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オーブ光の天使 最終話

 

最終話

 

「角田さん、俺の部屋に翼を呼んでくれる」

「かしこまりました、直ぐにお部屋の方に伺わせます」

類は内線を切るとある物を手にしてソファに腰掛けた。

別室では総二郎たちが翼を囲んでパーティーを盛り上げ、今も賑わいを見せている。

 

 

――つくし、やっとこの日が来たよ

  もう6年になるなんて・・・早いもんだな

手にしたビデオテープを愛おしそうに見つめる。

類に内緒でつくしが銃弾に倒れる2日前に撮ったビデオテープは、彼女が亡くなった半年後に子供部屋から発見され、翼が6歳の誕生日を迎える今日まで類の手によって大切に保管されていた。

 

6年後のアナタへ ママからの贈りもの〟

クロスにかけられたリボンの間に挟まれたカードにはそう書かれていた。

 

「ママからの贈りもの・・・か」

テープに貼られたラベルには〝 6歳の誕生日 No.1 〟と書かれていて、類はそのNo.1と書かれた部分に目が留まる。忌々しい出来事がなければNo.2No.3と、この先も・・・。そう思うと胸が締め付けられるように苦しくなってくる。

 

 

 

扉を叩く控えめな小さな音がする。

「パパ?」

「翼、入っておいで」

小さく開けられた扉の隙間から入ってくる翼を見て、類は手招きをする。

「パパの隣に座って」

翼は生前つくしがよく座っていた場所にちょこんと腰掛けた。

「翼、ママからのビデオレターがあるんだよ」

「・・・ビデオ・・・レター?」

首を傾げる翼に類はクスッと笑い、手にしていたビデオテープを上げて見せる。

「ママからのプレゼントだよ」

「・・・え?・・・ママから・・・プレゼント?」

目をまん丸にして驚く翼に、類は微笑んで頷く。

「ママからのプレゼントだあ、やったー!やったー!」

足や手をバタバタとさせ、小さな体全体で大喜びする翼を眺めながら、類はデッキにセットしてリモコンの再生ボタンを押す。

ベッドの上でカメラの位置や自分の身なりを気にしてみたりと、落ち着かないつくしの様子がテレビ画面に映し出される。

「ぅわあ~!ママだあー!写真と同じママだあー!」

翼は画面に映る母親の姿に歓喜の声を上げ、身を乗り出して食い入るように見つめた。

 

――はしゃぐのも無理はないか

  動いているママを見るのも声を聞くのも

  翼にとっては初めてなんだもんな

 

「えーっと・・・、ママです・・・って、なんか緊張するなぁ」

 

――プッ!つくし、顔が引きつってるよ

 

『小学校に入学する・・・、あっ!しまった!まだ名前決めてなかったんだ。・・・えーっと・・・』

つくしは目を白黒させ、困ったように暫し考え込む。

 

「あはははっ・・・。パパ、ママってあわてんぼさんなの?」

「う、うん、そうだね、慌ててるね、くくくっ・・・」

――まったく、つくしらしいよ

 

画面の中のつくしが、どアップになったかと思うと突然青い画面になり、翼は不安げな表情で類を見上げた。

「あれっ?どうしたんだろう」

「大丈夫だよ。・・・ほらっ、また映っただろ」

 

再びつくしの顔が大きく映り、後ずさりしてベッドに腰掛ると大きく深呼吸をし、落ち着き払って話し始める。

『このビデオを観ているアナタはもう6歳になっているわけだけど、今はまだママのこのお腹の中に居るのよ、・・・ここにね』

せり出した大きなお腹に人差し指が向けられている。

 

『アナタが生まれてくれば、パパは写真やビデオをたくさん撮ることになると思うけど、アナタがまだこのお腹の中にいる時のことも忘れないように、ママはこうして記録しておきたいと思ったの』

嬉しそうに話すつくしの表情は我が子に対する愛情、幸福感がにじみ出ている。

 

『アナタが6歳になった今、ママやパパ、お爺さま、そして、この花沢家で働く皆さんからも深い愛情を受けて、健やかに成長していることでしょう。でも、皆がアナタに愛情を注いだのは生まれてからじゃなくて、まだお腹の中にいる時から既に愛されていたのよ』

 

子供の成長記録は赤ちゃんが産声をあげた時から始まるのが一般的だが、つくしは子供がお腹の中にいる280日間という短く貴重な時間の一部でも思い出として残しておきたかったのだ。

 

 

「ママも僕のこと大好きだったんだね」

「そうだよ。だからママは、あの大きなお腹の中に翼をずっと入れておきたいって言ってたんだよ」

「そうなったら、僕はどうなるの?」

「う~ん、でも大丈夫。翼はいつもママのお腹を蹴飛ばすほど元気だったから、ママもお腹に入れっぱなしは無理だったと思うよ」

「ふ~ん、そうなんだぁ・・・。あっ!でも僕がママのお腹をけったりしたら、痛くて泣いてたんじゃないの?」

「泣く?・・・ぷっ!元気に成長している証拠だって、ママは喜んでたけど」

 

何気ない翼の問い掛けに、類は当時のつくしを思い出す。

――お腹の中に入ったままだったら・・・

  そんな状況を乗り越えてお前は生まれてきたんだよ

  さすがにママの血を引いてるだけのことはある

  雑草のように逞しい生命力を受け継いでいるんだね

 

 

『アナタがお腹にいると知った時は、涙が止まらなかった、あまりにも嬉しくて・・・。パパやお爺様の喜びようったら、ふふふっ・・・、ママ以上だったかも。パパはね、男の子が欲しいって思っていたから。それと、アナタのお部屋の壁紙や家具はね、全部お爺さまが選んでくれたんだよ』

 

「僕知ってるよ。だってお爺ちゃんが帰ってくると、いつもそのことばかり言うんだもん」

類も思わず苦笑いした。

お腹の子が男の子だと知った時から、薫は張り切って孫の部屋の改装に着手した。翼はそうしてできた自分の部屋をとても気に入っていた。

 

『アナタが生まれる予定日は46日で・・・、まだ1ヶ月も先のことなのに、お爺さまったらママの顔を見る度に〝生まれそうか〟なんて訊くんだよ。今朝も訊かれたけど・・・。あまり訊くもんだから、ママもアナタが待ち遠しくなってきちゃった。あと1ヶ月といわず、今すぐにも生まれてきてほしいなぁ。早くアナタに会いたい、アナタをこの腕に抱きしめたい』

つくしはカメラを目の前にしていることも忘れ、大きなお腹を両手で摩りながら〝早くアナタを抱かせて、ママに元気な姿を見せて・・・〟と語りかけている。

 

 

「僕も・・・、ママに会いたかった」

「つばさ・・・」

急にしゅんとして黙り込んでしまった翼の手を、類は優しく包み込んだ。

母は子どもの産声を聞くこともなくこの世を去り、子供は母の温もりを知ることなくこの世に生を受けた。類はその2つの運命の結末と始まりを同時に見ていただけに、どうしようもない悲しみがこみ上げて目頭が熱くなる。

 

――本当ならこの場につくしも居たはずなのに

  翼を囲んで笑いあっていたかもな

  皮肉だよな、こんなカタチで観ることになんて

 

ビデオは翼の記録を残す意味とともに、つくし自身がその時を忘れない為でもあった。その記録はつくしの遺言のようなものにも変わってしまったが・・・。

 

 

『最後に、最後にアナタに言いたいことがあるの。と言っても、6年後のママにもだけど・・・。これからママが話すことは6歳のアナタにはまだ難しいかもしれないけど、どうしても覚えておいてほしい大切なお話なの。だから、しっかり聴いてね』

翼は少し緊張した顔つきで背筋を伸ばした。

 

つくしは微笑みの中に固い決心を秘めて言葉を続ける。

『悲しいことよりも、苦しいことよりも、つらいことよりも、困難にぶつかることよりも、人に裏切られることよりも、もっと恐ろしいことは、・・・諦めてしまうこと。そこですべてが終わってしまうから。落ち込んでもいい、立ち止まってもいい、どんなに時間が掛かってもいい。だから、諦めることだけはしないでね。絶対に、諦めることだけは・・・。ママと約束だよ』

つくしはまるで目の前に我が子が居るかのように、一言一言をゆっくりと丁寧に言い聞かせるように諭す。

 

「つくし・・・」

類にはその言葉が痛いほど胸に染み込む。

類は寄り添うように腰掛ける翼の肩を抱いて自分の方に軽く引き寄せる。

 

6歳のお誕生日おめでとう!ママから、6歳になったアナタへ愛を込めて贈ります』

満面の笑顔でビデオは締め括られ、部屋に静寂が戻った。

 

 

「パパ、もう一度観たい。もう一度ママを観たい、いいでしょ?」

翼は切なげな顔つきで類を見上げる。

「翼、このテープはママから翼へのプレゼントなんだから、翼が会いたい時はいつだって会えるんだよ。もう遅いし、明日にしよう」

もう一度といわず、何度でも観たいと思うのは類も同じ。

類は翼が眠った後でまたビデオを観ようと思っていた。そして泣きたかった、翼の前では見せられない涙を思いきり流したかった。

 

「イヤだ!もっとママの顔観たい、声だって聞きたいもん!僕のプレゼントだもん!」

普段見せたことのない、強い意志を感じさせる眼差しで類に迫る。

 

――つくしの瞳にそっくりだ

がんとした態度に類はやれやれといった表情を浮かべ、翼の頭をくしゃりと撫で了解の返事とした。

 

 

テープを巻き戻して再び再生ボタンを押す。

最初は初めて見る母親の姿に大はしゃぎしていた翼だったが、二度目の映像ではそんな様子は影をひそめ、おとなしく食い入るように観ている。類はそんな翼を横目で見ていた。

 

――そこですべてが終わってしまうかぁ

  ・・・そうだな、つくしの言うとおりだ

  ・・・あの時、俺は・・・

 

<未来に何の希望も見出せない>

<つくしのいない世界に生きて何の価値があるんだ>

たった一つ望むものがこの先の未来にはない、すべてを諦めていたあの頃。つくしの傍に逝けば悲しみも苦しみも喪失感も、そして絶望したことからも解放され、すべてから逃れられて楽になれると、自分がいなくなった後の世界など想像もしなかった。ただ盲目的にそこに突き進んでいた。

でもつくしの声に励まされ、そしてこの小さな手から伝わる温もりが冷えた心を温め支えてくれた。

この世でたったひとつ、大切な宝物であり希望でもあったつくしのように、今はこの世でたったひとりの大切な息子、翼が類の命を懸けても守りたい大切な宝物へと代わった。

 

諦めてばかりの人生を捨て、自分に誇れる人生(生き方)を選んだ。

もう二度と後悔をしないために、もう二度と大切な人の手を離さないために――

 

 

腕に重みを感じた類は翼の顔を覗き込んだ。母親の声が安らぎを与えたのか、そこには穏やかな表情で眠る翼がいた。

翼を抱き上げて自分のベッドに横たわらせると、類は幸せそうな寝顔を見つめながら頭を撫でる。

 

「翼、ママに逢えて良かったね。・・・パパもママに逢えて嬉しかったよ。今までの中で今日は最高の誕生日になったね。つくし、ありがとう」

再び類の目頭は熱くなり、無邪気に眠る我が子の寝顔に涙は一気に溢れ出す。

姿はなくとも、写真や記憶はたくさんある。でも思わぬ形で映像として愛する人に逢える喜びは、他の何モノにも代えられない。

2人で過ごした過去(時間)が鮮やかに蘇る。

 

「初めは俺にそっくりだと思ったけど、大きくなるにつれて翼はどんどんママに似てきたね。笑ったり怒ったりした時の表情もそうだけど、ちょっとした仕草なんかでもママのそれに似てドキッとさせられる」

 

翼を暫く眺めていると、頬や口元が緩やかに上がったのと同時に笑い声に似た声が聞こえる。

「夢で逢ってるんだね。・・・・・・翼、ママの笑顔は最高だろ」

 

夜鳴きをした夜は決まって類のベッドに潜り込み、父親の温もりで眠りにつく。怖い夢を見たせいなのか、父親が恋しいのか、それとも母親が恋しいのか。そんな夜は翼を優しく包み込み、類も癒されるように眠りにつく。独りで眠る寂しさは、翼も類も同じ。

 

類の視線は、翼の寝顔から部屋全体の空間へと移る。物の配置は6年前と何ら変わらない。主を亡くした家具や洋服は、今も温かい手で触れられるのを待っている。

いくつか飾られたフォトスタンドに手を伸ばす。

「つくし・・・」

類の手の中には、満面の笑顔のつくしがいた。

「この笑顔が好きだった、この笑顔に励まされ、・・・癒された」

写真の中のつくしをいとおしむように眺めながら、彼女の頬をなぞる。

「笑顔に恋をし、・・・この瞳にも恋をしたのかもしれないなぁ。つくし、たまに思うんだ。朝、目覚めた時、この笑顔があるんじゃないかって。おかしいだろ?あれから6年も経ってるのに、つくしの笑顔ばかりが浮かんでくるんだ」

写真なんか見なくたって脳に、心に鮮やかに記憶している。幸せにしてくれるつくしの笑顔はいつだって思い浮かべることができる。

 

多くの幸せは望んでいない。ただ傍で愛する人の笑顔を見ていたかった。何の変哲もなく変わり映えのない毎日の暮らしが喜びだった。

伝えたい言葉も、同じ景色を瞳に映したいこともたくさんあった。つくしのことを想いながらプレゼントを選んだり、艶やかな黒髪も切ってあげたかった。

それはもう叶わないけれど、これからは翼にたくさんの思い出を作ってあげられる。

でも・・・。

「人並みの親になれるかなぁ」

今は父と息子の距離も縮まりイイ親子関係を築いているが、過去の類は父親からの愛情をほとんど受けることなく成長した。そんな環境で育った自分だからこそ、翼には同じ思いをさせたくない。

不安も心細い思いもたくさんある。だけど、独りじゃない。分かち合えるかけがえのない大切な家族がいる、そして仲間も。

「翼とがんばるよ。つくし、俺を父親にさせてくれて、ありがとう」

 

 

君の瞳が映し出すすべてが、僕であってほしい

君の笑顔が、僕だけのもであってほしい

俯く理由が、僕のことであってほしい

僕にとって、君がすべてであったように

君にとっても、僕がすべてであってほしい

狂おしいほど君に恋をした、あの頃がとても懐かしい

 

 

君に出会った瞬間から

蒼白だった僕の空は色鮮やかに変わり

僕に生きることの楽しさや喜びを与えてくれた

君が僕の人生の1ページに深く刻まれ

楽しかったことも、つらかったことも

僕の一生の思い出としてファイルされ

君は僕の心の中で永遠に生き続ける

 

 

僕の人生で求めたもの

それは〝つくし〟君だけだ

僕を愛してくれて、ありがとう

 

 

 

この物語は2005/8/14に自身のHPに掲載した作品です。

 

 

 

 

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