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2008年11月29日 (土)

PURE ANGEL[第3章]第9話


第9話

時計を見ると20時15分になろうとしていた。
つくしは手早く書類を束ねるとカバンに押し込み、社員の様子を眺める。

――いろんな人がいるんだねぇ~
   親しめずに浮いてる人や親分肌の人・・・あの人なんて
   マシンガントークだし・・・調和が取れてる人もいる
   ホントさまざまだね
   もしあたしが類と結婚してなかったら、黒崎の孫でなかったら
   どこかの会社に就職して、こうして教育受けたんだろうなぁ
   あたしはどんな職に就いてたのかなぁ
そんなことを思いながらつくしは演台の中央に立った。

「皆さん、今日はこれで終了です。お疲れ様でした」


長い一日の研修を終えた新入社員は安堵の溜息を吐きながら出口に向かい歩き出す。
「キャアー!!」
「うっそ-!!あの方が・・・、本物なの?」
「道明寺様・・・ステキー」
少しして出口の方が異常に騒がしくなった。その悲鳴にも似た歓声に何事かとつくしも出口に向かうと、急に騒がしくなった理由が理解できたのだった。
そこにはビシッとアルマーニのスーツを着こなし、青筋を立てて新入社員を見送る司の姿があった。その司がつくしを視界にとらえた瞬間、照れくさそうとも都合悪そうとも窺える顔つきへと変わる。
「どうしたの?」
「終わる頃だと思ってよ」
「珍しいね、こんなにたくさんの人がいる所に来るなんて
 なんか用事でもあった?」
「いや、飯でも食いに行かねえかと思って」
「ごめん、ちょっと急用ができちゃって・・・、仕事が残ってるんだ
 明日のお昼、時間が取れたら連絡するけど、どう?」
「おう、分かった。相変わらず忙しそうだな、お前は」

それぞれの部屋へと向かう廊下を歩く新入社員の話題は、もちろん先程目にしたつくしと司で話が持ち切りになる。滅多にお目にかかれない司を目の前で見たのだから騒ぐもの無理はないが、そんな話をしている新入社員の横を無表情で通り過ぎる類にとっては不機嫌になる元でしかなかった。

つくしは司と別れた後、ルームキーを貰うためにフロントに向かった。
つくしを視界に捕らえたフロント係りは〝お疲れ様です〟と声を掛け、ルームキーを手渡した。朝手にしたカードキーの色と今手にしているカードキーの色が違うことに気付いてフロント係りに訊ねるが、納得いく説明に至らなかった。


――なんで部屋が替わってるの?しかも・・・

疑問に思いつつエレベーターに乗り込み、渡されたキーの番号に向かった。
つくしが部屋の扉を開けると、そこは見覚えのある空間が広がる。1泊18万円、総二郎と優紀に仕組まれたことも知らずに司と入った部屋だった。
「えー!なんで?」

奥の部屋から笑みを浮かべた類が出て来て、つくしは更に混乱する。
「そんなに大声出さなくても」
「な、なんで・・・、なんで類がいるの?」
「帰るの面倒だし、たまには違う部屋で寝るのもイイかなぁ~って」
「面倒って・・・、ここに来るのも帰るのも同じじゃん」

――あれ?違う部屋で寝るってことは、泊まるってこと・・・だよね
   あの着替えは・・・、そうゆうことだったの
「類、もしかして・・・、最初からここに来る予定だったんじゃあ・・・」
「あれ、バレた?つくしにしては理解するの早かったね」
「どうゆう意味よ?」
「それより早くご飯食べよう」

類はギリリと睨むつくしの手を引いて隣の部屋に連れて行く。そこにはたくさんの料理がテーブルの上に並べられ、主が座るのを待つばかりにセッティングされていた。
昼食を食べ損ねたつくしのお腹はその色彩と匂いによって活発に運動し始めた。類に促されるままつくしは満足そうに料理を口に運ぶ。

「司に会ったって?」
「・・・え?あっ、うん」
「なんだって?」
「ご飯食べに行こうって、ただそれだけ」
「ふ~ん」

――何よその疑いの眼差しは
   待てよ、今日トラブルがなければ司に断らなかった
   ・・・ってことは司と食事に行って・・・類はこの部屋に居て
   ヒエエェェ~。大変なことに・・・

何も後ろめたいことはしていないのに、何故か類の顔色を窺おうと恐る恐る視線を向けると、そこには見透かしたような瞳があり、つくしはどきりとする。
「顔、蒼いよ。・・・・・・あっ、今度は赤くなった」
「いいからほっといて!」
類の顔を退かすと黙々と料理を口に運ぶつくし。その様子を楽しそうに眺める類。

「ああ~気持ちいい」
食事をしっかりと堪能し少し寛いだつくしはジェットバスにつかり疲れきった身体を休め、暫しの幸福感を堪能する。
「あと1日よ頑張らないとね」
長い一日の終わりにホッとしていたのも束の間、本業の大事な問題を抱えていた事を思い出してバスタブから飛び上がった。
「書類っ!・・・そうだ、それが残ってたんだ」


つくしは着替える時間も惜しみバスローブのまま書類に目を通し始める。
「ああ~こんなことになるんだったら分けておくんだった
 これだからコンピューターって信用なんないんだよね、ったく・・・」
全てプリントアウトしていたため時間さえあればこの危機を乗り越えられるのだが、他の書類と一緒に仕舞い込んでいたため、必要な書類だけを間引きしなければならない現状に焦りと苛々が募る。

「何ブツブツ言っての」
ソファで作業をするつくしの背後から類は腕を伸ばす。
「ねえ~、それ今からやるの~?」
耳元で囁く甘えた声に、つくしはイヤな予感を覚える。
「そう、だから類は先に寝てて良いからね」
「俺ひとりで寝せるの?」
類はつくしの腕を掴んでベッドの方へと足を進める。

――甘えた声になるとヤバイんだよね、イヤな予感的中
   今はそれどころじゃないんだよ。類、勘弁してよね
   どうにかして雰囲気を変えなきゃ、どうにかして・・・

「あれ、類は今日、指導者って言ってたよね?別の意味って?」
つくしは明るく類に問い掛けるのだが、返事が返ってこない。
類はつくしをベッドに座らせると自分も隣に腰を下ろし、愛おしむように見つめる。

――類、そんな目で見ないで・・・応えられないよ~
「類、あたし・・・」
類は言葉を封じ込むように少し乱暴に唇を重ねた。


「真っ直ぐここに来てくれたからイイけど、・・・もし司と一緒に・・・」
少し乱暴なキスが、頬に、耳元に移動する。
「俺は、またつくしにジェラシーを感じる」
囁かれる言葉に異様なムードを感じる、このままでは済まないと。


つくしは類の滲んだ瞳から唇にゆっくりと視線を移動させ、手を類の首に回して引き寄せるように自分からキスをした。つばむように何度も角度をかえてキスをして、少しずつ類を自分の身体の下の方へと体勢を変えていく。
いつもと違ってリードされる側にまわった類はそんなつくしに驚きつつも、与えられる刺激を楽しんでいた。

「つくし・・・」
つくしは類のバスローブのヒモを解きゆっくりと引く。その間にも唇は重なったままで、舌が絡み合いどんどん深いキスになってゆく。
バスローブの前がはだけ目の前に類の白い肌が露になる。


――つくし、流されたらダメよ、ここで溶けちゃダメ
つくしは自分にそう言い聞かせながら、類の首筋から胸にかけてキスで攻めつつ指と指を絡ませ、そのまま頭上に移動させた。恍惚とした表情で目を閉じた類の頭上で先ほど解かれたバスローブのヒモが類の両手に巻かれてベッドに結び付けられていた。
「つくし・・・、これ何のまね?・・・つくしにこんな趣味あったの?」
きつく縛られて始めて異変に気がついた類。
「んな訳ないでしょ。〝おとなしく待ってて〟って言ったのに・・・
 悪い子なんだから。・・・類ゴメンね、応えられなくて」
そう言ってつくしは類に軽くキスをするとあっさりと部屋を出て行った。その気になっていた類は目がテンになっていたことはいうまでもない。
「つ、く、しー!」

――ごめん、ホントごめんね類、今はそれどころじゃないのよ
悪いと思いながらも気を取り直してパソコン画面と書類の睨み合いを始める。


目の疲れを感じたつくしは手を休め、ふと時計を見る。針は12時を回っていた。
「あっ!類、・・・忘れてた」
隣の部屋に行くと結んだはずのヒモは解けていて、規則正しい寝息をたてて眠る天使の寝顔があった。
「ごめんね、類」
暫しの間、疲労した身体を天使の寝顔で癒す。


ある程度の書類をまとめ終えた頃には外はもう明るくなっており、東の空は薄い紅色がビルの窓ガラスに反射して、キラキラと宝石に対抗できる輝きを放っていた。

2日目 7時30分~11時30分

「おはようございます。これからストレスについて代表者の方に発
 表して頂きます。発表して頂く順番はアシスタントが知らせます
 ので、速やかに前に出てくるように。それでは始めてください」
こうしてグループごとの代表者の発表が始まった。
つくしは各代表者の表情や口調を注意深く観察する。

ストレスとは精神的圧迫、強制、過度の疲労などから起こるものが多い。
現代の若者は不平不満、日常の生活で自分の思い通りにいかないことにストレスを感じているようだ。個人的コンプレックス(容姿・性格)異性や同性など、人間関係全般に対してがほとんどで、一部に社会情勢に対して不満というものもあった。

ストレスを感じないタイプ
外交的で交友関係が広い、おしゃべりが好き、笑顔が多く見られる。家庭円満、図太い、適度の容姿を持つ、健康、落ち込みが少ない、物事をプラス思考に考えるなど。


「発表を聴いて皆さんは何を感じましたか?いろいろな形でストレス
 は自分の身に降りかかり避けて通る事はできません。溜め込まない
 ためにもその時々の対処が重要になってきます
 数日後には新社会人として慣れない仕事が始まります。今まで感じ
 たことのない緊張や責任といったことが重く圧し掛かってくるかも
 しれません。意識改革をしてみてはいかがでしょうか?
 午後の部はラフな服装で大広間に集合して下さい
 これで午前の部を終了します」


新入社員は皆部屋を出て行き、静まりかえった部屋につくしは一人座っていた。
徹夜で書類をまとめたもののまだ難題が残されていた。重要な部分は暗号化されている為、それらを全て解かなければならなかった。その事を考えるとつくしは虚脱し大きな溜息が漏れる。
「ああー、これってストレスかなぁ~」

「プッ!働き過ぎ!」
中央にポツンと座り楽しげに見つめる類の姿があった。
「どうしてここに?・・・っていうか、ビックリさせないでよ」
「つくしがボーッとしてるからでしょ」
「失礼ね!集中してたの。類といい、司といい・・・」

「ああ?俺がどうかしたのか?」
「えーっ!司までどうして?」
「やっぱりな、・・・昼飯食いに行くって昨日言ったろ?
 お前のことだから忙しさにかまけて忘れてんだろうと思ってよ」
「あっ、ごめん。・・・忘れてた」
「ったく・・・、とりあえず行こうぜ」
3人は司が予約した中華料理店へ向かった。

――やっぱ約束してたんだ
   司のことだからつくしに会いに来るとは思ってたけど

店に入ると一番奥の部屋に通される。そこは30畳程のスペースに10人程が座れるタウンテーブルが中央に陣取っていた。席に着いて5分もしないうちに料理が次々と運ばれてくる。その品数、10品。当然つくしは目を丸くして料理を眺める。
「ちょっと、誰がこんなに食べるのよ?」
「決まってんだろ、お前に。飯食う暇も惜しんで仕事してんだろ?
 こんくらいの種類があったらどれか食いたいもんあるだろ
 その他に食いたいものがあったら言え、注文すっからよ」
「司、・・・ありがとう」
所狭しと並べられた料理をつくしは獲物を狙うかのように瞳を輝かせて品定めをすると、皿いっぱいに料理を乗せて食すことに専念した。

「まるで俺が暇みたいな言い方だね」
不機嫌そうに言う類。
実際は面白くなかった。普段自分たちには見せない司の優しい顔付きと労わりの言葉が、類の嫉妬に拍車をかける。
「類、拗ねんなよ。独りで中華食ってもうまくねぇし
 ただそれだけだ」
「ふ~ん」
「なんだよ?」
「別に。テーブル回しながら独りで食べる司の姿想像したら笑える」
「るっせー。とりあえず食おうぜ」

司と類の会話に耳を傾けることなく満足げに食べるつくし。司はそんなつくしを満足そうな顔をして料理を口に運ぶ。時折見せる笑みに、類は複雑な心境にかられる。
司の瞳に映し出すつくしの姿、その先に何を映し出しているのか。

つくしと出会ってから休むことのない、つくしへの支配欲が募る。

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2008年11月23日 (日)

PURE ANGEL[第3章]第8話

第8話

2月中旬、卒業シーズンもまじかに迫る中、つくしは多忙の日々を過ごす。花沢物産の新入社員研修が数週間後に控えているからだ。
新入社員研修は1週間に渡って行われる、その内2日間がつくしの担当だった。
研修は幾つかの部署に分かれ、数名の指導者によりマニュアルに沿って進められていく。
型に嵌った形式などに捕らわれず、つくしの思うままの心で社員に指導してほしいと2年前、社長の薫に言われた言葉を思い起こす。だから当然つくしにはマニュアルなど存在しないために、毎年この時期になるとつくしの頭を悩ませていた。


「ああ、今年は何を話したらいいのよ!」
「クククッ…、恒例の社員研修?」
「そうなのよ、まったく・・・。なんでお父さんはこうも難題を」
「それは、つくしの心が豊かで穢れを知らないからでしょ
 人と話す時かけ引きなんて考えないでしょ
 必要以上に疑ってみたりも。・・・ある意味、子供っぽい素直な気持ち
 もあるけど、大人へと成長していくうちにいつしか純粋さとか素直
 な気持ちを忘れてしまう」
「ふ~ん。それって成長してないって聞こえるけど」
「プッ、身なりも言葉も飾らなくても、つくしには十分に圧倒的な
 存在感があるよ。つくしのありのままの純粋さ純真さを伝えたら
 そして勤続のある社員には英徳にいた頃の根性を見せてやればいい
 だろ。クククッ…、つくしの得意分野じゃん、叩きのめすのって」
褒められているのか、貶されているのか、つくしは複雑な心境で溜息をつく。


本社に出勤し日中は各社巡りといつもと変わらない日々が過ぎ、いよいよ明日から新入社員研修が始まろうとしていた。つくしは抜かりのないように書類の最終チェックをしていた。
「つくし、いつものホテルだよね?」
「・・・いつもの?・・・今年はメープルで行われるけど」
「・・・メープル?・・・どうして?」
「どうしてって聞かれても困るんだけど、そういう指示がきてたから
 どうして類が知らないの?
 類は木田(秘書)さんの話をちゃんと聞いてるの?」
類はつくしの声には耳を傾けず、全く違う方向性で思考を巡らせていた。


「よしッ!これでOKだ!後は明日だなぁ、気合入れて頑張りますか」
つくしは両腕を高く上げて思いっきり背筋を伸ばしなが大きなあくびをして、軽く首を回してこりをほぐす。
「あぁ疲れたぁ~。後は・・・・・・あっ!着替えの準備しなくっちゃ」
つくしは独り言を言いながらクローゼットの方へ歩き出し準備に取りかかる。
「類!角田さんの言う事聞いて、朝ちゃんと起きてよ
 遅刻なんてシャレにならないんだから、分かった!」

――遅刻?・・・俺、早朝から何かあったか?
「つくし、朝から会議とかミーティングとかって入ってたっけ?」
「木田さんに確認したら?あたしは何も聞いてないよ」
「じゃあ、なんで角田さんや遅刻の話が出るの?
 いつものようにつくしが起こしてくれるんだから
 ・・・もしかして、つくし朝早いの?」
「早いって言ったら早いよね、7時30分から始まるもん。でもまぁ~
 ホテルに泊まることだし、移動時間考えると問題でもないか」
「ホテルに泊まるって、メープルに?」
「そうだけど」
「なんで?」
「なんでって、・・・みんな泊まるから」
「メープルに泊まるから俺に遅刻するなってこと?」
「そうだよ、なんか変なことでも言った?」
「泊まるって聞いてないけど」
つくしは大きな溜息をつくと類の目の前に1枚の用紙をさし出す。


類の視線の先には新入社員と指導者の日程表が1週間分記載されていた。
7時30分~11時分30・13時~17時・18時30分~20時30分と三部構成で各指導者が決められた時間割りで進めていくものだった。社員と指導者は皆同じホテルに泊まり、新入社員は1週間、指導者は割り当てられた日程の日数分泊まる、世間でいう缶詰状態での研修だった。


「これで分かった?去年に比べて時間も長いし今年はちょっと
 ハードだけど、2日間頑張ってくるから類は良い子にしててよ」
そう言ってつくしはやりかけの荷造りに再び取りかかり、類は用紙を眺めながら寂しげな表情を浮かべた。どうやらホテルに泊まることは知らなかったようだ。


「俺の分も着替え出しておいて」
類は何かを思い出したらしい、いや何かを思いついたらしい。
「えっ!?出張とかあったっけ?」
「出張じゃないけど、違う意味で指導者かなぁ~」
「何それ?」
類の意味不明な発言につくしは不思議そうな顔をしつつ、類のお泊りセットを手早く鞄に詰めていく。先ほどまですっきりしない表情を浮かべていた類はご満悦な表情で大好きなテレビと向き合っていた。

7時30分~11時30分
夢と希望を抱き花沢物産に入社してきた新入社員を目の前にし、つくしは身を引き締めると力強い眼差しを向ける。
「今日と明日の2日間を担当する、花沢つくしと言います。よろしく」
つくしの名前を聞いた途端、社員はざわつき出した。既につくしの顔を見ただけで驚きのあまり目を見開く者もいた。類とつくしに憧れて入社した者も少なくないだけに、次期社長婦人を目の当たりにして会場内が一瞬ざわめき立つ。


「みなさんはこの5日間、花沢物産の歴史、経営理念、基本方針
 行動指針、基本的なビジネス用語、作法、そしてビジョンなどを
 聴かされてきたと思います
 これからの私の時間は一方的に話を聴くのではなく
 みなさんにも考えて頂きます」
つくしは演台の前に立つ助手に目で合図を送る。すると巨大スクリーンが下ろされ、助手はプロジェクターとリンクするパソコンを操作した。


社員一同はスクリーンに視線を送り、つくしの話に心耳する。

三本柱
一本目---健康
二本目---お金
三本目---ストレス

「一本目の健康は、文字通り身体が健康であること
 病を来すと日常生活や仕事などに大きく影響を及ぼす可能性があり
 ます。この健康というのは、ほとんど自己管理の元で成り立ちます
 この自己管理とは健康だけではなく、あらゆるモノに属すると考え
 られます。それは・・・」

「二本目のお金は、収入を得ること
 自分の仕事の内容に見合った報酬で、多すぎず少なすぎず、将来
 設計の元でお金を使って頂きたい。特に金銭のトラブルには十分に
 注意して下さい。これらのことを踏まえて、仕事上と私生活での金
 銭感覚を身につけましょうそうする事が・・・」

「三本目のストレスは、ストレスをもたないこと
 何を思って何を感じてストレスと呼ぶか、人それぞれ受け止め方は
 違うと思います。先に述べたように健康や金銭での悩み、家族や交
 友関係などの人間関係、会社や仕事、社会に対する不満など例を挙
 げるとキリがありません。性格や家庭環境で大きく左右されると思
 われます。そういった様々なストレスは・・・」

「以上が三本柱の説明です
 早い話が、健康でお金があってストレスのない生活を送ることが豊
 かで穏やかな生活ができ〝幸せ〟ということです。今自分はどの
 ような状況なのか、この三本柱を自分の生活に落とし込んで考え
 てみてください。・・・これで午前の部を終わります」


この三本の柱が満たされたとき
人は幸せを感じる
この三本のうち一本でも欠けたとき
人は路頭に迷い平常心を失う
三本の柱が上手に寄り添って立つからこそ成り立つもの

13時~17時
「これから皆さんには8名から10名にグループに別れてもらい
 グループディスカッションをしていただきます
 題は〝ストレス〟についてです」
「原因や要因を出し合い状況を把握します。それに対しての対処法や
 対策案を考てください。自分達が体験したことや他人から聞いた事
 でも構いません。これからの社会に対して起こり得る可能性や想像
 でもなんでも結構ですので、それらをまとめて文章にし、各グルー
 プの代表者に発表してもらいます。発表は明日の午前の部に行いま
 すのでそれまでにまとめておいてください」


つくしの説明が終わると助手はグループに分ける為に社員の名前を読み上げた。先程まで静まりかえっていた部屋は一気にざわめき立ち方々から声が飛び交う。
つくしは後を助手に頼むと部屋を後にした。

2日間の指導の他に通常業務をこなさなければならないつくしは、ホテルの部屋に戻ると社からの書類やメールに目を通し始める。〝トラブル発生〟幾つかのメールの中にこんな件名が目に留まり、息をつく暇もなく本社へと足先を向けた。
「まったくなんでこんな時に
 これじゃあひとりディスカッションじゃないの」
つくしは本社に戻ると上着を脱いでブラウスの袖をまくり、書類トレーにどっさり積まれた膨大なファイルに目を通し始める。
「どうしてこんなことに・・・」


花沢物産を含む大手企業数社がサポートする全く新しい燃料電池が実現可能の段階に至り、今まさに世界がアッと驚くほどの発表がなされようとしていた矢先のデータ消失という大失態。幸いにも断片的に残っていたデータと保管されていた書類によって修復は可能であった為、プロジェクトメンバーでもあるつくしはとりあえず安堵した。

つくしはブツブツと独り言を呟きながらも鋭い目つきで書類を捲っていく。

原因はパソコンのウイルスなのか、それとも外部からのハッキングによる搾取、あるいは内部の何物かによるデータ流出なのかは今のところ定かではないが、その可能性は十分にあった。

ふと時計を見ると18時になろうとしていた。つくしは慌てて必要な書類を箱に詰めるとメープルホテルに急いだ。


18時30分~20時30分
「夜の部も引き続きグループディスカッションを行います
 ストレスに対しての要因を出すのは簡単なことでしょう
 しかし、対策となると一言で表すのは困難だと思いますが
 グループで力を合わせて頑張ってみて下さい」
つくしは部屋の隅に小さなデスクを置くと、本社から持ってきた書類に目を通し始めた。


その頃、ある男性は部屋で時間を気にしながら、ある女性のことを考えていた。

――どんな顔するかなぁ~。驚く?怒る?
   いやきっと呆れた顔するだろうなぁ
「だって独りでいたくないんだもん、仕方がないよね
 俺を独りにするんだもん」


同じ頃、オフィスのデスクで書類に目を通しながら時間を気する男性がここにも居た。

――アイツに会うのはいつ以来なんだ?あのパーティー以来だから
   2ヶ月ぶり・・・。泊まりと聞いてるけどアイツひとりだよな?
   まさか類のヤツ・・・、まさかな・・・
男の頭の中は、今でも恋しく愛おしく何よりも大切な女性の姿が浮かぶ。しかし、その女性のことを考えれば考えるほどチラつく親友の影。
「ああ!・・・仕事なんてしてられっかよッ!」
声を荒げて手にしていた書類をデスクに叩きつける。
大切な女性のことに関すると、仕事には厳しい男の志さえ簡単に崩れてしまう。


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2008年11月19日 (水)

PURE ANGEL[第3章]第7話


第7話

つくしは仕事上、花沢物産や系列会社の間を巡り移動することが多い。
トップの考えが現場に浸透しているか、経営方針や理念にあっているか、行動指針の実行がなされているかをチェックする、いわゆるベクトル合わせのためである。同時に経営状態や人材育成などのアドバイスやトラブルを解決する役割も担っていた。
毎日がストレスの絶えない日々だがその反面勉強にもなり、成果が上がったときの満足感や達成感の喜びがつくしを成長させていた。


今日は珍しく特に問題となる案件もなく平穏であったため、つくしは溜まった書類の整理などをして過ごしていた。

午後3時を過ぎた頃、つくしのオフィスに予期せぬ電話が鳴った。
「はい、花沢つくしですが」
『私は望月商事の会長秘書をしております、花田と申します
 会長がぜひ花沢様にお会いしたいと申しまして、失礼かと
 思いましたが連絡を取らせて頂きました』
――望月商事?・・・あの堅物で有名な会長があたしに?
   ・・・面識はなかったはず

「あの・・・、社の者が何か?」
『いいえ、社員の方とは関係ございません
 ただ会長は花沢様の人柄を気に入られたようで
 一度ゆっくりとお話したいとのことでした
 つきましては本日の祝賀パーティーに是非とも花沢様に
 出席していただくようにと仰せつかっておりますので
 何卒宜しくお願い致します』
つくしは慌ててスケジュールを確認する。
――なんでこんな時に空いてるのよ

『お召物はすべてこちらでご用意させて頂きましたのでご心配には
 及びません。一時間後にお迎えに上がりたいと存じます』
「あの望月商事さんの70周年記念でしたよね?
 主人が出席致しますので、私は遠慮させて頂きます
 ましてや服など・・・」
『ドレスは是非にと会長自らお選びになられた物です
 ドレスをお選びになられている時の会長の表情はとても穏やかで
 して、きっと今日の日をとても楽しみにしてらしたのだと思います
 こちらの都合ばかり申しまして大変恐縮なのですが
 花沢様どうか宜しくお願い致します』


相手のペースに嵌り強引に誘われたパーティー、つくしは窓際に進むと大きな溜息をついた。そして何気に22階から見下ろす下は、まるで別世界が広がる。

――望月会長・・・、何を話しらいいの?・・・なんであたしに・・・
   確かあの人は頑固で冗談がきかなくて、笑わない人で有名だ
   仕事に関しては厳しく冷酷だと噂がある
   身内でもなんとかって言ってたっけ
   ある意味、道明寺楓?・・・みたい。緊張と冷たい空気・・・か
つくしはボーッと考え事をしているとノックの音がする。


望月の人間に促されるようにリムジンに乗り込み、望月商事の本社へ。
そして今、会長室で会長を目の前にしてソファに座っている。
――あたしってイヤって言えない人だったっけ?
   まぁ~仕方がないか、横の繋がりがあるしね


「急に呼びたてして申し訳ない
 唐突だが、つくしさんと呼んでも宜しいかね?」
「あっ、はい」
「もう一度つくしさんに会って直に話をしたくてね
 ちょっと強引だったかな?」
「失礼ですが、以前どこかで・・・」
「ハハハッ…、これは失礼。こうして会うのは今日が初めてだが
 以前に花沢物産の本社の方でつくしさんを見掛けましてな
 花沢社長の許可を得て会議を覗かせて頂いたんですよ
 男子社員を相手につくしさんの熱弁を」
「社長がですか?」
「ええ。・・・自分の望む物はすべて手に入れた。お金や地位や名誉
 会社もこれだけ大きくなり、後は息子がすべて引き継いでくれる
 だけだ、と2ヶ月前まではそう思っていました。だが、先日つくし
 さんの言葉を聞いた時、はっきり言ってショックを受けました
 自分が今までしてきたことは間違いではないだろうが、仕事だけに
 没頭し家庭、家族というものを忘れていたことに」
頑固で堅物と噂されていた社長の思いも寄らない言葉に、つくしは驚きを隠せなかった。

「自分や周りを固めることばかり考えていた私に、つくしさんの
 言葉は神の声のように聞こえましたよ。心の中にこそ本当の美しさ
 があると…、外見ではない。何かを得れば何かを失うと諦めていた
 自分を取り戻してくれたのがつくしさんなんですよ
 ・・・お礼を言いたくてね、ありがとう」
「ちょ、ちょっと待ってください。私は会長に何もしていません
 ですからお礼言われることなど。それにパーティーの件ですが・・・」
「以前からつくしさんのことは聞いていました。偶然、花沢社長に
 遇って相談したところ…『一度娘の話でも聴いてみたらどうかね
 私たちが思い描く世界に近づけるかもしれませんよ。私たちが忘れ
 ていた純粋な心を取り戻せるチャンスかもしれない』と・・・
 まさか現実になるとは」
「お父様が・・・」

「ええ。パーティーの件は私の我が侭ということで、ドレスも
 何十年ぶりかに笑った。笑うということがこんなに素晴らしいとは
 実に爽快だ。人前で一度も笑顔を見せたことがない私が、今日の
 パーティーでそれができるのかつくしさんに見届けてほしいんだが
 私の新たな姿を」
「会長なら絶対にできますよ、既にこうして私に笑顔を見せてくれま
 したもの。・・・分かりました、お言葉に甘えて出席させて頂きます」


別室で社長が自ら選んでくれたドレスに着替え、ヘアーメイクを手早く済ませたつくしはパーティー会場であるオリエントホテルに向かった。

ホテルに到着した時間がぎりぎりだったせいもあり、会場に入ると会長の挨拶が始まるところだった。
「本日は望月商事70周年記念パーティーにお越し頂きまして誠に
 有難うございます。今こうして70年という歳月を迎えることが
 出来ましたのも、偏に皆様のお力とご協力のお陰でございます
 この筋目を期に初心に立ち返り“以心伝心”の構えで精進して
 いく所存でございます」
以心伝心の言葉を言った途端、会場はざわつき出した。なぜなら、堅物で心を開くことなど全くなかった会長が、言葉や文字ではなく、心でもって相手の心に伝えると発言したからだ。


「私がこう考えるようになったのも、一人の女性と出会ったおかげ
 です。若いながら言葉は的確に的を得ていて、この歳になって気
 付かされることがたくさんあります。私の第二の人生も捨てたもの
 じゃない、と私に未来を照らしてくれた方は・・・」
会長は会場の後の隅に居るつくしに視線を送った。

「その方は、花沢つくしさんです」
つくしの名が発せられた途端、会場は再びざわつき、一人、また一人とつくしに視線が移り、あっという間に招待客の視線はつくしに向けられた。
暫し呆然となるつくしだったが、気を取り直すと満面の笑顔で会長に視線を送って軽くお辞儀をした。その笑顔に会長は勇気を貰い招待客の前で心から微笑んだ。招待客は皆、初めて見る会長の笑顔に目を見開き暫し呆然となったことはいうまでもない。
「つくしさん、ありがとう。これで私の挨拶とかえさせて頂きます」


乾杯の音頭がとられ招待客は寛ぎ始める。
ただ一人寛げない人物がいた、それは類との婚約報道で一躍有名となったつくしを、それなりの地位である者ならば目にして知っているからだ。つくしの周りに人だかりができ身動きが取れない状況の中、救世主が現れた。
「つくし、つくし・・・、こっちに来い」
そう言ってつくしの腕を掴んで会場から出してくれたのは総二郎だった。
「助かったぁ、ありがとう」
「お前の人脈ってすげーな。お前のおかげだって?
 ・・・あの会長まで更生させたのか?」
「バーカ、そんな訳ないでしょ」

「取りあえずお前に報告しておかねえとな。・・・親父が認めた」
「認めたって、・・・もしかして優紀のこと?」
総二郎は微笑みで返事を返した。我が事のように喜ぶつくしは思わず総二郎に勢いよく抱きついた。
「良かったね、総二郎。・・・ホントよかったぁ」

会場から招待客がポツリ、ポツリ出て来る。その中には司とあきら、そして類の姿があった。
「お前ら何やってんだよ?・・・離れろ!」
青筋を立てて声を荒げた司は総二郎の頭を殴りつくしを離そうとする。
「いってーな司、暴力はやめろ」
「うるせッ!」
司と総二郎の間にあきらが仲裁に入る。類はつくしの視線を外すことなく真っ直ぐに寄って来る。


「俺以外の男に触れるの、禁止。たとえ親しい友人でもね」
「ぁい」
つくしは都合悪そうに俯き加減で返事をした。
「クククッ…、怒ってないよ。・・・で、なんで抱きついてたの?」

――追求するところをみると、顔は笑っていても腹の中は・・・
   なんかヤバイ状況?
「総二郎のお父さんが優紀のこと認めてくれたんだって
 あたし嬉しくて・・・つい」
「つい、なに?」
「だから、その・・・、つい嬉しくて」
「嬉しくて?」
類は返答に困っているつくしを楽しげにじっと見つめる。

「もう、またそうやって意地悪するんだから」
類はクスッと笑うとつくしの耳元で囁く。
「他の男に触れた罰。つくしの身体、清めなきゃね」

――清める?・・・なに清めるって?
   たぶんF4の中で類が一番嫉妬深いかも
   司も相当だったけど、司の場合は感情を剥き出しにして単純で
   でも類の場合は冷静で知恵がある
   意地悪さも巧妙で計算されているというか・・・、後が怖い


この会場でつくしが一躍有名になったのと同時に、また類も招待客の視線を浴びることとなった。面識があろとなかろうと容赦なくつくしと類の傍に来ては声を掛けてくる。休むことのない口先からは巧言の言葉が次から次へと吐き出される。
〝好一体の夫婦〟正しく理想のカップルと先程の婦人は言っていた。表面上の顔、言葉と心がイコールなのか、つくしと類は苦笑いして人をやり過ごした。


「つくしさん、会えて良かったわ~」
助っ人登場でつくしの精神は救われた。
「茜さん!お久しぶりです。会いたかった」
先程とは違い、今は自然に笑みが零れる。
「フフフッ… つくしさん、元気そうでなによりだわ
 類くんもつくしさんに会う度に驚かされるわね。ぶいずんご活躍
 なさっているようで、わたくしも嬉しいわ。これからのつくしさん
 楽しみね。類君もそう思うでしょ?」
「ええ、つくしにはいつも驚かされてばかりですよ
 つくしの言動が周りにいる人達が受ける衝撃が強いらしく、人生観
 が変わったとよく耳にします。それだけ惹き付けられるものを感じ
 るんだと・・・、俺もその一人ですけど
 まぁ本人は全く気付いていませんけどね」
「そうね。まぁその鈍感さが良いのかもしれないわね」
「あたしってそんなに鈍感なの?」
「つくしの鈍感は次元が違うし解釈も違う」

「言い忘れるところだったわ、総二郎くんのこと
 このホテルのロビーでばったり家元に遇ったのよ。
 つくしさんに頼まれていた件、きちんと話しておきましたわよ
 これで総二郎くんも心置きなく優紀さんを迎えることができるわね」
「茜さん有難うございます。これで優紀も安心できると思います」
「実の子より孫は可愛いって本当ね
 でも残念な事にあと3日いる予定が急用で明日戻ることになったの
 類くん、つくしさんのこと宜しくお願いしますね」
「はい」

そう言って茜は人込みの中へと消えると、2人の傍に再び巧言を吐き出す婦人方が集まってきた。類とつくしは軽くやり過ごすと、今度は面識のある人たちに挨拶を済ませ、ラウンジに向かった。

久々のF4全員集合、つくしを中心に会話が弾み和やかな時間を過ごす。
思いがけない朗報も有り、つくしにとって今日は嬉しい一日となった。


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2008年11月16日 (日)

fake 後編

後編

「大事な話とは何かな、あまり時間がないから手短かに頼むよ」
和室の座卓を挟んで向き合う類の父、薫は無表情で類の発言を促した。
「僕たちが交際していることは知っていますよね?」
「うむ、それは知っているが。・・・それで?」
「今日お父さんに時間をとってもらったのは
 僕たちの結婚を認めて欲しいからです」
腕を組み険しい表情を浮かべる薫を、類とつくしは緊張した面持ちで見つめる。ほんの少しの静寂が更に2人の緊張感を高めていく。


「お前たちの交際に関して私はとやかく言うつもりはないし
 今までもそうしてきたが、結婚となると話は別だ」
2人の表情は曇った。
「牧野さんには悪いが、結婚となれば一人息子の類には
 この花沢家にふさわしい相手を迎えなければならない
 このことは類も承知しているはずだろう」
案の定、家柄が2人の結婚の行く手を阻む。


「僕は僕が愛した人以外の人との結婚は考えられません
 僕が愛する牧野も僕のことを愛してくれています
 愛している者同士が結婚したいと思うのは当然のことです
 これ以上の理由は必要ないでしょ」
「お前がどう思おうと勝手だが、結婚は認めない
 もっと自分の立場をわきまえなさい」
「お言葉ですが、家柄を選んで生まれてくる事などはできませんし
 身分とかいうのは江戸時代の士農工商を表す言葉であって
 今の時代に身分など無いのですから
 立場がどうだとかは関係ありません」
目の前の薫を見据えてきっぱり自分の意見を主張する類。
つくしは類と薫のやり取りを傍らで緊張しながらも毅然とした態度で見守っていた。


「お父さんは、一度でも息子の幸せを考えたことがありますか?」
「私はいつだって類のことを考えて行動してきたつもりだが」
「でしたら、僕たちの気持ちを受け入れてください」
「どうやら私の考えを理解してもらえないようだな
 こうなれば私にも考えがある」
薫は類の予想外の反撃にたじろぐ素振りも見せずに落ち着き払って、2人に意味深な言葉を投げ掛けた。
「これだけは言っておきます
 僕たちの気持ちが変わることはありません」
そう言い残して類はつくしの手を取り部屋を出た。


「牧野、父さんが言ったことなんか気にすることないよ
 俺たちは希望を捨てずに時間を掛けてでも理解してもらうように
 頑張ればいつかは分かってもらえるときが来るよ」
「うん、あたしもそう思う」
想定内とは言えやはり父親の言葉は心に重く圧し掛かるが、前向きに対処しようとする2人の表情は穏やかだった。
「俺は今すぐにでも牧野と結婚したいんだけどなぁ」
「あたしも・・・だけど・・・
 花沢類の唯一の肉親であるお父さんが認めてくれなきゃ
 結婚しても本当の幸せとは言えないよ」
「・・・そうだね。だけどいつも牧野と一緒にいたい気持ちを抑えて
 過ごす時間がすごくもったいないような気がしてならないんだ」


「うぅん・・・、ちょっと言い過ぎたかな
 ・・・しかし類も大人になったもんだなぁ
 あんなにおとなしかった類が
 私と対等にものを言えるようになっていたなんて・・・」
薫は今更ながら息子の成長を感じていた。
「毅然とした態度だったが・・・、今頃2人は・・・ふむふむ・・・
 落ち込んでいることだろう。・・・どれどれ・・・」
座卓の上に置かれていたメモ用紙を1枚手にすると何かをすらすらと認め、二つ折りにして一人薄笑いを浮かべて使用人を部屋に呼んだ。
「君、すまないがこれを・・・・・・」


「こうして一緒に居る時間が止まっていてくれたらいいのにね」
2人はベッドの上で寄り添うように座り、瞳は熱がこもったようにお互いを見つめ、どちらからともなくキスを交わそうかという時に部屋の戸をノックする音がする。
「だれ?」
「・・・・・・。」
ノックの主から返事がなく、再度声を掛けるが返事がない。つくしの傍から片時も離れたくない類は面倒くさそうに立ち上がると、扉に向かった。
扉を開けた先には人影はなく、足元に小さな紙切れが落ちているのに気付く。その紙切れを拾い上げ開いてみると、見覚えのある筆跡の字が並んでいた。
「プッ!・・・あの父さんがねえ・・・やってくれるじゃん」


「花沢類、どうかしたの?」
「ん?・・・いや別に」
すべてを理解した類は紙切れをズボンのポケットにしまい込むと何事もなかったようにベッドに戻り、つくしを背後から抱きしめた。
「うーん、幸せ」
つくしの髪に頬を預け、両腕には一段と力がこもる。
「花沢類?」
類は返事を返さず暫くつくしの体の温もりを楽しんだ後、耳元で囁く。
「牧野・・・、結婚しよう」
幸福の頂点にいた類は嬉しさのあまりプロポーズをしてしまった。
「・・・えっ?」
意外な言葉に驚いたつくしは類の腕を振りほどいて向き直った。
「いや?」
「・・・だって、さっき話してたことと違うじゃない」
「時間かけて理解してもらうってこと?」
「そう」
「あぁ、あれね、必要ないみたい」
「必要ないって、・・・どうゆうこと?」
「俺たち騙されたんだよ」
「・・・はい?・・・だまされたって?」
「そう。父さんにからかわれたんだよ
 緊張してて全然気ずかなかった、・・・あんな演技までして」
「ねぇ、なんのこと?・・・演技って?」
理解に苦しむつくしを他所に、類は満ち足りた表情で瞳を見つめる。


「もう質問はおしまい」
そう言って類はつくしを包み込む。
「牧野、・・・ありがとう」
「・・・えっ?お礼されるようなことしてないけど」
類の温もりを感じながら囁かれた言葉を考える。
つくしにはまだ何がどうしたのか理解できていなかったが、類の表情を見る限りは何か良いことが起きたに違いない事は明白だった。
「俺を好きになってくれて、ありがとう、つくし」
初めてマジに呼ばれた自分の名に驚きと気恥ずかしさが交錯するなか、つくしは上目遣いでセピア色の瞳を見つめ、言葉を返す。
「花沢・・・類、・・・それはあたしも同じだよ
 るい・・・ありがとう、あたしを好きになってくれて、ありがとう」
どちらともなく抱きしめ合う2人の心は、至福の時を迎えていた。


牧野、知ってた?
君の笑顔には、人を幸せにする力があるってことを
君の涙には、人を優しくする力があるってことを
君の漆黒の瞳には、人を惹き付ける力があるってことを

君が嬉しいと感じれば俺も嬉しいし
哀しいと感じれば俺も哀しい
君の仕草一つ一つが俺の感情を揺さぶることを
君が傍にいるのが当り前で
一日だって会わずにいられないってことを
振り向いた先には
いつも君が居てくれないと不安でたまんないってことを

好きになったのは君の方からだけど
愛したのは俺の方からだってことを
牧野、知ってた?


夢を求める努力を惜しまず精一杯尽くせば
やがて春が訪れる
諦めずに希望を持ち続ければ夢は夢でなくなり
現実のものとなる


4月1日 今日はなんの日か分かるかね?
君たち2人を隔てるものは何もない
今の幸せが永遠に続くことを願う
つくしさんによろしく

薫が残したメモにはこう記してあった

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2008年11月15日 (土)

fake 前編

前編

閉ざされたカーテンを引き、窓を開ける。
背伸びをしながら新鮮な空気を大きく吸い、鈍い脳に酸素を送り込む。
散策するには絶好の日和だ。
眩しい陽光が俺を外へと誘う。


使用人に〝ちょっと出掛けて来る〟と伝え、あてもなく歩く。
普段通ったことのない道をゆっくりと歩き進めて行くと、桜の木に囲まれた大きな公園の入り口の前にいた。一角にあるバスケットコートでは子供たちがバスケをしていて、元気に走り回るその子供たちの姿に導かれるように公園の中へ入っていく。コート脇のひと際大きな桜の木の下のベンチに腰を下ろし、ぼんやりとその光景を眺める。
幾つにも枝分かれした先に生い茂った沢山の花びらが風に揺らめくと、木漏れ日がキラキラと位置を変え、桜の花びらが風にヒラヒラと舞う。桜の花びらで覆い尽くされた公園は晩春の風景を醸し出し、この場所だけが別世界のように演出されたかのように。
俺に心地いい光と暖かな風をくれる。
地面に弾むボールの音と子供たちの声が徐々に遠のき、柔らかな空気に包まれた身体は夢の世界へと誘う。自然の成り行きに抵抗せず瞼を閉じる。


< みすみす退学させてたまるかよ >

< 俺だって守りたいものがあるんだ >

どんなことになっても彼女を守ろうと思った。それが彼女をまき込んだ俺の責任。だから気付いた時には口にしていた〝俺が時間を止めてやる〟と。
静のことで傷心した俺は、司の島で彼女に抱き締めてもらった。5分だったのか、10分だったのか母親のように温かくて、ずっとそうして包まれていたいって思った。
あの頃は俺の心には静がいた。
幼心に抱いた憧れの感情が成長と共にいつしか恋や愛に変わっていた。彼女に出会うまではそう自分で思い込んでいた。


俺のことを思って泣いてくれた彼女、俺の心を軽くしてくれた彼女。
彼女を見る度に心が揺さぶられ、欠落していた喜怒哀楽が無意識のうちに出た。幼時期から共に歩んで来たあいつらだって、俺の心を動かすのに何年もかかった。でもそれは俺自身の意思の元で行動したことであって、無意識ではない。それなのに彼女はいとも簡単に心に入り込み、俺もそれを拒まなかった。
周囲にいる人たちを和ませ、幸せな気持ちにさせる眩しい笑顔と、漆黒の瞳を輝かせて見つめてくる彼女に自然と惹きつけられた。それになんと言っても、誰にも媚びず自分の意志をしっかり持った生き方に憧れた。
俺の知らないさまざまな感情を引き出してくれた彼女、そんな彼女を恋しくも愛しく想うようになり、いつしか独占欲に歯止めが利かなくなっていった。彼女の心が欲しくて、俺の心を受け入れて欲しくて、どれくらい2人の時間を過ごしたのだろう。
俺の想いは届かず、宙に浮いたままいつまで経っても平行線が続いた。今我慢すれば、今をのりきればこの辛さも笑い話にできる、そう何度自分に言い聞かせたことか。

ダメージを受ければ受けるほど心のキズは深く、大きな痛みが増す。だが、その恋が実った時、受けたキズや痛みを補ってあまりある言葉では表現できない最高のモノと変わる。
そう、俺は最高のモノを手に入れた、喜びや希望を与えてくれる最高の宝物を。これまでの人生で、いやこれからの人生でも、きっとこれほど情熱的な恋愛はないだろう。
自分が進むべき道、夢、未来がはっきりと判った今、後はそれに真っ直ぐ進み叶えるだけだ。


「・・・い」

「・・るい」
ゆらゆらと揺れる体、走行中の車の中にいるような感覚で心地よい。
「ねぇ花沢類、起きて!」
微かに聞こえる声と葉のきしめく音がし、重い瞼を少しだけ開けてみる。眠気眼でも認識できる、俺が一番大切に想う女性。
その声の主は呆れたような表情をして俺の顔を覗き込んでいる。視線が合った瞬間、俺は直ぐに目を閉じ、どうして彼女がここに居るのか覚束無い思考を巡らす。


「もうー花沢類ったら・・・」
なんでここに・・・、相当機嫌が悪いようだけど。
待てよ、今何時なんだ?何時間ここに・・・。
「置いて行っちゃうからね!」
隣に座る彼女を逃がさないように両腕で包み込む。
まあ~こんなことしなくても彼女は俺を置いて帰ったりしないことは分かってるけど、この行動にどのような反応を見せるかが楽しくて、止められない。
「はっ花沢類・・・、いきなりこんな所で・・・」
歯切れの良いパンチのある声が降ってこようが俺はお構いなしに彼女の温もりを堪能する。


「違う場所だったらいいの?」
「なっ!・・・そんなこと言ってない」
耳元で囁いた言葉に反撃をしようとする彼女の顔は紅色に染まっていて、それは密着した体のせいなのか、それとも俺の言葉に変な想像をしているせいなのか。まあ~彼女のことだからどちらも当たっているのだろうけど・・・。
「くくくっ・・・、かわいい」
「また人をからかってー
 大体にして迎えに来るって言っておきながら何さ
 ・・・・・・もういい!帰る!」
今度はマジで置いていかれそうな勢いだな。
そんな暢気なことを考えていると、案の定、俺の腕を振り払って立ち上がった彼女。
俺は慌てて声を掛ける。


「夢、見た」
「はい?・・・ゆめ?」
今立ち上がったばかりのベンチに再び腰を下ろし、呆れたような表情をして俺の顔を覗き込んできた。
「うん、司の島に行った時やバスケした時の夢」
苦い思い出だけど、今なら笑顔で話せる懐かしい思い出だ。
「そんな時もあったね、今だから懐かしく思えるけど
 あの時は必死だったなぁ~
 あっ!そうそう、突然、花沢類に〝つくし〟って・・・」
彼女は懐かしそうに目を細めて声を弾ませていたが急に黙り込んだ。
どうしたのだろうかと背ける顔を覗き込んで見る。
「それで」
「なっ、なんでもない」
「〝つくし〟って呼んでほしい?」
「まっ、まさか」
彼女は真っ赤な顔を隠すように背ける。
図星だ。口は否定しても仕草や行動は否定してないよ。
「つくし」
どんな反応を見せるのかが楽しみでワザと呼んでみる。
「・・・えっ?なんで急にそんな・・・」
真っ赤な顔をして視線を泳がす彼女。予想を裏切らない反応が可愛くも愛おしくも思え、再び彼女を腕の中に包み込む。
陽光が降り注ぎ、淡いピンク色の桜吹雪が舞う下、穏やかな心で笑顔を交わすこのひと時がどんなに幸せを感じさせることか。


「花沢類、・・・大丈夫かなぁ」
おとなしく俺の腕の中にいた彼女の口から漏れる不安な声。
そう感じさせるのも無理はないか。
今日彼女と会う約束をしたのは、俺たちの未来を左右するといっても過言ではないほど重大な事がこれから待ち受けているからだ、彼女が不安になるのも仕方がない。それは俺も例外じゃないけど。
「大丈夫、牧野は何も心配しなくていいから
 自分の気持ちに正直でいてくれればいい」
家柄なんて気にすることはないんだ。お互いが必要とし、愛している者同士が一緒になるのは自然なこと。だから花沢家に捕らわれず、周りの雑音なんかを気にする必要ないんだよ。


「牧野、俺は自分の夢を諦める気はないから
 言ってること分かるよね?」
コクンと頷くのを確認して俺は彼女を抱き締め話を続ける。
「夢は、相手の幸せを願って自分を偽っても
 何も手にすることはできないんだ
 牧野、分かるよね?
 その選択が相手にとって幸せとは限らないってこと
 俺たちには高いハードルが待ってるかもしれないけど
 父親になんて言われても
 今、牧野の心に抱く気持ちを大切にしてほしい」


きっと堅物な父親は俺たちのことを許さないだろう。司の母親のように父親も妨害をしたり条件を付けてくる可能性だってある。でも俺はそんなことは気にしていない、まったくと言ったらウソになるけど。俺が一番恐れていることは、それは自分自身の幸せを願う心の背中合わせにある、相手の幸せを願う行動だ。
そう、俺の前から大切な人が姿を消すこと。
「牧野、俺の幸せを願うんだったら、絶対に逃げないで
 独りで頑張らないで、約束してくれる?」
「花沢類・・・。今のあたしは過去のあたしとは違う
 自分を見失って独りで突っ走るマネは絶対にしないから
 あたしは逃げない、自分からも花沢類からも逃げないって約束する」
抱きしめ返してくる彼女の腕に強い意志を感じて、俺は気を引き締めた。

右手に彼女の手を握り締め、左手に不安を握り締めて、俺たちの未来の一歩を成し遂げるために父親が待つ花沢邸へと歩き出した。

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2008年11月14日 (金)

PURE ANGEL[第3章]第6話


第6話

ついこの間まで残暑が厳しく暑い日々を送っていたのに、今ではコートなしでは寒さが身に凍みるほど秋の深まりを感じさせる。

優紀の気持ちも固まり後は総二郎の父を説得するばかりとなったのだが、総二郎の父は茶会で京都と名古屋への出張続きで、一方の茜は日本に帰国する時期と折り合うかが問題だった。そんな状況下でつくしは苛々しながら茜と総二郎の間に立って連絡の取り合いをしていた。

そんなある日、角田から内線が入った。
「若奥様、黒崎様からお電話でございます」
――茜さんだ
「部屋に回してください」
つくしは子機を持つとソファに腰を落ち着かせた。
「つくしさん、ようやく帰国の目処がつきましたので報告をと…」
「い、いつですか?」
「あら、そんなに慌ててどうしたのかしら?」
「・・・えっ?・・・アハハッ・・・、早く総二郎と優紀を安心させたくて」
「そう、だけどその安心させるのはもう少し先になりそうね
 帰国予定は1月15日なのよ。潤さんと進くんが進めている
 プロジェクトが年内に終わる予定なのと、年明け早々には合同
 パーティーや挨拶回りなんかで身動きがとれないの
 それと進くん大学卒業でしょう、本格的に黒崎の人間として
 挨拶を兼ねてと私も多忙になるので、日本に居られるのも
 4、5日間が限度になるわね」
「茜さん、無理言ってすみません。総二郎に伝えておきます
 進、頑張ってるんですね
 これからも進のことよろしくお願いします」
「進くんね、何があっても途中で投げ出すことはしないのよ
 『ダメって分かっていても途中で諦めたら後悔する
 精一杯やっての後悔なら自分でも納得することができる
 反省することができる』そう言っていたわ
 進くんといい、つくしさんといい、本当に良い子に育って
 私たちにとってこれ以上幸せなことはないわ
 娘夫婦にもお礼言わないといけないわね」
「進も頑固なところがありますので・・・
 それに人一倍負けず嫌いなところも」
「あら、やはり姉弟ね、つくしさんもそういう所がありますものね」
「そ、そう・・・ですか?」
「フフフッ・・・、つくしさん褒めているのよ。また何かありましたら
 連絡下さいね、可愛い孫のお願い事は大歓迎よ!
 身体に気をつけて類くんと仲良くね!」


「つくし、ただいま。……つくし、どうかしたの?」
一点を見つめ帰宅した自分の存在に気付かない様子のつくしに、類は背後から声を掛けた。
「・・・えっ?あ、類お帰りなさい
 茜さんから電話があって、そのことを考えてたの」
電話を切った後、つくしは進の成長ぶりに感激すると同時に茜に感謝し、今後の自分の身の振り方を思考していた。
「で、なんだって?」
「茜さんがね・・・・・・」
電話の内容を類に教えた。
「進くん頑張ってるじゃん
 そのプロジェクトって日本でも話題になってるくらいだから
 これが成功すれば黒崎グループはもちろん、進くんの格も上がって
 業界では一躍有名人になるね」
「進・・・大丈夫かなぁ」
「もう少しで終わるんだろ?完成したら行こっか?
 新婚旅行行ってないし、パリで良かったら俺が案内してやる」
「確か・・・パリ郊外だったよね?
 パリでも最大規模のショッピングモールらしいし
 じゃあさ、今からお金貯めなきゃいけないね」
「プッ!その気になったみたいだね、お金の心配はしなくて良いから
 それに行くっていっても1年先くらいのことだし
 その前にどっか行こう、寒くなってきたことだし、温泉にでも!」
やっぱりそうきたかぁ~と、つくしは苦笑いする。

類は着替えもそこそこに上機嫌でパソコン画面と睨み合いを始める。仕事をしているのか画面を覗くと、ネットで温泉を検索。どうしてこんな時だけ行動が素早いのかと感心させられる。

パリ郊外で最大規模のショッピングモールは、総面積は約82万平方メートル、約千の小売店のほか飲食店の数も百を越える。モール内にはジョットコースターや観覧車などを備えるテーマパークやホテルなどがあり、総合レジャー施設さながらになる。なんといっても総工費約820億円にも上るとあって、注目度も高い。
街中の複数の有名ブランド直営店、巨大小売施設との熾烈な競争も予想される。
これを成功させるのもパリで有数の大企業数社、その中の1社が黒崎であり、それを担当しているのが社長の潤と進。F4でさえこんな大きなプロジェクトに携わっている話は聞かないし聞こえてこない。つくしはこのプロジェクトが無事に成功することを祈った。


「くしゅん・・・くしゅん」
冷たい空気がつくしの肌を掠め、くしゃみで目が覚める。
ガウンを羽織り窓を開けて見ると、うっすらと雪化粧した景色に変わっていた。
刻々と変化する自然。
「ぅわあ~、雪が降ったんだぁ~。どおりで寒いはず・・・くしゅん」
つくしは冷たい外気に身震いして慌ててベッドに潜った。隣で眠る類の身体がとても温かく、無邪気に眠る子猫のようだ。つくしはクスッと笑うと、類の体温を奪うかのように冷えた身体を寄せる。

「・・し・・くし」
つくしが目を覚ますと、目の前に心配そうに見つめる類の顔があった。
「つくし」
「ど、どうしたの?」
「つくしが魘されていたから」
つくしの体からは冷や汗が滲んでいた。
類は唸り声で目が覚め、慌ててつくしを揺さ振り起したのだった。
魘されるような怖い夢を見た覚えもなく、つくしは理解が出来なかった。ただひとつ分かることは、それは心臓が飛び出しそうなくらいに鼓動が異常に速まっていたこと。


以前、診察をキャンセルした病院につくしは来ていた。早朝、不安そうに見つめる類の顔が忘れられず病院に行く決心をしたのだった。
「花沢さんは不整脈がでていますね」
心電図の結果を見ながら医師は開口一番そう告げた。
つくしはやっぱりと思いながらさらに医師の説明を聞く。

「まぁ不整脈にも色々な症状がありまして、一番多いタイプは時々
 脈が飛ぶ期外収縮異常に速くなる頻脈症、遅くなる徐脈、全く
 規則性がなくなってバラバラになる細動、大きく分けるとこの
 4つになります」
「4年前にも不整脈と診断されました
 その時は時間に追われる生活をしていたのであまり気にも留め
 ませんでしたが、2年半前にこちらの病院にお世話になった時
 科は違いますがその時の先生に言われました
 ・・・名医を紹介しますので詳しい検査を、と」

「その時の体の状態はいかがでしたか?」
「7月でとても暑くて、私は婚約したばかりでしたので
 毎日記者たちに追われる生活でとても疲れていました
 ・・・めまいや吐き気、息切れなどがありました」
医師は眉をひそめたがそれは一瞬のことだった。
「そうですか。大部分は心臓に病気はなくて、日常生活の中で出る
 のが普通です。ストレスや睡眠不足、飲みすぎ、高カロリーなど
 自律神経のバランスが乱れて出てくるケースです
 ただ花沢さんの場合、症状が出てから4年が経ちますので今日の
 採血とエコーの結果を見てからもっと詳しく検査をしましょう」
柔らかい口調で話す医師
〝検査〟と聞き、未知なる不安が押し寄せてくる。

「期外収縮では気付かないことが多いですが、脈が発作的に非常に
 速くなる場合と静かにしている時に起こることが多く、起こった
 瞬間に自分でも分かりますので、自分で不整脈を感じた際に脈を
 取り、その様子をメモしておいて下さい
 中指で軽く触れて1分間にいくつ打つか数えます。普段から練習
 して、異常を感じたときにチェックできるようにしておきましょう」
そう言って医師はつくしの手を使って脈拍の測り方を教える。
「治療は不整脈によって違いますが、大体は薬で治療します。1週間
 から2週間様子を見て、症状が出たらメモするという形で。但し
 どうしても気になるような症状でしたらいつでもいらして下さい」
「あの……薬だけで治るんですか?」
「どのタイプの症状か分かれば薬で治療します
 花沢さんの場合はまたはっきりと断定できない状態ですので
 それと複数の症状があるようですし、少し様子を見てどのタイプ
 なのか症状を見極めてから薬を検討します。あと、これ以上悪化
 させないためにも適度の運動を勧めます」
「……適度の運動?」
「あまり深く考えずに、散歩程度に気軽に考えてもらえれば」
「あ、はい」
つくしは医師に軽くお辞儀をして診察室を後にした。
会計の待ち時間、つくしは長椅子に座り医師の話を思い返す。


花沢家に嫁いで4度目のお正月を向かえ、以前から誘われていた温泉に類と2人で出掛けた。体がふやけるほど温泉を堪能し、旬の料理を味わい、景色を楽しんだ。
年が明けると類とつくしは挨拶回りで多忙の3日間を過ごした。類も大学を卒業して3年目、花沢家の跡取として本格的に身を固めるために他社との繋がりや上下関係、会社の維持、又はそれ以上に伸ばすために必要な人脈、挨拶やパーティーは横の繋がりとして必要不可欠なもの。
つくしはパリで身に付けた作法や礼儀、語学などをフルに活用して献身的に類のサポートをしていった。つくしの性格と笑顔、そしてその純粋な輝きの瞳は初対面の人でさえたちまち魅了してしまうのであった。

「つくしと一緒で良かった
 俺1人で挨拶に行ってたらどうなってたことか」
「フフフッ・・・、でも前に比べたら類の表情、柔らかくなったね
 まっ、あれだけ類の大好きな温泉に入ったことだし
 上機嫌もあったのかな?」
「ゆっくり休んだからね。・・・昨日行った保坂グループの息子、気が
 あるみたいだから気をつけてよ。つくしを見る眼差しが異常だった」
「アハハハッ・・・。独身ならともかく類と結婚しているのに
 有りえないでしょう」
「鈍感な奥さん貰うと大変だ。あの息子だけじゃないよ
 石亀財閥の息子や月岡商事の息子も、・・・・・・それにその弟だって」
類は不機嫌そうに言うとベッドに寝そべり、リモコン片手にテレビのチャンネルを何度も替える。
「やだ類、なんの観察してんのよ?」
「………。」

返事がない、テレビのチャンネルはかわらない。寝ているのかとつくしはベッドに歩み寄り類の顔を覗き込んだ。
「なんだ、起きてるじゃん」
つくしが去ろうとした時、類はつくしの腕を掴みベッドに座らせた。
「どうしたの?」
「なんか俺、・・・久々嫉妬した。あいつらがつくしを見る眼差しが
 俺が過去につくしを見ていた時と同じような気がして・・・
 どこに行ってもつくしは好意をもたれるから」
真っ赤になって俯くつくしの頬を類は両手で挟み自分の方に向けさせると、愛おしうに見つめる。
「つくしの輝く瞳で、俺だけを映して」
「類・・・」
「振り向いた先につくしがいないと不安になるんだ」
漆黒の瞳には類が、セピア色の瞳にはつくしが映る。
やがて視線は瞳から唇へと移動していく。

今の2人の気持ちはきっと原点に戻った頃の想いだろう
法律上認められた夫婦という保険があっても
ときには互いの想いを確認し合うことも必要だ
原点に戻って
そして言葉にして伝えよう
愛していると


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2008年11月13日 (木)

PURE ANGEL[第3章]第5話


第5話

「つくしゴメン。お昼には戻るから一緒にご飯食べよ
 つくしの大好きなお膳ってやつ、角田さんに頼んでおいたから」
急遽仕事が入った類はそう言って足早に車に乗り込んだ。
「類!行ってらっしゃい!」
つくしは笑顔で送り出した。
――お昼には戻るって言ってたし、それまで何しようかなぁ~
つくしは長い廊下を歩きながら、お昼までどう時間をつぶそうか考えいた。
「今日も天気がいいなぁ~」
9月になっても残暑は厳しく、木や草花や池には朝から太陽の光がさんさんと降り注ぐ。清々しさに誘われるかのようにつくしは中庭に出た。
「ぅわあ~こんなになってたんだぁ~」
つくしはある植物に目がとまり、しゃがみ込んで眺める。
「時折、類様も見てますよ。その子宝草を」
角田が声を掛けてきた。
「・・・えっ?・・・類が」
「はい、今の若奥様のようにしゃがみ込んで眺めてらっしゃいましたよ
 もう直ぐ5年になりますね、子宝草が花沢家にきて」
「もうそんなになるんだねぇ
 類も?・・・どんな思いで見てるんだろう?・・・やっぱり、子供が・・・」
つくしの言葉を遮るかのように角田が口を挟んだ。
「若奥様、類様はとても若奥様を愛しておられますよ
 子供が全てではありません、それは旦那様も奥様も理解しております
 ですから余計なことは考えずに、今の幸せを大切になさって下さい」

角田は23歳の時に事故に遭い、その時に両親を亡くした。角田は奇跡的に助かったが腹部を強打、小腸の一部と子宮摘出と重傷を負った。身寄りのない角田を葵は住み込みで雇い、それから28年が経とうとしていた。
愛する人の子供を産みたいと、女性に生まれたならば誰でも思うこと。だが角田にはそんな平凡な望みさえ叶わないと知った時、計り知れない絶望感を経験した。だからつくしの気持ちはよく理解し分かっていたが、その反面諦めてほしくなかった。希望はゼロではないのだから。

「お昼に伺うと西門様からお電話を頂きました」
「総二郎が?・・・ああ~、そういえば話があるって言ってたっけ
 ・・・・・・角田さんは、結婚って考えなかったんですか?」
「そうね、・・・奥様から縁談のお話を頂いたこともありました
 奥様にも旦那様にも良くして頂いて
 結局はこの花沢家は私にとって居心地が良かったのでしょうね」
「角田さんは今、幸せ?」
「ええ、とっても幸せですよ
 何を思い幸せと感じるかは人それぞれ違うものです」
角田はつくしに優しく微笑むと一礼をして去って行った。
「何を思い幸せと感じるか?かぁ~」
つくしは角田の言葉を繰り返すと再び子宝草に視線を戻した。
――類は今幸せなのかなぁ
   子供は全てじゃないって言ったけど、あたし達の幸せって・・・


ふと時計を見るとまだ10時を少し過ぎた頃。
心を無にして安定させるにはこれが一番と、つくしはある部屋に向かった。行き着いた先は外の音がシャットアウトされる防音設備がなされた空間。
グランドピアノを前にしてつくしは大きく深呼吸をすると鍵盤に指を滑らせた。渚のアデリ-ヌ、別れの曲を奏でていく。パリにいた頃、マリーとリサの3人でよく弾いていた曲だ。
心が穏やかだと自然と奏でる音もそうなるらしい、心と音は平行線。
G線上のアリアを悠長に弾き終えた時、背後から拍手がわいた。すっかり自分の世界に入っていたつくしはびっくりして後ろを振り返った。その視線の先には長い足を組んでソファに座り、微笑を向ける類と総二郎がいた。
「なんでここに・・・、いつからいたの?」
「昼になってもお前が来ないから、類と迎えに来たんだよ」
「もうお昼なんだぁ」
「お前のピアノ聴くのこれが2回目だけど、月とスッポンだな
 司のパーティーの時これくらい弾けたらな
 お嬢の出来損ないくらいには見えたのによ」
「クククッ・・・」
「ちょっと、何よお嬢の出来損ないって?・・・それに類!笑い過ぎ!」
「楽譜なしで弾いてたのか?お前にしちゃ上出来じゃん
 褒めてんだよ」
そう言って総二郎は柔らかく微笑む。その隣では類が笑っている。いつの間にかつくしの顔からも笑みが零れる。
「つくし、ご飯食べに行こう」


類の一言で3人はダイニングに向かい、つくしの大好きなお膳を堪能する。
つくしは笑みを浮かべ満足げに、総二郎は不思議そうな顔をして、類はそんな2人を面白そうに瞳をキョロキョロさせて眺める。
「なんでお膳なんだ?今日なんかの祝いか?」
「別に、ただつくしがお膳好きだから」
「だって、お膳って冠婚葬祭の時ぐらいしか食べられないでしょ
 いろんな種類があって、見た目にも楽しいじゃない」
「午前中、つくしをひとりにしたお詫びのしるし」
「はあっ!?お前ら休日も朝から晩まで一緒にいんのか」
「そうだけど。・・・悪い?」
「いや、ただ、会社でも会うだろ
 だから、・・・その飽きねえのかなぁ~と思って」
「なんで?好きなら一緒に居たいって思うの当然でしょ」
「まあ~あれだ、聞く相手が悪かったぜ。類たちは特別だからな」
「ねぇ~総二郎、優紀のことで話があるんじゃないの」


「・・・実はさぁ、俺と付き合うのやめたいって言ってきたんだよ」
「ちょっと!優紀になんかしたの!?」
「おい!ちょっと待て!今から説明するから
 そのゲンコツ目の前に持ってくんなよ
 ・・・優紀ちゃんはつくしの親友で、一般家庭の子同士だったから
 余計に分かりあえたものがあったんだと思う」
「話がよく分からないんだけど」
「要するにだ、優紀ちゃんは一般家庭の子だということを
 気にしてるんだよ」
「な~んだ、そんなこと。あたしだってそうじゃん」
「クククッ・・・」
「お前なあ~、違うだろ、黒崎の孫だろ
 黒崎って言ったらそのスケールは俺らの家はおろか
 世界の道明寺財閥なんかハナクソみてぇなもんじゃねぇか
 ・・・大体にして一番ボンビーだと思っていたお前が
 お前が司のはるか上をいくんだぞ
 天と地がひっくりかえったようなもんなんだぜ!
 お前分かってんのか?」
「・・・えっ?・・・あっ!そうかぁ」
「だから俺と釣り合わないっていうんだよ」
「総二郎はどう思ってるの、優紀のこと?」
「俺はマジで将来のこと考えてるよ。だから先月親に紹介したんだ」
「やったじゃない!・・・もしかして親が問題とか?」
「お袋は気に入ったらしいが、・・・親父が・・・」
「お父さんが何?やっぱ、家柄?」
「まぁ~それもある。・・・だけど親父を説得できる人間が
 1人だけ居るってお袋が言うんだ」
「へえ~、その人って誰か知ってるの?」
「それは、つくしのお婆さんだとよ」
「・・・茜さんが?・・・なんで?」


「お袋の話だと・・・
 『総二郎さんも知っているわよね、家元が女性にだらしないことを
 昔、家元に説教した人がいるのよ。それ以来性格が変わったように
 家元に徹するようになったの。いわゆる愛人もつくらなくなった
 その方は総二郎さんもご承知の方よ
 つくしさんのお婆様、黒崎茜さんなの。……私は優紀さん好きよ
 とっても可愛くて、素直なお嬢さんで・・・
 総二郎さん、真剣に将来のことを考えているのでしたら
 みなさんから祝福される結婚をしなさい。そのためにも家元を
 説得しなさい』って、つくしの婆さんが親父を説得してくれりゃ
 優紀ちゃんの立場も軽くなるだろ?」
「総二郎の父さんに茜さんが説教ねぇ。クククッ・・・」
「お前の婆さんてスゲーよな
 親父に正面切ってものを言えるんだからな」
「俺らの中ではつくしが一番で
 親たちの中では茜さんが一番ってことだね
 総二郎、俺らはどっちに転んでも頭が上がんないってことだね」
「鬼に金棒ってことか」
「あんた達は・・・。・・・とりあえず、茜さんと優紀に話してみるから」
「おお、頼むぜ」
「総二郎も相当変わったね、完全にポーカーフェイス崩れてるよ」
「お前には言われたくねえな
 ・・・ところでお前らって、見合い結婚?恋愛結婚?どっちなんだ」
「何いきなり、俺そんなの考えたことないよ
 ・・・ん?見合いの日にプロポーズして、・・・見合い?
 ・・・でもその前から付き合ってたし・・・、うーん・・・」
類の頭を悩ませる課題を残したまま総二郎は帰っていった。


つくしは総二郎の言葉が気になっていたが、仕事が忙しいこともあり優紀の時間とが折り合いがつかないまま、総二郎から相談を受けてから3週間が経とうとしていた。そんなある日、つくしは偶然にも取引先のビルの前で優紀に遇う。
「優紀、久しぶりだね」
「あっ、つくし。・・・つくし元気そうだね」
そう言った優紀の顔は笑っていたがつくしには分かった、無理して笑っていると。
世界屈指の大企業である黒崎財閥の孫であり、花沢物産の御曹司の嫁。たとえ学生時代からの親友といっても、壁を築いてしまう自分がいる。優紀の心に重く圧し掛かる家柄、そして〝あたしだけが〟と自暴する心。考えても仕方がないと分かっていても抜け出すことが出来ないことに、優紀の顔に影を漂わせ深く落ち込んでいく。
「優紀、大丈夫?顔色悪いみたいだけど」
「えっ、あっ、平気」
立ち話もなんだからと、つくしは近くの喫茶店に優紀を誘った。


お互いにコーヒーを口に運び暫しの沈黙が流れる。
つくしは優紀の様子を窺いながらカップをテーブルに置くと口を開いた。
「ねぇ優紀、これからどうしようと思ってるの、総二郎のこと?」
優紀はやっぱりそのことかぁ~と思いながら、ふと総二郎の父の話を思い返す。

<総二郎は次期家元になる身
 松岡さん、その時あなたは総二郎を支えることが出来るのかね?
 それなりの家柄で作法を身に付けていたとしても
 茶道というものは複雑で難しいものなんだよ
 何年もかけて身に付けた技術があっても
 華や季節の知識や形と型の思いやりや支え合い
 〝一期一会〟〝美と心〟その時々が勝負なんだよ
 表千家茶道は全国に支部を持ち、また文化交流として海外にもある
 国内は勿論、海外の長期出張もあるだろう
 婦人会やお弟子さんの指導や来客の接待など
 多忙の日々を松岡さんはこなせるのかね?
 西門家には歴史と文化と格式がある、愛情だけではのりきれんよ>


「前につくし言ってたよね、道明寺さんの世界に入る勇気がない
 世界が違い過ぎるって。・・・・・・あたしも総二郎さんの世界に・・・」
「確かに司と付き合っていた頃はそう思ったよ
 世界の道明寺だし、価値観や育った環境なんてまるで違うからね
 でも頭で考えていても何も始まらないんだよ、前に進まないんだよ」
「そう考えられるのはつくしが・・・、つくしがあたしと違うから」
「優紀が何を考え何を思ってるかは知らないけど
 あたしはあたしの性格や考え方があるし
 優紀には優紀の性格や考え方がある
 十人十色なんだからイイんじゃないの。周りがなんて言おうが
 優紀が総二郎を好きだっていう気持ちがあれば
 家柄の違いなんて今始まったことじゃないじゃん
 大切なのは自分の気持ちに正直になることでしょ?」
「そうだけど・・・」
「けど、何?」
「・・・・・・。」
「あたしたちは親友でしょ?
 あたしがパリに留学する時に優紀言ったよね、正直になるって」
「総二郎さん、つくしに何か話したんだね」
「結婚する相手は優紀だけだって思っていたのに
 急に優紀の態度が変わるから心配してたよ
 家柄の件なら問題ないから気にしないで
 それより問題なのは優紀の気持ち、・・・本心を聞きたい」
「あたし嬉しかったの
 総二郎さんが両親に会ってくれって言ってくれたとき
 本当にあたしを選んでくれたんだと思ったから
 ・・・・胸がいっぱいで・・・。でも、お父さんの言葉がどうしても・・・」
「親や家柄は省いて、今の総二郎に対する優紀の気持ち教えて」
「・・・・・・あたしは総二郎さんが好き、・・・・・・結婚したい」
「今の気持ちを大切にしてね。・・・あと、優紀に言っておくけど
 あたしはたまたま黒崎の孫だったっていうことだけで
 あたし自身は何も変わらないし、いつまでも優紀の親友だと
 思っているよ。優紀も同じ気持ちだと思っていてイイんだよね?」
「つくし、ごめん。いつまでも親友だよね」
「うん!総二郎のお父さんのことは任せておいて、対策案があるから」
優紀は全ての不安が取り除けたわけではないが、つくしと話をして少し楽になる。いつまでも親友と言ってくれた心強い言葉や、自分を気遣ってくれた気持ちがすごく嬉しく、心に温かさを感じたのだった。

人との絆というものは、頑丈そうにみえてとても脆いもの。それは親友と呼べる間柄でも同じこと。大切にしていないと、いつの間にか壊れて無くなってしまう。
本当に心から許せる相手というのは、人生の中でそう何人も出会えるものではない。


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2008年11月 6日 (木)

PURE ANGEL[第3章]第4話


第4話

白いチャペルから祝福の鐘の音が辺り一面に響き渡る。
青く澄んだ空、心地いい風が草花の香りを運んで2人を包み込む。あきらと滋の永遠の誓いがたった今終ったところだ。
両サイドから色とりどりの花びらが新郎新婦の頭上を舞い、親族や友人らから祝福の言葉を受け幸福に満ち溢れた笑顔で階段をゆっくりと降りていく。
2人の披露宴の会場となる広大な庭園は、まるで人工の芝かと思わせるほど綺麗に刈り揃えられた芝生が敷かれ、真っ白なクロスを纏った円卓が幾つも規則正しく並んでいる。
類とつくしは隅の方のテーブルに身を落ち着かせた。
「滋さん、とっても綺麗だったね
 いつも落ち着きがないような行動してるけど
 緊張してたみたいで可愛い」
「クククッ…、つくしの方が綺麗だよ」
「ちょ、ちょっと類、こんな所で冗談はやめてよね」
「正直な意見なんだけど」
仲睦まじい類とつくしを眺めていた桜子が2人の元にやって来た。
「ア~ァ、2人の世界に入っちゃって
 ほんとアツアツでやってられませんね」
「桜子、何言ってんの、類の冗談に決まってるでしょ!」
「先輩って結婚しても鈍感なところは変わらないんですね
 悔しいくらいに先輩は綺麗になりましたよ」
「くくくっ…」
「何よそれ?・・・類!笑うんじゃないの」
にこやかに笑う類と羨ましそうに見つめる桜子の間に挟まれたつくしは、褒められたかと思えばおちょくられ、笑われて憤慨して類を睨んだ。
そこに笑みを浮かべながら総二郎が割り込む。
「つくしは相変わらずだな。俺が教えてやるよ
 桜子の場合はだな、人工的に無理して作り上げたフェイスだが
 つくしの場合は、時の流れで自然的に美しくなった
 フェイスってことだよ」
「ちょっと!無理してってなんですか!?」
「まあ~本当のことだからしゃあねえじゃん、そんなに睨むなよ
 それより、あきらの新居先聞いてない?」
「美作邸に住むそうですよ」
「マジで」
「滋さん目を輝かせて言ってましたもの
 なんでも新婚旅行に行ってる間に引越しするとかって」
「だからアイツ何も言わなかったんだな」
「クククッ…、結局そうなるんだよ、総二郎わかったでしょ」
「いや、俺には分かんねぇ」


7月25日 2回目の誕生日

「その花・・・」
「前に類から貰ったトルコキキョウ
 あたしのイメージはピンクって言ったでしょ
 子供のイメージはイエローかなぁ~と思って
 でもパープルにも目移りしちゃって何本か混ぜて貰ったの
 なんか男の子にあげる色合いになっちゃった」
「プッ、つくしらしいね」
2人は仕事の都合で一緒に来れずお寺の前で待ち合わせをしていた。お寺の中に入ると外とは対照的に薄暗く、ひんやりと冷たい空気が2人の肌を包んだ。
つくしは花瓶を準備すると手際よく花を生け始める。その脇で類はポケットからミニカーを出して手の平にのせ、満足そうに眺める。
「類、それ・・・どうしたの?」
「ん・・・、誕生日プレゼント」
「プレゼントって、・・・なんでミニカーなの?性別分かんないのに」
「なんとなく…。ここに来る途中、ショーウインドウで見つけた
 なんか気に入ったから、…青だし、それにプジョーだったから」
根拠がよく分からないつくしだったが、我が子を思う気持ちとミニカーを見て嬉しそうに微笑む類を見て自然と笑みが零れる。
少しして和尚が来てつくしは花を、類はミニカーを和尚に手渡す。
2人は和尚の後ろに正座をすると、ゆっくり手を合わせる。静寂な本堂に和尚のお経と木魚の音がが響き渡り、身が引き締まる。


15分ほどでお経は終わり、お互い会釈を交わすと類は和尚に御布施を渡して供養を済ませた。
2人はお寺を出ると類が予約していたレストランに入った。用意された広く豪華な特別室は寒過ぎず暑過ぎず、爽快で心地いい空気が2人を出迎えた。
「気持ちいいね~」
「うん。俺やっぱ暑いのキライだ」
「アハハハッ…。類って面白いね
 さっきまで紳士の顔してたと思ったら今は子供みたいな態度で・・・
 よくあたしのこと表情がころころ変わるって言うけど
 人のこと言えないよ、類の態度や表情見てると」
「う~ん、似てきたのかなぁ
 つくしの前だと自分が自分でいられるから
 それに、甘えられるからかも知れない
 小さい頃から殻に籠もって感情を抑えてきたからね
 でもその感情もいつしか忘れてしまってたけど・・・
 つくしと生活してつくづく思うんだ
 こんなに幸せでいいのかって、怖いくらいにね」
「やだなぁ、類、そんなマジな顔して」

――つくし、本当のことだよ、本当に心からそう思ってるんだよ
   でも幸せすぎてたまに怖くなるんだ
   いつか終わるんじゃないかって、不安になる時があるんだ
   この幸せが永遠に続くことを・・・
結婚に至るまでさまざまな艱難を相手の痛みを自分の痛みとして乗り越えてきた。結婚後は仕事で時間に追われる生活だが、2人の間に特に問題が生じることもなく、平穏な生活を送ってきている。
類はこの平穏な生活に幸せを感じていたが、その反面すべてが何事もなく順調に進んでいくことに若干の不安をも感じていた。


少ししてボーイがアイスミルクとワインをテーブルに置いた。類は去年と同様にアイスミルクを自分の隣の空席に子供の分として置いた。
「「2歳の誕生日に、カンパーイ」」
その後、直ぐに料理が運ばれてくる。オーダーしていないにも関わらず次々と料理がテーブルに並んだ。
「ちょっと類、いつ頼んだの」
「料理がくるまで時間かかるから、この店を予約する時に一緒にね
 つくしは和食ばっかり食べているからたまにはいいよね、肉も」
「これってコースだよね?」
「うん。一皿ずつ持ってくるの待ってたら疲れるでしょ
 さぁ食べよう」
「うん。・・・良く分かってるんだね、あたしのこと
 この配慮といい、口数といい、出会った頃の類からは
 想像もつかないよ。でも変わらないものもあるよ
 類の笑顔、それと・・・、思いやり」
「前に司に言ったことがあるけど、つくしのことは誰よりも
 俺が一番分かってる。言っておくけど、つくしに出会った頃の
 俺はすべてに興味が無かっただけなの
 つくしは変わらないね、元気で、いじっぱりで、・・・純粋で・・・
 笑顔が眩しくて・・・。そんなつくしが羨ましくも思ったし
 憧れた部分もあった」


<一度詳しく精密検査を受けた方がよろしいですよ
 若いからといって油断していると
 後で取り返しのつかないことになり兼ねませんよ>
留学していた時に病院の先生が言った言葉がつくしの脳裏に浮かんだ。
最近のつくしは動悸がひどく、就寝中に鼓動の乱れを感じて目が覚めることも多々あった。

――流産して病院に入院した時も先生から同じことを言われた
   そして最後に・・・、心臓専門の名医を紹介しますと・・・
   気には留めていたけど、毎日が忙しく時間に追われる生活で
   色々な出来事が日替わりのようにやってきて
   こなすのに・・・、解決するのに時間だけが過ぎていく毎日
   あれから3年半が経つんだぁ
「やっぱり診てもらおうかなぁ~、万が一ってこともあるし」
「ん~・・・・・・、万が一?」
隣で寝ていた類がつくしの独り言に反応した。
「な、なんでもないの、ただの夢だから」
「そぅ・・・・・・ゅめ・・・」
類はだるそうに呟くと、また規則正しい寝息をたてて眠りに入った。
――ふーう、ヤバイ。不安がっててもしょうがいないし、行ってみるか


4日後、以前入院した病院につくしは来ていた。
「あれ?お前何してんの?」
つくしが科の掲示板を見ていると背後から声がかかった。
――この声は・・・、なんでこんな時に・・・、なんでここにいるのよ
   タイミング悪すぎ
「総二郎、こんなとこで何してんの?」
「それはこっちのセリフ、つくしこそ何やってんだよ?」
――まさか、できた?なんてなぁ、・・・まさか・・・
   違ってたら・・・、聞けねぇよな
「あ、あたしは見舞いよ、お見舞い。・・・総二郎は?」
つくしはとっさにウソをついた。ここで本当のことを言って総二郎から類に知られたら心配をかけてしまう、そう判断したからだった。
流産の出来事があって以来、類は常につくしの身体を気遣っていた。
「俺も見舞いだけど。それにしてもお前、見舞いって手ぶらでか?」
「・・・えっ?・・・あっ、イヤもう済んだから」
「そうか」
「じゃぁね」
「あっ!そうだ。つくしに相談があるんだけど、優紀ちゃんのことで」
「・・・優紀?・・・どうかしたの?」
「まあ~後で連絡するから時間空けてくれよ」
大きな花束を片手に奥へと消えて行く総二郎を見送りながら、つくしは診察を受けるかどうか迷った。同じ病院内、またばったり遇う可能性もあると考えたつくしは、今日の診察をキャンセルすることにした。


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つかさっち&るいっち 最終話

最終話

「先生おはようございます!みなさんおはようございます!」
「はい、おはよう」
元気よい挨拶が玄関ホールに木霊する。

「まひるちゃん、おはよう」
「おはようございまーす。・・・・・・あれ?」
時間ギリギリに登園してきたまひるちゃんは、見慣れぬ顔の若い男性が職員室の前で園長先生と話をしているのに気がついた。
(あの人、誰だろう)
まひるちゃんはつくし先生が来たら聞いてみようと思いながら教室に急ぎ、準備をして席に着くと始まりのチャイムが鳴った。


みんな行儀良く席に着くと、教室に入ってきたのはつくし先生となぜか園長先生も一緒だった。
教室内が一瞬ざわめき立つ。
「はーい、みなさん静かにしてください、大切なお話があります」
園長先生の低くよく透る声に静まり返る教室内。
「今日は皆さんに大変残念なお知らせがあります」
教室内に緊張が走る。


「みんなのつくし先生はご家庭の事情により
 今日限りで退職されることになりました」
「たいしょくって!?」
「やめちゃうってこと?」
「え゛~っ゛!!」
「なんでぇ~っ!?」
「どーしてぇ~っ!!」
「やだぁ~っ!つくしせんせー!!」
突然の悲しい知らせに悲鳴があちこちからあがり、泣き出す園児もでた。つくし先生もまた目を真っ赤にしながら涙を堪えていた。
教室内が悲しみに包まれるなか、類くんと司くんはカチカチに固まっていた。2人とも目がテンになり、どこか遠くに焦点がとんでいるようで、口はパカッと開けたままビクリともしない。


「つくし先生、みんなにお別れの挨拶をお願いします」
涙をいっぱいに溜めたつくし先生は一度くちびるを噛みしめると、精一杯の笑顔を見せた。
「先生は今日でみんなとお別れすることになりました
 急に決まったことなので
 みんなとゆっくりお話する時間がないのがとても残念です」
そこまで言うとつくし先生はハンカチで目を覆った。
園長先生がそっと肩に手を置く。
教室内は悲しみで溢れ、あちこちですすり泣く音が聞こえてくる。
つくし先生の涙を見て、司くんも類くんも目の辺りがジュワ~ンとして、唇はワナワナと震え拳を強く握り締めていた。
「みんな、元気でね。・・・・・・お手紙書くからね」
そこまで言うのが精一杯だった。


「さあ、車が待っているからそろそろ行かないと・・・」
園長先生が促すとつくし先生は後ろ髪を引かれる思いで教室を出ようとした。廊下に出たつくし先生の元に、園児たちがひとりふたりと駆け寄って来てすがりつく。
「づぐじぜんぜーっ」
「わ~ん・・・・・・つくし・・・せんせい」
「びえ~ん・・・・・・行っちゃやだ」
つくし先生の周りに泣きながら群がる園児たち。
司くんと類くんは座ったまま教室の天井を見て涙が流れるのを堪えている。


園長先生に支えられるようにしてつくし先生は玄関を出て車に乗り込んだ。
「さようなら~、つくしせんせ~い!」
「バイバ~イ!げんきでねぇ~っ!」
車の窓を全開にして泣きながら手をふるつくし先生。


誰もいなくなった教室に残っていた類くんと司くんは、たまらず教室から玄関へ、そして上履きのまま外へ飛び出して叫んだ。
「つくし先生っ!大好きだったんだよぉ~っ!」
「結婚したかったのにぃ~っ!」
しかし、走り出した車の音とみんなの泣き声にかき消されてしまい、2人の声はつくし先生には届かなかった。
つくし先生を乗せた車が見えなくなるまで手を振って見送っていた園児達も、園長先生に促され教室に戻っていく。だが、類くんと司くんは車が走っていった方向を向いたまま、しばらくその場を離れようとはしなかった。
傷心の涙も枯れた頃、2人は呼びに来た先生に手を取られようやく教室に戻った。
抜け殻のようになった2人は、この日何も手につかないままお帰りの時間を迎えた。


みんな迎えの車へと向う中、司くんは類くんに声をかけた。
「るいっち、ちょっと寄り道していかないか」
「・・・いいけど」
司くんは類くんの車を帰し、自分の運転手に後からついてくるように命じると、2人並んで歩き始める。
「つくし先生、行っちゃったね」
「あぁ、もういないんだよな」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」


しばらく無言のままうつろな表情で歩いていると、小さな公園に続く並木道を抜けて直ぐのところにカフェが開いていた。
「つくし先生と2人で歩いてデーするはずだったのに・・・」
「そうだよな。・・・お茶、じゃなくてコーヒー飲むんだったよな」
「・・・・・・。」
「ちょっと寄っていくか」
「うん」


一目で幼稚園児と分かる服装の2人をいぶかしげな目で見る店員を気にすることもなく、並んだ白く丸いテーブルに向かい合う形で座る。
すぐに黒いエプロンをしたウェイターが水を置き、メニューを差し出す。
「お決まりになりましたらお呼びください」
「もう決まってる、・・・コーヒーふたつ」
「レギュラーコーヒー2つでございますね?
 砂糖とミルクはお付けしますか?」
「いらない」
「ブラックですね?」
「そ、そう、ふつうのぶらっくで」
「かしこまりました」
ウェイターはその場を去った。
落ちかけた夕日がオレンジ色に辺りを染め、ときおり公園の方から風に揺れる枝葉のざわめきと鳥のさえずりがきこえてくる。


「お待たせいたしました」
頼んだコーヒーがテーブルに置かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
コーヒーというものがどうゆうものなのか、また何も入れないことをブラックということも知らない2人。
カップから立ち上るコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
2人は目を合わせるとカップを口元に運び一口すすった。
「にがっ」
「まずい」
2人とも顔をしかめてカップを置く。


初めて飲むコーヒーの味は最悪だった。
「どうして大人はこんなものを美味そうに飲んでんだろう?」
「それは大人だから、じゃない」
「てことは・・・、ボクたちにはまだ早かったってことなのか」
「そうかもね。コーヒーも、・・・結婚も」
カップの中の褐色の液体を無言のまま見つめていた2人は、やがてぬるくなったその液体を無理に飲み干すと席を立った。
支払いは既に運転手によって済んでいた。


道明寺家の車に乗り込み家へと向う。
「早くおとなになりてーなぁ」
「うん、おとなはいいよなぁ」
2人のそんな会話に、運転手はにこやかな表情をルームミラーに向けて話した。
「坊ちゃま方、焦らなくてもいいじゃありませんか
 月日の経つのは意外と早いものですよ
 今はしっかり勉強して、お友達をたくさんつくって
 遊ぶときはおもい切り遊んで、そうしてるうちに色々なことを
 覚えて大人になって行くものです。ましてや坊ちゃま方は将来
 それぞれの家を継ぐべき人なのですから・・・・・・・・・・ん?」
運転手は話の途中で後ろの2人の様子を窺う。
「Zzzzz・・・」
「Zzzzz・・・」
後ろの席で頭をくっつけて寝息を立てている2人。
「寝てしまったようですね、それでいいんですよ
 よく寝ることも子どもの仕事の内の一つですから」
運転手は2人を起こさないように気を使って静かに車を進めるのだった。

~Fin~


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2008年11月 5日 (水)

つかさっち&るいっち 第4話

第4話

午前中は何事もなく過ぎゆき、給食も終わり、昼休みはみんなプレイルームで思い思いに遊び始めた。
そして類くんが昨日の夜、悔しさをバネに考え出した作戦〝つくし先生!目が痛いんです、ちょっと見てください作戦〟を実行するときがきた。
その内容はと云うとなんのことはない、ただつくし先生の顔が近づいてきたら徐にキスをしてしまうだけのことだったが、この作戦を実行しようとした時、類くんにとっても司くんにとっても思いがけない展開が待ち受けていた。


「つくし先生、目に何かが入っているみたいで痛いんです
 ちょっと見てください」
つくし先生は「どれどれ」としゃがんで顔を近づけて覗き込む。
類くんの心臓の鼓動は緊張感で高まってくる。
「こっちの目が痛いんです、よ~く見てください」
つくし先生の顔がどんどん近づく。
予想通りの展開に期待が膨らみ、距離が縮まったつくし先生のドアップの顔に心臓の鼓動はフル稼働で対応する。
(もう少しだ)
そう思った時だった。


「あッ!」
「ぅわッ!」
「げッ!」
同じプレイルーム内でふざけ回って遊んでいた司くんは勢い余ってつくし先生の背中にぶつかってしまった。
しゃがみ込んで不安定な姿勢だったつくし先生は、ぶつかった拍子にバランスを崩し、類くんの身体に覆いかぶさるようにして倒れこんだ。
「る、類くん大丈夫?・・・ケガはない?」
つくし先生は心配そうに類くんの顔を覗き込んだ。
「・・・・・・へ、平気です」


素早く起き上がったつくし先生が振り向くと、そこには呆然と立ち竦む司くんがいた。
「司くんなの?走り回ると危ないよ、もっと周りに気をつけてね」
「ごめん・・・なさい」
(ボクのせいでつくし先生を危険な目に遭わせるなんて・・・
 しかも、よりによってるいっちを巻き込んでしまった)
司くんは生まれて初めて深く反省した。


「類くん、目の方は大丈夫?・・・目は?・・・・・・類くん?」
倒れたまま真っ赤になってのぼせあがる類くん。目の痛みはどこへ行ったやら、類くんは放心状態に陥っていた。
「類くん?」
「・・・・・・あっはい、だ、大丈夫です」
ようやく気がついた類くんはそう言って逃げるようにその場を去った。

(ん?るいっちのヤツ、何か様子がおかしいぞ)

お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、みんなはそれぞれの教室に戻って行った。
午後は3つのグループに別れて、折り紙を折って貼り絵の作成となった。
「あれ?るいっちの顔に何かついてるよ」
「えっ?」
「ほら、口の横のところがピンク色に」
カンナちゃんの一言に、同じグループのまひるちゃんも司くんも類くんの口元に注目する。
「やだ~ッ、るいっちってば、口紅つけたみた~い」
「くちべに?・・・・・・あッ!」
類くんは何か思い出したのか、慌てて口の辺りを園児服の袖でゴシゴシと拭った。
「た、たぶんクレヨンがついたんだよ、そうだよクレヨンさ
 ・・・もうとれた?」
「うん、とれた」


「・・・・・・?」
(るいっちのあの慌てぶり、もしかしてあの時つくし先生の口紅が
 そうだ、そうに違いない!・・・だとしたらボクが・・・)
司くんはショックのあまりそれからは何をやってもうわの空。
貼り絵の時間も手が全く動かず、白紙のまま。
両手で頬杖をつき、目をつむってその時の光景を思い返してみる。
(チクショー!あの時ぶつかってなければ・・・、あの時・・・あの時・・・)


「あら?司くん、まだ何も折ってないの?
 どうしたのかな~、いつもの元気もないみたいだし」
「先生が・・・」
「先生が・・・、どうかした?」
「つくし先生、ボク・・・、・・・ボクつくし先生が好きだっ!
 だ、だからつくし先生はボクと結婚するんだ」
ストレートな愛の告白に、部屋中の唖然とした視線が一斉に司くんとつくし先生に向けられた。


「ありがとう、司くん」
教室内のみんなが唾を飲み込む音が聞こえる。
「その言葉を待っていたの。・・・・・・司くん、結婚します」
つくし先生の頬が緩み、出てきた言葉にみんながざわめき立つ。中には悲鳴のような声をあげる園児もいた。
ひざまずいたつくし先生を抱きしめて頬ずりする司くん。
「つくし先生・・・、つくし先生、大好きだ。ボクが幸せにする」
「司くん、先生嬉しい、・・・司くん」


「司くん・・・、司くん?」
「つかさっち・・・」
「つかちっち?・・・つかさっち!起きろ~ッ!」
「つくし先生、ボク・・・、はッ!?」
「アハハハッ!つかさっち寝ぼけてるし。アハハッ・・・」
カンナちゃんが腹を抱えて大声で笑い出し、それにつられるれるように周りからも笑い声が漏れる。
「つかさっち、机を抱えて頬ずりしてたよ、バッカみたい」
冷ややかな目で司くんを見下ろすまひるちゃん。
「なんでだ?・・・・・・つくし先生は?」
「先生はプリントを取りに出て行ったよ」
「結婚は?」
「はぁ~?何言ってんの。お~い、つかさっち起きろ~」
「つかさっち寝てたよ、夢でも見てたんじゃない」
寝ぼけている司くんに類くんの冷めた一言が飛ぶ。
「ユメ?・・・・・・夢だったんだ」
ようやく状況が飲み込め、意気消沈して溜息ばかりが出る。


そうこうしているうちにつくし先生がプリントを小脇に抱えて戻ってきた。
「は~い、貼り絵の時間はここまで
 まだ途中の人も先生のところへ出してくださ~い」
白紙のまま提出する司くん。
「あれっ?司くんは何もできてないみたいね、どうしたの?」
(だって・・・、つくし先生が・・・)
「つくし先生!司くんたら居眠りしてたんですよ~」
(チッ!まひるのヤツ余計なことを)
「そうなの、司くん?」
「うっ」
「そう、それじゃあこの次はがんばろうね」
「・・・はぃ」
(つくし先生、そうじゃないんだ)
夢と現実の境界線で司くんはまだフラフラしていた。
アクシデントとはいえ、自分のせいで類くんとつくし先生をくっつけてしまったショックと、夢の中の出来事と、現実とのギャップに落ち込む一方の司くん。
(5年間生きてきて最悪の日だ)
この日、類くんは幸福感で一日中ぼんやりとして過ごしたのに対して、司くんは悔いと悲しみでしょんぼりして過ごした。


一日が終わりその日の夜、司くんから類くんに電話が入る。
「るいっち、まだ終わったわけじゃないからな!」
「そんなのわかってるよ、どうしたのいまさら」
「どうもしねぇよ!
 とにかくボクがつくし先生をゲットしてみせるから!」
「ムリ!そうはさせない」
「むりとか言うな!ぜったい逆転してやる」
そう言って電話は切れた。

「なんだよつかさっちめ
 電話をかけてよこして一方的に切るなんて、非常識なヤツ」
そう言いつつも、類くんにはつくし先生とキスしたという心の余裕があった。
(でも、つかさっちのおかげでつくし先生とキスできたんだから
 お礼のひとつでも言うべきだったかなぁ
 ハプニングとはいえ、天がボクに見方してくれたんだ
 ごほうびなんだ)

その夜、類くんの寝顔は天使の笑顔であった。


そして次の日、いつもと同じ朝がきて、いつもと同じ登園風景が見られ、いつもと同じ一日が始まる。ただ一つのことを除いては。

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2008年11月 3日 (月)

つかさっち&るいっち 第3話

第3話

「おはようございま~す!」
いつものように園児達が登園してくる。
「おはよう!」
「司くん?おはよう」
司くんは何かブツブツ言いながら下を向いて歩いて来る。
「あれがこうなるから、こうして・・・こうすれば・・・
 いやまてよ、・・・この場合は・・・」
司くんは先生方の挨拶にも気付かずに教室に向かう。
少しして類くんも登園して来た。
「類くん、おはよう」
「・・・をこうすると、あぁなって・・・、こう言ったら
 こうすればいいんだ。うん、わりとイイかも」
「ちょ、ちょっと類くん?」
類くんもまた司くん同様に先生の声が聞こえていない。
2人は作戦のチェックに余念がない。
こうして2人の対決の2日目が始まった。


午前中はお遊戯や楽器演奏をこなして何事もなくお昼を迎えた。
今日は月に一度の手作りお弁当の日。
各家庭のさまざまなお弁当が机の上で花開く。
数あるお弁当の中で一際豪華なのは司くんのもので、お昼前に特製保温ボックスで運ばれてきたそのお弁当は、前菜から始まるウエイター付きのフルコースランチであった。スープ、サラダからメインへ料理が運ばれ、デザートがサーブされると最後はミルクで締めくくられた。


一方、類くんはというと、専属シェフ特製のサンドウィッチにミルク、サラダデザートのアイスクリームといったメニュー。サンドウィッチとはいっても挟まれた食材は流石に豪華なもので、イタリア産生ハムにチーズ、トリュフのスライスにキャビアなどが当たり前のようにちりばめられている。
デザートのアイスは濃厚なミルクをふんだんに使い、フレッシュな果物のフレイバーで、教室内に爽やかな香りが漂い、特につくし先生の鼻をくすぐる。
「あら?とってもいい香りね、類くんのデザートおいしそう」

その一言が作戦開始のキーワードであった。


「ボクおなかいっぱいになっちゃったから
 つくし先生にも食べてもらいたいんだけど」
「えっ、いいの?」
「うん」
思いを内に秘め、特製アイスを手につくし先生の元へ歩み寄る類くん。
司くんはそんな類くんの様子を異様な目つきで睨む。


「つくし先生
 最初の一口はボクが食べさせてあげるから、目をつむって」
目をつむり完全に無防備状態で口を開けてアイスを乗せたスプーンを待つ。類くんは手に持ったスプーンを先生の口元に運ぶと同時に、自分の顔も近づけていく。
憧れのつくし先生の唇にあと僅かで触れることができると思ったその時。
「先生にだけズル~い」
「類くん、あたしにもちょうだ~い」
カンナちゃんとまひるちゃんの声に反応して、つくし先生の目が開いた。
類くんは反射的に顔を背けてその場を取り繕う。
「アンタたちにあげるアイスなんかないよ」
(もう少しだったのに!あいつら・・・)


「類くん、先生そのアイス貰っていいかな?」
「えっ?あっ、はい、どうぞ」
類くんは諦めてつくし先生に特製アイスを手渡すと席に戻った。席に着いて先生の方を見ると、つくし先生はカンナちゃんとまひるちゃんの3人で仲良くアイスを堪能していた。
(もうっ!まったくアイツらときたら、食い意地が張ってんだから)
今回の作戦が失敗に終わった類くんの怒りは、女の子2人に向けられた。

そんな類くんを司くんはニヤニヤしながら見ていた。
(るいっち残念だったな
 ボクの完璧な作戦で、つくし先生へのキスはいただきだぜ)


お昼の休憩も終わり、午後はお絵かきで始まった。
「今日のお絵かきは、みんなが大好きな人のお顔を書いてみましょう
 みんなの大好きな人って誰だろう?・・・お父さんやお母さん
 兄弟とか、可愛がってるペットとか、それとも仲のいいお友達かな
 決まった人から書き始めていいよ」
友だち同士で向かい合って描いていく者。頭の中に浮かんできた顔を描いていく者。みんなそれぞれ思い思いの顔を描いていく。
そんな中、司くんは大胆にもつくし先生の前に椅子を運んでくると、じぃーっと見ては真っ白な画用紙にクレヨンを走らせた。
「司くんは先生を描いてくれるんだ、嬉しいなぁ~」
心なしか頬に赤みがさした司くんは一心不乱に描き進める。
類くんは内心〝しまった!〟と思う。司くんの動きが気になって気になって、なかなかクレヨンが進まない。


「つくし先生、動かないでッ!」
絵の進み具合を確かめようと立ち上がったつくし先生を、司くんは許さない。
「みんなの絵も見たいから、ちょっとだけね」
「じゃあちょっとだけだよ
 すぐに戻ってこないとボクが描けないんだからね」
つくし先生はニッコリと微笑んで立ち上がると、みんなの机を見て回った。
「みんな上手に描けてるわねぇ
 カンナちゃんはまひるちゃんを描いているのね
 類くんは、・・・類くんはまだ顔の輪郭だけかな?
 ずいぶん四角い顔の人ね」
類くんの絵を覗き込んだカンナちゃんはクスッと笑った。
「つくし先生!るいっちが描いているこの四角いのはね
 マクラだよ、前にも見たことあるもん
 るいっちってね、マクラが大好きなんだって」
(カンナのやつ…、ちょっとカワイイと思ったけど、性格ワル)
「類くん、じゃそのマクラに寝ている人の顔を描こうね」


「つくし先生!早くしてよ、肝心なところが描けないじゃないか
 すぐに戻るって言うから待ってたんだよ」
「ごめんごめん、今もどるから待ってて」
司くんは類くんの視線をビシビシと感じている。
「つくし先生、じっとして」
司くんの手の動きがだんだん遅くなり、やがてその動きが止まった。
「う~ん、どうも納得いかない」
「どうしたの司くん?」
「つくし先生の顔をもっとリアルに描きたいけど、いまいちなんだ
 もっと近くで先生の顔を見てもいいですか?」
「いいわよ、でもなんか恥かしいなぁ先生」
「じゃあ目をつぶっててよ、ほんの少しの間でいいからさぁ」


(なんだかんだ言ってもまだ子供よね。・・・ん?
 何か今くちびるに触れたけど・・・)
つくし先生が驚いて目を開けると、目の前に口を真一文字にむすび、まっかっかな顔の司くんが立ち尽くしていた。
「司くん、今何かした?」
「べべ、べつに・・・何も、・・・それより絵は描けたからもういいよ」
みんなは絵に夢中で気付かなかったが、類くんだけはしっかり見ていた。司くんがつくし先生にキスした場面を。


「やったぜ」
椅子を持って自分の席に戻る途中で、司くんは類くんに向ってにんまりとした。

ボギッ!!
そっぽを向いた類くん、手に持っていたクレヨンが折れる。
(つかさっちに一本取られてしまった
 こうなったら何が何でもつくし先生からキスをもらうぞ)


その日の夜、類くんに司くんから電話がきた。
「なに、何の用?」
「何の用って、るいっち分かっているくせに」
悔しいけど司くんの言いたいことは分かっていた。けど素直にそれを認めたくない気持ちが強く働き、そっけない言葉になる。
「ごまかしたってダメさ、るいっちも見たはずだ
 ボクがつくし先生にキスするとこ・・・いや
 ボクがキスをしたとこを」
「・・・・・・。」
「言葉もないってか。・・・まぁいいさ
 とにかくボクが一歩リードしたっていうことだからな」
それだけ言うと電話は切れた。

勝ち誇ったような司くんの言葉が耳に残る。
類くんは悔しさと次の作戦の計画を立てるのとで、なかなか寝つけなかった。


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Heart always in you 最終話


最終話

夜が白々と明け、やがて爽やかな陽光が差し込む清々しい朝を迎えたつくしは、まどろみの中で不思議な感覚を覚えた。それは、自分しか居ないハズの部屋なのに誰かが居るような、誰かが寝ているような、そんな気配を感じたのだった。
よ~く耳を澄ませば、微かに聞こえてくる寝息のような音。その音の出所を確かめるためにベッドから足を下ろしたその時、何か得体の知れぬ柔らかいモノを踏んづけその拍子にバランスを崩して床に倒れこんだ。
「な、なに?・・・今の」
身体を起こしてその場所を見るが躓くようなモノは見当たらない。しかし、確かに柔らかいモノを踏んだ感触は足に残っていて、微かに温もりさえ感じた。決して寝ぼけていたとか思い込みなどではないと、首を傾げた。
「おかしいな、確かに何か踏んだんだけど」


何かがある、それを裏付けるかのようにこの後つくしの目の前では信じられない現象が起きようとしていた。
徐々に浮かび上がる得体の知れない細長いシルエットに、偶然にも差し込んだ陽光がスポットライトのように照らし出す。それはまるで地球上に初めて生命が誕生した瞬間のように神秘的に映る。つくしはこの現実離れした光景を目の当たりにして、言葉も悲鳴も失いただ凍りついた。
やがてシルエットは鮮明に人の身体を浮き彫りにし、見慣れた天使の寝顔を露にした。
「どど、どうして・・・花沢類が・・・ここに・・・」
つくしは目の前の物体が類だと分かると少しは安心したものの、鼓動の高鳴りは静まらない。どうしてここに居るのか、先ほどの光景は何だったのか、あれこれと思考を巡らすが、結論を導き出すに至らない。

2人が仲直りしたあの日、夕日に向けてかざした天女の涙は一瞬妖しく輝き、類にあることを決意させた。
司が約束通り日本に帰って来た以上、これまで通りにつくしの傍に居る訳にはいかない。何かにつけて時間を共有することも許されないし、何と言っても司がそれを許すはずがない。だから類は最後の小石を使ってつくしの傍に居ようと、昨夜のうちにアパートを訪れたのだった。


幸せそうな表情で眠るつくしを透明になった類が見つめる。
――司とうまくいってよかったね
   笑顔もこの寝顔も・・・、司が居てこそ、か
穏やかさの中に少し寂しさを含んだ笑みが漏れる。
――アンタが絡むと、俺が俺でなくなるんだ
   他人なんてどうでもよかった俺なのに
   牧野、誰かを好きになるって悪くないね
   俺の一方通行だったけど・・・
出会った頃から今日までの出来事を振り返り、その時々に抱いた感情や行動に驚きつつ、懐かしむ。


――目や鼻と同じように、そこにあるのが当たり前で
   身体の一部と感じていた。・・・けど・・・
   それもこれからは意識しなければ傍には居られなくなった
   牧野・・・、幸せになれよ

つくしに寄せていた一方通行の想いを直ぐに断ち切ることはできないと分かっていても、愛する人の傍に居過ぎると自分が辛くなると分かっていても、気兼ねなく傍にいられるのは今だけ。

――もう少し居たら帰ろう。・・・もう少しだけ
そんな想いでつくしの寝顔に見入っていた類は不覚にも睡魔に襲われ、いつの間にか寝入ってしまった。そして天女の涙を口に含んだまま朝を迎えてしまった。ベッドから降りたつくしにお腹を踏みつけられたその拍子に石が口元から零れ落ち、透明だった身体が元に戻る瞬間を見られたのだった。


「花沢類!起きて!・・・ねえ、起きて花沢類!」
悶々とした頭を解消するには当の本人に問い質すのが一番だと声をかけるが、そう簡単に起きてくれる相手ではない。
大きな声で何度も必死に呼びかけるが類の耳には届かず、その代わりに、つくしの大きな声と連呼される類という名に強く反応した意外な人物の耳に届いた。
普段はめっぽう寝起きが悪いにも関わらず一気に覚醒した人物とは・・・。
「ど、どうした牧野ッ!」
「・・・へ?」
目の前にいる類が目覚めて発した声ではない。しかも聞きなれたその声は司の声に間違いない。だけど司の姿は無いしあるハズもないこの異常事態に更に混乱したつくしは、覚束ない足取りでキッチンの方へと後ずさりし、シンクに縋るように身を小さく寄せた。
――い、今のな・・・なんなの?


「あッ!る、類ッ!・・・お前何でここに居るんだッ!」
「ぎゃあー!!」
何も無い空間から発せられた怒鳴り声は、混乱するつくしに恐怖をも与えた。
「ウッ・・・ゲホッ、ゲホッ・・・」
大きな悲鳴に驚いて誤って天女の涙を飲み込みそうになって慌てて吐き出すと、身をかがめて怯えるつくしの腕を掴んで声をかけた。
「牧野、なんかされたのか?大丈夫か?」
間近かで声がし、そして掴まれた腕には温もりを感じる。しかし、目の前には誰も居ない。
「だ、だれ?・・・・・・なんなの?・・・いやああぁー!」
つくしは前屈みになって両手で耳を塞ぎ、目を硬く瞑った。


「牧野、俺だ、道明寺だ」
つくしは恐る恐る顔を上げた。すると、先程までは何も無かった目の前には失った身体の色を取り戻した司が現れ、心配そうな瞳でつくしを見つめていた。
「どど、どうして道明寺が・・・。・・・・・・え?」
「大丈夫か?おまえ、顔蒼いぞ」
「道明寺まで、・・・どうして?一体どうなってるの?
 もしかして、これって夢?・・・夢見てるの、あたし」
ベッドの脇には突然現れてスヤスヤと眠る類が居て、そして目の前にも突如現れた司が居るこの現実を受け入れることができない。つくしは夢の中の一コマなんだと傍観者のように司と類を交互に眺めて逃避していた。
「悪い夢を見てるんだわ。だって、こんなことあり得ないもん
 うん、あり得ない。・・・夢よ、夢」


「おい、しっかりしろ」
つくしは司に肩を揺さぶられて我に返った。これは夢などではなく現実なのだと。そうなると必然的に思うことはただ一つ、なぜ司までもがここに居るのか。そして先程の目を疑いたくなるような現象は何だったのか。
「一体どうなってるの?なんで花沢類やアンタまでここに」
つくしの質問に今度は司がハッとした。
つくしの大きな悲鳴と類が寝ていたことに気を取られ、改めて自分の状況を確認することとなった。
――俺としたことが、・・・寝ちまったのかよ
   これじゃ類と同じじゃねえか!
「ねえ、どうなってるのよ?ちゃんと説明してよ」
そう言われても司は何て説明をすればいいのか困惑した。


見ず知らずの爺様から、周りの風景と同化するという天女の涙を貰った。類との関係を怪しんで目の前で仲睦ましくする2人に嫉妬し、半信半疑だった天女の涙を使って2人の会話を盗み聞きしたり尾行をすることで、自分が誤解していたのだと気付いた。なんてことは言えない。
つくしへの自分の気持ちは分かってもらえたとしても、天女の涙に関してはどう説明したところで理解はしてもらえないだろう。
つくしとの関係が修復された今、最後の一粒は透明になる楽しさを味わう為に使ってしまったのだから、手元に残った空の小ビンを前にその力をつくしの目の前で立証することはもうできない。
――何て説明すりゃあいいんだよ。目、完全に据わってんじゃねぇか


「ちょっと、早く言いなさいよ!」
――ったく、なんで俺だけが責められんだ、類はいいのかよ
「道明寺!」
「分かったよ、言やぁいいんだろ」
2人は台所の前で胡坐を掻く形で向かい合った。つくしは眉間にシワを寄せて凝視し、司は眉間にシワを寄せるものの視線はつくしから逸らしている。
「お前が見たアレはだな、・・・その・・・、信じねえかもしんねえけど
 天女の涙っていう不思議な石があって
 その石を口に含むと透明人間になれんだよ
 お前がこんなセキユリティーのねえボロアパートに住んでっから
 俺様が守護霊役してたって訳よ。・・・有難く思え」
「天女の涙?はあ?・・・アンタ何言ってんの?
 ・・・もしかして、まだ寝ぼけてるとか」
「類でもあるまいし
 おまえが説明しろって言うからご丁寧に解説してんのに」
「全!然!わかんない
 その天女の涙っていうのを出してみなさいよ!」
「・・・いや、もう無いんだ、このビンに入ってたんだけど」
司はポケットから空になった小ビンを取り出してつくしに差し出す。
――ん?・・・これは、確か・・・
つくしは受け取ったその小ビンの形や大きさに見覚えがあった。


つくしはその場から離れて洋服タンスを開けると、奥の方に掛けてあった上着のポケットから全く同じ形の小さなビンを取り出して見比べてみた。
「そ、それは・・・」
司は大きく目を見開いてつくしが手にしたその小ビンを見つめ、それ以上の言葉が出ない。それは正しく司が持っていたあの天女の涙と同じものだった。
「ウ~ン、見たところ、どうやらこれと同じものらしいわね」
「ま、牧野ッ!お、お前それをどこで手に入れたんだ?」
「これはだいぶ前に占いのオジイサンにもらったんだけど
 すっかり忘れてて・・・、このビンを見て思い出したのよ
 何か見覚えがあるなぁって」
「それだよそれ、それが天女の涙なんだ
 俺はそれを使って透明になってたんだ」
「ふ~ん、でも私が聞いた説明とはちょっと違うんだけど」
「えっ?違うって何が?」
「確かあの時の説明では、このビンの中身の名前は、えぇ~っと・・・」
「天女の涙、だろ?」
「違う、・・・何とかの声、・・・天女の・・・
 そう思い出したッ!・・・天女の声よッ!」
「天女の・・・声?涙じゃねぇのか?・・・それでどうなるんだ?」
「それは、とても信じられない話だったから
 だからこのビンのこと忘れてたんだけど
 アンタ達の不思議な現象がこのビンの中身のせいだとしたら
 私も試してみる価値がありそうね」
つくしは司の問い掛けには答えず、小瓶から小石を一つ取り出すと口に含んでニンマリと微笑んだ。


――占いのオジイサンの話が本当なら、これを口に含んでいる間は
   相手の話がウソだったら、マンガのフキダシのように顔の横に
   真実の言葉が見えるはずよ
   そうなれば、真実が全てお見通しになるはずだわ
   さぁどうぞ
   もう一度最初から言い訳を聞いてあげるわよ、道明寺!
小石を口に含んでも姿が消えるわけでもなく、不敵な笑みを浮かべるつくしに司は背筋が凍るようなイヤ~な予感がしたのだった。

FIN


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2008年11月 1日 (土)

Heart always in you 第4話

第4話

「わかった、すぐに行く」
連絡を受けて司は青山の高級ブティックへ車を向かわせた。
「あいつらは?」
「あの店に入りました」
セレブ御用達のその店の奥に2人の姿を確認した司は運転手に待機するように命じると素早く車から降り、例の小瓶を手に人ごみの中へと消えて行った。


「牧野、これなんかどう?かなりイイ線いってると思うけど」
「う~ん、いいけどちょっと地味くない?もうちょい明るめの方が・・・
 あッ!・・・そう、こういうのなんかどうかなぁ」
淡いブルーのワンピースを手に取って自分の身体にあてると、おどけたようにくるっと一周して見せる。弾けんばかりの笑顔と初々しさに、類は目を細めて見つめる。
「ちょっと若すぎ、そんなフリルのヒラヒラはまずいでしょう」
「ハハハァ…、冗談。美作さんのお母さんの領域って雰囲気よね」
「そうかも。クククッ…」

――今日もまた随分と楽しそうにしてんじゃねぇかよ
   牧野、お前いったい何考えてんだ?
   こんな傍に俺がいるっつーのによ


「決めた、これにする」
シックな色使いのスーツを手に、類の笑顔がはじける。
「うん、いい選択だと思う」

――な~にがいい選択だッ!いい加減にしろってんだッ!

「・・・・?」
「花沢類どうしたの、キョロキョロして。・・・何か探し物?」
突然に落ち着かない様子を見せた類をつくしは不思議そうに見つめた。
「ん、いや何でもない。それよりここを出てバッグも見に行こうよ」
「えッ?決めたんじゃなかったの?」
「ちょっと気になることがあって、確かめたいんだ
 店はこのすぐ近くだから、行こう」

――おい!類!いい加減にしろよ、俺の我慢にも限界があんだからな!
   なっ!・・・手・・・握ったな!あんにゃろう、ぶっ殺す!!

店を出て2人並んで歩く後ろにピタッと張り付くようについて行く司の怒りゲージはどんどん上昇していく。
さり気なくつくしの手を握る類が憎らしい。また、一度は手を引いたものの、恥かしそうにして類に応じるつくしの態度も腹立たしい。


一向に離す気配のない2人の手を凝視していた司は、目の前に小さな男の子が割り込んで来たのをいいことに、繋がれた2人の手を目掛けて手を切った。
「「痛っ!痛いっ」」
繋いだ手と手の間に何かが割り込んできて、2人とも痛みを感じて手を離さざるを得ない状態となった。
「イテテ・・・、今の子がぶつかってきたの?」
つくしはそう言いながらも、確かに何かが当たったのに間違いないけど、その子の動きに関係ないタイミングで手を切り離されたような感じがしていた。
「何か当たった、よね?・・・花沢類、何だったんだろう、今の」
類も目に映る映像と身体に感じる感触との間に時間のズレが生じたように感じていたが、何か思いついたのか、一通り辺りを見渡した後、目を閉じ腕組みして考え込んでいた。
「どうしたの、花沢類」
「・・・ん?あっ、いやなんでもない。・・・行こうか」
不思議な感覚にとらわれて少しの間立ち止まっていた2人だったが、その事以外に変わったこともなく、再び並んで歩き始めた。

――そうそう、初めっからそうしてればいいんだよ
   手を繋ぐなんて俺様が許さねえっつーの


歩きながら暫く考え込んでいた類が口を開く。
「ところで牧野、司とはうまくいってるの?」
「・・・ん・・・ううん、・・・なんか最近、喧嘩ばかりしてる」
「どうして?」
「あたしと花沢類のことを疑ってるみたいなの
 ヤキモチ妬いているんだと思う」
「そうなんだ。・・・じゃあ、俺達がこんなふうに並んで歩いてる所を
 見たら、きっと殴りかかってくるかもね」
――類、分かってんじゃねぇか、俺は今モーレツに怒ってるぜ!
   ・・・っていうか、既にお前は俺の中では2回死んでんだよ
「・・・そうかもね。花沢類と違って、感情の浮き沈みが激しいから」


「司が嫌いになった?」
――ああ?・・・類てめぇ、嬉しそうに訊いてんじゃねぇぞッ!
「きらい・・・じゃない。・・・たぶん・・・」
「たぶん?」
――たぶん?・・・たぶん何だよ、牧野、何を言う気だ。・・・お前まさか
「そう、たぶん、・・・・・・スキ
 今はお互いに素直になれないでいるだけなんだと思う
 あたしも反省しなきゃいけないって思ってるし・・・」
――牧野。・・・にしてたぶんって何だよ、俺なら即答すんのによ
「じゃあ司にも反省してもらわなきゃならないね」
「道明寺は別にいいの
 アイツがあたしを思う気持ちは痛いほど分かってるから」
「いや、司にも悪いところがあるはずだよ
 アイツもそれは分かってるはず」

――ま、まさか・・・、あり得ねぇ
司は心臓が止まるかと思った。
それは類の言葉が胸に刺さっただけでなく、類の目が見えていないはずの自分の目と合ったような気がしたからだ。


「ここだよ、ちょっと見てみよう」
中に入ると間接照明を使い落ち着いた感じの店内は、高級バッグがセンス良くディスプレイされ、お客達もいかにもセレブ的な雰囲気を醸し出していた。
類はショルダーバッグを手に取るとつくしに持たせてみる。
「これなんか良さそうだな」
「うん、デザインも良いし使いやすそうね」
「うん、これも買おう。さっきのスーツにも合いそうだし」
――類、テメェ~プレゼント攻撃で牧野を落とそうって魂胆だな!
   もう我慢できねぇ!
司は足音を消すのも忘れてツカツカと近づいていく。その時類は一瞬ニヤリと笑みを浮かべ、サッと身体を翻すとレジへと進んだ。今にも掴みかかろうとしていた司は勢い余ってつくしにぶつかりそうになり、蒼ざめる。
――ヤベッ、牧野に気付かれたらヤブヘビだ
   にしても類のヤツ、よけたのか?
   それとも・・・、ただ運がいいだけなのか?
ようやくプレゼントの品が決まった2人は肩の荷が降りたかのように安堵の溜息を漏らし、店を出た。
――俺様からのプレゼントは受け取らねえのに
   何で類だとイイんだよ。・・・許さねぇぞ、牧野
   あんな笑顔にさせてんのが類だなんて・・・、ぜってー許さねえ


「よかったね花沢類、これで一安心だね。お母様も喜ぶと思うよ」
「うん、牧野がいてくれて助かったよ、ありがとう
 ここで食事に誘いたいとこだけど、それはまたの機会にするよ」
「そんな気遣いしなくていいよ、あたしも楽しかったしさ」
「そう、ならよかった。家まで送ってくね」
類とつくしを乗せた車が走り出すと、その後を司が乗った車がつかず離れずついて行く。
――はぁ~っ。類のカアちゃんへのプレゼントだったのか・・・
   でもまだ油断できねぇぞ、何たってあの類のことだからな


アパートの前で車から降りて部屋に向かうつくしの後を、見えない司が追っていた。部屋の鍵を開けて中に入るつくしの脇をすり抜け、部屋に侵入した司。
――これって犯罪行為だよな
   でも見えてねぇんだから捕まるわけねぇか
つくしは部屋に入るなり電話をかけ始める。
「牧野です、恐れ入りますが司さんに取り次いで頂きたいのですが
 ・・・・・・はい?そうですか、分かりました。携帯にかけ直してみます」

――ヤベッ!
司は電話をかけ直すつくしを見て慌ててポケットの中にある携帯電話を握り締め、まるでコソ泥が逃げ出すように息を殺し、音を立てないように気をつけながらアパートの外へ転がり出た。そして、携帯の着信音が鳴るか鳴らないかの素早さでつくしからの電話にでる。
「あっ道明寺?あたし、牧野だけど」
「よう牧野、久しぶりだな」
「あたし、道明寺に謝ろうと思って」
「あ、謝る?俺に謝んなきゃなんねぇことでもしたのか?」
「ゴメン、あたし道明寺がどう思っているかなんて考えもしないで
 やっと逢えたのに・・・」
「牧野・・・、・・・俺も・・・」
「えっ?」
「俺も悪かった。・・・変に類とのことを勘ぐったりしてよ」
心が通じ合う瞬間、2人にはそれ以上の言葉は必要なかった。
つくしが携帯の通話を切ると、直ぐに階段を駆け上ってくる音がする。


――ふ~む、どうやら丸くおさまったみたいだね
   でも、なんかちょっと残念なような気もするけど・・・
類はつくしをアパートまで送ったあと車だけを帰して、司とつくしの様子を間近で見ていた。
――もうここには居られないな、退散しよう
こっそりとアパートの外へ出た類は口から小石を手の平に吐き出した。
「俺にも付け入るスキはあったんだけどなぁ
 まぁそれができるんだったらとっくにしてるんだけどね」
司とつくしの突然の再会から2人だけの甘い時間が訪れようとしたひと時、あの時、横槍をいれた無機質な電話の電子音、それは類のささやかな抵抗とイジワルだった。
「牧野の傍には俺がいたのに、牧野の心には司しかいないんだもん
 しょうがないさ」


一部を茜色に染めた空から数本の光が射し、神秘的な現象を見せる。類はポケットに忍ばせておいた小ビンを手にして、その夕焼けに向けて小ビンをかざしてみた。一粒残った天女の涙は一瞬妖しく輝き、何かを誘っているように思えた。
「今夜は無理だけど、明日にでも行ってみようかな
 見返りじゃないけど、これぐらいご褒美があってもいいよね、牧野」
類は夕日に向けて足を進めながら、未知なる興奮を思い浮かべていた。


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つかさっち&るいっち 第2話

第2話

「おはようございまーす!」
「おはようございます!」
いつものように元気良く登園してくる園児たち。
たまたま同じ時間に鉢合わせした司くんと類くんは、下駄箱の前でお互いの視線が交錯して火花を散らす。
「まけねぇからな」
「ボクだって」
どんな作戦を練ってきたのか、不適な笑みを浮かべる司くんとは対象的に、ポーカーフェイスで何を考えているのか分からない類くん。
つくし先生をめぐっての2人の戦いが今始まったのだった。


よく晴れていた空にやがて厚く黒い雲がかかると、ほどなくして雨が降り出した。園庭でリズム体操をしていた子供たちは、黄色い声をあげながら教室に駆け込んで来る。そんな中、司くんだけが雨に打たれながら佇んでいた。
そんな様子に気づいたつくし先生は外に出て司くんの元へ駆け寄る。
「司くんどうかしたの?教室に戻ろう」
つくし先生の掛け声と同時に駆け寄る姿を捕らえた司くんは、しゃがみ込んで身を小さくして、まるで捨てられた子犬のように身体を震わせる。
「司くん・・・」
司くんの目線に合わせるようにつくし先生もしゃがむと、司くんは寂しそうな瞳を向けて声を震わせた。
「せんせい、うぅ・・・さむい」
「えっ、大変!早く戻ってお着替えしましょ」

類くんは疑心の眼差しで、手を引かれて園舎に戻って来る司くんを見ていた。
(何か企んでるな)
戻ってくる途中、ほんの一瞬、司くんの目がキラッと光ったのを類くんは見逃さなかったのだ。


教室に戻った司くんはつくし先生にタオルで頭をふいてもらう。
「つくしせんせい、・・・ボク・・・、熱があるみたい」
「えっ・・・熱?・・・どれどれ」
つくし先生の顔が司くんの顔に近づいて来る。すると司くんの顔は見る見る紅潮し、熱で赤みが差したように見える。
「お顔も赤いわね」
そう言われてますます真っ赤になる顔。

つくし先生の顔が近づいた一瞬、司くんが笑みを浮かべたような気がして類くんはハッとした。

つくし先生の両手は頭をふくタオルでふさがっていたため、オデコをくっつけて熱を測ろうとした。オデコが司くんのオデコに触れそうになった時に、司くんはタコの口のように唇をとんがらせてキスを狙っていた。
「つくし先生、あぶないッ!」
突然の叫び声に驚いたつくし先生は持っていたタオルを投げ捨てて身体をすくめた。その頭の上で、司くんのタコ唇が空を切る。
「ど、どうしたの類くん?何が危ないの?」
「あっ!・・・いいえ、なんでもないです」
「もう、先生ビックリしちゃったぁ」
つくし先生の陰で司くんが類くんを睨んでいる。
「熱は・・・、ないみたいだよ
 司くん、お着替えして様子を診ましょうか」
つくし先生は気を取り直すと、司くんの額に当てた手を自分の額に当てて熱を測った。先程まで赤みが差していた頬もとろんとした目も、今はウソのようにギラギラと眼光鋭いいつもの司くんに戻り、つくし先生はとりあえず一安心したのだった。


(くっそー!るいっちめ~!
 よくもやってくれたな!もう少しだったのに~
 今朝の天気予報を見て立てた作戦だったのによッ!)

唇を噛みしめる司くんを横目に、類くんはホッと肩を撫で下ろした。
(フーッ、あぶなかった、つかさっちにしてやられるところだった
 よ~しボクも作戦決行だ)

給食の時間が終わってお昼休みの時間になった。
プレイルームで縄跳びをしたりおにごっこに興じる者、教室でチェスをする者や英語の絵本を読む者など、思い思いに自由なひと時を過ごしていた。
類くんもいつものように自分の机の上に突っ伏して、大好きなベッドの夢でも見ているかと思いきや、キラリと光るその目で辺りを見渡し、気付かれないように教室を抜け出し、職員室に行ってつくし先生を呼んだ。
「どうしたの?類くん」
「つくし先生、・・・ボク、・・・先生にお話があります」
「・・・ん?何かな~お話って」
「ないしょのお話だから、耳を貸してください」
「えっ!耳を・・・。・・・う、う~ん、いいわよ」
(予定どおりだ)
「今なにか言った?」
「まだ何も言ってませんけど」
「そうよね。・・・はいどうぞ」
つくし先生は類くんの目線までしゃがむと、耳の上の髪をかきあげた。


類くんは両手を耳にそえて口を近づける。
「つくし先生、実はボク・・・」
その先は何も考えていなかった。
類くんの作戦では、この時につくし先生のほっぺたにキスをする予定だったのだが、想定外の出来事が起きた。
「あははははは~くすぐったい。……あっ、ごめんごめん
 類くんの息がかかってくすぐったくて我慢できなかったの」
(あたしって耳が弱点なのよね~
 類くんに言っても分かんないと思うけど)


キョトンとする類くんは再度チャレンジしてみたが、つくし先生はまた笑い出してしまった。
(ダメだ、全身に鳥肌がたってる)
さっぱり意味が分からない類くんは、さすがに3回目も笑い出したつくし先生に怒りが爆発する。
「つくし先生!大事なお話なんだからまじめに聞いてください!」
類くんの真剣な眼差しに圧倒され、つくし先生も真顔で見つめ返す。
「ごめんなさいね類くん、先生は内緒話が苦手なの
 誰もいないところで普通にお話ししましょうか」
(ガーン!こんなはずじゃ・・・
 ひそひそ話にならなきゃ意味ないよ)
「つくし先生、もういいです!僕の中で問題は解決しましたから」
「・・・えっ?・・・そうなんだ」
類くんは精一杯の言い訳をしてスタスタと教室に戻って行った。
「一体なんだったの?」
つくし先生は口を半開きにしてポカーンと類くんの後姿を見送った。


間もなくお昼休みの終わりを告げるチャイムの音で我に返ったつくしは、急いで職員室に戻る。
その後何事もなく一日は過ぎ、司くんも類くんもお迎えの車で帰路に着いた。
「ふぅー、今日は何だか疲れちゃった、何だか変な一日だったなぁ」
つくし先生は類くんと司くんに振り回された今日一日を振り返って呟いた。

その夜、花沢家の電話が鳴った。
「もしもし、道明寺です。類くんをお願いします」
少しして類くんが電話に出た。
「なに?」
「なに、じゃねえだろ!なんでボクのジャマしたんだよ!
 もう少しでつくし先生にキスできたのにさぁ」
「そんなこと言われても
 あの時はとっさに言葉が出ちゃったんだもの」
「まったくもう、これで〝つくし先生、ボク熱っぽいんです作戦〟は
 使えなくなったじゃないか」
「おあいこだよ
 ボクも〝つくし先生、耳かして作戦〟で失敗したんだから」
「えっ、るいっちも失敗してたの?・・・いつの間に・・・」
「まぁ、話せば長くなるから、・・・ってゆうか
 なんで失敗したのか分からないんだけど」
「今回は2人とも失敗だったんだから最初からやり直しだな」
「そうだね、ここでケンカしても何も決まらないしね」
「それじゃ次からはお互いの作戦のジャマはしないことにしよう」
「うん」
「それに、お互いに知らないところで
 作戦を決行するのもなしにしよう」
「そうだね、成功したとしても証明できないし」
「よしっ!明日からまた仕切り直しだ」
「ん、そうしよう」
再び交わされた約束により出直しとなった戦い。


電話を切った後、2人は早速つくし先生にキスする作戦を練りはじめた。
「う~ん、あれをこうするとこうなるから、・・・う~んダメだ
 あっ!そうだ!明日はあれだから・・・。よしっ!それで行こう」

「え~っと、あれをこうして・・・ああすれば・・・こうくるから
 その時はこうして・・・、うっ、ダメだ
 ・・・う~ん、あっ!そうだ!その手があった、それで行こう」

その夜、2人は思いついた作戦を夜遅くまで煮詰めることになる。


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