘だって分かってて
   目を閉じて待っていたのに


俺は牧野の胸元に視線が釘付けになっていると、牧野はゆっくりと探るように瞼を開け、そして俺の視線を辿るようにその先に視線を移動させた。
「うわああぁぁぁああ――!!」
大声と共に俺は突き飛ばされ、牧野はソファの端まで瞬間移動した。俺は唖然として牧野の顔と胸元を交互に見つめた。牧野は強張った顔で再び恐る恐る自分の胸元を見る。
そこには、カエルのプリントが、いや、カエルが手と足を思いっきり突っ張って俺たちの密着を阻止するあり得ない光景。


「なっ!なによコレ?」
牧野の大きな目は更に大きく見開いた。
「おっ、お前は誰だっ!」
俺は気が動転して変なことを口走った。
「俺か?俺は・・・」
「ちょっ、ちょっと待って!・・・・・・・・・なんか喋ってる
 どうして?なんでカエルが、・・・・・・なんでシャツが動くの?」
「驚くのも無理はねぇ
 俺はな、こう見えてただのカエルじゃあねえんだ」
――そんなの見りゃぁ分かる・・・けど・・・
「姿、形はこんなでも、俺はれっきとした神様だ!」
そう言ってそいつは偉そうに腕組みして腹を突き出した。
「「か・み・さ・ま?」」
俺たちはお互い顔を見合わせた。
牧野の目は驚きで真ん丸になっている。たぶん俺も同じ様に目を見開いているんだろう。

「おいっ!」
暫くの間、俺たちは放心状態に陥っていると、神様だと名乗るソイツが声を掛けてきて現実に引き戻された。
「おいっ!聞いてんのか?」
「おい!おいっ!って何よ!嫌そうに
 あたしには〝牧野つくし〟っていう名前があるんだから
 おいっ!って気安く呼ばないでよ!」
一気に捲くし立てる牧野、動揺してるって見え見えだ。
ある程度のことを聞いていた俺でさえこの有様だ、何も知らない牧野なら仕方がないよな。ってゆうか、動けて、喋って、こんな化け物が牧野の胸元に3日間もいて大丈夫なのか?
これが総二郎が言っていた〝何が起こるか分からない〟ってことだとなのだろうか。


「もう、気持ち悪いったらありゃしない、脱ぐ!」
牧野は腕をシャツの中に引っ込めようとした。
「いいのか?一度ならず二度までも繰り返して・・・」
カエルのその一言に俺はハッとして牧野に駆け寄った。
「待って牧野!脱いじゃだめだよ」
「類・・・、どうして脱いじゃいけないの?こんなのもうやだよ」
「ごめん牧野、言い忘れてた事があったんだ
 そのTシャツは72時間の間に脱いだら大変な事が起きるって
 総二郎が言ってたんだ」
「・・・大変な事って?」
「ん、俺もよく分からないけど
 今起きていることがそうなんだと思う
 だってそのカエルってあり得ないでしょ?」
「確かに・・・、でもどうして?」
「さっき洗面所で一度着て直ぐに脱いじゃったでしょ」
「あっ!・・・そうだあの時・・・」
ここでまたTシャツを脱いでしまったら、もっと大変な事が起きるのだろうか。それとも何事もなく無事解放されるのだろうか。いずれにしても俺には牧野をまき込んでしまった責任がある。
「牧野、俺はどんな事があっても牧野を守るよ
 この先また何が起こるか分からない
 このまま72時間過ごすか、いま脱ぐかは牧野が決めて」
牧野は眉間に皺を寄せ、時折カエルの様子を窺いながら考え込んでいる。アイツはじっと口を結んだままだ。


牧野はしばらく考えてから俺に凛とした瞳を向けた。
「あたしこのままでいいよ」
「危険な目に遭うかもしれないんだよ、それでもいいの?」
牧野は躊躇することなく俺に微笑んだ。
「類があたしを守ってくれるんでしょ?」
「大切な牧野だからね、全力で守るよ」
「だったら最後まで見届けようよ、本当に神様なのかをさ」
そう言って牧野はアイツにデコピンをした。アイツはムッとした顔をしただけで反撃も暴言もナシだ。


考えて見れば、キスを阻止されただけで特に何か危害があったわけではない。俺が重大に考え過ぎているのだろうか。いやいや油断は禁物だ。
「そうだ牧野、今日と明日だけだから、ここで一緒に寝よう」
「・・・えっ、・・・一緒って、・・・同じベッドで寝るってこと?」
予想した通り牧野は顔を赤らめた。その様子をアイツは上目使いで見ている。
「そう願いたいけど、残念ながらハズレ
 男がソイツに触れると効果がなくなるんだって
 だからこの部屋にもう一つベッドを置いて、別々に寝るってこと」
「〝そいつ〟ってなんだ、神様と呼べ」
じっと目をつぶっていたソイツが口を挟んだ。しかし、牧野は無視して話を続けた。
「そんな面倒くさいことしなくても
 あたしがゲストルームに寝ればすむじゃん」
「動いて喋るような訳分かんないモノと一緒に寝るんだよ」
「だから〝神様〟と呼べって言ってるだろ!」
俺も完全無視。
「牧野は平気なの?・・・それに別々の部屋で寝たら牧野を守れないよ」
「・・・平気・・・じゃないけど・・・」
「けど?」


俯く牧野を見て、俺は何をしているんだろうって胸がチクリと痛む。
どんな力があるかは知らないけど、牧野を想う気持ちには変わりないのに、それなのに安易にあんな訳の分からないモノに頼るなんて、情けない。
「やめよう」
「・・・えっ?」
「あんたを不安にさせるために着せたんじゃない
 牧野の気持ちも考えないで押しつけてゴメン」
奇声を発したり声を荒げたりしていた先ほどとはうって変わり、今は重い空気が流れ始める。


俺たちは一つの長いソファの左右に距離を置いて座り、やり切れない無言の時を迎えた。自称神様のアイツは大きな目をクリクリと動かし、俺と牧野を交互に見ている。
「なんだ、この雰囲気は?お前ら、もしかしてケンカしてんのか?」
――なんでこんな状況でそんなこと言うかな
   神様ならどんな状況か分かるだろ
   喧嘩売ってるのはオマエだろう
オマエが何か言う度に神経が逆なでされるようだ。ましてやこんな結果を生み出した自分自身にも腹が立っているというのに。


「アンタ、神様だか何だか知らないけど、ずいぶん態度がでかいわね」
「イテテテッ!や、やめろ!」
牧野はアイツの頬っぺたをグイグイと左右に引っ張って揉みくちゃしている。
「類、ガムテープある?」
「あると思うけど、どうするの?」
「決まってるでしょ!コイツの口と目を塞ぐのよ」
牧野は意地悪そうな目でニヤリと笑って、アイツを見下す。
アイツの目の辺りはピクピクと引きつり、怯えたように俺に視線を向ける。まるで救いを求めているように見えるのだが。
「ぷっ!くくくっ…」
俺は内線でガムテープを持ってくるように伝えると、牧野の隣に腰掛けた。
「続行ってこと?」
「決まってるでしょ!
 コイツの力を見届けるまでは誰が脱ぐもんですかッ!」
「くくくっ…、あんたらしいね
 俺はコイツの力がなくても、牧野を想う気持ちは誰にも負けないし
 あんたを想う気持ちは、増えることはあっても減ることはないんだ
 だから、牧野がイヤだと思ったらいつ脱いだっていいんだよ」
牧野は頭を小さく左右に振った。

たぶん、牧野は最後までこのTシャツは脱がないだろう。一度決めたら最後までやり遂げる、あんたはそうゆう強い意志を持っていたよね。
淡黒の瞳は純真で、真っ直ぐで、人を惹き付ける不思議な瞳。
そんな瞳に見つめられたら、俺はあんたを力任せに抱きしめたくなる。
籠の中の鳥のように、俺は一生この腕の中に収め続けるだろう。


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愛は神より強し 第1話


第1話 特別なTシャツ

「牧野、今から俺ん家に来れる?」
『うん、いいけど。・・・何かあったの?』
「渡したい物があるんだ、そっちに車回すから」
『わかった、じゃあ待ってるね』
俺は携帯電話の電源を切ると、総二郎から渡されたTシャツを広げて見る。
普通の白い綿のTシャツで、胸の辺りにカエルの絵が描かれてある。まるであの、ど根性…、なんとかを連想させるような。
「くくくっ…、こんなダサいの、いくら牧野でも嫌がるよね
 総二郎はどこからこんな物を…、なんでカエルなの?くくくっ…」


暫らくして扉をノックする音がする。
「類、入ってもいい?」
「入っておいで」
「何なの?渡したい物って」
「総二郎から貰ったこのTシャツ、ウソかホントか分からないけど
 なんか不思議な力を持っているらしいんだ」
「不思議な力って?」
「それは・・・、愛が成就するためのキューピッドになってくれる
 力を持っているんだって」
総二郎の話によると、このTシャツは好きな人の気持ちに敏感になり、ハートチャクラを活性化して、人を愛するエネルギーを高めたり、交際中の恋人との関係をスムーズに結婚まで成就させる力を持っている、特別なTシャツとのこと。
ただ、この効果を得る為には条件があるという。それは、相思相愛で真剣に同じ未来を考えていることと、カエルの絵に男性が触れてはいけない、ということだった。


「ふ~ん、それってなんか嘘っぽい、あり得ない
 だって、西門さんのことだから何か企んでんじゃない?」
「でも、もしも本当だったらと思うと・・・
 俺は絶対牧野に着てみてもらいたいんだ」
別に総二郎の話を真に受けているわけではない。アニメの世界でもあるまいし、今時そんな力を持つモノが存在するハズがないのも十分に分かっている。

牧野と付き合ってから3年が経ち、そろそろ結婚をと考えている。でも、もしプロポーズして返ってくる言葉が「ごめんなさい…」とか「考えさせて…」とか、あるいは突然泣き出して外に飛び出したり、吹き出して笑いが止まらない状態になったりしたら、と考えると怖くて切り出せないでいた。今のままでも幸せであることにかわりはない訳で、リスクを背負ってまで結婚へと進むべきなのか悩んでいる。一方では別れた瞬間から会いたくなり、片時も放れていたくないと思う気持ちを、どうにも抑えることが難しくなってきているのも事実。牧野とのこれからの進展のきっかけになればと安易な考えで、総二郎の話に乗ってみることにした。


――類にしては珍しいじゃない
「ダメ?」
――類のそのビー玉みたいな瞳でお願いされたら断れないよ
   まったくズルイんだから!
「う、うぅん、しかたないね類の頼みだし、無碍には断れまい」
「やった!着て着てッ!今着て、すぐ着て、ここで着て」
「おいおい、調子に乗りすぎだっつーの。・・・洗面所借りるね」
洗面所に向かう牧野の後ろ姿をワクワクしながら見送った。


「何このTシャツ、・・・カエルのプリント?今時あり得ないっしょ
 あの西門さんがねぇ、・・・にしてもダサすぎ」
類のコロンが微かに残る洗面化粧台の前に立ち、渡されたTシャツを両手で広げて見る。キャラクターもんのプリントシャツと総二郎、どう考えてもマッチしない。
「まぁ~いっかぁ、あんな類の顔見たらイヤって言えないもんね
 どうせ着るだけだし」


期待に胸を膨らませて待ちわびていると、サイドテーブルの上で携帯電話が小刻みな動きを見せる。
『類、さっき言い忘れたんだけど、・・・あのTシャツは・・・・・・』


「どれどれ、このダサダサTシャツ着てみるか」
鏡に映ったTシャツ姿の自分を見て何か違和感を覚え、ジーッと目をこらして見ると、胸のカエルのプリントの辺りがぼやけて見える。
「疲れてんのかなぁ、・・・でも昨日は11時間寝たし・・・
 あッ!えッ?えーッ!?なっ!なんなの、・・・これは・・・」


『・・・あのTシャツは袖を通した時点でもう後戻りできないから
 絶対72時間以内に脱がせたらダメだからな
 もし脱いでしまったら、・・・・・・大変な事が起きるらしいから』
「大変な事ってなんだよ?」
『それは、・・・俺にも分かんねえ。・・・けど、とにかく類がTシャツを
 脱がせるような行為をしなければ大丈夫なんじゃねぇ?』
「そんな大事なこと今頃言われても・・・」
『まっ、そうゆうことだから、牧野に着せる前に言っておくことだな
 3日後、楽しみにしってからよっ!じゃあな』
「そ、総二郎…」
――まだ聞きたいことがあったのに、総二郎のヤツ
俺は暫くぼんやりと総二郎の言葉を思い返した。
<袖を通した時点で後戻りができない>
<72時間以内に脱いでしまったら、大変な事が起きるらしい>
――牧野・・・まさか?まさかだよな。・・・でもアイツなら


ドンドンドン!!
急に嫌な胸騒ぎを覚えた俺は慌てて洗面所に向かって扉を叩いた。
「牧野!牧野入るよ!」
勢いよく扉を開けて、俺の視界に入ってきたのは・・・。
「えっ!・・・る、類!どうしたの?そんなに慌てて」
呆然と立ち尽くす俺に、そう言いながら牧野は慌てて胸元をTシャツで隠した。
「類、・・・大丈夫?」
「ま、きの・・・」
俺は混乱して、牧野の胸元にあるTシャツをただ見つめていた。
胸元にあるTシャツ、それは今から着ようとしていたのか?
それとも、一度着て脱いだ後なのか?


「牧野、そのTシャツ・・・」
「あっ、これ?なんかねぇ、変なんだよ
 着てるとよく見えないから、今脱いだとこだったの」
俺が聞こうとしていることを牧野に遮られ、あっさりと答えられたことに自分の瞳孔が開いていくのが分かった。
「ぬい・・・だ?」
呟く俺の顔を上目使いで覗き込まれ、脳裏に総二郎の言葉が過った。
「牧野、早くそのTシャツ着て見せて、俺後ろ向いてるからさ」
「えー、今ここで着るの?」
渋る牧野に俺は天使の微笑みを向ける。
知ってるんだ、牧野はこの笑顔に弱いってことを。
「うっ」
「着てくれるよネ」
「もー類たっらズルイんだから・・・」
ブツブツと小言を呟きながら牧野はTシャツに袖を通した。


19時15分
不思議なパワーを持つとされる特別なTシャツ、いや、カエルは牧野の胸に大の字になって身を落ち着かせた。
一度脱いでしまったことで72時間の間に何が起きるのか分からない。未知なる期待と不安を抱え、俺たちの奇妙な時間がスタートした。

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