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2009年6月21日 (日)

オーブ光の天使 第28話


第28話


司は何か得体の知れないモヤモヤを吹っ切ることができずにいたが、目が回るほど仕事が忙しくなかなかじっくりと考えを巡らすこともできないでいた。
記憶の奥深くに仕舞い込まれて鍵がかけられたあの日以降の出来事は容易なことでは解放することはないようである。

「牧野の身体を力ずくで奪ったって
 この俺がか?・・・まさか
 ・・・あり得ねえ」
同道めぐりの思案はいつも仕事の話でかき消されてしまうのだった。

楓の病状も好転せずすっかり会社の顔となってあれこれと走り回る毎日は司にとっては苦痛以外の何物でもないのだが、今はそんなことを言ってられない状況であり、ここを通り過ぎるまでの辛抱と考え仕事に励むのだった。


   *****


衝撃の事実を類の温かい優しさというオブラートに包まれて受け止めたつくしは、幸せに暮らしているように見えた。しかし、心の中にある暗い部分は拡大することはあっても縮小することはなかった。
ただ、類の思いやりとお腹の子のおかげでなんとか今自分が幸せであると実感できることの方がそれを上回り、表面上は幸福感に満たされたような笑顔でいられるだけなのである。

「つくし、もうすぐクリスマスだね」
「そうだね、その後すぐに・・・」
「分かってるよ
 つくしの誕生日でしょう」

「今年のプレゼントは
 2人分でお願いします」
「・・・えっ?・・・そうきたか」
「アハハハ・・・、冗談だから」

「でも生まれてくる子供は俺らにとって
 大事な大切な宝物でもあるんだから
 そして産んでくれるのはつくしだから
 俺が何かしてあげるのは吝かでないし」
「ありがとう
 でも類のその気持ちだけでいいよ」
つくしは嬉しかった。類は何も変わらないいつもの類だし、零れんばかりの愛情を降りそそいでくれている、今は2人に。

「だいぶ大きくなってきたね」
つくしの後ろから回してお腹の上に来た時、手の平に動く感触があった。その瞬間、類の手が離れ2人は顔を見合わせた。
「赤ちゃんも嬉しそうだね」
「嫉妬したのかもよ」
「じゃあ、類が望む、男の子かもね」


   *****


1月


新しい年が明けて清々しい空気を肌に感じながら2人は初詣に来ていた。
類はつくしの身体を気遣いながらも、父親になるという責任に気持ちを新たにするのだった。

お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、手を叩き、手を合わせ、そして願い事をする。
類の願いはただ一つ。

――今年も幸せな1年でありますように

月並みな願い事だが、類にとってそれ以外に何も必要はなかった。
目を開けて隣を見るとつくしはまだ何かをお願いしていた。

ちょっとして目を開けたつくしの手を引いて歩き出すと、類は悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女に訊いた。
「ずいぶんたくさん
 お願いしていたみたいだね」
「ふふふ・・・、いーっぱいお願いしちゃった」
笑顔のつくしは朝日に照らされて輝いていた。
そんな些細なことでも、今の類にとってかけがえのない幸福のひと時。

「あっ!類、おみくじ引こうよ」
「おみくじ?・・・そうだね」
嬉しそうにおみくじに手を伸ばすつくしを横目に、類もおみくじを引く。

「何が出るかな?
 やったー、あたしのは大吉だよ、類は?」
「俺のは・・・」
おみくじを開こうとした時、類の携帯電話が鳴った。

「誰だろう新年早々に
 つくし、ちょっと待ってて」
学生の頃ならこういった電話は無視していたが、社会人になってからは渋々ではあったが電話に出るようになった。
非通知の表示に不審を抱きながらも指は何故か無視することができずに通話ボタンを押していた。


「もしもし?」
『荒岡です』
その名前と声に類に緊張が走った。

『こんな時に電話して申し訳ありません
 でもどうしても類様に
 お話しておかなければならないことがあります』
「・・・はなし?」

荒岡といえば表向きはつくしのSPだったが、その実、楓の息のかかったスパイであり、密かにつくしに対して思いを寄せていたことを類は知っていた。

SPは任務に身命を尽くし誠実に行動し、信頼をもって団結と安全を確保しなければならない。また、警護する人に対して特別な感情を抱いたり、自身の感情を見せてはならない規則だ。
しかし、荒岡はSPとして優秀でありながら楓を欺き、そして薫と類をも欺いた。全ての発端はつくしに出会ったことが彼にとって誤算だったのだ。それは楓にも同じことが言えた。

『直接お会いして話したかったのですが
 類様とつくし様の周りには
 SPが何人もいるようですので』
「近くにいるの?」
『周りを見ないで下さい
 私は追われる身ですので近づけません
 手短に話しますので黙って聞いて下さい』
「分かった」
嬉しそうにおみくじの文字に集中しているつくしを横目に、類は電話に集中した。

『実は、楓様は司様がまだつくし様に
 未練を持っていることが
 よほどお気に召さないらしく
 その関係を完全に立ち切るべく
 何やら不穏な動きを見せているのです
 ですから十分に注意して頂きたいのです
 楓様の逆鱗に触れた者は
 何をされるか分かりません
 私のように追われ続けるのは
 まだいい方かもしれません
 ・・・へたをすると・・・
 楓様は恐ろしい方です』
類の脳裏には楓がつくしの家族を死に至らしめた事が浮かんだ。

『とにかく十分過ぎるくらいに
 注意をして下さい
 どうしてもそれだけは伝えたかったのです
 ではこれで失礼します
 もうお会いする事も
 お話することもありませんが
 ・・・お幸せに』
そう言い残して電話は切れ、境内のざわめきが戻ってきた。
いつの間にか汗ばんだ手の中のおみくじを開いて見ると〝凶〟の文字が浮かんでいた。

「類ってば!どうなの、何て出た?」
「あっ、うん。俺のは吉だったよ」
類はそう言ってその場を笑顔で取り繕うと、後ろ手におみくじを丸めて足元に捨てた。

「見せて、そのおみくじ」
「さっきの風で飛ばされちゃったよ」
「うそ、風なんか吹いてないじゃない
 分かった、自分のが大吉より下だったから
 悔しくてそんなこと言ってるんでしょう」
「そんなことないよ、ほら風が・・・」
そう言って見上げた空からは細かな雪が穏やかな風に乗って舞い落ちてきた。


「「ハッピーニューイヤー」」
自宅に帰って来た2人は部屋でまったりと寛いでいると、声を揃えて脳天気な挨拶をかまして総二郎とあきらが入って来た。類はムスッとした顔で彼らを睨みつけた。

「あれ?なんか類くん機嫌わりぃみたいだぞ」
「ホント、むっつりスケベ・・・じゃなかった
 むっつりしてんぞ」
「まっ、まさか!
 2人でほにゃららしてたんじゃねぇだろうな」
「なんだよ、ほにゃららって」
「類くん、お兄さんが教えてあげよう
 それは〝姫初め〟と言って
 本来、1月2日に行う
 夫婦の営みのことなんだよ」

さすが彼らは物知りだと関心していたつくしだったが、その意味が解ると顔を赤くして反撃に転じた。
「そっ、そんなことしていませんから!
 それにこのお腹を見てよ
 こんなお腹で
 そんなことできる訳ないでしょ!」
「つくし君、今度は私が教えてあげよう
 そういう場合の体位は・・・」
「もういい、総二郎もあきらも
 他に用がないんだったら帰ってよ」

「そうだ
 どっか遊びにいかねぇかと思って
 誘いに来たんだった」
「イヤだ」
「せっかく来てやったのに
 即答はねぇだろ」
「何でだよ?」
「餅食べたいから」
「はぁ~っ?・・・モチ?」

あきらと総二郎は顔を見合わせ、一瞬間をおいて吹き出した。
「あはははっ・・・。類らしいな、モチって」
「ホント、類らしいわ」
「あたしもモチ食べたいと思ってた」
「しゃあねーな
 じゃあ俺らも付き合ってやるか
 俺は磯辺巻きで頼むぜ」
「俺はチーズ、特上のやつでな」
うるさい彼らの注文につくしは注文を呪文のように繰り返して厨房へと向かった。

つくしが部屋を出て行ったのを見届けた総二郎とあきらは深々と座っていたソファから身を乗り出し小声で話し始める。
「類、司のお袋さんなんだけど
 どうやらこの正月は
 病院のベッドで過ごすことになるらしいぞ」
「会社の方は司やその取り巻きが
 何とか切り盛りしているらしいけど
 あのお袋さんが仕切ってない道明寺財閥は
 危ないって業界は見てるぜ
 株価も徐々に下がってきてるし・・・」
「もちって、美味しいよね」
荒岡からの電話があってからそう時間が経っていないというのに楓の話題が出たことに、嫌悪感から類は話題をそらした。

「・・・ああ?・・・ああ、美味いよ、だから?」
「早く食べたいな」
「お前、人の話聞いてんのか?」
「聞いてるよ」
「ホントかよ
 類のためにせっかく俺らが
 集めた情報を持って来てやったのに
 つれない奴だなぁ」
「そうだぜ
 類が気にしているだろうと思えばこそ
 こうして正月から来たってぇのによ」

「総二郎もあきらも
 正月でヒマを持て余してるだけでしょ」
「うっ、そんなこと・・・まぁそうだけど
 デートの予定は、ないな」
「来てやっただけでも
 あり難いと思ってくれなきゃ」
「はいはい」
類はありがた迷惑の彼らに愛想を尽かしていた。また総二郎とあきらも話に乗ってこない類に呆れ果てた顔をしていた。

居心地が悪くなった彼らは退散しようかと顔を見合わせた。そこへちょうどつくしが焼けたモチを持って参上し、それを頂くことにした。
こうしてモチを堪能した彼らはつれない態度の類をよそに、つくしと3人で暫く談笑して満足そうな顔で帰って行った。


部屋に静けさが戻って来ると、類の頭の中で〝不安〟の二文字がグルグルと回り始めた。
「類、何かあったの?難しい顔しちゃって」
つくしは一様に口を閉ざし固い表情をしている類が気になった。

「ん?いや何もないよ、それよりつくし
 買い物とかで外に出る時は注意してね」
「・・・えっ?あっ、うん、注意してるよ
 ほら靴だってぺったんこのズックだし」
「そうだったね
 でもなるべく外には出ないようにしてよ
 ひとりの時に何かあったら心配だし
 誰かを使いに出すとか
 俺がいる時はなんでもしてあげるから」
「分かった
 類がそう言うんだったらそうする」

類は〝司の母親が狙っているから〟とは口が裂けても言えなかった。


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