オーブ光の天使 第27話
第27話
落ち葉を巻き上げる風は冷たく冬の訪れを実感させる屋外とは打って変わり、空調の利いた部屋は暖かくつくしに寄り添うように座る類の体からも暖かさが伝わってくる。
「ねぇ類、どうするの?」
「どうするって、何が?」
「一緒に報告しに行くって言ってたでしょ」
「・・・あっ!ゴメン、そうだったね」
類は牧野家のお墓参りに行く約束をしていたことをすっかり忘れていた。
「もうー、類ったら・・・
そもそも、類から言ったことじゃない」
つくしは拗ねた素振りで類から離れてそっぽを向いた。
今まで密着していた体は片側の暖かさを失い、類はつくしに対する後ろめたさも手伝ってか、彼女との間に冷たい風が吹き抜けたような感覚に襲われた。
いつもスキンシップを大事にしている2人は、こうして少しでもお互いの距離が開くことに違和感を覚える。
「ゴメン
子供のことを報告しに行くんだったね」
「そうだよ」
類はつくしの家族を死に至らしめた首謀者が誰であるかを知っているが為に、家族のお墓の前に立つことを躊躇っていた。
――いつか話さなければならない時がくる
でも、その時まで真実はまだ・・・
出掛ける準備をするつくしを目で追いながら、類は自分の心にくさびを打った。
*****
楓はついに自分が冒されている病名を知った。
楓にとってはほんの些細な事柄でも重大な隠し事でも、疑問に思ったことに対して答えを導き出す楓の力を持ってすればたやすいこと。その気になればどんな秘め事も簡単に暴露してしまう。
しかし、そうして知り得たこの病気を治癒することはいかに楓の力をもってしても無理であり、運を天に任せるより他にないのだった。
〝臓器移植〟これしか生き延びる方法がない。
楓の体に適合する〝臓器〟が必要な時に必要な場所になければオペは出来ないし、それを待っているのは楓1人ではない。楓は皮肉にも自らの身をもって〝人の命は金には代えられない〟ことを思い知らされることとなったのだ。
12月
年末の行事に四方八方と顔を出さなければならない類は忙しいながらも充実した日々を過ごしていた。人生の糧となるつくしがいて、また彼女のお腹が大きくなっていくにつれて父親になる責任をひしひしと感じ、おぼろげだった温かい家庭像が日を増すごとに現実味を帯びてくる。
「夫婦同伴か・・・
よしッ!この日に作戦決行だ」
司は類の行動予定に眼を光らせていた。
司は何度かつくしに会いたい一心で花沢邸に押しかけてみたが、その都度SPによって阻止され続け未だ彼女の顔さえも見ることができずにいた。
*****
「つくし、無理しなくても良いよ
何とかなるから」
「ありがとう。でも大丈夫!ぜーんぜん平気
それにたまには外に出ないと・・・
先生も適度な運動をしなさいって言ってたし」
「うーん、分かった
でも本当に無理しないでね
いつでも動けるように
運転手にも言っておくから」
夫婦で招待された今日のパーティーは、薫の親友からの招待でどうしても出席しなければならないものだった。
身重のつくしにいらぬ気遣いをさせることや体力の消耗を考えると連れて行くのが心配だったが、つくし本人がすっかりその気になっているのでやむを得ず連れて行くことなった。
パーティーが始まり偉そうな人たちが次々と壇上で眠りを誘うありがたい話が出尽くすと、フロアは一転して様々な思惑が飛び交う名刺交換会と化した。
某有名ホテルで催されたその華やかなパーティーが宴もたけなわの頃、ボーイが類とつくしの元へと歩み寄り何か話したかと思うと会場脇の別室へと案内する。
「こういうのって苦手なんだよな
議員だとか代議士だとか
そういう人と会うのって」
「類の気持ちは分かるけど避けて通れないし
仕事だと割り切るしかないね
あとは、慣れ?」
「こんなの慣れたくない」
「ふふふっ・・・
類の、その不機嫌な顔
大人になっても変らないんだから」
「イヤなのはイヤなの
それより、つくし体は大丈夫?」
「うん、なんともないよ
妊婦だからかえって周りの人の方が
気遣ってくれてるみたいで・・・」
「そう」
「あっ、そうだ
話が長引きそうになったら
あたし、具合悪そうにしようか?
そうしたら長居しなくても済むんじゃない」
「ぷっ!それイイかも」
2人は連れ立って案内されたその部屋へと入って行った。
「牧野、・・・会いたかった」
そこにいたのは司だった。一緒に入って来た類には眼もくれずにそう呟いた。
目を丸くして立ち尽くしている類の体の後ろにつくしは半分隠れて体を固くした。
「牧野、なんで俺に会いに来てくれねえんだ」
7年ぶりに見たつくしの顔は間違いなく彼女なのだが、記憶の中のつくしとはどこか雰囲気が違っていて一瞬戸惑ってしまうほど大人びていた。そして改めてよく見ると体型が、特にお腹の辺りが大きく変っていることに気付く。
「牧野ッ!い、いや類ッ!
てめぇ牧野に何しやがったッ!?」
「何って、・・・なに?」
「牧野の、は・・・腹がどうかなってるぞ」
「ああ、子供のこと?」
「んがっ!こっ、子供だとぉ!」
「そうだよ、俺たちの子供」
この言葉を聞いた途端、司の目がつり上がり額に青筋が浮き出た。そして間髪入れず類の顔面めがけパンチが繰り出されたが、彼はつくしをかばいながらサラリと払い除けた。
「司がつくしのことをどう思おうが構わないけど
現実を把握したらどう?
俺とつくしは夫婦で
子供もできて幸せだっていうことを」
司はさらに顔を真っ赤にして食って掛かる。
「許せねぇ!!ぜってー許さねー!
牧野、お前もだッ!
俺というものがありながら
どうして類なんかになびきやがったッ!」
「なびくもなにもない
すべて司が、いや道明寺家のせいだろッ!」
つくしは2人の言い合いを怯えながら聞いていたが、類の普段は見ることのない迫力と頼もしさに心が落ち着き始めていた。が、しかしそれは束の間の安心感だった。
「とにかくお前らを
このままにはしねぇからな
痛い目に遭わせてやる
牧野ん家みてぇに
突然の不幸が訪れるかもよ
せいぜい気ぃつけるんだなッ!」
つくしに会いたい一心でこの日を待っていた。〝牧野、・・・会いたかった〟第一声がそうだったように司は純粋に会いたかっただけなのだ。けれども現実は自分が思い描いていた再会とは大きく違っていた。
事故の件は言うつもりはなかった。つくしを苦しめるばかりか自身の立場をも苦しめることになるのに、感情が先走った司の暴走は止まらなかった。
「ちょ、ちょっと何今の
突然の不幸って?」
「なんだ牧野?
お前、類から聞いてねぇのか?」
「・・・えっ?」
「じゃあ、俺が教えてやるぜ
牧野、お前んとこの・・・」
まさかここで司が話すとは思っていなかった類は不意をつかれて慌てた。
「やめろッ!司ッ!」
「るせー!類は黙ってろッ!」
「司、お前はどこまでつくしを・・・」
激しい憤りが類の身体を揺さぶり、その拳は怒りに震える。ただその表情はつくしのことを考慮しているせいか怒りを押さえこんだ苦渋の表情だった。
心の中で葛藤する類には目もくれず司の口は止まらない。
「いいか牧野
お前ん家の家族の事故はな
偶然じゃねえんだぜ」
「やめろーッ!言うなぁーッ!」
類のありったけの叫びも虚しくついに事故の真相がつくしの耳に届いてしまった。
「あれはお袋の仕組んだ事故って訳よ」
「・・・ぅそ・・・」
今でもはっきりと思い浮かべることができる霊安室で対面した家族。事故の凄まじさがひしひし感じられる傷や打撲の痕は目に焼きついている。孤独に震えたあの日を忘れることはない。
――あの人が、・・・仕組んだ?
つくしは司の衝撃的な言葉にその場に力なく座り込んだ。
「つかさ・・・」
事故の事は一生隠し通せるとは思ってはいない。それでも司が口を噤んでくれたらと淡い期待をした自分の愚かさを恨んだ。何年経ってもどこまでもつくしを傷つけ苦しめる司が憎くてたまらない。
つくしはブツブツと何か唱えたかと思うと目にいっぱいの涙をためて立ち上がり、その場を逃げるようにして走り去った。
「つくしッ!!」
類は開け放たれたドアの向こうにつくしを追いかけたい気持ちを一瞬抑え、振向きざまに司を渾身の力を込めて殴った。司は殴られた反動で部屋のテーブルに勢いよく頭を打ち付け、悶絶して床にうずくまった。
「司ッ!お前は
つくしをどこまで傷つければ気がすむんだ
あの日、つくしの家族の命を奪い
つくしの体も無理やり力ずくで奪い
あの日を境にお前とは縁が切れたんだ
もう俺たちに構わないでくれッ!」
そう言い残すと類はつくしを追い掛けて走り去った。
「なっ、俺が・・・牧野の体を奪ったって?
何言ってんだ、意味わかんねぇ
・・・・・・あの日って、・・・あの事故の日か?
・・・わかんねぇ、思い出せねぇ、・・・頭いてー」
司はぶつけた頭の痛みと途切れた記憶のもどかしさに暫くの間、悶々と苦しんでいた。
「やっぱりここだったんだね
・・・つくし、こんなことになってゴメン
家族のことも黙ってて・・・」
「ううん、いいの
分かってる、類の優しさも・・・
私には類しかいない、・・・類しか・・・」
「俺もだよ、つくし」
孤独は人の人生をも変えてしまう、そんな過去もあった。
今は全てを分かち合える愛する人が傍にいるのだと、2人は牧野家のお墓の前で確認したのだった。
*****
冬の訪れを告げる雪が舞い落ちてきた。そんな光景を病院の窓越しに見つめていた楓は、季節の変化を肌で感じることも出来ない今の自分に虚しさを感じずにはいられなかった。
先の見えない快復への道のり、付きまとう死への恐怖。
――今までの私は何をして来たのだろう?
仕事一筋で我武者羅に働き
順調に業績を伸ばして来たというのに
楓は今まで歩んで来た道のりを振り返った。
――司と・・・、牧野つくし
・・・そう、あの子のおかげで
司も私も教えられた、救われた
それなのに・・・
「奥様、どうかなさいましたか?」
「あぁ、タマさん」
「さっきから何度もお呼びしたんですが」
「・・・そう、ごめんなさい気付かなくて
それで何か用?」
「西田からの書類を預かっておりましたので」
タマは一通の封筒を差し出した。
「私は用事をたして来ますので
何かありましたらすぐ呼んでくださいまし」
タマは西田から受け取ったもう一通の書類を抱えて病室を出で行った。
楓は受け取った封筒を開けて書類を取り出すと目を通し始める。すると楓の顔色はみるみる内に紅潮し、出て行ったばかりのタマを呼び戻した。
「タマさん!大至急西田を呼んで!」
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