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2009年6月15日 (月)

オーブ光の天使 第26話


第26話


英徳大学付属病院の特別室のベッドで楓は眠っていた。
自宅で倒れてここに担ぎ込まれた楓は処置を受けてからまだ一度も目を覚ましてはいない。タマはそんな楓が心配で付き添いとして泊まり込んでいた。

「タマ、何か変わったことはなかったか?」
もう少しで日付が替わろうかという時間に司は現れた。
以前の司は楓と顔を合わす度に表情が険しくなりいつも喧嘩越しになっていたが、今は親を心配する気遣いが窺われる。
どんなに嫌う親でも病床に臥せるその姿に少なからず胸は痛む。元気なときには微塵にも思わなかった親と子の絆とは、このような事態になって初めて気づくもの。
普段元気な姿でいるからこそ素直に互いを思う気持ちは心の奥底に封じ込められ、不器用にいがみ合い悪態をつくのだ。

「何も・・・
 一体いつになったら目を覚ますものやら」
「ただの過労で
 こんなにも眠り続けるなんて
 聞いたことねぇぞ」
「坊ちゃんだって
 会社の手伝いをしてみて分かるでしょうに
 どれだけ体と心に
 負担をかける仕事をこなしているか」
「・・・確かに・・・、でもよ・・・」
司は西田と共に慣れない会社運営の手伝いへと駆り出され、馬車馬のように働かされていた。毎日くたくたになってベッドに転がり、目を閉じて数秒で眠りについてしまうほど心身の疲労は激しかった。

「何か変化があったら連絡しますから
 坊ちゃんは帰って
 おやすみになってくださいまし」
「・・・ああ、そうするよ
 タマもいい年なんだからほどほどにしろよ」
「坊ちゃん、いい年は一言多いですぞ」
「うっ!・・・じゃあ、タマあとは頼んだぞ」

楓の病名を知っている者はタマを含め身近なごく僅かの人間だけで、世間的には闇に封じ込まれていた。この事がもし世間に知れたとき道明寺グループは勿論、関連する企業や財界に与える影響は計り知れない。


    *****


「類、あたし・・・
 もしかして、・・・妊娠してる?」
「ぷっ!なに、今気がついたの?
 俺はとっくに気づいてたよ」
「知ってたのになんで教えてくれなかったのよ」
「だって、俺の体じゃないし
 それに病院で診てもらった訳でもないし・・・
 でも、俺には分かってた
 だって俺たちの子供だから」

「あたしったら・・・、恥ずかしい」
「おめでとう、つくし」
「まだ決まった訳じゃぁないし」
「いや、間違いない」
なんとも奇妙な会話である。それでも2人は至って真剣なのだ。

つくしは気分が悪くなったり悪阻といった自覚できる症状は何もなく、また確証もなかった。それでも類は絶対に妊娠していると確信していた。そう思うのも策士な彼だからこそなのか、それとも第六感の働きなのか。


数日後、つくしは類に連れられて病院に来た。
妊娠は間違いないと確信していてもやはり検査の結果が出るまでは不安が残る。

「順調ですね、3ヶ月です」
この言葉に一瞬体の力が抜けてしまったものの、すぐに自分たちが親となるという責任の重さに身が引き締まる思いであった。

「よう!類じゃないか、牧野も一緒か」
声をかけてきたのは総二郎だった。
「意外なとこであったな
 ・・・類、どうしてた?」
「うん、元気してた
 そういう総二郎はどうなの?
 なんで病院なんかに・・・」
「・・・ん?そうか
 類はまだ司の母ちゃんのこと聞いてねぇんだ」

「司の・・・、お袋さんがどうかしたの?」
「過労で倒れたらしい、ここに入院してんだよ」
「そうだったんだ、・・・俺、何も知らなくて」
「いいんだ、お前たちは、・・・気にすんな
 司の件もあるし」
「それで道明寺のお母さんの具合はどうなの?」
「過労だって聞いたからたいしたことないと思うけど
 ・・・ただ、倒れてから
 まだ一度も目を覚ましてないっていうのがな
 ・・・って、お前たちこそ何しにここへ?」
「実は----------」


    *****


「ちょっと行ってくるね」
「うん、気を付けてね、つくし」
つくしは滋と桜子に誘われて外でランチをすることになっていた。たまにはそういう気分転換も良いだろうと類は快く彼女を送り出したのだった。

角田からの内線電話が鳴ったのはそれから10分も経たないうちだった。
「類様、お客様が・・・
 道明寺様がいらしてますが
 どうなさいますか?」
類は来るべき時が来たのだという心境で司を客間に通すように命じた。


類が客間の戸を静かに開けて中に入ると、そこには司が立ったまま鋭い視線をこちらに向けていた。
「類ッ!てめぇよくも俺の牧野を
 ひでぇ奴だなッ!
 お前は俺が牧野にどれだけ惚れてたか
 知ってたはずだろうがッ!」
開口一番、司は怒鳴り声で類を出迎えた。

「ったく、お前って奴は、見損なったぜッ!
 人の弱みに付け込みやがって
 ざけんじゃねぇ!」
「・・・・・・。」
「おいッ!聞いてんのか、てめぇ」
「聞いてるよ。・・・じゃあ言わせてもらうけど
 司のした事は許されて
 俺のした事が許されないのはどう言う訳?」
「俺が何をしようがお前には関係ねーだろうが」
眉間にしわを寄せ、座った目の奥底からメラメラと炎が噴出さんばかりの様相で、類の頭のてっぺんからつま先まで何度も視線を移動する。

「司に文句を言われる筋合いはないよ
 たとえあったとしても
 司がつくしにしたことに比べたら・・・」
類は自分でも意外なほど冷静だった。

いつもと変わらない類の態度と言葉に司のイライラが爆発する。
「ちょっと待てッ!
 さっきから訳のわかんねぇ事言いやがって
 いったい俺が牧野に何したってんだッ!?」
「司はつくしを憎んでいたから
 あんな事したんだろッ!」
つくしの体を無理やり奪ったあの日の事を鮮明に思い出して、類らしくない声を張り上げた。

類が声を張り上げて怒鳴ったことに司は一瞬怯んだが、その事に関して何も憶えていない彼は次の言葉の攻撃を繰り出した。
「類ッ!てめえ
 さっきからつくし、つくしって
 馴れ馴れしいんだよッ!」
「何言ってんの?
 つくしは今
 花沢つくしなんだから当然でしょう」

「あったま来たー!
 だ、か、ら
 なんでそうなったって言ってんだよッ!」
「憶えてないの?
 あの日、つくしの父さんや母さん、進くんが
 事故で亡くなったあの日
 追い討ちをかけるようにつくしにした仕打ちを」
「・・・事故?」
司の頭は混乱してきた。
自分の記憶に無い事が類の口から語られる度に深みにはまっていくのだった。

「牧野に?・・・仕打ち?なんだ、何のことだ?」
「司、記憶が戻ったんじゃぁなかったの?」
類も半信半疑で司に訊いてみた。
「うるせぇっ!・・・何がなんだか・・・
 と、とにかく類ッ!
 おめぇだけはぜってー許さねえからなッ!」
「許してもらおうなんて思ってないよ
 許さなくて良いから
 つくしのことは忘れてくれ
 もうこれ以上
 つくしを追い詰めるのは止めてくれない」

司にとってつくしは今でも最愛の女、そのつくしを奪った憎らしい類にはらわたが煮え繰り返る。

「もう二度とつくしの前に姿を見せないで」
冷たく言い放った類の言葉に不覚にも寒気を覚えた司は思い掛けない捨て台詞を残して部屋を出て行った。


辺りに静けさが戻って来た。
類は司が最後に残して言った言葉が気になってその場をから動くことができなかった。

「ふん!あの事故は偶然じゃないんだぜ
 お袋が仕組んだ事故さ
 お前もせいぜい気をつけるんだな」
司は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

楓がつくしの家族の命を意図的に奪ったとことに類は愕然とした。
「どうしてつくしの家族を
 ・・・どうして・・・何でそんなことを・・・」

――それほどまでして
   つくしを苦しめる理由って一体・・・

つくしがそこまで追い込まれる理由などあるはずもない。ただ好きになったのが道明寺家の司だというだけであり、その母親である楓にも認められていたのにも関わらず、わずかな鍵のかけ違いが誤解を生み全てが悪いほうへ転がっていったのだった。


「牧野に何を・・・
 俺は一体何をしたってんだ?」
司も帰りの車の中で心当たりのない類の発言に頭を悩ませていた。


   *****


秋風と共に落ちてきた冷たい雫が病室の窓を叩く雨模様の寒い日だった。
それは突然の出来事であり誰もその瞬間を見ていなかったが、楓は目を覚ましていた。まだ朦朧とした頭を持ち上げ辺りを見回すと、椅子に座ったまま軽く寝息を立てて寝ているタマがいた。

「タマ、・・・タマ」
ハッとして飛び起きたタマはシャキッと腰を伸ばし、目を丸くして楓を見つめたまま固まっていたが、やっとのことで声を発した。
「お、奥様、気がつかれましたか」

「タマ、今日は何日?
 ここは何処?なぜ私はここに?」
矢継ぎ早に質問を浴びせる楓にタマはゆっくりと今までの経緯を説明した。

「そう、そうだったの、・・・分かったわ
 それでは今すぐにでも
 仕事に戻らなければ・・・」
「奥様、無理をしてはなりません
 まだまだ休養が必要です
 先生の言うことを聞いて
 今しばらく我慢なさいませ」
楓はタマの発言を無視してベッドから降り、ふらつく足取りでなんとかクローゼットにたどり着くと身支度を整えようとした。タマは呆れた表情をしてそれを阻止し楓をベッドに戻るよう促した。

老体のタマにさえ力負けしてベッドに押し戻される自分がもどかしく情けない。1秒でも惜しい楓はその行為に憤る。
「たかが過労ぐらいで
 休んでばかりはいられないわ
 私にはやらなければならないことが
 山ほどあるのよ
 私の手で会社を立て直さなければ・・・」

「いけません、奥様
 今は大事なときですので
 タマの言うことを聞いて下さい」
「タマ、道明寺家に仕える人間なら
 分かるはずでしょ
 今、会社がどういう状況に置かれているかぐらい
 私が説明するまでもないわよね」
「それは十分承知しております
 ですが、今はまだ
 仕事に戻ることはこのタマが許しません」

あまりにも頑固に仕事復帰を阻むタマの態度に楓は不審を抱き始める。
「私が仕事をしたら
 何か不都合なことでもあるのかしら?」

楓の突っ込みにタマは表情こそ変えなかったが内心は穏やかではなかった。勘の鋭い楓のこと、事実を知られるのは時間の問題だと感じていた。
「今、奥様が仕事に復帰することは
 得策ではありません
 坊ちゃんの成長のためにも
 今は我慢して見守るのが一番良いと思いますが」
「あなた、何を言ってるの
 私がいなければ会社はボロボロになってしまうわ」
「いいえ、奥様
 坊ちゃんはもう前の坊ちゃんとは違います
 安心して任せたほうがよろしゅう御座います」

「タマ、・・・あなた何か私に隠していない?」
「いいえ、奥様
 私はただ奥様と坊ちゃんのことを思えばこそ
 このように申し上げるので御座います
 いずれ坊ちゃんは
 会社のトップとして働くのが運命です
 この苦しい状況を打破できてこそ
 道明寺家、道明寺グループの未来は
 安泰となるのです」

「・・・・・・。」
楓は沈黙の人となり、重苦しい空気が漂い始めた。
タマの迫力に押されたのと、それ以上に激しい頭痛と肩や関節の痛みが楓の反撃の言葉を奪ったのであった。

――この痛みが過労のせいだというの?


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