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オーブ光の天使 第20話


第20話


「本当に行っちゃうんだね
 寂しいよ、つくしがいないなんて寂しすぎるよ」
「し、しげるさん、・・・あたしも・・・うっ・・・く、くる・・・しぃ」
「滋さん、先輩の骨、折れますよ」
「お前、手加減ってもの知らねえのかよ」
「そうだよ、大切な僕のつくしちゃんになってことするんだよ」
「いつから和也のつくしちゃんになったんだよッ」
あきらが和也にヘッドロックを決め、締め上げる。

成田空港でつくしを囲んだ仲間たちは皆、寂しさを隠して微笑を向けていた。
先日高等部を卒業したつくしはそのまま英徳大学に進む予定であったが、急遽その予定を変更し類の父が居るパリに類と2人で留学することになり、こうして仲間たちは2人の見送りに来ていたのだ。

「慣れない場所での生活になるんだから
 つくし、独りで頑張っちゃダメだよ」
「そうですよ、先輩
 男の人って、好きな人から頼られると嬉しいものなんですよ」
優紀の言葉に桜子も賛同し、小悪魔的な笑みを浮かべながらつくしの耳元に近づく。
「好きな女性から甘えられると、男の人は燃えるそうですよ
 一度、花沢さんの胸で燃え尽きてみてはどうですか?センパイ」
「なっ!」

「牧野のことを頼んだぞ、類、お前に託すんだからな」
「プッ!総二郎だったらどうしたの?」
「容赦しねえよ・・・と言っても、最初から俺らは
 牧野にとって恋愛の対象者から外されてっけどな」
「悔しいけど、それは言えてるな」

「牧野を悲しませるような真似だけはするなよ」
「うん、分かってる
 牧野と両親に誓った言葉は守るよ、俺の願いでもあるし」
「あと事故の件だけど、情報が入り次第報告すっから、用心しろよ」
家族の事故以来、花沢物産や関連会社は何事もなく今日に至っていた。しかし、未だに目的や首謀者は闇の中で、彼らの親の力を持ってしても何一つ掴めないことが気がかりだった。

「牧野、これは俺からの卒業と入学祝いだ」
差し出したあきらの手の平の上には、プラチナの羽を広げたエンジェルの身体にアメジストが埋め込まれキラキラと輝くネックレスが乗っていた。
「無条件で貰ってくれるよな」
いつもの如く躊躇するつくしにあきらは返事を待たずにさり気なく首につけてやる。

つくしはひんやりと冷たいエンジェルを指に取るとあきらに笑顔を向けた。
「美作さん、ありがとう、大切にするから」
「当然だろ、それは俺の誕生石だからな
 俺のパワーを牧野にも分けてやるよ
 あと、親友の証として、俺がいるってこと、忘れんなよ」

「牧野、俺からもプレゼントがあるんだ
 当然、俺のも無条件で貰ってくれるよな」
内部に含まれる胴の影響によって空色に発色する、丸玉のターコイズのブレスレットが総二郎の手の平に乗っていた。

「お前は今までいろいろな事があったからな
 でもこれを身につけてると安心だぜ
 なんたって迫り来る危険から身を守る石だからな
 それに旅の保護石だから
 これから旅立つお前にはピッタリだろ」
つくしの細い手首に総二郎は自分の想いを託したブレスレットを優しく着けた。

「お前、いつも空を見上げてたよな、真っ青な空をさ
 このターコイズは、アメリカンインディアンの間では
 〝美しい空〟を表す石なんだぜ
 日本を離れても、見上げた空は繋がっている
 牧野と俺たちの絆と同じように」
普段はあまり態度や言葉に出さない優しさや思いやりは、一時の別れ際で人を素直にさせる。強い絆がより深く結び付き、決して失いたくない大切なものへと変わる。

自分だけぬけがけしようと思っていたあきらは驚きと不満で総二郎を見る目付きが悪くなる。類も不機嫌そうに眺めていたが、感動で涙するつくしの顔を見ていると自然と笑みが零れ、2人の思いを快く受け取ることにした。

敏感に察した総二郎はニタッと笑い
「あきら君の考えてることぐらいお見通しなんだよ
 まっ、俺の場合は牧野と同じ誕生石だからな
 パワーも2倍ってことなんだろうが」

総二郎はあきらの肩に肘をのせ勝ち誇ったように声を弾ませると、類に向き直った。
「類、ささやかな俺の気持ちだ、これぐらいイイだろ
 ワザと〝薬指〟残してやったんだからよ、お前のために」
「クククッ、総二郎が気を使うとはね、諦めたんだ」
「まだ立ち直れないほどに好きだよ」

つくしが与える影響の凄さは分かっていたつもりでも、さらっと真意を口にする総二郎を見て、類はより一層つくしの偉大さを思い知らされる。また、誰もがつくしを必要とし愛しているのだと、別れを惜しむ仲間たちを見て実感したのだった。

別れを告げるようにアナウンスが流れる。
悲しみや寂しさを抱きながらも2人に精一杯の笑顔を向ける仲間たちを暫し見つめた後、類はつくしの手を取ってゲートに向かって足を踏み出した。

「つくしー、元気でね、会いに行くからねー!」
「先輩、桜子が言ったこと、必ず実行してくださいよ」
「つくし、絶対に無理しないでね」
「つくしちゃんの傍がいい!僕も留学するー!」
「類、牧野、ガンバレよ」
「Bon voyage!」


類とつくしを乗せた飛行機は青空に吸い込まれ、遠のいていく様子をただじっと寂しげに眺める仲間たち。
「行っちまったな」総二郎がポツリと呟く。
「行っちゃたぁ」また滋も寂しげに呟く。
「寂しくなるな」とあきらも呟く。
「あぁ・・・」
総二郎は気のない返事とは裏腹に心の中は既にこうなってしまった元凶への恨みが湧いてきた。

――類と牧野がパリに留学することになったのも
   アイツのせいだ
   司の奴、あんなに執念深いとは思わなかったぜ
   俺から牧野を遠ざけやがって、・・・司、憎むぜよ

つくしは類を選んだが、総二郎は彼女と共有できる時間と笑顔が見られればそれでよかった。幸福よりも祝福を選んだ彼はそんなささやかな願いも司によって砕け散った。

司との一件があり、つくしがこのまま英徳大学に進学すれば嫌でも司と顔を合わせることになり、追い討ちをかけるような彼の攻撃に精神は耐えることはできないだろう。
それにまだ首謀が明らかになっていない現状では、類の父が居るパリでセキュリティー万全の親元が一番安全だと考慮した結果だった。


それぞれが思いに耽っていた時、和也はあることに気付いて目を見開き、次の瞬間に奇声を発した。
「あああーー!!しまったーー!・・・つくしちゃんに・・・
 ああー!つくしちゃんに・・・渡すの・・・、僕はなんてことを・・・」
「ああ?」
「忘れちゃったよー、・・・どうしよう、ああーつくしちゃーん」
和也は何かを手に握り締め、今にも泣きそうな顔で小さくなって行く飛行機を必死に追い掛けようとしたが、あきらに首根っこを掴まれ止められた。

「そんなに慌てて、何忘れたんだよ?」
「うわ~ん~」
あきらに制された和也は放心してその場にへたり込んで泣き出した。
「和也、牧野に何渡すんだったんだよ」
「うわ~~ん~」
「なんか、手に握ってません?もしかして先輩に渡すのって・・・」
「ああ!きっとそうだよ、見せて見せて」
みんなの視線が和也の手元に集中する。

「和也、早く見せろよ」
「うわ~~ん~」
「お前、いつまでも泣いてんじゃねーよ。手に何持ってんだよ」
「和也君、そんなに大切な物だったの?」
「僕の、・・・僕のつくしちゃんに・・・渡すんだったのに・・・」
「だから見せろって言ってんだろッ!」
「こうなったら手荒な真似するしかないですね」
堅く握り締めて指を開こうとしない和也に桜子は強引に指を開こうとする。が、もの凄い力で握り締めた指はぴくりともせず、彼女は総二郎とあきらに助けを求めた。

「なんだ、これ?」
やっとの思いで和也の手から取り上げたそのモノを見て、あきらは眉をしかめた。
「ヒック・・・ヒック・・・なんだ・・・って・・・
 ストラップに決まってるじゃないか」
「お前、こんなモノのために追い掛けようとしたのか?」
「成金なら成金らしく、もうちっと金かけろよな」
「つくしちゃんのために・・・ヒック・・・僕は・・・
 特別に選んでもらった・・・ヒック・・・パワーストーンなんだぞ」
和也はぐちゃぐちゃに泣きはらした顔で呆れる総二郎とあきらを睨んだ。

「つくしちゃん、ずっと元気がなかったから、・・・だから僕は・・・
 これは、心と体のバランスを保ち、暖かいエネルギーで
 包み込んでくれるんだよ。あと、暗い夜道を照らしてくれるし
 旅の安全を守ってくれるパワーがあるんだぞ。・・・それに・・・」
和也は敢えて口にはしなかったが、大好きな人があなたの想いに気付き〝今よりも愛される〟つまり片思い解消という、もう一つの願いがこのストラップの石には込められていた。
そんな和也の願いを託したストラップだったが、相手が持ってこそ願いが叶う?予定?だったのだろうが、今となっては・・・。

「ちょっと、これって全部ムーンストーンでしょ
 あきらやニッシーのより高いんじゃないの?」
聞き捨てならない滋の発言に総二郎とあきらは彼女からストラップを奪い、まじまじと品定めをする。
金具の下にはシトリントパーズの丸玉を2頭のイルカが優しく包み込み、ブレスレットぐらいの輪には光を反射して青く輝く丸玉ムーンストーン(月が宿る聖なる石)が列をなしていた。

「和也君、いくらしたの?」
「僕、1年間小遣いがないんだ、全部これにつぎ込んじゃったから」
「いくらつぎ込んでも自分の手元にあったら意味ねーよな」
「そうそう、あいつらは行っちまったことだし
 気分転換にパーッと飲もうぜ
 和也のパワーストーンやらを売っちまってよ」
みんなはあきらの発言に〝さんせー!〟と声を張り上げて歩き出した。
そんなみんなの言動に蒼ざめる和也は慌ててあきらの手からストラップを取り戻そうとする。だが、総二郎の手に渡り、桜子の手に渡り、滋の手に渡りと彼の願いを託した大切な携帯ストラップは虚しく宙を舞った。


N.Y. 道明寺邸

「社長、顔色が優れないようですが・・・」
「心配はいりません、それより××から報告は」
ダイニングテーブルに座り片手に書類を持ち、もう片方の手はティーカップで紅茶を口に運ぶ楓は脇に立つ西田には目もくれずに訊く。

「はい、同行することになりましたと、××より報告を受けました
 現地にはニュヨーク時間で15時には到着する予定です」
「・・・そう」
「お屋敷の方にお住みになるそうなので
 どちらも状況が把握できるようにしております
 それと、司様が負傷させた息子さんは順調に回復に向かっていて
 来月からリハビリの予定となっております」
西田はそこまで言うと数枚の書類をテーブルに差し出す。
楓は持っていた書類を置いて西田が置いた書類に目を通す。

「先方も代議士の立場として事を荒立てる気はないでしょうし
 政治の世界も最近は何かと厳しいようですので
 社長のお申しつけどおり
 十分納得して頂ける金額を提示しております
 問題がないようでしたら事を進めてまいりたいのですが」
「いいわ、この件は西田に任せます」

「司様の期限が過ぎましたが、いかが致しましょうか?」
「来週中にもこちらに来てもらいます
 今の司は素直に応じないでしょうから
 手荒な真似も仕方がないわね」
「はい、かしこまりました
 既に大学の方には連絡を入れてありますので問題はありません」


日本 道明寺邸

自室に入ろうとする司を見掛けたタマはそのまま後に続いた。
「坊ちゃん、またケンカですか?」
少し乱れた服装で袖元には血らしきものがついていた。
司はソファにドカッと腰を下ろし、タマとは逆方向の窓へと視線を向ける。

「何がそんなに気に入らないんでしょうかねぇ
 男ってものは直ぐに暴力を振るいたがる、困った動物だこと」
「・・・ああ?動物?・・・俺のこと言ってんのか?」
「坊ちゃん以外に誰がいるんだい
 年は取ってもタマの視力は現役ですからね・・・まったく
 つくしがいないとこうもあっさりと戻ってしまうんだから
 ずうたいばから大きくても中身は子供以下ですな」
〝つくし〟この名前に司は過剰な反応をした。

――アイツのすべてが気に入らねぇ
   起き上がれないように、立ち直れないように追い込んでも
   アイツは雑草のように立ち上がる
   周りの奴らも、なぜそうまでして助けたがるんだ?
   どいつもこいつも・・・、・・・気に入らねぇ
   気付いたら、俺の周りには誰もいなくなっちっまったな

司は無意識のうちに寂しさを感じていた。
寂しさの原因はなんなのか、それは幼い頃から共に歩んで来た友人たちの裏切りのせいなのか、それとも遠く旅だってしまったつくしの存在が何処か気になっているからなのか。
司の心の奥深く閉ざされた記憶の破片が繋がり掛けてはまた砕け散って行く。

「元に戻ったって言ったよな、タマ」
「ええ、そうですとも、つくしがいたときの坊ちゃんは・・・」
「もういい、アイツのことは聞きたくねぇ
 あっちに行ってくれ、頭が変になる」
「・・・・・・。」
タマは司の微妙な心の変化を感じつつ、その場を後にした。


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オーブ光の天使 第19話


第19話


「約束どおり、アンタを放さないから」
類はそう言ってつくしを抱きしめる。

「いつもこうしてアンタに温もりをあげる
 牧野の永遠の家族になって、ずっと傍にいるから
 アンタは独りじゃない」
「・・・花沢・・・類・・・」

「牧野にとって俺が身体の一部なら、俺にとって牧野はすべてて
 アンタがいない生活なんて考えられない」
類は更に強く抱きしめた。

普段は口数が少ない彼が熱く真剣に想いを語っていることに、つくしは胸がいっぱいになって涙が溢れてくる。
「・・・あたし・・・、花沢類が好き
 あなたの温もりをひとり占めしたほど、花沢類が好き」

今のつくしには照れや恥かしいといった気持ちは微塵もなく、ただ溢れ出る想いを彼に伝える。
「道明寺のことがあったから、・・・言えなかった
 でも・・・、何もかも失う、そう思ったら花沢類が恋しくて・・・
 いとおしくて・・・、あなたが頭から離れなくて・・・」
「牧野・・・」

「花沢類が握っていてくれた手があたしに希望をくれたの」
つくしは類の胸から離れ、彼の手を取って握りしめる。
「この手が、この暖かい手があたしに生きる希望を・・・」
伝えたいことはたくさんあったが、感極まってそれ以上の言葉にはならなかった。

類は柔らかく微笑み、つくしの涙を親指で拭う。
「俺と牧野は2人で1人・・・なんだと思う
 俺の存在は牧野のためにあって、牧野の存在は俺のためにある
 どっちが欠けても、未来の希望は成り立たない」

同じ未来に向かって2人の心は一つになった。
つくしは類の広い胸に身を委ね、今まで生きてきた中で一番の安らぎに浸り幸福感に包まれていた。類は想いが通じた喜びの中で、もうこれ以上彼女に不安や孤独感を与えてはならないと身を引き締める。


入院して3日目
その日の午後、総二郎とあきらが病室に入って来ると同時に看護師が入って来た。
「牧野さん、退院が決まりましたよ、清算は済んでいますので
 5時まででしたら牧野さんの都合で退院なさって結構です」
「・・・えっ?・・・退院、ですか?・・・あたし何も聞いてないですけど」
つくしは午前中に一通りの検査を受け、特に問題もなく順調に回復へと向かっていた。あと2、3日もすれば退院ができるだろうと担当医に言われたばかりだった。

「ああ~、これからの経過観察は花沢さんの主治医の方が
 診ることになったそうですので
 うちの先生が退院を許可したみたいですよ」
つくしは看護師の言葉を確認するかのように類を見る。すると彼は柔らかく微笑んで頷いた。
気持ちが通じ合った事を確認できた彼としては、彼女を一刻も早く花沢家に連れて帰りたくて話を通していたのだった。

「そうなんだぁ」
「慣れない病院ではストレスが溜まるでしょうし、それに
 若いお2人にとっては人目のないご自宅へ戻られたほう方が
 誰に気兼ねすることもないでしょうから、ね」
看護師の意味深な発言の裏には昨夜、巡回中に2人がキスをしていた場面を偶然目撃した事実があったからだった。
「牧野さん、よかったですネ。・・・・・・昨夜は、ご馳走様」
看護師は類とつくしをちらりと見てそう言うと病室を出て行った。

2人は見られていたなど気付いてはいなかったが、勘の鋭い類は直ぐに看護師の言葉を理解して頷いている。つくしは目を泳がして難しい表情をしている。そんな2人を眺めながら総二郎とあきらは視線を交わして首を傾げた。

「ご馳走様って、早く退院させるために物で釣ったのか?」
「へえ~、類にしては気が利くじゃねーか
 それで、可愛いナースたちに何を送ったんだよ?」
興味津々の総二郎とあきらに今度は類が首を傾げ、未だに事情を飲み込めないつくしは彼らにつられて類に視線を向ける。

「何も送ってないけど」
「物じゃねえってことは、・・・まさか愛の囁き・・・はねーな
 類くんの笑顔をばらまいたとか?」
「おお!あきら、それって乙女心をイチコロにする
 天使の微笑みってやつだな」
「そうそう、瞬時にしてハートを射止める必殺ワザ」
「類くんも水臭いねえ、そんなことなら俺らの得意分野じゃねーかよ」
類の両脇に総二郎とあきらが立ってタッグを組み、声を弾ませる。

「なんで俺がそんなことする必要があるの
 牧野ならともかく知らない女に」
類は彼らには冷たい視線と表情を向け、真っ赤になって俯くつくしには優しい眼差しと微笑を向ける。

「ん?・・・なんなんだ、この空気は?」
類はつくし限定で自分の気持ちをストレートに言うのは今回に限ったことではなかったが、彼らは2人の間に何かいつもと違う空気が流れているような感覚を受ける。
つくしと類の間に漂うホワ~ンとした空気感は、多少なりともつくしに恋愛感情を持つあきらと総二郎にとっては見過ごす事のできない性質のものであり、探りを入れない訳にはいかない。

「つくしちゃん、体調でも悪くなったのかな、顔赤いけど」
「昨日、俺たち夜の10時頃まで居たんだけど
 類に追い出されたんだよね、つくしちゃんが目を覚ますまで
 類くんひとりでさぁ、何してたんだろうねぇ」
ベッドの中央に上半身を起こしているつくしの右側に総二郎が座り、左側にあきらが座り、まるで獲物を逃がさないかのように陣取って目を光らせる。

つくしはあくまでも平静を装って彼らを交互に見やる。
「寝てたあたしに聞いたって分かるわけないでしょ」
「ふ~ん、でも2時間後には深い眠りから目が覚めたんだろ?
 王子様のあつーいキスでもあったんじゃねえの、白雪姫のようにさ」
「キキ・・・キス、・・・まさか・・・」
つくしの口が否定しても、真っ赤になった顔は否定を許さない。

「あらら、いつからつくしちゃんはウソをつく子になったのかなぁ」
「お兄さんたちはそんな風に教育した覚えないけど」
「お兄さんたちを騙そうなんて、お仕置きが必要みたいだな」
「・・・おしおき?」
そう言って総二郎はあきらに目で合図を送ると、彼らはつくしの頬に同時にキスをした。つくしは呆然とし、左右の頬に残る彼らの柔らかい唇の感触に頬が熱をもってくる。

そんな光景を目の前で見せられた類は超不機嫌な顔つきでベッドに近づき、つくしの腕を強引に引っ張って自分の胸に抱き寄せる。
「俺の家族に何すんのさ」
昨夜の出来事が鮮やかに蘇るつくしは類の腕の中で更に真っ赤になった顔を隠すように埋める。

つくしをからかって上機嫌の総二郎とあきらではあったが、類の言葉と行動に眉間に深くシワを寄せた。
「「はあー?・・・かぞく?」」
「そう、牧野は俺の家族
 だから、総二郎もあきらも牧野には好き勝手に触れないこと」
俺のものだ、と言わんばかりにつくしを抱く腕に力を込める類に、先程まで豆鉄砲を食らったみたいにキョトンとしていた総二郎とあきらは苦笑いをする。

「俺らのいない数時間の間に、愛を深めたってわけか」
「そうらしいな」
つくしがいなくなったことで総二郎もあきらも類と同様に必死に捜し回った。彼女が見つかったと連絡が入り安堵する彼らだったが、命にかかわる重大さに言い知れぬ不安を抱えて眠れぬ2日間を過ごしていた。
やっと元気なつくしの姿を見たと思いきや類の宣言とも取れる言葉と態度に、いつかこの日が来るだろうと覚悟をしていた彼らではあたっが、どこか割り切れない気持ちが交錯する。


花沢邸

玄関に一歩足を踏み入れた途端、角田や使用人たちの笑顔がつくしに集中する。ここに来て4ヶ月、いつもと変わらない笑顔が今のつくしの瞳には格別に映り胸の奥が熱くなる。
「牧野、どうしたの?」
類はピタリと足を止めたつくしの顔を覗き込む。

「温もり」
「・・・ん?」
「求めていた温もりがここにもあった
 今まで当たり前のように過ごしていた日常に
 いろんな温もりがあるんだって気がついたの、それが嬉しくて」
「そう、良かったね」
類はそう言って優しく微笑む。
つくしを囲むように角田と使用人たちも柔らかく微笑み、家族の一員のように迎え入れる。
目に見えるもの、そうじゃないものと温もりには様々な形がある。


「準備、いいじゃん」
つくしの服装を見て類はそう言った。
「・・・えっ?」
「寝るとこだったんでしょ?」
「そうだけど、じゃなくて、あたしに急用だったんじゃないの」
夕食、入浴と済ませ、身体のことを考えて早く就寝しようとベッドに入って間もなく、類からの内線で〝直ぐに俺の部屋に来て〟の一言でぶつ切りされた。つくしは何事かと慌ててパジャマ姿のまま部屋を訪ねたのだった。

「・・・急用?」
首を傾げる類につくしは呆れ顔で大きな溜息をついた。
「ねぇ、あたしを何のためにここに呼んだわけ?」
「アンタ寝るとなかなか起きないから」
「・・・はい?」
「ふぁ~はあぁ、眠くなってきた」

――この人はいつもそうだ
   あたしの問い掛けに答えるけど
   何を言いたいのかよく分からないし、先が読めない
   決して間違ったことは言っていないんだろうけど
   花沢類の言いたいことは最後の最後になってはじめて解る

「用がないんだったら、あたし部屋に戻るね」
「なんで?」
「なんでって・・・、あたしがここに居てもしょうがないでしょ
 花沢類も眠そうだし、あたしも寝るとこだったし」
あくびをして眠そうな顔をする類につくしはベッドから立ち上がった。
「なんでしょうがないの?俺、牧野を放さないって言ったでしょ」
類は出て行こうとするつくしの手を掴んでベッドに戻る。

「牧野、早く入って」
先にベッドに入った類は布団を捲ってつくしを待っている。
「・・・えっ?・・・ど、どうして・・・」
「今日から牧野はここで寝るの」

――なぬー、今なんて言った?・・・ここで・・・寝る?
   〝花沢類の温もりをひとり占めできたら〟とは言ったけど
   昨日の今日で・・・、おまけに同じベッドで・・・、ひえぇ~

「俺のベッドで、明日も明後日も、ずうっと一緒に寝るの」
類はつくしが寝るスペースのマットをとんとんと叩いて、彼女が来るのを嬉しそうに待っている。

言い出したら聞かない類の性格を考えたら逃げられないのは明白。つくしは勇気を出してベッドに入り、頭までスッポリと布団をかぶった。
隣からクスクスと笑い声が聞こえ後ベッドが軽く揺れ、布団を目元まで下げて様子を窺うと、枕に肘を立て頬杖して優しく微笑む彼と目が合う。

「まきの」
「呼んだ理由って、・・・ここで一緒に・・・」
「今アンタが言おうとしてること、当たってると思う
 お互い同じ気持ちなんだから、別々の部屋で寝なくてもいいじゃん」
「だったらそう言えばいいのに
 〝直ぐに来て〟ってぶつ切りするから、焦るじゃない」
「クククッ、俺が説明したら、アンタ直ぐに来た?」
「うっ」

「変にあれこれ考えるでしょ。・・・それに、アンタ寝ると起きないし
 まさか寝てるアンタを連れて来るわけにもいかないし、ね」
「うっ!・・・マジで明日も明後日もここで寝るの?」
「そう、明日も明後日も、ず~っと一緒
 言ったろ、アンタを放さないって、永遠に温もりをあげるって
 だから、これは肌で伝える一つの温もりでもあるけれど
 俺が牧野を愛する心の温もりも感じてほしいんだ」

距離が縮み、想いが通じ、願いが叶い、愛する人が目の前にいる。

――天使の微笑みと純然な想いをあたしだけに向け
   あたしの心を夢中にさせる

「牧野がいれば、俺の夢が夢じゃなくなる、俺が輝いていられる」
仰向けに寝るつくしの瞳に柔らかく微笑む類が映る。
「まきの」
愛おしむ眼差しが交差し、ゆっくりと重なる唇。
言葉にできない甘い誘いが胸を泳ぎ、つくしの腕が類の首に伸びる。
心と身体のバランスがとれた今、自然に愛する人を求める。あなたの胸で溺れてみたいと。

しかし・・・。

「牧野、眠さ限界」
類は目を渋そうにして恍惚するつくしにそう告げる。
「・・・えっ?・・・ぅそ」
好きな人だからこそ触れられたい、触れたい。今ならすべてを捧げることができる、そう覚悟ができた矢先だった。

「俺をこれ以上寝不足にさせる気?
 今日はこのまま寝させて・・・
 けど、明日からはどうなるか分かんないから、覚悟しててね」
つくしを胸に引き寄せて額にキスを落とし
「いい夢、見れそぅ」
そう囁いて類はそのまま夢の世界へと入っていった。

「そうだよね、2日間寝てないんだもん、限界だよね
 花沢類、ありがとう、あたしの傍にいてくれて」

類の寝顔をいとおしそうに見つめながら
「自分のことだけで精一杯で、あなたのこと考えてあげられなかった
 孤独なのはあなたも同じだったのに、気付いてあげられなかった
 こうして心に余裕ができて初めて気付くなんて、ゴメンね花沢類」

自分が居ることで類や仲間に迷惑をかけてしまう。自分が関わらなければ、自分が居なければいいのだと、そう考えていた。でもそんな浅はかな考えは間違いだと気付いた。
自分が消えることで悲しんだり泣いたり、心にぽっかりと穴が開くほどの喪失感を味わう人が居るのだ。類の傍に居られなくなる寂しさや悲しさは想像できても、自分が居なくなった後に残された人たちのことなど想像もしていなかった。

「心と体に温もりが伝わってくるよ、言葉にできないほどに
 飾らない素顔のあなたが好き
 出会った頃から変わらない純粋な心とビー玉みたいな瞳
 大好きだよ、花沢類。・・・・・・ありがとう
 これからはずっと一緒にいるね」

この上ない安心感と幸福感に包まれ、スヤスヤと眠る類の寝息に誘われてつくしもいつしか軽い寝息を立てていた。


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オーブ光の天使 第18話


第18話


司と激しい攻防中につくしが行方不明の連絡を受け、道明寺家を飛び出した類は総二郎とあきらと花沢の家人やSPで手分けして彼女を探した。
つくしは花沢家に住むようになってからは常に類と行動を共にし、家族の不審な死からはアルバイトも辞めていたため彼女の行動範囲は限られており、心当たりを探せば直ぐに見つかると思っていた。しかし、つくしの足取りは掴めぬままただ時間だけが過ぎていく。次第に焦り始めるも良い情報は得られぬまま日付が替わってしまった。

「一体何処へ行ってしまったんだ
 もし牧野の身に何か遭ったら、牧野の家族に顔向けできない
 ・・・・・・か・・・ぞく?・・・あッ!」
類は自分が発した〝家族〟という言葉で肝心な場所を忘れていた事に気がついた。

「もしかしたら・・・」


家族との懸け橋となる場所、類は霊園に来ていた。
焦る気持ちを抑えながら、勾配のきつい数十段ある階段も躊躇せず一気に駆け上って行く。

「まきのー!」

――あいつが安らげる場所
   あいつが涙を見せられる場所
   あいつが本音を言える場所

月光と外灯の僅かな灯りを頼りに、類は荒々しい息をして牧野家の墓に向かう。数メートル進むと墓石を囲む壁柵から脚らしきものが見え、一度足を止めて注視する。薄暗くてよく見えないものの明らかに墓石とは違うシルエットが彼の目に映った。
「牧野」
類は再び駆け出した。

「まき・・・の・・・」
墓石に縋るように横たわるつくしを抱きかかえて墓石の前に移動する。

「牧野、・・・牧野」
類は自分の膝の上につくしをかかえたまま、肩を揺さぶる。

「牧野」
何度も肩を揺さぶってみるがつくしの頭は力なく揺れるだけで、反応を示さない。頬が、手が、体があまりにも冷たくて、類は自分が着ていたトレーナーを脱いで彼女に着せ、腕や背中を摩りながら何度も呼び掛ける。

「牧野、・・・牧野・・・」
全く反応を示さないつくしの体を類は抱きしめた。

「まきの・・・」
都内とはいえ、ここは山の中で気温もかなり低い。
つくしはこの場所に何時間いたのか、まるで氷を抱きしめているかのように彼女の体は冷え切っていて、自身の体温も彼女と秋の冷たい風に奪われていく。

「お前のこと責任もって預かるから心配しないでって
 家族に誓ったのに、・・・俺は何やってるんだ
 お前の傍から離れない、俺だけは傍にいる
 そう言っておきながら、・・・俺は・・・
 牧野、お願いだ、目を開けてくれ、・・・牧野・・・」
つらい思いをしている肝心な時に彼女の傍に居てやれなかったことを後悔していた。

「牧野、目を開けてくれ、・・・牧野・・・」
このまま二度と手の届かない所に行きそうで、声をかけていないと気が狂いそうだった。

「牧野・・・」
暫く呼び続けていると、つくしの瞼が微かに動きを見せる。

「牧野ッ」
「はな・・・ざわ・・・るぃ」
弱々しい声だったが類にははっきりと聞き取れた。フルネームで呼ぶその声がこんなにも愛しく、こんなにも嬉しく感じたことはない。こんな些細なことに目頭が熱くなる。

「牧野」
つくしの瞳に自分の顔が映っている、それだけで涙がこぼれる。

「あたし・・・、みんなの所に逝きたかった」
つくしが言うみんなの意味するところが家族の事であるのは明白であり、類はぞっとして言葉を失う。

「家族のところに・・・」
「・・・まきの・・・」

「独りは・・・つらい」
彼女を支えてきたつもりだったが現実は違っていた。希望を捨て、すべてを諦め、生きる望みを失った瞳をした彼女の悲痛な叫びに打ちのめされる。

心無い者の策略による強姦・家族の無念の死は、帰る場所や温かな家庭を奪うばかりか、衝撃・不安・悲傷・苦痛・孤独を与え、今も尚その心に深く傷跡を残す。

「牧野は独りじゃない、・・・俺が家族になる」

――もう二度と放さないように、離れないように
   もう二度と孤独と苦痛を味わうことがないように
   だから、・・・俺が守る

「牧野の永遠の家族になる、だからお前は独りじゃない
 独りなんかじゃない、・・・牧野には俺がいる」

「・・・・・・るぃ・・・」

「好きだから、牧野が大切だから・・・
 何があっても二度とお前を放さない」

「・・・・・・。」
「まきの・・・」
微かに聞こえる彼の声を耳にし、シャンデリアのように輝く天を目につくしの意識は薄れてゆく。


『いろんな事があって、混乱するのも無理はない
 だけど、逃げたり諦めることは別だと思わないか』
『・・・あたしだって・・・』

『全てを諦めようとしている、つくしはそれで本当にいいのか
 つくしは、生きたくても生きられなかった
 家族のことを少しでも考えてみたのか』
『・・・そ、それは・・・、パパ・・・』

『私たちの元に来ても
 つくしが思っている温もりを与える事はできないのよ』
『・・・・・・温もりが・・・ない?』

『そうよ、つくしが求めている温もりは生命があるものだけ
 だから何もしてあげられないし、ママやパパや進の所に来ても
 つくしの望んでいることを叶えてあげることはできないの』

シャンデリアのように輝く星空の下で、つくしは姿無き家族の声を聞いていた。

『ねーちゃんは感じないの、今自分の手に温もりがあることを
 周りにもたくさんの温もりを持った人たちがいることを』

「牧野」

『・・・あッ!』
『ほら、つくしにも聞こえたでしょ
 独りが嫌なのはつくしだけじゃない
 あなたの帰りを待っている人がいるのよ』

「牧野」

『誰?・・・誰が呼んでるの?』
『つくしが求める温もりを与えてくれる人だよ』
『永遠の温もりをつくしだけに与えてくれる人』

3つの光が尾を引いてつくしの方に向かってくる。その3つの光は互いに絡み合いながらつくしの身体をぐるぐると回りはじめ、やがて全身は光で覆い隠された。
つくしの身体は包まれたその光の束によって熱を与えられたかのように徐々にぽかぽかと温まり、母親の懐にいるような安らぎに包まれる。

『この温もりは今だけ、でもつくしの手に感じる温もりは
 この先もずっと感じることができるのよ』
『その温もりを与えてくれる人は、ねーちゃんを待ってる
 その人を傷つけてねーちゃんは平気なの』
『つくしだけに与える温もりなんだぞ
 いつまでもこんな所にいないで、早く帰りなさい』

パパの言葉を最後につくしを覆っていた光は再び3つに別れて身体から離れ、やがて光は一つになって彼女の手に吸い込まれるようかのように消えてゆく。


「牧野」
自分を呼ぶ声がはっきりと聞こえる。

『この人があたしに温もりをくれる?あたしだけに永遠の温もりを
 ・・・・・・捜さなきゃ、急いでこの人を捜さなきゃ・・・』

「牧野」

3つの光が消えてからシャンデリアのように輝いていた星空も消え、真っ暗な闇の世界につくしは独り居た。不思議と怖いという感覚は全くなかった。それは家族が残してくれた言葉と手から受ける温もり、目標や希望が見えたことも恐怖感を取り除く要因だった。

『独りが嫌なのはあたしだけじゃないって・・・、誰だろう』
手から受ける暖かさは指先を動かすほどに暖かさを増してくるようで、つくしは指を大きく曲げてみる。


「牧野、ゴメンな、こんな目に遭わせて
 俺がもっと注意を払っていれば・・・
 ここまでひどくならずにすんだものを、・・・牧野
 早く目を覚まして、・・・俺を見て・・・、牧野・・・」
類はつくしの手を握りしめ、寝顔を不安そうに見つめていた。

霊園で意識をなくしたつくしを病院に運んだ時には、彼女の体温は35度をきっていて〝もう少し発見が遅ければ最悪の状態も・・・・・・〟と固い表情で話す担当医の言葉に類は蒼ざめた。まさかそんなに容体が重いとは思わず、発見した時に直ぐに病院に連れてこなかった自分の判断ミスが悔やまれた。

体温34度は生死の境、自分で自分の体を動かすことができない状態。33度は幻覚が出てきて死が目前状態になると医師に付言され、尚更後悔の念に駆られる。

「牧野、お願いだから目を覚ましてよ、・・・まっ・・・」
呼びかけたその時、つくしの固く閉ざされた瞼が動きをみせた。類は慌てて立ち上がってその瞼を凝視し、再び呼び掛ける。

「牧野、・・・牧野・・・」
ゆっくりと開いていく瞼を噛り付くように見つめる類と、朦朧とするつくしの目と合う。

「牧野、・・・良かったぁ、やっと目が覚めたんだね」
目を覚ましたことに嬉しいという感覚よりも安堵感が強く、類の身体から力が抜けていき崩れるようにその身体を椅子に預けた。
つくしは2日間眠っていて、類はその間ずっと手を握りして目覚めるのを待っていた。司から忌々しい出来事を聞いて精神的に追い込まれてはいたがなんとか持ちこたえていた。

「はなざわ・・・るぃ、・・・ここは・・・」
「病院、・・・ぐっすり眠れたみたいだね」
類はいとおしむように見つめた後、微笑んだ。

温もりを感じる右手を見ると彼の両手で包まれていて、つくしは家族の声を思い出す。
『ねーちゃんは感じないの、今自分の手に温もりがあることを
 周りにもたくさんの温もりを持った人たちがいることを』
『つくしにも聞こえたでしょ、独りが嫌なのはつくしだけじゃない
 あなたの帰りを待っている人がいるのよ』
『その温もりを与えてくれる人は、ねーちゃんを待ってる
 その人を傷つけてねーちゃんは平気なの』
『つくしだけに与える温もりなんだぞ
 いつまでもこんな所にいないで、早く帰りなさい』

「手、花沢類・・・だったんだ」

――傍にいてほしい、傍にいたい
  そう思いながら・・・、自分から逃げてしまったのに
  それなのにこの人は・・・

「ん?」
握られている右手を見つめるつくしの目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「もしかして、握りすぎて手痛かった?」
「ううん、そうじゃないの。・・・花沢類の手・・・
 あったかいんだね、はじめて知った。・・・ありがとう」
弱々しい声、弱々しい微笑。
生きていてくれて、目を覚ましてくれて、自分を見てくれていることが何よりも嬉しい。

類は氷のように冷たかった頬にそっと触れてみる。
「なっ、なに?」
桃色に変化していく頬。
「うん、いつもの牧野のほっぺたになった」
さらに赤みを増す頬。
いつものからかう行為の一つだが、類は見るだけではなく触れてみてつくしの生還を実感したかった。

「花沢類」
「ん?」
つくしは上半身を起こして類と向き合った。
「心配かけてゴメンなさい」
類は頷くだけで何も言わなかった。

充血した目を見ただけで、彼は寝ずにどれだけ心配していたのかが解る。そして不安にもさせてしまったことも。つくしはそれに報いる意味も含め、この場で自分の胸の内を明かそうと決心する。

「家族が亡くなっても、花沢類や仲間が居てくれたおかげで
 寂しさを感じずにいられた。・・・でも・・・、そんなみんなから
 離れなきゃいけないんだと思ったら、寂しさも悲しさも・・・
 何もかもを失って、孤独が怖くて・・・、我慢できなくて・・・
 必ずあたしの傍に誰かが居てくれて
 温かく見守っていてくれてたから、・・・それが当たり前のように
 慣れちゃったんだよね、・・・そんな生活に・・・」

――俺には家族の温もりや愛情なんてものは分からないけど
   牧野は家族からたくさんの温もりと愛情を注がれた
   生活を送ってきたのだろう、それが当たり前のように

「一度は諦めたけど、でも家族の声を聞いて
 自分の思いを伝えようと思った。・・・花沢類、聞いてくれる?」
先ほどまで寂しさを滲ませて俯いていたつくしは再び類と向き合った。
彼女が向ける真顔は言葉どおり意志の固さを秘めた瞳で、類は自分の人生の岐路に大きく関わる予感がして言い知れぬ不安に駆られる。

「花沢類・・・、今握ってる手、ずっとこの先も・・・
 ずっとこうしてあたしの手だけを握ってくれる?」
「・・・・・・。」

「あたし、気付いたの
 花沢類の傍に居られない、そう考えただけで苦しくて
 花沢類はあたしの体の一部みたいなものだったから
 その一部が欠けたら、普通に生活なんてできないんだって
 この先もずっとこうして、あたしだけの手を握ってくれる?」

思わぬ展開に、類は握りしめている手に視線を落として暫し考え込む。
――これって・・・
   俺の思いを知った上で言っているのか、それとも・・・

――花沢類がなんて言うか分からないけど、これが私の本当の気持ち
   たとえ叶うことがなくても、自分の足で歩いて行ける
   自分を見失うことはない、・・・家族のためにも・・・

「牧野、霊園で俺が言ったこと、覚えてる?」
「・・・霊園で・・・」
冷え切った身体を類の温かな腕に包まれたことは覚えていたが、何を言っていたのかは曖昧で記憶に残っていなかった。

「家族がどうとかって・・・、・・・ゴメン、覚えてない」
申し訳なさそうに俯くつくしに類はがっくりと肩を落として溜息をつく。
「ゴメン花沢類、・・・なんて言ったの」

「前に約束したよね〝俺の傍にいること〟って」
つくしが頷くのを確認した類は真顔で少しきつめな口調で言葉を繋ぐ。
「約束破ったでしょ
 牧野が約束できないとき、俺どうするって言った?」
心配させてしまった事に怒っているのには違いはないが、霊園での記憶がないことに対しても怒っているのかと焦り、つくしは彼の顔色を窺いながら懸命に記憶を手繰り寄せる。

<一つ約束してくれたら、俺待つよ
 もし出来ないんなら、このままあんたを放さない>
彼の腕の中で聞いた光景が目に浮かぶ。
「あッ!・・・あの時・・・」

「思い出したみたいだね」
類は椅子から立ち上がってベッドに腰掛け、首を傾げてつくしを見つめる。
「なっ、なに?・・・顔が近いんですけど・・・」
彼の意味深な微笑とじっと見つめるその瞳に彼女の目は釘付けになり心臓の鼓動は加速し始めた。


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オーブ光の天使 第17話


第17話


司は力任せにつくしの肩を突き飛ばす。
「きゃあぁ」
つくしはベッドに勢いよく仰向けに倒れ込んだ。
隣の部屋からもれる灯りでここが寝室だということが解る。その僅かな灯りを背に薄笑いを浮かべる司の顔が微かに見えた。

司は起き上がろうとするつくしの両腕を頭上に制して身動きを封じる。
「放して道明寺、放してよッ!」
腕1本の力だけで捻じ伏せられる身体、それでも身を捩って精一杯の抵抗をする。

司の顔がじりじりと近づいてくる。焦りや怖さが、つくしにある記憶を思い起こさせた。
類とつくしが非常階段で笑い合う光景を目にした司は嫉妬で正気を失い、つくしを追い詰めて強引に唇を奪った高校2年の2学期の初日に起きた出来事を。男性の本気の力と怖さを、つくしはこの時生まれて初めて知った。
身をもって知った恐怖は身体が覚えている。

「道明寺・・・」
目頭が熱くなる。

「道明寺、アンタの前には二度と立たないから、・・・だから・・・
 やめて・・・、こんなことやめて、・・・道明寺」
震える声で必死に訴える。彼の心に届いて、と渇望する。

「いつも類としてんだろ」

――えっ?・・・いつも・・・類と・・・

つくしの顔に司の生温かな息がかかる距離にいても〝いつも類と〟この言葉が木霊して身体から力が抜けていく。脳裏には優しく微笑む類の顔が鮮やかに浮かぶ。

「花沢・・・るぃ」
つくしの口から漏れたその名前に司の血が騒ぐ。自分の意識とは別にその女から類の名前を聞きたくない、そんな思いが彼女の唇を自分の唇で塞いでいた。

「や、やめ・・・て、・・・おね・・・がい・・・、や・・・」
左右に顔を背ける彼女の顔を固定して、司は荒々しく貪る。

――こんな時に類の名前出しやがって
   そんなに類がいいのかよッ

類の名を口にしたことによって、司の性欲に拍車を掛けただけではなく独占欲も掻き立て、彼の唇は首筋にと移動していく。

「やめて、・・・道明寺。・・・・・・お願いだから、・・・やめて」
泣きながら請うつくしには目もくれず、司は荒々しくブラウスを開いて胸元を露にし、唇を寄せて痕跡を残しながら貪る。
「ぃや・・・」

片手は胸を弄り、片手は太ももへと移動していく。
つくしはその隙を狙って渾身の力で司の肩を払い除け、扉に向かおうとした。が、あっさりと腕を掴まれてしまう。

「放して、・・・放してって言ってるでしょ!」
微かな灯りの中で見えるつくしの涙混じりの瞳には、深い憎悪を宿して鋭く輝いていた。

――俺が一番嫌いとする眼
   大声で、怯まない態度、・・・ムナクソ悪りぃ

「まだ俺にそんな眼、向けられるんだな」
司は掴んでいた手に力を込めるとベッド目掛け一気に引き寄せた。つくしの華奢な身体はベッドにバウンドする。
つくしは素早く起き上がってベッドから降り立ち、扉の方を一瞥して司を睨みつけた。

――絶対にここから出る、大丈夫、諦めなければ、大丈夫

つくしはそう自分に言い聞かせ、司の隙を窺うように見据える。
類に会いたい、その思いが彼女の身体を動かす。

――俺様から逃げられるとでも思ってんのか

「お遊びはこれまでだ」
司がニヤリと笑ったかと思われた次の瞬間、風を切って何かが自分の頬をめがけて飛んできた。
つくしは一瞬の出来事に何が起きたのか分からなかった。気がつくとベッドにうつ伏せに倒れ込んでいて、頬はじんじんと熱を持ち、口の中は鉄の味がしていた。

――えっ?

「男の怖さってもんを思い知れ」

つくしの上半身はベッドの上でうつ伏せのまま両腕を背に回されて固定され、下半身はベッドの縁からはみ出し床に爪先立ちするような格好となった。

スカートはたくし上げられ下着に手がかけられる。
「ぃやー、やめて!・・・道明寺、やめてー!」
両腕を押さえ込むその力に胸は圧迫されて呼吸もままならない。浅い呼吸を繰り返しながら肩を揺すって抵抗する。

「どうみょう・・・じ・・・、お願い・・・だから、こんなこと、やめて」
「お前が悪いんだ、類なんて言うから・・・、お前が・・・」
つくしの下着に手をかけていた司は、それを引きちぎらんばかりに一気に引き下ろした。固く閉じられた白い太ももの間に自分の右脚を強引に割り入れて開かせると、すかさず身体をその間に埋め込んだ。
その行為につくしは再び心拍数が最高潮に達する。歯はがくがく音をたて、唇は小刻みに震え、身体は硬直しながらも震えている。

「やめて・・・、どう・・・みょうじ・・・」
必死に身体を動かそうとするが背に回された腕は司の力によって完全に制され、顔と上半身はベッドに押し付けられた状態ではどうあがいても身動きが取れない。そうしている内に背後からベルトの金具らしき音がしてくる。
精神的に追い詰め、そして肉体的にも追い詰めようとしている。

「いやー、道明寺・・・、お願い・・・だから・・・、道明寺、放して」
彼は自分の背後で何をしているのか、何をしようとしているのか音だけが頼りだ。だが、その音一つ一つが恐怖に変換されていく。
それでも踏み止まってくれたらと、必死になって声を掛ける。

「道明寺、お願いだから、・・・放して、・・・どうみょ・・・」
そう言い掛けたその時、決して逃れられない恐怖は激しい痛みと共にやってきた。

「いやあぁーー!!」
悲鳴は厚い壁を通して廊下まで響く。

「お前が悪いんだ、類なんて言うから、・・・お前が・・・」
呪文のように繰り返し、貪欲に欲望だけに突き進んで律動を繰り返す。

縁のないものを欲すれば、のちに大きな代償を払うことになる。自らが犯した罪で失うモノの大きさがどれほどなのか、今の司には想像もできなかった。いや、今の司だからこそ想像すらし得なかった。

「・・・るぃ・・・」
絶望の淵に立たされ、力や確かな心や未来や、何もかもが喪失していく。
色を失った部屋で彼女は愛しい人の影を追った。


司の話がそこまで進んだときには既に総二郎とあきらは憎悪を剥き出しにして司に向かっていた。が、その彼らより一瞬速く、類はその目に怒りの炎を宿し、ギリギリと奥歯を鳴らし紅潮した顔を歪めて、ソファで優越感に浸っている司に目掛け勢いよく拳を振りかざした。

想定外の反撃にソファごと後ろにひっくり返った司に、類は尚も胸倉を掴んで拳を振り上げる。
「俺は・・・、俺はこんなに人が憎いと思ったことはない
 牧野を一度でもお前のようなろくでなしに託したかと思うと
 自分に腹が立つ」
感情を前面に表した類の表情はいまだかつて見せたことのない殺意を帯びたものだった。

「お前が親友だったかと思うと、怨めしい、吐き気がする」
殴られてよろめく司をまた容赦なく殴り飛ばす。

類の怒りの爆発にあきらは自分の怒りを忘れて、司に何度も殴りかかる類を制しようと体を抑え込む。
「類の気持ちも解る。けどよ、今の司に何をしても無駄だ」
「放せよッ、あきらッ!」
「今の司は殴る価値もねえ、・・・・・・類・・・、お前が・・・壊れちまう」
あきらに体を押さえられながらも隙があれば殴りかかろうとする類は、司の目を睨んだまま視線を外さない。

司は血が滲んだ口元を手で拭って不適な笑みを類に向けた。
「フン!俺様が初めての男なんて、アイツには贅沢ってもんだぜ
 あんなトリガラみてぇな体
 まっ!後ろからだとトリガラだろうが、いけ好かねえ眼だろうが
 見なくて済んだけどよ。・・・類、楽しませてもらったぜ」

挑発する司に類は再び殴りかかった。
あきらが仲裁に入ろうとするが類の勢いは止まらず、制する腕を振り払って司に飛びかかっていった。

激しい攻防の拍子に類の携帯電話は総二郎の足元に落ちる。着信音が鳴っているのに気付いた総二郎は素早く電話を拾って何気に表示画面を見る。

「類、・・・類ッ!・・・類ッ!」
画面には牧野と表示されていた。
つくしは高等部の中庭で走り去ったままで、その後SPの荒岡が追いかけたことはあきらから聞いて知っていたが、総二郎はこの時何故か嫌な胸騒ぎを感じた。

「類ッ!牧野から電話だぞッ!・・・類ッ!」
総二郎は何度も類に呼びかけたが、今の彼には届かない。

「類ッ!!牧野になんかあったんじゃねえのかッ!!」
総二郎はありったけの声でそう叫んだ。

〝牧野〟と微かに耳に届いた類は我に返り、慌てて総二郎から携帯電話を奪い取った。
「類、どうしたんだ?」
「・・・・・・。」
類の上気した顔は見る見るうちに蒼ざめていく。

「類ッ!」
類は通話が終わっていることにも気付かずに呆然と電話を耳にあてている。
「類ッ!!」
類のくすんだ眼は焦点が定まらず、総二郎とあきらに緊張が走る。

「類、牧野に何かあったのか?・・・類ッ!しっかりしろ」
あきらは類の肩を揺さぶった。
「牧野が、・・・・・・牧野がいなくなった」


つくしと荒岡は公園のベンチに座っていた。
10月中旬ともなれば夜風は冷たい。
精神的に参っていて、その上に冷たい空気に曝して体調でも崩したら、と荒岡はつくしの心身を考慮して車の手配をする。通話ボタンを押して直ぐに着信音が鳴り、話に気を取られているほんの僅かな間につくしの姿が消えていた。慌てて辺りを捜し回るがその姿は何処にもない。

先程まで座っていたベンチの上にはつくしのカバンと携帯電話が置かれたままで、荒岡は花沢邸に連絡を入れた後、彼女の携帯電話から類の連絡先を検索してそのまま発信した。


「パパ・・・、ママ・・・、進・・・、みんなに会いたいよ」
月光と外灯の僅かな灯りの下で、つくしは家族が眠る墓石に寄り添うように立っていた。

「つらくなったらいつでも家族の元においで・・・って言ったよね
 けど、・・・あたしはどこに行けばいいの?・・・ママ・・・」
もう二度と会うことも話すこともできない、自分の家族はこの世から消えてしまったのだと理解も納得もしていた。いや、理解しようとしていたが、家族の死はあまりにも突然で、つくしの心は大きく揺れ今も尚その揺れは収まってはいない。

「どうしてあたし独り置いて逝ったの
 ママ・・・、寂しいよ、・・・あたし独りじゃ・・・、寂しすぎるよ
 みんなが思ってるほど、あたしは強くないんだよ」
とめどなく流れる涙は墓石を導い、つくしの思いを伝えるかのように家族が眠る場所へと流れていく。

<お墓は牧野の大切な家族が眠る場所、家みたいなもんなんだし
 牧野の家族が想いをつなぐかけがえのない場所>
そう言って微笑んだ類が目に浮かぶ。

「あたしの帰る場所はないんだ、・・・もうここしか、・・・ないんだね
 花沢類、もう帰れないよ、花沢類の傍にはいられないんだよ
 あたしがいるとみんなに迷惑がかかる、・・・だから・・・
 もういられない、・・・・・・ごめんね、約束したのに」

家族と離れ離れに生活しても、家族が他の場所で元気に生活をしているからこそ我慢もできたし、家族の元へと温もりを求めるこもできたが、今のつくしには温もりどころか自分の帰る場所さえ無いのが現実だ。
孤独感と喪失感で心にぽっかりと穴が開き、体は誰かが触れた途端粉々に砕け散ってしまうだろう。今その開いた穴を埋めてくれる人は誰ひとりとしていない。

<もっと素直になって花沢さんを大切にしないと、バチ当たるよ>
<些細なことで意地張ったり困らせたりしちゃダメよ
 くれぐれも迷惑をかけないように、花沢さんを大切にするのよ
 つくしが笑っていてくれたらママたちは幸せだし
 きっと花沢さんも同じ気持ちだと思うわ>

最後の会話となった進とママの言葉が浮かぶ。
遺言のように家族の言葉を大切にし、どんなに辛くても、どんなに悲しくても涙を堪え笑顔を見せてきたが、結果的に類を苦しませてしまったことに心は大きく乱れ波打ち進む方向を見失っていた。

「花沢類、おじ様、約束守れなくてごめんなさい
 ・・・・・・本当にごめんなさい
 あの日からずっと我慢してきたけど、・・・・・・疲れちゃった
 あたしも寄り添いたい、から・・・、ママ、いいよね」

つくしは母親の懐に縋るかのように墓石に身を預け、そして頬を寄せた。そこには母親の温もりも家族の温もりもなくただ冷たい石の塊。それでも今の彼女にとってその冷たい石の塊が唯一心の拠り所なのだ。

<これからあたしがこのお墓を守っていくから心配しないで>

家族に誓った言葉が昨日のように鮮明に蘇り、自暴自棄に笑う。
「ゴメンね」

自ら手向けた花が目に映る。花は生涯を懸命に生き、今まさに生涯を全うしようとしているのに対し、自分は自らの生涯を途中で終わらせようとしている。


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オーブ光の天使 第16話

第16話


類は司との14年間の親友関係に終止符を打った。そうまでしなければならなかった原因は、4年前のある出来事にあった。

その日もいつものようにつくしと非常階段で待ち合わせをし、待機する車に向かっていた。その途中で突然司が現れ声を掛けてきた。
司とつくしの間にしか分からない会話が繰り返され、不敵な笑みを浮かべて会話を楽しんでいる司に対し、その言葉一つ一つに苦しみもがく様子のつくし。今まで誰に言えず心の奥底に仕舞い込んでいた恐怖の扉が開き、いつまで経っても癒えない傷が疼きだす。
そんな辛さに耐え涙して訴えた彼女に、類と総二郎とあきらは怒りと悲傷が交錯した。

「司、お前、牧野に何をしたんだよッ!?」
無粋の表情を見せる司の胸倉を険しい目付きで総二郎は掴んだ。
「フ~ン、怒るってことは、お前もあの女に惚れてるんだな」
「何をしたのか聞いてんだよッ、答えろよ」
司は胸倉を掴んでいる総二郎の手を払い除けてニヤリと笑う。
「お前がなぁ、あんな女を、・・・ったく
 どいつもこいつもイカれてんじゃねえよ、F4が聞いて飽きれるぜ」
「答えろよッ!司ッ!」

総二郎と司の論争中、つくしを追い掛けて行ったあきらが戻って来た。
「類、牧野のSP、この状況を理解して
 牧野を追って行ったから、心配ないだろう」
類は複雑な思いであきらの言葉を受け止めた。

「俺を騙すって?司と牧野の関係って?・・・どういうこと?」
「アイツがいねえのに話せっかよ」
標的が居なくなった今、ここに留まる必要はない。司は校門を抜けて待機させている車に乗ろうと動き出した。彼らは後を追い司を無視して強引に同じ車に乗り込んだ。司から話を聞きだすまで喰らいつくつもりだった。


司の部屋にメイドがお茶を持って入室した。いつもの見慣れた顔ぶれはそれぞれの定位置のソファに座っていて、それも見慣れた光景だ。しかし普段は穏やかな表情をしている彼らが厳しい表情で司を見ている。険悪なムードが漂う中で、メイドは怯えながらなんとかコーヒーを置いて足早に部屋を出た。

「お前が話すまで帰らねえからな」
総二郎が沈黙を破る。
「お前と牧野の間に何があったんだよ」
続いてあきらが口を開いた。
「司、牧野を苦しめてそんなに楽しい?」
類が訊く。

司はソファの肘掛に頬杖をつきながらニヤリと笑って彼らを見る。
「苦しめる?俺の話し聞いたら余計アイツが苦しむんじゃねえのか」

「それが狙いなんでしょ、だから遠回しに言ったんじゃないの
 司は、牧野の弱点は俺だって言った、それは・・・たぶん
 俺に知られると俺たちの親友関係がギクシャクするとか思って
 牧野は心配して、だから何も言わなかった、言えなかった
 それが気に入らないんじゃないの、司は」
今までの司の言葉と最後に言い残したつくしの言葉とで、類の漠然としていた予想が確信に近づこうとしていた。

<絶望を感じた時の悲しみや苦しみがどんなにつらいかなんて
 恐怖で、自分が自分でなくなっていくことが
 いつまで経っても消すことのできない傷は
 永遠に広がって癒えることはない・・・とさえも思えて・・・>

――あの時、牧野はそう言った
   そこまで牧野を追い詰めた原因はあの日しか考えられない
   家族の事故と警察に保護された、あの日しか・・・

「ふ~ん、まるでアイツに何があったのか分かってるような
 口の聞き方だな、お前らしい分析ってやつだが・・・
 実際に何が起きたのか、そこまで予想できてるんだろうな」
「司、お前の嫌味や前置きはどうでもいいんだよ
 早く本題に入れよッ」
業を煮やした総二郎は苛々した表情で食って掛かった。

「俺の話をアイツがどんな顔をして聴くのか
 それが楽しみだったのによッ。・・・しゃあねえな
 話すしかなさそうだな。・・・けどよ、類、本当にいいんだな?」

不気味とも思える不適な笑みに、類の心は揺れる。
真実を知りたい思いと自分が予想していた以上の出来事が起きていたら、その時自分自身がどうなってしまうのか、不安だし怖さもある。

類の返事を待たずに総二郎が訊く。
「司は覚悟をした上で話すんだろ、お前も本当にいいんだな?」
「フン、お前らが聞きてえっていうから話すんじゃねえかよ
 嫌ならやめてもいいんだぜ、俺にすりゃその方が好都合だし」
黙って座視していたあきらの目つきが鋭くなる。
「ごちゃごちゃ言わずに話せよ」
あきらの滅多に聞くことのない低い声は、司に話させる気にさせるのに十分な迫力があった。


司の話は、8月25日つくしが巡回中の警察官に保護される数時間前に遡る。


――道明寺はあたしを仲間だと認めると言った
   おまけにあの日の事を謝りたいと、・・・あの道明寺が・・・

直接会って話がしたいと司から電話がきた。受話器から聞こえてくる司の声は、記憶を失くす前のぶっきらぼうだが優しさを含んだ声だったが、つくしは今までのことを思い返して断った。だが、直ぐにまた司から謝罪の電話がきて、どうしても直接会って詫びないと気が済まないと申し出てきた。つくしはそれでも躊躇したが、この機にぎくしゃくしているF4の関係が元に戻ればと考えを改め出向く決心をした。


道明寺邸 東の角部屋

「司様、牧野様をお連れいたしました」
「入れ」
メイドは重圧の扉を開け、つくしは複雑な気持ちを抱えたまま一歩を踏み出す。
「悪りぃな、急に呼び出してよ。・・・突っ立てねえで座れば」
「う、うん」
つくしは司と向き合う形でソファに座る。

司と愛を育んでいた頃と家具や位置は全く変わっていない。目の前の司は突き刺すような冷たい眼をしていない。
今こうしてここに座っている自分が不思議で、また記憶を無くしてからのこれまでの様々な出来事が、現実に起きたことなのか夢を見ていただけなのか分からなくなる。

アイスティーをテーブルに置くメイドに司が声を掛ける。
「俺の了解なしにこの部屋に入って来ねえように
 他の奴らにも言っておいてくれ
 何があってもだぞ、分かったなッ!」

つくしは強い口調で念を押す司に違和感はあったが、この間までダチと認めないと言い張っていた彼が180度態度を変えるのだから、俺様的には誰にも聞かれたくないのだろう。F3や海は時には強引に入って来るから、とそう単純に思った。


司はアイスティーに手を伸ばし一口飲むと話しを切り出した。
「お前、今類の家に住んでんのか?」
「そうだけど」
「静一筋だったアイツが・・・。類も変わったもんだな」
向かい合って普通に会話が成り立っていることは、司が記憶を無くしてからは初めてのことだ。つくしはこれならF4の仲も修復できるかもと思えた矢先、彼の態度と言葉は豹変していく。

「お前、総二郎やあきらの家にも出入りしてんだろ?
 随分と対等になったもんだよな、パンピーのくせに」

――なっ!こんなこと言うためにわざわざ呼んだの

「あたしが誰の家に行こうと関係ないでしょ
 西門さんや美作さんの家に行ったからって
 アンタに迷惑かけた?」
つくしは嫌味ったらしく言う司の態度にカーッとなって声を荒げてしまった。
一瞬にして司の表情が変わる。

――なっ!・・・その眼・・・、お前のその眼だ
   胸がざわつき、俺が俺でいられなくなる
   苛立って、心が乱されて・・・
   何事にも動じない、意志の固そうな眼、・・・その眼だ

鋭い目付きでつくしを見ていた司の顔は不適な笑みへと変化していく。

――なっ、なんなの?
つくしに緊張が走る。

――その輝きも、今日で終わりにしてやるよ
   ババァそっくりな眼とも、今日でおさらばだ
「・・・ダチと認める?・・・謝罪する?
 冗談じゃねえ、俺様がんなことすると思うか?」

つくしの目は大きく見開いていく。
――道明寺の言葉を信じるなんて・・・
   あたしは何を期待してたの
   ホント、あたしってどこまでバカなんだろう

司は何も変わっていない、迂闊にも信じた自分に対する怒りで徐々にカァーッと血が上り、鋭い目付きで司を睨んでいた。

――あたしのために分裂してほしくなくて
   いつもみんなには笑っていてほしくて
   ただそれだけなのに・・・

「アンタは二度と自分の前に現れるなって言った
 それなのに、どうして呼んだのよッ!」
「呼んだ理由か」
そう言って司はニヤリとして立ち上がった。
「なっ、なによ」
司の動作に動揺したつくしは慌てて自分が座っていたソファの後ろに身を置いた。

ジリジリと近づく司につくしは後ずさる。
「こっちに来ないでよ」
――なんでこっちに来るのよ

口角を上げてジリジリと近づいてくる彼は不気味で、それだけで十分に恐怖心を与える。司の意図が解らないだけに、つくしは理由よりも身の安全を確保する方が先決だと、扉目掛けて一気に駆け寄った。が、一歩の差で司は立ちはだかって、扉に背を預けて楽しげに見下ろしている。

扉一枚の境界線が陰と陽のように世界を二分する。

「今日呼んだ理由、知りてえか」

出口を塞がれてしまったつくしには、怯まず視線を逸らさず司を睨むことしかできない。そしてこの場から一刻も早く出る手段を探すことだ。
「理由なんでどうでもいい、そこどいてよッ!」

「その眼だよ、お前の眼が気に食わねえんだよ
 俺のダチと認めなくったって、お前があいつらと一緒にいる限り
 嫌でもその眼を見ることになる、・・・耐えられなねえんだよ
 だから、その目つきができるのも今日で終わりにしてやる」

なんの感情も持たない氷のような冷たい目でじわじわと近づく司に、つくしは再び言い知れぬ恐怖に襲われ、両手で口元を覆いながら扉とは逆方向に後ずさりしていく。

司から視線を外すことなく後ずさりするつくしの体は、途中ソファにぶつかり、テーブルにぶつかり、その度に体はビクッと震える。
司から逃げようとすると唯一の脱出口である扉はどんどん遠のいてしまい、焦りや恐怖心が増すごとに鼓動の速さも増していき、冷静な判断が徐々に失われていく。

目の前に居るのは自分の知らない、もうひとりの道明寺司。
どこか奇妙で悲しく思える。

「来ないで、それ以上近づいたら大声出すから」
つくしは迫る恐怖に怯えながらも必死に司を見据える。

「出せるもんなら出してみろよ
 俺の許可なしにここには誰も入れねえんだぜ
 さっき、なんで俺が使用人に釘刺したか分かるだろ」

変に念を押す司に違和感があったことを思い出す。
――最初から騙すつもりで・・・

思い違いをしていた事に気づいたつくしは怒りよりも恐怖が大きかった。その証拠に膝がガクガクと震えだし、正常な判断ができなくなるほど頭の中が真っ白になる。それでも身体は自由に動かない足を引きずるようにして後ずさり、司から距離を取ろうとしている。

「どうやら、理解したようだな」
「こ、来ないで・・・」
気丈に振る舞っていたつくしが今では怯えた眼をして身体を震わせている。その姿が司に優越感を与え、どこか盲目的に突き進んでいく。

「もっと怯えろ、もっとうろたえろ」
司は異常者のように迫り、つくしをじゅわじゅわと追い詰めていく。

ガクガクと震える脚で後ずさる体は、更に奥の部屋につながる部屋の扉にぶつかる。手探りでドアノブに手をかけて一気に扉を開け、中に逃げ込んだ。
その部屋に入ると、暗さに慣れない目は瞬間的に全ての色を失い、全身が震えて足がもつれ、それでも必死に司から距離を取って恐怖から逃げようとする。が、もうこれ以上逃げられないところまで追い込まれてしまったつくしの心拍数は最高潮に達した。

「こ、来ないで、・・・それ以上近づいたら・・・」


事の真相を興奮気味に楽しそうに話す司はとても正気の沙汰とは思えない。彼らはただ座視していられない。
総二郎は怒り任せに座っている司の胸倉を掴んで詰め寄り、押し殺したような声で、
「つ、か、さぁ、お前ってヤツは・・・
 だから俺らをこの部屋に入れたんだな」

総二郎の手を払い除けることもなく司は鼻で笑った。
「そうだよ、この部屋でアイツがどんな風に恐怖を感じて
 どんな風に俺から逃げ回ったか、リアルに感じ取れるだろ」

胸倉を掴んでいる手は一段と力がこもり司の首を締め上げる。今にも殴ろうとする右の拳は怒りで小刻みに震えている。
「殴りてえんだろ、総二郎、殴れよ
 お前らが一番聞きたい肝心な部分は、アイツの前で教えてやるから
 ・・・・・・どうした総二郎、殴らねえのか
 あっ!そういやぁ、お前が座ってたとこにアイツ座ってたなぁ」

胸元を掴んでいる手と小刻みに震える拳は司から放れた。
「ふ~ん、アイツのためって訳か」

ガキの頃から共に歩んできた司、目の前に居る3人の眼にする彼と同一人物だと思うと激しい怒りと遣り切れなさとが交錯する。類とあきらは頭を抱え、閉じた瞼の奥で交番で見た変わり果てたつくしの姿が浮かぶ。
記憶の有無に関係なく、どうしてここまで残酷なことができるのか信じられないし考えられない。

でも話はこれで終わりではない。
だまって司の話を聞くほど冷静でいられないし怒りを抑えることもできない。それでも彼らはただ話を聞くしかない、二度とつくしを傷つけないためにも。

苦悩する彼らを司はほくそ笑んで見ている。
「そんなにあの女が大事なのかよ」
その言葉を皮切りに、再び司の話は始まる。


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オーブ光の天使 第15話


第15話


――俺の弱点?・・・て何だ、何を知ってるっていうんだ

司の意味深な発言に類は困惑していた。
それに、何故か分からないが司の勝ち誇ったような態度に不気味さを感じる。

――牧野と司の間に何かがある、何かを隠してる

顔面蒼白になるくらいの何かがある。ここ最近見せるつくしの苦しげな表情の原因は司、確かな根拠はないが類はこの時そう感じた。


「俺に何が言いたいの」
無表情で問う類。

――ちっ!類のヤツ、いつまでその態度でいられるか・・・
司は毅然とした態度の類も気に入らなかった。

つくしの弱点は類、また類の弱点はつくしだと気付いていた。つくしを傷つけることは同時に類を傷つけることに繋がり、それが必然的に彼女の傷を更に深くする、と司なりの思惑があった。

「類を騙すのも悪りぃしな
 俺たちの関係でも言ってやるか、なぁ・・・まきの」
凝視する司の目は無言の圧力の塊。

盲目的に追い込み楽しんでいる彼に何を言い返したらいいのか、何が言えるのか、つくしは苦虫を噛みしめたような顔で言葉を探していた。

「「だます・・・関係?」」
総二郎とあきらは怪訝そうに司を見た後、つくしに視線を移す。
類は視線を落として考え込む。司は相変らず不敵な笑みを浮かべてつくしだけを見ている。つくしはうろたえながら彼らを見やる。

「へ、平気で嘘つく人なんか、何言ったって誰も信じないんだから」
つくしは司の先手を打つかのように慌てて発言した。

「信じないんじゃなくて、信じたくねぇの間違いじゃねえのか」
つくしは目を見開き蒼ざめていく。防衛のための発言は司によって自分の首を絞める凶器に摩り替わってしまう。
自分のシナリオどおりに進んでいくこの状況が楽しくて仕方がない司は、つくしが次に何を言ってくるのか、どんな顔を見せてくれるのか期待するようになっていた。

「アンタ、何様のつもりよ
 人の人生をめちゃくちゃにして、なんだと思ってんのよ」
つくしの大きな眼には涙が滲み出し、やがてその涙は行き場を失って頬を濡らしてゆく。司の表情はそんなつくしを目にしてもなんら変わることはない。

類はやり切れない思いで彼女の肩を抱き、司を睨んだ。
「司、いい加減にしろよ
 これ以上牧野を傷つけるのなら、俺も容赦しない」

あきらと総二郎にもつくしの涙は痛ましく胸に染み込み、司を殴ってやりたい衝動に駆られる。それでも今は司の真意や意図を探るほうが先決だと感情を抑え込む。
「司、お前どうしたんだよ、牧野にそこまでする必要があるのか」
「あんなに嫌がってた牧野に、何でお前から接触する
 俺らの知らないとこで、牧野に何かしたんじゃねえだろうな」

「はははぁ、なんか、ねえ。・・・まぁ、そのなんかが・・・」
彼らを嘲笑いバカにしたような司の言葉を、つくしは遮った。
「あんたには分らないよ
 絶望を感じた時の悲しみや苦しみがどんなにつらいかなんて」
つくしは真っ直ぐに司を見ている。しかしその顔には悲しみや苦しみや怒りといったものはなく、何も表情を表してはいない。

「恐怖で、自分が自分でなくなっていくことが
 いつまで経っても消すことのできない傷は
 永遠に広がって癒えることはない・・・とさえも思えて・・・」
そう言ってつくしは肩に回されていた類の腕を払い除けて校門の方に走り出した。
類はつくしの言動に動揺を隠しきれず、苦しげな視線だけが後を追う。

「つかさー」
類の絞り出すような声は怒りで震えていた。

総二郎は抑えていた怒りを露にして司の胸倉を掴んだ。
「お前牧野に何かしたろ?・・・一体何をしたんだよッ!」

あきらは遠のいていくつくしを慌てて追いかける。車の脇で事の成り行きを見守っていた荒岡はあきらを制してつくしを追った。
あきらはつくしと荒岡の遠のく後ろ姿を暫し見送った後、彼らの元に引き返した。


家族が住んでいたアパート、家族4人がそろって住んでいた社宅、花沢家で暮す前につくしが独りで住んでいたアパートは、どの建物も最初から存在しなかったように全て空き地になっていた。確かに自分の中には家族と過ごした時間がそこにはあるのに、空虚な空間が広がる現実は家族や自分が生きてきた証をも否定されたようで悲しくなる。

つくしは家族に繋がる懐かしい物や温もりを求めてさ迷い歩く。荒岡はある一定の距離を保ってそんな彼女を見守っていた。


公園のベンチに呆然と座るつくしの隣に荒岡が腰を下ろした。辺りは薄暗く群青色の空には幾つかの星が出ている。
「牧野様、いずれ消えてなくなるのが過去です
 懐かしんだとしても、それにすがってはいけません
 過去より現在、今こうして居る現在から未来が大切なのです」
優しく諭す荒岡は滅多に見せない笑顔を向けた。
その笑顔に花沢親子がタブる。
27という年齢が経験と包容力で和ませ、荒岡が醸し出す穏和な空気と表情は自然と心に浸透し浄化させる雰囲気を持っていた。但し、この雰囲気は類と同様につくしの場合のみに限られていた。

「さぁ、戻りましょう」
思い詰めたように俯き、微動だにしないつくしの横顔を荒岡は切なそうに見つめる。

「人の心は、視線や行動で分かることもありますが
 心の奥から湧き出す言葉を
 無理に閉じ込めておくことが必ずしもいいとは限りません
 牧野様、真実を話してみては
 結果を恐れるのではなく、後悔をしないために」


「・・い、・・・類・・・、るい?」
腕を小突かれ、名前を呼ばれて我に返る。
眩しい陽光が降り注ぐアドベンティスト教会前の階段の一番高い所にタキシードに身を包む自分と、ウエディングドレスに身を包んだ彼女が隣にいて、親族や友人らの前に立っている現実に引き戻される。

「類、これから記念撮影するんだから、ボーッとしてたらダメだよ
 一生に一度の記念写真なんだからさぁ」
大好きな笑顔が目の前にある。この瞳はこれから一生自分だけを映し、その笑顔は一生自分だけに笑いかけてくれる、自分だけのものだ。

――俺たちはやっと一つの家族になったんだ
   つくし、もう独りぼっちなんて言わせないよ
   ここから始まる・・・

カメラのシャッターが切られた瞬間の類は人生で最高の幸福に包まれていた。それは後に手元に届く写真が証明していた。

記念撮影が終わると同時に親族や友人等は階段を降りて行く。新郎新婦はまだそこから一歩も動いていない。
「つくし」
ピンク色にグロスと陽光で輝く唇がやけに目を惹く。蜂が甘い蜜に誘われて花に止まるかのように、類の唇はつくしの艶めかしい唇に吸い寄せられる。

「ちょ、ちょっと類、こんな所で・・・」
「つくし、周りの目より俺の瞳だけを見て」
「だからって・・・、ここで・・・」
「それ以上言うとまたするよ、俺は大歓迎だけど」
「うっ!」
類は肩を竦めるつくしの手を取って階段を下りる。


「あれ・・・、そういえば、誰がブーケ取ったの?」
「・・・え、やだぁ、見てなかったの?」
誰の手にブーケが渡るのかを確かにその時は見ていた。が、ブーケが陽光に重なったほんの一瞬、類の意識は過去を彷徨っていた。

「フフフッ・・・、目開けたまんま寝てたとか言わないよね
 類は何処でも寝るし、それに器用だからね」
「プッ!そこまで俺の神経図太くないないよ。・・・で、誰だったの?」
「フフフッ、ナイショ!」
太陽に負けないくらいの満面の笑顔のつくし。
類はその姿を心に刻み付けた。

   俺だけに向ける笑顔
   俺だけを映す瞳
   俺だけに注ぐ愛
   すべて永遠に俺だけに向けられる

   俺はお前のためだけに生きる永遠の家族
   だからお前は独りじゃない

   お前の悲しみを貰い
   お前の苦しみを貰い
   お前の不安を貰う
   なんでも分かち合おう
   いつも寄り添い俺たちのロードを創ろう


アドベンティスト教会から遊覧船や河畔を散策する人で賑わう美しいセーヌ川に沿って走る車は類とつくしを披露宴会場となるホテルに送り届けた。一息つく間もなく新郎新婦は衣装替えをして、招待客が待つ会場に入って行く。

場内には親族と新郎新婦の友人らの他に薫の交友関係、花沢物産と関連のある企業、政界、財界等等といった大物は国を問わず主役である2人を歓迎している。その顔ぶれと多さに圧倒される。
「つくし、疲れたら無理しないで言ってよ」
「うん、その時は言うから」
大企業の息子と生まれた宿命で、その息子に嫁いだ嫁もその宿命から逃れることはできない挨拶回りが待っている。喜びに浸る一方で憂鬱にもなる。

「つくしの笑顔を人に見せたくないけど、今日だけは我慢する」
「なに、それ?」
類はそれに答えず、つくしの腰をぐいと引き寄せた。
「じゃあ、行くよ」
類のエスコートで挨拶回りが始まった。


グラスを手に軽い会話を交わしながら次々と回っていくと、やがて見慣れた顔が現れた。
「滋さん、先輩来ましたよ」
「あぁ~、やっと来たぁ~。つくし~!」
滋はいつもの如く手加減なしで華奢なつくしの体を抱き締める。
「つくし、おめでとう。・・・会いたかったよー」
桜子も和也もつくしを抱きしめて3年半ぶりに会う歓びを噛み締めたいのに、ひとり独占する滋が羨ましくて仕方がない。

「滋さんだけズルイですよ、みんなの先輩じゃないですか」
「僕だってつくしちゃんをギュッと抱き締めたいのにさ」
「「和也はいいんだよ」」
総二郎とあきらは和也の頭に拳骨のお見舞いをして、類に向き直った。
「人を何時間待たせりゃ気が済むんだよ」
「ほんとだぜ、マダム・キラー様の足を止めておくなんぞ
 許される行為じゃねぇな」
愚痴を零しながらも幸せそうな2人の顔を見ると自然と笑みが零れる。

「待ってないでマダムと楽しんでたらよかったじゃん」
「お前なぁ、3年半ぶりに会ったんだぞ
 それが友人に対する言葉かよ」
「そうそう、お前ひとり幸せな顔しやがって。ああ!ムナクソわりぃ」

つくしを思う気持ちは類に劣らず総二郎とあきらにもある。笑顔にさせたい、幸せにしたい、そして自分も幸せになりたい、そんな気持ちになったのも望んだのも初めてで、ほかの相手など想像できなかった。
それでも大切なのはつくしの気持ちで、彼らは勝負にでることなく以前の類のポジションだった見守る側になった。が、世界中で一番幸せな男と思えるほど幸福なオーラを放っている類に、羨ましさと憎らしさが交錯する。

「牧野もマダムの仲間入りってことは
 類くん、俺の管轄内になるってことだよな」
あきらは類の顔を見てニヤリとして、滋たちとじゃれ合っているつくしの傍に向かった。

類はあきらの後ろ姿に〝往生際が悪いんだから〟と呟いて総二郎と向き合う。
「総二郎はできたの、彼女?」
「はぁ?・・・俺がひとりの女で満足できると思うか?」
「クククッ、総二郎らしい返事だね
 けど、俺が諦めてたら、ひとりで満足できたんでしょ」
「〝悪縁契り深し〟ってやつだな」
男女の道ならぬ関係は、いったん心を奪われると離れようとしてもなかなか離れられない。また、気持ちを断ち切ろうとしても簡単に断ち切ることはできない。


「ちょっと類くん、何あの人たち」
「先輩と腕なんか組んじゃって、どういう人たちなんですか?」
滋、桜子、優紀、和也はやっとつくしが自分たちの傍に来て再会を喜んでいた。祝福の言葉をかけ、近況報告を交わして少しでも3年半という時間を縮めようとしていたのも束の間、突然モデルのような容姿をもつパリジェンヌ5名につくしを奪われてしまったのだ。滋と桜子はその不満をぶつけるかのように類の傍にやって来た。
パリジェンヌを見る2人の目付きは対抗意識の塊だ。〝ボクのつくしちゃんなのにぃ〟と和也は悄然としてがっくりとうなだれる。そんなみんなを優紀は可笑しそうに眺めている。

「同じ大学の友達」
「牧野はこっちでも人気者なんだな」
「あの性格だからね、自然と人が寄ってくるんだよ」
「あたし達の他に、あんなに嬉しそうに笑い合う友達がいるなんて
 なんか寂しいなぁ、滋ちゃんにとってつくしが一番なのにさぁ」
「滋さん、つくしの笑顔は同じでも
 滋さん達を思う気持ちの深さは違うと思いますよ
 絆の深さが、・・・だからそんなにしょんぼりしないで下さい」
自分たちが一番近い存在だと思っていたのに、自分たちの知らない3年半の空白の時間が恨めしく、その時間を共有できた彼女達にジェラシーさえ感じていた。

「そう言えば、道明寺さん来てませんよね?」
「一応見渡してみたんだけど、来てないみたい
 司、いつから薄情者になったのよ、親友の結婚式なのに」
桜子と滋はそう交わして会場内を見渡す。総二郎とあきらは類を一瞥する。

類はわざと招待状を出さなかったのだから、司がここに居ないのは当然のことだった。その事は総二郎とあきらは知っていた。〝もし自分が類の立場だったら俺も同じことをする〟切ってもきれないF4の仲間である彼らでさえも今回ばかりは同じ思いだった。

――大切にしていたクマのぬいぐるみをちぎられても
   許したし、笑顔も向けた、それは司だったから
   大切な親友の、司だったからだ
   けど、あの時からは違う

瞳に映る司の姿は、心を持たない冷酷な獣だった。類がこの世で一番大切にしていたのをオモチャのようにめちゃくちゃに壊し、それでも飽き足らずに嫌がらせの言葉や態度で追い詰めた。
あの忌々しい出来事はどうあっても忘れることなどできない。
冷酷な獣に、類は生まれて初めて抱いた、憎しみと殺意を。


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オーブ光の天使 第14話


第14話


花沢邸 類の部屋

「あたしねぇ・・・、迷ってるの」
「・・・ん?」
「大学・・・どうしようかって、・・・担任からは毎日聞かれるし
 来週中には返事しないと間に合わないし
 ・・・ホントどうしようって・・・」
英徳大学に進むことはつくしも薫も了解済みだった。それなのに今になって何を迷うのか、と類は首を捻る。

「最初に決めた道を進まないってこと?」
安心すると直ぐに不安がやってくる。幸福と不幸の狭間に立たされ、類の腕を左右から引っ張る。

「ここまで甘えて、この先もってなると・・・、あの時は納得したけど
 でも、あの時とは状況が違うんだ、・・・今のあたしは」

――違うって何が違うの?状況って一体なんの話?
   どうして俺の瞳を見ないの?

「牧野、何が違うのか俺の顔を見て話して」
つくしは窓越しから外を向いたまま、振り返ろうとはしない。
類は彼女に近づき肩を掴んで自分の方に向けさせた。向かい合う形にはなったものの視線は合うことはない。


「何が違うの?・・・牧野、俺に言えないこと?」
「・・・・・・。」
「父さんは知ってるの?」
つくしは直ぐに頭を横に振った。

――牧野、俺ってそんなに頼りない?・・・信用できない?
   アンタにとって俺はどんな存在なの?

「牧野の胸に抱えるもの、俺にも分けてよ、俺も共有したい」
少し驚いたような顔で見上げるつくしの目と合う。類はその瞳から何かを探ろうとするが視線は直ぐに逸らされ、苦しそうに目は細められる。最近のつくしはよくこんな顔をする。

「花沢るぃ」
小さな呟きと同時に胸につくしの頭が寄ってくる。この行為は明らかに何かに苦悩している証拠。類はいたたまれずにつくしを抱きしめた。
つくしの万感で類の情は嬉しくも悲しくもなる。そして非情にも。

「牧野、ひとりで抱えないで」
「花沢類、もう少しだけ時間をちょうだい」

――見守るだけじゃダメだ、待つだけじゃダメなんだ

「一つ約束してくれたら、俺は待つよ
 もしそれが出来ないんなら、このままあんたを放さない」
「そ、それってずるくない?あたしに選択権が無いのと一緒じゃん」
見上げるつくしの瞳には輝きがあった。
「そうかもね。・・・で、牧野はどっちがいい?」

類の腕の中でつくしは大袈裟な溜息つき、いつもの如くブツブツと言い始めた。
「牧野さぁ
 考える前に、俺の約束事を聞いてからでも遅くないと思うけど」
「そ、そうだよね、あたしまだ聞いてなかったんだよね
 ・・・で、花沢類の約束って」

「俺の傍にいること」
――本当は〝一生〟と言いたかったけど・・・
   俺の傍に・・・、鈍感な牧野でなければ、・・・解るよね

「えっ!・・・それってここに居るってことだよね?」
――やっぱアンタはそう解釈するよね
「そう、この家から出て行かないってこと」

つくしは小さく息を吐き、類を上目遣いで見る。
「ねえ~、いつまでこの体勢なの」

類はゆっくりとつくしの耳元に唇を寄せる。
「あんたが答えるまで、抱き締め続ける権利は俺にあるの」
見る見るうちに顔が赤くなっていくつくし。類はワザと回している腕に力を込める。
つくしの温もりをもっと感じたい、自分の腕の中に最愛の人がいる現実に浸っていたい、欲しい答えを求めていながらその一方で、答えを探せないままこの時が続いてもいいとさえ思える。

「約束する、この家から出ていかないって。だから、もう放して」
「まだダメ、牧野に確認したいことがあるから」
「・・・・・・確認?」
「そう、みんなに断ってくれるんでしょ、ここで暮す・・・って」
類の腕からすり抜けたつくしは目をまん丸にして彼を見上げた。

「プッ!・・・俺が知らないとでも思ってた?
 〝つくしは大切な一番の親友だから私に譲って〟って
 大河原が泣きながら言ってきた
 〝つくしの傍に居たいから、寂しい思いをさせたくないから〟って
 大河原の気持ちは痛いほど分かった、・・・俺も同じ気持ちだからね
 だから、それだけはできないって俺は断ったんだ」
「・・・滋さんが・・・」

「総二郎とあきらと三条、3人にハッキリ言ってくれるよね
 俺が断ったように牧野も」
「うん、きちんと断る、だから・・・、もう放してよ」

類の悩みの種だった1つが解決して安心すると、イジワル心が頭をもたげる。
「約束だから開放してあげる
 けど、俺を不安にさせたお詫びはしてもらうよ」
つくしがホッとした矢先だった。
強張った顔をするつくしを他所に、類は今を楽しんでいた。

「・・・えっ?・・・おわび?」
体を束縛していた手はそのままつくしの頬に添えられる。やっと体は解放されたに、今度は彼の艶めいた瞳に捕らわれる。
そうなることがごく自然のようにゆっくりと重なる唇。
以前にみられた体の震えはもう今はなくなっていた。


『これから非常階段に向かう』
類からの必要最低限度の文字につくしはクスッと笑い、靴を履き替えながらメールの返事を打ち始める。
『あたしはもう向かっているから、花沢類より早く到着するよ』
送信ボタンを押し、つくしは足取りも軽くバラのアーチを潜って非常階段に向かった。


「俺、帰るから」
総二郎とあきらと司が囲むテーブルで、類はそう言って席を離れた。

「あんな女と毎日居て、行きも帰りも一緒、よく耐えられるよなッ」
「まあ~今の司には理解できねぇだろうよ
 めちゃめちゃ惚れた女が居たら、類の行動も自然なことだろ」
「そうそう、女に興味をもたない司には一生分かんないことだよ
 この年で女を知らねぇなんて、ほんと恥ずかしいってゆうか
 可愛そうって域だよな」

総二郎とあきらにムッとした司は勢いよく立ち上がった。
「好き勝手にほざえてろ」
司は不敵な笑みを浮かべてカフェテリアを出て行った。

「何だ、今の」
「あの顔、不気味じゃねえ」
「ああ、何か嫌な予感がするな」
総二郎とあきらは慌てて司の後を追った。


類とつくしは肩を並べ会話を交わしながら、時には無言で移り行く景色を眺めながら、中庭から校門に向かうのがいつもの2人の行動だった。
今日もいつものように肩を並べて歩く。そんな2人の背後から司の声がする。
「よぉー」
2人の行動パターンを把握していた司は、カフェを出て真っ直ぐにこの場所に来た。

「あたし車に行ってるね」
直ぐに声の主が分かったつくしは、類の返事を待たずに足はその場を去ろうとしていた。
「お前、俺を無視して行くとはイイ度胸してんな」
司は類を素通りしてつくしの腕を掴んで足を止まらせた。

類は司の行動に不審と不安が交錯する。
医師はいつ記憶が戻るのか誰にも分からないと言った。記憶が戻ったのかどうかは司本人だけが知る領域に、類は〝もしかして〟と頭を過ぎる。

「あたしはあんたと話すことなんて何もない。手、放してよ」
「ふ~ん、お前になくても俺にはあるぜ」
薄笑いを浮かべる司。司とつくしの間に歩み寄る類。
「司、牧野嫌がってるよ。手、放したら」

「「つかさぁーッ!」」
後方からは総二郎とあきらが足早に近づいて来る。

「放したらこいつ逃げんだろ」
司は素直に応じろどころから掴む手に力を込める。つくしはその痛さで顔が歪む。


「司ッ!お前何やってんだ
 この間だって牧野が嫌がってたじゃねえかよ」
総二郎とあきらはつくしから司の手を離そうしている。類は自分の知らない出来事に焦り、硬い表情になる。
「この間って何?・・・なんかあったの?」
「なんもねーよ」
類は否定する司を凝視する。
「司?」
司は何も言う気がないのだと察した類は、今度は総二郎とあきらに視線を移す。
あきらは類に心配を掛けまいとするつくしの気持ちが分かっていただけに言うまいと決めていたが、2度目となるとさすがに黙認することはできないとこの間の出来事を話す。

類は背を向けて立ち尽くすつくしの赤くなった腕を一瞥して、司と向き合った。
「前に言ったよね、牧野が嫌がることしたら許さないって
 司、どうゆうつもり?」
「どうもこうもねえよ
 人が話し掛けてんのに無視するコイツが悪りぃんだろ」

「お前、記憶が戻ったのか?」
あきらの問い掛けに総二郎と類の瞳が揺れる。
「戻ってたらどうする、・・・お前ら諦めるのか」
彼らはその言葉に凍りつく。

「つ、司、・・・マジかよ」
やっとの思いで口にしたのはあきらだった。
「全部思い出したのか?」
続いて総二郎が訊く。
司は口角を上げて驚きを隠しきれない総二郎とあきらを見ている。そんな司を類は何かを探ろうと瞳を凝視する。

「・・・で、司、どうなんだよ?」
彼らは一刻も早くその答えが知りたい。
「司ッ」
司はこの状況を楽しむかのように答えを引き伸ばしている。そんな態度にイラついた総二郎が声を荒げた。

「アンタの記憶は戻ってない、そうでしょ」
そう言ってつくしは司の方に振り返った。
「なっ!」
「そうなのか、司?」
「さぁ、どうだか」

「いまさらあたしになんの用があるの」
「お前がみんなにガードされてっから、ちと羨ましくてよ
 どうすりゃそんに待遇が良くなって好かれんのか
 興味深々ってとこだ」
記憶を無くした当初の司は、つくしを見るだけで嫌がって怒鳴っていた。ここ最近では嫌がるどころか自分から接触している。その大きな変化の原因がどこにあるのか、彼らはつくしを見守る傍らで司を探っていた。

「あんたに話すことなんて何もない」
司は予想どおりといった顔をしてニヤリとする。
「そうか、俺になくてもこいつら、・・・いや、類にはあるよな」
つくしは司が何のことを言っているのか解らなかった。が、〝類には〟と言われた時ある事が脳裏を横切り、全身から血の気が引いていくのを感じる。

――何を企んでいるの、あんたの意図は何?
   あたしが嫌いで目障りで不倶戴天なら憎めばいい
   けど親友まで巻き込むのはやめて
   それだけは絶対に避けたい、何があってもそれだけは

「どういう意味よ」
「そのまんまだよ、覚えがあんだろ」
司とつくしのやり取りが意味不明な彼らは、それぞれが口を挟もうとして言葉を呑み込む。
「結局、あたしにどうしろっていうのよッ!?」
意味有り気に短文に圧力をかける司に耐え切れなくなったつくしは厳しい表情で声を荒げた。

「お前、その眼・・・」
つくしの瞳は司が最も嫌う意志のこもった眼で威圧感があった。
「ふ~ん、あの時の眼と同じだな
 あの日が最後だと思ったのによ、健在って訳か」
彼らは瞬時に道明寺邸での出来事を思い出した。つくしの胸倉を掴んで、怨敵のような鋭い眼差しを向けたあの日のことを。

「アンタの前には二度と立たない、関わらないって決めた
 それはアンタも望んだはず
 なのにどうして、どうしてアンタから・・・」
「さっきも言ったろ、ちと羨ましいってよ
 ・・・・・・でも今日で終わりだ、終わらせてやるよ
 お前の弱点は類だからな」
ニヤリと笑う司。目を大きく見開いていくつくし。

「俺に関係があるんだったら直接俺に言えばいい
 なんで牧野を苦しめる」
類は司に詰め寄った。
「そうだな、類に言えばイイんだよな」
司は盲目的につくしを追い込むことだけに進んでいる。

言葉というものは、時に凶器にもなる。
忘れようとしても一度傷ついた心を戻すことは安易なことではない。その傷が癒えぬ間に更に傷を深くする言葉の凶器は、絶望と恐怖をもたらす。


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オーブ光の天使 第13話


第13話


『午後の授業がなくなっちゃった、花沢類の予定は?』
つくしは学園の廊下を歩きながら類にメールを送信する。

非常階段の扉を開けて直ぐに類からのメールを受信。
『午後の講義受けるから、悪いけど先に帰ってて』
つくしは直ぐに了解と送信して、専属の運転手に連絡をとる。


「おい、お前」

中庭を歩いていると背後から聞き覚えのある声がしてきて、つくしは足を止めた。
――この声は・・・、道明寺・・・
   なんでこんな所に居るのよ

同じ敷地内といっても高等部と大学、潜る門が違えば校舎も違う。待ち合わせでもしない限り出会うことなどできないくらい、このキャンパスは桁違いに広い。偶然に出会うことなどあり得ないのに。
つくしは声がした方を見ることもなく再び歩き出した。


「まだ類の家に居るんだってな」

――やだ、あたしに声かけてたなんて・・・

「どんな手使って手懐けてんのか、聞いてみてーもんだな」
「・・・・・・?」
まさかとは思ったが、顔も見たくないと思っていた司がすぐ近くにいて、悪意に満ちた言葉で挑発してきた。一刻もこの場から去りたいつくしは無視して急ぎ足で校門に向かった。

「顔は人並み以下、体は、・・・最悪だな」
忌まわしい言葉を吐き捨てるようにぶつけてくる。

――なんでついて来るのよ
司の声は一定の距離を保って聞こえてくる。

「フン、しかとかよッ」
司はつくしの小さな背中を捉え、行き止まりに追い詰めた獲物を蔑むような眼つきで楽しみながら、次に繰り出す言葉を選んでいる。

「お前の家族、死んだんだってな
 悲劇のヒロイン演じて、周りの同情を買って
 それで今ぬくぬくと類の家に居るわけだ」

――あたしの知ってる道明寺は、こんなこと言わない
   優しくて、真っ直ぐで、あったかくて・・・
   あたしに声を掛けてくる人は誰?
   道明寺じゃない、あたしの心にいる道明寺じゃない

つくしの心の奥底にしまい込まれた優しくピュアな司の記憶と現実の司とのギャップに、以前の彼はもう居ないのだと嫌でも思い知らされる。

「さすがパンピーだぜ、やる事が違うよな」


校門を出ると見慣れた車が目に入り、つくしはその車に向かって更に足を速めた。が、突然司に腕を掴まれて足止めされる。
「人の話聞いてんのかよッ!」
「手、放して」
司は動じるどころか不敵な笑みを浮かべ、握る手に力をこめる。

「放してって言ってるでしょ!」
「フン、俺にそんな口聞いてイイと思ってんのか
 あの時のようにしてやってもいいんだぜ
 まきの、・・・確かそんな名前だったよな」

息がかかる距離で聞こえてくるその内容に、つくしは成すすべなく体は震えてこわばり蒼ざめていく。今の司には未練など微塵もない。それどころかこの世で最も会いたくない人物だ。

「なんだったら、これからでも・・・」


2人のやり取りを見ていた荒岡はただならぬ事態を察知し、急いで駆け寄って彼女を守るように自分の背に隠して司と向き合った。
「てめえ誰だッ!」
突然目の前に現れた男に司は凄みのある顔つきで声を荒げた。

「怯えている彼女にまだ何か言うつもりですか」
荒岡は冷静な態度で応じる。
「ああ?」
「牧野様、車に行きましょ」
荒岡はつくしの肩に腕を回して車に誘導する。司はそれを制するように前に立ちはだかった。


司を探して歩き回っていた総二郎とあきらの耳に、その人物と思われる声が聞こえてきた。
「今の・・・」
「確かに司の声だったぞ」
2人は声のする方に駆け出した。


「てめえ、誰に口聞いてんだよッ!」
邪魔をされ、それに加えて自分の顔を見ても怯まず驚きもしない荒岡の態度に、司の怒りはより一層強くなった。
「存じております、道明寺司様
 しかし私は牧野様をお守りするのが仕事ですので
 たとえ道明寺様でも目を瞑る訳にはいきません」
「・・・ああ?何がお守りだぁ、こんな女」

「「つかさー!」」

総二郎とあきらが駆け寄ってきた隙に、荒岡は軽く頭を下げて素早くつくしを車に乗せてその場を後にした。

総二郎とあきらは遠ざかる車を見送った後、司に視線を戻す。
「司、何やってんだよ?牧野になんかしたのか?」
「怯えてた感じだったぞ」
「別に、俺が話し掛けたらアイツ、しかとしやがって」
総二郎とあきらは顔を見合わせた後、再度司に訊ねる。


美作邸

「楽譜を正確に読んで弾いてんのは、オーケーだな」
「ソルフェージュ」
「そうゆうことだ」
ピアノに向き合うつくしの脇で、あきらはレッスンスケジュールを見ながらチェックしている。
「自然に流れるような良いテンポとリズムで弾いているかは・・・
 右手はいいけど、左手がな・・・、もうちょい動いてくれりゃ・・・
 でもよ、3ヶ月で良くここまで指使えるようになったよな」
「うん、自分でもビックリ、ダンスは初日でギブだからね」

「牧野さぁ、部屋に居る時は自分の好きな音楽を流してると良いよ
 耳によるさまざまなペンタリングを体得できるようになるからさ
 子守唄代わりに寝る前でも良いし、・・・ってゆうか
 お前の場合は直ぐに寝るから対応不可かぁ」
「ちょっと、なんで決めつけんのよ
 あたしだって眠れない日だってあるんだからねッ!」
ムッとした顔のつくしにあきらはニヤッと笑った。

「へえ~、牧野でも眠れない日があるとはな、驚きだぜ
 類とタイ張るくらいどこでも寝られるお前が、信じられねえ」
「人をなんだと思ってんのよ
 あたしにだって色々考えることがあって、答えがでなくて
 気がつけば1時間、2時間って時間だけが過ぎて
 寝むれない時だってあるんだから」
一気に捲し立てたつくしはハッと我に返って口元を押さえ、あきらを見る。

――花沢類は最近のあたしの態度を気にしている
   何も心配事なんてないよって笑って言ってみたけど
   あの人のことだもん、きっとばれてるよね
   今の話を美作さんが話したら、・・・花沢類はまた・・・

「今の話なんだけどさ、・・・花沢類に、言うつもり?」
つくしはあきらの顔色を窺うように訊いてみた。
「今の話を、類に?
 悪いけどさ、早口すぎて言ってることよく聞こえなかったんだわ
 類に言ってほしいことなら、もう一度普通に言ってくんねぇ」
あきらは規則正しく並べられたクラシック音楽のCDをつくしの為に幾つかチョイスしながらそう告げた。

本当はすべて聞こえたが、つくしの瞳が否定しろって訴えているように見えた。それと、つくしが眠れない原因が2週間前の校門での出来事にある、司がらみだと察したからだ。

――司の記憶が戻りつつあるのか、牧野に興味をもったのか
   単なるゲームの対象者としているのか、肝心な所が分からねえ

「ほらよ、ショパンとシューベルト、お前好きだったよな
 それやるから、目を閉じて聴いてみ
 どんな心の状態でも、音楽には叶わないからさ」


つくしの家族の死から49日。

納骨と四十九日の法要を兼ねて、類とつくしはお寺に出向いた。
本堂の祭壇にパパとママと進の遺骨が安置され、和尚のお経がはじまる。瞼を閉じたその奥には、食卓を囲んで笑い合ったり、他愛もないことで言い合ったり、ふざけあったり、ごくありきたりだが幸せだった家族の姿が浮かぶ。ひと時薄れていた恋しさも悲しさも、お経は一瞬にてその情を容赦なく引き出す。

焼香するつくしの手が震える。
「牧野」
「花沢類、あたし泣かないよ、悲しいけど泣かない
 お墓の納骨室に納められるまでは、どんなことがあっても
 ・・・・・・家族の前で涙を見せたくないの」

つくしは家族に安心してもらいたい一心で泣きたい気持ちをぐっと堪える。類は愁眉な顔付きで見つめた後、柔らかな笑みを見せる。
「納骨が終わったら、俺の胸貸してあげる」


和尚を乗せた車と類とつくしを乗せた車は霊園に到着した。家族の遺骨を抱えて心臓破りの階段を上がりきると、まだ3ヶ所しか墓石が建っていない内の1つに墓苑の人が待機していた。

納骨室に家族3人の遺骨を納めると墓苑の人は墓石を元の位置に戻す。つくしは墓石に水をかけ、荒岡から受け取った花を手向け、線香を焚く。
墓石の前に和尚が立ち、その真後ろにはつくしと類が立ち、脇には墓苑の人が立って手を合わせている。2人のSPは類とつくしを見守りつつ辺りを警戒している。

和尚のお経がはじまった。

――ここがパパとママと進の家だよ
   何回も引越ししたけど、ここが最後の家だよ
   もう引越しはしなくていいの
   もう住む世界は違うけど、ここが家族との唯一の懸け橋だね
   これからあたしがこのお墓を守っていくから
   心配しないで、・・・安らかに眠ってください
   パパとママと進の家族であたしは良かったと、感謝しています

――牧野・・・つくしさんのことは、俺が責任を持って預からせて
   頂きますので、心配しないでください
   娘をよろしくお願いします、そう言ってくれた
   お母さんを絶対に後悔させません
   貴方方が居たから牧野に出会えた、心から感謝しています

お経を耳にしながら、つくしと類は心でそう語っていた。
また一方で荒岡も複雑な思いを胸に秘め手を合わせていた。


その夜、時計の針が9時を回った頃、つくしは左手にグラスを2つ、右手にワインを持って類の部屋を訪ねた。
「花沢類、飲もう。・・・付き合ってくれるよね」
つくしはテーブルにグラスを置いてワインを注ぎ、ベッドに座る類に差し出す。類は自分に向けられたグラスとつくしを交互に視線を送り、戸惑いながらそれを受け取る。
「どうしたの?」
ラグの上に座るつくしの横に類も腰を下ろす。
「フフフッ、珍しいでしょう
 今日は特別、お祝いだから飲みたい気分なの」
そう言ってつくしはまるで水を飲むかのようにワインを一気に飲み干し、空になったグラスにワインを注ぐ。類はそんな彼女の動作をただ眺めていた。
「まだ口付けてないの、花沢類も飲んでよ」

「なんのお祝いなの?」
「嬉しい時や悲しい時ってお酒飲むじゃない
 結婚式やお葬式なんかで・・・。納骨もしたし・・・
 今日は家族の引越し祝いなの、だから特別な日なの」
アルコールのせいか薄っすらと赤みをおびた顔で嬉しそうに言うつくし。

自宅に戻ってからのつくしは夕食の時に顔を見せたっきり部屋に籠っていた。悲しさや寂しさや悔しさなど、いろんな感情が溢れて独り泣いているのではないかと類は憂慮していた。だがそんな心配をよそに、目の前には泣いた様子もなく元気で明るいつくしがワインを飲んでさらにご機嫌だ。

「牧野の家って引越しばっかりしてたもんね」
「家族も落ち着いたことだし、これで一安心ってことかな
 すべて花沢類とお父さんのおかげです。ありがとう」
「俺も父さんもお礼を言って欲しくてやったことじゃないよ
 牧野だからやったまでのことだよ」
「花沢類ダメだよ
 人が感謝の気持ちで言ってるんだから、素直に受けなきゃ」

――牧野のことだから俺は行動できるんだよ
   相変わらず肝心な所は聞いてないんだから
「はいはい、どういたしまして」


<牧野のどこに色気感じろって言うんだ?
 類、お前大丈夫か?男の機能、正常なのか?>
ずっと前に総二郎から言われたことを、類はふと思い出した。

――確かにあの頃は・・・、色気なんてなかったと思う
   でも今は、目の前にいる牧野からは・・・

つくしは元々色白できめ細かな肌をしている。エステシャンの手によってその肌は更に磨きがかかった。また、茶道を習うことで内面から出る仕草や動作はしなやかで女性らしくなり、特に着物を着たときはひときわ目を惹き妙に色気を感じさせるようになった。普段の彼女とのギャップが余計に男の理性を擽るようだ。
そんなつくしの変化にいち早く感づいていたのはお茶の師匠で、着物姿のつくしと接する機会の多い総二郎だった。

窓越しから夜空を見上げるつくしの横顔から細い首筋に類の視線が釘付けになる。

――アンタは俺を男として感じたことある?


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オーブ光の天使 第12話


第12話


西門邸 茶室

「ご馳走様でした」
斜め前に座る総二郎につくしは軽く頭を下げた。
「お前、どっか頭でも打ったか?」
怪訝そうな顔で総二郎が訊く。
つくしは冷ややかな目で総二郎を見やる。

「真面目にやると、どうして頭打ったのかってなるわけ
 何、・・・もしかして、完璧すぎて文句のつけようがない、とか?」
つくしはニヤリと笑った。

「いや、・・・まあ~あれだ、・・・・・・まぁまぁだな
 どちらかといえば、出来たほうだと・・・思う
 まぁそれもこれも、師匠である俺の教え方が良かったからだ」
しどろもどろの口調で崩壊していくポーカーフェイス。

いつもの総二郎らしからぬその原因は、つくしが茶室に入室してから茶を服し終えるまでの立ち居振る舞いが完璧に近かった事、自然と内面から出る女性らしい仕草に初めて色気を感じて魅入ってしまったためだった。

「さすが次期家元だけあって、当然なんだろうけど
 なんかムカつくんですけど」
「本当のことだろ」
口を尖らせていたつくしは可笑しそうに笑いだした。総二郎は彼女に釣られるように頬が緩んでいく。

この8畳という狭い空間に恋しく愛しい彼女と2人きり、同じ時間を共有できることは嬉しくもあり、優越感もある。その一方で、片思いの自分の気持ちを抑えなければならない苦痛もあった。


「牧野まだ居るよね?」
家人は腕時計を一瞥し、類がつくしを迎えに来たのだと察する。
「はい、いらっしゃいますよ
 いつもの茶室におりますが、お呼びしましょうか?」
「いや、俺が行くからいい」

西門邸の庭、一部花沢邸の庭に類似した所がある。
類は慣れ親しんだ庭の風景を楽しみながら、左右に振り分けられた飛石をゆったりとした足取りで進む。

あの事件以来、どんな短い距離でも随時SPが同行し、車での移動しか許されなかった。未だに首謀者は明らかになっていないため今もそれは継続されていて、類にとってはうっとうしい限りだった。その憂さ晴らしも兼ね、つくしのお稽古の日は早めに迎えに行き、西門邸や美作邸の庭を散策するようになった。

歩くこと数分、前方に茶室が見えてくる。


「牧野、・・・お前、類をどう思ってるんだ?」
総二郎は真顔で切り出した。
「なっ、なんで急にそんなこと・・・」
つくしは驚いた顔をして総二郎の顔を凝視する。

――親友の彼女には手を出さない主義だが
   今は牧野の隣は空いている
   お前が類を好きだと言わない限り・・・、その隣は・・・

澄んだ瞳、童心のようなつくしを座視しながら、総二郎はそんなことを考えていた。

「ちょっと、聞いてる?」
「・・・ああ。・・・親父とお袋が、牧野のこと娘みたいに思ってんだよ
 俺の兄弟って男ばっかりだろ、だから余計に可愛いんだろう
 傍に置きたいくらい。・・・・・・親は一緒に暮したいって言ってる」
「・・・えっ?」
一瞬耳を疑った。

「お前にとっては突然の話だろうが
 親にしてみれば、前々から考えていたことなんだ」
確かに総二郎の両親にいつも何かと良くしてもらい、うちの娘にならないかと何度か言われていたのも事実だったが、つくしは冗談だと軽く受け流していた。
――まさか本気でそんな事考えていたなんて・・・

「それって、・・・あたしが家族を亡くして
 身寄りがないのを見かねてのことなんでしょ?
 家元もおばさまも優しい方だから、・・・だからそんなことを・・・」
「ああ、それもある。けど、一緒に暮らすのは誰でも
 いいってことじゃない、牧野だからこそ親はそう思ったんだ」

類は茶室に入ろうと躙口に近づいた。すると中から耳を疑いたくなるような会話が聞こえてきて、体が凍りつく。


「それで今の話と花沢類のことと、どう関係があるのよ」

――お前が好きだから
   そうはっきり言えたら、・・・どんなに楽か

総二郎は西日が射していた部屋が少し暗さを増しいたことに気付き、灯りを点けた。立ったついでと気分転換にと茶を点てはじめる。

「例えば、お前が類の家が居心地良くて出たくないとか
 類のことが好きだからとか、・・・答えによってはこの話は無しだ
 もしそういうことじゃねぇなら
 ここに来ること考えてくれないか・・・ってことだよ」

――花沢類は相変わらず優しいし、何かと気遣ってくれる
   花沢類は何も変わらない、そんな類に対して
   今の自分の気持ちは、・・・素直に好きだと言える
   この気持ちはこの先も変わらないと思う、ただ・・・

総二郎の両親も類の父もつくしに親身になってくれて大切にしてくれている。花沢家での生活は贅沢すぎるくらいで、寧ろ何不自由ないこの生活を送れることが当たり前になりそうで、不安になる時があるくらいだ。

――みんながあたしの心配をしてくれている
   桜子だって、・・・だからあんなことを・・・

「・・・・・・この間、桜子に言われたの
 もし独り暮しするつもりなら、家に来ないかって
 あたし・・・、みんなに心配かけてるんだね
 迷惑かけちゃダメよって、ママに言われたのに、・・・あたしは・・・」
つらそうに目を細めるつくし。

総二郎の脳裏にあきらの言葉が浮かぶ。
<自分を責めて俺らの前から姿消すってこと、ねーよな>

――普通なら誰もこんなこと考えないだろう
   けど相手は牧野だ、普通が通用しねぇ

「お前は誰にも迷惑なんてかけてねぇよ
 だからお前は余計なこと考えんな、独りで考えて独りで決断して
 俺らに相談なしに行動される方がよっぽど迷惑だってもんだぜ
 つくしちゃんは独りじゃないんだからさ
 周りに居る奴らにも、ちっとは目を向けろよな
 何の為にダチがいるのか、一晩かけて伝授してやろうか」
総二郎はつくしにこれ以上つらそうな顔をさせたくなくて、わざと色気を含んだ極上の笑顔を見せた。

「・・・えっ?・・・ひ、ひとばん・・・」
総二郎の魅惑的な笑みはつくしの思考をあらぬ方向に向けさせた。頬がほんのりと赤く色ずつ。
「何、つくしちゃん、もしかして一晩じゃ不服だった?」
「・・・はい?・・・バッ、バッカじゃないの、このエロ門が・・・」
からかって空気を換えている総二郎の気遣いには気付いていた。それでもいちいち反応してしまう自分が情けない。

「牧野、俺の親はいいとして、桜子は問題だぞ」
「・・・えっ?なんで?」
「桜子の両親だって事故で亡くしてっから、お前と同じような立場だ
 だから牧野の気持ちは誰よりも分かってるはずだ
 アイツは毒舌のわりに、牧野のこと慕ってるからな
 しぶとく食い下がるんじゃねーか」

「そっかぁ、桜子の両親は確か・・・、飛行機事故で・・・
 あの広いお屋敷にお婆様と2人暮らしだもんね」
桜子の奸計にまんまと騙されて三条家を訪れたあの頃を思い浮かべていた。

――静さんを追って花沢類はパリに行って
   その寂しさが、トーマスに花沢類の面影を重ねて・・・
   気付いたらベッドの上・・・って、・・・笑える
懐かしい思い出につくしは苦笑する。

「何だ、その笑いは」
「まあ~、いろいろあったなぁって思ってさ」

いつもの雰囲気が戻ったところで、つくしは数分前に点ててもらった茶を飲んだ。
「ぅわっ!マズイ!・・・師匠!最悪のもてなしだわッ」

「何がまずいの?」
そう声を掛けて類は躙口から顔を覗かせ、その場に腰を下ろす。
「あっ、花沢類、・・・これなんだけど
 次期家元ともあろうお方がこんな粗相を・・・」
「粗相って・・・、お前な、言葉の使い方間違ってるぞ
 どんなもんでも時間が経てば不味くなるってもんだ」

そこにはいつもと変わらない空気が流れている。でも、見えないそれぞれの意中は複雑、安心できる解答を求めている。


「今日は一人で降りるから、花沢類は先に行ってて」

類とつくしを乗せた車は西門邸から花沢邸に到着した。
最近はもっぽら着物でお稽古をしていたつくしは着物姿での所作もある程度はできていたが、車の乗り降りだけは苦手だった。
草履を引っかけて転びそうになることもしばしばで、そんな時はつい類の手を取って降りることもある。そんな弱点を克服したいと常々思っていた。

「じゃ、そうする」
類はつくしの気持ちが解っていた為、素直に車から降りて玄関に向かった。彼の姿が見えなくなるのを確認したつくしは車から降りようとしていた。

「今日こそは絶対に・・・」
車のドアが開き、つくしは気合を入れる。


「来週の土曜日、霊園見に行かない」
類は玄関に続く長い石段をゆっくりと歩きながらつくしに話し掛けた。
直ぐには彼女から返事は返ってこなかった。家族に関わることを口にするのはつくしに嫌でも悲しみを思い起こさせることになる。その気持ちが口を噤ませ、足止めまでさせてしまったのではないのかと、類は立ち止まった。

「牧野が」
そう言い掛けて、類は振り向いた。

――えっ?
振り向いた先にはつくしの姿はない。
彼女が追いつけるペースで歩いて来た。だから当然自分の後ろに続いていたと思っていただけに、類は慌てて来た道を引き返した。


一瞬の出来事に何が起きたのかつくしには分からなかった。気付いた時には腕の中にいて、荒岡の息を傍で感じていた。
「大丈夫ですか?牧野様」
荒岡は労わりの優しい言葉とは裏腹に、つくしの体を強く抱き締めている。
つくしはその声にハッとして荒岡を見上げた。

見つめ合う2人。


「何してんの?」
低い声、冷たい視線で見ている類につくしは慌てて荒岡から離れ、類と向き合う形で足を止めた。
「あたしが転びそうになって、それで・・・」
類はつくしの言葉を遮るように口を挟んだ。

「牧野、先に家に入ってて」
「う、うん」
冷たい瞳をした類に驚き戸惑いながらも素直にその場を去り、玄関へと続く長い石段をおずおずと歩く。


「あんた、どうゆうつもり?」
類は荒岡の前に立ち、鋭い目で睨む。
「私は牧野様をお守りしただけです」
荒岡は無表情で答えた。

F4と並んでも決して引けを取らない容姿を持つ荒岡は、つくしの専属のSPとして薫が任命したのだが、類は快く思っていなかった。
類が産まれる前や幼い頃から花沢家に仕える使用人、運転手、SPなど慣れ親しんだ顔ぶればかりの中、荒岡はつくしの家族の事故後に来た新参者であり、またつくしに対する接し方も気になっていた。

「アイツを惑わせるようなことはやめてくれない」
今直ぐにでも辞めさせたい、つくしの傍から遠ざけたいという思いが首をもたげる。それでもつくしの性格上、突然クビにするような行為は激しく抵抗されるのが分かりきっているだけに、類は自分の気持ちを抑えていたのだ。

「そのようなつもりは一切ございません」
「俺が知らないとでも思ってんの
 今度アイツになんかしたら、容赦しないから」
つくしに向ける優しい瞳の類を見慣れているせいか、矢を突き刺すような鋭い瞳を真っ直ぐに向けてくる彼に、荒岡の瞳は揺れ背筋に悪寒が走る。


国道からわき道に逸れて木漏れ日が揺れる鬱蒼とした林の中を山の頂きに向かって数分走ると目的地の霊園はある。
類とつくしを乗せた車は霊園の駐車場に着き、50段以上ある階段を上りはじめる。

「花沢類、・・・ちょっと休憩。・・・運動不足で、息切れしてきた」
つくしは息を上げて手すりに身を寄せる。
残暑と勾配のキツイ階段は体力を奪う。
「確かにキツイね。あともう少しだからがんばって進もう」
類はつくしの手を取って残りの階段に足を進める。

「ぅわあー!すごぉーぃ!・・・これが墓地・・・なの?」
息を切らして疲れきっていた先程までのつくしとは一変、目を輝かせ歓喜の声を上げている。
階段を上りきりると、つくしの目の前には自分なりに想像していた墓地と反したものが映った。

この場所は山の一角を新開したもので、自然の樹木に囲まれている。歩く道には人工的に造られた淡いワインカラーのインターロッキングが敷き詰められ、その脇には1年中鮮やかな緑をたたえる西洋芝が規則正しく並んでいる。花や遊具などが設置してあれば、公園にも値するほど明るい雰囲気を醸し出し、従来の墓地のイメージを根こそぎ覆している。

「ここがお墓になるなんて想像つかないよ
 お墓っていったらさぁ~、もっと暗い雰囲気でジメジメした
 そんなイメージなんだけど。・・・ちゃんと外灯も建ってるし
 ほんとギャップありすぎって感じ!」

出会った頃のような生き生きとして輝いているつくしが目の前に居る。ここを訪れる事によってまた彼女につらい現実を叩きつけるのではと心配していた類は、杞憂だったと胸を撫で下ろす。

「満足してもらえたかな?」
「とっても素敵な場所だね、ここだったら絶対に家族も気に入るよ」
満天の笑顔のつくしに類は満足そうに微笑む。
仲睦まじい2人の姿を、荒岡と織田(SP)は遠巻きから見ている。

「じゃあ、次は墓石見に行こっか?」
「そうだね」

霊園は周りを樹木で覆われている。その樹木の中には、野性の桜や楓がたくさん生い茂っている。春には桜が咲き、秋には楓や他の樹木が紅葉し、四季の移ろいを家族に楽しませてくれることだろう。


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オーブ光の天使 第11話


第11話


「なんだよ、あきら」
「いや、これからどうなるんだろうと思ってさ」
「何がだよ?」
浮かない顔をしているあきらを総二郎は怪訝そうに見ていた。

「人のことは心配しても、人に頼るのは嫌がる牧野だぜ
 俺らの親が家にって言ったら、アイツどう思うだろう
 いい方に解釈してくれりゃ問題はねえんだろうが、万が一
 自分を責めて俺らの前から姿消すってこと、ねーよな」

家族を亡くして独りになってしまったつくしを周囲の人は憂慮するが、それが裏目にでるのではないかとあきらは心配していた。
口には出さないが総二郎もまたその事を懸念し、つくしに伝えられないでいた。


「花沢類、まだ寝てるの?」
「うーん、・・・・・・もうちょっと・・・」
枕を抱えてうつ伏せに眠る類の安らかな顔は見てるこっちまでも気持ちが癒され、つくしはこのまま寝させてあげようかと迷う。

「花沢類?」
「・・・うーん・・・」
「じゃあ、あたし先に行くからね」

「・・・ん?・・・俺を・・・置き去りにして行くの?」
類は目を渋そうにして上半身を起こす。
「置き去りって子供じゃないんだからさぁ~って、また服着てないし」
つくしは大げさに溜息をつくと、目のやり場に困って彼に背を向ける。

「花沢類を待ってたら日が暮れちゃうよ
 二学期早々遅刻なんてシャレになんないんだから」
「なんでそっち向いてんのさ」
「だ、だって・・・、裸で・・・、目のやり場が・・・」
「プッ!いい加減慣れたら。・・・それとも、男感じるとか?」
恥かしさとも怒りとも言えないものが込み上げてきて、つくしの顔は真っ赤に火照った。

「そんな訳なっ・・・」
声を荒げて振り向いた先は彼の胸の壁で、驚く間もなく次の瞬間にはつくしの頬は素肌の胸に触れていた。
類の胸を借りた事もあったし、抱き寄せられた事もあった。しかし、今回は服を通しての彼の温かさではなく素肌から直に伝わる温かさだ。初めての行為につくしの鼓動は一気に高鳴る。

「恥らう牧野、可愛い
 牧野は、・・・俺を男として見てるってことだよね?」
耳元で囁かれる〝男〟その言葉がやけにリアルに響き、身体がビクッと反応を示す。
つくしはゆっくりと見上げた。セピア色の瞳には怯える瞳をした自分が映っていた。

類はつくしの額にキスをして、何事もなかったかのように洗面所に向かう。
――この間と同じだ、あの日が原因でトラウマに・・・
類は身支度を整えながらそんな事を考えていた。


「花沢類が変なことするからでしょ!」
「別にイイじゃん、朝の挨拶ぐらい」
遅刻寸前となった原因は類にあると言わんばかりにつくしは声を荒げて車から降り、高等部の裏の門へと足を進めた。
「花沢類が良くても、あたしはダメなの!」
「はいはい。・・・次からはハグってことで、ね」


「・・・えっ?今なんて言ったの?」
「うちは祖母と2人きりの生活ですから
 牧野先輩にうちの家に来てほしいと言ったんです」
つくしは桜子に大切な話があるからと言われ、半強制的に高等部の屋上に連れて来られていた。

「牧野先輩は花沢さんとお付き合いしてるんですか?」
「花沢類と、・・・してないわよ」
「お付き合いもしてないのに
 先輩はどうして花沢さんのお宅に居るんですか?
 普通考えたらおかしくありません?
 それとも、何か裏でもあるんですかねぇ~、・・・センパイ」
口角を上げて疑心の眼差しで詰め寄ってくる桜子に、つくしはぎょっとした顔で後ずさる。

――桜子も花沢類のようにカンが鋭いしなぁ~
   下手に言うと・・・、花沢類のお父さんとの約束があるし
   でも・・・、あれは・・・・・・起こる前のことだし・・・

「何難しい顔してるんですか?」
「べ、別に」
「先輩が花沢さんのお宅に居るんだったら、それでも構いません
 ただ、前みたいに独りでアパート、なんて考えてるんでしたら
 桜子の家に来てほしいんです。考えてみてくれませんか」
総二郎の両親がつくしを引き取ると聞きつけた桜子は、いち早く行動を起こしていた。

「先輩、冗談や中途半端な気持ちで言ってるんじゃないんです
 桜子はいたって真剣ですから」
普段の桜子だったら口が悪くて小悪魔に見える時さえあるのに、今、目の前にいる彼女は違っていた。どれほど自分を心配してくれているのか、その思いがつくしの心に痛いほど染み込んでくる。


F3は大学のカフェテリアでティータイムを満喫している所に、司が姿を現した。
「お前、見ないうちにずいぶんと黒くなったな」
そう総二郎に言われた司は、日焼けした自分の腕を見ながら椅子に腰掛ける。眠れぬ夜も過ごした彼らとは反し、司は充実したバカンスを送っていたことが見て取れる。記憶がないから仕方がないと解っていても、司を見てしまうと怒りが込み上げてくる。

「まぁーな、釣り三昧だったからな」
「そうか。お前ひとりバカンスとはな、さぞ楽しかったんだろうよ」
「それって、嫌味のつもりかよ」
不敵な笑みを見せる総二郎を司は睨む。類とあきらはただ成り行きを見守っていた。

「嫌味?俺は素直な気持ちを言ったまでだけど」
「けど、なんだよ?どうせ、葬儀に出なかったことを言ってんだろ
 姉貴にも散々言われたしよ
 お前らが言いたいことぐれえ分かってんだよ」
「別に俺は何も言うつもりはねーし、責めるつもりもねえ
 どうせ司には関係ないことだもんな」

司と総二郎の会話の途中で類の携帯電話に着信を知らせる音が鳴った。類は彼らから見えないように向きを変えて電話を開き、メールをチェックする。
『あと30分位で帰るけど、花沢類はどうする?』

不得手なメール、でも相手はつくしだ、嫌いなメールのやり取りにも自然と頬が緩んでくる。
『俺も帰るから、非常階段で待ってて』
やっとの思いで打ち込み完了、そして送信。

「類もとうとうメールする時代になったか、お兄さんは嬉しいよ」
「そうそう、これで俺らのメールにも返事がくるってことだな」
彼らは類に何度かメールを送信したことがあるが、一度も返ってきた試しはなくいつも一方通行だった。

「総二郎もあきらも意味のないことばっかり送ってきて
 俺、面倒くさいのキライ」
「牧野は良くて、なんで俺らはダメなんだよ?」
「お前なぁ、そんなに差別することねーだろ」
自分たちのときとつくしのときではこうも待遇が違うものかと、2人は顔を見合わせて肩を竦める。

「アイツ、まだ類の家にいんのかよ」
牧野と聞き、司の表情が曇る。
「居るよ。・・・なに、司気になるの?」
「よくアイツと居るよな、あんな女とよッ」
吐き捨てるように言った司に類は表情ひとつ変えない。
「俺が好きでいるんだから、司には関係ないと思うけど」

「お前本当にあんなのがイイのか?静じゃなかったのかよ」
他人には興味を示さず、一途に静を想い、口数も少なく、笑顔は滅多に見せない。司の記憶にある類はこうだ。しかし、目の前にいるのは記憶にない類の姿。
それと、あきらも総二郎もつくしに関わると感情を剥き出しにしてくる。今までのF4の空気と違うことに違和感を覚える。
つくしの記憶を持たない司にとっては、無くした空白の時間に記憶の誤差が生じても仕方がないことなのだろう。人の事情など関係なしに時間は平等に与えられ、休むことなく動き続けているのだから。

「司、前にも言ったけど、俺は牧野が好きだよ
 誰にも譲る気はないし遠慮するつもりもない
 だから、前みたいに司が牧野に嫌がることしたら
 たとえ親友であっても、俺は許さないから」
類は司を見据えて何の迷いもなく言い切って席を離れた。

総二郎とあきらは複雑な思いに駆られた。司に告げたことではあったが、自分たちにも向けられた内容が含まれていたからだ。

「フン!・・・まだ知らねぇんだな」
司は鼻で笑い、遠ざかる類の後ろ姿を眺めながら小さく呟いた。


花沢邸

「話って何?」
類はテーブルを挟んでつくしの前に座るなりパンフレットを差し出した。
「・・・お墓?」
「そう、牧野の家族のお墓
 ずっとお寺に預けて置くにもいかないでしょ」
「う、うん。・・・そうだけど・・・」
家族の死の代償として手にした保険金、このお金でお墓を建てようと心では思っているが、なかなか踏ん切りがつかず延ばし延ばしにしていた。

「新しく霊園を造る計画があるんだ
 予定通りだと、来週から着工になるって言うから
 ここから車で40分くらいの所なんだけど
 もし、牧野がその場所が良ければ、父さんが話しを通すって
 言ってるんだけど、・・・どんな所か行ってみない」

――あたしの家族のために親身になってくれる、お父さんと花沢類
   十分すぎるほど優しさが伝わってくる
   あたし・・・、いつも寄りかかってばかりだ

目頭が熱くなってきて、俯いた顔は更に下がる。
この時のつくしは、家族のことを思い出して目頭が熱くなった訳ではなく、類と薫の誠意と思いやりに目頭が熱くしていたのだった。類はそんな彼女の気持ちなど知る由もなく、切なそうに見ている。

家族の死は、どんなに時間が経っても薄れることはあっても消えることはない。その事は母を亡くしている類にも十分骨身に染みている。だからわざわざ感傷させるようなことはしたくなかった。それでも現実問題としてどうしても避けられないこともある。

「牧野?」
類は不安そうに呼びかけた。
「ありがとう。・・・行ってみる」

「牧野が嫌だったら無理しなくていいんだよ
 お墓は牧野の大切な家族が眠る場所、家みたいなもんなんだし
 牧野と家族が想いを繋ぐ、かけがえのない場所になるんだし
 だから、父さんのことは気にしなくていいんだよ」
類は優しく論した。

――この人はいつだってあたしを第一に考えてくれている
   何かを願うのはやめようって心に誓ったのに
   この人といるといとも簡単に・・・

「牧野?」
「ううん、行く。花沢類も着いて来てくれるよね?」
顔を上げた時にはいつものつくしに戻っていた。
「もちろん。アンタ車に乗ると直ぐに寝ちゃうし
 起こす人いないと困るもんね」
意地悪ぽっく言った後、類は笑った。

――あたしの表情を敏感に察知して、空気をかえてくれる
   この人はいつもあたしを見ていてくれる
   聞き飽きたって言われるから、心で言うね
   ありがとう、花沢類


「失礼ね、あたしだって花沢類を起こす時だってあるのにさッ」
「ぷっ!・・・それって反撃のつもり?おあいこのつもり?」
「ささやかな抵抗、かな?」

いつもの雰囲気が戻ったところで、つくしは類が準備してくれたお墓のパンフレットを手にしてページを捲る。
「黒御影石?白御影石?青御影石?・・・何これ?・・・ああ、色ね
 へえ~、洋風と和風があるんだ。・・・・・・げっ!何これ
 一番安くても160万?・・・ひえ~、これなんか680万だってー
 シンプルなデザインとか、上品なシルエットとかって・・・
 お墓だよ、なんかこれじゃまるで服とかインテリア感覚じゃん」

目を見開いて噛り付きそうにパンフレットを見ているつくしが目の前に居る。それはまるで難しい問題を前に愚痴をこぼしていた、何事もなかった以前の彼女のように思えた。
しかし、それは錯覚であり、目に見えないところで2人の間の状況は確実に変化していた。

――こんなに傍にいるのに、手を伸ばせば届く距離なのに

つくしの体は誰よりも近くにありながら、その心は誰よりも遠くに感じる。その距離は不安がもたらす距離なのか、焦りがもたらす距離なのか、現実の距離なのか、ただ自分は要らぬ憶測に苦しんで悩んでいるだけなのか。類はあの日を境に悶々とした日々を送っていた。


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