オーブ光の天使 第23話
第23話
「聞く一方で俺らの質問になんも答えねぇ司をどう思う?」
「変だよな、牧野のことばっかり訊いてきたりしてよ」
「ああ、なんか司が牧野のことを気にするって言うか
心配してるって言うか・・・」
「今更冗談じゃねぇって感じだぜ
牧野を散々苦しめておきながら・・・
言っとくけど、俺は司を許したわけじゃないからな」
「俺だってそうさ」
彼らはつくしに惹かれていただけに司の発する〝牧野〟という言葉に神経が逆なでされる思いだった。
病室の前まで来た彼らは同時に深い溜息をついてドアをノックする。
「司、入るぞ」
「よう、今日は一緒か」
「ああ、入り口でバッタリ遇ったんだ」
「ちょうど良かった
お前らに聞きてえことがあったんだ」
「なんだよ聞きたいことって」
「牧野が見舞いに来ねぇし連絡もねぇんだ
それに類にも会ってねーし
俺がこんな目に遭ったってえのによ」
総二郎とあきらは顔を見合わせた。
あんなに嫌がっていたはずのつくしに会いたがっている。しかし、どうして会いたいのか疑問だった。そこで彼らが導き出した答えは、ただ一つ。
「司、お前何か思い出したのか?」
「何かって何が?・・・思い出すってなんだよ」
彼らは司の記憶を探ってみた。
司の失くした過去をさかのぼって行くと、どうやらつくしとの楽しかった思い出や、辛く当たった時期の事などの記憶を取り戻しているようだった。
「記憶が無いとはいえ
俺は牧野に酷い仕打ちをしちまって・・・
だから、牧野に会って謝んなきゃなんねえ
類にも、・・・そうだ、類は?類を呼んでくれ」
司の記憶は戻っていた。
いやもっと正確に言えば、あの日を境にそこまでの記憶は戻っていたがその先の記憶を失っていた。
今の司の心には愛しいつくしがいる。喧嘩もしたし、憎らしく思った時もあったが、自分にとって大切な人で大切な存在のままだ。
「すぐには来られないぜ、忙しいみたいだし
それに今はフランスにいる、牧野と一緒にな」
「・・・ああ?・・・牧野が・・・フランス?
・・・類と一緒だとぉーッ!」
「司、どうした、忘れたのか?
お前から逃れるようにフランスに行ったことを」
「結婚したことは覚えてんだろ」
「なぜだ?・・・俺から逃れるってどう言う事だッ!
何があったんだ、ううっ・・・頭いてー
どうなってんだッ!
ううっ・・・、牧野・・・ううっ・・・」
「おい!司」
「ま・・・きの、・・・なんで類と・・・うおおーッ!
許せねー、牧野も類も、ぜってー許さねー!
ううっ・・・、ま・・・きの・・・うおおーッ!」
司は吼えながら辺り構わずぶち壊し始め、ありとあらゆる手に触れるものはその原型をとどめぬぐらいに破壊していった。こうなった司はもう誰も止められない、彼らでさえぶち切れた彼はあまりに狂暴で近づくことさえできない。ただ黙って見ているしかなかった。
「牧野と類が結婚だとぉ?・・・冗談じゃねえ!」
血走った目の先はどこか遠くに飛んだ異常者のようで、額には青筋を立て口の中からは歯がギリギリと音を立てているのが聞こえてくる。
司は覚えていない、つくしの感情を無視して体を奪ったあの日以降の事を。
「なんで、なんで類なんかと結婚しちまったんだぁー!」
そう叫んで司は物が散乱したベッドに頭を抱えながら仰向けに倒れこんだ。
暫くの間、司は大きく肩で息をしていたが、呼吸が整ってきたのと入れ替わるように寝息となっていた。
「おい、司寝ちまったぞ」
「おう、たぶんまだ鎮痛剤が効いてるんだろう」
「部屋、メチャクチャになっちまったな」
「でもまいったな、手がつけらんねえ」
「司が目を覚ます度にこんな大騒ぎになんのかよ」
「ここに類と牧野がいたら、・・・殺されるな」
「ああ、間違いなくそうだろうよ」
大怪我を負いながらもあんなに暴れまくり、もし類とつくしがこの場にいたらと想像したあきらは背筋がゾッとする。総二郎も同じような状況を想像していたのか、蒼ざめた顔をしていた。
「どうする?牧野と類に一応知らせておくか?」
「牧野はともかく、類だけには知らせておこう
俺が連絡しとくわ」
「しっかしよー、今頃になって記憶が戻るんだったら
全部戻れっつーんだよ」
司は何事もなかったかのように深い眠りに就いている。
彼らは先の見えない洞窟に迷い込んだような気分に捕らわれていた。
*****
つくしは俯き類の手を握り締めながら聞いていた。
凄みのある顔付きで睨む司が脳裏に浮かび、つくしに辛い出来事があった過去へと一瞬にして連れ戻される。不安感を少しでも和らげようと無意識に類の手をいつまでも握っていた。
あの日から5年の歳月が流れやっと心の調和がとれ、類との新たな人生をスタートさせてこれから幸せな時間を過ごそうとしている時に、突然舞い込んだ不幸事のようにつくしの心に重く圧し掛かろうとしていた。
類の手がピクッと動いたかと思うとつくしの手を握り返した。
「つくし、何があっても俺はつくしを守る
守りきってみせる、だから安心して俺について来て」
そう言って類はつくしを抱き締めた。気のせいか彼女の体温がいつもより低いような気がした。
「俺たちにとって過去の事などもうどうでもいいんだ
今、この幸せだけが真実と受け止めて
未来に繋げていけばいい」
類はつくしの肩越しにハッキリとした口調でそう言うと、更に強く体を引き寄せる。
「つくしも俺と同じ気持ちだと思ってイイんだよね?」
つくしは小さく頷いた。
つくしを抱き締めながら類は、近いうちに日本へ戻って司と決着を付けなければと心を決める。
パリ
チェイルリー公園
「さすが週末だとたくさんの人だね」
つくしは大勢の人の集まりに気おくれしたが、直ぐに気鋭の姿勢でコンコルド広場に繋がる階段を上がった。
大きな花壇や噴水、花ざかりの公園は言葉にいい表せないくらいに美しく、緑の木々や色とりどりの花々が8月の空の下に輝いていた。
「つくし、俺、迷子役いやだからね」
はしゃぐつくしの隣に歩み寄り、類はさり気なく手を取る。
「・・・迷子?」
つくしは眉間にしわを寄せ不思議そうな顔で見上げると、類はいたずらっぽく微笑んでいた。
「冗談冗談、第一俺がつくしと離れる事なんかないんだから
トイレ以外はね」
「類ったら・・・。ふふふっ・・・」
司の話をしてから4日が過ぎた。その4日間つくしは表向きはいつもと変わらない様子で日々を過ごしていたが、瞳は影を漂わせいつもの輝きが欠けていた。
つくしは類に自分の不安定な心を悟られないように笑顔を振りまいていたが、無理に取り繕われた笑顔に彼は最初から気付いていた。
少しでも気晴らしになればという理由から休日を利用してつくしを部屋から連れ出し、類にしては珍しく朝からパリ市内を散策していたのだった。
パリでも最も有名な8万平方メートル以上もあるコンコルド広場の中に大観覧車が鎮座している。
「そうだ、今日こそあの観覧車に乗ってみようよ」
「・・・えっ、本当?
だって類いつもあれはイヤだって言ってたのに」
「そうだっけ」
「よ~し、類の気が変わらないうちに行こう!」
つくしは彼の手を振り解き一人駆け出す。類は人ごみの中を掻き分け彼女の姿を見失わぬように追いかけた。
暫くして2人はコンパート・メントに乗り込む。
徐々に上昇して行くにつれてつくしのテンションも上がり、幼い子のように少しもジッとしていない。
「わぁーっ!すごーい!
類、見て見て!モンマルトルの丘が見えるよ」
「クククッ・・・、つくし、ずいぶんと楽しそうだね」
「当然でしょ!・・・あっ!
あれはサクレクール寺院じゃない?
・・・あっ、類、あっちに見えるのは・・・」
最も高い位置にくるとつくしは類をひっぱり回してコンパート・メントを無邪気に動き回った。
「つくし」
景色に夢中になるつくしを背後から呼び、彼女が振向いた瞬間を類は構えていたデジカメのシャッターをきった。
「プッ!すごい顔」
画像を見て類は笑い出した。
慌てて類の手から奪い取るようにデジカメを取り上げ画像をチェックすると、そこには口をパカッと開けてお間抜け全開の自分がいて、つくし自身も思わず笑いそうになったがあまりに笑いすぎの類が癪に障り頬を脹らませて睨みつけた。
「なによ、そんなに笑わなくてもいいじゃない
それにデジカメ持ってきてたんなら教えてよね
パレ・ロワイヤルの噴水撮りたかったのに・・・」
「ゴメン、デジカメ持ってきてたこと忘れてて
さっき気付いたいたんだ」
パレ・ロワイヤルは太陽王ルイ14世がベルサイユ宮殿に移って行く迄、住んでいた王宮である、その後、王族や貴族の所有を経て、パリジャンの最も好む散策の場となって久しい。
今は回廊にはブティックやショップが入り、等間隔の白い大きな円柱が柱となって並び、入り口付近には輝く白銀の数ケの球体を配した噴水がある。つくしはこの噴水に魅了され20分以上もただじっと眺めていた。
広い緑の庭園には美しい回廊が巡らされ、2人はベンチに座り心地良い風を頬に感じながら日向ぼっこを楽しみ、ゆったりとした時間を過ごした後このチェイルリー公園に来た。
「笑ったお詫びに
次の休み、またパレ・ロワイヤルに連れて行ってね」
「はいはい。パレ・ロワイヤルでも何処でも
姫の望む所に案内させて頂きます」
目を細め冗談ぽっく言う類をつくしは満足そうな顔で頷く。
「よろしい!」
そう言ってつくしは手にしたデジカメでパリの街を写し始めた。
あまり大きくないパリの街を一望に見下ろせ360度パノラマの世界が広がる。パンテオンやアンバリッドはもちろん、シャン・ゼリゼ大通り全体が手にとるように見える。
「クククッ、つくしのはしゃぎぶりに意気込み感じる」
「だって、ホントに楽しいし嬉しいんだもん
それに一度乗ってみたかったからね」
類の目の前には偽りのない心底からの笑顔が、満面の笑顔を向けるつくしがいた。
「夜だったらもっと綺麗だろうなぁ~」
つくしは椅子に膝を立てガラス越しにポツリと呟いた。
「まさか暗くなるまでずっと乗ってるって言わないよね?」
つくしは目を丸くさらせ素早く類の顔を見た。その瞳は希望で溢れているよに見える。
「・・・えっ?・・・このままずっと乗っていられるの?」
「プッ!マジに受け取ったの」
「・・・だって、観たいと思ったら待ちきれなくって・・・」
「そんなに観たいんだったら
夕食摂ってからもう一度来ればいいでしょ
今日は最高の天気だし、夜景は逃げないから」
「ご飯食べたら来ようね、絶対だよッ!」
「はいはい」
大観覧車はさすが大の字がつくほど非常に大きくて、パリの何処にいてもよく見えて目立つ。夜になると観覧車全体に施された電飾で色鮮やかに輝き、更に人の目を惹き付ける。
有名な建造物はライトアップされ歴史の陰影を映し出して神秘的な面を見せ、パリの街全体も淡いオレンジ色の光を放ちコンパート・メントから見下ろしたパリの街は正に絶景である。
歴史の重みを持つ造形美と自然が融合する絶景に溜息を漏らす。司の件でうわべは明るく見えても心は沈んでいたつくしだったが、今この時には心からの笑顔を取り戻していた。
それはパリの街並みの美しさが持つ力だけでなく、類の思いやりと気遣いがあったからこそ自分を取り戻すことができたのだった。
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