オーブ光の天使 第21話
第21話
パリ
「うわぁ~ぁ、すごーい!
まさかパリで桜が見られるなんて」
「クククッ、想像してなかったみたいだね」
歓喜の声と共にご満悦の表情で辺りをキョロキョロと見渡すつくしを、類は満足そうに目を細める。
パリは日本より遅く春がやってくる。
ベルサイユ宮殿に匹敵するほどの広さと美しさを持つパリ市街の少し南に位置するソウ公園に、類は慌しい日々を過ごしてきたつくしにひと時の安らぎを与えようと、一面に咲き誇る満開となった桜を見せに連れて来ていた。
「だって今までそんな話し聞いたことないし
一度だって来たことなかったでしょ」
「俺は見せたかったんだけど
この時期あいにく雨続きで
パリの5月は雨が多いんだ
日本でいう梅雨とまでは言わないけど」
「そうなんだ。・・・今年は雨ぜんぜん降らなかったね」
類とつくし、大勢のパリジャン・パリジェンヌたちの頭上を数えきれないほどの桜の枝の隙間から零れる陽の光が優しく降り注ぎ、舞い落ちた花びらは地面をピンク色に埋め尽くす。
2人は手を取り合い自然の風情を満喫する。
「奥多摩湖も綺麗だったよね?
湖に映し出される桜が天下一品でさ
緑もたくさんあって自然の宝庫って感じで
あと・・・、桜通りは名所どおり桜のトンネルで
あそこだけ別世界にいるような感じで
時間を忘れさせてくれる場所だった」
目の前に広がる美しさが脳裏に深く焼き付いた過去の記憶を思い起こさせる。自然の風情が感動と癒しを与える。
「クククッ、そう言えば桜通りで俺に抱き着いてきたよね」
「・・・だ、抱きついたって言うかあの時は・・・
まさか手に・・・」
突然の出来事につくしは不覚にも悲鳴を上げて類に抱き着いてしまった苦い思い出があった。
「あの時の毛虫・・・、くっくく・・・。俺、毛虫に感謝したけど」
「毛虫に感謝って・・・、それおかしいでしょ
感謝してるはずの毛虫をあたしの手から払い除けて
容赦なく踏んずけたのは、誰だっけ?」
「たとえ毛虫であっても、つくしに触れるのは許さない」
「何それ、言ってる意味わかんないし」
「あっ!つくしの肩にけむ・・・」
「えっ?まっまさか・・・やっやだ、早くとってよ」
「ぷっ!くっくくく・・・」
雲一つない青空に浮かぶ太陽の柔らかな光はじゃれたり笑いあったりする2人に降りそそぎ、ゆったりとした時の流れに身も心もひと時の解放を楽しむ。
「彫刻が施されたパリ独特の建物が
この公園を囲んでるんだから、なんか不思議
レンガ色の建物に桜のピンクって合うね
周り見ないと、まるで日本にいるみたい」
「帰りたくなった?」
「ううん、今すごく幸せだし、それに仕事も楽しいし」
今のつくしは充実した毎日を送りとても幸せだった。
パリに降り立ってから4年が過ぎ、結婚してからは7ヶ月が経っていた。その間、2人は一度も日本に帰っていなかった。
日本を懐かしむつくしを見て、類はふとパリに来た頃を思い出す。
パリは日本と同様に四季があり、その移ろいには風情と情緒があふれる。季節の変化を肌で感じながらその季節ならではの豊かな自然の育みをつくしと共有するために、類は時間がある毎に彼女を連れ出してはパリ郊外の田舎道を散策した。
「パリと言ったら、ファッションの街
アートの世界ってあたしの中でイメージがあるんだけど
こんな自然に溢れた所もあるんだね」
「見る建物はいっぱいあるけど、それらは季節に関係なく
いつでも見られるでしょ
でも自然の風景はその時しか見られないから
どうしても牧野に見せたかったんだ」
広大な平原の緑の中に菜の花畑は数100メートル単位でまっ黄色に広がる姿は実に雄大で美しく、悲傷したことや辛苦した時期や不安などが瞬時に飛んでしまうほど類とつくしに衝撃を与え、その自然の素晴らしさはどんな優しい言葉よりもつくしの心を救った。
5月 日本
「あきら、聞いたか?」
「司のお袋さんのことか?」
「ああ。・・・なんでも大変だったらしいぜ
株主総会での席で倒れたんだからな
役員はもちろん、株主が相当騒いだらしいぞ」
「けど、秘書が丸く事を収めたんだろ」
「ああ・・・って、なんでお前知ってるんだよ?
昨日のことなのによ」
「昨日、会議だって言ったろ
その会議が終わって会食があったんだよ
その席で話題となったのが道明寺グループ
そして司のお袋さん、それで俺は知ってるってわけよ
倒れたと言っても、まぁ大したことはなかったらしいが」
昨日あきらは父と共に日本でも名高い企業数社による合同プロジェクトの会議に出席していた。集まった企業の中にメープルホテルの株主として総会に出席していた者がいて、それで話題が出たのである。またそういった情報は企業のトップ間に流れるスピードも尋常ではない。
「あの鉄の女でも倒れるんだな」
「女の力であれだけ手広く事業をするんだから
相当の苦労と疲労があったんだろ
司の件もあったしな」
楓の指示により司は強引にニューヨークに連れて行かれた。
楓の容赦ない命令口調と見下したような目付きはどこか牧野つくしのそれと重なり、顔を突き合わす度に怒りが込み上げ、大学や家業の勉強など何一つせず反抗する日々が続いていた。
言葉も通じず友人もおらずで魂が抜けたように部屋に籠もるようになって約3ヶ月が経った頃、突然司は一心不乱に大学と家業の勉強を始めた。更に業界人として避けては通れぬパーティーにも積極的に出席するようになっていた。
楓の執拗な圧力に屈したのか、寂しさを紛らわすためなのか、生まれ持った環境の立場上でのことなのか、一変した司の行動の裏にはどのような意図があったのかは分からない。ともあれどんな理由にしろ息子が動き出してくれたことは楓の心労を和らげさせた。
「姉ちゃんから電話がきて
司、来月日本に帰って来るんだとさ」
「それってお袋さんが倒れたのと関係あんのかなぁ?」
「秋頃に来る予定だったらしいが
また母ちゃんが倒れたりしたもんじゃあ大変だってことで
早まったらしいぞ
それに、ゆくゆくは司を日本のメープルを
取り仕切る代表者にする予定だったらしいから
準備を前倒しすることにしたらしい」
「どこでそんな情報を・・・」
「信頼できるその筋の情報だ、間違いない」
「なるほど。・・・あと、姉ちゃん何か言ってたか」
「うーん、・・・それがよぉ、厄介なことに
姉ちゃんは何も知らないから言えるんだろうが・・・
司のことよろしく頼む、なんてよ、困っちまったぜ」
「まずいな、姉ちゃんには逆らえねぇし
かといって司とは冷戦状態だし、・・・どうする?」
「・・・司次第、だろうな」
「そう、だな」
喧嘩したままとはいえ、幼い頃から共に歩んで来た仲間だからこそ悩んでいた。
椿は記憶を無くしてからの司がつくしに対してどんな仕打ちをしてきたのかを知っていた。つくしに思いを寄せるF3のことも。しかし、卑劣なやり方で強引につくしを襲った事と、その事が原因で長き親友関係に幕が下ろされたことは知る由もなかった。
7月 パリ
つくしは薫の第二秘書として、類は部長として花沢物産で仕事をしていた。同じビルの中につくしがいて働いていると分かっていても、なかなか顔を合わす機会がない類は苛々が募っていた。それというのも、薫がつくしを秘書という立場に置いていつも一緒に行動している事、SPの荒岡も常に傍にいるかと思うとジェラシーにも似たストレスを感じていたのだった。
類はつくしとの時間がもっともっと欲しいと願っていたが、それが許されるのは夜だけであった。
お互いの愛を確かめ合った後、熱を帯び汗ばんだ身体、燃え尽きた呼吸の乱れも収まりつつあった。
愛しい女を抱きながら、愛しい男に抱かれながら心と身体の温もりと言葉にならない幸福感に満たされていた。
「つくし、・・・俺、最高に幸せ」
「あたしも幸せだよ」
広い胸に顔を埋め、高鳴る鼓動を感じながら唇を寄せる。まだ冷めぬ身体に熱く柔らかい感触が敏感に反応する。
「オネダリ?それとも挑発?」
幸福感に満たされていながらも、もっともっと愛し合いたい類はイジワルな言葉となって胸の奥から唇へと押し出された。口に出してみればその思いは溢れ、直ぐに行動となって身体が動き出す。
「ちがっ・・・えっ、ちょっ・・・」
つくしの身体は一気に類の下へと向きを変えられ、意地悪そうな瞳で見つめてくる。余韻に浸っていた彼女の身体は桃色に染まり、恥かしそうに目を泳がす。
「つくし」
耳元で名前を甘く囁かれるだけで身体は敏感に反応し始める。
腕を伸ばし首に絡めながら重ね合う唇が心地よく、互いの舌を誘い出すように深く絡み合い夢中にさせる。
「今度はコントロールできないかも」
類の言葉を理解する間もなく、生温かな息が耳元から首筋に降りていき、花びらを辿るように更に濃い花びらがまた幾つもの痕跡として刻まれていく。
「ああぁ・・・、るい・・・」
「つくし、力、抜いて」
熱を帯びた視線が交わり、消えかけていた炎は再び復活し燃え上がる。
汗ばんだ体と体が密着の度合いを深め、汗ばんだ手は互いの体の隅々まで愛撫の軌跡を残し、深く繋がる場所を求めてさらに指を滑らせていく。
「全部、俺に預けてくれていい」
「・・・あっ・・・ああぁっ・・・」
もっともっと声を聞きたい。時折漏れる喘ぎ声が類の独占欲に拍車をかける。
愛に包まれた喜びは、辛く悲しい司との過去を浄化させ総てを塗り替えてくれる。この世界でたったひとり、愛する類だけがつくしの心を癒し、身体をも満たしてくれる。つくしもまた、類に注ぎ込むありったけの愛でその心と身体を癒し満たす。
「類、愛してる」
「愛してる、つくし」
互いの瞳に愛する人を映し、触れ合う肌の温もりを感じながら優しく時には激しく唇を貪る。
とろとろに溶けた場所を指の感触で確かめると、つくしの中へ自身を深く滑り込ませる。
「あっあぁ・・・あん・・・」
1度目に味わった快感の余韻を引きずり敏感になった場所は全身に痺れのような感覚を齎し快感はさらに深まっていく。類の動きに同調して呼吸は荒くなり喘ぎ声を抑える事もできない。
「ああぁん・・・るぃ・・・ああっ・・・」
激しく打ち突けるように腰を振るい奥へ奥へと入り込む類に、自らも動きに合わせて腰を踊らせ受け止めようとする。いつにも増して激しい動きと荒々しい息遣いにつくしの身体には何度も絶頂の波が押し寄せてくる。
「・・・るぃ・・・あぁん・・・」
乱れる鼓動はさらに息を荒くさせ、乱れる髪は頬をくすぐり、乱れる身体は愛する人を求める。
生温かく湿ったシーツを握る手を広い肩に回し、溶け合うかのように一つとなって昇りつめていく2人の身体は最後の大波を迎えようとしていた。
「俺のすべてを受け止めて」
「・・・ああっ・・・るぃ・・・ああぁ・・・っ」
想いが溢れ、総てを注ぎ込むように一段と激しさが増していく。
肩に回した腕が喜びを増幅するほどに力が込められ、類の腕の中で、つくしを腕の中に収め、再び燃え尽きる。
愛おしむように見つめ合う瞳、乱れた髪にそっと触れる指先、大きく脈打つ自身が繋がったまま触れ合う肌。燃え尽きた余韻に浸り自然と微笑み合う2人。
「つくし、無理しないでね」
「・・・無理・・・って?」
類はつくしの髪をしなやかな指先に絡めながらクスッと笑う。
「1ヶ月ぐらいしたら、気分悪くなるかも」
ひとり嬉しそうに微笑む類につくしはなんのことやら理解に苦しむ。
つくしを腕の中に収めたまま、いつもの意地悪な瞳が輝く。
「俺たちの赤ちゃん」
「・・・ぅそ」
理解したつくしは目を見開いて驚いた。
初孫を期待している薫に類はつくしとの時間を大切にしたくてその期待に応えようとはしなかった。そんな類の心変わりの裏には一体何があったのか。彼自身も知らない運命に導かれ本能的に種の保存を選択していた。
「もう返品できないよ」
そう言って類は繋がったまま上半身を起こしてつくしのお腹に触れる。
「つくしの中で俺の一部が、ここを目指して競ってる」
類はつくしの子宮の辺りに指を滑らせ、更にその指を卵巣の辺りに移動させた。
「俺、男の子が欲しいな、・・・次は女の子」
愛する人の遺伝子を受け継ぐ我が子を求める類。
「・・・類は・・・」
「家族はたくさん居たほうが賑やかでイイでしょ」
つくしは一夜にして家族を失くしたが類と結婚して新たな家族ができた。これで子供が授かれば新たに家族が増える。失った悲しみや寂しさは消えないが、2人が望めば家族を増やすことができる。
母親を小さいときに亡くし父親には愛情を注がれずに育った類は、貧乏でも温もりと愛情に溢れていたたつくしの家庭を羨ましく思っていた。
類は子供たちに囲まれて喜びや悲しみを分かち合える家庭像をおぼろげに求め始めていた。
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