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オーブ光の天使 第46話

 

46

 

「えっ、つかさ?」

花束を抱えて大股で階段を上って行くその男は、まぎれもなく司だった。

呆気にとられた総二郎とあきらは司に声をかける機会を失い、顔を見合わせる。類の目は階段を駆け上がって来る司の姿をしっかりと捕らえていた。

 

類の近くまで上って来た司の足は止まり、2人は向き合う。こうして顔を合わせるのはつくしの葬儀以来のことだ。

気まずい表情の司といつもと変わらい表情の類。

あきらと総二郎は固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。

 

 

「司、ありがとう」

「・・・な、何がだよ」

思いがけない類の言葉に司は困惑した。

「来てたんでしょう、毎年」

「・・・・・・知ってたのか」

 

毎年つくしの命日には、墓前には決まって緑色のチューリップの花が手向けられていた。今、司が手にしている花束も同じチューリップの同じ色。これは単なる偶然ではないことを類は知っていた。

 

緑色のチューリップは司が世界中を捜し求めたものであり、花言葉にも想いが込められていた。

花言葉は、美しい瞳

 

<道明寺、チューリップってねぇ、歌と同じで赤、白、黄色の順に咲くんだよ>

嬉しそうに話すつくしの瞳が、今でも司の心に焼き付いて離れない。

 

 

「今年も来てくれたんだね」

「・・・ああ」

司は屈託のない笑顔を向ける類の態度に戸惑い、猜疑心が頭をもたげる。

「類・・・、牧野に会いに来ても・・・いいのか?」

眉を潜め不安気に問いかける司に、類は微笑んで軽く頷く。

 

「どうしてだ?・・・類、お前・・・、なんでそうやって笑っていられるんだよ」

 

――牧野にした仕打ち、類が受けた仕打ち

  俺や母親がとった愚かな行動は

  決して許されるなどあり得ないはずなのに

  ・・・・・・どうしてなんだ?

  どうして俺にそんな微笑を

  向けることが出来るんだ?

 

どれだけ苦しんでも、どれだけ償いをしたとしても、つくしの命は戻らない。

取り返しのつかないことをした加害者側の司にとっては、どれだけ恨まれ、憎まれ、呪われようとも致し方ない状況であり、どんな責め苦も受けいれる覚悟がでいるにも拘らず、類の態度は以前と何も変わらないばかりか、屈託のない笑顔で司を迎えいれる。

司の心は大きく揺さぶられ、深い悩みの谷底を彷徨い歩く。

 

 

――俺たちは特殊な環境で

  幼い頃からいつも司たちと一緒に過ごしてきた

  親より長い時間を・・・親友として

  本来あるべき姿に戻る

  きっとつくしはそう望んでいる

  ・・・そうだろ、つくし?

 

「俺たち、親友だろ?」

「・・・・・・。」

「きっとつくしも同じ気持ちだと思うよ。だから、司・・・、もういいんだ、お前だって苦しんだんだから」

何も言わずただじっと黙り込む司を、類は穏やかな表情で見つめる。

 

 

<類、深い悲しみや苦しみを知るとね、人は優しくなれるんだよ。その痛みを知っているからこそ、手を差し伸べることができるの>

 

――つくしはバカが付くほど

  お人好しだと思っていたけど

  それだけじゃなかったんだね

  どんなひどい目に遭っても、最後には許す

  つくしの気持ち、分かったような気がする

 

憎むことは簡単だ。だけど許すことはそう簡単にはできない。

それでも類は許した。その結論を導き出したのは他でもない類自身だが、決定打は天国で見守っているつくしだったらそうするだろうと考えた末であった。

 

「今日、司に会えて良かった。これから誕生会をするんだ、司も来てくれるよね?」

「・・・る・・・い・・・」

司は驚きと感動が同時にこみ上げ、目頭が熱くなる。

「つくしも喜ぶと思うよ」

そう言って類はまた笑顔を見せ、階段を下り始めた。

司は類の言葉に胸が詰まり、小さくなっていく彼の後姿をただ見つめていた。

 

幼い頃からの親友は10年のブランクを経て前より強い絆で結ばれ、リスタートした。

 

 

 

まだ線香の煙が立ち込めるつくしの墓前に立つ司。

仲間の持ち寄った花で埋め尽くされたつくしの墓は、鮮やかに彩られ司の目に飛び込んでくる。

 

「牧野、類の言葉聞いたか?こんな俺に〝俺たちは親友だろ〟ってよ。牧野はどうなんだ?お前を苦しめてばかりだった俺を・・・許せるのか?・・・いっそのこと、類に罵られたり殴られたりした方が俺の気も休まっただろうに。・・・ったく、アイツには敵なわねぇ」

 

司はつくしにそう話しかけると、手にしていた緑色のチューリップを手向け、そして両手を合わせて瞼を閉じる。

 

――牧野、お前には

  つらい思いばかりをさせてしまったけど

  俺の中に残る思い出は

  楽しく過ごした時の事しか浮かんでこないんだ

 

 

つくしと司の出会った当初、お互いの印象は最悪だった。

やがて愛が芽生え、楓の反対にもめげず曲がりなりにも幸せを掴もうという矢先、運命の歯車は狂い始め、ほんの少しのズレがやがてつくし、類、司、楓の人生を大きく揺れ動かせた。

 

――出会った頃のままでいたかった

 

2人の仲を引き裂いたもの、それは家柄の違いという大きな厚い壁。

それでも困難をも乗り越えるめどがつきかけた時、司は空白の時間の中へ放り出されてしまった。

 

――あれさえなければ・・・

  愛する人の記憶を失くしてしまうことが

  自分に定められた運命だったのか

 

愛しさが憎しみにすり替わった司の言動が、最悪の結果を生んでしまった。

人生に〝もしもあの時〟は通用しない、すべてのことが成るべくして成ったのだ。

そして、さらに追い討ちをかけるように楓の策略が・・・。

 

――牧野・・・、類があぁ言ってくれたおかげで

  少しは救われたような気がするよ

  でも俺の苦しみは・・・、たぶん一生続くと思う

  しゃあねーよな

  牧野つくしを忘れることができねえんだから

 

つくしを愛しいと想う気持ちは、6年経った今も変わりなく胸に抱いていた。

 

 

――お袋のことは、勝手なお願いだが

  暫くそっとしておいてもらえねぇか

 

6年前、楓は当初予定していた男性からの臓器を手に入れることはできなかったものの、持ち前の強運で移植手術を受けることができた。

術後から1年近くは拒否反応緩和のため投薬を受けつつ、経過観察のため自宅で静養していた。

その後、驚異的な回復力を見せ、体がいうことを聞くようになってくると、メープルホテルの経営を司に任せ社長の座から退いた。

 

――これで済むとは思ってねえけど

  お袋なりに変わろうとしているんだ

 

 

3年前、楓は大勢の報道陣が集まる記者会見の席でこんな話を切り出した。

 

「わたくしが今こうして生きていられるのは、臓器を提供してくださった方のおかげです。そして、その臓器提供を承諾してくださった、ご家族のおかげでもあります。わたくしに第二の人生をくださったドナーの方の尊い意志と、そのご家族の理解に心から感謝しております。移植が医療として定着することを心から願わずにはいられません」

 

凛とした態度で感謝の気持ちを述べた楓に記者たちは静まり返る。

それは当然の成り行きだった。

そもそも記者たちは何の記者会見なのか知らされぬまま集まり、それに加えて、楓が心臓病を患い移植手術を受けていた事実は初耳で、それらしき情報は何一つ入手していなかったことにあったからだ。

だが、その後の思いがけない発言に会場は一変する。

 

「今、わたくしが道明寺グループにおいて、在籍している一切の肩書きとその職務を、息子の道明寺司に引き継ぎます」

 

己や家庭を犠牲にしてまでも大切に守ってきた、築き上げてきたモノを楓は会長、社長、役員になっているすべての職務から退任するという衝撃的な発言に会場は物々しい雰囲気になり、四方八方からのカメラのフラッシュとともに質問の声が飛び交った。

 

マス・メディアで大々的に報じられたこの記者会見での発言は世界中をにぎわせ、株主総会で司が正式に後継者と認められたその後も話題は尽きなかった。

それは今後の道明寺グループの経営に不安を抱いてのものではなく、楓が発言したもう一つの事にあったからだ。

 

「既に皆さんもご承知かと思いますが、この度、わたくしはNPO財団〝命をつなぐ会〟を設立しました。今後、わたくしはこの命をつなぐ会での活動を主軸とし、世界各地で臓器移植に関わる支援やアフターフォロー、法改正の働きかけなど、レシピエントの手助けをさせていただきます」

 

道明寺の財力を後ろ盾に、臓器移植に関わるNPO財団(民間非営利団体)命をつなぐ会を設立した楓は理事長に就任し活動を始めた。

 

臓器を受ける側(レシピエント)の数に対し、臓器提供者(ドナー)の数が圧倒的に不足している現状では、臓器移植法が施行された今も、移植を待っているすべての人が臓器提供を受けることはできない。

楓が提供を受けることができたのは、幸運だったにすぎない。

 

移植医療の大きな問題の一つは、すべての人が平等に受けることができない、つまり不平等医療。

運よく移植を受けることができたとしても、その後の拒否反応の程度にもよるが、最悪の場合、一生涯免疫抑制剤を飲み続けなければならない。この抑制剤は大変高価なため、費用の面からみても誰もが受けることはできないのも問題である。

 

楓は全国各地を巡って、自分の体験をもとに臓器移植の現状とその必要性を訴えかけ、講演を行って寄付を募ったり、必要とあらば自ら先頭に立って署名活動を行なったりするなど、まるでヒトが変わったかのように生き生きと仕事に精を出す毎日を送っていた。

女だからとバカにされる事も、相手の顔色を窺って駆け引きする事も、鉄の仮面をかぶる事も、今は一切必要ない。

臓器移植によって助かる命がある限り命をつなげたい、ただそれだけの純粋な気持ちが楓を突き動かしていた。

 

 

――牧野・・・、俺、思うんだ

  親と呼べるような事を

  一切してこなかったお袋に対して

  反感を覚えた時もあったけどよ

  今のお袋・・・、認めてもいいんじゃないかって

  牧野や牧野の家族にした行為は

  許されることじゃないが

  ただ・・・、お袋が大切に守ってきたモノ

  すべてを捨てて人生をやり直そうとしている

  ・・・そんな今のお袋を・・・

  結果的に俺は道明寺を捨てられなかったけど・・・

 

 

「私が今こうして生きていられるのは、天に召された名前も知らない臓器提供者のおかげ。・・・でも、私には生きている資格などあるのだろうか?犯した罪の重さを考えたら、このまま何もせずにただ生きていくことなど、あってはならないこと。自分にできる事が何かあるはず」

 

楓は全てを捨てる覚悟で罪を償おうとしていた。

誰かの死と引き換えに手にした大切な命。

だが、その人の魂に許しを請うつもりはない。

遺族にとって臓器提供者は大切な人であり大切な存在のように、楓にとっても臓器提供者は大切な人であり大切な存在であった。

 

 

――周りの奴らはお袋の変わりように

  驚いているけど、俺にはその理由が解る

  お袋の体の中で新しい生を受けた心臓が

  お袋の心を変えたってな

 

心臓は第二の脳と呼ばれている。

脳と同じように性格や嗜好などを含め、生前の人生(生き方)を記憶しているのだ。

移植を受けたその心臓が無意識のうちに楓に影響を与え、大きな変化が現れたのと同時に楓自身の意識も変化したのだと、司は確信していた。

 

楓は自分に提供された心臓が誰のものなのか調べようとしていた時期があったが、司と楓の夫はそれを知られないように手を回し、絶対に提供者にたどり着かないように画策した。

そうまでして隠す理由、それは楓がこのさき生きていくために絶対必要なことだった。

すべては楓自身が他人の運命を翻弄し、過剰な執着が招いた結果だ。

 

――皮肉な運命だよな

  まさかこんな結果になるとは・・・

  お袋がこの事実を知ったらどうなる?

  自分の体の中で脈打つ心臓が

  誰から提供されたのかを知ったら・・・

 

閉じていた目を開き小さな溜息をついて寂しく笑い、再びつくしに語り掛ける。

「今日、類に逢えて良かったよ。類に何一つ感謝の気持ちを伝えられなかったけど…。牧野、ありがとうな、・・・俺を楽にさせてくれて・・・、ありがとう」

 

感謝の言葉は、心の底からの真実の声。

頬を伝う涙は、親友の情に触れてあふれ出た真実の涙。

嘘偽りのない素直な気持ちになれる自分がいた。

 

道明寺の力に甘えて生きてきた司だったが、牧野つくし、いや花沢つくしのおかげで、今この瞬間から道明寺司の新たな人生が始まった。

 

司は名残惜しい気持ちを断ち切り〝またな〟そう言ってつくしに背を向けると、牧野家のお墓に向かって頭を深々と下げた。

 

 

 

 

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