オーブ光の天使 第20話
第20話
「本当に行っちゃうんだね
寂しいよ、つくしがいないなんて寂しすぎるよ」
「し、しげるさん、・・・あたしも・・・うっ・・・く、くる・・・しぃ」
「滋さん、先輩の骨、折れますよ」
「お前、手加減ってもの知らねえのかよ」
「そうだよ、大切な僕のつくしちゃんになってことするんだよ」
「いつから和也のつくしちゃんになったんだよッ」
あきらが和也にヘッドロックを決め、締め上げる。
成田空港でつくしを囲んだ仲間たちは皆、寂しさを隠して微笑を向けていた。
先日高等部を卒業したつくしはそのまま英徳大学に進む予定であったが、急遽その予定を変更し類の父が居るパリに類と2人で留学することになり、こうして仲間たちは2人の見送りに来ていたのだ。
「慣れない場所での生活になるんだから
つくし、独りで頑張っちゃダメだよ」
「そうですよ、先輩
男の人って、好きな人から頼られると嬉しいものなんですよ」
優紀の言葉に桜子も賛同し、小悪魔的な笑みを浮かべながらつくしの耳元に近づく。
「好きな女性から甘えられると、男の人は燃えるそうですよ
一度、花沢さんの胸で燃え尽きてみてはどうですか?センパイ」
「なっ!」
「牧野のことを頼んだぞ、類、お前に託すんだからな」
「プッ!総二郎だったらどうしたの?」
「容赦しねえよ・・・と言っても、最初から俺らは
牧野にとって恋愛の対象者から外されてっけどな」
「悔しいけど、それは言えてるな」
「牧野を悲しませるような真似だけはするなよ」
「うん、分かってる
牧野と両親に誓った言葉は守るよ、俺の願いでもあるし」
「あと事故の件だけど、情報が入り次第報告すっから、用心しろよ」
家族の事故以来、花沢物産や関連会社は何事もなく今日に至っていた。しかし、未だに目的や首謀者は闇の中で、彼らの親の力を持ってしても何一つ掴めないことが気がかりだった。
「牧野、これは俺からの卒業と入学祝いだ」
差し出したあきらの手の平の上には、プラチナの羽を広げたエンジェルの身体にアメジストが埋め込まれキラキラと輝くネックレスが乗っていた。
「無条件で貰ってくれるよな」
いつもの如く躊躇するつくしにあきらは返事を待たずにさり気なく首につけてやる。
つくしはひんやりと冷たいエンジェルを指に取るとあきらに笑顔を向けた。
「美作さん、ありがとう、大切にするから」
「当然だろ、それは俺の誕生石だからな
俺のパワーを牧野にも分けてやるよ
あと、親友の証として、俺がいるってこと、忘れんなよ」
「牧野、俺からもプレゼントがあるんだ
当然、俺のも無条件で貰ってくれるよな」
内部に含まれる胴の影響によって空色に発色する、丸玉のターコイズのブレスレットが総二郎の手の平に乗っていた。
「お前は今までいろいろな事があったからな
でもこれを身につけてると安心だぜ
なんたって迫り来る危険から身を守る石だからな
それに旅の保護石だから
これから旅立つお前にはピッタリだろ」
つくしの細い手首に総二郎は自分の想いを託したブレスレットを優しく着けた。
「お前、いつも空を見上げてたよな、真っ青な空をさ
このターコイズは、アメリカンインディアンの間では
〝美しい空〟を表す石なんだぜ
日本を離れても、見上げた空は繋がっている
牧野と俺たちの絆と同じように」
普段はあまり態度や言葉に出さない優しさや思いやりは、一時の別れ際で人を素直にさせる。強い絆がより深く結び付き、決して失いたくない大切なものへと変わる。
自分だけぬけがけしようと思っていたあきらは驚きと不満で総二郎を見る目付きが悪くなる。類も不機嫌そうに眺めていたが、感動で涙するつくしの顔を見ていると自然と笑みが零れ、2人の思いを快く受け取ることにした。
敏感に察した総二郎はニタッと笑い
「あきら君の考えてることぐらいお見通しなんだよ
まっ、俺の場合は牧野と同じ誕生石だからな
パワーも2倍ってことなんだろうが」
総二郎はあきらの肩に肘をのせ勝ち誇ったように声を弾ませると、類に向き直った。
「類、ささやかな俺の気持ちだ、これぐらいイイだろ
ワザと〝薬指〟残してやったんだからよ、お前のために」
「クククッ、総二郎が気を使うとはね、諦めたんだ」
「まだ立ち直れないほどに好きだよ」
つくしが与える影響の凄さは分かっていたつもりでも、さらっと真意を口にする総二郎を見て、類はより一層つくしの偉大さを思い知らされる。また、誰もがつくしを必要とし愛しているのだと、別れを惜しむ仲間たちを見て実感したのだった。
別れを告げるようにアナウンスが流れる。
悲しみや寂しさを抱きながらも2人に精一杯の笑顔を向ける仲間たちを暫し見つめた後、類はつくしの手を取ってゲートに向かって足を踏み出した。
「つくしー、元気でね、会いに行くからねー!」
「先輩、桜子が言ったこと、必ず実行してくださいよ」
「つくし、絶対に無理しないでね」
「つくしちゃんの傍がいい!僕も留学するー!」
「類、牧野、ガンバレよ」
「Bon voyage!」
類とつくしを乗せた飛行機は青空に吸い込まれ、遠のいていく様子をただじっと寂しげに眺める仲間たち。
「行っちまったな」総二郎がポツリと呟く。
「行っちゃたぁ」また滋も寂しげに呟く。
「寂しくなるな」とあきらも呟く。
「あぁ・・・」
総二郎は気のない返事とは裏腹に心の中は既にこうなってしまった元凶への恨みが湧いてきた。
――類と牧野がパリに留学することになったのも
アイツのせいだ
司の奴、あんなに執念深いとは思わなかったぜ
俺から牧野を遠ざけやがって、・・・司、憎むぜよ
つくしは類を選んだが、総二郎は彼女と共有できる時間と笑顔が見られればそれでよかった。幸福よりも祝福を選んだ彼はそんなささやかな願いも司によって砕け散った。
司との一件があり、つくしがこのまま英徳大学に進学すれば嫌でも司と顔を合わせることになり、追い討ちをかけるような彼の攻撃に精神は耐えることはできないだろう。
それにまだ首謀が明らかになっていない現状では、類の父が居るパリでセキュリティー万全の親元が一番安全だと考慮した結果だった。
それぞれが思いに耽っていた時、和也はあることに気付いて目を見開き、次の瞬間に奇声を発した。
「あああーー!!しまったーー!・・・つくしちゃんに・・・
ああー!つくしちゃんに・・・渡すの・・・、僕はなんてことを・・・」
「ああ?」
「忘れちゃったよー、・・・どうしよう、ああーつくしちゃーん」
和也は何かを手に握り締め、今にも泣きそうな顔で小さくなって行く飛行機を必死に追い掛けようとしたが、あきらに首根っこを掴まれ止められた。
「そんなに慌てて、何忘れたんだよ?」
「うわ~ん~」
あきらに制された和也は放心してその場にへたり込んで泣き出した。
「和也、牧野に何渡すんだったんだよ」
「うわ~~ん~」
「なんか、手に握ってません?もしかして先輩に渡すのって・・・」
「ああ!きっとそうだよ、見せて見せて」
みんなの視線が和也の手元に集中する。
「和也、早く見せろよ」
「うわ~~ん~」
「お前、いつまでも泣いてんじゃねーよ。手に何持ってんだよ」
「和也君、そんなに大切な物だったの?」
「僕の、・・・僕のつくしちゃんに・・・渡すんだったのに・・・」
「だから見せろって言ってんだろッ!」
「こうなったら手荒な真似するしかないですね」
堅く握り締めて指を開こうとしない和也に桜子は強引に指を開こうとする。が、もの凄い力で握り締めた指はぴくりともせず、彼女は総二郎とあきらに助けを求めた。
「なんだ、これ?」
やっとの思いで和也の手から取り上げたそのモノを見て、あきらは眉をしかめた。
「ヒック・・・ヒック・・・なんだ・・・って・・・
ストラップに決まってるじゃないか」
「お前、こんなモノのために追い掛けようとしたのか?」
「成金なら成金らしく、もうちっと金かけろよな」
「つくしちゃんのために・・・ヒック・・・僕は・・・
特別に選んでもらった・・・ヒック・・・パワーストーンなんだぞ」
和也はぐちゃぐちゃに泣きはらした顔で呆れる総二郎とあきらを睨んだ。
「つくしちゃん、ずっと元気がなかったから、・・・だから僕は・・・
これは、心と体のバランスを保ち、暖かいエネルギーで
包み込んでくれるんだよ。あと、暗い夜道を照らしてくれるし
旅の安全を守ってくれるパワーがあるんだぞ。・・・それに・・・」
和也は敢えて口にはしなかったが、大好きな人があなたの想いに気付き〝今よりも愛される〟つまり片思い解消という、もう一つの願いがこのストラップの石には込められていた。
そんな和也の願いを託したストラップだったが、相手が持ってこそ願いが叶う?予定?だったのだろうが、今となっては・・・。
「ちょっと、これって全部ムーンストーンでしょ
あきらやニッシーのより高いんじゃないの?」
聞き捨てならない滋の発言に総二郎とあきらは彼女からストラップを奪い、まじまじと品定めをする。
金具の下にはシトリントパーズの丸玉を2頭のイルカが優しく包み込み、ブレスレットぐらいの輪には光を反射して青く輝く丸玉ムーンストーン(月が宿る聖なる石)が列をなしていた。
「和也君、いくらしたの?」
「僕、1年間小遣いがないんだ、全部これにつぎ込んじゃったから」
「いくらつぎ込んでも自分の手元にあったら意味ねーよな」
「そうそう、あいつらは行っちまったことだし
気分転換にパーッと飲もうぜ
和也のパワーストーンやらを売っちまってよ」
みんなはあきらの発言に〝さんせー!〟と声を張り上げて歩き出した。
そんなみんなの言動に蒼ざめる和也は慌ててあきらの手からストラップを取り戻そうとする。だが、総二郎の手に渡り、桜子の手に渡り、滋の手に渡りと彼の願いを託した大切な携帯ストラップは虚しく宙を舞った。
N.Y. 道明寺邸
「社長、顔色が優れないようですが・・・」
「心配はいりません、それより××から報告は」
ダイニングテーブルに座り片手に書類を持ち、もう片方の手はティーカップで紅茶を口に運ぶ楓は脇に立つ西田には目もくれずに訊く。
「はい、同行することになりましたと、××より報告を受けました
現地にはニュヨーク時間で15時には到着する予定です」
「・・・そう」
「お屋敷の方にお住みになるそうなので
どちらも状況が把握できるようにしております
それと、司様が負傷させた息子さんは順調に回復に向かっていて
来月からリハビリの予定となっております」
西田はそこまで言うと数枚の書類をテーブルに差し出す。
楓は持っていた書類を置いて西田が置いた書類に目を通す。
「先方も代議士の立場として事を荒立てる気はないでしょうし
政治の世界も最近は何かと厳しいようですので
社長のお申しつけどおり
十分納得して頂ける金額を提示しております
問題がないようでしたら事を進めてまいりたいのですが」
「いいわ、この件は西田に任せます」
「司様の期限が過ぎましたが、いかが致しましょうか?」
「来週中にもこちらに来てもらいます
今の司は素直に応じないでしょうから
手荒な真似も仕方がないわね」
「はい、かしこまりました
既に大学の方には連絡を入れてありますので問題はありません」
日本 道明寺邸
自室に入ろうとする司を見掛けたタマはそのまま後に続いた。
「坊ちゃん、またケンカですか?」
少し乱れた服装で袖元には血らしきものがついていた。
司はソファにドカッと腰を下ろし、タマとは逆方向の窓へと視線を向ける。
「何がそんなに気に入らないんでしょうかねぇ
男ってものは直ぐに暴力を振るいたがる、困った動物だこと」
「・・・ああ?動物?・・・俺のこと言ってんのか?」
「坊ちゃん以外に誰がいるんだい
年は取ってもタマの視力は現役ですからね・・・まったく
つくしがいないとこうもあっさりと戻ってしまうんだから
ずうたいばから大きくても中身は子供以下ですな」
〝つくし〟この名前に司は過剰な反応をした。
――アイツのすべてが気に入らねぇ
起き上がれないように、立ち直れないように追い込んでも
アイツは雑草のように立ち上がる
周りの奴らも、なぜそうまでして助けたがるんだ?
どいつもこいつも・・・、・・・気に入らねぇ
気付いたら、俺の周りには誰もいなくなっちっまったな
司は無意識のうちに寂しさを感じていた。
寂しさの原因はなんなのか、それは幼い頃から共に歩んで来た友人たちの裏切りのせいなのか、それとも遠く旅だってしまったつくしの存在が何処か気になっているからなのか。
司の心の奥深く閉ざされた記憶の破片が繋がり掛けてはまた砕け散って行く。
「元に戻ったって言ったよな、タマ」
「ええ、そうですとも、つくしがいたときの坊ちゃんは・・・」
「もういい、アイツのことは聞きたくねぇ
あっちに行ってくれ、頭が変になる」
「・・・・・・。」
タマは司の微妙な心の変化を感じつつ、その場を後にした。

