PURE ANGEL[第3章]第9話
第9話
時計を見ると20時15分になろうとしていた。
つくしは手早く書類を束ねるとカバンに押し込み、社員の様子を眺める。
――いろんな人がいるんだねぇ~
親しめずに浮いてる人や親分肌の人・・・あの人なんて
マシンガントークだし・・・調和が取れてる人もいる
ホントさまざまだね
もしあたしが類と結婚してなかったら、黒崎の孫でなかったら
どこかの会社に就職して、こうして教育受けたんだろうなぁ
あたしはどんな職に就いてたのかなぁ
そんなことを思いながらつくしは演台の中央に立った。
「皆さん、今日はこれで終了です。お疲れ様でした」
長い一日の研修を終えた新入社員は安堵の溜息を吐きながら出口に向かい歩き出す。
「キャアー!!」
「うっそ-!!あの方が・・・、本物なの?」
「道明寺様・・・ステキー」
少しして出口の方が異常に騒がしくなった。その悲鳴にも似た歓声に何事かとつくしも出口に向かうと、急に騒がしくなった理由が理解できたのだった。
そこにはビシッとアルマーニのスーツを着こなし、青筋を立てて新入社員を見送る司の姿があった。その司がつくしを視界にとらえた瞬間、照れくさそうとも都合悪そうとも窺える顔つきへと変わる。
「どうしたの?」
「終わる頃だと思ってよ」
「珍しいね、こんなにたくさんの人がいる所に来るなんて
なんか用事でもあった?」
「いや、飯でも食いに行かねえかと思って」
「ごめん、ちょっと急用ができちゃって・・・、仕事が残ってるんだ
明日のお昼、時間が取れたら連絡するけど、どう?」
「おう、分かった。相変わらず忙しそうだな、お前は」
それぞれの部屋へと向かう廊下を歩く新入社員の話題は、もちろん先程目にしたつくしと司で話が持ち切りになる。滅多にお目にかかれない司を目の前で見たのだから騒ぐもの無理はないが、そんな話をしている新入社員の横を無表情で通り過ぎる類にとっては不機嫌になる元でしかなかった。
つくしは司と別れた後、ルームキーを貰うためにフロントに向かった。
つくしを視界に捕らえたフロント係りは〝お疲れ様です〟と声を掛け、ルームキーを手渡した。朝手にしたカードキーの色と今手にしているカードキーの色が違うことに気付いてフロント係りに訊ねるが、納得いく説明に至らなかった。
――なんで部屋が替わってるの?しかも・・・
疑問に思いつつエレベーターに乗り込み、渡されたキーの番号に向かった。
つくしが部屋の扉を開けると、そこは見覚えのある空間が広がる。1泊18万円、総二郎と優紀に仕組まれたことも知らずに司と入った部屋だった。
「えー!なんで?」
奥の部屋から笑みを浮かべた類が出て来て、つくしは更に混乱する。
「そんなに大声出さなくても」
「な、なんで・・・、なんで類がいるの?」
「帰るの面倒だし、たまには違う部屋で寝るのもイイかなぁ~って」
「面倒って・・・、ここに来るのも帰るのも同じじゃん」
――あれ?違う部屋で寝るってことは、泊まるってこと・・・だよね
あの着替えは・・・、そうゆうことだったの
「類、もしかして・・・、最初からここに来る予定だったんじゃあ・・・」
「あれ、バレた?つくしにしては理解するの早かったね」
「どうゆう意味よ?」
「それより早くご飯食べよう」
類はギリリと睨むつくしの手を引いて隣の部屋に連れて行く。そこにはたくさんの料理がテーブルの上に並べられ、主が座るのを待つばかりにセッティングされていた。
昼食を食べ損ねたつくしのお腹はその色彩と匂いによって活発に運動し始めた。類に促されるままつくしは満足そうに料理を口に運ぶ。
「司に会ったって?」
「・・・え?あっ、うん」
「なんだって?」
「ご飯食べに行こうって、ただそれだけ」
「ふ~ん」
――何よその疑いの眼差しは
待てよ、今日トラブルがなければ司に断らなかった
・・・ってことは司と食事に行って・・・類はこの部屋に居て
ヒエエェェ~。大変なことに・・・
何も後ろめたいことはしていないのに、何故か類の顔色を窺おうと恐る恐る視線を向けると、そこには見透かしたような瞳があり、つくしはどきりとする。
「顔、蒼いよ。・・・・・・あっ、今度は赤くなった」
「いいからほっといて!」
類の顔を退かすと黙々と料理を口に運ぶつくし。その様子を楽しそうに眺める類。
「ああ~気持ちいい」
食事をしっかりと堪能し少し寛いだつくしはジェットバスにつかり疲れきった身体を休め、暫しの幸福感を堪能する。
「あと1日よ頑張らないとね」
長い一日の終わりにホッとしていたのも束の間、本業の大事な問題を抱えていた事を思い出してバスタブから飛び上がった。
「書類っ!・・・そうだ、それが残ってたんだ」
つくしは着替える時間も惜しみバスローブのまま書類に目を通し始める。
「ああ~こんなことになるんだったら分けておくんだった
これだからコンピューターって信用なんないんだよね、ったく・・・」
全てプリントアウトしていたため時間さえあればこの危機を乗り越えられるのだが、他の書類と一緒に仕舞い込んでいたため、必要な書類だけを間引きしなければならない現状に焦りと苛々が募る。
「何ブツブツ言っての」
ソファで作業をするつくしの背後から類は腕を伸ばす。
「ねえ~、それ今からやるの~?」
耳元で囁く甘えた声に、つくしはイヤな予感を覚える。
「そう、だから類は先に寝てて良いからね」
「俺ひとりで寝せるの?」
類はつくしの腕を掴んでベッドの方へと足を進める。
――甘えた声になるとヤバイんだよね、イヤな予感的中
今はそれどころじゃないんだよ。類、勘弁してよね
どうにかして雰囲気を変えなきゃ、どうにかして・・・
「あれ、類は今日、指導者って言ってたよね?別の意味って?」
つくしは明るく類に問い掛けるのだが、返事が返ってこない。
類はつくしをベッドに座らせると自分も隣に腰を下ろし、愛おしむように見つめる。
――類、そんな目で見ないで・・・応えられないよ~
「類、あたし・・・」
類は言葉を封じ込むように少し乱暴に唇を重ねた。
「真っ直ぐここに来てくれたからイイけど、・・・もし司と一緒に・・・」
少し乱暴なキスが、頬に、耳元に移動する。
「俺は、またつくしにジェラシーを感じる」
囁かれる言葉に異様なムードを感じる、このままでは済まないと。
つくしは類の滲んだ瞳から唇にゆっくりと視線を移動させ、手を類の首に回して引き寄せるように自分からキスをした。つばむように何度も角度をかえてキスをして、少しずつ類を自分の身体の下の方へと体勢を変えていく。
いつもと違ってリードされる側にまわった類はそんなつくしに驚きつつも、与えられる刺激を楽しんでいた。
「つくし・・・」
つくしは類のバスローブのヒモを解きゆっくりと引く。その間にも唇は重なったままで、舌が絡み合いどんどん深いキスになってゆく。
バスローブの前がはだけ目の前に類の白い肌が露になる。
――つくし、流されたらダメよ、ここで溶けちゃダメ
つくしは自分にそう言い聞かせながら、類の首筋から胸にかけてキスで攻めつつ指と指を絡ませ、そのまま頭上に移動させた。恍惚とした表情で目を閉じた類の頭上で先ほど解かれたバスローブのヒモが類の両手に巻かれてベッドに結び付けられていた。
「つくし・・・、これ何のまね?・・・つくしにこんな趣味あったの?」
きつく縛られて始めて異変に気がついた類。
「んな訳ないでしょ。〝おとなしく待ってて〟って言ったのに・・・
悪い子なんだから。・・・類ゴメンね、応えられなくて」
そう言ってつくしは類に軽くキスをするとあっさりと部屋を出て行った。その気になっていた類は目がテンになっていたことはいうまでもない。
「つ、く、しー!」
――ごめん、ホントごめんね類、今はそれどころじゃないのよ
悪いと思いながらも気を取り直してパソコン画面と書類の睨み合いを始める。
目の疲れを感じたつくしは手を休め、ふと時計を見る。針は12時を回っていた。
「あっ!類、・・・忘れてた」
隣の部屋に行くと結んだはずのヒモは解けていて、規則正しい寝息をたてて眠る天使の寝顔があった。
「ごめんね、類」
暫しの間、疲労した身体を天使の寝顔で癒す。
ある程度の書類をまとめ終えた頃には外はもう明るくなっており、東の空は薄い紅色がビルの窓ガラスに反射して、キラキラと宝石に対抗できる輝きを放っていた。
2日目 7時30分~11時30分
「おはようございます。これからストレスについて代表者の方に発
表して頂きます。発表して頂く順番はアシスタントが知らせます
ので、速やかに前に出てくるように。それでは始めてください」
こうしてグループごとの代表者の発表が始まった。
つくしは各代表者の表情や口調を注意深く観察する。
ストレスとは精神的圧迫、強制、過度の疲労などから起こるものが多い。
現代の若者は不平不満、日常の生活で自分の思い通りにいかないことにストレスを感じているようだ。個人的コンプレックス(容姿・性格)異性や同性など、人間関係全般に対してがほとんどで、一部に社会情勢に対して不満というものもあった。
ストレスを感じないタイプ
外交的で交友関係が広い、おしゃべりが好き、笑顔が多く見られる。家庭円満、図太い、適度の容姿を持つ、健康、落ち込みが少ない、物事をプラス思考に考えるなど。
「発表を聴いて皆さんは何を感じましたか?いろいろな形でストレス
は自分の身に降りかかり避けて通る事はできません。溜め込まない
ためにもその時々の対処が重要になってきます
数日後には新社会人として慣れない仕事が始まります。今まで感じ
たことのない緊張や責任といったことが重く圧し掛かってくるかも
しれません。意識改革をしてみてはいかがでしょうか?
午後の部はラフな服装で大広間に集合して下さい
これで午前の部を終了します」
新入社員は皆部屋を出て行き、静まりかえった部屋につくしは一人座っていた。
徹夜で書類をまとめたもののまだ難題が残されていた。重要な部分は暗号化されている為、それらを全て解かなければならなかった。その事を考えるとつくしは虚脱し大きな溜息が漏れる。
「ああー、これってストレスかなぁ~」
「プッ!働き過ぎ!」
中央にポツンと座り楽しげに見つめる類の姿があった。
「どうしてここに?・・・っていうか、ビックリさせないでよ」
「つくしがボーッとしてるからでしょ」
「失礼ね!集中してたの。類といい、司といい・・・」
「ああ?俺がどうかしたのか?」
「えーっ!司までどうして?」
「やっぱりな、・・・昼飯食いに行くって昨日言ったろ?
お前のことだから忙しさにかまけて忘れてんだろうと思ってよ」
「あっ、ごめん。・・・忘れてた」
「ったく・・・、とりあえず行こうぜ」
3人は司が予約した中華料理店へ向かった。
――やっぱ約束してたんだ
司のことだからつくしに会いに来るとは思ってたけど
店に入ると一番奥の部屋に通される。そこは30畳程のスペースに10人程が座れるタウンテーブルが中央に陣取っていた。席に着いて5分もしないうちに料理が次々と運ばれてくる。その品数、10品。当然つくしは目を丸くして料理を眺める。
「ちょっと、誰がこんなに食べるのよ?」
「決まってんだろ、お前に。飯食う暇も惜しんで仕事してんだろ?
こんくらいの種類があったらどれか食いたいもんあるだろ
その他に食いたいものがあったら言え、注文すっからよ」
「司、・・・ありがとう」
所狭しと並べられた料理をつくしは獲物を狙うかのように瞳を輝かせて品定めをすると、皿いっぱいに料理を乗せて食すことに専念した。
「まるで俺が暇みたいな言い方だね」
不機嫌そうに言う類。
実際は面白くなかった。普段自分たちには見せない司の優しい顔付きと労わりの言葉が、類の嫉妬に拍車をかける。
「類、拗ねんなよ。独りで中華食ってもうまくねぇし
ただそれだけだ」
「ふ~ん」
「なんだよ?」
「別に。テーブル回しながら独りで食べる司の姿想像したら笑える」
「るっせー。とりあえず食おうぜ」
司と類の会話に耳を傾けることなく満足げに食べるつくし。司はそんなつくしを満足そうな顔をして料理を口に運ぶ。時折見せる笑みに、類は複雑な心境にかられる。
司の瞳に映し出すつくしの姿、その先に何を映し出しているのか。
つくしと出会ってから休むことのない、つくしへの支配欲が募る。

