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2009年6月21日 (日)

オーブ光の天使 第28話


第28話


司は何か得体の知れないモヤモヤを吹っ切ることができずにいたが、目が回るほど仕事が忙しくなかなかじっくりと考えを巡らすこともできないでいた。
記憶の奥深くに仕舞い込まれて鍵がかけられたあの日以降の出来事は容易なことでは解放することはないようである。

「牧野の身体を力ずくで奪ったって
 この俺がか?・・・まさか
 ・・・あり得ねえ」
同道めぐりの思案はいつも仕事の話でかき消されてしまうのだった。

楓の病状も好転せずすっかり会社の顔となってあれこれと走り回る毎日は司にとっては苦痛以外の何物でもないのだが、今はそんなことを言ってられない状況であり、ここを通り過ぎるまでの辛抱と考え仕事に励むのだった。


   *****


衝撃の事実を類の温かい優しさというオブラートに包まれて受け止めたつくしは、幸せに暮らしているように見えた。しかし、心の中にある暗い部分は拡大することはあっても縮小することはなかった。
ただ、類の思いやりとお腹の子のおかげでなんとか今自分が幸せであると実感できることの方がそれを上回り、表面上は幸福感に満たされたような笑顔でいられるだけなのである。

「つくし、もうすぐクリスマスだね」
「そうだね、その後すぐに・・・」
「分かってるよ
 つくしの誕生日でしょう」

「今年のプレゼントは
 2人分でお願いします」
「・・・えっ?・・・そうきたか」
「アハハハ・・・、冗談だから」

「でも生まれてくる子供は俺らにとって
 大事な大切な宝物でもあるんだから
 そして産んでくれるのはつくしだから
 俺が何かしてあげるのは吝かでないし」
「ありがとう
 でも類のその気持ちだけでいいよ」
つくしは嬉しかった。類は何も変わらないいつもの類だし、零れんばかりの愛情を降りそそいでくれている、今は2人に。

「だいぶ大きくなってきたね」
つくしの後ろから回してお腹の上に来た時、手の平に動く感触があった。その瞬間、類の手が離れ2人は顔を見合わせた。
「赤ちゃんも嬉しそうだね」
「嫉妬したのかもよ」
「じゃあ、類が望む、男の子かもね」


   *****


1月


新しい年が明けて清々しい空気を肌に感じながら2人は初詣に来ていた。
類はつくしの身体を気遣いながらも、父親になるという責任に気持ちを新たにするのだった。

お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、手を叩き、手を合わせ、そして願い事をする。
類の願いはただ一つ。

――今年も幸せな1年でありますように

月並みな願い事だが、類にとってそれ以外に何も必要はなかった。
目を開けて隣を見るとつくしはまだ何かをお願いしていた。

ちょっとして目を開けたつくしの手を引いて歩き出すと、類は悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女に訊いた。
「ずいぶんたくさん
 お願いしていたみたいだね」
「ふふふ・・・、いーっぱいお願いしちゃった」
笑顔のつくしは朝日に照らされて輝いていた。
そんな些細なことでも、今の類にとってかけがえのない幸福のひと時。

「あっ!類、おみくじ引こうよ」
「おみくじ?・・・そうだね」
嬉しそうにおみくじに手を伸ばすつくしを横目に、類もおみくじを引く。

「何が出るかな?
 やったー、あたしのは大吉だよ、類は?」
「俺のは・・・」
おみくじを開こうとした時、類の携帯電話が鳴った。

「誰だろう新年早々に
 つくし、ちょっと待ってて」
学生の頃ならこういった電話は無視していたが、社会人になってからは渋々ではあったが電話に出るようになった。
非通知の表示に不審を抱きながらも指は何故か無視することができずに通話ボタンを押していた。


「もしもし?」
『荒岡です』
その名前と声に類に緊張が走った。

『こんな時に電話して申し訳ありません
 でもどうしても類様に
 お話しておかなければならないことがあります』
「・・・はなし?」

荒岡といえば表向きはつくしのSPだったが、その実、楓の息のかかったスパイであり、密かにつくしに対して思いを寄せていたことを類は知っていた。

SPは任務に身命を尽くし誠実に行動し、信頼をもって団結と安全を確保しなければならない。また、警護する人に対して特別な感情を抱いたり、自身の感情を見せてはならない規則だ。
しかし、荒岡はSPとして優秀でありながら楓を欺き、そして薫と類をも欺いた。全ての発端はつくしに出会ったことが彼にとって誤算だったのだ。それは楓にも同じことが言えた。

『直接お会いして話したかったのですが
 類様とつくし様の周りには
 SPが何人もいるようですので』
「近くにいるの?」
『周りを見ないで下さい
 私は追われる身ですので近づけません
 手短に話しますので黙って聞いて下さい』
「分かった」
嬉しそうにおみくじの文字に集中しているつくしを横目に、類は電話に集中した。

『実は、楓様は司様がまだつくし様に
 未練を持っていることが
 よほどお気に召さないらしく
 その関係を完全に立ち切るべく
 何やら不穏な動きを見せているのです
 ですから十分に注意して頂きたいのです
 楓様の逆鱗に触れた者は
 何をされるか分かりません
 私のように追われ続けるのは
 まだいい方かもしれません
 ・・・へたをすると・・・
 楓様は恐ろしい方です』
類の脳裏には楓がつくしの家族を死に至らしめた事が浮かんだ。

『とにかく十分過ぎるくらいに
 注意をして下さい
 どうしてもそれだけは伝えたかったのです
 ではこれで失礼します
 もうお会いする事も
 お話することもありませんが
 ・・・お幸せに』
そう言い残して電話は切れ、境内のざわめきが戻ってきた。
いつの間にか汗ばんだ手の中のおみくじを開いて見ると〝凶〟の文字が浮かんでいた。

「類ってば!どうなの、何て出た?」
「あっ、うん。俺のは吉だったよ」
類はそう言ってその場を笑顔で取り繕うと、後ろ手におみくじを丸めて足元に捨てた。

「見せて、そのおみくじ」
「さっきの風で飛ばされちゃったよ」
「うそ、風なんか吹いてないじゃない
 分かった、自分のが大吉より下だったから
 悔しくてそんなこと言ってるんでしょう」
「そんなことないよ、ほら風が・・・」
そう言って見上げた空からは細かな雪が穏やかな風に乗って舞い落ちてきた。


「「ハッピーニューイヤー」」
自宅に帰って来た2人は部屋でまったりと寛いでいると、声を揃えて脳天気な挨拶をかまして総二郎とあきらが入って来た。類はムスッとした顔で彼らを睨みつけた。

「あれ?なんか類くん機嫌わりぃみたいだぞ」
「ホント、むっつりスケベ・・・じゃなかった
 むっつりしてんぞ」
「まっ、まさか!
 2人でほにゃららしてたんじゃねぇだろうな」
「なんだよ、ほにゃららって」
「類くん、お兄さんが教えてあげよう
 それは〝姫初め〟と言って
 本来、1月2日に行う
 夫婦の営みのことなんだよ」

さすが彼らは物知りだと関心していたつくしだったが、その意味が解ると顔を赤くして反撃に転じた。
「そっ、そんなことしていませんから!
 それにこのお腹を見てよ
 こんなお腹で
 そんなことできる訳ないでしょ!」
「つくし君、今度は私が教えてあげよう
 そういう場合の体位は・・・」
「もういい、総二郎もあきらも
 他に用がないんだったら帰ってよ」

「そうだ
 どっか遊びにいかねぇかと思って
 誘いに来たんだった」
「イヤだ」
「せっかく来てやったのに
 即答はねぇだろ」
「何でだよ?」
「餅食べたいから」
「はぁ~っ?・・・モチ?」

あきらと総二郎は顔を見合わせ、一瞬間をおいて吹き出した。
「あはははっ・・・。類らしいな、モチって」
「ホント、類らしいわ」
「あたしもモチ食べたいと思ってた」
「しゃあねーな
 じゃあ俺らも付き合ってやるか
 俺は磯辺巻きで頼むぜ」
「俺はチーズ、特上のやつでな」
うるさい彼らの注文につくしは注文を呪文のように繰り返して厨房へと向かった。

つくしが部屋を出て行ったのを見届けた総二郎とあきらは深々と座っていたソファから身を乗り出し小声で話し始める。
「類、司のお袋さんなんだけど
 どうやらこの正月は
 病院のベッドで過ごすことになるらしいぞ」
「会社の方は司やその取り巻きが
 何とか切り盛りしているらしいけど
 あのお袋さんが仕切ってない道明寺財閥は
 危ないって業界は見てるぜ
 株価も徐々に下がってきてるし・・・」
「もちって、美味しいよね」
荒岡からの電話があってからそう時間が経っていないというのに楓の話題が出たことに、嫌悪感から類は話題をそらした。

「・・・ああ?・・・ああ、美味いよ、だから?」
「早く食べたいな」
「お前、人の話聞いてんのか?」
「聞いてるよ」
「ホントかよ
 類のためにせっかく俺らが
 集めた情報を持って来てやったのに
 つれない奴だなぁ」
「そうだぜ
 類が気にしているだろうと思えばこそ
 こうして正月から来たってぇのによ」

「総二郎もあきらも
 正月でヒマを持て余してるだけでしょ」
「うっ、そんなこと・・・まぁそうだけど
 デートの予定は、ないな」
「来てやっただけでも
 あり難いと思ってくれなきゃ」
「はいはい」
類はありがた迷惑の彼らに愛想を尽かしていた。また総二郎とあきらも話に乗ってこない類に呆れ果てた顔をしていた。

居心地が悪くなった彼らは退散しようかと顔を見合わせた。そこへちょうどつくしが焼けたモチを持って参上し、それを頂くことにした。
こうしてモチを堪能した彼らはつれない態度の類をよそに、つくしと3人で暫く談笑して満足そうな顔で帰って行った。


部屋に静けさが戻って来ると、類の頭の中で〝不安〟の二文字がグルグルと回り始めた。
「類、何かあったの?難しい顔しちゃって」
つくしは一様に口を閉ざし固い表情をしている類が気になった。

「ん?いや何もないよ、それよりつくし
 買い物とかで外に出る時は注意してね」
「・・・えっ?あっ、うん、注意してるよ
 ほら靴だってぺったんこのズックだし」
「そうだったね
 でもなるべく外には出ないようにしてよ
 ひとりの時に何かあったら心配だし
 誰かを使いに出すとか
 俺がいる時はなんでもしてあげるから」
「分かった
 類がそう言うんだったらそうする」

類は〝司の母親が狙っているから〟とは口が裂けても言えなかった。


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オーブ光の天使 第27話


第27話


落ち葉を巻き上げる風は冷たく冬の訪れを実感させる屋外とは打って変わり、空調の利いた部屋は暖かくつくしに寄り添うように座る類の体からも暖かさが伝わってくる。

「ねぇ類、どうするの?」
「どうするって、何が?」
「一緒に報告しに行くって言ってたでしょ」
「・・・あっ!ゴメン、そうだったね」
類は牧野家のお墓参りに行く約束をしていたことをすっかり忘れていた。

「もうー、類ったら・・・
 そもそも、類から言ったことじゃない」
つくしは拗ねた素振りで類から離れてそっぽを向いた。
今まで密着していた体は片側の暖かさを失い、類はつくしに対する後ろめたさも手伝ってか、彼女との間に冷たい風が吹き抜けたような感覚に襲われた。
いつもスキンシップを大事にしている2人は、こうして少しでもお互いの距離が開くことに違和感を覚える。

「ゴメン
 子供のことを報告しに行くんだったね」
「そうだよ」
類はつくしの家族を死に至らしめた首謀者が誰であるかを知っているが為に、家族のお墓の前に立つことを躊躇っていた。

――いつか話さなければならない時がくる
   でも、その時まで真実はまだ・・・

出掛ける準備をするつくしを目で追いながら、類は自分の心にくさびを打った。


   *****


楓はついに自分が冒されている病名を知った。
楓にとってはほんの些細な事柄でも重大な隠し事でも、疑問に思ったことに対して答えを導き出す楓の力を持ってすればたやすいこと。その気になればどんな秘め事も簡単に暴露してしまう。
しかし、そうして知り得たこの病気を治癒することはいかに楓の力をもってしても無理であり、運を天に任せるより他にないのだった。

〝臓器移植〟これしか生き延びる方法がない。
楓の体に適合する〝臓器〟が必要な時に必要な場所になければオペは出来ないし、それを待っているのは楓1人ではない。楓は皮肉にも自らの身をもって〝人の命は金には代えられない〟ことを思い知らされることとなったのだ。


12月


年末の行事に四方八方と顔を出さなければならない類は忙しいながらも充実した日々を過ごしていた。人生の糧となるつくしがいて、また彼女のお腹が大きくなっていくにつれて父親になる責任をひしひしと感じ、おぼろげだった温かい家庭像が日を増すごとに現実味を帯びてくる。


「夫婦同伴か・・・
 よしッ!この日に作戦決行だ」
司は類の行動予定に眼を光らせていた。
司は何度かつくしに会いたい一心で花沢邸に押しかけてみたが、その都度SPによって阻止され続け未だ彼女の顔さえも見ることができずにいた。


   *****


「つくし、無理しなくても良いよ
 何とかなるから」
「ありがとう。でも大丈夫!ぜーんぜん平気
 それにたまには外に出ないと・・・
 先生も適度な運動をしなさいって言ってたし」
「うーん、分かった
 でも本当に無理しないでね
 いつでも動けるように
 運転手にも言っておくから」

夫婦で招待された今日のパーティーは、薫の親友からの招待でどうしても出席しなければならないものだった。
身重のつくしにいらぬ気遣いをさせることや体力の消耗を考えると連れて行くのが心配だったが、つくし本人がすっかりその気になっているのでやむを得ず連れて行くことなった。


パーティーが始まり偉そうな人たちが次々と壇上で眠りを誘うありがたい話が出尽くすと、フロアは一転して様々な思惑が飛び交う名刺交換会と化した。
某有名ホテルで催されたその華やかなパーティーが宴もたけなわの頃、ボーイが類とつくしの元へと歩み寄り何か話したかと思うと会場脇の別室へと案内する。

「こういうのって苦手なんだよな
 議員だとか代議士だとか
 そういう人と会うのって」
「類の気持ちは分かるけど避けて通れないし
 仕事だと割り切るしかないね
 あとは、慣れ?」
「こんなの慣れたくない」

「ふふふっ・・・
 類の、その不機嫌な顔
 大人になっても変らないんだから」
「イヤなのはイヤなの
 それより、つくし体は大丈夫?」
「うん、なんともないよ
 妊婦だからかえって周りの人の方が
 気遣ってくれてるみたいで・・・」
「そう」

「あっ、そうだ
 話が長引きそうになったら
 あたし、具合悪そうにしようか?
 そうしたら長居しなくても済むんじゃない」
「ぷっ!それイイかも」

2人は連れ立って案内されたその部屋へと入って行った。

「牧野、・・・会いたかった」
そこにいたのは司だった。一緒に入って来た類には眼もくれずにそう呟いた。
目を丸くして立ち尽くしている類の体の後ろにつくしは半分隠れて体を固くした。

「牧野、なんで俺に会いに来てくれねえんだ」
7年ぶりに見たつくしの顔は間違いなく彼女なのだが、記憶の中のつくしとはどこか雰囲気が違っていて一瞬戸惑ってしまうほど大人びていた。そして改めてよく見ると体型が、特にお腹の辺りが大きく変っていることに気付く。

「牧野ッ!い、いや類ッ!
 てめぇ牧野に何しやがったッ!?」
「何って、・・・なに?」
「牧野の、は・・・腹がどうかなってるぞ」
「ああ、子供のこと?」
「んがっ!こっ、子供だとぉ!」
「そうだよ、俺たちの子供」
この言葉を聞いた途端、司の目がつり上がり額に青筋が浮き出た。そして間髪入れず類の顔面めがけパンチが繰り出されたが、彼はつくしをかばいながらサラリと払い除けた。

「司がつくしのことをどう思おうが構わないけど
 現実を把握したらどう?
 俺とつくしは夫婦で
 子供もできて幸せだっていうことを」

司はさらに顔を真っ赤にして食って掛かる。
「許せねぇ!!ぜってー許さねー!
 牧野、お前もだッ!
 俺というものがありながら
 どうして類なんかになびきやがったッ!」
「なびくもなにもない
 すべて司が、いや道明寺家のせいだろッ!」

つくしは2人の言い合いを怯えながら聞いていたが、類の普段は見ることのない迫力と頼もしさに心が落ち着き始めていた。が、しかしそれは束の間の安心感だった。

「とにかくお前らを
 このままにはしねぇからな
 痛い目に遭わせてやる
 牧野ん家みてぇに
 突然の不幸が訪れるかもよ
 せいぜい気ぃつけるんだなッ!」

つくしに会いたい一心でこの日を待っていた。〝牧野、・・・会いたかった〟第一声がそうだったように司は純粋に会いたかっただけなのだ。けれども現実は自分が思い描いていた再会とは大きく違っていた。
事故の件は言うつもりはなかった。つくしを苦しめるばかりか自身の立場をも苦しめることになるのに、感情が先走った司の暴走は止まらなかった。

「ちょ、ちょっと何今の
 突然の不幸って?」
「なんだ牧野?
 お前、類から聞いてねぇのか?」
「・・・えっ?」

「じゃあ、俺が教えてやるぜ
 牧野、お前んとこの・・・」
まさかここで司が話すとは思っていなかった類は不意をつかれて慌てた。
「やめろッ!司ッ!」
「るせー!類は黙ってろッ!」
「司、お前はどこまでつくしを・・・」
激しい憤りが類の身体を揺さぶり、その拳は怒りに震える。ただその表情はつくしのことを考慮しているせいか怒りを押さえこんだ苦渋の表情だった。

心の中で葛藤する類には目もくれず司の口は止まらない。
「いいか牧野
 お前ん家の家族の事故はな
 偶然じゃねえんだぜ」
「やめろーッ!言うなぁーッ!」
類のありったけの叫びも虚しくついに事故の真相がつくしの耳に届いてしまった。

「あれはお袋の仕組んだ事故って訳よ」
「・・・ぅそ・・・」
今でもはっきりと思い浮かべることができる霊安室で対面した家族。事故の凄まじさがひしひし感じられる傷や打撲の痕は目に焼きついている。孤独に震えたあの日を忘れることはない。

――あの人が、・・・仕組んだ?
つくしは司の衝撃的な言葉にその場に力なく座り込んだ。

「つかさ・・・」
事故の事は一生隠し通せるとは思ってはいない。それでも司が口を噤んでくれたらと淡い期待をした自分の愚かさを恨んだ。何年経ってもどこまでもつくしを傷つけ苦しめる司が憎くてたまらない。

つくしはブツブツと何か唱えたかと思うと目にいっぱいの涙をためて立ち上がり、その場を逃げるようにして走り去った。
「つくしッ!!」

類は開け放たれたドアの向こうにつくしを追いかけたい気持ちを一瞬抑え、振向きざまに司を渾身の力を込めて殴った。司は殴られた反動で部屋のテーブルに勢いよく頭を打ち付け、悶絶して床にうずくまった。

「司ッ!お前は
 つくしをどこまで傷つければ気がすむんだ
 あの日、つくしの家族の命を奪い
 つくしの体も無理やり力ずくで奪い
 あの日を境にお前とは縁が切れたんだ
 もう俺たちに構わないでくれッ!」
そう言い残すと類はつくしを追い掛けて走り去った。

「なっ、俺が・・・牧野の体を奪ったって?
 何言ってんだ、意味わかんねぇ
 ・・・・・・あの日って、・・・あの事故の日か?
 ・・・わかんねぇ、思い出せねぇ、・・・頭いてー」
司はぶつけた頭の痛みと途切れた記憶のもどかしさに暫くの間、悶々と苦しんでいた。


「やっぱりここだったんだね
 ・・・つくし、こんなことになってゴメン
 家族のことも黙ってて・・・」
「ううん、いいの
 分かってる、類の優しさも・・・
 私には類しかいない、・・・類しか・・・」
「俺もだよ、つくし」

孤独は人の人生をも変えてしまう、そんな過去もあった。
今は全てを分かち合える愛する人が傍にいるのだと、2人は牧野家のお墓の前で確認したのだった。


   *****


冬の訪れを告げる雪が舞い落ちてきた。そんな光景を病院の窓越しに見つめていた楓は、季節の変化を肌で感じることも出来ない今の自分に虚しさを感じずにはいられなかった。
先の見えない快復への道のり、付きまとう死への恐怖。

――今までの私は何をして来たのだろう?
   仕事一筋で我武者羅に働き
   順調に業績を伸ばして来たというのに

楓は今まで歩んで来た道のりを振り返った。

――司と・・・、牧野つくし
   ・・・そう、あの子のおかげで
   司も私も教えられた、救われた
   それなのに・・・

「奥様、どうかなさいましたか?」
「あぁ、タマさん」
「さっきから何度もお呼びしたんですが」
「・・・そう、ごめんなさい気付かなくて
 それで何か用?」
「西田からの書類を預かっておりましたので」
タマは一通の封筒を差し出した。

「私は用事をたして来ますので
 何かありましたらすぐ呼んでくださいまし」
タマは西田から受け取ったもう一通の書類を抱えて病室を出で行った。

楓は受け取った封筒を開けて書類を取り出すと目を通し始める。すると楓の顔色はみるみる内に紅潮し、出て行ったばかりのタマを呼び戻した。

「タマさん!大至急西田を呼んで!」


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2009年6月15日 (月)

オーブ光の天使 第26話


第26話


英徳大学付属病院の特別室のベッドで楓は眠っていた。
自宅で倒れてここに担ぎ込まれた楓は処置を受けてからまだ一度も目を覚ましてはいない。タマはそんな楓が心配で付き添いとして泊まり込んでいた。

「タマ、何か変わったことはなかったか?」
もう少しで日付が替わろうかという時間に司は現れた。
以前の司は楓と顔を合わす度に表情が険しくなりいつも喧嘩越しになっていたが、今は親を心配する気遣いが窺われる。
どんなに嫌う親でも病床に臥せるその姿に少なからず胸は痛む。元気なときには微塵にも思わなかった親と子の絆とは、このような事態になって初めて気づくもの。
普段元気な姿でいるからこそ素直に互いを思う気持ちは心の奥底に封じ込められ、不器用にいがみ合い悪態をつくのだ。

「何も・・・
 一体いつになったら目を覚ますものやら」
「ただの過労で
 こんなにも眠り続けるなんて
 聞いたことねぇぞ」
「坊ちゃんだって
 会社の手伝いをしてみて分かるでしょうに
 どれだけ体と心に
 負担をかける仕事をこなしているか」
「・・・確かに・・・、でもよ・・・」
司は西田と共に慣れない会社運営の手伝いへと駆り出され、馬車馬のように働かされていた。毎日くたくたになってベッドに転がり、目を閉じて数秒で眠りについてしまうほど心身の疲労は激しかった。

「何か変化があったら連絡しますから
 坊ちゃんは帰って
 おやすみになってくださいまし」
「・・・ああ、そうするよ
 タマもいい年なんだからほどほどにしろよ」
「坊ちゃん、いい年は一言多いですぞ」
「うっ!・・・じゃあ、タマあとは頼んだぞ」

楓の病名を知っている者はタマを含め身近なごく僅かの人間だけで、世間的には闇に封じ込まれていた。この事がもし世間に知れたとき道明寺グループは勿論、関連する企業や財界に与える影響は計り知れない。


    *****


「類、あたし・・・
 もしかして、・・・妊娠してる?」
「ぷっ!なに、今気がついたの?
 俺はとっくに気づいてたよ」
「知ってたのになんで教えてくれなかったのよ」
「だって、俺の体じゃないし
 それに病院で診てもらった訳でもないし・・・
 でも、俺には分かってた
 だって俺たちの子供だから」

「あたしったら・・・、恥ずかしい」
「おめでとう、つくし」
「まだ決まった訳じゃぁないし」
「いや、間違いない」
なんとも奇妙な会話である。それでも2人は至って真剣なのだ。

つくしは気分が悪くなったり悪阻といった自覚できる症状は何もなく、また確証もなかった。それでも類は絶対に妊娠していると確信していた。そう思うのも策士な彼だからこそなのか、それとも第六感の働きなのか。


数日後、つくしは類に連れられて病院に来た。
妊娠は間違いないと確信していてもやはり検査の結果が出るまでは不安が残る。

「順調ですね、3ヶ月です」
この言葉に一瞬体の力が抜けてしまったものの、すぐに自分たちが親となるという責任の重さに身が引き締まる思いであった。

「よう!類じゃないか、牧野も一緒か」
声をかけてきたのは総二郎だった。
「意外なとこであったな
 ・・・類、どうしてた?」
「うん、元気してた
 そういう総二郎はどうなの?
 なんで病院なんかに・・・」
「・・・ん?そうか
 類はまだ司の母ちゃんのこと聞いてねぇんだ」

「司の・・・、お袋さんがどうかしたの?」
「過労で倒れたらしい、ここに入院してんだよ」
「そうだったんだ、・・・俺、何も知らなくて」
「いいんだ、お前たちは、・・・気にすんな
 司の件もあるし」
「それで道明寺のお母さんの具合はどうなの?」
「過労だって聞いたからたいしたことないと思うけど
 ・・・ただ、倒れてから
 まだ一度も目を覚ましてないっていうのがな
 ・・・って、お前たちこそ何しにここへ?」
「実は----------」


    *****


「ちょっと行ってくるね」
「うん、気を付けてね、つくし」
つくしは滋と桜子に誘われて外でランチをすることになっていた。たまにはそういう気分転換も良いだろうと類は快く彼女を送り出したのだった。

角田からの内線電話が鳴ったのはそれから10分も経たないうちだった。
「類様、お客様が・・・
 道明寺様がいらしてますが
 どうなさいますか?」
類は来るべき時が来たのだという心境で司を客間に通すように命じた。


類が客間の戸を静かに開けて中に入ると、そこには司が立ったまま鋭い視線をこちらに向けていた。
「類ッ!てめぇよくも俺の牧野を
 ひでぇ奴だなッ!
 お前は俺が牧野にどれだけ惚れてたか
 知ってたはずだろうがッ!」
開口一番、司は怒鳴り声で類を出迎えた。

「ったく、お前って奴は、見損なったぜッ!
 人の弱みに付け込みやがって
 ざけんじゃねぇ!」
「・・・・・・。」
「おいッ!聞いてんのか、てめぇ」
「聞いてるよ。・・・じゃあ言わせてもらうけど
 司のした事は許されて
 俺のした事が許されないのはどう言う訳?」
「俺が何をしようがお前には関係ねーだろうが」
眉間にしわを寄せ、座った目の奥底からメラメラと炎が噴出さんばかりの様相で、類の頭のてっぺんからつま先まで何度も視線を移動する。

「司に文句を言われる筋合いはないよ
 たとえあったとしても
 司がつくしにしたことに比べたら・・・」
類は自分でも意外なほど冷静だった。

いつもと変わらない類の態度と言葉に司のイライラが爆発する。
「ちょっと待てッ!
 さっきから訳のわかんねぇ事言いやがって
 いったい俺が牧野に何したってんだッ!?」
「司はつくしを憎んでいたから
 あんな事したんだろッ!」
つくしの体を無理やり奪ったあの日の事を鮮明に思い出して、類らしくない声を張り上げた。

類が声を張り上げて怒鳴ったことに司は一瞬怯んだが、その事に関して何も憶えていない彼は次の言葉の攻撃を繰り出した。
「類ッ!てめえ
 さっきからつくし、つくしって
 馴れ馴れしいんだよッ!」
「何言ってんの?
 つくしは今
 花沢つくしなんだから当然でしょう」

「あったま来たー!
 だ、か、ら
 なんでそうなったって言ってんだよッ!」
「憶えてないの?
 あの日、つくしの父さんや母さん、進くんが
 事故で亡くなったあの日
 追い討ちをかけるようにつくしにした仕打ちを」
「・・・事故?」
司の頭は混乱してきた。
自分の記憶に無い事が類の口から語られる度に深みにはまっていくのだった。

「牧野に?・・・仕打ち?なんだ、何のことだ?」
「司、記憶が戻ったんじゃぁなかったの?」
類も半信半疑で司に訊いてみた。
「うるせぇっ!・・・何がなんだか・・・
 と、とにかく類ッ!
 おめぇだけはぜってー許さねえからなッ!」
「許してもらおうなんて思ってないよ
 許さなくて良いから
 つくしのことは忘れてくれ
 もうこれ以上
 つくしを追い詰めるのは止めてくれない」

司にとってつくしは今でも最愛の女、そのつくしを奪った憎らしい類にはらわたが煮え繰り返る。

「もう二度とつくしの前に姿を見せないで」
冷たく言い放った類の言葉に不覚にも寒気を覚えた司は思い掛けない捨て台詞を残して部屋を出て行った。


辺りに静けさが戻って来た。
類は司が最後に残して言った言葉が気になってその場をから動くことができなかった。

「ふん!あの事故は偶然じゃないんだぜ
 お袋が仕組んだ事故さ
 お前もせいぜい気をつけるんだな」
司は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

楓がつくしの家族の命を意図的に奪ったとことに類は愕然とした。
「どうしてつくしの家族を
 ・・・どうして・・・何でそんなことを・・・」

――それほどまでして
   つくしを苦しめる理由って一体・・・

つくしがそこまで追い込まれる理由などあるはずもない。ただ好きになったのが道明寺家の司だというだけであり、その母親である楓にも認められていたのにも関わらず、わずかな鍵のかけ違いが誤解を生み全てが悪いほうへ転がっていったのだった。


「牧野に何を・・・
 俺は一体何をしたってんだ?」
司も帰りの車の中で心当たりのない類の発言に頭を悩ませていた。


   *****


秋風と共に落ちてきた冷たい雫が病室の窓を叩く雨模様の寒い日だった。
それは突然の出来事であり誰もその瞬間を見ていなかったが、楓は目を覚ましていた。まだ朦朧とした頭を持ち上げ辺りを見回すと、椅子に座ったまま軽く寝息を立てて寝ているタマがいた。

「タマ、・・・タマ」
ハッとして飛び起きたタマはシャキッと腰を伸ばし、目を丸くして楓を見つめたまま固まっていたが、やっとのことで声を発した。
「お、奥様、気がつかれましたか」

「タマ、今日は何日?
 ここは何処?なぜ私はここに?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる楓にタマはゆっくりと今までの経緯を説明した。

「そう、そうだったの、・・・分かったわ
 それでは今すぐにでも
 仕事に戻らなければ・・・」
「奥様、無理をしてはなりません
 まだまだ休養が必要です
 先生の言うことを聞いて
 今しばらく我慢なさいませ」
楓はタマの発言を無視してベッドから降り、ふらつく足取りでなんとかクローゼットにたどり着くと身支度を整えようとした。タマは呆れた表情をしてそれを阻止し楓をベッドに戻るよう促した。

老体のタマにさえ力負けしてベッドに押し戻される自分がもどかしく情けない。1秒でも惜しい楓はその行為に憤る。
「たかが過労ぐらいで
 休んでばかりはいられないわ
 私にはやらなければならないことが
 山ほどあるのよ
 私の手で会社を立て直さなければ・・・」

「いけません、奥様
 今は大事なときですので
 タマの言うことを聞いて下さい」
「タマ、道明寺家に仕える人間なら
 分かるはずでしょ
 今、会社がどういう状況に置かれているかぐらい
 私が説明するまでもないわよね」
「それは十分承知しております
 ですが、今はまだ
 仕事に戻ることはこのタマが許しません」

あまりにも頑固に仕事復帰を阻むタマの態度に楓は不審を抱き始める。
「私が仕事をしたら
 何か不都合なことでもあるのかしら?」

楓の突っ込みにタマは表情こそ変えなかったが内心は穏やかではなかった。勘の鋭い楓のこと、事実を知られるのは時間の問題だと感じていた。
「今、奥様が仕事に復帰することは
 得策ではありません
 坊ちゃんの成長のためにも
 今は我慢して見守るのが一番良いと思いますが」
「あなた、何を言ってるの
 私がいなければ会社はボロボロになってしまうわ」
「いいえ、奥様
 坊ちゃんはもう前の坊ちゃんとは違います
 安心して任せたほうがよろしゅう御座います」

「タマ、・・・あなた何か私に隠していない?」
「いいえ、奥様
 私はただ奥様と坊ちゃんのことを思えばこそ
 このように申し上げるので御座います
 いずれ坊ちゃんは
 会社のトップとして働くのが運命です
 この苦しい状況を打破できてこそ
 道明寺家、道明寺グループの未来は
 安泰となるのです」

「・・・・・・。」
楓は沈黙の人となり、重苦しい空気が漂い始めた。
タマの迫力に押されたのと、それ以上に激しい頭痛と肩や関節の痛みが楓の反撃の言葉を奪ったのであった。

――この痛みが過労のせいだというの?


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オーブ光の天使 第25話


第25話


パリ 花沢物産 社長室

「遅れてすみません」
社長室に入ると薫とつくしは硬い表情で向かい合わせにソファに座っていた。いつもなら和気藹々と仲睦まじい様子で笑みを交わしていて、息子という立場も忘れ父親に嫉妬することも少なくないというのに、いつもと違う空気感に類は一瞬戸惑った。

「立ってないで座りなさい」
類はつくしの隣に腰を落ち着かせた。

第一秘書がテーブルにお茶を置いて出て行くのを待ってから薫は話を切り出した。
「今進めている仕事はいつまでかかる」
「最終チェックをすれば部下に回す予定ですので
 遅くても今週中には終わります」
「そうか。それ以外の仕事は桜庭に引き継いでくれ
 期間は、2週間だ
 その間に全て引き継ぎを終わらせ・・・」
突然言い渡された内容に理解も納得も出来ない類は話の途中に割り込んだ。
「ちょっと待って下さい
 どうしてそんな急に、・・・何かあったのですか?」
類は意外な言葉に困惑していた。

「実は、類には日本に行ってもらいたいんだ」
「・・・日本に?・・・なんで急に・・・
 何か重大な事でも」
「うむ、実は今つくしさんとも話していたのだが
 今期の決算において
 我が花沢物産は堅調を維持している中で
 日本支社だけが不況のあおりを受け
 業績が思わしくないのだ
 対策支援チームを編成し
 日本に送り込む準備をしているのだが
 類にも勉強を兼ねて加わってもらうことにした」
「そんなこと急に言われても」
類は困惑した表情を見せた。

仕事の都合で日本に帰国することは特に問題はなかった。
ただ、日本に帰れば否応なしに司に会うことになる。自分が司と向き合ことには何も問題はなくきっちり決着をつける心づもりはできていた。が、つくしはまだあの忌まわしい事件から完全に立ち直ったとは言えない。
自分と一緒の時は守ってやれるが、もし自分の知らないところで接触してきたらと思うと不安が頭を過ぎるのだった。

「急ではない、類にはこの花沢物産で
 それなりのポストを与えて任せて来たのだ
 だからそういった情報にも
 触れる機会が多々あったはずだ
 そういう事に目が向かないこと事態
 まだまだ甘いということだ」
返す言葉も持たず唇を噛み締める類を横目に薫は言葉を続ける。

「類、日本に行け
 そして視野を広げて来い。・・・そういうことだ」
成り行きを見守っていたつくしの口が開いた。
「類、私、類と離れるのは寂しいけど
 今は大事な時だから
 社長のいうとおりにした方が良いと思うの
 ・・・それに・・・」
類はつくしの言葉に目を丸くしてひっくり返りそうになった。慌てふためいて彼女の言葉を遮る。
「つくし、何言ってんの、ダメダメ絶対にダメ」

薫はそんな類を見て、不安的中の面持ちで彼に訊ねる。
「類、お前は私の話を理解したのか?」
「父さんはつくしを傍において
 俺には独り日本に行けって
 つくしと離れ離れになるなんて
 絶対にイヤだからね」
「聞いてない、か」

ショックで薫の話が吹き飛んでしまった類につくしは心を鬼にして激を飛ばす。
「類、男だったら自分の立場をわきまえて
 仕事に専念しなさい!」
ハッとして類はつくしの顔をマジマジと見つめた後、ぽつりと呟いた。
「つくしは俺と離れても平気なの?」
「平気な訳ないでしょう!
 私だって類の傍に居たいけど、・・・でも・・・」
「じゃあ一緒に行こう、日本に帰ろう」

思わず口をついて出た言葉、薫はその言葉を聞き逃すはずがなかった。
「類、今、確かに聞いたぞ、よくぞ言った
 我が花沢物産のため
 また将来この会社を背負って立つ人材となるべく
 頑張ってくれたまえ」
「じゃあ、つくしと一緒に行っていいんだね?」
「それはならぬ、おまえ1人で行くのだ」
「じゃあ、行かない」
「おっ、お前ときたら・・・」
薫もまたつくしと離れるのは耐えがたいらしく意地を張っては見たものの結果は既に分かっていた。

「どうしても連れて行くのか?」
薫は社長の立場を忘れ娘を嫁に出すような父親の心境になっていた。
同じ屋根の下で暮らし喜びや悲しみを分かち合ううちに情は更に深まり、つくしは息子の嫁というよりも本当の娘のような存在になっていたのだ。

「はい、俺はつくしと離れることは出来ないから
 それにつくしは今大事な時期だから」
薫とつくしはキョトンとして顔を見合わせた。

――大事な時期って何よ?

「2人じゃなくて、3人で日本に帰るってこと
 それで決まり」
「私は行かんぞ、私にはそんな時間はない
 だからこそ対策支援チームを編成したのだ」

――3人ってどゆうこと?

「父さん?」
「ふーむ、仕方がない
 2人だろうが3人だろうが構わない
 とにかく行ってきなさい、・・・残念だが」
薫は最初から全て見透かしていたかのようにおれた。

「あの~」
つくしは辺りを見回してその3人目を探している。
「くっくくく・・・。つくし、誰を探してるの?
 自分の体のことなのに気付かないの?」
「・・・えっ?・・・私の体・・・?」
「相変らず鈍感だね
 つくし、そんなんじゃ先が思いやられる」
「よーしこれですべて丸く納まった訳だな
 2週間後には日本に行ってもらうぞ
 それまでに残った仕事を
 すべて片付けておくように」

思わぬ展開により急遽日本に帰ることになった類とつくし。2人ともそれぞれの胸の内に不安を秘めながらも、今は一緒にいることができる喜びがその不安を打ち消していた。


    *****


日本 道明寺邸 執務室

「西田、司の様子はどうなの?」
「最近ではだいぶ落ち着かれたと
 報告を受けております」
「そう。・・・まぁ少しぐらい記憶が飛んでいても
 体さえ満足ならなんとかなるわね
 あの子も私同様、体だけは丈夫ね」

「社長、司様を刺した犯人を
 どのように処理致しますか?」
犯人は以前司がつくしを憎んで荒れていた時期に起こした暴力沙汰に巻き込まれ大怪我をした被害者の弟の仕業だった。
リハビリをしても兄の体は元には戻らないと知った事、それに加えて金と権力で事件をもみ消された事が兄思いの弟にとっては耐えられなかった。激しい怒りと憎しみの矛先は元凶である司に向けられたのだった。

「西田、今こちらからは
 アクションを起こす必要はありません
 何かの時に利用して
 切り捨ててしまえば良いのですから」
「かしこまりました」
西田はそう言うと一礼して部屋を出た、その時だった。
背後で異様な物音が聞こえた西田は嫌な予感に反射的にきびすを返すと、出たばかりのドアの取っ手に手をかけて部屋に勢いよく飛び込んだ。

「社長、どうされました」
西田の目に飛び込んできたもの、それは真っ青な顔で床にうずくまった楓の姿だった。

運命の悪戯の幕が今、上がろうとしていた。


    *****


10月

「来たぞ」
「準備は出来てるな?」
「バッチシよ」
「あいつら驚くぜ」
「早くつくしちゃんに会いたいよー」
「黙れ、成金息子」
「痛いじゃないか」
「その口塞ぐぞ」


ベンツから降りたつくしは時代劇を思わせる懐かしい門構えを見上げた。
「わぁー、懐かしい
 ・・・帰って来たんだね、類」
「みんなどうしてるかな?」

玄関前には見なれた懐かしい顔ぶれが並び、角田が満面の笑みで進み出る。
「お帰りなさいませ、若旦那様、若奥様」
「ただいま、皆元気そうだね」
「若旦那様も若奥様もお元気そうで
 大変嬉しいです」
「若奥様だなんて・・・、なんか恥ずかしい
 つくしでいいですよ」
「はい、若奥さま。・・・あっ!」
「ぷっ!あはははは・・・。俺も類でいいから」
ひと時の歓談が終わり部屋へと向かう。荷物は既に部屋に運ばれているので手持ち無沙汰の手は当然のように繋がっている。


パン!パン!パン!
自室のドアを開けた途端、クラッカーの音で2人を驚かせた。

「「お帰り、類、牧野」」
「お帰りなさい、先輩」
「つくしー、類くん、お帰り」
「つくしちゃぁ~ん、お帰りなさ~い」
音の次は待ち伏せしていた仲間たちに驚かされ、類とつくしは鳩が豆鉄砲をくらったようにキョトンと目を丸くして立ち竦む。それぞれの手には使用済みのクラッカーの残骸を持って微笑んでいた。

「み、みんな・・・、どうしてここに?」
「暫くぶりに会うんだから
 サプライズパティーを仕込んでおいたのさ
 どう?ビックリした?」
「まあ~ね」

「つくし?・・・あれ?
 つくしが固まってるよ、・・・おーい」
滋の声に目を丸く見開いたままのつくしが反応し、大きく息を吐くと力が抜けたようにぺたんと座り込んだ。
「みんなぁ・・・、ただいま」

つくしと類は5年7ヶ月ぶりに帰国し花沢邸に帰って来た。
空港から花沢邸までの道すがら懐かしい風景が広がる。その風景の一部には見覚えのないものも混じっていたが、変らないのは仲間たちの笑顔、声、しぐさ。それは日本を飛び立つ前と何ら変っていなかった。
5年と7ヶ月の空白は彼らと再会してからの僅かな時間で元通りに埋まっていた。


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2009年6月 1日 (月)

オーブ光の天使 第24話


第24話


9月 日本

司は1ヵ月ぶりに道明寺邸に戻ってきた。退院の許可がおりたとはいえまだ無理はできない身であるにも関わらず、彼は自室で休むどころか書斎に直行し息つく暇もなくデスクの引き出しを乱暴に開け始める。
そんな司の行動をタマは戸口から眺めていた。

「落ち着きのない人だこと、坊ちゃん
 退院した日ぐらいゆっくりお休みになったらどうだね」
「ゆっくり休むもだと、1ヶ月ベッドの上で寝てたんだぜ
 これ以上腐ってられっかよッ!
 くっそー!・・・ったく、どこにあんだよ」

床は無造作に放り投げた物とデスクの上にあった書類が散乱し足の踏み場もない。その中には重要な物や貴重な物が含まれているのだろうが司はそんなことを気にも留めず踏みつけ、デスクに目当てのモノがないと分かると椅子にかけてある上着や鞄を物色する。
「なんでねえんだよッ!」

思い当たる箇所に一通り目を通したが目的のモノが見つからず苛々する司は力任せにデスクを叩き、椅子を蹴散らして自室に向かった。青筋を立て超不機嫌な彼を追うようにてタマはてくてくとついて行く。

自室に入るなり先程と同様に引き出しという引き出しを開けて物を放り投げていく。
「そんなに血相変えて
 それほど大切な物なのかい?」
タマはソファに腰掛け、まるで泥棒が部屋を物色しているかのような司の様子を冷静に眺めていた。

「パスポートだよッ!
 ・・・ったく・・・、どこにいきやがったんだよッ!」

タマは険相な表情で散乱した物を蹴散らす司を横目に何度目かの溜息をつく。
暫くの間そんな司の様子を見ていたタマの脳裏につくしのさまざまな表情が浮かんでは消えていった。

「タマ、何笑ってんだよ
 ・・・その顔、不気味だっつーの」
司の声にハッと我に返る。つくしを懐かしんでいたタマは自分でも気付かないうちに頬が緩んでいたようだ。

タマは何事もなかったかのようにいつもの表情に戻り、杖に両手の力を込めてソファから立ち上がった。
「よくもまあ~そんなに散らかしたもんですなぁ~
 病み上がりだというのに
 坊ちゃんには体力があるようで
 タマは感心してるんですよ
 その体力をそんなことに費やさずに
 タマの肩でも揉むぐらいの器量があれば
 坊ちゃんを育てたかいがあったってもんだが・・・
 まあ~今日は良しとしますか」


タマが部屋を出て行った後、司はソファにドカッと座り舌打ちする。
「これだけ探してもねーってことは
 ・・・どうゆうことだ?・・・確かあの時・・・」
パスポートは3ヶ月前、日本に帰国する際に使用した。当分の間は使用することはないだろうと書斎のデスクに入れたと記憶している。
「秘書に預けた?・・・いや、それはねーな」
仰向けになった司は天井から垂れ下がる豪華な照明を見つめ考えていた。

――俺の記憶が戻ったことは
   総二郎たちが連絡しているはずだ
   なのになんでだ、なんで牧野は来ねえんだ?
   お前にはつらい思いをさせてしまった
   会って謝りてぇ
   牧野に会いてえよ、お前の笑った顔が見てえよ
   そう思ってるのは俺だけなのか、・・・俺だけ・・・

「気にくわねえ」
司の思考はパスポートの所在からいつしかつくしへの想いにすり替わっていた。

――お前には酷いことを言ってしまったとはいえ
   だからって類と一緒になるなんて、なんでだよ?
   もう少しで手が届く距離が縮んだと思えば
   お前は決まって俺から逃げる
   そんなに類がいいのかよ、・・・類が
   ・・・ったく、類も類だぜ
   俺の記憶がねえことをイイことに・・・

「ああー!ムナクソ悪りぃ」
退院したら真っ先につくしに会いに行こうと入院中ずっと考えていた。だが肝心なパスポートは見つからずどうすることも出来ずに肩を落とし、何一つうまくいかないことに苛立ちは増す一方だった。


どうあっても腑に落ちない、納得いかない司は自室を出てまた書斎に向かった。なんとしてでもパスポートを手にして今直ぐにでもパリに行こうと執念だけがそこにあった。
胸がムカムカと煮えたぎる激しい怒りを抱きながら廊下を歩いていると、前方の脇の角から西田が通り過ぎた。
――西田が居るってことは、・・・ババァ帰って来たのか

西田は司に気付かずに楓の書斎に入って行った。
――まさか、俺のパスポート、・・・ババァが・・・
「ババァなら・・・」
ふと口をついて出た言葉のままに楓の書斎の方へと足が向いていた。


ドアノブに手をかけたその時、楓の声が漏れ聞こえてきた。その話の内容に司の体と心は氷のように冷たく固まった。
――なっ、アイツの家族が、・・・亡くなった?
司にとっては初めて聞くつくしの家族の死だった。

衝撃の言葉に司は握っていたドアノブを力任せに押し開いた。突然入って来た彼に楓と西田は驚く様子もなく振り返る。
「ババアッ!
 牧野の家族全員亡くなったってどういうことだ」
司は漏れ聞こえてきた話の断片に突っ込みを入れた。

「何を今更、もう5年も前の事でしょ」
楓は司の言葉に違和感を覚えた。それは西田も同じだった。
「・・・5年前?・・・俺はそんな事聞いてねぇぞ」
「司、・・・あなた、その時の事覚えてないの?
 ・・・まさか・・・」

司はうろたえた表情を一瞬見せたが構わず言葉を続けた。
「うるせえッ!どいつもこいつも俺をバカにしやがって
 それに予定どおりとか何とか言ってたよな
 その予定どおりって何のことだ」
「あなたには関係のない事です」
「関係ねーだとぉー!」
大きなデスクを挟んで眼光を鋭くさせ真っ直ぐに見据える楓、凄みのある顔付きでなり振り構わず怒鳴り散らす司、両者の脇で無表情で事の成り行きを見守る西田。

「司様、あのご家族のことはもうお忘れになって下さい
 奥様は司様のことを思えばこそ・・・」
「西田、止めなさい、それ以上言うことはありません」
それぞれの思いが交錯しその場は膠着状態となった。


最初に楓が切り出した。
「あなたが道から外れそうになったから
 私が邪魔な者を排除したまでのことです
 あなたは私の言うとおりにしていれば宜しいのです」
どこまでも冷静で冷たい楓の言葉に司の神経を逆なでする。

「排除ってことは、てめえが裏で動いたってわけか」
「あなたがどう思うかは勝手です
 けれどもこれだけは言っておきます
 私はあなたにとって最良の選択をしたまでです
 この件については
 あなたに文句を言われる覚えはありません」

「ああ?俺のためにだとー!へどが出るぜッ!
 いつも仕事が第一のくせしやがって
 何が最良の選択だよッ」
「黙りなさい、あなたに何が分かるっていうの
 何不自由なく育ったあなたに」
楓はいつになく顔に感情を表れている。
西田もまた楓の感情の乱れを察して押し黙っていた。

「るせー!勝手にてめえの気持ちを押し付けやがって
 吐き気がするぜッ!」
「司、いい加減にしなさい
 じゃあ聞きますけど
 あなたがして来た事はどうなんですか?」
「何がだよ?」
楓はここにきて一瞬、不気味な笑みを浮かべたが司はこの時まだその意味に気付いていなかった。

「牧野さんの意思を無視して自由を奪ってしまったことを
 忘れた訳ではないでしょ」
「・・・牧野の・・・自由を、奪ったって?
 意味わかんねえ、一体何の事だ」
「あなた、やはりまだ記憶が・・・」
「司様・・・」

司の心は揺れ動いていた、どうしても楓の言葉が気になるのだった。
――俺が牧野の自由を奪ったって・・・
   俺が?・・・どういうことだ?
   分かんねえ、・・・思い出せねえ
   俺が何したっていうんだ?
   牧野の家族を狙ったのは何故だ?
   俺と牧野を遠ざける為にしては異常な仕打ちだ

「・・さ様」
西田の声で司はハッと我に返った。
「司様、どうかしましたか?」
「どうもこうもない、話になんねえ
 もういい、俺は俺の好きなようにするぜッ!」


    *****

「坊ちゃんは写真写りもイイもんですなぁ」
司の部屋を出て自室に戻って来たタマは、お茶を服しながらあるモノを眺めて感心していた。
「奥様に似ておるが・・・、不器用な性格も・・・
 あんなに血相かえて
 西門の坊ちゃんが言ったとおりだ」

タマは2日前のことを振り返った。


    *****

司の見舞いに出向いたタマは病院の廊下を歩いていると、ちょうど総二郎とあきらが司の病室から出て来た所だった。
「忙しい身だというのに
 坊ちゃんのためにすまないね」
「まぁ、しゃあねえよな
 俺らだけでも顔出さねえと
 司の奴、何するか分かんねーし」
「そうそう
 寂しがりやのくせに素直じゃねえんだからよ」
呆れ顔で言った総二郎とあきら。
つくしの一件があってから司とは犬猿の中になりながらも、いざとなるとこうして文句も言わず気遣い心配して足を運んでくれることに、タマは心の底から感謝していた。親の愛情に恵まれなかっただけに親友の温かな心が胸を打つ。

「あんた達はもう帰るのかい?」
「まだ仕事があるからね、また明日来るよ」
「あっ!そうだ
 司、明日の検査次第では退院の許可が出るらしいから
 タマさんにお願いがあるんだ」
「ここじゃマズイから」
あきらは司の病室を一瞥し廊下に出て歩き出した。何かを感じ取ったタマは彼らの後に続いた。

両脇がガラス張りの渡り廊下にオレンジ色の夕日が射し込む。夕焼けを背にして手すりに凭れ掛かる総二郎とあきらをタマは曲がった腰を伸ばして見上げた。

「アイツ、退院したら真っ先に類のとこに行くと思うんだ
 今の司に何言っても無駄だろうし
 こんな状態で類のとこに行ったもんじゃ
 犯罪者になりかねねえ」
「記憶が戻ったと言っても肝心なとこは覚えてねえし
 なんで類と牧野が結婚したのかって
 許さねーって、そればっかだし・・・」

「そこでタマさんにお願いっていうのは
 犯罪者にさせない為にも
 司のパスポートを取り上げてほしいんだよ」
「そんなことなら容易いことだが
 大丈夫なのかい?
 道明寺の名を使ってまでも
 坊ちゃんは行くと思うがね」

「テロが起きる前だったら
 道明寺でパスだっただろうが
 今は無理だろ」
「あのニューヨークテロ事件以来
 入国も出国も厳重になってっからありえねーよ
 たとえ世界に名の通った道明寺であってもよ」

「そうなのかい
 それじゃパスポートは貴重ってことだね
 その件はきっちりタマが責任を持って
 任務に当たらせてもらうよ、安心しな」
「任務って、・・・タマさん、やけに気合入ってんじゃん」
「当然だろ
 つくしの身に何かあってからでは遅いからね
 やっと幸せを掴んでこれからって時に
 坊ちゃんにめちゃくちゃにされたもんじゃ
 つくしも花沢の坊ちゃんも、いい迷惑ってもんだろ」
「俺らも心配なんだよ」


    *****

「これからの坊ちゃんは
 ますますつらい立場になるだろうが
 目を背けることなく、しっかり受け止めるんだよ
 空白の時間と今の現実を、・・・そして真実を」

タマは司がこれから直面するであろう苦悩の日々に不安を抱きながらも乗り越えてくれることを信じ、パスポートに貼ってある彼の写真に向かい押し寄せる不安を押し殺してしっかりとした口調で語りかけた。


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